アリストテレス試験から見る アピキサバンの位置付け

2015年4月23日
特別企画
提供●ブリストル・マイヤーズ株式会社
座談会
アリストテレス試験から見る
アピキサバンの位置付け
―エビデンスと薬物動態から再考する―
心房細動(AF)に起因する心原性脳塞栓症は,脳梗塞の中でも極めて予後不良であり,その発
症抑制には抗凝固療法が重要となる。抗凝固療法に使用される薬剤は,これまでワルファリン
が中心であったものの,プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)の良好なコントロールが難し
いなどの課題が多かった。近年相次いで登場した新規経口抗凝固薬は,FⅩ a 阻害薬アピキサバ
ン(エリキュース ®)を含む4剤が使用可能となり,ワルファリン時代の課題を解決できるのでは
ないかと期待されている。本座談会では,新規経口抗凝固薬の使用経験が豊富な循環器内科医
4氏を迎え,アピキサバンに焦点を当てて,その特徴について討議していただいた。
● 司会
●出席者
(発言順)
谷崎 剛平 氏
上田 明子 氏
榊原記念病院循環器内科
副部長
杏林大学医学部付属病院
循環器内科 助教
村田 広茂 氏
森田 典成 氏
日本医科大学多摩永山病院
循環器内科 助教
東海大学医学部付属八王子病院
循環器内科 准教授
ではないことが明らかになっています
(図1)
。
脳梗塞の発症リスクが低い患者にも
抗凝固療法を行うことが重要
谷崎 京都市南部地域においてAF 患者の背景や治
療実態を調査している伏見心房細動患者登録研究
谷崎 新規経口抗凝固薬が出そろい,現在わが国で
(Fushimi AF Registry)
を見ると,実臨床では適切な
は4剤が投与可能となりました。本日は,その中でも
抗凝固療法が行われていないことがしばしばあり,
アピキサバンに焦点を当て,臨床試験や薬物動態から
本来抗凝固療法が必要とされる同スコア1点の患者
分かった特性について議論していきたいと思います。 には無治療であるケースが非常に多いという結果で
心原性脳塞栓症の原因となるAFは,加齢とともに
した
(図2)
。
有病率が上昇することが知られており,わが国の高
上田 これら脳梗塞の低リスク患者では,発症率は
齢化が進展する中で,日々の外来でもその傾向を顕
低いのですが,母集団が大きいことから相当数の患
著に感じます。心原性脳塞栓症は脳梗塞全体の3割
者が脳梗塞を発症してしまうことになりますので,脳
程度といわれていますが,脳梗塞を発症した患者の
梗塞の発症リスクが高い患者だけでなく,低い患者
退院時の状況をmodified Rankin Scale
(mRS)
で検
にも適切な抗凝固療法を行うことは非常に重要です。
討した結果,アテローム血栓性脳梗塞などの患者に
比べて心原性脳塞栓症は重症度が高く,自立可能な
新規経口抗凝固薬の登場により
積極的な治療が可能に
割合は4割を下回ることが報告されています1)。した
がって,AF 患者に対し適切な抗凝固療法を行い,
心原性脳塞栓症の発症を抑制することは非常に重要
谷崎 近年相次いで発売された新規経口抗凝固薬に
です。
は,このようなワルファリンの課題の解決が期待され
まずは,上田先生からワルファリン時代の抗凝固療
ています。使用可能な新規経口抗凝固薬が増え,ワ
法の課題について紹介していただきます。
ルファリンを含めてどの薬剤を選択すれば良いか迷
上田 新規経口抗凝固薬が登場する以前は,ワル
われている先生方も多いと思います。続いて,薬剤
ファリンを用いた抗凝固療法が行われてきました。ワ
選択の際に重視すべきポイントについて,村田先生
ルファリンは経口抗凝固薬として用いられてきた歴史
に伺います。
が長く,データが豊富にある薬剤であり,PT-INRの
村田 新規経口抗凝固薬の大規模臨床試験はいずれ
良好なコントロールが可能であれば脳梗塞の発症抑
もワルファリンを対照薬として行われています。最も
制が期待できます。しかし,そのためには治療域内
重要なのは,有効性および安全性に関して優越性ま
時間
(TTR)
を65%以上に維持する必要があること,
たは非劣性が示されているかどうかですが,この点
AF 患者数が増加している昨今,医師が
患者ごとにモニタリングし,投与量の調
節を行うのは容易ではないことなどが大
図1 C
CHADS2スコア別に見た脳梗塞の重症度
きな課題となっていました。
谷崎 脳梗塞の発症リスクが低い患者
への治療を行いにくいことも問題でし
上田 脳梗塞の発症リスクが比較的低
いCHADS2スコア0~1点の患者に対し,
ワル ファリン で は 十 分 なnet clinical
(%)
50
患者の割合
たね。
入院時のNIH Stroke Scale 4点以下
