即 時 抗 告 状 平成27年5月6日 福岡高等裁判所宮崎支部 御中 抗告人ら代理人弁護士 森 雅 美 ほか 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件 上記当事者間の鹿児島地方裁判所平成26年(ヨ)第36号 川内原発稼働等差 止仮処分申立事件について、同裁判所が平成27年4月22日になした仮処分命令 申立却下決定に対し、即時抗告を申し立てる。 原 決 定 の 表 示 1 本件申立てを却下する。 2 申立費用は債権者らの負担とする。 抗 告 の 趣 旨 1 原決定を取り消す。 2 相手方は、相手方が設置している別紙設備目録記載の川内原子力発電所1号 機及び2号機を運転してはならない。 3 申立費用は、第一審及び抗告審を通じて、相手方の負担とする。 との裁判を求める。 -1- 抗 第1編 1 告 の 理 由 総論 原決定の問題と抗告人らが本即時抗告に託した思い 川内原子力発電所1号機及び2号機(以下併せて「本件原発」という。)再稼 働差止仮処分命令申立てに対する鹿児島地方裁判所平成27年4月22日却下 決定(以下「原決定」という。)は、前代未聞の不当決定である。 原決定は、①司法が福島原発事故とその被害を直視せず、同事故後の司法の 流れに逆らい、行政追随の旧態依然とした判断を行い、再び同事故が起こる危 険性を容認したという意味で、時代錯誤の決定である。また、②同事故を二度 と起こしてはならない、そのためには同事故が起こるような具体的危険性は万 が一にもあってはならない、という厳然たる社会通念・社会的合意から完全に 目を背けて、人権侵害の危険性を容認したという意味で、国民無視、職責放棄 の決定である。さらに、③全く首尾一貫しておらず、自らが定立した規範への 適切な当てはめもせず、却下という結論に照らして不都合な事実は無視し、あ るいは捻じ曲げた認定を行っているという意味で、没論理、結論ありきの決定 である。 原発再稼働問題は、極めて重大な人権問題である。人権侵害、あるいはその 危険が現実になっているときに、何人も裁判所に対してこれを阻止して人権の 保護を求める権利を憲法は保障し、それに答えて人権を保護することは司法の 当然の職責である。万が一にも、司法がその職責を放棄し、人権問題に関して 行政判断に追随するような判断方法をとるようなことがあれば、三権分立、立 憲主義は名ばかりのものとなり、市民の憲法上の重要な権利が失われる事態に なる。原決定はまさに司法に託された職責を放棄する判断方法をとったもので あり、憲法上の司法権が名ばかりのものとなる瀬戸際に立たされている状態で -2- ある。 法曹、裁判官としての良心がある者であれば、抗告人らの思いは伝わると信 じている。抗告人らは、平穏に生き続けることを願い、生活する環境を、そし てそこに生活する人々を愛する普通の日本国民である。原発に内在する本質的 で甚大な危険が顕在化したならば取り返しのつかないことになる現実を福島原 発事故で目の当たりにした者として、原発の放射能によって地域を奪われ、生 活を奪われ、健康を奪われ、生命を奪われるようなことがあってはならないと 思い、川内原発の危険性を合理的、論理的に裁判所に説明し、人権侵害からの 救済を求めたのである。ところが、原決定は、行政追随の判断をして、人権侵 害に目をつぶった。 抗告人らは、貴裁判所に対し、最後の希望を託す思いで、本即時抗告に及ん だ次第である。 2 本状の内容 本状においては、原決定に対する総論的な反論を記載する。反論の詳細につ いては、可及的速やかに提出する予定である。 以下、第2編において争点1(司法判断のあり方)について、第3編におい て争点2(地震に起因する人格権侵害又はそのおそれの有無)について、第4 編において争点3(火山事象に基因する人格権侵害又はそのおそれの有無)に ついて、第5編において争点4(避難計画等の実効性と人格権侵害又はそのお それの有無)について、そして、第6編において原決定が抗告人らの主張に対 して判断を行っていないこと(判断遺脱の違法)について述べる。 -3- 第2編 1 争点1(司法審査の在り方)について 争点1(司法審査の在り方)に関する原決定の内容 原決定は、争点1(司法審査の在り方)に関し、要約すると、次のように結 論付けている。 第1に、原発の安全性に関する司法判断については、最新の科学的知見及び 「安全目標に照らし、新規制基準に不合理な点があり、あるいは、当該原子炉 施設について新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の調査審議及び判 断過程が厳格かつ適正にされたものではなく、その判断に看過し難い過誤、欠 落があって不合理な点があると認められる場合」には、人格権侵害の具体的危 険性があると評価すべきである、とした(以下、この部分を「判示事項1」と いう。原決定86~87頁。以下、特に断りのない場合は、頁数は原決定のも のを指す。また、引用中の傍点については、引用者が付している。以下、特に 断りのない場合は同様)。 第2に、原発の安全性に関する立証責任について、債務者の側において、新 規制基準の内容及び同基準への適合性判断に不合理な点のないことを相当の根 拠を示し、かつ、必要な資料を提出して主張疎明する必要があり、債務者がそ の主張疎明を尽くさない場合には、人格権侵害の危険性があることが事実上推 認される、とした。 そして、債務者がこの主張疎明を尽くした場合には、本来的な主張疎明責任 を負う債権者らにおいて、本件原発の安全性の欠陥と、人格権侵害の具体的危 険性を主張疎明しなければならない、とした(以下、この部分を「判示事項2」 という。87~88頁)。 原決定は、このような判断枠組みを用いて、地震(争点2)、火山事象(争点 3)及び避難計画等の不備(争点4)によって人格権侵害又はそのおそれがあ るか否かを検討している。 しかしながら、判示事項1に対しては、①論理的に支離滅裂であること、② -4- 実質的にも極めて不合理であること、③平成4年10月29日伊方最高裁判決 (判時1441号37頁)の趣旨に反すること、及び④各論における具合的あ てはめも甚だ不十分であること、の4つの問題点が存在する。 また、判示事項2に対しては、⑤伊方最高裁判決の趣旨に照らして、このよ うな枠組みを用いることは誤りである、という問題点が存在する。 以下、敷衍する。 2 原決定は、①論理的に支離滅裂であること 原決定は、判示事項1の枠組みを導くに当たって、論理的に支離滅裂な認定 ないし推論を行っている。 (1) 原決定の論理の出発点(論旨の前半部分) ア 原決定における争点1の判示事項1についての判断のうち、実質的な論 拠が述べられているのは、原決定82頁以下の第4・1・(2)の部分である が、その論旨は、大きく2つのまとまりに分けることができる。 1つは、82頁6行目(「(2)ア 「原子力発電所の原子炉施設は」で始 まる行)から84頁16行目(「側に立った判断が望まれる」で始まる行) までであり(これを「論旨前半部分」という。)、もう1つは、84頁17 行目(「この点に関し」で始まる行)から86頁21行目(「種審査基準の 整備も」で始まる行」までである(これを「論旨後半部分」という。)。 イ 論旨前半部分には、原決定の論理の出発点となる事実が述べられている。 このうち、次の5つの記載が重要である。 第1に、原決定は、本件原発の再稼働の適否に当たっては、福島原発事 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 故のような「災害が万一にも起こらないようにするため、その安全性を十 、、、、、、、、、、 分に確保すべきであり、その際、福島第一原発における事故の経験等を踏 まえた安全性の徹底的な検証が行わなければならない」と指摘する(82 -5- 頁12行目以下)。 第2に、原決定は、原子力規制委員会が策定する新規制基準について、 「上記のような深刻な災害が万一にも起こらないようにするため、…(略) …福島第一原発における事故の経験等をも踏まえた最新の科学的知見に照 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 らし、十分な合理性が担保されたものでなければなら」ないと述べ、新規 制基準に対して十分な合理性を担保することを要求する(83頁18行目 以下)。 、、、、 第3に、原決定は、上記新規制基準への適合性審査について、 「厳格かつ 、、、、、、、、、、、、 適正に行われる必要がある」と、適合性審査についても厳格かつ適正な審 査を要求している(83頁21行目以下)。 第4に、原決定は、原発に求められる安全性の程度について、「『絶対的 安全性』を確保することは不可能である」ことに鑑み、 「当該危険性の内容 、、、、、、、、、、、、、 及び程度、当該科学技術の効用等に照らして社会的に許容できる範囲のも 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 のといえるかどうかという基準によって判断することが相当であると解さ れる」としつつ(84頁1行目以下)、第5として、原子炉施設については、 「一定の危険が内在する航空機や自動車を利用する場合とは異なり周辺住 民には危険を負担するか否かを選択する機会が与えられているとはいえな 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 い」から、 「より安全側に立った判断が望まれることは明らかというべきで ある」と、ここでも、安全性判断に当たって、安全側に立った判断がされ るべきことを指摘している(84頁13行目以下)。 ウ このように、論旨前半部分は、原発事故が極めて重大かつ深刻な人権侵 害を及ぼすことに言及したうえで、その安全性審査等に当たっては、厳格 かつ適正な判断が求められ、より安全側に立って判断すべきことを述べて いるのである。 (2) 論旨後半部分は、論旨前半部分と全く整合しないこと -6- ア 原決定は、上記(1)で述べたように、論旨前半部分において、原発の安全 性判断については、厳格な基準による、より安全側に立った判断が求めら れるとしているにもかかわらず、論旨後半部分において、突如として理解 不能な論理を展開し始める。 すなわち、原決定は、原子力規制委員会が平成25年4月に定めた「安 全目標」を持ち出し(84頁17行目以下)、安全目標の内容は、原子炉施 設の運転期間に照らせば、 「相当程度厳格な目標であると評価することがで き、この安全目標が達成される場合には、健康被害につながる程度の放射 性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る 程度に小さなものに保つことができると解するのが相当である」 (85頁1 8行目以下)、「新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この安全目標 を踏まえたものと解される」(86頁20行目以下)としたのである。 イ しかし、安全目標は、 (ⅰ)そもそも法的に意味を持つような合理性・正 当性を有する基準ではなく、現実にも基準とされていないこと、 (ⅱ)原決 定自身が、安全目標の設定には方法論上の課題があることなどを認めてお り、自らが問題ありとしたものを、厳格であるべき安全性判断の基準に持 ち込んでいること、何よりも、(ⅲ)「新規制基準の内容や各種審査基準の 整備も、この安全目標を踏まえたものであると解される」という虚偽の前 提から結論を導きだし、基準の内容に関する合理性の判断を放棄している ことが極めて問題であり、論旨前半部分で述べられたような、 「安全性が十 分に確保されなければならない」とか「より安全側に立って判断されなけ ればならない」ということは完全に置き忘れられている。 ウ このように、論旨後半部分は論旨前半部分と全く整合せず、そのような 論法によって導き出された判示事項1が合理性を有しないことは明白であ る。 -7- (3) 安全目標は法的に意味を持つような合理性、正当性を有しないこと 安全目標は法的に意味を持つような合理性、正当性を有するものではなく、 原決定は前提事実を誤っており、したがってまた、誤った事実をもとに導出 された結論にも重大な過誤がある。 ア 安全目標は、法令上の根拠を有する原子力規制委員会の「決定」ではな く、基準ではないこと 原決定の引用する安全目標は、法令上の根拠を有する原子力規制委員会 の「決定」ではなく(甲150)、基準ではない(甲161。