序 文 ルベーグ積分は難しいものと思ってはいないだろうか? 大学で ルベーグ積分をとったものの難しかったという記憶しかないなら ば,または,ルベーグ積分は重要だから勉強してみたいと思ったこ とはあるけど機会がなかったならば,この機会にルベーグ積分を勉 強してみようではないか.高校で習った実数や有理数の概念をもと に,本書ではこの強力な理論を丁寧に説明する. ルベーグ積分は数学科の学生にとってやはり鬼門とされている科 目であるが,ルベーグ積分の創始者であるアンリー・ルベーグがい うようにリーマン積分よりも簡単な積分であるはずである.ルベー グは「リーマン積分は積分値そのものの計算が主眼」なのにたいし て, 「ルベーグ積分は積分に内在する性質を考察している」点にお いて本質を得たと考えている. 本書ではルベーグ積分を詳細かつ簡潔に説明する.ラドン・ニコ ディムの定理までが基本的な内容で,それを基本にして種々の科目 との関連を考察する.確率論,フーリエ解析ではルベーグ積分を基 礎として理論が展開されるにもかかわらず,ルベーグ積分を未習の ままこれらの科目を学習しなくてはいけないというジレンマが常に 付きまとう.本書ではこれらの科目は全体を俯瞰するのではなく, ルベーグ積分が本質的に使われている箇所に限定して説明する. 本書の特色を述べたい.ルベーグ積分で必要とされるきわめて重 vi 序 文 要な定理は「単調収束定理」, 「ファトゥの補題」,「ルベーグの収束 定理」の 3 つである.これらの定理を使いこなせると,微分積分 の科目で習得した一様収束の概念を経由することなく積分と極限の 記号の交換ができるようになる.このことは解析学において基本に なる.ルベーグ積分の教科書は非常に多いが,本書では最短の方法 でこれらの定理に到達することができるように構成を工夫した.さ らに,本書ではルベーグ積分がなぜ重要かを説明するために,関数 の微分可能性を深く追求した.ほかの応用として,フーリエ解析, 確率論とどのようにルベーグ積分が結びついているかを説明した. ルベーグ積分の応用として,コインを投げ続けていくといつかは必 ず表がでるという命題の「必ず」がわかるようになる.フーリエ解 析や確率論の講義では素通りされやすい箇所に限定して説明してい る.これらの科目の講義では証明に時間がかかりすぎてしまうとい う難点があるが,測度論に関して詳論している本書の強みを生かし てこれらの箇所を丁寧に説明した.また,多くの演習問題を設け, それらに関する詳しい解答も与えた.章末問題はその章で扱った事 項のうち,難しいと思われるものをまとめた.初学者はこれを素通 りしても構わない. 本書を書くに当たり,学習院大学,首都大学東京,京都大学,山 形大学で行った講義を基にした.また,首都大学東京の大学院生の 中村昌平君と岡山大学教育学部出耒光夫先生には原稿を細部まで読 んでいただき,有益なコメントをいただいた.この場を借りて感謝 の意を表したい. 2015 年 8 月 澤野嘉宏
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