退院時のmodified Rankin Scale 1点以下
48.0
40
ています2)。しかし,CHADS2スコア別に
0
27.5
35.7
48.1
35.2
23.5
0
入院時の脳梗塞の重症度と退院時の状況
mRSを用いて検討したところ,同スコア
38.9
20
10
50.0
42.6
30
benefit が得られない可能性が示唆され
をそれぞれNIH Stroke Scale
(NIHSS)
と
40.0
1
2
CHADS2スコア
3
4
対象:非弁膜症性心房細動を伴う急性脳梗塞患者236例
が低いからといって必ずしも転帰が良好
(姉川敬裕, 他. 脳卒中 2010; 32: 129-132)
2
は4つの試験ともクリアしています。また,日本人に
発現頻度,カプセルや錠剤など,各薬剤によって特
多いとされる頭蓋内出血の発現についても,いずれも
徴は異なりますので,まずは個々の患者に応じた優先
ワルファリンを下回っており,ワルファリンと新規経
事項を決定し,それらのニーズに合わせて選択して
口抗凝固薬の両方を選択可能な症例であれば,後者
います。
を選択した方が良いといえます。4つの試験結果の
上田 高齢者では適切に経口抗凝固薬を服用するこ
重要な点は,ワルファリンに比べてデメリットが少な
とが困難なケースも多く,家族の協力が得られるかど
かったことです。抗凝固薬は今後発症しうる脳梗塞
うかも選択する際のポイントとなりますね。
の発症抑制を目的とした薬剤であり,患者は何かが
改善するというような明確な治療効果を実感すること
高齢者や腎機能低下例への
有用性も示されたアリストテレス試験
はできません。したがって,抗凝固薬を服用した結果,
副作用が出るという事態は避けなければならないと考
えています。
谷崎 新規経口抗凝固薬の1つであるアピキサバン
谷崎 それぞれの経口抗凝固薬は,わが国の「心房
は,アリストテレス試験でその有用性が示されてい
細動治療
(薬物)
ガイドライン
(2013年改訂版)
」
におい
ます。森田先生に同試験の結果を紹介していただき
てどのように位置付けられていますか。
ます。
村田 同ガイドラインでは,CHADS2スコア1点では
森田 この試験では,脳卒中のリスク因子を1つ以上
ダビガトランとアピキサバンが推奨,その他の薬剤は
有する非弁膜症性 AF 患者1万8,201例を対象にアピ
考慮可,同スコア2点以上では全ての経口抗凝固薬
キサバンとワルファリンの有効性と安全性が検討さ
3)
が推奨されています 。先ほどワルファリン時代には
れています。
CHADS2スコア1点の患者に適切な治療が行われて
有効性の主要評価項目である脳卒中および全身性
いないことが指摘されていましたが,これら脳梗塞の
塞栓症の発症率は,ワルファリン群で1.60%/ 年に対
発症リスクが比較的低い患者における新規経口抗凝
し,アピキサバン群で1.27%/年であり,アピキサバン
固薬の有用性については,今後投与経験を積み重ね
の優越性が認められました
(ハザード比0.79:P=0.01,
る中で,エビデンスを確立していけるものと期待して
Cox 比例ハザードモデル)
。安全性の主要評価項目で
います。
ある大出血の発現率も,ワルファリン群の3.09%/ 年
谷崎 実臨床においての新規経口抗凝固薬の使い分
に対し,アピキサバン群では2.13%/ 年と,アピキサ
けについては,どのような点を考慮されていますか。
バンの優越性が示されました
(ハザード比0.69:P<
村田 有効性や安全性に加え,投与回数や副作用の
0.001,同)
。さらに,全死亡率についても,ワルファ
伏
伏見心房細動患者登録研究における抗血栓薬の投与割合
図2
(CHADS2スコア別)
処方なし
アスピリン単独
ワルファリン+アスピリン
ワルファリン単独
(%)
100
リン群の3.94%/年に対し,アピキサバン
群では3.52%/ 年と有意に低値でした
(ハ
4)
ザード比0.89:P=0.047,同) 。
谷崎 高齢者や腎機能低下例など出血
リスクの高い患者へのアピキサバンの投
与についてはどのようにお考えですか。
森田 アピキサバンは腎排泄率が低く,
80
処方率
その代謝が腎機能の影響を受けにくいと
60
いう特徴を有しています
(図3)
。腎機能
40
は加齢に伴い低下することが知られてい
20
ますが,アリストテレス試験のサブグ
0
ループ解析では,高齢者や腎機能低下
全体
0
対象:心房細動患者3,183例
1
2
CHADS2スコア
3
5, 6(点)
4
例などにも有用性が示されており
(図4)
,
これら出血リスクが高い患者も含め,幅
広い層の患者に投与できるものと考えて
(Akao M, et al.
