フーリエ解析の基本の「キ」をザッと知ろう!

フーリエ解 析 の基 本 の「キ」をザッと知 ろう!
信号とは,多様な物理量(電圧,電流,音圧,光など)を表すもので,一般
に,アナログ(時間連続)信号とディジタル(時間離散)信号に大別される.
デ ィ ジ タ ル 信 号 は , 順 番 に 並 ぶ 数 値 列 の 集 合 ( 数 列 ) で あ り , k番 目 の 数 値
を,
x[k ]
; kは 整 数
( 1・ 1)
で書き表すと,
{x[k ]}kk ==∞−∞
( 1・ 2)
となる.
デ ィ ジ タ ル 信 号 x[k ] は , 通 常 ア ナ ロ グ 信 号 を 「 サ ン プ リ ン グ ( s a m p l i n g ) 」
す る こ と に よ っ て 得 ら れ , サ ン プ リ ン グ が 一 定 の 時 間 間 隔 T [秒 ]で 行 わ れ る と ,
x[k ] = x(kT )
( 1・ 3)
と な る( 図 1 - 1 ).こ う し た 数 列 で あ る デ ィ ジ タ ル 信 号 {x[k ]}kk ==∞
−∞ を 四 則 計 算 し て ,
多彩なディジタル信号処理が実現されている.
図 1- 1
時間離散(ディジタル)信号
基 本 1:ザックリと理 解 する
信 号 数 学 とはこんなもの!
まずは,ディジタル信号処理のための三つの“信号数学”の極意,
『直交』,『相関』,『フーリエ解析』
を取り上げる.いずれの極意も,信号数学を理解するうえでのキーポイントと
-1-
なるもの.四則計算の範囲でイメージ的な解説にとどめることにして,最初に
『直交』,『相関』の意味するところの感触を味わっていただきたい.
きゅー こ
以下,美人の信号処理エンジニア(名前は Q 子)と博士が丁々発止でやり
あう,興味深い会話の一部を紹介しよう.
Q子
初 め ま し て ,博 士 .信 号 数 学 が も つ ザ ッ ク リ と し た イ メ ー ジ を 教 え て ほ
しいわ.
博士
い い で す よ ,多 種 多 様 な デ ィ ジ タ ル 信 号 処 理 も ,こ れ か ら は 女 子 力 に 頼
らないといけないし,ズバズバ聞いてください.
Q子
さ っ そ く な ん で す が ,『 直 交 』っ て い う の は ,い っ た い 何 な ん で し ょ う ?
博士
そんなの簡単,直角に交わることで すね ,な んち ゃっ て.信号 が直 角に
交 わ る っ て , お そ ら く チ ン プ ン , カ ン プ ン ? で し ょ . そ れ じ ゃ あ , 図 1- 2に
示 す 二 つ の デ ィ ジ タ ル 信 号 x ={ a, b , c , d } と y ={ e, f , g , h} を 考 え ,
< x, y >=
1
{a × e + b × f + c × g + d × h}
4
( 1・ 4)
と い う 演 算 を 定 義 し て お き ま し ょ う .こ の と き ,図 1 - 3 に 示 す 四 つ の 信 号( ❶ ,
❷ , ❸ , ❹ ) を 考 え , 異 な る 二 つ の 信 号 に 対 し て 式 ( 1・ 4) を 計 算 し て み て
ください.Q子さん,どんな値が得られるかな?
図 1- 2
デ ィ ジ タ ル 信 号 ( 4サ ン プ ル ) の 相 関 計 算
-2-
図 1- 3
Q子
“ 直 交 す る ” デ ィ ジ タ ル 信 号 例 ( 4サ ン プ ル )
博士,私のこと,ちょっと見くびってないかしら.❶と❷なら,式(1
・ 4) を 適 用 す れ ば い い ん だ か ら ,
<❶ ,❷ >=
1
1
× {1 × 1 + 1 × (−1) + 1 × (−1) + 1 × 1} = × {1 − 1 − 1 + 1} = 0
4
4
( 1・ 5)
となって,一丁上がり.こんなもんですか,博士.