「安全目標を めぐる主な論点」平成25年3月6日原子力規制委員会会議資料6-1)。 新規制基準骨子案についてのパブリックコメントが、平成25年2月7 日から2月28日までの間になされた。その期間中の平成25年2月20 日の原子力規制委員会において、初めて「安全目標」が話題とされ、田中 俊一原子力規制委員会委員長から「とりあえず議論の材料も必要」という ことで、事務局に資料集めを依頼した。 この事実経過から明らかなように、安全目標が定められてその後にそれ にそうように各種基準が作られたのではない。 原決定の「新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この安全目標を 踏まえたものであると解される」という記述は、事実誤認というだけでな く、自らが採用したい結論を先取りした歪んだ認定であり、原決定の、行 政追随の理屈を無理やり作ろうとする姿勢を示す重大な間違いである。 そして、田中俊一原子力規制委員会委員長も、安全目標の内容及び位置 づけについて、下記のとおり、基準ではなく、 「何となくそんな相場観」 「理 解の足し」という程度のものと述べている(甲162。 「平成25年3月2 7日原子力規制委員会記者会見録」3~4頁)。 「100テラベクレルなら受容できるというような、安全目標というの -8- 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 はそういう数値ではないです。100万年に1回とか10万年に1回な 、、、、、、、、、、、、、、、、 ら受容できるかということではないです。基本的にそういうことを起こ さないための一つの、前回でしたか、スパイラル上のある種の目標みた いなものに向かって全体としての安全解析、プラントならプラント全体 の安全解析をして、そこに到達するために必要なことはどういうことな のかを出して、それを規制基準に反映していくとか、そういうための一 つのメルクマールみたいなものです。」(甲162・3頁)。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 「まさにその数値をどういう数値の相場観をどのくらいに見ていただけ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 るかという一つの事例として、福島と比べてどうでしょうかということ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 で、今日は評価をしていただいて、出してもらったんです。でも、中村 委員が言っていたように、そんなものは風向きとか気象条件とかいろい ろなことによって変わりますねということですから、あくまでも今回の ものは、やはり福島の事故が少し皆さんの、我々もそうかもしれないけ れども、一般の国民から見ると一つの尺度になっていますね。それに対 して、どのくらいのものになるのかなというところで、少しはこの安全 目標というものの意味について、幾らかそういう理解をしていただけた らなという意味でつくってもらったんです。それだからいいと言うつも りは全くないです。」(甲162・3頁~4頁)。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 「だから、一概に今回のものが何かを語っているわけではなくて、何と 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 なくそんな相場観というか、御理解の足しになればということで、評価 してもらったということです。」(甲162・4頁)。 これらの田中委員長の発言からも、規制委員会ですら、 「安全目標」を「規 制基準」と考えていないことは明らかであり、原決定だけが事実に反する 極めて非常識な認定をしている。 イ パブリックコメントにかけられておらず、社会的合意の結果とは認めら -9- れない安全目標は、基準としての手続的公正さを欠いていること 安全目標は、パブリックコメントにすらかけられておらず、原決定も認 めているように、社会的合意がなされた結果ではない。 原決定は、安全目標は、 「国民的な議論を経て社会的な合意がされた結果 とみることはできない」 (85頁24行目)とか、安全目標を定めるに当た って国民の意思が十分に反映されていない、確率論的安全評価について、 多くの国民に受容可能なものと受け入れられているとは認め難いという債 権者らの指摘に対して、今後も引き続き、国民的議論を進めていくことが 望ましいことは云うまでもない(86頁11行目以下)と認定している。 それでいながら、原決定は、「安全目標を一応の基準とすることが相当」 であるとし、その理由として、原子力規制委員会の委員長及び委員が両議 院の合意を得て内閣総理大臣が任命するものとされていること、安全目標 が原子力規制委員会における議論を経て定められたものであることを挙げ る(85頁25行目以下~86頁3行目)。 しかし、安全目標がパブリックコメントにかけられていないこと、社会 的合意がなされた結果とは認められないことは、基準としての手続的公正 さを欠いている、ということである。 両議院の合意を得て内閣総理大臣に任命された委員長及び委員で構成さ れる原子力規制委員会における議論を経たことが、この手続的公正さの欠 如を何ら治癒しないことは、法的思考を学んだものであれば、誰でも直ち に理解できるほどの容易な問題である。 原決定の論理では、原子力規制委員会限りで決めれば、基準としての正 当性を認められることになるが、それでは、新規制基準骨子案についてパ ブリックコメントを求めることには何の意味もないことになる。 原決定は、新規制基準等が「十分な合理性」を有するか否かを判断する と言っておきながら、その実は、 「原子力規制委員会が定めたものであれば - 10 - 合理性を有するであろう」という前提に立った、極めて形式的な判断しか 行っていないのであり、原決定の上記判示は、原決定の行政追随の姿勢を 端的に表しているものである。 (4) 原決定自身、「安全目標」に方法論上の課題があることを認めているにも かかわらず、基準として相当であるとしていること ア さらに、原決定は、安全目標における確率論的安全評価手法について、 自ら、 「その評価において主観性や恣意性が介在する余地があるなど方法論 上の検討課題が残されている」(85頁10行目以下)こと、「確率論的安 全評価の手法にも不確定な要素が含まれていることは否定できない」 (19 8頁19行目以下)ということを認めている。 そうであるにもかかわらず、原決定は、その問題を解消するに足る具体 的理由ないし確率論的安全評価方法について積極的に信頼できると判断す るに足る具体的理由も判示しないままに、 「原子炉施設の安全性確保に資す るものであ」り(85頁14行目以下)、「相当程度厳格な目標であると評 価することができ」る(85頁18行目以下)としている。 イ このように、主観や恣意が介在する余地があり、不確定な要素が含まれ る安全目標を指標ないし基準として持ち出すことが、論旨前半部分にいう、 「安全性を十分に確保す」べき、あるいは「より安全側に立った判断」を すべきといえるはずもない。 ウ そもそも、福島第一原発1号機の炉心損傷頻度は、確率論的安全評価に より、3.1×10-7/炉年、格納容器損傷頻度は、1.0×10-8/炉 年とされ、それらが妥当であると評価されていた(甲163・6頁。 「軽水 型原子力発電所における『アクシデントマネジメント整備後確率論的安全 評価』に関する評価報告書」)にもかかわらず、同機は、1971年の運転 開始からわずか40年で、重大な炉心損傷事故、格納容器損傷事故を起こ - 11 - した。 世界的にも、1954年のオブニンスク原発(ソ連)の運転開始から、 わずか60年余りの間に、炉心損傷事故が3回(炉数でいえば5炉)、格納 容器損傷事故が2回(炉数でいえば4炉)も発生している(TMI事故、 チェルノブイリ原発事故及び福島原発事故)という動かし難い事実に照ら せば、確率論的安全評価がどれほど空疎なものであるかは明白である。 (5) 原決定は、虚偽の前提から結論を導き出し、基準の合理性に関する判断を 放棄していること 原決定は、判示事項1の結論を導くに当たり、 「安全目標は、上記のとおり、 原子力規制委員会が原子力施設の規制を進めていく上で達成を目指す目標と されているのであるから、新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この 安全目標を踏まえたものであると解される」と述べている(86頁18行目 以下)。 しかし、原決定は、安全目標について、 「規制を進めていく上で達成を目指 す目標」と認定しているのであるから、抽象的にいえば、それに基づいて基 準が作成されたのであれば、新規制基準の内容は「安全目標を踏まえたもの」 になるのは当然であり、これは循環論法にすぎない。 また、具体的にも新規制基準の内容が「安全目標を踏まえたもの」という のであれば、新規制基準により安全目標が達成されるのか否かの検討が基準 作成段階で行われていなければならず、また、新規制基準による具体的審査 段階で安全目標を達成しているか否かについて申請がなされ、その審査が行 われていなければならないが、現実には、新規制基準作成の過程において、 安全目標が達成できるか否かの検討はされておらず、設置変更許可申請で安 全目標をどの程度上回っているかなどの資料の提出も審査も全くなされてい ない。仮に、安全目標を下回っていようが、そのことで審査が不合格になら - 12 - ないのである。 そのような明々白々な事実に反して、 「安全目標は、上記のとおり、原子力 規制委員会が原子力施設の規制を進めていく上で達成を目指す目標とされて いるのであるから、新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この安全目 標を踏まえたものであると解される」という完全に誤った判断をしている原 決定は、絶対に破棄されなければならない。 原決定は、新規制基準の合理性について、 「不合理な点がないかを判断する」 と述べておきながら、その実、何の判断もせずに、ただただ行政の判断を追 認する虚偽の結論を作成している。 これでは、行政とは独立して、人権保障の砦として国民を守るという司法 の職責を果たしたといえるはずもない。 (6) 小括 このように、原決定は、論旨前半部分で、原発の安全性は「十分に確保」 されるべきであり、新規制基準には「十分な合理性」が求められ、適合性審 査は「厳格かつ適正」に行われるべきであり、社会的に許容できるか否かに ついても「より安全側に立った判断」がなされるべきである、などと述べな がら、実際には、原決定自身問題があると認め、基準とされていないことが 明らかな「安全目標」を持ち出して、それを達成するように新規制基準が作 成されているという虚偽の結論を作りだし、新規制基準は原発災害の危険を 社会的に無視しうる程度に小さくしているから合理的であるとして、原発の 安全性を判断するという枠組みをとっており、論理的に完全に破たんしてい る。 これは、結論に影響を及ぼす極めて重大かつ明白な誤りである。 3 原決定は、②福島原発事故後の判断として、実質的にも極めて不合理である - 13 - こと 上述のとおり、原決定には、論理的に明らかな誤りが多数存在するが、実質 的にみても、原決定の判断枠組みは、福島原発事故後の原発訴訟等の審理とし ては極めて不適切であり、旧態依然、時代錯誤といわざるを得ない代物である。 以下、 (ⅰ)原決定が、実質的には福島原発事故を十分に踏まえたものとなっ ておらず、同事故後の司法の流れに逆行するものであること、 (ⅱ)原決定の使 用する「社会通念」は基準として曖昧であり、結局、判断を回避するために「社 会通念」を使用しており、これを基準とすることは不適切であること、 (ⅲ)従 来「社会通念」を基準として判断をしてきた裁判官自身が、福島原発事故後は 反省を述べるなどしており、その意味でも、このような曖昧な基準は用いられ るべきではないこと、を順に述べる。 (1) (ⅰ)原決定は、実質的には、福島原発事故を十分に踏まえたものとなっ ておらず、同事故後の司法の流れに逆行するものであること ア 原決定は実質的には何ら福島原発事故を直視していないこと 原決定は、一応、福島原発事故の概要を記載し、国会事故調査報告書の 指摘も挙げるなどし(7~8頁)、論旨前半部分を読む限りは、福島原発事 故を踏まえて決定を行ったかのような体裁を整えている。 しかしながら、前記2で述べたとおり、原決定は、論旨後半部分におい て、論旨前半部分を反故にし、原子力規制委員会が法令上の根拠に基づか ずに定め、恣意性や不確定性など、基準とするためには必ず克服しなけれ ばならない問題を抱えたままの安全目標を、原発の新規制基準の大本とさ れていると虚偽の前提を作出し、安全目標を達成すれば(あるいは、むし ろ、原決定の論理からすれば、安全目標を「設定」しさえすれば)、原発の 危険性は社会通念上無視し得るし、安全目標を踏まえて新規制基準が策定 されているから新規制基準は不合理ではないなどという、到底、安全側に - 14 - 立ったとは考えられない考え方を持ち出してきている。 このことは、原決定が、実質的には、何ら福島原発事故を直視していな いことの表れである。 イ 福島原発事故後、同事故のような深刻な災害が二度と起こってはならな いということは、もはや厳然たる社会的合意であること 平成27年4月14日に福井地方裁判所で出された高浜原発3、4号機 差止仮処分決定(甲160。以下「高浜原発・福井地裁決定」という。)に おいては、原決定のように、安全目標に依拠した緩やかな基準を採用せず、 福島原発事故が起こるような危険が万が一にもあれば差止めを認めるべき である、との基準が用いられていたところ、このような厳格な判断を行っ た高浜原発・福井地裁決定について、NNNが平成27年4月17日から 19日に行った世論調査によれば、これを支持すると回答した人が実に6 5.7%に達し、支持しないと回答した22.5%を大幅に上回った(甲 164)。 また、前述のとおり、田中俊一規制委員会委員長も、 「やはり福島の事故 が少し皆さんの、我々もそうかもしれないけれども、一般の国民から見る と一つの尺度になっていますね。」と述べており(甲162。「平成25年 3月27日原子力規制委員会記者会見録」3~4頁)、規制委員会ですら、 福島原発事故が起こらないようにする、ということが尺度となることを指 摘している。 これらの事実に照らせば、原発事故による人権侵害は、戦争と比肩し得 るほどのものであり、福島原発事故後、同事故のような深刻な災害が二度 と起こってはならない、ということは、もはや厳然たる社会的合意である。 ウ 福島原発事故のような深刻な災害が二度と起こってはならない、そうい う厳格な基準でなければ再稼働は許さないというのが、福島原発事故後の 司法の流れであること - 15 - 同事故後、唯一の地裁判決である平成26年5月21日の大飯原発・福 井地裁判決(甲10)が、「社会通念上無視し得るか否か」を基準とせず、 「福島原発事故のような深刻な災害が起こる具体的危険が万が一にもあれ ば差止めが認められるべき」との基準を定立したことは、まさに上述の社 会的合意を踏まえたものであり、同事故後の妥当な司法判断のあり方であ る。 その後、平成26年11月27日の大飯、高浜原発に関する大津地裁決 定(甲107)においても、基準地震動について平均像を基にして策定す ることにどのような合理性があるのか説明がされておらず、田中俊一規制 委員長が、安全だとは言わないなどと発言し、避難計画等について何ら策 定されていない状況下で、原子力規制委員会がいたずらに早急に新規制基 準に適合すると判断して再稼働を容認するとは到底考え難い、と判示して、 基準が不合理であることが示唆されている。 そして、平成27年4月14日の高浜原発・福井地裁決定(甲160) において、新規制基準は緩やかにすぎ、合理性を欠く、と明確に指摘され たのである。 これらの司法判断は、いずれも福島原発事故の重大さ、深刻さを率直に 見つめ、その被害の甚大さに思いを致し、同事故のような深刻な災害が二 度と起こってはならない、そういう厳格な基準でなければ再稼働は許さな い、という社会的合意に立脚して判断されたものであり、これが福島原発 事故後の司法の流れであった。 エ 福島原発事故以前よりさらに退化した行政追随の判断枠組みを使用し ている原決定は同事故後の司法の流れに逆行するものであること そうであるにもかかわらず、原決定は、この流れに逆行し、福島原発事 故を直視せず、原発の危険性が「社会通念上無視し得るか」という福島原 発事故以前の、同事故を招くことになった不合理な用語を安易に使用して - 16 - いる。 原決定は、それに加え、 「新規制基準は安全目標を踏まえている」という、 事実に反して作り出した認定をし、新規制基準の不合理性審査については、 「安全目標に照らして判断する」という、はじめに結論ありきの循環論法 (トートロジー)まで持ち出して、実質的には何の判断もしないに等しい 判断方法を採用している。すなわち、原決定は、福島原発事故以前よりさ らに退化した行政追随の判断枠組みを使用している。 このような枠組みを用いて原発の安全性を判断することは、福島原発事 故を踏まえていないだけにとどまらず、原発事故による甚大な被害の認識 及び通常備えるべき想像力を完全に欠いており、同事故により故郷を奪わ れ、今も避難生活を余儀なくされている被災者の方々の心情を踏みにじり、 二次被害を与えるものである、とすらいい得る。 このような裁判の基礎となる社会的共感を全く欠いた判断は断じて容認 されない。 (2) (ⅱ)「社会通念」は基準として曖昧であり、これを基準とすることは不 適切であること ア 福島原発事故後の原発訴訟等の審理における判断枠組みとして、「社会 通念」という曖昧な概念を持ち出すことは極めて不合理であること 次に、福島原発事故後の原発訴訟等の審理における判断枠組みとして、 「社会通念」という曖昧な概念を持ち出すことは、極めて不合理である。 もちろん、抗告人らも、社会通念に反するような判断枠組みを用いるべ きだ、などと主張するものではない。福島原発事故による甚大な被害を踏 まえて、 「人権侵害の可能性に照らして、社会的に何が許容できるのか」が 裁判で問われていると考えている。 しかし、判断枠組みとして、 「社会通念上無視し得るか否か」という曖昧 - 17 - な基準を持ち出すことは、判断者の恣意を認めることにつながりかねない、 という危険性を持つ。 そして、そのような危険性が、まさに最も不適切な形で表出してしまっ たのが、原決定である。 イ 原決定の「安全目標が達成された場合は重大事故の危険性が社会通念上 無視し得る程度に小さなものに保つことが出来る」という判断の誤り 原決定は、「社会通念」という用語について、「本件仮処分決定において は、原子力規制委員会が定めた安全目標が達成される場合には、健康被害 につながる程度の放射性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を 社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことができ、そのレベルの 安全性が達成された場合には、絶対的安全性が確保されたとはいえない場 合であっても、周辺住民の生命、身体等の人格的利益の侵害又はそのおそ れがあるとは認められないことを前提とした判断をしたものである」とい う使い方をしている(198頁11行目以下)。 しかし、前述したとおり、安全目標は新規制基準骨子案がパブリックコ メントにかけられた後に漸く議題にされたものであり、新規制基準の内容 にはなっておらず、安全目標を達成することは制度となっていない。 従って、 「安全目標が達成された場合」は規制として存在しないのである から、 「安全目標が達成された場合は重大事故の危険性が社会通念上無視し 得る程度に小さなものに保つことが出来る」という原決定は、規制基準の 不合理性や適合性審査の過誤・欠落を判断しているのではなく、原子力規 制委員会が定めた「安全目標」ならば、重大事故発生の危険性を社会通念 上無視し得る程度に小さく保つと考えられる、と言っているだけに過ぎな い。 ウ 原決定が「その評価において主観性や恣意性が介在する余地があるなど 方法論上の検討課題が残されて」おり、「不確定な要素が含まれている」 - 18 - と認める安全目標は、「社会通念上無視し得る」という判断をするほどの 信用性を備えていないこと しかも、「安全目標」には、「その評価において主観性や恣意性が介在す る余地があるなど方法論上の検討課題が残されて」おり(85頁)、「不確 定な要素が含まれている」 (198頁)のであるから、原子力規制委員会が 定めた「安全目標」の数値はそれらの問題を含んだ数値であり、 「社会通念 上無視し得る」という判断をするほどの信用性を備えていない。 原決定は、信用性に問題がある原子力規制委員会が定めた「安全目標」 を持ち出し、その「安全目標」によって基準が策定されておらず、適合性 審査もされていないにもかかわらず、安全目標が達成される場合には、重 大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つこと ができる、という独自の評価をしたうえで、 「安全目標に照らして、新規制 基準に不合理な点があるか、あるいは、適合性審査の調査審議及び判断過 程が厳格かつ適正にされたものといえるか」という判断枠組みを用いてい る。 しかも、原決定は、 「新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この安 全目標を踏まえたものであると解される」 (86頁20行目以下)という判 断も加えているから、何ら具体的判断をすることなく、 「新規制基準は安全 目標に照らして不合理な点はない」という結論が導かれている。 結局、原決定は、この循環論法によって、何ら具体的な判断をすること なく、新規制基準が社会通念上無視しうる程度に危険を小さく保つという 結論を導き出しており、行政の判断を無批判に認めるために、 「社会通念上 無視し得る」という用語を使用している。 このように、 「社会通念」という文言は、判断者が、恣意的な結論の修飾 語に使用できるものであり、原発の安全性・危険性を判断する基準として は極めて不適切というほかない。 - 19 - エ 「福島原発事故のような深刻な災害が起こる具体的危険性が万が一にも あるか否か」という判断枠組みを用いることこそが、真の意味で社会通念 に合致するものであること それよりも、福島原発事故以降、同事故のような深刻な災害は、二度と 起こしてはならない、万が一にも起こしてはならない、ということこそ、 日本全国、誰も否定しようのない社会通念、社会的合意なのであるから、 「同事故のような深刻な災害が起こる具体的危険性が万が一にもあるか否 か」という判断枠組みを用いることこそが、真の意味で社会通念に合致す るものといえる。 このような基準を採用せず、曖昧不明確な「社会通念」を基準として持 ち出すことは、 「経済のためなら、福島原発事故は起こってもよいのだ」と いう、あり得ない結論を導き出すことも可能にする。 経済的自由に優越する人格権の侵害が問題となる原発差止訴訟において、 司法は、このような判断は絶対に取れないはずである(なお、原発は経済 的にみても決して他の発電方法に優越するものではない。福島原発事故の 被害者に対し、完全な損害賠償どころか、極めて不十分な損害賠償しかで きていない現状において、そのコストを無視して、原発は経済的であるな どというのは、荒唐無稽である。)。 (3) (ⅲ)従来「社会通念」を基準として判断した裁判官自身が、福島原発事 故後は反省を述べるなどしており、その意味でも、原決定の基準は用いられ るべきではないこと ア 「社会観念」という基準を原発裁判において最初に用いた裁判長が、福 島原発事故の後、この基準を用いたことを反省していること そもそも、福島原発事故以前において、「社会通念」を基準として判断 をしてきた裁判官自身が、福島原発事故の後には、自らが用いた右基準に - 20 - 対する痛切な反省を述べており、より厳格な基準が用いられる可能性を指 摘している。 すなわち、仙台地裁において、女川原発1号機・2号機訴訟の裁判長を つとめた塚原朋一氏は、原発の危険性は、 「社会観念上無視しうる程度に小 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 さい」と認定したことについて、 「これについては、いま、反省する気持ち 、、、、、 があります。