普遍性

普遍性
alg-d
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2015 年 10 月 12 日
圏論で重要な考え方の一つが普遍性 (universal property) である.普遍性を使うと,与
えられた圏 C の中で,様々な「構成」が可能となる.
例えば「構成」の例として,Set, Grp, Top などの多くの圏においては,二つの対象
x, y が与えられたときに直積と呼ばれる新しい対象 x × y が定義される.実は,一般の圏
C においても (存在するかは分からないが) 直積が定義されるのである.まずはそれを見
てみよう.
定義. C を圏,x, y ∈ C を対象とする.x と y の直積 (product) とは,三つ組 (u, p0 , p1 )
であって以下の条件を満たすものである.
(1) u は C の対象である.
(2) p0 : u −→ x,p1 : u −→ y は C の射である.
u
x
p0
p1
y
(3) (v, q0 , q1 ) が同じ条件 (即ち,v が対象で q0 : v −→ x,q1 : v −→ y が射となる) を
満たすならば,射 h : v −→ u が一意に存在して q0 = p0 ◦ h,q1 = p1 ◦ h となる.
即ち次の図式が可換である.
v
h
q0
q1
u
x
p0
1
p1
y
この三番目の「同じ条件を満たすものがあるならば,射が一意に存在して可換となる」
という条件が重要で,このような形の条件を普遍性 (universal property) と呼ぶ.この場
合は直積の定義に現れている普遍性なので,条件 (3) を「直積の普遍性」などと呼ぶ.ま
た,定義にあるように,直積とは三つ組 (u, p0 , p1 ) のことなのであるが,単に u を直積
と呼ぶことも多い.この場合 p0 , p1 に当たる射は明示されていないが,存在しているので
ある.
まずは例をいくつか見てみよう.
例. 集合の圏 Set の場合,上で定義した直積は通常の意味での直積と一致する.詳しく言
えば,X, Y ∈ Set に対して X × Y を直積集合,p0 : X × Y −→ X ,p1 : X × Y −→ Y
を標準射影としたとき (X × Y, p0 , p1 ) が X と Y の直積である.
それを示すため集合 Z ∈ Set と写像 q0 : Z −→ X ,q1 : Z −→ Y を取る.このとき写
像 h : Z −→ X × Y を h(a) := ⟨q0 (a), q0 (a)⟩ ∈ X × Y で定義する.
Z
h
q0
q1
X ×Y
X
p0
p1
Y
明らかに q0 = p0 ◦ h,q1 = p1 ◦ h を満たす.また可換性を満たす h がこれ一つしかない
ことも明らかである.故に (X × Y, p0 , p1 ) が X と Y の直積である.
例. 群の圏 Grp の直積は,通常の群の直積である.
例. 位相空間の圏 Top の直積は,通常の直積位相空間である.
例. 順序集合 (X, ≤) を圏とみなす.x, y ∈ X の直積を考える.x と y の直積 (u, p0 , p1 )
の定義を,圏 X の射の定義を使って書き直すと以下のようになる.
(1) u ∈ X である.
(2) u ≤ x,u ≤ y である.
(3) z ∈ X が z ≤ x,z ≤ y を満たすならば z ≤ u である.
即ち,u は {x, y} の下限 (= 最大下界) である.つまりこの場合,直積は存在しない可能
性がある.もし (X, ≤) が全順序集合ならば,直積は常に存在して,min{x, y} が x, y の
直積となる.
2
例. X を集合として冪集合 P(X) を考える.これは包含関係 ⊂ により順序集合となる.
故に直積は下限だから,Y, Z ∈ P(X) の直積は共通部分 Y ∩ Z となることが分かる.従っ
てこの場合は直積は常に存在する.
C を圏,x, y ∈ C を対象とする.このとき一般には x と y の直積は存在するか分から
ないし,例え存在したとしても唯一つとは限らない.しかし実は普遍性から次の命題が成
り立つ.
命題. C を圏,x, y ∈ C を対象とする.(u, p0 , p1 ),(v, q0 , q1 ) を x と y の直積とする.こ
のとき同型 u ∼
= v が成り立つ.
