介護付有料老人ホームにおける転倒事故の発生率と光環境の関係

平成27 年度日本建築学会
近畿支部研究発表会
4018
平成 27 年度日本建築学会
近畿支部研究発表会
介護付有料老人ホームにおける転倒事故の発生率と光環境の関係
正会員 ○高木 舞人*1
同
小林
知広*3
同 梅宮 典子*2
同 東 雄也*4
4.環境工学-6.光・色-z.その他
転倒事故
1.
老人ホーム
気象データ
季節変化
度のデータから転倒事故を抽出して分析を行う
はじめに
1)
(24 年は欠損期間があったため除外)。気象デー
転倒事故は高齢者の事故の半数を超えており 、
タは施設に最寄りの観測所である大阪管区気象台
寝たきりにつながりやすく QOL を著しく低下させ
る。転倒事故の防止は高齢社会の課題の1つであり、 のデータを使用する。
3.転倒事故の定義
加齢に伴う運動機能との関係の研究が医療福祉分
2)
野で進んでいる 。視力、筋力、認知能力など人体
転倒事故は一般に、転倒、転落、墜落の 3 種類に
側の要因が圧倒的に大きいと考えられるが、環境要
分類される。転倒とは同一平面上でバランスを失い
因に関して、床の歩行性や滑りやすさや段差の視認
倒れて受傷したもので、押され、突き飛ばされ、ス
3)
4)
性に関する研究 や色彩の研究 がなされている。
リップ、つまずき等であり、転落とは高低差のある
気象医学の分野では、総死亡率や発病率の季節性
場所から地表面または静止位置までのスロープな
に着目した研究が進んでいる。建築分野でも事故発
どに接触しながら転がり落ち受傷したもの、墜落と
5)
生と気象条件との関係がされている。既報 では介
は高所から地表または静止状態まで落下し受傷し
護施設における転倒事故の発生について、事故発生
たもので転落に起因し墜落したもの、および墜落に
率の季節性に着目して温熱環境気象条件との関係
起因し転落したものを含んでいる。本研究ではこれ
を分析し、気温や PMV と関係があることを明らかに
らのうち転倒と転落を「転倒事故」とみなし、墜落
した。本報は日照の観点から分析する。
は対象外とする。
2.使用するデータ
4.施設における転倒事故の発生状況
対象施設は、兵庫県の 5 階建て面積約 6,000 ㎡の
施設では 3 年で 1090 件の転倒事故が発生し、発生
介護付有料老人ホームである。入居者最大人数 146
状況は要介護 1~2 が 50%、80~90 歳代が 81%、場所
名、平均年齢 87.3 歳、平均介護度 2.1 で、男女比
は私室が 76%である。Fig1 に月別の転倒事故発生件
は、3.5:6.5 である。施設では発生した事故全般の
数と時間あたり発生率を示す。複数回転倒者は月ごと
発生時間帯、場所、介護度、年齢、事故種類、対策
に 2 回目以降は発生数から除外する。事故は季節では
ほかを記録しており、本研究はその平成 22~25 年
冬に多く、時間帯では午前中に多い。
150
件数
複数回転倒者による件数
複数回考慮件数
30
20
10
50
0
件数
100
1時間あたりの事故発生率
(3年分)
0
4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月
Fig1 転倒事故の月別および時間帯別の発生件数(3 年分)
Relation between Sunshine Conditions and Fall Accident Incidence in Home for the Aged with Cares
TAKAGI Maito, UMEMIYA Noriko, KOBAYASHI Tomohiro and AZUMA Yuya
69
5.施設内の光環境
す。また、事故発生率と気象条件出現率の差を参考
私室の昼間の照度分布図を Fig.2 に示す。施設の
に棒グラフで示す。+値は事故が発生しやすく、―
私室は中廊下をはさんで南向きと北向きに配置さ
値は発生しにくい階級であるといえる。季節別の図
れ、私室には奥に1箇所窓があり、室中央部天井と
は 3 年を合計している。季節区分は日照時間を考慮
ベッド脇壁に照明器具が設置されている。
して、2~4 月を春、5~7 月を夏、8~10 月を秋、11
昼間の測定時の天候は曇で、私室の照度は消灯時
~1月を冬とする。
の窓際で南向き 580lx 北向き 55lx、廊下側入り口付
6.1
近で約 20lx である。昼間点灯時は南向き 72~450lx、
日照 0~2 時間で事故が多く、8~15 でやや少なくな
北向き 45~265lx、夜間は 51~210lx である。中廊
っている。季節別には、春は 6〜11 時間で多く、夏
下中央線上は 50~160lx、廊下突き当たりの窓付近
は 0〜2 時間で多く 7〜13 時間で少なく、秋は 4 時
は 360lx、食堂は 700~750lx である。廊下突き当た
間以下で多く、冬は夏とほぼ同じである。日照時間
りの窓はグレアを感じるほどではない。夜間は中廊
が長いと事故が少ないが明確でない。
下中央線上は 50~70lx、
食堂は 640~670lx である。
6.2
就寝時間は廊下は消灯される。
間を求め、気象台データの日照時間を除して日照率
施設では入居者が階段を使用することはなく、段
日照時間(Fig.3) 事故は、3 年分で見ると
日照率(Fig.4) 日出・日没時刻から可照時
とする。季節差によらず日照の影響を検討できる。
差は排除されている。壁には手すりが完備され、床
事故は、22 年は 80%、23 年は 40〜50%より日照率