わたしは裁判長をしていたとき、 『何で住民はそんなことを恐 れているんだ?』 『気にするのはおかしいだろう』と思っていました。その 程度だったらいいじゃないかと考え、 『無視しうる程度』という表現に至っ たのです」と述べている(甲165・50頁。磯村健太郎ほか「原発と裁 判官 司法はなぜ『メルトダウン』を許したのか」朝日新聞出版、201 3年)。 女川原発1号機・2号機訴訟は、原発差止裁判において「社会観念」と いう文言が用いられた最初の裁判であり、同判決以降、原発差止裁判にお いては、 「社会観念」あるいはこれと同義の「社会通念」という文言が基準 として定着したが、これを最初に用いた裁判長が、福島原発事故の後、こ の基準を用いたことを反省しているのである。 従って、同事故の後において、この基準を用いることが不合理であるこ とは明白である。 イ 福島原発事故以前に裁判長をつとめた鬼頭季郞氏及び海保寛氏の指摘 また、東京高裁において、福島第二原発3号機訴訟の裁判長をつとめた 鬼頭季郞氏は、「これまでは原告に『具体的・現実的危険』があることを 立証するよう求められていたため、勝つことはなかなか難しかった。しか 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 し今後は『具体的かつ想定可能な範囲の危険』があることを立証できれば 、、 よいという、ゆるやかな基準になることも考えられます」という指摘をさ れている(甲165・73頁)。 同様に、大阪地裁において、高浜原発2号機訴訟の裁判長をつとめた海 - 21 - 保寛氏も、「福島の事故を見た後の原発訴訟では、これまで想定しにくか ったこと、あるいは想定したくなかったことまで考えざるを得なくなるで しょう。それと同時に、差し止め請求の場合の『危険の切迫』という要件 、、、、、、、、、、、、、、、、 も、従来のようなメルトダウンに至る切迫した『具体的危険』という厳格 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 なものではなく、もっとゆるやかなものになっていくと思います」という 指摘をされている(甲165・33~34頁)。 ウ 「社会通念上無視し得るか」という曖昧な判断枠組みは、福島原発事故 後は許されないこと これらの証言は、いずれも、前述したような、大飯原発・福井地裁判決 に代表される福島原発事故後の司法の流れと軌を一にするものといえる。 このような指摘からしても、「社会通念上無視し得るか」という、曖昧 な判断枠組みは、福島原発事故後は許されず、社会的合意を前提とした「福 島原発事故のような深刻な災害が起こる具体的危険が万が一にもあるか」 という明確な枠組みが用いられるべきである。 (4) 小括 以上のとおり、原決定は、 「社会通念」という曖昧不明確で、福島原発事故 後は不適切となった基準を使用しており、実質的には、福島原発事故の重大 さ、深刻さを十分に踏まえたものとはなっておらず、同事故後の司法の流れ に完全に逆行するものである。 このような原決定の判断枠組みは、福島原発事故後の原発訴訟等の審理と しては、極めて不適切であり、旧態依然、時代錯誤といわざるを得ない。 4 原決定は、③伊方最高裁判決の趣旨に照らしても誤りであること (1) 福島原発事故以前の差止訴訟の判断 福島原発事故以前の同種の民事差止訴訟では、裁判所が、原発の運転にと - 22 - もなう安全確保という複雑で高度に専門的な問題について、裁判所としての 判断を避けて、行政の裁量に追従する傾向があった。 原決定は、かつてない福島原発事故を経験した現在の時点において、 「安全 神話」のただ中において形成された古めかしい上記傾向に沿ったものといえ る。 これは、抗告人らが原審における平成26年10月21日付け準備書面1 3において述べたとおり、平成4年10月29日伊方最高裁判決において、 当時の原子炉等規制法23条や24条が行政庁に設置許可を行わせるよう定 めた趣旨について、原子炉等による深刻な「災害が万が一にも起こらないよ うにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右 技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につ き、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにある」と判 示したこと、その審査は、 「専門技術的知見を尊重して内閣総理大臣の合理的 判断に委ねる」と判示したことを踏まえたものであると考えられる。 行政庁には一定の裁量が認められることから、民事差止訴訟においても、 裁判所としての判断を避け、行政の判断を尊重する、という判断が行われて きたものと考えられるのである。 (2) 裁量権の範囲は極めて限定的であること しかし、このような理解には、2つの点で問題点が存在する。 第1に、伊方最高裁判決が意図している裁量というのは、政治的、政策的 裁量とは異なり、極めて限定的なものであるという点である。 実際、伊方最高裁判決では、 「専門技術的裁量」という文言は一切出てこな い。 この理由について、右判決の調査官解説は、 「本判決が、殊更に『専門技術 的裁量』という用語を用いなかったのは、…(略)…下級審裁判例にいう『専 - 23 - 門技術的裁量』が、安全審査における具体的審査基準の策定及び処分要件の 、、、、、、、、、、、、、、、、、 認定判断の過程における裁量であって、一般にいわれる『裁量』 (政治的、政 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 策的裁量)とは、その内容、裁量が認められる事項・範囲が相当異なるもの 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 であることから、政治的、政策的裁量と同様の広汎な裁量を認めたものと誤 、、、、、、、、、、、、 解されることを避けるためであろう」と述べている。 そして、伊方最高裁判決が、法の趣旨について、行政庁に「十分な審査を 行わせる」ことにあるとしたのは、あくまでも原子炉等による深刻な「災害 が万が一にも起こらないようにするため」であると述べていることに照らせ ば、仮に行政庁の判断に一定の裁量権が認められるとしても、それは「万が 一にも災害が起こらないようにする」という観点から厳しく統制されるべき ものであり、裁量の範囲は極めて限定的であると解するのが、同判決の正し い理解というべきである。 その意味からすれば、大飯原発・福井地裁判決(甲10)が、 「具体的危険 性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である」と述べ、 高浜原発・福井地裁決定(甲160)が、伊方最高裁判決を参照して、 「新規 制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な 災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備え ていることであると解すべきことになる」と述べたのは、まさに、この伊方 最高裁判決の正しい理解を前提として、 「司法は、行政庁が、真に『災害が万 が一にも起こらないようにする』という観点から審査を行ったのか、につい て、厳格に審査をする」という姿勢を示したものであり、極めて妥当な判断 であるといえる。 このように、大飯原発・福井地裁判決(甲10)及び高浜原発・福井地裁決 定(甲160)は、これまでの原発訴訟よりも伊方最高裁判決の趣旨を正し く汲み取った判決なのである。 - 24 - 5 原決定は、④各論における具体的な当てはめも不合理であること これまで述べてきたとおり、原決定は、最新の科学的知見及び安全目標に照 らして、新規制基準に不合理な点があり、あるいは、新規制基準適合性判断が 厳格かつ適正にされておらず、その判断に看過し難い過誤、欠落があって不合 理な点があると認められる場合には、人格権侵害の具体的危険性が認められる との基準を用いている(86~87頁)。 そして、論旨前半部分では、原発の安全性は「十分に確保」されるべきであ り(82頁)、新規制基準は「十分な合理性が担保されたものでなければなら」 ず(83頁)、新規制基準への適合性も「厳格かつ適正に行われる必要があ」り (83頁)、「より安全側に立った判断が望まれることは明らか」であると述べ ているのであるから(84頁)、各問題点(争点)についての上記基準への当て はめにおいては、当然、そのような観点から当てはめがされなければならない はずである。 しかし、原決定は、各論(各争点)において、極めて不十分な当てはめしか できていない。 詳細は第3以下において個別に述べるとして、ここでは、いくつかの例を指 摘しておく。 (1) 地震動に関する新規制基準の合理性について ア 「明らかに不合理な点は見出せ」ないという認定が、何の根拠も示され ないまま、次の段落では、「その内容に不合理な点はうかがわれない」と いう認定へとすり替わっていること 原決定は、地震動に関する新規制基準の合理性についての評価として、 、、、、、、、、、、、、、 、、 「その内容をみても明らかに不合理な点は見出せ」ない(126頁13行 目)と、 「明らかに不合理な点があるか」否かという極めて緩やかな当ては めしかしていない。 - 25 - また、その次の「安全目標を踏まえて策定されたものと解される」 (12 6頁14行目)との記載も、循環論法(トートロジー)であり、内容に踏 み込んで判断したものではない(そもそも、確率論的安全性評価の手法に 問題があることからすれば、そのような判断自体意味があるとは到底認め られない。)。 ところが、原決定は、直ぐ次の段落では、突如として、 「これらによれば、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 新規制基準は、福島第一原発における事故の経験等をも考慮した最新の科 、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 学的知見及び安全目標に照らし、その内容に不合理な点はうかがわれない」 (126頁15行目以下)とされており、「明らかに不合理な点は見出せ」 ないという認定が、何の根拠も示されないまま、 「その内容に不合理な点は うかがわれない」という認定へとすり替わっているのである。 そもそも、原決定は、新規制基準の合理性については、 「十分な合理性が 担保されたものでなければならな」い(83頁18行目以下)としている にもかかわらず、その当てはめは全くなされていない。 このように、一方で、新規制基準については、 「十分な合理性が担保され たものでなければならな」いと述べているにもかかわらず、その当てはめ は全くしないまま、他方で、新規制基準には「明らかに不合理な点は見出 せ」ないという認定が、何の根拠も示されないまま、 「その内容に不合理な 点はうかがわれない」という認定へとすり替わっていることは、法的三段 論法として極めて不十分である(そもそも法的三段論法とは言えない)こ とは明白であり、結論に影響を及ぼす極めて重大かつ明白な誤りであると いえる。 イ 「専門家の異論」が残っているにもかかわらず、かかる異論を不合理な ものと断じる具体的・積極的理由が原決定には全く示されていないこと また、原決定は、「震源を特定せず策定する地震動」について、「専門家 の異論が残っているとしても、これらをもって新規制基準の内容に不合理 - 26 - な点があるということにはならない」と認定する(127頁2行目以下)。 しかし、 「専門家の異論」が残っており、しかも、かかる異論を不合理な ものと断じる具体的・積極的理由が全く示されていない以上、少なくとも、 原決定が論旨前半部分で述べていたような、新規制基準は「十分な合理性 が担保され」ているという認定はできないし、実際に、そのような認定も なされていない。 この意味で、原決定の当てはめは、極めて不十分であるとの誹りを免れ ない。 ウ 新規制基準は、原決定自身が定立している「十分な合理性が担保され」 たものとはいえず、適切な当てはめとなっていないこと 実質的に見ても、極めて危険な原発の再稼働問題において、一応の科学 的合理性を有するような「専門家の異論」がある場合には、これについて、 原発推進側が十分に保守的な反論ができない限り、 「新規制基準は十分な合 理性が担保されている」とは、到底、いえないはずである。 