水産高校生を対象とした進路選択に対する 自己効力

第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日
水産高校生を対象とした進路選択に対する
自己効力尺度についての検討
正会員 行平 真也(福岡工業大学) 非会員 浦上 昌則(南山大学)
正会員 高山 久明(長崎大学)
要旨
本研究は大学・短大生を対象とした浦上(1995)の進路選択行動に対する自己効力尺度について、水産高
校生を対象とした場合の妥当性、信頼性について検討することを目的とした。水産高校生 1,310 名の調査結
果から、因子構造及び信頼性の検討、各尺度の基本統計量と妥当性の検討を行った結果、進路選択に対する
自己効力尺度は、水産高校の生徒に対しても十分に利用可能な尺度であることが示唆された。
キーワード:教育・訓練、自己効力感、進路選択、職業意識
1.目的
データを用い、進路選択に対する自己効力尺度の妥
当性、信頼性について検討することを目的とした。
自己効力感とは、ある行動が自分にうまくできる
かどうかという期待の、本人によって認識されたも
ののことである
2.方法
1)
。そしてこれは、行動を開始する
2.1
か否か、どれくらい努力を継続するか、困難に直面
調査時期および調査対象
調査は 2011 年 6 月から 9 月にかけて、水産高校
した際に、どれくらい耐えうるかを決定するとされ
2)
ている。Taylor & Betz はこの自己効力感に着目し、
10 校に調査を依頼し、得られた回答のうち水産系
進路選択行動に応用している。そしてそのような自
の 1 学年から 3 学年の生徒を対象とした。なお、回
己効力感を測定するために、進路選択に対する自己
答数は 1,310 名であった。
効力感という概念を設定し、尺度を作成した。
浦上
2.2
3)
の進路選択に対する自己効力尺度は、この
z2)
調査内容
Taylor & Bet が作成した尺度を参考に、我が国の
3 部構成の質問紙法を用いた。1 部は属性に関す
大学・短大生の進路選択行動に対する自己効力感を
る設問、2 部は就きたい職業の有無、就きたい職業
測定するものとして提案されており、現在でも我が
に向いているか、就きたい職業にどの程度就きたい
国で最も利用されている尺度のひとつ
4)
と位置付け
かなど職業意識についての設問から構成される。3
3)
られる。しかし、大学・短大生を対象としているた
部では浦上
め、高校生を対象としてこの尺度を用いた研究は阿
(30 項目)を用い、「非常に自信がある(4 点)」か
濱・東
5)
などがいくつかが散見される程度である。
による進路選択に対する自己効力尺度
ら「全く自信がない(1 点)
」までの 4 件法で回答を
6)
その中で、例えば行平ら は水産高校の生徒を対象
求めた。
にこの尺度を用いた調査を実施したが、あくまでも
評点合計値の比較に留まっており、尺度の妥当性、
3.結果と考察
信頼性については十分な検討が行われたとは言い難
3.1
因子構造および信頼性の検討
い。このように高校生を対象とした利用について論
因子構造および信頼性を検討するために、全体を
じるのに十分な知見はまだ得られていないが、この
対象として、探索的因子分析を行った。固有値の推
尺度が高校生にも適用できることが明らかになれば、
移は 11.652、1.307、1.107、0.982、0.886 と続いて
同じ尺度を用いた先行研究との比較など広い展開が
いた。固有値 1 以上を基準とするなら 3 因子、固有
期待できる。そのため、水産高校生を対象として進
値の推移状況を考慮するならば 1 因子を抽出するこ
路選択行動に対する自己効力尺度の検討を行うこと
とが適当と考えられた。また平行分析を行った結果
は有用と考えられる。
では、2 因子が示唆された。この尺度は概ね 1 因子
そこで本研究では、水産高校生を対象とした調査
構造と見なすことができ、
全 30 項目の単純和をもっ
163
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表1
因子分析結果
8. 何かの理由で卒業を延期しなければならなくなった場合,それに対処すること。
5. もし望んでいた職業に就けなかった場合,それにうまく対処すること。
13.就職したい産業分野が,先行き不安定であるとわかった場合,それに対処すること。
14.将来のために,在学中にやっておくべきことの計画を立てること。
22.今年の雇用傾向について,ある程度の見通しを持つこと。
4. 5年先の目標を設定し,それにしたがって計画を立てること。
25.学校の就職係や職業安定所を探し,利用すること。
29.卒業後さらに,大学,大学院や専門学校に行くことが必要なのかどうか決定すること。
15.欲求不満を感じても,自分の勉強または仕事の成就まで粘り強く続けること。
30.望んでいた職業が,自分の考えていたものと異なっていた場合,もう一度検討し直すこと。
1. 自分の能力を正確に評価すること。
9. 将来の仕事において役に立つと思われる免許・資格取得の計画を立てること。
