今回のゲスト ホスピタリティのヒント

2015.8.5
第2号
■ 今回のゲスト
むらた日帰り外科手術・WOC クリニック
在宅訪問管理栄養士 塩野崎 淳子氏
今回は、宮城県仙台市にある、むらた日帰り外科手術・WOC クリニックに、在宅訪問管理栄養士とし
て勤務している塩野崎淳子氏にインタビューして参りました。塩野崎氏は、2014 年、院内に訪問栄養サ
ポートセンターを立ち上げ、在宅療養をしている方の家に訪問し、使用している食器、好きな食べ物、食
べたい物など、その人の食生活を尊重しながら、身体と心に栄養を与え、在宅療養に貢献しています。
■ ホスピタリティのヒント
【 塩野崎氏のホスピタリティマインド 】
在宅療養を
好きなものを
支えたい
食べる楽しさを
もう一度
食べさせて
味わってほしい
あげたい
本稿では「食の提供」に関わるホスピタリティですが、塩野崎氏は、今まで食べられなかった
ものを食べさせてあげたい、健常者が食べるような食事をもう一度食べさせてあげたい、食の大
切さ、美味しさ、食べる楽しみ、食の力…をもう一度在宅療養をしている方に味わって頂きたい、
このようなホスピタリティマインド(思いやりの気持ち)を持っているからこそ、見た目、そし
て味にこだわり、相手に感動を与えています。
病院や施設と違って、在宅での栄養管理や患者、利用者の状態に合わせた食事提供は、専門的
な知識を持っていないと、分からないこと、できないことが多くあります。そのため、塩野崎氏
は自分がやらなければと立ち上がりました。自分の仕事に強い使命感と誇りを持ち、宮城で先陣
をきって在宅訪問管理栄養士として活動しています。
この人のために役に立ちたい、この人を支えたい、このようなホスピタリティマインドが原動
力となり、次の行動に繋がるのだと思います。
医療経営研究所
医療介護ホスピタリティアドバイザー
藤原梨沙
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2015.8.5
第2号
食べる楽しみを、もう一度
藤原
本日はどうぞよろしくお願い致します。まず、普段の活動内容についてお聞かせ下さい。
塩野崎さん
普段は、在宅で療養している方の家に行って在宅訪問栄養指導というものを行っていま
す。糖尿病の方なら、足し算と引き算をするように、その人の食生活から何か食事を足し
たり引いたりしながら、血糖値を「食」でコントロールするお手伝いをしています。
事例を挙げると、病院の給食で血糖値のコントロールがされていたものの、退院した途
端に血糖値のコントロールができなくなってしまう場合があります。その場合は、在宅療
養をしている方のご家族が、食事療法を実践できるように、ちょっとしたアドバイスをし
ています。
また、普段は胃ろうから栄養を取っている方に対しては、食べる楽しみをもう一度、と
口から食事を摂取できるように調理したりもしています。
藤原
自宅で食事管理をするのはなかなか難しいものなのですね。在宅訪問管理栄養士になる
きっかけは何かあったのですか。
塩野崎さん
はい、もともとはケアマネジャー(以下:ケアマネ)として働いていました。医療依存
度の高い方のケアプランに興味があったので、訪問看護ステーションの中にある、介護支
援事業所にパートとして勤めていました。そこで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に
出会ったことがきっかけでした。
病院には寝たきりの患者が多いのですが、在宅での ALS の患者を見たのは初めてでした
ね。ご家族の方からの要望で、飲み込みやすい簡単なレシピを考えて提案したら「久しぶ
りにむせずに美味しく食べられたんだよね、ありがとう」と感謝されました。
その時私は、自宅に訪問して食事の支援をしたいと強く思いました。ケアマネをしてい
なかったら、在宅でこんなに困っている人がいるなんて知らなかったし、一生気付かなか
ったかもしれません。
その後 2 年ほどは育児などで仕事から離れていましたが、日本栄養士会で在宅の管理栄
養士を養成する新制度ができたと聞いて、インターネットカレッジで勉強し、その認定を
受けることができました。
藤原
塩野崎さん
今まで取り組んできた活動の中で、ホスピタリティを提供した事例を教えて下さい。
私の場合なら、栄養バランスや食べやすい形態を考えて管理し、食事を提供すれば良い
