カレーライス 1 ①ぼくは悪くない。 しげまつ 重松 きよし 清 とう じんばら 唐仁原 名前( 作 のりひさ 教久 絵 ) ②だから、絶対に 「ごめんなさい。 」 は言わない。言うもんか、 お父さんなんかに。 ③「いいかげんに意地を張るのはやめなさいよ。 」 お母さんはあきれ顔で言うけど、 あやまる気はない。先にあやまるのはお父さん のほうだ。 ④確かに、一日三十分の約束を破って、夕食が終わった後もゲームをしていた のは、 よくなかった。 だけど、 セーブもさせないで、 いきなリゲーム機のコードをぬい て電源を切っちゃうのは、 いくらなんでもひどいじゃないか。 ⑤「何度言っても聞かなかったんだから、 しょうがないでしょ。今夜お父さんが 帰ってきたら、 ちゃんとあやまりなさいよ。 いいわね。 」 ⑥お母さんはいつもお父さんのみかたにつく。 ⑦やあだよ、 と言い返す代わりに、 ぼくはそっぽを向いた。 お父さんにしかられた のは、 ゆうべ。丸一日たっても 「ごめんなさい。 」 を言わなかったのは新記録だった。 ⑧「いい。今夜のうちにあやまって、仲直りしときなさいよ。 あしたから 『お父さん ウィーク』 なんだから、 けんかしたままだとつまらないでしょ、 ひろしだって。 」 ⑨毎月半ばの一週間ほど、 お母さんは仕事がいそがしくて、帰りがうんとおそ くなる。 その代わり、 お父さんが夕食に合わせて早めに帰ってくる。 それが 「お父 さんウィーク」 だ。 ⑩「お父さん、 ひろしがよくないことをしたらしかるけど、 ひろしのことが大好き なのよ。分かるでしょう。今朝も、『ひろしは、 まだすねてるのか。 』 って、落ちこん でたのよ。 」 ⑪ほら、 そういうところがいやなんだ。 ぼくはすねてるんじゃない。 お父さんとロを ききたくないのは、 そんな子どもっぽいことじゃなくて、 もっと、 こう、 なんていうか、 もっと―。 ⑫「『特製カレーを食べれば、 きげんも直るさ。 』 って張り切ってたから、晩ご飯 の前におかし食べたりしないでよ。 」 ⑬「またカレーなの。 」 ⑭「文句言わないの。 だったら自分で作ってみれば。学校で家庭科もやってるん でしょ。六年生になったのに、遊んでばかりで家のことちっともしないんだから、 全く、 もう―。 」 ⑮お母さんはいつだって、 お父さんのみかただ。 ⑯それがくやしかったから、何があっても絶対にあやまるもんか、 と心に決めた。 〈ひろし〉についての感想・意見 カレーライス 2 しげまつ 重松 きよし 清 とう じんばら 唐仁原 名前( 作 のりひさ 教久 絵 ) ⑰「お父さんウィーク」 の初日、 お父さんは、 さっそく特製カレーライスを作っ た。 ⑱「ほら食べろ、 お代わりたくさんあるぞ。 」 と、 ごきげんな顔で大盛りのカレーをぱくつく。 ⑲でも、 お父さんは料理が下手だ。 じゃがいもやにんじんの切り方はでたらめ だし、 しんが残っているし、何よりカレーのルウが、 あまったるくてしかたない。 ⑳カレー皿に顔をつっこむようにしてスプーンを動かしていたら、 お父さんが、 「まだおこってるのか。 」 と、笑いながら言った。 「21ひろしもけっこう根気あるんだなあ。 」 ○ ちょっとちがうと思う。 どっちにしても、返事なんか、 しないけど。 ○根 22 気とは、 「この前、 いきなリコードぬいちゃって、悪かったなあ。 」 ○あ 最 初の予定では、 これでぼくもあやまれば仲直り完 24っさりあやまられた。 了。―のはずだったけど、 ぼくはだまったままだった。 ○「25でもな、一日三十分の約束を守らなかったのは、 もっと悪いよな。 」 ○分 ってる、 それくらい。 でも、分かってることを言われるのがいちばんいやな 26 か んだってことを、 お父さんは分かってない。 ○「27で、 どうだ。学校、 最近おもしろいか。 」 ○あ もう、 そんなのどうだっていいじゃん。言葉がもやもやとしたけむりみ 28あ、 たいになって、 むねの中にたまる。 ○知 お父さんもさすがにあきらめたみた 29 らん顔してカレーを食べ続けたら、 いで、 そこからはもう話しかけてこなかった。 ○「30お父さんウィーク」 の初日は、 そんなふうに、 おしゃべりすることなく終わ った。 〈ひろし〉についての感想・意見 カレーライス 3 しげ まつ 重松 作 名前( きよし 清 とう じん ばら 唐 仁原 のり ひさ 教久 絵 ) ○次 カレー。 ゆうべの残りを温め直して食べた。 ふつうのカレ 31 の日の夕 食も、 ーだと、一晩おくとこくが出ておいしくなるけど、特製カレーのあまったるさ は変わらない。 ○「32なあ、 ひろし、 いいかげんにきげん直せよ。 しつこすぎないか。 」 お父さんは、夕食のとちゅう、 ちょっとこわい顔になって言った。 ○ぼ もう仲直りしちゃおうかな、 と思っていたところだった。 で 33くも本当は、 も、先手を打たれたせいで、今さらあやまれなくなった。 ここであやまると、 いか にもお父さんにまたしかられそうになったから―みたいで、 そんなのいやだ。 ○「34もしもうし、 ひろしくうん、聞こえてますかあ。 」 ○お ぼくがだまったままな 35父さんはてのひらをメガホンの形にして言ったけど、 ので、今度はまたおっかない顔にもどって、 「いいかげんにしろ。 」 とにらんできた。 ○ぼ カレーを食べる。 おいしくないのに、 ぱくぱく、 ぱくぱ 36くはかたをすぼめて、 く、休まずに食べ続ける。 ○自 ってる。 なんでだろう、 と思ってる。今までなら、 あっさり 「ごめ 37 分でもこま んなさい。 」 が言えたのに。 もっとすなおに話せてたのに。特製カレーだって、三 年生のころまでは、 すごくおいしかったのに。 ○二 ってお皿を片づけているとき、 お父さんは 38 人でだま 「頭が痛いなあ。 」 とつぶやいて、 大きなくしゃみをした。 ○か ひいたんじゃないの―。 39ぜ、 薬を飲んで、早くねたほうがいいんじゃない―。 言いたかったけど、言えなかった。 言いたかったけど、言えなかったひろしの考えを吹き出しにしよう。 カレーライス しげ まつ 4重松 きよし 清 とうじん ばら 唐仁原 名前( 作 のり ひさ 教久 絵 ○翌 自分の部屋から起き出したぼくと入れかわるように、 お父さんは、 40 朝、 「悪いけど、 先行くからな。 」 ) と、朝食も食べずに家を出ていった。「お父さんウィーク」 では、 よくあることだ。 会社から早く帰ってくる分、朝は一番乗りして、 ゆうべできなかった仕事を 片づけるのだ。 ○お いる。 これも、「お父さんウィーク」 のいつものパターン。 41母さんはまだねて 仕事がいそがしい一週間のうち、特にいそがしい何日かは、家に帰るのが真夜中 の二時や三 時になる。 その代わり、次の日はふだんより少しだけゆっくり出勤 すればいいのだという。 ○食 目玉焼きと野菜いためのお皿が出ていた。黄身がくずれているか 42 卓には、 ら、 お父さんが作ってくれたのだろう。朝は時間がないんだから、 おかずなんか作 らなくてもいいのに。目玉焼きぐらい、 ぼくはもう作れるのに。 ○で お父さんは、 43も、 「火を使うのは危ないから。 」 と、 オーブントースターと電子レンジしか使わせてくれない。 それがいつもくやし くて、 でも、 お父さんがねむい目をこすりながら、 ぼくのために目玉焼きを作って くれたんだと思うとうれしくて、 でもやっぱりくやしくて、 そうはいってもうれし くて―。「いってらっしゃい。 」 を言わなかったから、 急に悲しくなってきた。 ○朝 ったら、 ランドセルの下に手 紙が置いてあっ 44 食を終えて自 分の部 屋にもど た。 ○「45お父さんとまだロをきいてないの。 お父さん、 さびしがっていましたよ。 」 ひろし ○絵 しょんぼりするお父さんの似顔絵を手紙にそえてい 46 の得意なお母さんは、 た。 お父さんの作ってくれた朝食を食べ、お母さんの手紙を読んだ の気持ちを書きましょう。 カレーライス 5 しげまつ 重松 きよし 清 名前( ○学 いる間、 何度も心の中で練習した。 47 校に お父さん、 この前はごめんなさい―。 言える言える、 だいじょうぶだいじょうぶ、 と自分を元気づけた。 ) ○「48うげえっ、 そんなの言うのってかっこ悪いよ。 」 と自分を冷やかす自分も、 む ねのおくのどこかにいるんだけど。 ○夕 家に帰ると、 お父さんがいた。 49 方、 「かぜ、 ひいちゃったよ。熱があるから、会社を早退して、 さっき帰ってきたん だ。 」 ○パ 本当に具合が悪そうだった。声 50ジャマ姿で居 間に出てきたお父さんは、 はしわがれて、 せきも出ている。 「晩ご飯、今夜は弁当だな。 」 ○お 思わず、 ぼくは答えていた。 51父さんがそう言ったとき、 「何か作るよ。 ぼく、作れるから。 」 ○「52えっ。 」 ○「53だいじょうぶ、作れるもん。 」 ○お きょとんとしていた。 でも、 いちばんおどろいているのは、 ぼく自 54 父さんは、 身だ。 「家で作ったご飯のほうが栄養あるから、 かぜも治るから。 」 なんて、 全然言うつもりじゃなかったのに。 ○「55 いや、 でも―。 」 と言いかけたお父さんは、少し考えてから、 まあいいか、 と笑っ た。 ○「56お父さんも手伝うから。 で、何を作るんだ。 」 ○答 今度も、 考えるより先に出た。 57 えは、 「カレ―。 」 ○「58だって、 おまえ、 カレーって、 ゆうべもおとといも―。 」 ○「59でもカレーなの。 いいからカレーなの。絶対にカレーなの。 」 子どもみたいに大きな声で言い張った。 ○ほ っぺたが急に熱くなった。 60 ○「61じゃあ、 カレーでいいか。 」 ○お 台所の戸だなを開けた。 62父さんは笑って、 「おととい買ってきたルウが残ってるから、 それ使えよ。 」 ○戸 お子さま向けの、 うんとあまいやつ。 お 63 だなから取り出したのは―甘口。 母さんが、 「ひろしはこっちね。 」 と、 ぼくの分だけ別のなべでカレーを作っていた低学年のころは、 ルウはいつもこ れだった。 先の予想 しげまつ カレーライス 6重松 ○「64だめだよ、 こんなのじゃ。 」 きよし 清 作名前 ( ) ぼくは戸だなの別の場所から、 お母さんが買い置きしているルウを出した。 ○「65だって、 ひろし、 それ 『中辛』 だぞ。 からいんだぞ、口の中ひいひいしちゃうぞ。 」 ○「66何言ってんの、 お母さんと二人のときは、 いつもこれだよ。 」 ○お またきょとんとした顔になった。 67父さんは、 「おまえ、 もう 『中辛』 なのか。 」 意外そうに、半信半疑できいてくる。 ○あ もう、 これだよ。 お父さんって、 なあんにも分かって 68あ、 ないんだから。 ○あ うんざりした。 69きれた。 ○で 70も、 「そうかあ、 ひろしも 『中辛』 なのかあ、 そうかそうか。 」 と、 うれしそうに何度もうなずくお父さんを見ていると、 なんだかこっちまで うれしくなってきた。 ○二 った。野菜担当のお父さんが切ったじ 71 人で作ったカレーライスができあが ゃがいもやにんじんは、 やっぱり不格好だったけど、 しんが残らないようにしっか りにこんだ。台所にカレーのかおりがぷうんとただよう。 カレーはこうでなくっ ちゃ。 ○お ずっとごきげんだった。 72父さんは、 「いやあ、 まいったなあ。 ひろしももう 『中辛』 だったんだなあ。 そうだよなあ、 来 年から中 学 生なんだもんなあ。」 と、一人でしゃべ って、 「かぜも治っちゃったよ。 」 と笑って、思いっ切り大盛りにご飯を よそった。 ○食 った。「ごめ 73 卓に向き合ってすわ んなさい。 」 は言えなかったけど、 お父さんはごきげんだし、「今度は別の料理 も二人で作ろうか。 」 と約束したし、残り半分になった今月の 「お父さんウィ ーク」 は、 いつもよりちょっと楽しく過ごせそうだ。 ○「74じゃあ、 いただきまあす。 」 ○ロ 75を大きく開けてカレーをほお張った。 ○ぼ ぴりっとからくて、 でも、 ほんのりあまかった。 76くたちの特製カレーは、 ひろしは、 どんなことを考えながらカレーを食べたのだろう。
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