証明. まず (u, p0 , p1 ) が x と y の直積だから,直積の普遍性により,射 h : v −→ u が一
意に存在して次が可換となる.
v
h
q0
q1
u
p0
x
p1
y
次に (v, q0 , q1 ) の普遍性から,射 k : u −→ v が一意に存在して次が可換となる.
u
k
p0
p1
v
q0
x
q1
y
この二つを組み合わせて次の可換図式を得る.
u
k
p1
p0
v
h
x
p0
u
3
p1
y
一方,次の図式は可換である.
u
p1
p0
idu
x
p0
u
p1
y
故に (u, p0 , p1 ) の普遍性から h ◦ k = idu でなければならない.同様にして k ◦ h = idv も
分かる.故に u ∼
= v である.
つまり,x と y の直積は,もし存在すれば同型を除いて一意的なのである.そこで x
と y の直積が存在するとき,そのうちの一つ (u, p0 , p1 ) を取り,この u を x × y と書く.
x × y は一意には定まらないけれども,どれを取ったとしても全て同型となっているので
特に困らないわけである.
さて,直積と同じように,普遍性を使って定義される概念は他にも色々あるので,代表
的なものを紹介する.
定義. 圏 C の終対象 (terminal object または final object) とは,以下を満たす u である.
(1) u は C の対象である.
(2) v が同じ条件 (即ち,v が C の対象となる) を満たすならば,射 h : v −→ u が一意
に存在する.
※ 直積の定義と同じ形式で書いたため少し分かりにくくなってしまったが,要するに
u が終対象 ⇐⇒ 任意の v ∈ C に対して射 v −→ u が一意に存在する
である.また,終対象は記号 1 で表すことが多い.
定義. C を圏,x, y, z ∈ C を対象,f : x −→ z ,g : y −→ z を射とする.f と g の pullback
とは,三つ組 (u, p0 , p1 ) であって以下の条件を満たすものである.
(1) u は C の対象である.
(2) p0 : u −→ x,p1 : u −→ y は C の射である.
4
(3) 次の図式が可換である.(即ち f ◦ p0 = g ◦ p1 となる.)
p1
u
y
p0
g
x
z
f
(4) (v, q0 , q1 ) が同じ条件 (即ち,v が対象で q0 : v −→ x,q1 : v −→ y が射で,f ◦ q0 =
g ◦ q1 となる) を満たすならば,射 h : v −→ u が一意に存在して q0 = p0 ◦ h,
q1 = p1 ◦ h となる.即ち次の図式が可換である.
w
q1
h
u
y
p1
q0
p0
x
g
z
f
また u を記号 x ×z y で表す.
※ 図式
p1
u
y
p0
g
x
z
f
が pullback を与えているということを表すために
u
p1
y
p0
u
x
f
z
x
というような表記を使うことががある.
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y
p.b.
p0
g
p1
f
g
z
定義. C を圏,x, y ∈ C を対象,f, g : x −→ y を射とする.f と g の equalizer とは,二
つ組 (u, e) であって以下の条件を満たすものである.
(1) u は C の対象である.
(2) e : u −→ x は C の射である.
(3) f ◦ e = g ◦ e である.
f
e
u
y
x
g
(4) (v, e′ ) が同じ条件 (即ち,v が対象で e : v −→ x が射で,f ◦ e′ = g ◦ e′ となる) を
満たすならば,射 h : v −→ u が一意に存在して e′ = e ◦ h となる.即ち次の図式
が可換である.
f
e
u
y
x
g
h
e′
v
終対象,pullback,equalizer も,直積と同様の方法で,存在すれば同型を除いて一意と
なることが分かる.
例. 集合の圏 Set の場合.終対象は一元集合 1 = {∗} である.
f
g
X, Y, Z を集合,X −
→Z ←
− Y を写像とするとき pullback X ×Z Y は X ×Z Y :=
{(a, b) ∈ X × Y | f (a) = g(b)} と定義すればよい.(p0 , p1 は射影とする.)
f, g : X −→ Y を写像とするとき,f, g の equalizer は U := {a ∈ X | f (a) = g(a)} と
して,包含写像 i : U −→ X で与えられる.
例. アーベル群の圏 Ab を考える.終対象は自明なアーベル群 0 である.A, B をアーベ
ル群 (演算は加法で書く) として,f : A −→ B を準同型とする.また準同型 0 : A −→ B
を 0(x) := 0 で定義する.このとき i : ker(f ) −→ A を包含写像とすれば
ker(f )
f
i
A
B
0
となる.この (ker(f ), i) が f と 0 の equalizer であることが分かる.
