基礎セミナー「価格を考える」導入 「価格差別と外部性」 安達貴教 名古屋大学大学院経済学研究科 2015年10月1日 本セミナーの目的と狙い: ジョージ・スティグラー『価格の理論 第4版』(1987年)から 幾つかの章を選択し、各回、予め初回に割り当てられた報 告担当者がレジュメに基づいて(パワポの使用を推奨)、内 容を解説、それに基づく討論とによって、現代社会におけ る価格の意味に関して理解を深める。 2 1987年の出版ということは、 1. 学術的内容の確かさに不安あり? 「天動説を学ぶんですか?」 2. 扱われているトピックスが古いのでは? 「現代の経済ではインターネットは重要なのに、 この教科書では出てきようがないですよね!」 3 1については、まず、「学術的内容の確かさ」については心 配ご無用(私の理解では、「天動説」ではない)。そもそもの 態度として、むやみに最先端の手法や概念を追いかけようと するよりも、まずは、長らく培われてきた、少し古いくらいの 「伝統的」な手法や概念に習熟しようとすることの方が重要 ではないか。むしろ、(一般的なイメージとは異なり)それが 「最先端」に到達する、いや、「最先端」を切り拓くための近 道なのかも知れない。 2については、確かにそう。しかし、上で述べたこととも関連 するが、アメリカ人で、大学の教員からグーグルのチーフ・エ コノミストに転身した、ハル・ヴァリアン氏がご自身執筆の教 科書で強調しているように、「新しい」現象も、既存の「古い」 分析枠組みを適用しようとする試みによって十分に理解可 能。むしろ、(一般的なイメージとは異なり)「最先端」な営み の実際とは、そう捉えられるべきものなのかも知れない。 4 その一例を、残りの時間でお見せします。 本セミナーとの関連科目(経済学部) 基礎的内容としては、 「統計解析」、「経済数学A・B」、「ミクロ経済学I・II」 「計量経済学I・II」 応用分野: 農業経済学、労働経済学、産業経済学、国際経済学、 公共経済学、開発経済学、都市経済学、企業経済学 マクロ経済学、財政学、金融論、ファイナンス、 マーケティング・サイエンス、管理会計、経済史 5 更に・・・ 経済学部の「社会思想史」や「経済学説史」とも関連。 政治学、法学、経営学といった関連社会科学、 心理学、経営工学、コンピューター・サイエンスといった 関連分野も。 6 日々接する「価格」についての理解を深めることは、 経済現象の意味を多面的に、自分なりに考える能力 の養成につながる。 ある時は、企業での戦略担当者からの視点 ある時は、労働者からの視点 ある時は、消費者からの視点 ある時は、納税者からの視点 ….. すぐに役立つノウハウというよりも、長期的に人生に より実りを与えてくれる、論理的・客観的思考の養成 という感じであろうか。 7 スケジュール 10月8日 第1章「経済分析序説」、第2章「価格と企業経済」 10月15日 第3章「消費者行動」 10月22日 第4章「効用の理論」 10月29日 第5章「供給一定下の価格形成」 11月5日 第6章「生産サービスの供給」 11月19日 第7章「費用と生産」 11月26日 第8章「生産:収穫逓減」 12月3日 第9章「生産:規模に対する収穫」 12月17日 第11章「競争価格の一般理論」 12月24日 第12章「独占の理論」 1月14日 第13章「寡占、カルテルおよび合併」 1月21日 第14章「情報の経済学」 1月28日(補講) 第20章「経済と国家」 8 成績評価の方法 出席20%(1回欠席ごとに10%が差し引かれる。3回以上 欠席は単位不許可。但し、三親等内親族の死亡、二親等 内親族の死亡・事故・入院、及び公共交通機関の普通・ 遅延等による相応の事由による欠席はこの限りではない。 但しそれを理由としたい場合は、死亡証明書、入院証明 書、遅延証明書等が後日提出されなければ、相応の事由 による欠席とは認められない。) レジュメ報告30% 議論への参加態度 15% 宿題及び期末レポート 35% 9 「価格差別と外部性」から、現代に特徴的なビジネスを 理解する 「価格差別と外部性」:両概念とも、スティグラー 『価格の理論』に記述有り。 