交流磁場中で著しく発熱するガーネット型フェライト微粒子 の最適化

交流磁場中で著しく発熱するガーネット型フェライト微粒子
の最適化
Optimization of garnet type ferrite powder having high heat
generation ability in AC magnetic field
新居浜工業高等専門学校環境材料工学科 助教 平澤 英之
Department of Environmental Materials Engineering, National Institute of Technology,
Niihama College, Hideyuki Hirazawa
要旨
磁性微粒子材料を生体内で自己発熱させ、腫瘍部位を加熱壊死させる『交流磁場焼灼治療』を実用化す
るため、交流磁場中で著しく発熱する磁性ナノ粒子が求められている。これまでの研究から、逆共沈法で
作製したガーネット系 Y3Fe5O12 フェライトは、交流磁場中で優れた発熱能力を示すことを確認しているが、
本研究により La を微量添加した Y3Fe5O12 は発熱能力が著しく向上する事を発見した。また、ビーズミル
粉砕を行ない微粒子化した La 添加型 Y3Fe5O12 フェライトの発熱能力は、粉砕前と比較してさらに向上し
ており、これは微粒子化に伴う単磁区粒子の形成とネール緩和による影響であると考えられる。
中で最も高い発熱能力を有する Y3Fe5O12 につ
1.はじめに
現在、生体内に投与したフェライト磁性材料
いて [2]、フェライトへの微量添加が磁気的特
を交流磁場により自己発熱させ、がん腫瘍を加
性を向上させると報告されている La3+ を添加
熱壊死させる『交流磁場焼灼法』が提案されて
したフェライト粉末を作製し [3]、その交流磁
いる。本治療法では、磁性材料をリポソームで
場中での発熱挙動について検討を行った。また、
包埋しがんへの標的指向性を持たせた抗体を付
最大の発熱特性を示した La 添加型 Y3Fe5O12 に
与することを想定しており、生体内に投与され
ついて、ビーズミル粉砕による微粒子化を行い、
た磁性材料はがん腫瘍部位に選択的に留置され
発熱能力の向上と最適化を行なった。
る(Drug Delivery System)。そこで、腫瘍部
位に交流磁場を印加することで磁性材料は約
2.実験方法
42.5℃以上まで発熱し、腫瘍部を効果的に凝固
La 添加型ガーネット系フェライトの作製に
壊死させることができると考えられる。また、
は、出発材料として Y(NO3)3・6H2O, Fe(NO3)3・
一度加熱された腫瘍部には HSP(ヒートショッ
9H2O, La(NO3)3・6H2O を用いた逆共沈法に
クプロテイン)が発現することが分かっており、
より前駆体粉末の作製を行った。添加する材料
これによりがんに対する免疫能が著しく向上す
で あ る La(NO3)3・6H2O は、 得 ら れ る
る事が明らかになってきている。そこで、本治
Y3Fe5O12 1mol に 対 し て La3+ が、0- 0.50mol%
療技術の実用化のため、優れた発熱能を有する
添加されるよう計算し秤量した。原料は全て純
磁性微粒子材料の開発が切望されている。
水中に溶解させ、湯浴上で 80℃以上に加熱し
一般的に、交流磁場によるフェライトの発熱
た NaOH 水溶液(6mol/l, 200ml)中に滴下を
はヒステリシス損失が強く影響すると考えられ
行った。得られた沈殿物は、pH が 8 以下にな
ており、材料のヒステリシス損失を増大させる
るまで純水により洗浄濾過を行い、乾燥機にて
ことで発熱能力は向上すると考えられる [1]。
乾燥させた。得られた前駆体粉末は、600 ∼
そこで本研究では、ガーネット系フェライトの
1200℃の各温度で 1h 焼成を行い、フェライト
