[論文の要旨および審査結果の要旨] 交配能と遺伝子解析をもとにした

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Title
【論文の要旨および審査結果の要旨】交配能と遺伝子解析をもとに
した繊毛虫Blepharisma属の分類の再検討
Author(s)
小林, 真弓
Citation
奈良女子大学博士論文, 博士(理学), 博課 甲第580号, 平成27年3月
24日学位授与
Issue Date
2015-03-24
Description
本文はやむを得ない事由により非公開。
【博士論文本文の要約】http://hdl.handle.net/10935/4016
URL
http://hdl.handle.net/10935/4090
Textversion
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【小林 真弓】
論文の内容の要旨
真核生物アルベオラータに属する繊毛虫門異毛綱は、原始大核綱と共に繊毛虫門で最初
に分岐したグループとされ、繊毛虫類の系統進化上、興味深い分類群である。異毛綱に属
する Blepharisma は、原生動物では初めて交配フェロモンが単離・同定された生物であり、
特殊な大核形成過程をたどることで知られ、近年注目されている。Blepharisma属は、特
徴的な大核の形態により4つのmegakaryotype I-IV に分類され、megakaryotype 内で、さ
らに詳細な形態的特徴により種に分類されている。しかし、Blepharisma は外的環境の影
響を受けて形態が変わりやすく、従来報告されてきた種の分類には疑問がもたれている。
そこで、本研究では、形態種だけでなく、生物学的種と遺伝的種(genetic species)の観点か
ら Blepharisma 属の分類を見直すことを試みた。
第1章序論では、本研究の目的と Blepharisma の分類を再検討する意義について述べた。
申請者は、繊毛虫における従来の分類の基準について述べ、Blepharimaの分類における問
題点を議論し、同胞種 (syngen)から種に昇格したParamecium aurelia groupの例を挙げて、
形態だけでなく、生物学的種とgenetic speciesの観点から種を見直すことが必要と論じて
いる。
第2章では、本研究に使用する Blepharisma の株を新たに採集・譲渡・購入のいずれか
の手段で手に入れ、Kahl(1932)およびGiese(1973)に従って、大核の形態および細胞サイズ
をもとに暫定的に形態種を同定した。本研究室で維持されていた株と合わせて、
megakaryotype Ⅰ の B.hyalinum (1 株 ) 、 megakaryotype Ⅱ の B.undulans (4 株 ) 、
megakaryotype Ⅲ の B.americanum (3 株 ) と B.musculus (2 株 ) 、 megakaryotypeIV の
B.japonicum (6株)とB.stoltei (3株)の計6種19株を得ることができた。
第 3 章 で は 、 Blepharisma 属 の 交 配 フ ェ ロ モ ン の 接 合 誘 導 能 に つ い て 調 べ た 。
Blepharisma の接合は、交配フェロモンgamonel とgamone2 がそれぞれ接合型I型とⅡ型
によって分泌され、相補的な接合型の細胞に作用し、接着能を獲得した細胞が接合対を形
成することによって開始される。異型接合対では小核の減数分裂が起こり、配偶核と受精
核の形成、新大核原基と小核の形成を経て接合完了体となる。さまざまな組み合わせで接
合誘導能を調べたところ、gamone2 には特異性が見られず、種に関係なく接合型I型に作用
した。一方、gamonel には特異性が見られ、B.undulans、B.americanum、B.musculus、
B.japonicum 、 B.stoltei に お い て 、 同 種 間 で あ れ ば gamone1 は 作 用 し た が 、
megakaryotypeⅡ、Ⅱ、Ⅳそれぞれの間、megakaryotypeⅢに属する B. americanumとB.