のですが、それだけではつまらないし、もっと自分にできることはないかと考えました。
飲み込みやすいものを提案し、作るのは難しいことではありません。ですから、はい、ど
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うぞと、食事を出しただけで笑顔になれるようなものを作りたいと思っています。見て感
動して、食べて感動してもらえるようなものを作るようにしています。つまり、相手が美
味しそうと思ってくれる、美味しいものを作ることが、私のホスピタリティですね。
例えば、普段はプリンやゼリーのようなものしか食べることができない嚥下障害のある
方が、このラーメンを食べたんです(下の写真)
。
藤原
塩野崎さん
これが嚥下食なんですか?普通のラーメンのようですね。
そうです、これ嚥下食なんですよ。見た目は常食に近いため、嚥下食なのか分かりませ
んが、食べると嚥下食なんです。
このラーメンの嚥下食を見た時に、嚥下障害のある方は非常
に感動してくれました。ラーメンを食べることを諦めていた自
分の目の前にラーメンが出てきたこと、そして再びラーメンが
食べられるという感動は大きかったと思います。
また、在宅療養をしている方の要望を聞いて食事を提供して
いる部分もあり、その人の意見を尊重するようにしています。
イタリアンが食べたいという要望があった方には、白身魚のム
ースを作りました。その方は、白身魚のムースを見た瞬間にも
のすごい笑顔になっていました。そして、白身魚を食べた方の
第一声が「今まで食べていたミキサー食は、吐いていたものに
味付けされたようなものを食べていたけど、久しぶりに食事ら
しい食事を食べた」という一言でした。それがリアルな感想で
非常に嬉しかったです。
見た目にこだわるというのは、以前働いていた飲食店で意識するようになったかもしれ
ません。盛り付け具合によって、売れ行きも全然違いましたね。その時に、いかに美しく
盛りつけて、美味しそうに見えるかということに気を付けていました。
藤原
感動してもらえると、こちらも嬉しくなりますね。今までも、訪問栄養食事指導などで
在宅療養をしている方やそのご家族から喜ばれたことも多々あるのではないでしょうか。
塩野崎さん
はい、
「こんな毎日が来るなんて」とまで言われたことがあります。在宅療養をしている
方のご家族、そしてご本人も私達が思っている以上に喜んでくれます。私はそんなすごい
ことをしてないと思っていますし、私達は常食が当たり前ですが、その人にとってみれば、
常食のような食事が食べられるというのは本当に大きなことだと思いました。在宅訪問管
理栄養士になってから、食事がいかに大切か気付かされましたね。
でも、考えてみると実際私達も同じことが言えます。食べることで元気が出たりします
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よね。少し嫌なことがあっても、美味しいものを食べたら元気が出ることがありますよね。
食の「力」ってすごいと思います。
藤原
確かに、美味しいものを食べるだけで元気が出ることはありますね。在宅訪問管理栄養
士が関与して在宅に関わっている地域は他にもありますか。
塩野崎さん
はい、地域によって進んでいるところもありますが、宮城ではあまりないですね。まだ、
私達も始まったばかりなので、徐々に件数が増えていけばいいなと思っています。
地域に応じた訪問のスタイルはありますが、仙台は在宅支援診療所も多いので、都心部
に比べて地方は動きやすいと思います。また、関東に比べて宮城は地域の繋がりも強いの
で、顔の見える関係がすでにできているところもあります。私が月に一度訪れている気仙
沼の地域の繋がりは、特に強いと感じますね。「あ~あの家のお孫さんね」「あ~この人は
あの人の弟のお嫁さんね」と近所付き合いがあります。
藤原
在宅では、近所付き合いなどの地域の繋がりも非常に大事ですよね。在宅訪問管理栄養
士として、ズバリ提供できるホスピタリティはなんでしょうか。
塩野崎さん
在宅訪問管理栄養士だからこそ、一人ひとりにあったニーズを引き出して、それに応え
ることですかね。私はそこに見た目もこだわることを意識しています。
病院や施設だと、ある程度決まった食事が出ますよね。また、長期間の献立が決まって
