2015.10.8 第 3 号 ■ 今回のゲスト時音の宿湯主一條 20 代目女将一條千賀子氏今回は、宮城県白石市にある、時音の宿湯主一條の 20 代目女将である一條千賀子氏にお話を伺って参りました。湯主一條は創業約 600 年の老舗温泉旅館で、各旅行サイトで好評価の口コミを多く得ており、満足度も非常に高い人気の旅館です。2013 年には、ある旅行サイトのお客様アンケートで最も高い評価を受けた東北エリアの“アンケート大賞”に選ばれています。温泉旅館と医療機関、介護事業所は実は似ている部分があります。温泉旅館は、お客様が忙しい日常生活を送る中で、温泉で疲れた身体を癒す場所であり、旅館独特の「和」の雰囲気でお客様に安らぎを与える役目があります。医療機関や介護事業所も、患者や利用者に治療や介護を通して康寧を与えている場所であり、何より人と接する機会が多い仕事です。本稿では、温泉旅館のおもてなしから医療機関や介護事業所のホスピタリティに繋がるヒントをお伝えします。 ■ ホスピタリティのヒント従業員のおもてなし精神【一條の森】お客様（主人公）非日常生活森林浴森の晩餐美しい生け花（タイムトリップ）現代風の客室【湯主一條のおもてなしのコンセプト】湯主一條では、お客様に羽を伸ばして幸せな気分になって頂くために、『一條の森』というコンセプトを定めています。お客様には森に迷い込んだ主人公になって頂き、森林浴や森の晩餐、細部にまでこだわった客室の構造など様々な形のおもてなしを提供しています。また、従業員は、学んだ作法等を活かしながら『日常生活を感じさせない応対』に努めています。湯主一條では、コンセプトに沿った設備の整備や、従業員の応対が実践されていて、訪れたお客様はその世界観に癒されます。コンセプトという軸をもって、これに沿ったおもてなし（ホスピタリティ）を提供するという考え方は、医療機関や介護施設においても参考になるのではないでしょうか。 1 ©2015 Copyright By Health Care Management Institute 2015.10.8 第 3 号非日常生活を、森の中で ― 本日はよろしくお願い致します。まず、普段の業務内容をお聞かせ頂けますか。お客様のお見送り、お出迎えをしております。電話番をしたりお茶を入れたり、シフト管理、ルームコントロール、料理内容、生け花等、コーディネートしております。また、お客様が快適に過ごして頂けるように、お客様一人ひとりに目を向けて接するように努め、私も含め従業員はお客様の情報を常に共有しております。例えば、宿の前を誰かが歩いているという情報をインカムで流すことで、すぐに誰かが声をかけて対応できるようにしています。 ― 創業約 600 年の老舗温泉旅館ですが、日帰り入浴を廃止したことに何かお考えがあるのでしょうか。そうです、私共は宿泊専用の温泉旅館でございます。宿泊専用にすることで、宿泊されるお客様はゆっくり貸し切りの状態で温泉に入ることができるのは勿論、混んでいるよりも混んでいない方がリラックスできて贅沢を感じてもらえると思います。客層というのも非常に大事な部分であり、お泊り頂くお客様のマナーによっても、周りのお客様が快適に過ごせるかどうかは異なってくると思います。また、売上の為にお客様を呼べば良いのではなく、来て下さったお客様に喜んで頂く為には、日帰りのお客様の売上を無くしてでも、宿泊されるお客様に最善を尽くす事を考えております。もう一つ従業員に休憩時間を確保する意味もあります。私共のような老舗旅館は、次の世代にバトンを渡すことが大切なことですので、売上を目的にしている訳ではありません。 ― 送迎やお茶出しなど、従業員の高い接遇レベルを保つためにどのような教育を主にされているのでしょうか。立居振舞い、お茶の入れ方、ふすまの開閉、お辞儀の仕方等の教育は勿論、和と洋の基本的な作法やサービスの仕方等も教えています。その他、従業員は一條の歴史、宿の知識、器についての知識、ワインや日本酒といったお酒の知識、観光情報、料理知識、英語表現、マナーについて学びます。