実際、ドイツでは、 「危険及びリスクは、…(略)…事実上排除されてい なければならない。その判断は、 『科学と技術の水準』によらなければなら ない。リスクの調査及び評価における不確実性は、そこから生ずる疑念の 程度に応じて、十分に保守的な考察によって対応しなければならない。そ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 の場合、行政庁は、 『通説』に依拠するのではなく、代替可能なすべての学 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 問上の見解を考察の対象としなければならない」と判断されている(ヴィ ール判決。1985年12月19日BVerwGE72、300。甲78・ 33頁)。 これが科学の不確実性を適切に考慮したうえで安全側に立った審査の在 り方であり、原子炉災害による広汎かつ甚大な人格権侵害を未然に防ぐた めに、司法がよらなければならない判断の在り方である。 そうであるならば、本件においても、専門家の異論が残っている以上、 - 27 - これを十分に吟味し、保守的な考察によって対応したことが具体的に認定 できない以上、新規制基準は、原決定自身が定立している「十分な合理性 が担保され」たものとはいえず、適切な当てはめとなっていない。 (2) 火山事象に関する新規制基準の合理性について 原決定は、火山事象に関する新規制基準の合理性についての評価として、 上記(1)でみた地震動に関する評価と全く同じ、極めて不十分な当てはめしか 行っていない。 、、、、、、、、、、、、 すなわち、原決定は、まず、 「その内容をみても明らかに不合理な点は見出 、 、、 せ」ない(176頁2行目)と、 「明らかに不合理な点があるか」否かという 極めて緩やかな当てはめをしたうえで、何の根拠も示されないまま、 「これら 、、、、、、、、、、、、、、、 によれば、新規制基準及び火山ガイドは、福島第一原発における事故の経験 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、 等をも考慮した最新の科学的知見及び安全目標に照らし、その内容に不合理 、、、、、、、、、、 な点はうかがわれない」と認定している(176頁5行目以下)。 ここでも、 「明らかに不合理な点は見出せ」ないという認定が、何の根拠も 示されないまま、突如として、 「不合理な点はうかがわれない」という認定へ とすり替わっているのである。 上記(1)でみた地震動に関する評価と同様、本来であれば、新規制基準は「十 分な合理性が担保されたものでなければならな」いはずであるが(83頁)、 その当てはめは全くできていない。 これは、結論に影響を及ぼす極めて重大かつ明白な誤りである。 (3) 火山事象に関する基準適合性判断の合理性について 次に、原決定は、火山事象に関する基準適合性判断の合理性について、 「特 に、Nagaoka(1988)の噴火ステージ論及びDruitt et al. (2012)のミノア噴火に関する知見をあたかも一般理論のように依 - 28 - 拠していることに対しては、強い批判もみられるが、これらの知見もマグマ 溜まりの状況等その他の知見や調査結果と総合考慮されるものであるから、 上記批判が一部妥当するとしても債務者及び原子力規制委員会の判断全体が 不合理なものとまで認めることはできない」としている(180頁9行目以 下)。 原決定自身が定立した論旨前半部分の基準によれば、新規制基準適合性判 、、、、、、、、、、、、、、、 、 断については、 「厳格かつ適正に行われる必要があ」るはずだが(83頁18 行目以下)、原決定は、上述のように、一部に不合理な点がある(「上記批判 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 が一部妥当する」)としても、「判断全体が不合理なものとまで認めることは 、、、、 できない」という極めて緩やかな当てはめしか行っていない点で(しかも、 その根拠たる「総合考慮」の内容については何の判断もしていない。)、極め て不十分な当てはめであるといえる。 到底、「より安全側に立った判断」(84頁15行目以下)であるともいえ ない。 (4) 避難計画等の合理性及び実効性について 原決定は、避難計画等については、その合理性、実効性について、 「現時点 、、、、、、、、、、 において一応の合理性、実効性を備えているものと認めるのが相当である」 という極めて緩やかな認定を行っている(192頁9行目以下)。 抗告人らが主張している、①要援護者の避難対策の不備、②風向きによる 放射性物質拡散についても、 「一応の合理性、実効性を備えているとの認定を 直ちに左右するものではない」 (195頁、196頁)などとして、極めて形 式的に退けている。 しかし、原決定が論旨前半部分で示した規範によれば、原子炉施設の安全 性は「十分に確保」されなければならないはずであり(82頁12行目以下)、 また、原子炉施設の設置、運転に際しては、 「より安全側に立った判断が望ま - 29 - れるのは明らか」だったはずである(84頁15行目以下)。 そうであるにもかかわらず、 「一応の合理性、実効性」などという緩やかな 認定しかしていない原決定は、その当てはめにおいて極めて不十分であると いわざるを得ない。 (5) 安全目標への当てはめがなされていないこと(本件原発が安全目標を達成 しているとは確認されていないこと) 前記2で述べたとおり、事故時におけるセシウム137の放出量が100 TBqを超えるような事故の発生頻度を10 -5/年程度を超えないように 抑制するという「安全目標が達成される場合には、健康被害につながる程度 の放射性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し 得る程度に小さなものに保つことができると解するのが相当である」とする 原決定の判断枠組み(84頁~85頁)が不当であることは明らかであるが、 原決定は、自ら規範定立したはずの当該安全目標への当てはめを全く行って いない。 かろうじて当てはめらしきものを行っているのが、地震動に関する新規制 基準の合理性に関する下記判示である。 「本件原子炉施設については、確率論的安全評価によってどこまで適正に 安全性を評価することができるかという点で一定の限界があるもののそ の評価手法に基づいて算定された基準地震動Ssの年超過確率が10 -4 /年~10-5/年程度とされていること、耐震安全上の余裕の確保、多重 防護の考え方に基づく安全確保対策、福島第一原発事故における事故を踏 まえた重大事故対策等が実施された結果、厳しい重大事故を想定しても環 境に放出されるセシウム137の放出量が7日間で約5.6TBq(事故 後100日間で約6.3TBq)にとどまることなどを考えると、安全目 - 30 - 標が求める安全性の値を考慮しても、本件原子炉施設に係る基準地震動S sの策定及び耐震安全性の評価に不合理な点があるとは認められない。」 (157頁~158頁)。 前段の基準地震動Ssの年超過確率の不合理性については後述するが、後 段の「厳しい重大事故を想定しても環境に放出されるセシウム137の放出 量が7日間で約5.6TBq(事故後100日間で約6.3TBq)にとど まる」というのは、代替格納容器スプレイが作動するなどの仮定に基づくシ ミュレーション結果にすぎない(乙44・172頁)。 これは、いわば決定論的な評価であり、安全目標における確率論的影響評 価とは明らかに異なるものである。 このような決定論的な評価をもって、あたかも安全目標を達成しているか のような判断を行っていることは、原決定が、安全目標という概念を正しく 理解していないことの証左である。 安全目標への当てはめに関して、田中俊一原子力規制委員会委員長は、原 決定が出た後の記者会見において、次のように述べていた。 「記者:安全目標の考え方では事故時のセシウム137の放出量の100 TBqを超えるような事故の発生頻度は100万炉年に1回程度 を超えないように抑制されるべきであるとお示しになりました。こ のような事故の発生頻度、100万炉年に1回ということについて 川内原発の適合性審査の中では確認されたのでしょうか。 田中委員長:確認しました。」 しかしながら、上記田中委員長の「確認しました」との発言は誤りである ことを原子力規制委員会自身が認め、右記者会見の後すぐに、次のように、 - 31 - 本件原発が安全目標を達成しているとは確認されていないことを明らかにし た(甲166。「4月22日(水)田中原子力規制委員長会見訂正資料」) 。 「しかしながら、様々な重大事故を想定した、最も厳しいケースにおける セシウム137の放出量については審査の中で確認しておりますが、セシ ウム137が放出されるような事故の発生頻度については、今後事業者が 評価し、その報告を受ける予定であり、今般の審査においては直接確認し ていませんので、上記発言について訂正します。」。 このように、本件原発が安全目標を達成しているとは認められないことは 明らかであり、原決定の判断枠組み(84頁~85頁)に沿って判断したと しても、本件原発の具体的危険性を否定することはできない。 なお、田中委員長の「確認しました」との上記発言は、故意による虚偽の 発言であるのか、それとも、決定論的評価と確率論的評価の区別がついてい ないが故の発言であるのかは定かでないが、いずれにしても、原子力規制委 員会の資質が問われる問題発言であることは確かである。 (6) 小括 以上のとおり、原決定は、自らが定立した規範について、全く不十分な当 てはめしかしておらず、審理不尽というほかない。 6 ⑤判示事項2は、伊方最高裁判決の趣旨に照らして、誤りであること (1) 立証責任に関する伊方最高裁判決の内容 原決定の判示事項2は、伊方最高裁判決の趣旨に照らしても不合理である。 伊方最高裁判決は、 「被告行政庁がした判断に不合理な点があること」の主 張立証責任の所在について、本来、原告が負うべきものであるが、 「当該原子 - 32 - 炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していること などの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず…(略)…被告行政 庁の判断に不合理な点がないことを相当の根拠、資料に基づき立証する必要 、、、、、、、、、、、、、 があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がし た右判断に不合理な点があることが事実上推認される」と判示している。 この伊方最高裁判決の趣旨は、女川一審判決以下の民事訴訟において矮小 化されて採用されることになってしまった。 以下、伊方最高裁判決の趣旨を整理する。 (2) 立証責任に関する伊方最高裁判決の趣旨 伊方最高裁判決の趣旨については、第57回人権擁護大会シンポジウム第 1分科会基調報告書において、解説が加えられている(甲78・22頁~2 4頁)。 伊方最高裁判決によれば、要証事実である「被告行政庁がした判断に不合 理な点があること」 (A)については、本来的に原告に主張、立証責任がある が、他方、被告において、本来の要証事実を180度裏返した事実、すなわ ち「被告行政庁がした判断に不合理な点がないこと」(-A)について主張、 立証する必要があり、これを「尽くさない」場合、すなわち、真偽不明を超 えて裁判官に確信を抱かせることができない場合は、要証事実があることが 推認される、というのである。 ここで、 「推認」という概念を使用しているので、推認が「破れる」ことが あり得るように受け止める向きがあるかもしれない。 しかし、ここにいう「推認」の概念は、通常の「事実上の推定」とは全く 異なる概念であることに留意する必要がある。 例えば、要証事実Aの立証責任を負担する当事者が、間接事実a、b、c を立証したことによって要証事実Aが推定される場合、相手方は間接反証d - 33 - を立証することによって推定を破ることができる。 しかし、本件の場合は、本来的な立証責任を負担する原告の立証活動では なく、被告の立証活動によって原告の要証事実を推認するのであるから、被 告の立証活動の総体的評価(被告が右主張、立証を尽くさなかったという評 価)の結果要証事実が推認されたのに、なおこれが破れるという事態は想定 できない。 