musculus の間では作用しなかった。B.japonicum と B.stoltei は異種であるにもかかわら
ずgamonel が互いに作用した。よって、gamone1 は少なくともmegakaryotypeⅡ、Ⅱ、Ⅳ
の間、B.americanum と B.musculus の間で、結果的に接合を妨げるバリアとして働いて
いると考えられた。
第4章では、Blepharisma 属の複数の株からgamonel 遺伝子を単離し塩基配列を決定し
たところ、接合誘導能を示す株間では、gamone1 の推定アミノ酸配列の相同性が高いこと
が示された。また、gamone1 の相同性が高く、接合誘導能を示す株間では、同じ性質を持
ったアミノ酸が保存されていた。異なる性質を持ったアミノ酸への変異が集中している領
域は2カ所あった。申請者は、この2つの領域におけるアミノ酸配列の違いが、gamone1 受
容体によるgamone1 の認識に重要で、gamone1 の接合誘導能に違いを与え、種の認識に関
わっている可能性について論じた。
第5章では、接合時の細胞同士の接着能について調べた。あらかじめ同種の相補的な型の
gamone で処理した細胞を混ぜ合わせ、megakaryotype 間で接合対が形成されるかをみた。
megakaryotypeⅡは、megakaryotypeⅢやⅣとは細胞接着がほとんど起こらなかった。
megakaryotypeⅢとⅣでは接着が比較的高頻度で起こり、生じた接合対において減数分裂
は進行したが、大核原基の形成率が低く、接合完了体は観察されなかった。よって、
megakaryotype 間では、細胞同士の接着に関わる因子、大核原基の形成から接合完了体の
形成の間に働く何らかの因子が接合を妨げるバリアとして働いていると考えられた。
第6章では、histoneH4遺伝子および18SrRNA遺伝子の塩基配列を決定し系統樹を作成し
たところ、多様性がほとんど見られず、Blepharisma 属の系統関係を明らかにすることは
できなかった。しかしgamone1の系統樹では、megakaryotypeⅡとⅣはそれぞれ
megakaryotype ごとに1つのクラスターを形成した。一方、megakaryotypeⅢは2つのクラ
スターを形成した。種間の関係を見ると、megakaryotype ⅣではB.japonicum とB.stoltei
が同ーのクラスターに、megakaryotypeⅢ ではB.americanum と B.musculus がそれぞれ
別のクラスターを形成していた。また、gamone1 の進化速度は histoneH4 に比べて速く、
最大で約40倍であることが示唆された。特異的に接合を誘導する gamone1 の進化速度が速
く、gamone1 における変異の生じ方が種間で異なっており接合誘導能に影響を与えている
可能性から、申請者は、gamone1 には適応的な変異が生じたと考え、gamone1 が種分化に
寄与している可能性を論じている。今後、更なる研究によりBlepharisma の種分化の過程
を明らかにしていくことが期待される。
第 7 章 は 総 合 討 論 で あ る 。 形 態 種 、 生 物 学 的 種 、 genetic species の 3 つ の 観 点 か ら
Blepharisma 属の分類を再検討した。まず大核の特徴的な形態で4つのmegakaryotype に
分類し、megakaryotype 内で、生物学的種の観点から、接合を妨げるバリアが機能せずに
接合が起こる株同士は同種と判断した。また、遺伝子解析により、株間で変異が飽和状態に
ある、または株間でgamone1のアミノ酸配列の相同性が比較的低い(76%以下)場合、別種で
あると判断した。これらを総合して検討した結果、本研究で用いた16株を5種に分類するこ
と が で き た 。 従 来 の 分 類 と 比 較 す る と 、 megakaryotype Ⅳ で 異 種 と さ れ て い た
B.japonicum とB.stoltei を同種と位置づけたことが新規である。さらにBlepharisma 属の
分類については、まず大核の形態をもとに4つのmegakaryotype に分け、gamone1 の遺伝
子解析を行って相同性の高さを調べて分類を行うことがこれまでのところ有効だと考えられ
た。これにより、形態種だけでなく生物学的種およびgenetic speciesの観点も含めて分類す
ることができ、従来の分類に比べてより正確・簡便に分類を行うことができると考えられる。
本 研 究 に よ り 、 よ り 多 く の 有 用 な Blepharisma の 株 を 確 立 す る こ と が で き 、
Blepharisma 属の分類の再検討と分類基準の見直しを行い、さらにBlepharisma の接合誘