また、従業員は配膳に関して、食事のスピードが 2 ©2015 Copyright By Health Care Management Institute 2015.10.8 第 3 号速いお客様には速く、遅いお客様には遅く、お客様のペースに合わせて対応しています。さらに、外国人のお客様には、安心して頂くためにお客様の国の言葉が話せる従業員を担当させています。しかし、私共が話せない国のお客様には、簡単な挨拶を覚えて、挨拶だけはできるようにしておきます。それだけでも非常に喜ばれたことがありました。従業員は一條のコンセプトを理解し、イメージしながらお客様と接しているため、お客様は、より非日常生活を味わえるのではないかと思います。さらに、社長がシティホテルのコンシェルジュのメンバーなので、従業員もコンシェルジュの精神を持っています。そのため、お客様が望んでいなくてもこちら側が何かを調べたり、察して行動したり、コンセプトを軸に毎日当たり前のようにお客様に最大限尽くしております。 ― コンセプトを確立させ、お客様におもてなしを演出しているのですね。どのようなコンセプトなのでしょうか。お客様には、『一條の森』に迷い込んでしまった映画の主人公になって頂き、館内で様々な体験をして頂いております。館内を彷徨って歩いていると、森林浴ができる露天風呂や 600 年前から傷に効くと言われている薬湯を体験、そして、時の橋があり、そこを渡ると大正時代にタイムトリップします。そこにはいくつも個室が並んでいて、森の食材をふんだんに使用した森の晩餐が用意されています。また、森を見るとたくさんの葉があり、新しい生命を感じることもできます。それだけではなく、森には浄化作用があるため、身体も心も浄化することができます。このようにお客様には、一條に来て頂いて、森のエネルギーをたくさん浴びて現代にお帰り頂く、このようなストーリーでコンセプトを展開しております。 ― 素敵なコンセプトに沿ったおもてなしですね。個室の料亭は大正時代からある建物ですが、他にもこだわりがあるようですね。はい、個室料亭は昔、重要文化財に指定されそうになりましたが、お断りして現在も使用しているものです。客室は個室料亭とは対照的な現代風にして、2 つの世界を味わって頂けるようにしています。ただ、和室の洗面所は珍しい銅盤の造りにするなど、細部までこだわって「和」を演出しています。温泉旅館というのは、お客様を幸せな気分にして差し上げるものなので、細部のおもてなしにも気を遣っています。 3 ©2015 Copyright By Health Care Management Institute 2015.10.8 第 3 号また、一條ではアイリッシュハープとヴァイオリンの演奏会を週に 1 回開催し、お客様に癒しの時間を提供しています。17 時～17 時 30 分に演奏を行っているため、音楽療法のような効果もあるようです。お食事前に音楽を聴くことで精神的にも良く、お食事もさらに美味しくなると言われています。時間帯も考慮していて、お食事の後はエステやバーなどお客様が自由に楽しめるように設定しました。 ― 旅行サイトでは、評価が高い口コミが非常に目立ちましたが、やはりお客様から愛されている証拠ですね。大変ありがたいことです。私共が「ありがとうございます」なのに「ありがとうございました」と言って下さるお客様が非常に多く私共も嬉しくなります。お客様の中には、震災時、被害に遭われた方もいらっしゃいました。その方は、生活に不安を抱えていましたが、一條に飾ってある生き生きしたお花や浄化作用のある森、話を聞いてくれる元気な従業員など、全てのエネルギーを吸収して元気になっていきました。さらにその方はよく足を運んで下さるようになり、いらっしゃる度にどんどん明るく元気になっていく姿を見て私共も非常に嬉しくなりました。「様々な医療機関にかかるよりも、一條に来た方が元気になる」と言われた時もありました。湯治をしていた頃は、今まで歩くことがきでなかったお客様が歩けるようになったり、松葉杖でいらっしゃったお客様が松葉杖なしで帰宅されるなど、一條の薬湯効果は絶大のようで、涙を流すほど喜びの声も多く頂いております。 ― 何かご自身でも医療機関や介護事業所でホスピタリティを感じたことはありましたか。実は私、病院で涙を流したことがありました。