Document

事業名:漁場環境・生物多様性保全総合対策事業(21 年度)
Ⅰ
赤潮・貧酸素水塊漁業被害防止対策事業
課題名 (9)新奇有害プランクトンの簡易モニタリング、生理・生態、個体群構造解析、生物学
的防除技術開発及び活性酸素消去剤による魚類へい死防止技術開発
② 新奇有害プランクトンの個体群構造解析
担当機関:瀬戸内海区水産研究所(長井敏、及川寛、神山孝史)
1.全体計画
(1)目的
新奇有害プランクトンがグローバル化するメカニズムを解析する手法として、集団遺伝構造の解
析を行い、個体群の遺伝構造の差異や個体識別により、海域間の移動の有無とそれに影響を及ぼす
要因を特定する。
(2)試験等の方法
プランクトンのクローン培養株を確立し大量培養し DNA 抽出を行なう。高度多型性を示す分子マ
ーカーを用いた集団遺伝学的解析から、新奇有害プランクトンの海域間での個体群移動の有無を調
べる。
2.平成 21 年度計画
(1)目的
養殖ノリ色落ちの原因となっている Eucampia zodiacus の集団遺伝構造を明らかにするため、マ
イクロサテライト(MS)マーカーの開発を行う。
同じく養殖ノリの有害珪藻である Skeletonema 属には 11 種が知られているが、このうちノリ養
殖に被害を及ぼしている種を特定する。
平成 21 年度に新潟県佐渡島の加茂湖に Heterocapsa circularisquama が発生しカキが大量へい
死した。本種の移入経路を推定するため、MS マーカーを用いた集団遺伝学的解析を実施した。
(2)試験等の方法
東部瀬戸内海に分布する Eucampia zodiacus と E.cornuta の種判別ツールを開発するため、両種
の核 rRNA 遺伝子配列を決定し両種の配列を比較した。
播磨灘北部沿岸域において、Skeletonema 属の海底泥中の休眠胞子と表層水中に出現する栄養細
胞の分子同定と密度の算出を行なった。分子同定には LSU の D1/D2 領域を増幅するプライマーを使
用し PCR 増幅を行った。
新潟県加茂湖から Heterocapsa circularisquama を単離、44 のクローン株を作成し、これらに
ついて集団遺伝学的解析を行い、個体識別、濃い血縁関係にある個体を探索するための分析を行い、
加茂湖に出現した新奇集団の移入経路の推定を試みた。
3.結果および考察
E.zodiacus と E.cornuta の核 rRNA 遺伝子の配列(ITS および LSU 領域)を決定し比較した結果、
ITS を含む領域は変異が蓄積しており種判別に有効な領域であることが判明した。27 領域につい
て MS を用いたフラグメント解析に使用するプライマーを決定することができたが、マーカーの性
能を評価するには至らなかった。
播磨灘北部沿岸域 4 地点の海底泥から Skeletonema 属の 4 種(S.dohrnii, S.japonicum,
S.tropicum, S.pseudo-costatum)の休眠胞子が発芽してきたことを確認。S.dohrnii が優占種であ
り、その出現割合は 52%以上であった。同じく播磨灘北部沿岸域 2 地点の表層水中に出現した
Skeletonema 属の分子同定の結果、S.dohrnii, S.japonicum の 2 種が確認された。両地点とも 12
月には後者が、2 月には前者が優占していたことが判明した。これらの種構成が一時的なものかど
うか、とくにノリ養殖の最盛期に出現する種を特定するためには、さらに引き続きモニタリング
を行なう必要がある。
新潟県加茂湖から単離した Heterocapsa circularisquama と英虞湾、浜名湖、楠浦(八代海)の
個体群を比較した結果、UPGMA デンドログラムでみると、加茂湖と楠浦の個体群でひとつのクラス
ター、英虞湾と浜名湖の個体群でひとつのクラスターを形成した。アリル共有度分析の結果、加
茂湖および楠浦の個体群内の方が、英虞湾および浜名湖より濃い血縁関係にある個体が多いこと
が示され、加茂湖の個体群の遺伝子多様度が著しく低い結果と併せて考えると、楠浦と加茂湖の
個体群が遺伝的に近縁であり、共通の個体群からその一部(極少数の個体)がおそらく人為的な要
因により新たに移入し、その後分布を拡げたことを示唆する結果と考えられる。
一方、Smayda(2002)は、新奇種のブルームは人為的な移入により引き起こされるのではなく、
もともと分布していたが低密度であったため確認されていなかった種が、環境変化により徐々に
出現密度を増し新たにニッチを獲得し優占種へと変貌したとする“hidden flora concept”(隠蔽
種説)を唱えている。これについては、日本の H. circularisquama の各 MS 遺伝子座の多様度や、
異なる海域の集団間での対立遺伝子の出現頻度およびサイズ差がそれ程大きなものではないこと
から、本種が、西日本沿岸各地に長期間存在していたとは考え難いこと。さらに、本種は頻繁に
赤潮を形成することからも明らかなとおり増殖速度が大きいこと、これらのことから、本種はも
ともと西日本各地に存在していたのではなく、新たに人為的に移入され分布を拡げたと考えるの
が妥当であろう。H. circularisquama は約 20 年間に西日本において急速に分布を拡げてきた。こ
れ以上本種の新奇出現により漁業被害を出さないために、今後さらに精力的に集団遺伝構造に関
するデータを蓄積し、分布拡大要因の究明を行なう必要がある。