導機構の解明に向けた研究を行うための基礎的な情報を提供できたといえる。
論文審査の結果の要旨
真核生物アルベオラータに属する繊毛虫門異毛綱は、原始大核綱と共に繊毛虫門で最初
に分岐したグループとされ、繊毛虫類の系統進化上、興味深い分類群である。異毛綱に属
する Blepharisma は、原生動物では初めて交配フェロモンが単離・同定された生物であ
り、特殊な大核形成過程をたどることで知られ、近年注目されている。Blepharisma 属
は、特徴的な大核の形態により4つのmegakaryotypeⅠ-Ⅳに分類され、megakaryotype
内で、さらに詳細な形態的特徴により種に分類されている。しかし、Blepharisma は外
的環境の影響を受けて形態が変わりやすく、従来報告されてきた種の分類には疑問がもた
れて いる。そ こで本研究で は、形態 種だけでなく 、生物学 的種と遺伝的 種(genetic
species)の観点から Blepharisma 属の分類を見直すことを試みた。
第1章序論では、本研究の目的と Blepharisma の分類を再検討する意義について述べた。
申請者は繊毛虫における従来の分類の基準について述べ、Blepharisma の分類における問
題点を指摘し、同胞種(syngen)から種に昇格したParamecium aurelia group の例を挙げ
て、形態だけでなく、生物学的種と genetic speciesの観点からBlepharisma の種を見直
すことが必要と論じていることは評価できる。
第2章では、本研究に使用する Blepharisma の株を新たに採集・譲渡・購入のいずれ
かの手段で手に入れ、Kahl(1932)およびGiese(1973)に従って、大核の形態および細胞サ
イズをもとに暫定的に形態種を同定した。本研究室で維持されていた株と合わせて、
megakaryotype Ⅰ の B.hyalinum (1 株 ) 、 megakaryotype Ⅱ の B. undulans (4 株 ) 、
megakaryotype Ⅲの B.americanum (3 株) と B. musculus (2 株) 、megakaryotype Ⅳ の
B.japonicum (6株)とB,stoltei (3株)の計6種19株を得ることができた。 研究に使用でき
るBlepharisma の株を得ることは容易ではなく、丹念な野外採集などにより株を確立し
たことは評価できる。
第 3 章 で は 、 Blepharisma 属 の 交 配 フ ェ ロ モ ン の 接 合 誘 導 能 に つ い て 調 べ た 。
Blepharisma の接合は、交配フェロモンgamonel とgamone2 がそれぞれ接合型Ⅰ型とⅡ
型によって分泌され、相補的な接合型の細胞に作用し、接着能を獲得した細胞が接合対を
形成することによって開始される。異型接合対では小核の減数分裂が起こり、配偶核と受
精核の形成、新大核原基と小核の形成を経て接合完了体ができる。さまざまな組み合わせ
で接合誘導能を調べたところ、gamone2には特異性が見られず、種に関係なく接合型Ⅰ型
に 作 用 し た 。 一 方 、 gamone1 に は 特 異 性 が 見 ら れ 、 B.undulans 、 B.americanum 、
B.musculus、B.japonicum、B.stoltei において、同種間であれば gamonel は作用したが、
megakaryotypeⅡ、Ⅲ、Ⅳそれぞれの間、megakaryotypeⅢに属するB.americanum と
B.musculus の間では作用しなかった。B.japonicum とB.stoltei は異種であるにもかかわ
らずgamonel が互いに作用した。よって、gamone1は少なくともmegakaryotypeⅡ、Ⅲ、
Ⅳの間、B.americanum とB.musculus の間で結果的に接合を妨げるバリアとしての働き
があると考えられた。MegakaryotypeⅡの B. undulans を含めたmegakaryotypeの間で
gamone1およびgamone2の作用を調べたのは本研究がはじめてで評価できる。
第 4 章では、Blepharisma 属の複数の株から gamonel 遺伝子を単離し塩基配列を決定し
たところ、接合誘導能を示す株間では、gamone1 の推定アミノ酸配列の相同性が高いこと
が示された。また、gamone1 の相同性が高く、接合誘導能を示す株間では、同じ性質を持
ったアミノ酸が保存されていた。異なる性質を持ったアミノ酸への変異が集中している領域
は 2 カ所あった。申請者は、この 2 つの領域におけるアミノ酸配列の違いが、gamonel 受容