ある病気の手術を受けた時のことですが、私は自分が闘病するなんて思っていなかったので非常にショックを受けました。しかし、担当して下さった医師に「私が見ている限り 9８％絶対に大丈夫」と、生きていく力が湧いて出てくるような励ましの言葉を頂いたのです。しかし、別の土地に来て個人病院に行くと「なんで来たのですか」というような冷たい態度をされました。私はショックを受けて涙を流してしまいました。今は無事ですが、医師の言葉は人によって異なるものだなとつくづく感じました。このように患者さんの不安な気持ちを察して、ホスピタリティある優しい言葉をかけてあげられたら良いなと感じたことがありました。 4 ©2015 Copyright By Health Care Management Institute 2015.10.8 第 3 号 ― 千賀子さんの今後の夢や展望をお聞かせ下さい。私共の使命は 21 代目にバトンを渡すことなので、将来の経営者である後継者を育てることと、それと同時に、今後もお客様一人ひとりに向き合って接客していきたいです。さらに、鎌先温泉を中心とした地域の発展ができれば良いなと考えております。旅館というのは、非常に可能性が大きい場所で、地元のみならず、日本全国、海外からもお客様が来て下さいます。温泉旅館は、世界からお客様を集めることができる力のある業界ですので、そこで集まったお客様を市内の観光に案内し、地域の経済発展に貢献していかなければならないと思っています。 ― 医療や介護業界においてもホスピタリティは非常に大事なものですよね。最後に医療機関や介護事業所でのホスピタリティに関するアドバイスがあればお願い致します。やはり一番は笑顔でしょうか。接客するには笑顔は欠かせませんし、第一印象が大事だと思います。また、お客様のお話をよく聞くくように従業員に言っております。震災の時、私は従業員に「被害に遭っていないお客様でもテレビで震災の様子を見て心が病んでいるからお話をよく聞いてあげて。そしてお家が流されるなど被害に遭われた方は特によ－く聞いてあげて下さい」と伝えていました。お話をするだけでストレス発散になりますから “お話を聞く”ことだけでも力になるのだと思いました。ただ、これを徹底するには人数が必要であり、良い接客サービスは人数も非常に重要です。人員不足となると、ただ業務をこなすことで精一杯になってしまい、一人のお客様に時間を割くことが難しくなってしまいます。余裕がなくなることで、お客様の気持ちを察して考えるところまでいかなくなってしまいます。今はどこでもそうですが、人員不足に悩まされていると思います。だからといって、人材は誰でも良いというわけではなく、質が高くなければ良いホスピタリティを提供できないのではないでしょうか。人数を必要とすると人件費が高くなりますが、利益重視では良いホスピタリティにも繋がりにくいと思います。そのため、採用や教育にもこだわらなければいけないと思いますね。 5 ©2015 Copyright By Health Care Management Institute 2015.10.8 第 3 号 ■ プロフィール時音の宿湯主一條 20 代目女将一條千賀子氏・ソニーサービスステーション勤務・赤坂プリンスホテル勤務・現在湯主一條 20 代目女将を務める左：一條千賀子氏右：一條一平氏（代表）時音の宿湯主一條住所：〒 989-0231 宮城県白石市福岡蔵本字鎌先 1-48 TEL： 0224-26-2151 URL： https://www.ichijoh.co.jp/index.html 当館では、8 タイプの客室、源泉の異なる 2 つの温泉があります。また、個室料亭で特別なお食事の時間を過ごすことができます。こだわりの建物、温泉、客室、料理で非日常生活を提供し、お客様の身体と心に癒しを与えています。この記事が、皆さんのホスピタリティにおける一助となれば幸いです。一條千賀子氏、一條一平氏、湯主一條の皆様、ご協力頂きありがとうございました。医療介護ホスピタリティアドバイザー藤原梨沙 6 ©2015 Copyright By Health Care Management Institute