の歩行性についても配慮が行き届いている。
が高いと少なく、低いと多い。3 年合計で明らかに
6.気象条件と転倒事故発生率
日照率が低いと多く、高いと少ない。
気象台で観測している光環境関係の項目として、
60
日射量、日照率、雲量、降水量と事故発生との関係
3年分
50
気象データを階級に分け、分析対象期間におけるそ
の階級の出現率とその階級における事故発生率と
を比較する。
30
20
10
0
-10
Fig.3~7 に気象条件出現率と事故発生率を比較し
て示す。図の縦軸は、点線が気象条件出現率(各階
発生率・出現率[%]
級の出現度数を分析期間の全出現度数で除した割
合%)、実線がその階級における事故発生率(各
発生率・出現率[%]
階級の事故件数を全事故件数で除した割合%)を表
Fig2 居室内における照度測定結果(日中のみ)
25
20
15
10
5
0
-5
25
20
15
10
5
0
-5
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
日照時間[h]
春
発生率・出現率[%]
射量と比例関係にあるものとして日射量を用いる。
40
0 2 4 6 8 10 12 14
日照時間[h]
秋
0 2 4 6 8 10 12 14
日照時間[h]
発生率・出現率[%]
発生率・出現率[%]
を分析する。屋外の照度は観測されていないので日
25
20
15
10
5
0
-5
25
20
15
10
5
0
-5
夏
0 2 4 6 8 10 12 14
日照時間[h]
冬
0 2 4 6 8 10 12 14
日照時間[h]
Fig3 日照時間と転倒事故発生率(3 年分・季節別)
70
日中に限定すると、23 年と 25 年は日照率 30~
6.3
日射量(Fig.5) 気象台から入手できる日積
40%以下で多く 70%以上で少ない。22 年は 50%付
算日射量を検討する。事故は各年で 15MJ/㎡より小
近で少し多く 80%以上で少ない。3 年合計では通日
さいと多く、大きいと少ない。春は 27MJ/㎡以上で
と同じである。日照率が中間付近で年により傾向が
少なく、
夏は 6MJ/㎡付近で多く 20〜24MJ/㎡で少なく、
異なるが、季節差は少なく、日照率が低いと事故が
秋は 12MJ/㎡を境に少なくなり、冬は 9MJ/㎡付近で少
多く高いと事故が少ない明らかな傾向がある。
なくその両側で多い。夏と秋は通年と同じで春と冬は
秋
10
15
冬
10
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0
日照率[%]
0
-10
Fig4 日照率と転倒事故発生率
発生率・出現率[%]
5
0
全天日射量[MJ/㎡]
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
秋
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
発生率・出現率[%]
0
全天日射量[MJ/㎡]
15
夏
10
5
0
-5
全天日射量[MJ/㎡]
10
-5
日照率[%]
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
0
-5
日照率[%]
20
5
5
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
-10
日照率[%]
20
0
10
3 年分
10
-5
全天日射量[MJ/㎡]
春
全天日射量[MJ/㎡]
全天日射量[MJ/㎡]
15
冬
10
5
0
-5
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
15
夏
10
0
0
-5
日照率(日中のみ)[%]
20
5
0
15
発生率・出現率[%]
10
H25
発生率・出現率[%]
春
-10
発生率・出現率[%]
日照率(日中のみ)[%]
0
H23
5
-5
全天日射量[MJ/㎡]
10
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0
0
15
3年分
発生率・出現率[%]
発生率・出現率[%]
20
15
10
5
-5
日照率(日中のみ)[%]
10
20
発生率・出現率[%]
0
-10
H22
10
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
発生率・出現率[%]
H25
10
-10
15
H23
発生率・出現率[%]
日照率(日中のみ)[%]
20
-10
20
が暗いと照明が点灯され、室内が明るい可能性がある。
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0
-10
日照率[%]
10
10
-10
少なく、3~7 で多く、8 をこえると事故が少ない。外
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
H22
多い。日中限定では、3 年とも雲量が小さいと事故が
0
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
発生率・出現率[%]
20
発生率・出現率[%]
日照率[%]
付近でやや多く、冬は雲量が小さいと少なく大きいと
10
-10
発生率・出現率[%]
-10
夏は 10 で多く、秋は春と似て雲量が大きいと少なく 6
3年分
0
3
6
9
12
