有機スピントロ二クスの現状と展開 仕幸 英治 大阪大学・基礎工学研究科・システム創成専攻 Current Issues and Future Prospects in Molecular Spintronics Eiji Shikoh Department of System Innovation, Graduate School of Engineering Science, Osaka University 有機分子材料を用いたスピントロ二クスすなわち、有機スピントロ二クスの研究分野において、 分子のスピン自由度を制御することにより、新奇な輸送現象および光学特性の創成が期待されて いる[1]。このうちスピン輸送特性の制御は応用展開にダイレクトにつながるために、分子材料を用 いたデバイスの磁気抵抗効果の研究が多数行なわれている[1]。しかしながら磁気抵抗効果の実 験には強磁性電極自身の磁気抵抗効果などの外的要因を含むため、分子材料の本質的特性の 抽出が難しい。他方、光学特性には分子のスピン状態が直接反映されるため、スピンに依存する 本質的特性を評価しやすい。それゆえ、スピン依存する光学特性評価は、有機スピントロ二クスの 詳細な理解と、スピン依存の光学デバイスへの応用展開の両方において、強力なツールである。 有機EL素子(OLED)からのスピン依存発光の研究すなわち、再結合励起子の生成確率の制御 や円偏光発光の研究は、その良い例である[2-7]。OLED のスピン機能としてスピン注入による円 偏光発光の達成は、無機半導体を用いた spin-LED[8]のようなチャレンジである。有機分子の発 光色は発光分子の官能基を制御することにより細かくチューニングできるため、OLED による可視 光でのスピン依存円偏光発光の達成は、3 次元表示可能なフレキシブルフルカラーディスプレイデ バイス等への応用展開が期待される。 以下に OLED を用いた講演者らの研究[4-7]の一端を 紹介する。作製した OLED(図1)からの室温における円偏 光発光特性を図2に示す。縦軸は円偏光度を表す。外部 磁場は基板面直に印加している。陰極 M に Fe を用いた 素子(●)からは外部磁場に線形応答する円偏光特性が 観測された。この磁場への線形応答性は Fe 陰極薄膜の 磁化過程を反映すると考察した。また、円偏光度の大きさ は、Fe 陰極表面での磁気光学効果(外的要因)よりも十分 に大きかった。一方、Al を陰極に用いた素子(○)からは 円偏光は観測されなかった。以上より、Fe 陰極素子にお 図1. 作製し た OLED の断面構造 いて観測された円偏光は、主に Fe 陰極から発光分子へ 図。各層の膜厚も示す. 分子の略表 のスピン注入に起因すると結論した。この一連 の研究は 記は文献[7]を参照のこと. 有機分子にスピンが入った数少ない成功例の一つである。 講演時には以上の実験の詳細だけでなく、他グループか ら報告されている信頼性の高い有機スピントロ二クス研究 も紹介し、分野の現状と今後の展開について議論したい。 [1] M. Shiraishi & T. Ikoma, Physica E, 43, 1295 (2011). [2] A.H. Davis & K. Bussmann, J. Appl. Phys., 93, 7358 (2003). [3] E. Arisi, et al., J. Appl. Phys., 93, 7682 (2003). [4] E. Shikoh, et al., J. Magn. Magn. Mater., 272, 1921 (2004). [5] E. Shikoh, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 45, 6897 (2006). [6] E. Shikoh, et al., J. Magn. Magn. Mater., 310, 2052 (2007). [7] E. Shikoh, et al., Synth. Met., 160, 230 (2010). [8] Y. Ohno, et al., Nature, 402, 790 (1999). 図2. Fe 陰極素子(●)および Al 陰極 素子(○)の円偏光特性. 円偏光度の 定義は文献[5-7]を参照のこと.
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