博士
種 明 か し を す る と ね ぇ ー , 式 ( 1・ 5) の よ う に 式 ( 1・ 4) の 計 算 値 が 0
(零)になるというのが『直交』という性質なんだ.簡単なことでしょ.ち
な み に , 式 ( 1・ 4) で 定 義 し た “ 積 和 ( 乗 算 し た 結 果 を 加 算 し た 値 ) ” の 1
サンプル当たりの平均値が,『相関』と呼ばれるものなんだ.これでもう,
『直交』と『相関』の信号数学の二つの極意がいっぺんに理解してもらえた
っていうわけ.ざっと,こんなもんでしょう.
Q子
へ ぇ ー っ ,ビ ッ ク リ し た わ .ほ か の 異 な る 二 つ の 信 号 の 相 関 は ど う な る
のかなあ?
ちょっと計算してみましょ.
-3-
<❶ ,❸ >=
1
1
× {1 × 1 + 1 × 1 + 1 × (−1) + 1 × (−1)} = × {1 + 1 − 1 − 1} = 0
4
4
<❶ ,❹ >=
1
1
× {1 × 1 + 1 × (−1) + 1 × 1 + 1 × (−1)} = × {1 − 1 + 1 − 1} = 0
4
4
<❷ ,❸ >=
1
1
× {1 × 1 + (−1) × 1 + (−1) × (−1) + 1 × (−1)} = × {1 − 1 + 1 − 1} = 0
4
4
<❷ ,❹ >=
1
1
× {1 × 1 + (−1) × (−1) + (−1) × 1 + 1 × (−1)} = × {1 + 1 − 1 − 1} = 0
4
4
<❸ ,❹ >=
1
{1 × 1 + 1 × (−1) + (−1) × 1 + (−1) × (−1)}= 1 × {1 − 1 − 1 + 1} = 0
4
4
( 1・ 6)
す ば ら し い わ , す べ て の 組 み 合 わ せ で 『 相 関 が 0 』 に な っ て る ぅ ー ー .『 信
号が直交』しているっていうことなんだ.チョー,驚き.こんなことが世の
中にあっていいのかしら,うっふん,博士,どうなっているのかしら?
博士
Q 子 さ ん も 美 し い け ど , 式 ( 1・ 5) と 式 ( 1・ 6) は も っ と 美 し い !
す
べ て の 異 な る 二 つ の 信 号 に 対 す る 『 相 関 が 0』 に な る と き , 図 1- 3の 四 つ の
信号の集合を『直交基底』というんだ.頭の片隅にでも入れて,記憶にとど
めておいてほしい,いずれ役に立つことがあるから.なお,一般に N個のサ
ン プ ル 値 を 有 す る 二 つ の デ ィ ジ タ ル 信 号 x = {x[n]}nn==0N −1 と y = {y[n]}nn==0N −1 に 対 す る 相
関は,
< x, y >=
=
1
N
N −1
∑ x [n ]y [n ]
n=0
1
{x [0 ]y [0 ] + x [1]y [1] + L x [N − 1]y [N − 1]}
N
( 1・ 7)
で与えられる.もちろん,
< x, y >=< y , x>
( 1・ 8)
の関係が成立することも明らかである(可換性という).
Q子
そ ん な こ と 言 わ な い で ,『 直 交 基 底 』の 利 用 シ ー ン を か い つ ま ん で 教 え
てもらいたいです.よろしく,お願いしまーす.
-4-
すけ
イヨッと,「ガッテン承知の助」なんちゃって,わかりましたよ.
博士
い ま ,あ る 信 号 ⓧ が( 1 6 , - 2 , 4 , - 6 )と し て ,図 1 - 3 の 四 つ の 信 号( ❶ ,
❷ ,❸ ,❹ )を 用 い て 合 成 す る こ と を 考 え て み よ う .結 論 か ら で 恐 縮 だ け ど ,
実 は 図 1- 4の よ う に 合 成 で き る ん だ .
ⓧ = [信 号 ❶ を 3倍 ]+ [信 号 ❷ を 2倍 ]+ [信 号 ❸ を 4倍 ]+ [信 号 ❹ を 7倍 ]
( 1・ 9)
図 1- 4
Q子
「 相 関 」と「 直 交 」を 利 用 し た 信 号 の フ ー リ エ 分 析( D F T )/ 合 成( I D F T )
本 当 , で も 不 思 議 だ ぁ . ど う や っ て 3倍 , 2倍 , 4倍 , 7倍 と い う 情 報 を 見
つけ出してくるのかしら.かなり難しそうだわ.