15
18
21
24
27
30
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0
は雲量と事故発生に関係はない。春は 10 で少なく、
日照率[%]
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
10
発生率・出現率[%]
発生率・出現率[%]
H25
雲量(Fig.6) 雲量が少ないと事故が少ない
が、それ以外は年により傾向が異なり、3 年合計で
20
発生率・出現率[%]
日照率[%]
20
6.4
0
-10
発生率・出現率[%]
-10
事故は日射量が少ないと多く、多いと少ない。
10
発生率・出現率[%]
0
異なる。季節による日照時間の差の影響があるが、
H23
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
10
20
発生率・出現率[%]
H22
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
発生率・出現率[%]
20
全天日射量[MJ/㎡]
Fig5 日射量と転倒事故発生率
71
6.5
7.まとめ
降水量(Fig.7) 降水有の方がやや事故が増
加するもののその差は小さく、降水の有・無と事故
介護付き老人ホームの 3 年間の転倒事故と事故発
とは関係がないと言える。
生日の日照条件との関係を分析した。1)日照時間と
15
5
0
2
35
4 6 8
雲量[割]
15
5
-5
0
2
4 6 8
雲量[割]
10
H22
25
15
5
-5
35
20%以下で多く 80%以上で少ない。3)日積算日射量
15
が 15MJ/㎡より小さいと多く、大きいと少ない。4)
5
0
2
4 6 8
雲量[割]
日中に限定すると 3 年とも雲量が小さいと少なく、3
10
~7 で多く、8 をこえると少ない。
35
温熱環境との関係は季節により異なり、事故と気候
3年分
25
15
不順や暖冷房使用との関係が示唆された 5)。日照は気
5
温とも関係するが、季節にあまり関係なく日照が少な
-5
0
2
4 6 8
雲量[割]
10
いと事故が多い傾向が明らかになった。
[謝辞]
35
0 2 4 6 8 10
雲量(日中のみ)[割]
故が少ない。2)通年でも季節別でも事故は日照率
H23
25
-5
10
H25
25
35
発生率・出現率[%]
発生率・出現率[%]
25
-5
発生率・出現率[%]
H22
発生率・出現率[%]
35
発生率・出現率[%]
発生率・出現率[%]
の関係は季節により異なるが、日照時間が長いと事
H23
本研究は一般財団法人古川医療福祉設備振興財団
25
の研究助成を受けた。記して謝意を表す。
15
[参考文献]
5
-5
1)河野ほか:施設入所高齢者における転倒・転落
0 2 4 6 8 10
雲量(日中のみ)[割]
事故の発生状況に関する調査研究、老年社会科学、
15
5
発生率・出現率[%]
50
春
30
10
-10
0
2
4 6 8
雲量[割]
発生率・出現率[%]
50
10
秋
30
10
-10
0
2
4 6 8
雲量[割]
10
34(1)、3-15、2012 年 2)平野ほか:デイサービス
3年分
25
利用高齢者の運動能力に関する自己認識と転落の
15
関 3)岩本朋子ほか:住宅階段の安全性確保に有効な
5
-5
0 2 4 6 8 10
雲量(日中のみ)[割]
視環境設計、日本建築学会学術講演梗概集、483-486、
0 2 4 6 8 10
雲量(日中のみ)[割]
50
発生率・出現率[%]
-5
発生率・出現率[%]
H25
25
35
2007 年 4)綱村眞弓ほか:高齢者福祉施設における
色彩介入の効果、日本色彩学会誌、35、84-85、2011
夏
年 5)東雄也ほか:介護付き有料老人ホームにおける
30
転倒事故の発生と外気温熱環境の関係、空・衛学会近
10
-10
畿支部論文集、57-61、2015 年
0
2
4 6 8
雲量[割]
50
発生率・出現率[%]
発生率・出現率[%]
35
10
60
冬
30
40
10
20
-10
0
2
4 6 8
雲量[割]
69.54 71.69
80
10
発生率
出現率
30.46 28.31
0
降水有り
Fig6 雲量と転倒事故発生率
*1 大阪市立大学大学院工学研究科共創研究機構
都市エネルギー研究開発センター特任研究員
*2 大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻 教授
*3 大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻 講師
*4 大阪市立大学工学部建築学科 学生
降水無し
Fig7 降水の有無と転倒事故発生率
Resercher, Urban Energy System Reserch and Development Center
博士(工学)
博士(工学)
Professor, Department of Urban Eng, Graduate School of Eng, Osaka City University, Dr.Eng.
Lecture, Department of Urban Eng, Graduate School of Eng, Osaka City University, Dr.Eng.
Undergraduate School, Osaka City University
72