― 44 ―
の作製を行った。
600℃以上の焼成で重量減少が終了しており、
発熱能力の優れた La 添加型 Y3Fe5O12 につい
XRD 結果からフェライトの生成が確認された
て、遊星型ビーズミル(FRITSCH:premium
ため(図は示さず)
、発熱実験結果は焼成温度
line P-7)を使用し、試料の微粒子化を行なった。
が 600℃以上の試料についてプロットした。グ
粉砕は溶媒にエタノールを用いた湿式粉砕と
ラフより、600℃で焼成した Y3Fe5O12 について
し、ZrO2 製粉砕容器(45cc)中に試料粉末 5g
交流磁場を 20 分間印加した際の室温からの上
を入れ、1000rpm で粉砕を行った。粉砕に使
昇温度(ΔT)は 0℃であり、全く発熱は起こら
用したジルコニアビーズは、φ=0.1mm 或いは
なかった。しかし、焼成温度の上昇に伴い発熱
0.3mm のものを用い、粉砕時間の異なる試料
特性は向上しており、特に 1150℃で焼成した
をそれぞれ作製することで、粒子径と発熱能力
試料の発熱特性は最大の値(ΔT=51.4℃)を示
の関係を調べた。得られた粉末試料について、
した。これは、XRD 結果より 1000℃以下の焼
Cu-kα を X 線源とする粉末 X 線回折測定、ヒ
成では Y3Fe5O12 に加え Fe2O3 を多く含んでお
ステリシス損失測定、交流磁場中での加温実験
り、1100℃以上の焼成により Y3Fe5O12 のほぼ
等のキャラクタリゼーションを行った。交流磁
単 相 を 形 成 し た こ と か ら、 発 熱 能 力 の 無 い
場による発熱実験は、試料粉末を 1.0g とし、
Fe2O3 相の影響であると考えられる。これらの
周波数 370kHz、磁場強度 1.77kA/m の条件で
結果から、La 添加型 Y3Fe5O12 は 1100℃以上で
20 分間交流磁場を印加させた際の上昇温度を、
焼成し作製することとした。
放射温度計により測定した。
Fig.2 に は、1150 ℃ で 焼 成 し た La 添 加 型
Y3Fe5O12 の XRD 結果を示す。グラフより、全
3.実験結果
ての La3+ 添加型試料において、微量の Fe2O3
3.1 逆共沈法による La 添加型 Y3Fe5O12
ピークが見られたが、ほぼ Y3Fe5O12 の単相が
Fig.1 に、逆共沈法により作製した、La を全
得られた。今回作製した試料中、最も多く La3+
く添加させていない Y3Fe5O12 の焼成温度と交
を添加した X=0.50mol の試料において、La3+
流磁場中での加温実験結果を示す。熱重量測定
を含む化合物のピークは確認できなかったこと
結 果(TGA) よ り、Y3Fe5O12 前 駆 体 粉 末 は
から、La3+ は非晶質として粒界に存在してい
るか、Fe2O3 の Fe と置換し、オルソフェライ
Temperature enhancement ǻ T/oC
50
40
30
20
10
0
600
700
800
900
1000
Calcined temperature/oC
1100
1200
Fi g .1 R e l a t i o n s h i p b e t w e e n c a l c i n e d
temperature and temperature enhancement
(ΔT)for Y3Fe5O12 powder in AC magnetic
field.
Fig.2 XRD results for La 3+ Xmol added
Y 3 Fe 5 O 12 p o w d e r p r e p a r e d b y r e v e r s e
coprecipitation method and calcined at 1150°
C.
