平成25年度 鹿児島県水産技術開発センター事業報告書 公募型研究事業 (藻場回復高度化事業) 猪狩忠光,久保 満,塩先尊志 【目 的】 海藻の幼胚(タネ)をより確実に供給する手法の開発を通じて,多大な経費と労力を要する現在の 藻場造成手法の低コスト化・低労力を図る。 1 播種新技術開発・技術改良・比較試験 藻場造成の母藻設置手法として,現在スポアバッグや中層網等が使用されているが,前者は母藻の 偏りやバッグによる締め付けにより母藻の長期維持が困難であり,後者については2枚重ねの網に母 藻を巻き付けるため労力が大きいことや母藻の流出が見られることが問題とされている。このため既 存技術の改良や新手法を複数考案し,既存との比較を行った。 【方 法】 (1)スポアバッグの改良 スポアバッグ内に植木鉢スタンド(上枠直径21cm,下枠直径16cm,枠間29cm)を挿入し,結束バン ドで固定し,直径75mmの浮子(浮力約200g)を上部に取り付け,水中で形状を保持させるようにした。 さらに,母藻をスポアバッグ内下部に結束することにより偏りを防いだ。ほとんどのホンダワラ種の 卵放出期間を網羅できる1ヶ月を設置期間とし,対照区としてスポアバッグだけのものを設け,目視 によって母藻の状態を比較した。試験は肝付町仮屋地先で行った。 (2)中層網の改良 現形である網2枚重ねを1枚網にして,藻体を網地に絡み付ける手法からバンドで結束する手法に変 え,結束の仕方による藻体の維持状況を見た。すなわち,①網糸と藻体を平行にして結束する,②網 糸に藻体を回して藻体を結束する2つの結束方法と,さらに,結束バンド幅を①については2mm(試験 区①-1),4mm(試験区①-2),7mm(試験区①-3),②については2mm(試験区②)のみで行い,合計4 試験区を設け,各試験区藻体を1個体ずつ使用し,3セットで24日間流水中で育成した。 【結果及び考察】 (1)スポアバッグの改良 約 1 ヶ月後,既存形及び改良形とも母藻には付着物は多 形状維持枠 を挿入 形状維持枠 の簡素化 かったものの,藻体及び生殖器床は維持され,生殖器床上 に幼胚も確認された。付着物の重みにより海底に沈んでし まっているものがあり,浮力を大きくする必要があった。 また,既存形の藻体は偏って固まっており,効率的な幼胚 供給ができないと思われた。網に結束する枠を円枠一つに することでさらに簡素化を図り,上部形状を平面に近く全 既存 改良型 次年度検討 図1 スポアバッグの改良 体を紡錘形にすることにより藻体が固まることをある程度防ぐことができると考えられた(図 1)。 - 215 - 平成25年度 鹿児島県水産技術開発センター事業報告書 (2)中層網の改良 表1 結束方法による藻体の維持状況 残存個体/供試個体は,24 日後には①-1 は 3/3,①-2 及び バンド幅 14日後 24日後 35日後 ②は 2/3,①-3 は 0/3,35 日後には①-1 は 2/3,①-2 及び② ①-1 2mm 3/3 3/3 2/3 は 1/3 であった(表 1)。①-3 については結束幅が大きすぎ ①-2 4mm 3/3 2/3 1/3 たため生理障害を起こし枯死したためと考えられ,その他 ①-3 7mm 3/3 0/3 0/3 ② 2mm 2/3 2/3 1/3 の流失したものについても茎を多数束ねたことによる生理 試験区 結束方法 障害と考えられ,幅の狭い 2mm のバンドで主枝のみを結束 することで長期間保持できると考えられた。 *残存個体数/供試個体数 なお,中層網の既存形と改良形を図2に示した。1枚網で 結束バンドを利用することにより,費用・労力とも削減さ れると考えられる。 2 母藻設置タイミングの把握 母藻の目視及び検鏡により母藻の変化を的確に捉え,適 現状 網目の異なる網の二枚重ね 母藻を網地に絡ませる 改良型 1枚網&結束バンド利用 正な母藻設置のタイミングを把握する。 図2 中層網の改良 【方 法】 マメタワラを流水中で育成し,経時的に生殖器床の変化を観察し,成熟の特徴を把握した。 【結果及び考察】 卵放出直前の生殖器巣は開口部周辺が黒化し,開口部に蓋様の構造物が見られた。これらが,熟度 判別の指標となり得ると考えられた。また,開口部は放出後と比べ放出前は小さい傾向があった。 (図 3) 6月13日 卵放出がまだ先の生殖器巣 先端の開口部は卵放出後 同様蓋様のものがない 開口部は小さい 卵放出直前の生殖器巣 開口部には蓋様のものが 見える 周辺部は黒化している ○一つの指標となり得る 卵放出直前には開口部周辺が黒ずむ 卵放出後の生殖器巣 開口部には蓋様のものが 見えない 周辺部の黒ずみもない 開口部は大きい 6月17日 放出された卵(幼胚) 卵放出 図3 熟度判別(マメタワラ) - 216 - 平成25年度 鹿児島県水産技術開発センター事業報告書 3 天然藻場での種苗供給量等状況把握・必要母藻の定量化 小規模造成試験により母藻と幼胚供給量や藻体着生数等を把握し,天然藻場と比較することにより 必要母藻量の定量化を行う。 【方 法】 (1)藻場造成必要母藻量の把握 母藻(マメタワラ)雌 325g(試験区①)及び 609g(試験区②)を雄約 150g とともにスポアバッグ に収容し,砂質の海底から約 1m に浮かた。スポアバッグを中心に,ほぼ東西南北の 1m,2m,3m に 20 × 20cm(400c ㎡)のプレートを置き,ヤツマタモクの育生状況を見た。なお,試験は海底が 砂質である指宿市宮ヶ浜地先で6月3日より行い,使用した母藻は生殖器床内に卵があることを確認し, 設置 30 日後に回収した。 (2)幼胚供給量の把握 マメタワラ 5 個体を採取し,湿重量と生殖器床数を計測した。また,藻体から大きさが異なる生殖 器床3個を切り取り,それぞれの生殖器巣開口部数を計測し平均して 1 個当たりの開口部数を算出し た。さらに 1 個の開口部から放出された卵数を計測し,最終的に母藻の単位重量当たりの総放出卵数 を推定した。 【結果及び考察】 (1)藻場造成必要母藻量の把握 結果を図 4 に示した。70 日後に,試験区①では東,南の 3m に 1 株(1 プレート当たり)の幼芽が 確認された。試験区②では東,西,南,北の 1 ~ 3m に 1 ~ 2 株が確認された。その後,台風の接近 などでプレートが砂に埋まってしまうことがあったが,163 日後には,試験区①では東,南の 1 ~ 3m に 1 株,試験区②では西,南の 2 ~ 3m に 1 ~ 2 株が生残しており,藻体長も長いものでは 10cm を - 217 - 平成25年度 鹿児島県水産技術開発センター事業報告書 超えていた。試験地付近は湾口(南方向)への流れが多く,その影響により偏りができたと考えられ 母藻 雌325g 母藻 雌609g 70日後 113日後 163日後 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1 2 母藻 0 0 0 母藻 0 1 1 0 0 0 母藻 0 1 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 母藻 *母藻雄を約150g追加 母藻は30日後に回収 0 0 1 0 1 1 3 1 0 母藻 0 0 0 1 1 0 母藻 2 0 0 1 1 1 2 2 2 0 0 1 0 0 0 図4 藻場造成必要母藻量把握試験 る。近隣藻場(ヤツマタモク主体でマメタワラとの混成藻場)でのホンダワラの付着器密度は,平均 50 個/㎡(=2 個/プレート)であったが,1個/プレートの密度でも藻場景観は保てると思われることから, 雌母藻が 600g あれば潮下 3m までは 90 ℃の扇形(約 7 ㎡)に藻場形成は可能と考えられる。また, 母藻設置には,あらかじめ潮流を考慮し,位置を決める必要があると考える。 (2)幼胚供給量の把握 供試した 5 個体の平均湿重量(A)は 123.3g(67.6 ~ 249.9g),平均生殖器床数(B)は約 5,790 個 (4,815 ~ 7,026 個),生殖器床 1 個当たりの開口部数(C)は平均 76 個(66 ~ 88 個:n=3),1 つの 開口部からの放出卵数(D)は平均 4.2 粒(3 ~ 5 個:n=11)となり,総放出卵数は 100g の個体に換 算すると,149.9 万粒と推定された(B × C × D/A × 100)。新村ら(1985 年)が示した幼胚から成 体までの生残率 0.08%を引用すると,100g の母藻を用いると 1,159 個が成体となり,藻場の成体密度 を 50 個/㎡とした場合,23 ㎡の藻場を作ることができる試算となる。しかし,これは,新村ら(1985 年)の試算(1kg で 16 ㎡)及び上記「藻場造成必要母藻量試験」の結果(600gで約7㎡)と大きく異 なった。これは,供試個体数や幼胚数が少なかったためと考えられ,今後さらに個体数を増やして検 討する必要があると考える。 文献 新村 巖・武田健二・九万田一巳・瀬戸口満・宮内昭吾・平原 鹿児島県水産試験場事業報告,生物部編,18~42. - 218 - 隆・高橋 宏(1985):昭和58年度
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