2013; 61: 260-266)
3
います。
をより重視しなければならない患者を中心にアピキサ
バンをお勧めしています。
谷崎 アピキサバンの安全性についてはどのような
点に注目されていますか。
適正な抗凝固療法を行うためには
地域連携の確立が課題
森田 私はアピキサバンの生物学的利用率の高さに
注目しています。生物学的利用率が低いと薬剤が消
谷崎 それでは,最後に抗凝固療法の導入および継
化管に達する割合が大きくなり,消化管出血の発現
頻度が高まる可能性があります。アピキサバンの生
続について議論したいと思います。新規経口抗凝固
物学的利用率は50%程度であり,アリストテレス試験
薬が登場して数年が経過しましたが,どのような印
では,アピキサバン群の消化管出血の発現率はワル
象をお持ちですか。
ファリン群と同程度であることが示されています 。
上田 実地医家の先生方から紹介を受け,外来に来
また,投与方法も重要であると考えています。1日
られる患者を見ると,ワルファリンのみが経口抗凝固
2回投与の薬剤は,ピーク値の血中濃度が高くなり過
薬の選択肢であった時代と比べて,明らかに抗凝固
ぎず,消化管に達する際の濃度も比較的低いものと
療法の実施率が高まりました。
4)
考えられます。アピキサバンは1日2回投与の薬剤で
しかし,無治療の患者や抗血小板薬のみが処方さ
すから,このことが安全性に寄与している一因ではな
れた結果,脳梗塞を発症してしまう患者が依然とし
いでしょうか。
て多いため,今後も新規経口抗凝固薬が果たす役割
このようにエビデンスと投与方法との両面から,私
は大きいと考えています。
はアピキサバンの有用性に期待しています。
森田 当院には脳神経外科もあり,脳梗塞を発症し
谷崎 高齢者は薬剤の飲み忘れも懸念されます。
た患者の治療も行っています。そのような患者を診
森田 新規経口抗凝固薬は半減期が半日程度であり,
療すると,AFを有しているにもかかわらず,無治療
1度の飲み忘れにより脳梗塞の発症リスクが高まるも
のケースがほとんどです。上田先生がご指摘された
のと考えています。そのような観点からも1日2回の
ように,抗凝固薬の投与率は高まっていますが,まだ
薬
図3 薬物動態に対する腎機能障害および肝機能障害の影響
(ng/mL)
腎機能別アピキサバンの血中濃度
(ng/mL)
120
400
300
250
平均値+SD
200
軽度肝機能障害(N=8)
(Child-Pugh分類クラスA)
中等度肝機能障害(N=8)
(Child-Pugh分類クラスB)
健康成人(N=16)
100
血漿中アピキサバン濃度
血漿中アピキサバン濃度
腎機能正常(N=8)
軽度腎機能障害(N=10)
中等度腎機能障害(N=7)
重度腎機能障害(N=7)
350
150
100
80
60
40
20
50
0
肝機能別アピキサバンの血中濃度
0
10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(時間)
対象: 軽度腎機能障害者10例,中等度腎機能障害者7例,重度腎機
能障害者7例,腎機能正常者8例
方法: アピキサバン10mgを単回経口投与し,薬物動態を検討
0
0
24
48
72(時間)
対象: 軽度肝機能障害者8例,中等度肝機能障害者8例,健康成人
16例
方法: アピキサバン5mgを単回経口投与し,薬物動態を検討
(アピキサバン承認時評価資料)
4
2015年 4月 23日
薬剤を選択する意義は大きいと考え,中でも安全性
投与回数から見たアピキサバンの安全性
2015年 4月 23日
十分とはいえません。
とが必要ですね。
村田 AF 患者を診療する実地医家の先生方にとっ
わが国では,高齢化が進展し,AF患者の増加が見
て,抗凝固薬を適切に用いて抗凝固療法を行うこと
込まれています。このように,抗凝固療法の重要性
が難しいケースもあるかと思います。そのような場合
がますます高まっていく中で,高齢者や腎機能低下
には,一度地域の中核病院にご紹介いただいて専門
例も含めた幅広い層の患者に有用性が示されている
医が治療方針を決定してから,患者をお戻しすると
アピキサバンは,抗凝固療法の質の向上に寄与する
いうような方法は有用です。
ものと期待しています。本日は貴重なお話をありがと
谷崎 実臨床では,脳梗塞を発症して初めてAFを有
うございました。
していることが発覚する患者も多く,無症候性のAF
  1)
奥村謙, 他. 心電図 2011; 31: 292-296.