― 45 ―
ト LaFeO3 を形成した、或いは Y3Fe5O12 中に
3+
は、0.1mmΦ の ZrO2 ビーズを用い、0min −
置換したと考えられるが、La 添加に伴うピー
300min 粉砕を行なった結果をそれぞれ示して
クシフトは確認できず、格子定数に変化は見ら
いる。粉砕を行なっていない 0min の試料と比
れなかった。
較し、粉砕を行なった全ての試料にはほぼ同様
Fig.3 には、La を 0~0.50mol 添加し 1150℃
のピークのみが確認でき、ビーズミル粉砕に伴
で焼成した Y3Fe5O12 粉末試料について、20 分
う不純物相の出現は見られなかった。またグラ
間交流磁場を印加した際の上昇温度(ΔT)を
フより、粉砕時間の増加に伴いピークがブロー
示す。グラフより、La3+ の添加量が増加する
ドになっていることが分かり、粉砕により微粒
につれ、試料の発熱能力は大きく向上する傾向
子化が進んでいると考えられる。
3+
が見られた。特に、La を 0.3mol% 添加した
Fig.5 に は、 ビ ー ズ ミ ル 粉 砕 を 行 な っ た
試料は ΔT=101℃と今回作製した中で最も高い
La0.30mol 添加型 Y3Fe5O12 フェライトについ
温度上昇を示した。しかし、La3+ を 0.3mol%
て、BET 法により求めた表面積から粒子が完
以上添加した試料の発熱能力は低下した。この
全な球であると仮定し計算により求めた粒子径
3+
ことから、Y3Fe5O12 への La 微量添加は、交
をプロットしている。また、300min 粉砕を行
流磁場による発熱能力を大きく向上させる効果
なった試料について、FE-SEM により観察し
があることがわかった。そこでこの発熱能力が
た画像をグラフ内に挿入した。粉砕を行なう前
大きく向上した理由について、ヒステリシス損
の Y3Fe5O12 の粒子径は焼成により粒成長がお
失・渦電流損失・ネール緩和・ブラウン緩和に
こっており、802nm と大きい値を示した。し
それぞれ着目し、ヒステリシス損失の測定、周
かし、粉砕時間の増大に伴い、粒子径は急激に
波数を変化させた発熱実験を行なったが、明ら
減 少 し て お り、 最 も 低 い 値 を 示 し た の は
かにすることはできなかった。
300min の 粉 砕 を 行 な っ た 試 料( 粒 子 径
30.6nm)であった。また、FE-SEM による観
3.2 La 0.30mol 添加型 Y3Fe5O12 の微粒子化
察結果からも、ほぼ均一な粒子が確認でき、ビー
Fig.4 は、Y3Fe5O12 に La3+ を 0.30mol 添加し、
1150℃で焼成した試料について、ビーズミル粉
ズミルによる粉砕は Y3Fe5O12 フェライトのナ
ノ粒子化に効果的であることがわかった。
Temperature enhancement ǻ T/oC
砕を行なった試料の XRD 結果を示す。粉砕に
Fig.6 は、La を 0.30mol 添 加 し た Y3Fe5O12
100
90
80
70
60
50
0
0.1
0.2
0.3
X value/mol
0.4
0.5
Fig.3 Temperature enhancement for La3+
Xmol added Y 3Fe 5O 12 powder in an AC
magnetic field. All samples were calcined at
1150°C.
Fig.4 XRD results for Y3Fe5O12 with added
0.3mol La 3+ ferrite prepared by beadmilling. The milling time was indicated into
the figure.
― 46 ―
で最大の発熱能力(ΔT=109.5)を示した。また、
ヒステリシス損失についても発熱実験とほぼ同
様の傾向を示しており、粒子径 35nm 程度まで
は粉砕前と比較してヒステリシス損失は低下し
たが、35nm 以下では再びヒステリシス損失が
増大していることがわかった。一般的に、交流
磁場中でのフェライトの発熱は、ヒステリシス
損失に起因すると考えられている。今回作製し
たフェライト微粒子は、微粒子化に伴い保磁力
の最大となる単磁区粒子を形成し、ヒステリシ
ス損失が増大したことにより、発熱能力が向上
したと考えられる。しかし、ヒステリシス損失
測定結果から、240min 粉砕試料のヒステリシ
Fig.5 Relationship between the milling
time and particle diameter for Y3Fe5O12 with
addition of La 0.3mol calculated from BET
method.