「プラットフォーム型ビジネス」:記述無し。 既存の「古い」分析枠組みの応用で、「新しい」現象 を理解できる好例。 10 次のような2つのグループを考える。 教員 学生 40 30 30 20 20 10 ソフトウェア販売会社 11 「単一価格」のもとでは、 40 − 3 ∙ 1 = 37 30 − 3 ∙ 3 = 81 20 − 3 ∙ 5 = 85 10 − 3 ∙ 6 = 42 12 「価格差別」のもとでは、 40 − 3 ∙ 1 + 30 − 3 ∙ 1 = 37 + 27 = 64 30 − 3 ∙ 2 + 20 − 3 ∙ 2 = 54 + 34 = 88 単一価格 価格差別 消費者余剰の総計 40 20 企業利潤 85 88 両者の和(「社会厚生」) 125 108 企業利潤は価格差別の時の方が高いが、 社会厚生は単一価格の時の方が高い。 13 それでは、少し設定を変えてみて、以下のように、 「グループ間の外部性」を考慮してみる。 学生が1人使っているとすると 教員 42 32 22 14 同様に、 学生が2人使っているとすると 3人使っているとすると 教員 教員 44 46 34 36 24 26 15 学生グループ側も同じ状況。 教員が 1人使っていると 2人使っていると 3人使っていると 学生 学生 学生 32 34 36 22 24 26 12 14 16 16 「単一価格」という縛りがあるもとでの企業の価格付けは? 教員 学生 44 36 34 26 3人購入 2人購入 24 16 価格24 ソフトウェア販売会社 17 ソフトウェア販売会社の利潤は、 24 − 3 ∙ 3 + 24 − 3 ∙ 2 = 63 + 42 = 105 消費者余剰の総計は、 44 − 24 + 34 − 24 + 24 − 24 + 36 − 24 + 26 − 24 = 44 18 では、「価格差別」のもとでの企業の価格付けは? 教員 学生 46 36 36 26 3人購入 3人購入 26 16 価格26 価格16 ソフトウェア販売会社 19 ソフトウェア販売会社の利潤は、 26 − 3 ∙ 3 + 16 − 3 ∙ 3 = 69 + 39 = 108 消費者余剰の総計は、 46 − 26 + 36 − 26 + 26 − 26 + 36 − 16 + 26 − 16 + 16 − 16 = 60 20 よって、 単一価格 価格差別 消費者余剰の総計 44 60 企業利潤 105 108 両者の和(「社会厚生」) 149 168 企業利潤が価格差別の時で高いことは変わらないが、 ここでは、消費者余剰の総計も価格差別の時の方で 高い。 「グループ間の外部性」が存在する状況では、価格 差別に、消費者サイドを「調整」する役割が加わる。 21 「価格差別」とは? 通常、あなたと他の誰かが、同じ製品・サーヴィスを 同じ販売者から購入する場合、あなたとその誰かの 支払う値段は同じであるはず。 もしそうでないとすると、それはどういう場合か? スティグラーは、『価格の理論』で、もう少し汎用性のある 定義を提唱(翻訳p.246)。 22 「完全価格差別は効率的な資源配分を達成する。」 余談ではあるが、私は学生の時、この「逆説」の「美し さ」に魅せられた。 23 「グループ間の外部性」という考え方は、 現代の経済社会において益々重要な位置を占めつつある 「プラットフォーム型ビジネス」 を理解する上で有用。 24 例:インターネットの検索エンジン 競争 グーグル 利用者 ヤフー 広告主 グループ間の外部性 プラットフォーム:「出会い」の「場」というほどの意味 25 「両面的プラットフォーム」(two-sided platforms) その他の例: - 新聞、雑誌、テレヴィ、レイディオゥ - クレディット・カード - ショッピング・モール - パソコンのOS - ヴィデオ・ゲーム(日本語だと、テレヴィ・ゲーム) - (有名人の)ブログ - SNS(トゥイッター、フェイスブック、ライン、インスタなど) - スマフォ - 電子書籍 - (日本ではあまり馴染みがないが)Uber、Airbnbと いった仲介型ビジネス - 恋人・結婚紹介サーヴィス - 知るcafé ….. (- 市場(いちば)?) 