体による gamone1 の認識に重要で、gamonel の接合誘導能に違いを与え、種の認識に関わ
っている可能性について論じている。接合誘導能とアミノ酸配列との間に関連性があること
を報告したのは本研究がはじめてで、また、接合誘導能に寄与する可能性のある部位を見つ
けたことは、今後、gamone1 と受容体との結合を調べる上で貴重な情報を提供できたとい
え、高く評価できる。
第 5 章では、接合時の細胞同士の接着能について調べた。あらかじめ同種の相補的な型の
gamone で処理した細胞を混ぜ合わせ、megakaryotype 間で接合体が形成されるかをみた。
MegakaryotypeⅡは、megakaryotypeⅢやⅣとは細胞接着がほとんど起こらなかった。
MegakaryotypeⅢとⅣでは接着が比較的高頻度で起こり、生じた接合対において減数分裂は
進行したが、大核原基の形成率が低く、接合完了体は観察されなかった。よって、大核のグ
ループ間では、細胞同士の接着に関わる因子、大核原基の形成から接合完了体の形成の間に
働く何らかの因子が接合を妨げるバリアとして働いていると考えられた。Gamone1 による
バリアが効かない場合でも、接合対形成やその後の過程で接合を阻止するバリアが存在する
ことを見つけたのは本研究がはじめてで、高く評価できる。
第 6 章では、histoneH4 遺伝子および 18SrRNA 遺伝子の塩基配列を決定し系統樹を作成
したところ、多様性がほとんど見られず、Blepharisuma 属の系統関係を明らかにすること
は で き な か っ た 。 し か し gamone1 の 系 統 樹 で は 、 megakaryotype Ⅱ と Ⅳ は そ れ ぞ れ
megakaryotype ごとに 1 つのクラスターを形成した。一方、megakaryotype Ⅲは 2 つのク
ラ ス タ ー を 形 成 し た 。 種 間 の 関 係 を 見 る と 、 megakaryotype Ⅳ で は B.japonicum と
B.stoltei が同一のクラスターに、megakaryotype Ⅲでは B.americanum と B. musculus が
それぞれ別のクラスターを形成していた。また、gamonel の進化速度は histoneH4 に比べ
て速く、最大で約 40 倍であることが示唆された。特異的に接合を誘導する gamone1 の進化
速度が速く、gamone1 における変異の生じ方が異種間で異なっており接合誘導能に影響を
与えている可能性から、gamone1 には適応的な変異が生じたと考えられ、gamone1 が種分
化に寄与している可能性を論じていることは興味深く、高く評価できる。今後、更なる研究
により Blepharisma の種分化の過程を明らかにしていくことが期待される。
第7章は総合討論である。形態種、生物学的種、genetic species の3つの観点から
Blepharisma 属の分類を再検討した。まず大核の特徴的な形態で4つのmegakaryotype に
分類し、megakaryotype 内で、生物学的種の観点から、接合を妨げるバリアが機能せずに
接合が起こる株同士は同種と判断した。また、遺伝子解析により、株間で変異が飽和状態に
ある、または株間でgamone1のアミノ酸配列の相同性が比較的低い(76%以下)場合、別種で
あると判断した。これらを総合して検討した結果、本研究で用いた16株を5種に分類するこ
とができた。従来の分類と比較すると、megakaryotype Ⅳで異種とされていたB.
japonicum とB. stoltei を同種と位置づけたことが新規である。さらにBlepharisma 属の分
類については、まず大核の形態をもとに4つのmegakaryotype に分け、gamonel の遺伝子
解析を行って相同性の高さを調べて分類を行うことがこれまでのところ有効だと考えられる。
これにより、形態種だけでなく生物学的種および、genetic species の観点も含めて分類す
ることができ、従来の分類に比べてより正確・簡便に分類を行うことができる可能性を示し
たことは評価できる。
本研究により、より多くの有用なBlepharismaの株を確立することができ、Blepharisma
属の分類の再検討と分類基準の見直しを行い、さらにBlepharisma の接合誘導機構の解明
に向けた研究を行うための基礎的な情報を提供できたといえる。本論文の第3-5章の一部は、
Zoological Science 32(1):53-61,2015において本人が第一著者として公表済みである。
よって、本学位論文は、奈良女子大学博士(理学)の学位を授与されるに十分な内容を有し
ていると判断した。