練習のため,普遍性を使って示せる命題をいくつか示してみる.
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命題. 図式
a
f
b
g
y
x
c
z
で右の四角が pullback を与えているとする.このとき
左の四角が pullback を与える ⇐⇒ 外側の四角が pullback を与える
証明. (=⇒) 左の四角が pullback を与えるとする.外側の四角が pullback を与えること
を示すため,次の射を可換になるように取る.
d
a
b
c
x
y
z
図式を可換にする射 d −→ a が一意に存在することを示せばよい.
まず射の存在を示す.右の四角が pullback だから,射 d −→ b が存在し可換となる.
d
a
b
c
x
y
z
よって,左の四角が pullback だから,射 d −→ a が存在し可換となる.
d
a
b
c
x
y
z
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故に射が存在することは示せた.一意性を示すため,h, h′ : d −→ a を,次の図式を可換
にする射とする.
d
h,h′
f
a
x
b
c
y
z
右の四角が pullback だから,その普遍性より f ◦ h = f ◦ h′ でなければならない.
k := f ◦ h とすれば次の可換図式を得る.
d
k
h,h′
a
f
x
b
c
y
z
左の四角が pullback だから,その普遍性より h = h′ が分かる.
(⇐=) 外側の四角が pullback であるとする.左の四角が pullback を与えることを示す
ため,次の射を可換になるように取る.
q
d
a
b
f
y
x
g
c
z
図式を可換にする射 d −→ a が一意に存在することを示せばよい.
まず射が存在することを示す.合成 g ◦ q を考えれば次の実線の可換図式を得るから,
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外側の pullback の普遍性により点線の射 h : d −→ a を得る.
g◦q
d
h
a
b
f
c
g
y
x
z
よって今次の二つの可換図式が得られたことになる.
g◦q
d
g◦q
d
h
q
a
x
f
b
c
g
y
b
z
g
y
x
c
z
右の四角が pullback だから,その普遍性により f ◦ h = q であることが分かる.即ち次の
図式は可換であり,d −→ a の存在が分かった.
q
d
h
a
b
f
g
y
x
c
z
一意性は外側の pullback の普遍性から明らか.
定義. C を圏とする.
(1) C が直積を持つ ⇐⇒ 任意の対象 x, y ∈ C の直積が存在する.
f
g
(2) C が pullback を持つ ⇐⇒ 任意の射 x −
→z←
− y の pullback が存在する.
(3) C が equalizer を持つ ⇐⇒ 任意の射 f, g : x −→ y の equalizer が存在する.
命題. 圏 C が直積と equalizer を持つとき,pullback を持つ.
証明. f : x −→ z ,g : y −→ z を C の射とする.x と y の直積 (x × y, p0 , p1 ) を取り,
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f ◦ p0 , g ◦ p1 : x × y −→ z の equalizer を (u, e) とする.
e
u
x×y
p1
y
g
p0
x
z
f
(u, p0 ◦ e, p1 ◦ e) が f と g の pullback であることを示そう.
その為に次を可換とするような v, q0 , q1 を取る.
v
q1
e
u
q0
x×y
p1
y
g
p0
x
f
z
v −→ u が一意に存在すればよい.
まず射の存在を示す.直積 x × y の普遍性から,h : v −→ x × y が存在して次が可換と
なる.
v
q1
h
e
u
q0
x×y
p1
y
g
p0
x
f
z
よって (f ◦ p0 ) ◦ h = (g ◦ p1 ) ◦ h となるから,equalizer e の普遍性により,k : v −→ u
が存在して次が可換となる.
v
q1
h
k
u
q0
e
x×y
p1
y
g
p0
x
10
f
z
故に存在が分かった.
一意性を示す.k, k ′ : v −→ u を次を可換とする射とする.
v
q1
k,k
′
e
u
q0
x×y
p1
y
g
p0
x
f
z
直積 x × y の普遍性から e ◦ k = e ◦ k ′ である.よって h := e ◦ k とすれば次の図式が可
換である.
v
h
k,k
′
u
e
x×y
p1
y
g
p0
x
f
z
故に equalizer e の普遍性から k = k ′ が分かる.
命題. C を直積を持つ圏として,対象 x ∈ C を取る.このとき「右から x を直積する関
数」Ob(C) ∋ y 7−→ y × x ∈ Ob(C) は関手 F : C −→ C を定める.