なぜなら、被告の立証活動の総体的評価によって原告の要証事実が推認さ れるのに、それが原告の立証活動によって「破れる」ことは有り得ないし、 被告の立証活動は、上記相対的評価によって評価され尽くしているから、そ れ以外の立証活動によって「推認が破れる」ことも想定できないのである。 そうすると、上記判示に従うと、原子炉設置許可処分取消訴訟は、被告行 政庁が「被告行政庁の判断に不合理な点がないこと」を立証できたか否かに ついて攻防が行われ、立証できれば原告の請求は棄却され、立証できなけれ ば認容されるという、立証責任論から見れば、単純な構造で訴訟が追行され ることになるというのが論理的帰結であり、これによって、立証責任は事実 上転換されたと解するべきなのである。 (3) 調査官解説によるミスリード(誤導) ところで、この点について、調査官解説は、上記伊方最高裁判決の趣旨に そぐわないと思われる解説をしている。 すなわち、調査官は、立証責任論について、 「本判決は…(略)…下級審裁 判例の見解と基本的には同様の見地に立って判示した」と述べたうえ、下級 審裁判例の見解を、 「まず、被告行政庁の側において、その裁量的判断に不合 理な点がないこと、すなわち、その依拠した具体的審査基準及び当該原子炉 、、、、、、、、、、、 施設が右の具体的審査基準に適合するとした判断に一応の合理性があること を…(略)…主張立証する必要があ」る、とまとめ、 「不合理な点がないこと」 - 34 - を「一応の合理性があること」に言い換えた(調査官解説426~427頁)。 すなわち、被告が主張立証すべき対象事実のレベルを下げ、これを要証事 実「-A」ではなく、あたかも間接事実「-a」であるかのように言い換え たのである。 最高裁調査官の上記解説に従えば、被告行政庁が、その判断に「不合理な 点がないこと」を主張立証したとしても、それは、 「一応の合理性があること」 を主張、立証したにすぎないから、それだけでは訴訟の決着はつかず、原告 側が、 「一応の合理性はあっても真の合理性はないこと」の主張立証に成功す れば請求認容判決が出るし、失敗すれば、請求棄却判決が出ることになる。 その場合、真偽不明の負担は原告側が負うことになり、立証責任は、原告 側が負担することになるのである。 調査官解説は、最高裁判決の趣旨を正しく理解したいと考える現場の裁判 官に対し大きな影響力を持っていたし、実際、女川一審判決以下の民事訴訟 においては、この調査官解説による誤導に基づいた判断がされていると考え られる。 調査官の上記理解は、判文に存在しない「一応の合理性」などという概念 、、 を持ち出した点において相当ではないし、 「被告行政庁が右主張、立証を尽く 、、、 さない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上 推認される」とした伊方最高裁判決の趣旨にも沿わないというべきである。 (4) 原決定も、まさに調査官による誤導に乗ってしまっていること 原決定も、まさに、この伊方最高裁判決の調査官による誤導に乗ってしま っている。 まして、原決定は、原発の安全性について、万一にも事故が起こらないよ うに「十分に確保」するとか、新規制基準について「十分な合理性が担保さ れ」るようにするとか、適合性審査も「厳格かつ適正に行」うとか、 「より安 - 35 - 全側に立った判断」としているのであるから、債務者の疎明すべき内容は、 「万が一にも原発事故が起こらないようにするという観点に照らして不合理 な点がないこと」となるほかない。 そうであるならば、その疎明が真に尽くされたのであれば、それ以上に債 権者らが原発の安全性に欠ける点があることを疎明することは、論理的に不 可能なはずである。 判示事項2は、結局、債務者の疎明すべき安全性のハードルを下げ、債権 者らに原発の危険性を厳格に疎明させるという仕方で判断するものであり、 伊方最高裁判決の趣旨に反するし、それは、要するに、真偽不明、すなわち、 原発が安全か危険かは分からない状態であっても、原発の運転を許す、とい う意味において、極めて緩やかで、福島原発事故の反省が全く生かされてい ないものというほかない。 7 まとめ 以上述べてきたとおり、原決定が採用する判断枠組みは、論理面でも、実態 面でも、全く正当性を欠くものである。 また、原決定は、新規制基準の内容は当然に安全目標を踏まえたものである としながら、安全目標に照らして新規制基準が不合理かどうかを判断するとい う、循環論法(トートロジー)に陥っている。 このような循環論法を用いれば、新規制基準の内容が安全目標に照らして不 合理でないことは当然であり、はじめから結論ありきで用いられた論理という ほかない。 さらに、原決定は、当てはめにおいても極めて不十分な当てはめしかしてお らず、法的三段論法を全く踏まえていないものと言わざるを得ない。 原決定は、本件原子炉施設の安全性について、 「不合理ではない」と繰り返し 述べながらも、その実、本件原子炉施設が安全かどうか、全く確信を持ててい - 36 - ない。 それは、原決定末尾の結論部分において、端的に現れている。 原決定は、本件仮処分決定は、安全目標が達成されれば原発の危険性を社会 通念上無視し得る程度に小さなものに保つことができることを前提に判断をし た、などと、言い訳を述べているのである(198頁11行目以下)。 そして、自然現象が十分に解明されていないことや、電力会社や原子力規制 委員会が前提としている自然現象に対する理解が実態とかい離している可能性 がないとは言えないとか、安全目標の前提となる確率論的安全評価の手法に不 確実な要素が含まれていることは否定できないなどと、自らがその判断の拠り どころとしたはずの事実について、これを否定するかのような指摘をしている (198頁17行目以下)。 そのうえで、今後、更に厳しい安全を求める社会的合意が形成されたと認め られる場合においては、そうした安全性のレベルを基に判断すべきこととなる、 と、わざわざ言い訳をしているのである(198頁22行目以下)。 しかし、本論中で述べたとおり、既に厳格な安全性を求める社会的合意は形 成されているのである。 司法には、国民の後押しがあることを認識していただき、勇気を持って判断 をされることを強く求める。 - 37 - 第3編 1 争点2(地震に起因する人格権侵害又はそのおそれの有無)に関する反論 応答スペクトルに基づく手法についての原決定の判示について (1) 原決定は松田式の適用に伴う誤差について判断を遺漏していること ア はじめに 原決定には、抗告人らと被抗告人の間で厳しく争われ、判断を付すべき点 について、具体的な判断を遺漏している点が多々あり、これらの点について 判断を全くなさないままに新規制基準の合理性を肯定することは許されな い。 特に、原決定が松田式の適用に伴う誤差の問題について判断を遺漏してい る点は、とりわけ重大な判断の遺漏といわざるを得ず、この一事をもって原 決定は破棄を免れないというべき重大な遺漏である。 イ 松田式の位置づけ 応答スペクトルに基づく手法による地震動評価(なお、かかる評 価結果 は断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を包絡していることから、 かかる評価によって「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」たる基準 地震動Ss-1が策定されていることには争いはない。)は、次頁冒頭のプ ロセスでなされる。 - 38 - プロセス① 断層位置・長さなどの各種調査 プロセス② ①での調査結果を基に ↓松田式 地震の規模(マグニチュード)の推定 プロセス③ ②で推定した地震の規模 断層と敷地との等価震源距離 ↓野田のスペクトル(耐専スペクトル) ↙ 地震動の推定 以下、本項においては、便宜上、 ⅰ 各種調査による震源断層の長さの検討を「プロセス①」、 ⅱ プロセス①にて検討した震源断層の長さを前提に松田式を用いて地震の 規模を推定することを「プロセス②」、 ⅲ プロセス②にて推定した地震の規模及び断層と敷地との等価震源距離を 前提に野田のスペクトルを用いて地震動を推定することを「プロセス③」、 と表記することがある(なお、 「応答スペクトルを用いた手法による地震動評 価」とは、厳密に言えば「プロセス③」を意味し、そのための不可欠な前提 として、プロセス①及びプロセス②がなされる。)。 このように、応答スペクトルに基づく地震動評価(すなわち、基準地震動 Ss-1の策定)は上記①~③のプロセスを経てなされるのであり、プロセ ス②はプロセス①を前提に、プロセス③はプロセス②を前提になされること からすれば、①~③のどれか一つのプロセスでも過小評価がなされれば、原 発の安全を確保するに足る基準地震動Ss-1の策定に失敗する関係にある ことは明らかである。 すなわち、仮に、万が一、上記のプロセス①及び③に不合理な点がないか - 39 - のような原決定(かかる原決定が誤りであることは、プロセス①については 後記(2)、プロセス③については後記(3)などにて述べるとおりである。)を前 提としたとしても、プロセス②の過程が適切になされていないのであれば、 基準地震動Ss-1の策定は失敗しているというほかない。 プロセス②が適切になされることは、プロセス①及びプロセス③と同様、 Ss-1の策定には必須の事柄なのである。 ウ 松田式の誤差に関する抗告人らの主張に対し、被抗告人はほとんど反論を なしていないこと (ア) 原審における抗告人らの主張 原審において、抗告人らは、 「応答スペクトルに基づく手法」の出発点は、 地震規模(マグニチュード)の想定であること、その際に用いられるのは、 松田式という、断層の長さLとマグニチュードMの関係式であること、こ の松田式は極めて誤差が大きいこと(抗告人ら準備書面6・2頁下から4 行、抗告人ら準備書面9・第2、抗告人ら準備書面11・2項など)を再 三にわたって指摘してきた(次々頁の図は、抗告人ら準備書面6・3頁に 掲載した図である。)。 そして、松田式における平均値からの最大のかい離を+2σ(同一断層 においてこれを超える規模の地震が発生する可能性が約2.3%となるこ と)だとしても、マグニチュードにて+0.8(すなわち、地震のエネル ギーにして約16倍。抗告人ら準備書面11・5頁の下図において□で囲 んだ箇所参照)程度も上回ることとなる。 ただし、あくまでも基となるデータは少なく、14個に過ぎない(甲1 68・ 「活断層から発生する地震の規模と周期について」271頁の「Table 1」において、14個の地震について掲載してある。)。 したがって、この程度のデータでは、その最大、平均からかい離する値 も、+2σに到底届かない程度でしかない可能性は高い。 - 40 - そうであれば、44個に1個がはみ出るレベルである+2σをとっても、 平均からのM(マグニチュード)のかい離は+0.8より相当大きくとる 必要が生じる。 ところで、Mが+0.8大きくなれば、この場合の短周期地震動は、平 均にして2.51倍になること(抗告人ら準備書面11の5頁の上図参照) も主張している。仮に+3σをとれば、Mはさらに大きくなり、短周期地 震動もさらに大きくなる。 なお、これは、あくまでも、断層の長さから地震の規模を平均像に基づ いて推定した場合に生じる誤差であり、次のプロセス③で地震の規模及び 断層と敷地との等価震源距離から敷地での地震動の大きさを平均像(野田 のスペクトル)に基づいて推定する場合に、さらなる誤差が生じることも、 原審の審理において、抗告人らが再三にわたって主張してきたとおりであ る。 (イ) 上記抗告人らの主張に対する被抗告人の反論及びそれに対する検討 - 41 - a 上記のとおり、松田式をもとに地震の規模を推定する際に発生する誤 差の問題に対して、被抗告人は実質的にはほとんど反論をなしていない。 b なお、この点について、被抗告人が唯一反論をしようとしているのは、 被抗告人準備書面4・28頁~30頁4行までのわずか2頁ほどの部分 である。 被抗告人は、要するに、上記図における「○」は「地表地震断層の長 さ」であり、 「●」は「震源断層の長さ」であることを摘示し、抗告人ら はそれらを「混同」 (被抗告人準備書面4・28頁下から5行)している (すなわち、 「○」については考慮すべきではない)と論難しているよう である。 