19.自分の将来の目標と,アルバイトなどでの経験を関連させて考えること。
27.自分の職業選択に必要な情報を得るために,新聞・テレビなどのマスメディアを利用すること。
12.ある職業についている人々の年間所得について知ること。
6. 人間相手の仕事か,情報相手の仕事か,どちらが自分に適しているか決めること。
24.就職時の面接でうまく対応すること。
21.いくつかの職業に,興味を持っていること。
11.自分の理想の仕事を思い浮かべること。
28.自分の興味・能力に合うと思われる職業を選ぶこと。
16.自分の才能を,最も生かせると思う職業的分野を決めること。
7. 自分の望むライフスタイルにあった職業を探すこと。
18.現在考えているいくつかの職業のなかから,一つの職業に絞り込むこと。
10.本当に好きな職業に進むために,両親と話し合いをすること。
23.自分の将来設計にあった職業を探すこと。
26.将来どのような生活をしたいか,はっきりとさせること。
17.自分の興味を持っている分野で働いている人と話す機会を持つこと。
2. 自分が従事したい職業(職種)の仕事内容を知ること。
20.両親や友達が勧める職業であっても,自分の適性や能力にあっていないと感じるものであれば断ること。
3. 一度進路を決定したならば,「正しかったのだろうか」と悩まないこと。
てその得点とする
3)
1因子抽出
初期解
.496
.465
.642
.659
.639
.589
.617
.519
.546
.626
.564
.603
.572
.593
.619
.585
.584
.438
.649
.678
.707
.701
.656
.590
.717
.662
.660
.645
.537
.519
2因子抽出
F1
F2
.811
-.284
.756
-.262
.730
-.050
.574
.119
.557
.113
.538
.081
.513
.135
.498
.048
.480
.094
.463
.195
.461
.131
.456
.177
.437
.162
.435
.186
.424
.225
.400
.214
.325
.287
.271
.189
-.185
.869
-.073
.786
.074
.668
.124
.611
.086
.601
.032
.587
.172
.580
.121
.572
.198
.492
.212
.463
.196
.367
.251
.292
ことが一般的である。上記の探
以上のような結果から、この尺度に関しては 1 因
索的因子分析の結果からも、今回の対象においても
子構造と見なすことはもちろんであるが、2 因子を
従前の研究と同様に 1 因子構造を仮定することは十
想定することもできる。そこで複数因子を抽出する
分に妥当なものと考えられる。しかし、2 もしくは 3
ことも排除せず、1 因子を仮定したオリジナルの得
因子構造と見なすこともできる。そこで、複数の因
点化とともに、今回のデータから得られた 2 因子構
子数を抽出した場合について検討を行った。
造を用いた得点化も行い、以後の分析を進めること
心理統計の分野で近年一般的に用いられている分
とした。2 因子構造を用いた得点化は、全体を対象
析手法である最尤法およびプロマックス回転を用い
として 2 因子を抽出し、最尤法およびプロマックス
た分析後の因子パターンを検討すると、3 因子より
回転を用いた因子パターンをもとにする。因子パタ
も 2 因子を抽出する方が単純構造に近く、また解釈
ーンが.50 程度以上であることや推測される因子の
も容易な因子が抽出されていると判断できた。また
意味内容と項目と内容的対応関係などを総合的に判
平行分析も 2 因子を示唆するので、2 因子を抽出す
断し、8 項目ずつ(表 1 の枠で囲まれた項目)を選
ることとした。
出してそれぞれの下位尺度(「課題・問題解決」尺度、
初期解および 2 因子を抽出した場合の回転後の因
「将来探究」尺度)得点を算出した。それぞれの尺
子パターンを表 1 に示す。第 1 因子には「8.何かの
度の平均値および標準偏差、また信頼性の指標とし
理由で卒業を延期しなければならなくなった場合、
てα係数を算出した。
それに対処すること」などが高い因子パターンを示
表 2 に示されるように、オリジナルではいずれの
していた。これらは現在や将来に起こりうる問題、
対象群においても.9 台中盤のα係数が認められた。
課題に対処する行動群と考えられる。また第 2 因子
また、「課題・問題解決」
、
「将来探究」の下位尺度に
には「11.自分の理想の仕事を思い浮かべること。」
おいても、ほとんどの対象において.8 台のα係数が
などが高い因子パターンを示していた。こちらは自
得られている。これらのことから、いずれの尺度も
分の将来を探求、探索し、決めていくことに関する
利用に十分な信頼性を持っていると考えられる。
行動群といえる。そこで前者を「課題・問題解決」
次に、これらの各尺度の間の相関係数について検討