ス損失は、粉砕前より低い値を示したにもかか
わらず、発熱能力は高い値を示した。このこと
から、240min 粉砕試料については、ヒステリ
シス損失の影響に加え、異なる他の要因により
発熱能力が向上したと考えられる。
交番磁界中での微粒子材料の発熱要因として
は、ネール緩和が報告されている [4]。ネール
緩和は、磁気モーメントが結晶中で回転し外磁
界に追従しようとするときに生じる損失であ
り、これによる発熱量は緩和時間と周波数に依
存する。また、緩和時間は粒子径に依存するた
め、粒子径と周波数の影響により発熱能力が大
き く 変 化 す る と 考 え ら れ て い る。 そ こ で、
Fig.7 には La を 0.30mol 添加し、240min 粉砕
を行なった Y3Fe5O12 について、周波数を変化
させ発熱実験を行なった結果を示す。グラフよ
Fig.6 Relationship between the temperature
enhancement, hysteresis loss, and particle
diameter for La 0.3mol added Y 3Fe 5O 12
prepared using bead milling.
り、周波数が 200kHz から 300kHz の発熱実験
では、周波数の増加に伴い上昇温度(ΔT)が
直線的に増大している。しかし、370kHz にお
いてのみ発熱特性が大きく向上していることか
の粒子径と交流磁場中での発熱特性、および交
ら、240min 粉砕試料(粒子径約 32.12nm)では、
流磁場中でのヒステリシス損失の測定結果を示
周波数 370kHz の条件においてネール緩和によ
す。ビーズミル粉砕を行なった試料の発熱特性
る発熱がおこったと考えられる。
は、粒子径 35nm 程度までは低下している傾向
が見られたが、35nm 以下まで粉砕を行なった
4.まとめ
試料では、発熱特性が急激に向上していること
本研究により、Y3Fe5O12 フェライトを逆共沈
が分かった。特に、粒子径が 32.13nm である
法で作製し、La を微量添加することで発熱能
240min 粉砕試料では、粉砕前よりも発熱能力
力を大幅に向上させることができた。また、
が向上しており、今回作製したフェライトの中
La 添加型 Y3Fe5O12 をビーズミル粉砕する事に
― 47 ―
Temperature enhancement ǻ T/oC
40
Hiroyuki Kikkawa, Yuji Watanabe,
35
Materials Research Bulletin, Vol.40 7,
30
1126-1135(2005).
[2] Hiromichi Aono, Kenji Moritani, Takashi
25
Naohara, Tsunehiro Maehara, Hideyuki
20
Hirazawa, and Yuji Watanabe, Materials
15
letteres, vol.65 10, 1454-1456(2011).
10
[3] A . B . G a d k a r i , T. J. S h i n d e , P. N .
Vasambekar, Journal of Alloys and
5
0
200 220 240 260 280 300 320 340 360
Frequency/kHz
Fig.7 Temperature enhancement for fine
La 0.3mol added Y3Fe5O12 powder prepared
by 240min milling.
Compounds, Vol.324 1, 1985-1991(2012)
.
[4] William Fuller Brown, Physical Review,
Vol.130 5, 1677-1686(1963).
研究成果発表
1)S. Yoshikawa, H. Hirazawa, H. Aono, T.
Naohara, T. Maehara, and Y. Watanabe,
より、数十ナノメートルまで微粒子化する事が
High heat generation ability in an AC
でき、発熱能力もさらに向上させる事ができた。
magnetic field of nano-sized Y3Fe5O12
この発熱メカニズムは、ヒステリシス損失の影
with Lanthanum 0.3mol% added powder
響に加えネール緩和の影響を受けると考えら
prepared by bead-milling, Proc. of the
れ、発熱能力の優れた最適な Y3Fe5O12 は、La
27th 1nternational microprocesses and
を 0.3mol 添加し 240min 粉砕を行なった試料
nanotechnology conference, 6p-7-106
(2014).
であることがわかった。
2)K. Naganuma, H. Hirazawa, H. Aono, T.
謝辞
Naohara, T. Maehara, and Y. Watanabe,
本研究を遂行するにあたり、助成いただいた
Heat generation properties in AC
公益財団法人京都技術科学センターに深く感謝
magnetic field for fine MgAl X Fe 2-X O 4
申し上げます。
ferrite
powder prepared by beads
milling, Proc. of the 27th 1nternational
参考文献
microprocesses and nanotechnology
[1] Hiromichi Aono, Hideyuki Hirazawa,
conference, 6p-7-47(2014).
Takashi Naohara, Tsunehiro Maehara,
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