しかし、被抗告人の上記主張について、上記図の「●」のみを考慮す べきとの趣旨と解したとしても、上記図の「●」についても、そもそも 事例の数が少なく(上記図において「●」は11個しかない。)、しかも、 わずか11個の「●」ですら、松田式からのばらつきが大きい。 また、そもそも、被抗告人が行っているのは、まさしく地表の断層の 長さからのマグニチュードの推定であることからすれば、むしろ「〇」 のばらつきこそ考慮すべきであり、そして、 「〇」はマグニチュードが松 田式よりも+0.8程度大きなものがあり、 「●」よりもばらつきが大き い。 このようにみると、「○」だけをみても、「●」だけをみても、ばらつ きが大きいのであり、 「混同」しているから「誤差が大きい」という主張 には根拠がないかのような論難自体、失当というほかない。被抗告人の 主張を前提としても、松田式の誤差の問題はなんら解消できていない。 この被抗告人の主張は、結局のところ、下記のとおり、もともと被抗 告人自身が松田式を用いていることを自ら批判しているともいえるし、 いずれにしても、松田式の誤差問題は、この批判では解消のしようがな - 42 - かったのである。 そこで、さしたる反論を被抗告人自身ができていなかったので、原決 定もこれを採用して抗告人らの主張を排斥する理由とはなしえなかった と推測され、だからこそ、この点の判断は示しようがなく、原決定は完 全に無視するしかなかったものと思われる。 c また、被抗告人は、「断層の長さが長いほど、松田式によるマグニチュ ードMと整合している」(被抗告人準備書面4・29頁9行)旨強弁して いる。 しかし、問題は、松田式が平均像として正しいかどうかではなく、松田 式の基となったデータのバラツキであり、松田式の誤差である。 被抗告人準備書面4・29頁にある「図15 武村(1998)による データと松田式との比較」(上図)をみても、武村の比較は、武村の示す 震源断層面の長さと地震規模(M)の平均的関係式が、同じく平均的関係 式を示す松田式と整合するというだけでしかない。 - 43 - 平均像として何が正しいかの議論は、学問としては意味があったとして も、原発の耐震設計ではさしたる意味のない議論である。 問題は、平均からの乖離がどの程度あるかであって、それについて一切 反論も言及もしようとしない被抗告人のこの議論は、抗告人らの主張とは 必ずしもかみあっていない。 また、①平均像データは、震源断層面の長さと図15に記載されている データはわずか25個のデータしかなく、②わずか25個のデータにおい ても、最大Mで+0.5(すなわち、地震のエネルギーにして約5.7倍) の誤差があり、③(原発の安全確保のうえでより肝心な)M8程度の大き な地震のデータはわずか1個しかないのであり、以上の①~③に鑑みれば、 被抗告人が引用する武村のデータによっても、単に、武村のデータに松田 式は整合して、平均像としてはおおむね正しい、とする以上の意味は持ち 得ず、松田式と整合しないデータ(松田式が導く平均の値を上回るデータ) の存在を否定できるものではなく、松田式の誤差の問題はなんら解消でき ていない。 d 以上のとおり、被抗告人準備書面4における被抗告人の(松田式の問題 についての)反論めいた議論は、なんの意味もないものである。 なお、これに対して、抗告人らは、さらに抗告人ら準備書面11・6頁 などにて反論をしているが、被抗告人としては、それ以上松田式について の主張をなしていないのである。 e 上記のとおり、松田式の誤差の問題は非常に重要な問題であり、松田式 を用いたプロセス②による地震の規模の推定が適切になされることが、S s-1の合理性を担保するために必須であるにもかかわらず、被抗告人は、 上記のとおり、ごく僅かな、しかも反論にならない無意味な主張に終始し ていることからすれば、被抗告人自身、松田式の誤差の問題については、 抗告人らの主張に対して有効な反論をなすことは無理であることを自ら - 44 - 認識しているのではないかとも考えざるを得ない。 もっとも、松田式の図を見れば、松田式の基となったデータに極めて大 きなバラツキがあること、したがって、松田式が極めて大きな誤差を内包 していることは、一見して明らかであって、そのこと自体を否定しようと しても不可能であり、だからこそ、被抗告人は、あたかも「反論」してい るかのように見せかけるだけの、 「反論にならない無意味な主張」をしたも のと解される。 f そして、松田式の誤差の問題(すなわち、プロセス②における問題)に ついて、被抗告人の具体的主張があまりに乏しいため、Ss-1の合理性 に直結する極めて重大な問題であるにもかかわらず、原決定は、松田式に ついては、 「被抗告人の主張」がなされているものとは取り扱っていない。 すなわち、原決定は、その56頁13行(「イ」とされた項目)以降にお いて、 「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」についての被抗告人の 主張を掲載しているが、まず、56頁14行~20行(震源断層の評価に あたって安全側にたった評価を行っていること)は、プロセス①について の主張である。 次に、56頁21行~23行(岩盤が強固であることなど)は、プロセ ス①~③のどれにもあてはまらない(しいて言えば、プロセス③)もので ある。 また、56頁下から3行~57頁8行(川内原発敷地付近で発生する地 震動が平均的な地震動と比べて小さい傾向にあることや、「安全側に考慮 した不確かさ考慮モデルを構築していること」など)は、プロセス③ない し断層震源モデルを用いた手法による地震動評価に関するものであり、プ ロセス②に関する事柄ではない。 その他、原決定の56頁13行「イ 「敷地ごとに震源を特定して策定 する地震動」について」における判示をみても、プロセス②、すなわち、 - 45 - 松田式を用いた地震の規模の推定に関する被抗告人の主張は掲載されて いない。 これは、原決定も、被抗告人の主張が、何ら反論になっていない無意味 な主張であることを認識しているからともとらえることができる。 (ウ) 原決定は松田式による誤差の問題について検討を怠っているこ と これまで検討してきたように、プロセス②における問題、すなわち、松田 式を用いて断層の長さから地震の規模を推定する際に多大な誤差が生じる問 題について、被抗告人は、抗告人らの主張に対する反論をほとんどなしてお らず、原審としても、被抗告人からさしたる主張がなされていないものとと らえていることは明らかである。 それにもかかわらず、原決定において、抗告人らの主張を採用しないので あれば、抗告人らの主張を退けるに足る具体的な根拠を判示すべきであると ころ、原決定は、そもそも松田式における誤差の問題にはなんら言及してい ない。 否、原決定は、一見して否定しようのない「松田式の誤差」の問題に言及 すれば、抗告人らの主張を認めるしかなくなり、原決定の結論を維持しえな くなることを十分に認識していたからこそ、この点については一切言及しな いこととしたと考えざるを得ない。 初めに被抗告人勝訴の結論を定め、その結論を導くのに邪魔な争点はあえ て意図的に触れないという原決定は、単に不当な決定という以上に、悪質極 まりないものであることは、もはや誰の目にも明らかである。 原決定は、Ss-1の合理性の判断に直結する重要な点について判断を怠 っており、この一事をもってしても原決定は破棄されるべきである。 (2) 原決定143頁の「b「活断層の調査について」について(応答スペクトル - 46 - に基づく手法プロセス①及び断層モデルを用いた手法による評価における問 題) 原決定は、 「抗告人らが行った海上音波探査は、 ・・・相当綿密に側線を設定 し、詳細な調査が実施されたものと評価でき、 ・・・重力異常に関する調査結 果や変動地形学的調査を行った文献の調査結果も踏まえて、断層の連続性を 慎重に確認した」 (143頁最後の行)などとして、甑断層帯甑区間や市来断 層帯甑海峡中央区間の断層がさらに敷地に向かって伸びている具体的可能性 を否定するなどしている。 ア 海岸線付近にはほとんど断層がなく断層の空白域となっていることはあ まりに不自然であること 被抗告人が検討用地震を選定する際の図が次頁の図30であるが、この図 を見ると、海岸線近くで、多数の断層がみな途切れてしまって、海岸線に近 い海域では断層が続かないバリアがあるかのようになっているが(抗告人ら 準備書面11・10頁など)、このこと自体、そもそも不自然といわざるを得 ない。 しかも、「海岸線近くの領域で断層の空白域が存在する理由」について、 抗告人らが被抗告人に対して、求釈明した(抗告人ら準備書面11・15頁) ものの、被抗告人は、これに対する回答を一切なしていない。 このような不自然さについて、原決定は、なんら抗告人らの疑問に答える ことなく、被抗告人の主張を無批判に採用してしまっているのである。 - 47 - イ 重力異常に関する調査の限界について 原決定は、上記のように、重力異常に関する調査をなしたことを、被抗 告人による断層の調査の信用性を肯定する理由として挙げている。 - 48 - しかし、多くの断層は重力異常では分からず、現に、被抗告人準備書面 10・32頁の図21(敷地周辺の重力異常図)に現れている重力異常は、 F-A断層と市来断層帯市来区間以外の断層とはほとんど対応していない ことが明らかである(このことは、抗告人ら準備書面23・6頁にて指摘 したとおりである。)。 しかるに、原決定は、抗告人らが主張した、重力異常に関する調査の限界 について、検討・排斥することなく、漫然と、重力異常に関する調査をなし たことを、被抗告人による断層の調査の信用性を肯定する理由として挙げて いるのである。 ウ 海上音波探査の限界について 抗告人らは、「海上音波探査断面図」(被抗告人準備書面10・21頁に掲 載されているもの)をもとに、浅い海域では海上音波探査の精度が落ち、と りわけ、海岸線付近では、海上音波探査の精度が悪いことを主張していた(抗 告人ら準備書面23・7頁)。 さらに、海上音波探査記録から断層の有無を判断するには、時として微妙 になる「解釈」を要することも主張していた(抗告人ら準備書面23・6頁)。 次頁の図にあるとおり、浅い海域では、音波探査の精度が大幅に落ちてい るのは明らかであり、それが浅い海域での確実な断層調査ができない理由と なっている。 - 49 - しかるに、原決定は、これら抗告人らが提示した疑問には正面から答える ことなく、漫然と被抗告人による調査の信用性を肯定するかのような判断を なしているのである。 エ 海岸線近くで断層が途切れる理由 海岸線近くで断層が途切れてしまうのは、川内原発に特有の問題ではない。 次頁に、女川原発の断層一覧図と、浜岡原発の断層一覧図とを示す。 - 50 - - 51 - このように、3つの原発の断層一覧に共通するのは、海底の断層は、陸上 まで続くものがほとんどないという調査結果である。 いずれも、あたかも海岸線が断層の障壁になっているかのようであるが、 しかし、そもそも地表や海底に姿を現した断層の地下には、巨大な震源断層 面が存在し、地表や海底に現れたものはその氷山の一角にしか過ぎない。 したがって、海底に現れた断層の前後には、長く続く震源断層面が存在す ることを否定することはできない。 また、海岸線付近では、探査技術的に断層が把握しにくいという点がある。 これを認めるのが、経済産業省に設置された「地質情報の整備及び利用促 進に関する検討会第 1 回」 (平成 25 年 1 月 23 日開催)の配布資料「地質情報 整備方策検討のための参考資料」 (甲169)であり、同資料のスライド7に は、次のとおりの記載がある。 http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sangi/chishitsu_jyoho/pdf/001_s02_0 - 52 - 1.pdf ここでは、 「重要な基盤情報の一つである沿岸海域の地質情報には、1)大型観測船が 沿岸に近づけない、2)小型船に積載可能な探査装置では、高品質データ が取得できない等の問題があり、情報の空白域が存在している。また海域 と陸域では調査手法の違いにより不連続が生じるといった問題もある。」 (甲169・スライド7)。 とされており、「海・陸を繋ぐ地質図(海陸シームレス地質図)の整備と沿 岸域調査手法の開発が必要」だとされている(甲169・スライド7)。 