因子、後者を「将来探究」因子と命名した。これら
した結果、オリジナルと「課題・問題解決」および
の因子間相関係数は.818 と高い値であった。
「将来探究」の 2 尺度の関連は、いずれの対象にお
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表2
対象群別の尺度の基礎統計量、信頼性係数、および尺度間相関係数
全体
男子
女子
航海
機関
食品 栽培他
情報
1年
2年
3年
平均
標準偏差
2.69
0.49
.94
2.71
0.49
.94
2.59
0.49
.95
2.80
0.46
.93
2.66
0.51
.95
2.64
0.47
.94
2.69
0.52
.95
2.60
0.42
.93
2.67
0.51
.95
2.66
0.48
.95
2.72
0.48
.94
平均
標準偏差
2.53
0.53
.82
2.56
0.53
.82
2.42
0.51
.83
2.64
0.53
.80
2.52
0.55
.84
2.47
0.50
.82
2.54
0.57
.85
2.44
0.43
.74
2.51
0.55
.88
2.52
0.52
.82
2.56
0.53
.82
平均
標準偏差
2.85
0.58
.88
2.87
0.58
.88
2.76
0.59
.89
3.00
0.54
.86
2.80
0.60
.88
2.78
0.57
.88
2.87
0.62
.91
2.74
0.55
.88
2.83
0.61
.89
2.82
0.58
.88
2.89
0.58
.88
.900
.910
.708
.899
.909
.707
.902
.912
.706
.889
.889
.653
.909
.926
.749
.894
.911
.698
.920
.901
.727
.843
.916
.644
.921
.922
.752
.898
.914
.713
.890
.899
.677
オリジナル
α
課題・問題解決
α
将来探究
α
尺度間の相関係数
オリジナル−課題・問題解決
オリジナル−将来探究
課題・問題解決−将来探究
いても概ね.9 前後の高い相関係数が認められた。以
ちらともいえない」の間にも有意な差が認められた。
上の結果から、水産高校生を対象とした場合でも1
また「将来就きたい職業はあるか」という問いに
因子構造を仮定し、得点化することは信頼性の点で
「ある」もしくは「なんとなくある」と回答した者
適切と考えられる。また 2 つの因子から構成される
のみに対して、「就きたい職業にどの程度就きたい
と見なすこともでき、それぞれの下位尺度は十分な
か」という設問への回答も求めている。その回答を
信頼性のある指標となりうることが示唆された。
要因とする 1 要因分散分析を行った結果、いずれの
尺度でも有意な主効果が認められた。多重比較の結
3.2
妥当性の検討
果、いずれの尺度でも「必ず就きたい」の方が「就
妥当性を検討するため、3 つの尺度得点と職業意
きたい」「出来れば就きたい」よりも、「就きたい」
識の各項目との関連を検討した(表 3)。まず「将来
の方が「出来れば就きたい」よりも自己効力感が有
就きたい職業はあるか」という問いに対する回答と
意に高いことが認められた。
「将来就きたい職業はあ
の関連を検討する。この設問への回答を要因とする
るか」という問いに「ない」と回答した者には、「就
1 要因分散分析を行った。その結果、いずれの尺度
きたい職業を見つけようとしているか」という設問
でも有意な主効果が認められ、将来就きたい職業が
を設け、「はい」か「いいえ」かの二者択一で回答を
あるとする回答者の方が、自己効力感が有意に高い
求めた。その結果、オリジナルおよび「将来探究」
ことが示された。多重比較の結果、オリジナルおよ
において有意な差が認められた。すなわち、現在に
び「将来探究」尺度においては、「ある」と「なんと
おいて就きたい職業がないものにおいても、自己効
なくある」
、「ある」と「ない」、「なんとなくある」
力感が高いものの方がそれを見つけようとより積極
と「ない」のすべての間に差が認められる。「課題・
的態度であることが示された。ただし、「課題・問題
問題解決」尺度では、「ある」と「なんとなくある」
解決」尺度においては、そのような差は見出せなか
および「ない」の間に差が認められた。
ったが、就きたい職業を見つけるという行動との対
応関係を考えれば納得できる結果と考えられる。
次に「将来就きたい職業はあるか」という問いに
「ある」もしくは「なんとなくある」と回答した者
以上の結果より、自己効力感の高い生徒は、将来
のみに対して、「就きたい職業に向いているか」とい
就きたい職業がより明確になっており、またそれに
う設問への回答を求めた。その回答を要因とする1
自分が向いていると判断しており、さらにそれによ
要因分散分析を行った結果、いずれの尺度でも有意
り就きたいと願っているとまとめることができる。
な主効果が認められた。多重比較の結果、いずれの
加えて、将来就きたい職業を現在は持っていない者