証明. まず関手 F を定義しよう.f : y −→ z を C の射とするとき次の図式の実線部分を
考えれば,直積 z × x の普遍性から,図式を可換にする点線の射が一意に存在する.これ
を F f と定める.
y×x
y
Ff
x
z×x
f
z
idx
x
この定義により F が関手となることを示せばよい.
まず f : y −→ z ,g : z −→ w とする.F (g ◦ f ) = F g ◦ F f を示す.定義から,F (g ◦ f )
は次の左の図式を可換とするような射である.一方,F f と F g の定義から右の図式も可
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換である.
y×x
y×x
y
y
x
F (g◦f ) idx
f
z
z
w
Fg
x
idx
x
w×x
g
idx
x
z×x
f
x
w×x
g
Ff
w
idx
x
故に直積 w × x の普遍性から F (g ◦ f ) = F g ◦ F f が分かる.
後は F (idy ) = idF y を示せばよいが,図式
y×x
y
idy×x
x
y×x
idy
z
idx
x
が可換だから,普遍性により F (idy ) = idy×x = idF y となる.
さて,普遍性によって定義されるものは他にも色々あるのだが,その中で特に重要なの
が「Kan 拡張」と呼ばれるものである.「拡張」自体は圏論でなくても良く出てくる言葉
で,例えば空間 X と部分空間 S ⊂ X があって,S 上の関数 f : S −→ R が有ったとき
に,これを X 全体に拡張できるか,というようなことを考えることがある.図式で書け
ば次のようになる.
X
図式を可換にするようなこの射が存在するか?
S
f
R
Kan 拡張とは,いわばこれの関手バージョンである.
定義. C, D, U を圏,F : C −→ D,E : C −→ U を関手とする.F に沿った E の左 Kan
拡張とは組 ⟨F † E, η⟩ であって,以下の条件を満たすものである.
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(1) F † E は関手 D −→ U ,η は自然変換 E =⇒ F † E ◦ F である.
D
=⇒
F †E
F
η
C
U
E
(2) 他に関手 S : D −→ U と自然変換 θ : E =⇒ S ◦ F が存在したとき,自然変換
τ : F † E =⇒ S が一意に存在して,η と τ を「合成」すると θ となる.
S
D
τ
†
=⇒
=⇒
F E
F
η
C
E
θ
U
(自然変換の「合成」をまだ定義していないが,図式を見ると η と τ を表す矢印を
繋げて「合成」できそうな感じが伝わるのではないだろうか?)
この Kan 拡張は『圏論の基礎』に「(圏論の) 全ての概念は Kan 拡張である」と書かれ
ていることからも分かる通り,非常に重要な概念である.私はこの Kan 拡張が大好きで,
というのも,圏論を勉強すると様々な所で Kan 拡張が登場し,まさに全ての概念だとい
う感じがするからなのであるが,一方で世にある圏論の文献では Kan 拡張があまり積極
的に登場していないのが事実である.そこで当サイトでは Kan 拡張を積極的に使用して
いき「全ての概念は Kan 拡張である」ということを示していくのが目的の一つとなって
いる.
最後に,以下の事実を紹介して終わる.(証明はここではせず,後に行う.) 群の圏 Grp
について考えると,G, H ∈ Grp に対してその直積 G × H は存在して,それは直積集合
G × H に演算を定めたものだった.これは,忘却関手 U : Grp −→ Set を使って表せば,
U (G × H) = U (G) × U (H) ということになる.(左辺は Grp での直積,右辺は Set で
の直積であることに注意.) つまり,この忘却関手 U : Grp −→ Set は「直積と交換す
る」のである.同様のことは Ab や Top でも言える.つまりアーベル群の直積は,直積
集合に演算を入れたものになっているし,直積位相空間は,直積集合に位相を入れたもの
になっている.
これは偶々なのかというとそうではなくて,実はこれは「U が右随伴関手である」と
いう事実から従うことなのである.(右随伴関手は直積と交換する,という定理がある.)
そしてこの「U が右随伴関手である」というのは,集合から群やアーベル群,位相空間が
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「生成」できることと関係している.(群であれば自由群,アーベル群であれば自由アーベ
ル群を考えればよくて,位相空間であれば離散位相を入れればよい.) こういうことが,
圏論を使って統一して理解できるのは面白い点の一つだと思う.
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