いて、寝る時間、起きる時間、そして食べる時間も決まっていますよね。一方、在宅では
その人の気分や、その人の体調によっても、食事を変えることができ、好きな時間に食べ
ることができます。やはり、そこは在宅ならではのところではないでしょうか。
私自身、好きなものを食べたい、そして人に食事を管理されたくないという想いがあり
ます。誰だってそうですよね。だから、ニーズには応えますが、管理をするというよりち
ょっと後ろから背中を押してあげるくらい、きっかけを作る
スタンスでいる方が、在宅訪問管理栄養士としてホスピタリ
ティを提供できると思います。
藤原
一人ひとりの食生活を尊重し、ニーズに応えるのが在宅訪
問管理栄養士としてのホスピタリティマインドなのですね。
塩野崎さんの今後の展望や夢はありますか。
塩野崎さん
在宅では、栄養の視点が欠けてしまっているので、栄養の
専門知識を持った栄養士の力が必要なのではないかと思って
います。
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2015.8.5
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今後は、研修などを通して在宅訪問管理栄養士を増やしたいと思っています。日本栄養
士会や宮城県栄養士会でもみんな在宅に向かっている状況です。
しかし、自分から在宅やります、という人が少ないのが現状です。だから、こんなに在
宅って楽しいんだ、やりがいがあるんだ、ということをより多くの管理栄養士に伝え、知
って頂き、在宅に関わる管理栄養士が増えればいいなと思います。
京都では、他職種が協力しあって在宅訪問管理栄養士が、和菓子職人と一緒に飲み込み
やすい和菓子の開発をしたりするなど取り組みを行っています。特に宮城県は、在宅訪問
管理栄養士に関して他の地域より遅れているので、他の地域の取り組みを参考にしたいで
すね。
藤原
塩野崎さん
最後に、塩野崎さんにとって在宅訪問管理栄養士とはなんでしょうか。
私にとって在宅訪問管理栄養士とは、うどんでいう「七味」のような存在ではないでし
ょうか。在宅療養生活をうどんとするならば、そのままでも食べられますが、七味をかけ
ればもっと美味しくなるということです。
栄養士がいなくてもなんとかなってしまうのが在宅医療ですが、栄養士がいたら、さら
に食生活が潤い、生活の質が上がると思います。ですから、私は食生活を良くするスパイ
スのような存在なりたいですね。そのうち、七味なしではうどんを食べられなくなるくら
いになりたいです。
藤原
素敵な例えをありがとうございます。今後、在宅訪問管理栄養士が増え、在宅療養に欠
かせない存在になってほしいですね。本日は、ありがとうございました。
塩野崎さん
こちらこそ、ありがとうございました。
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■ プロフィール
むらた日帰り外科手術・WOC クリニック
在宅訪問管理栄養士 塩野崎淳子氏
・女子栄養大学栄養学部 卒業、栄養士・管理栄養士取得
・300 床 長期療養型病院 勤務
・280 床 精神科長期療養型病院
・訪問看護ステーション
勤務
ケアマネジャーとして勤務
・在宅訪問管理栄養士として活動
むらた日帰り外科手術・WOC クリニック
住所:〒982-0007
宮城県仙台市太白区あすと長町 1 丁目 2-1
仙台長町メディカルプラザ 2F
TEL: 023-395-8614
URL: http://www.murata-higaerigeka.com/kamoku/visit.html
当院は、日帰りで受けられる外科手術や往診を行っています。院内は、素敵なデザインのパ
ネルや絵画が飾られており、まるで美術館のような雰囲気を味わうことができます。
や絵画が飾られ、
在宅訪問管理栄養士は、医師や看護師にはできない細かい栄養指導や栄養管理だけではなく、食
事の見た目や味を追求することで、在宅療養をしている方を支えています。
この記事が、皆さんのホスピタリティにおける一助となれば幸いです。むらた日帰り外科手術・
WOC クリニックの皆様、ご協力頂きありがとうございました。
医療介護ホスピタリティアドバイザー
藤原梨沙
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