博士
いやあ,それがそうでもなくて,チョー簡単.ちょっと,やってみまし
ょ .試 し に ,「 信 号 ❶ を 3倍 」の 情 報 に お け る 数 値 の‘ 3’か ら 始 め ま し ょ う .
算出方法は,ある信号ⓧと信号❶の『相関』を求めるだけなんですね.式(1
・ 4) の 定 義 に 代 入 す れ ば い い の で ,
<ⓧ ,❶ >=
1
1
× {16 × 1 + (−2) × 1 + 4 × 1 + (−6) × 1} = × {16 − 2 + 4 − 6} = 3
4
4
( 1・ 10)
と な っ て , 驚 い た こ と に 3倍 を 表 す 数 値 ‘ 3’ が , あ ぶ り 出 さ れ て く る で は な
いですか.
-5-
Q子
エッー,うそっー,そんなこと,凄すぎます.博士,たまたま,そうな
っただけなんでしょう.でも,残りすべても『相関』で算出できるのかもし
れない.騙されたと思って,信号❷でやってみようっと.
<ⓧ ,❷ >=
1
1
× {16 × 1 + (−2) × (−1) + 4 × (−1) + (−6) × 1} = × {16 + 2 − 4 − 6} = 2
4
4
( 1・ 11)
ま あ , な ん と い う こ と で し ょ .‘ 2 ’ と い う 数 値 が 出 て , あ っ て る ぅ ー ー .
残り二つの計算で,きっとボロが出るから,きっとネ.
<ⓧ ,❸ >=
1
1
× {16 × 1 + (−2) × 1 + 4 × (−1) + (−6) × (−1)} = × {16 − 2 − 4 + 6} = 4
4
4
( 1・ 12)
<ⓧ ,❹ >=
1
1
× {16 × 1 + (−2) × (−1) + 4 × 1 + (−6) × (−1)} = × {16 + 2 + 4 + 6} = 7
4
4
( 1・ 13)
えっ,えぇーっ.全部,正解?
くわばら,くわばら,触らぬ神に祟りな
しっていうこと.さすがに博士ですね,後光が差しているわ.
博士
そうでしょうとも,たった二つだけの極意『相関』,『直交』を身につ
けてさえいれば,信号処理の世界をいとも簡単に攻略できるわけだからね.
さ ら に 付 け 加 え れ ば ,式( 1・ 9 )が『 フ ー リ エ 解 析 』の 物 理 的 な 意 味 と し て ,
『信号の直交基底による分解/合成』
で,周波数成分の計算に相当しているんだな.まったくもって,フーリエ解
析は信号数学に欠かせない,すごーいテクニックなんだから.
Q子
これまでは,『 フーリエ解析』と 言えば ,難しい 数学 で見 るの も嫌 だっ
た け ど ,ど う っ て こ と は な い ん だ わ .信 号 数 学 な ん て ,恐 れ る に 足 ら ず で す .
博士,有り難うございます.
博士
ど ん な も ん じ ゃ い ,俺 さ ま の 実 力 を わ か っ て も ら え た か な .信 号 数 学 の
土台になる三つの極意『フーリエ解析』,『相関』,『直交』は,信号処理
の基本中の「キ」であるぞよ.数式を丸暗記するんじゃなく,信号数学のも
つイメージを感覚的に把握することこそが,信号処理を身につけるための近
道と言えるんじゃな.
Q子
はい,そうしますわ.博士,いろいろと有り難うございました.
三 つ の 極 意 が 醸 し 出 す 数 学 的 な 感 覚 を 体 感 し て も ら っ た と こ ろ で ,い よ い よ ,
ディジタル信号処理システムの解説開始となるのである.
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本 技 術 講 習 会 で は , こ ん な 調 子 で 2回 に わ た り , 「 フ ー リ エ 変 換 」 , 「 z 変
換」,「ディジタル・フィルタの設計と実装」,「適応フィルタ」,「マルチ
レート信号処理」.「ウェーブレット変換」等の基本中の“基本”を中心に,
演習問題とともに体感しながら,理解・習得していきます.
・・・・・・セ ミ ナ ー 講 師 よ り 一 言
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