尺度でも「向いている」とする回答者の得点が、「少
の中でも、自己効力感の高い生徒は職業を見つけよ
し向いている」「どちらともいえない」「少しも向い
うとしていることも示された(ただし「課題・問題
ていない」
「向いていない」
と回答したものの得点よ
解決」を除く)。すなわち、水産高校生を対象として
りも有意に高かった。これに加えて、オリジナルお
もこれらの尺度が信頼性および妥当性を備えている
よび「将来探究」においては、「少し向いている」「ど
といえよう。なお、本研究は、進路選択に対する自
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表 3 尺度得点と職業意識との関連
設問1.将来就きたい職業はあるか
1.ある
n
平均
標準偏差
平均
標準偏差
平均
標準偏差
オリジナル
課題・問題解決
将来探究
2.なんとなく
ある
645
2.86
0.47
2.67
0.54
3.09
0.54
3.ない
300
2.58
0.40
2.43
0.45
2.71
0.47
F値
365
2.46
0.47
2.36
0.50
2.54
0.55
多重比較
99.96 ** 1>2>3
51.14 ** 1>2,3
137.10 ** 1>2>3
設問2.就きたい職業に向いているか
1.向いている
n
平均
標準偏差
平均
標準偏差
平均
標準偏差
オリジナル
課題・問題解決
将来探究
2.少し
向いている
234
3.03
0.43
2.81
0.56
3.30
0.50
3.どちらともい
4.少しも
えない
向いていない
278
2.76
0.40
2.56
0.43
2.97
0.49
415
2.65
0.45
2.51
0.51
2.79
0.52
10
2.42
0.77
2.29
0.85
2.64
0.76
5.向いて
いない
F値
8
2.40
0.88
2.28
0.90
2.55
0.83
多重比較
32.10 ** 1>2,3,4,5, 2>3
15.84 ** 1>2,3,4,5
38.96 ** 1>2,3,4,5, 2>3
設問3.就きたい職業にどの程度就きたいか
1.必ず
就きたい
n
平均
標準偏差
平均
標準偏差
平均
標準偏差
オリジナル
課題・問題解決
将来探究
2.就きたい
462
2.94
0.45
2.73
0.55
3.21
0.51
3.出来れば就
きたい
364
2.66
0.40
2.51
0.46
2.81
0.47
F値
119
2.45
0.44
2.34
0.46
2.53
0.49
多重比較
83.04 ** 1>2>3
36.39 ** 1>2>3
119.20 ** 1>2>3
設問4.就きたい職業を見つけようとしているか
はい
n
平均
標準偏差
平均
標準偏差
平均
標準偏差
オリジナル
課題・問題解決
将来探究
t値
いいえ
324
2.49
0.45
2.38
0.48
2.57
0.53
41
2.24
0.61
2.20
0.64
2.26
0.64
2.50 *
1.78
3.05 **
(*<.05、 ** p<.01、多重比較:tukey 法、設問 4 は t 検定。なお、多重比較の欄の数字は設問の選択肢を示す。)
己効力感が 2 因子構造と見なせる可能性も示唆して
and
treatment
of
career
indecision.
おり、今後、さらなる検討が求められる。
Journal of Vocational Behavior, 22, pp.63-81,
1983.
4.おわりに
(3) 浦上昌則: 学生の進路選択に対する自己効力に
本研究では浦上
3)
関する研究. 名古屋大学教育学部紀要(教育心
の進路選択行動に対する自己効
力尺度について、水産高校生を対象とした場合の妥
理学科), 42, pp115-126, 1995.
当性、信頼性について検討した結果、十分に利用可
(4) 富永美佐子: 進路選択自己効力に関する研究の
能であることが示唆された。
現状と課題. キャリア教育研究, 25, pp.97-111,
2008.
参考文献
(5) 阿濱茂樹・東 良典: 工業高校の生徒の職業意
(1) Bandura,A.:
unifying
Self-efficacy:
theory
of
Toward
behavioral
a
識に関する研究. 金沢大学教育学部紀要教育科
学編, 55, pp.65-72, 2006.
change.
Psychological Review,84, pp.191-215. 1977.
(6) 行平真也・高山久明・清水健一・養父志乃夫: 水
(2) Taylor,K.M., & Betz,N.E.: Applications of
産高校生の職業意識に関する研究. 日本航海学
self-efficacy theory to the understanding
会論文集, 129, pp.1-7, 2013.
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