26 「値段タダ」の背後には… プラットフォーム企業 タダ! 料金徴収 Aサイド Bサイド 補助サイド 利益サイド 内部補填 「グループ間の外部性」を利用して、思い切って、 「色を付けた」価格付け。(「損して得取れ」) 必ずしも、費用がゼロに近いという理由で、タダと いう訳なのではない(重要)。 27 経営的視点から見た「プラットフォーム型ビジネス」 胡散臭く思われがち? 取引相手の「信用性」の問題 法律上の問題 そのうち飽きられる? 継続して「金の成る木」であり続けるためには? 興味がある人は、Harvard Business Reviewの 記事(https://hbr.org/2006/10/strategies-for-twosided-markets)を参照のこと。 28 「両面的プラットフォーム」に関する日本語での解説: 依田高典『次世代インターネットの経済学』(岩波新書、 2011年)、第1章第4節「両面市場モデルの登場」 29 「プラットフォーム型ビジネス」は、競争政策のあり方に再考 を迫っている。 競争政策への問題意識は、19世紀後半のアメリカ合衆国 における、企業の集中化などの「反競争的行為」への意識 の高まりを背景に芽生えた。 しかし、プラットフォーム型産業では、グループ間の外部性 のもとでの価格差別の例で見たように、「反競争的行為」が 消費者の全体的利益に繋がるケースがままあり。 30 松山公紀「独占的競争の一般均衡モデル」(岩井克人・ 伊藤元重(編)『現代の経済理論』(東京大学出版会、 1994年)所収)より抜粋: 「2つの現象(2つの行為や2つの活動)が互いに他方を強 化するように働くとき補完関係が存在すると言われる。例 えば、もし産業Aが拡大することによって産業Bが拡大し、 それによって産業Aが更に拡大するならば、2つの産業は 互いに補完的であるという。別の例として、もしある街に新 しい店ができたことによってその街が他の店にとっても望 ましい立地になるならば、商店の立地の決定に関して補 完関係が存在することになる。このように補完関係がある 場合には経済システムの中にある種の循環性が生じ、そ の結果、経済の安定性にも大きな影響を及ぼす。」 31 「これに対して、Arrow and Hahn (1971) に代表される標 準的な新古典派の考え方においては、市場のメカニズム の自己調整作用が強調されてきた。標準的な理論におい て、均衡の安定性は資源の制約によってもたらされている。 希少な資源をめぐって異なった経済活動の間で競合が生 じると、一方の活動が拡大することはとりもなおさず他の活 動が犠牲になっているということを意味する。適切な機能 をする市場のシステムにおいては、資源配分は効率的に 行われ、その結果、補完関係や循環的な相互依存関係は ほとんど生じる余地が残らない。」 「不完全競争や規模の経済性がある場合には、このような標 準的な世界とは違い、システムはより不安定になり、また補 完関係や累積的なプロセスが重要な意味を持ってくる。」 32 宿題(来週の出席確認時に提出) A4、1~2ページ程度で、 - p.26で挙げた もの以外で、「両面的プラットフォーム」 の 現実例を見付け、どういった「グループの外部性」が働い ているのか、p.25のような図も描きながら、説明せよ。 - もし見つけられない場合は、p.26の例の中から選んで、 その「両面的プラットフォーム」の今後の展開について、 考えるところを説明せよ。 (いずれも、書籍名、記事名、URL等の出典先を明記する こと。) 33 レポートの書き方については、(既に持っている方も少 なくないかも知れませんが)例えば、戸田山和久『新版 論文の教室-レポートから卒論まで』(NHKブックス、 2012年)などを参照してください。 34
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