  2)Singer DE, et al. Ann Intern Med 2009; 151: 297-305.
  3)
心
房細動治療
(薬物)
ガイドライン
(2013年改訂版)http://www.
j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2013_inoue_h.pdf
(2014年12月閲
覧)
  4)Granger CB, et al. N Engl J Med 2011; 365: 981-992.
患者をきちんと診断できないケースは少なくありませ
ん。実地医家の先生方には,積極的に地域の中核病
院を利用していただくとともに,われわれからも適切
な抗凝固療法を行えるような働きかけを行っていくこ
図4
国際共同第Ⅲ相臨床試験:アリストテレス試験のサブグループ解析
国
(脳卒中および全身性塞栓症・大出血:CHADS2スコア・年齢・体重・腎機能・脳卒中またはTIA既往別)
脳卒中/全身性塞栓症
サブグループ
CHADS2スコア
1
2
3以上
大出血
イベント数(1年当たりの%)
ハザード比 交互作用の
アピキサバン ワルファリン (95%信頼区間)
P値
P=0.45
(0.7) 51(0.9)
44
74(1.2) 82(1.4)
94(1.9) 132(2.8)
年齢
65歳未満
51(1.0) 44(0.9)
65歳以上75歳未満 82(1.3) 112(1.7)
75歳以上
79(1.6) 109(2.2)
P=0.12
体重
60kg超
60kg以下
P=0.26
腎障害レベル
正常
軽度
重度または中等度
177(1.2) 212(1.4)
34(2.0) 52(3.2)
P=0.72
70(1.0) 79(1.1)
87(1.2) 116(1.7)
54(2.1) 69(2.7)
脳卒中またはTIA既往
なし
139(1.0) 167(1.2)
あり
73(2.5) 98(3.2)
P=0.71
イベント数(1年当たりの%)
ハザード比 交互作用の
アピキサバン ワルファリン (95%信頼区間)
P値
P=0.64
56(1.2) 72(1.5)
120(2.0) 166(2.8)
151(3.3) 224(5.2)
P=0.22
290(2.1) 398(3.0)
36(2.3) 62(4.3)
P=0.03
96(1.5) 119(1.8)
157(2.5) 199(3.2)
(6.4)
73(3.2) 142
P=0.71
250(2.0) 356(2.9)
77(2.8) 106(3.9)
0.25 0.50 1.00 2.00
アピキサバンが優位
P=0.40
76(1.4) 126(2.3)
125(2.3) 163(3.0)
126(2.9) 173(4.2)
0.25 0.50 1.00 2.00
ワルファリンが優位
アピキサバンが優位
ワルファリンが優位
Cox比例ハザードモデルに基づき算出
対 象: 非弁膜症性心房細動/心房粗動が確認され,脳卒中リスク因子を1つ以上有する患者1万8,201例(日本人336例を含む)
方 法: アピキサバン群は5mg 1日2回経口投与,ワルファリン群は目標PT-INRの範囲を2.0∼3.0として用量を調節し,経口投与した
安全性: 主な副作用は,アピキサバン群では鼻出血5.0%,血尿2.6%,挫傷1.7%,ワルファリン群では鼻出血6.1%,血腫3.5%,血尿3.2%
(Granger CB, et al.
本特別企画はブリストル・マイヤーズ株式会社の提供です
5
2011; 365: 981-992より抜粋)
EQ/15-03/0541/17-02
6