要するに、「図30 地震動評価で考慮する主な活断層」の、あたかも沿 岸域に断層のバリアがあるかのような様相は、実は良くわからないから、そ うなっているだけ、なのである。 そうだとすると、この川内原発周辺の海岸線近くの海域で空白域が生じて いるかのように見えるのも、まさしく海岸線近くでは断層が分からないから にほかならない。 海岸線近くだけに断層の空白域が生じる理由について、被抗告人は全く回 答をしようとしなかったが、それは空白域が生じる理由が上記169・スラ イド7に記載があるようなものであり、海岸線で断層がなくなるという知見 があるからではないことを、十分に認識していたからにほかならない。 この点について、被抗告人の言い分をそのまま採用するだけで、 「空白域」 の存在という不自然な事実について何ら説明しようとしない原決定に誤り のあることは明白である。 オ 小括 以上のように、被抗告人による断層の調査については、抗告人らとしては、 種々合理的な疑問を提示しているにもかかわらず、原決定は、かかる疑問を 解消するに足る具体的な検討をなすことなく、漫然と抗告人らの主張を排斥 - 53 - し、被抗告人の主張を採用したのであり、不当である。 (3) 原決定127頁「(ア 新規制基準の合理性における)a 平均像の利用とそ の問題点」について(応答スペクトルに基づく手法・プロセス③についての問 題点) 抗告人らの主張は、地域的特性を100%踏まえた上でのものであるが、こ の抗告人らの主張に対して、原決定は、判断を遺漏している。 ア 原決定の判示 原決定は、発生する地震の様式、規模、頻度等に地域的な特性があるこ とを考慮すると、基準地震動を策定するに当たっても、当該地域の特性を 十分に踏まえることが必要となるとし、地域的特性を踏まえた上で平均像 を用いた検討を行うこと自体は当該地域において発生し得る地震の傾向を 把握する上でも有効であり、平均像の利用自体が新規制基準の不合理性を 基礎付けることにはならないとする(127頁~128頁)。 要するに、地域的特性からすれば、平均像を用いた基準地震動を策定す ることも合理的だ、と言うのである。 しかし他方で、原決定は、「既往地震の観測記録等を基礎とする平均像を 用いて基準地震動を想定するに当たって、その基礎データ上、実際の地震動 が平均像からどれだけかい離し、最大がどのような値になっているかを考慮 した場合には、その考慮により安全側に立った基準地震動の想定が可能とな るものと解される。原子炉施設は、その安全性が確保されないときには福島 第一原発における事故に見られるような深刻な災害を引き起こすおそれが あることに鑑みれば、上記のような考え方を採用することが基本的には望ま しいともいえる。」(129頁の(d)の部分)としている。 イ 少なくとも野田のスペクトルを用いて算定した地震動の2倍程度にす べきであること - 54 - まず、原発の危険性に鑑みれば、単に「望ましい」ではなく、最大のか い離の値をとることが最低限必要ということになるはずである。 過去、実際に起こった地震動の値が耐震設計で採用した値を超えている ならば、少なくとも、その程度は前提としなければ、原発の安全性は確保 しきれない。実際に起こった地震動と同レベルの地震動が再来すれば、直 ちに基準地震動を超えてしまうというのでは、原発の耐震設計は成り立た ない。 原決定は、その上で、地域的特性を理由に、平均像で耐震設計をしても かまわない、と強弁するのであるが、最大の問題は、抗告人らの主張が、 地域的特性を100%踏まえた上で、それでも平均的値を上回る地震動と なってしまうというものであったにもかかわらず、この点について、原決 定が判断を完全に遺漏したことにある。 上記原決定の趣旨からすれば、過去に起こった地震での地震動の最大レ ベル程度は、考慮すべきであるはずである。 しかし、被抗告人は、過去に川内原発周辺で起こった地震の、川内原発 で観測された地震動の最大レベルは想定しなかった。 それを指摘した抗告人らの主張に対しては、原決定は、何ら判断をしな かったのである。 すなわち、次図で赤字に記載したところによれば、抗告人らの主張は明 白である。 - 55 - この図は、川内原発で得られた90地震のうち、マグニチュード5.0以 上の地震による観測記録を記載したものである。この図は、川内原発におけ る地震動記録そのものであるから、地域的特性を100%踏まえたものであ り、地域的特性そのものである。 したがって、この値にさらに内陸補正などの補正は不要である。 この図の地震動こそが、川内原発を襲う可能性のある地震動を表している ものと見ることができる。 ところが、川内原発で観測された地震動記録で、すでに短周期で野田他(2 002)の(平均的)地震動の2倍に達する記録があることが分かる。 100%地域的特性を表わす地震動記録が、すでに野田他(2002)の 値を超えてしまっているのである。 そこで、少なくとも、この2倍の値はとるべきだというのが、抗告人らの 主張であった(なお、抗告人らとしては、平均の2倍であれば必ずしも十分 だと考えているのではなく、平均の10倍はとるべきであると考えているこ - 56 - とは、被抗告人準備書面4・28頁などで述べたとおりである。)。 なお、この点について、被抗告人は、この図から、地震動の上限は、野田 他(2002)の地震動に比べ、 「短周期側で1倍程度、長周期側で2倍程度 にとどまっている」(答弁書・76頁13行)と主張した。 これは、 「1倍程度」だから、短周期では野田他(2002)の値をとるこ とも合理的だと言おうとしたものと思われるところ、被抗告人も、この図か ら、 「上限」に言及し、 「短周期で1倍程度」としていたことから、 「上限はと るべきだ」という主張に反論できているわけではない。 そして、実際には、前述のとおり、周期0.3秒から0.6秒で、上限は 平均像を示す野田他(2002)の地震動の値の2倍に達していたのである。 そうであれば、被抗告人の主張をふまえても、少なくとも、短周期レベル で、野田他(2002)の2倍程度はとるべきであるとの結論に直ちに至る はずである。 にもかかわらず、原決定は、単に地域的特性を理由に平均像を採用するこ とも合理的だとするだけであり、上記のような抗告人らの主張など全くなか ったかのように、完全に無視して判断した。 ここに、原決定に明白な判断の遺漏があることは明らかである。 原決定は、この点においても、Ss-1の合理性の判断に直結する重要な 点について判断を怠っており、松田式の問題と同様、この一事をもってして も、原決定は破棄されるべきこととなる。 なお、上記図でのバラツキは、川内原発を襲う地震動のバラツキそのもの を表している。 そして、このバラツキの程度を見れば、川内原発における地震動記録では、 上限の値と下限の値の差はおおむね15倍から20倍程度に達している(縦 軸が対数表示となっていることには注意が必要である。すなわち、大きな1 目盛ごとに10倍の値を示すものとなっている。)。 - 57 - この川内原発敷地での地震動記録のバラツキの程度も、川内原発敷地の地 域的特性を重視するのであれば、当然に考慮されなければならないはずであ る。 ウ 被抗告人の主張する「不確かさの考慮」について (ア) 被抗告人の主張 なお、被抗告人は、準備書面9・75頁にて、「「応答スペクトルに基づ く地震動評価」では、③応力降下量及び⑤破壊開始点の不確かさについて 考慮できない」としたうえで、野田のスペクトルを用いた手法では、 「①断 層の長さ及び震源断層の拡がり、②断層傾斜角及び④アスペリティの位置 については不確かさを考慮している。特に④アスペリティの位置の不確か さを考慮したケースでは、アスペリティを敷地近傍に設定することによっ て、等価震源距離を短くし、敷地に厳しい地震動を与えるような評価を実 施している。」などとしていた。 そして、被抗告人によるかかる主張について、原決定は、 「安全側に考慮 した不確かさ考慮モデルを構築」し(57頁7行)、これを前提に応答スペ クトルを用いた手法(57頁9行)を用いている旨被抗告人の主張を整理 しており、いわば、プロセス③における検討の前提として上記被抗告人の 主張を位置づけているとも思えることから、念のため、被抗告人の上記主 張についてここで検討する。 (イ) その検討 そもそも、応答スペクトルに基づく手法において、被抗告人の行う「不 確かさの考慮」は、さしたる影響を地震動の評価に与えない程度のもので しかない。 まず、アスペリティの位置の不確かさの考慮についてみるに、それによ って等価震源距離がわずかに短くなるだけでしかなく、本質的な変化を地 震動にもたらさない。 - 58 - また、もともと地下に存在し、その形状ないし位置を確知しえないアス ペリティについて、敷地近傍に存在するのか、地下深くに存在するのか判 断が困難である以上、安全側、すなわち、敷地近傍に設定することは当然 のことであり、 「敷地に厳しい地震動を与えるような評価」とは、到底、い えない。 また、断層の長さ及び震源断層の拡がりないし断層傾斜角の不確かさの 考慮についてみるに、下図(抗告人ら準備書面9・7頁に記載した図)は、 被抗告人が断層傾斜角などについて「不確かさ」を考慮したとしている図 である。 どのケースも、それほど大きな地震動の違いに結び付いていないことが 分かる。 また、どのようなケースを検討しているかを拡大してみると、次のとお りである。 - 59 - 上記の「不確かさを考慮」したケースのうち、甑断層帯甑区間の「断層 長さ及び震源断層の拡がり」を考慮したもののみが、M が大きくなってい るが、他は、「不確かさ」を考慮したといっても、M は変わらないうえ、 震源距離が逆に長くなってしまっている。 これでは、基本ケースより小さな地震動となるのは当然であり、要する に、意味のない検討をしているに過ぎない。 いずれにしても、平均からの最大のかい離を検討すれば、地震動の大き さは何倍にもならざるを得ないことに比べれば、多少意味のある「不確か さの考慮」ではさして地震動の値に変わりはなく、被抗告人の「不確かさ の考慮」は、ほとんど意味のない「不確かさの考慮」であることが分かる。 要するに、被抗告人は、あたかもきちんと不確かさを考慮して、十分な 安全性を確保していると主張しようとしているのであるが、実は、応答ス ペクトルに基づく手法に内在する誤差問題から目をそらせるための、 「目く らまし」に過ぎないのである。 エ 断層の長さの評価における「余裕」について 原審にて、被抗告人は、応答スペクトルに基づく手法における松田式の妥 - 60 - 当性を主張するなかで、断層の長さの評価につき、 「活断層の延長上に確実な 否定根拠が認められない場合は「延ばす」、複数の短い活断層が認められる場 合は「繋げる」などの判断を行い、震源断層の長さをより長く設定している。 加えて、地震動評価においては、地震調査研究推進本部(2013)の知 見を踏まえ、震源断層の長さをさらに長くした、より安全側の評価を実施し ている」(被抗告人準備書面4・29頁下から4行)としていた。 そして、原決定は、添付別表⑥のとおり、被抗告人の行った断層の長さの 評価より(地震調査研究推進本部の)地震調査委員会の行った断層の長さが 長いことから、被抗告人の評価を基準として、この地震調査委員会の断層評 価を採用したことが「余裕」であり、地震動の値として、1.5~1.9倍 の余裕があるとしているようにも思える(原決定142頁9行~17行、同 別表⑥「最大加速度の比」参照)。 なお、原決定は、たしかに、カッコ書きにおいて、地震調査委員会の知見 に基づいた場合について、1.2~1.4倍の余裕があると判示しつつも、 本文において、被抗告人の調査した断層の長さに基づいて、1.9~2.5 倍の余裕があると明記していることからすれば、被抗告人の評価を基準とし て、地震調査委員会の断層評価を採用したことを「余裕」ととらえている、 すなわち、被抗告人の上記主張に引きずられているとも思えるので、念のた めに検討する次第である(なお、この問題点は、応答スペクトルに基づく手 法においては上記プロセス①の問題であり、また、被抗告人は、プロセス②、 すなわち松田式の妥当性を主張するなかで言及しているところ、原決定は、 プロセス③、すなわち野田のスペクトルによる地震動の推定の問題のなかで 判示しているとも思われることから、本項にて検討する次第である。)。 市来断層帯市来断層については、地震調査委員会が、重力異常の存在を認 めて、より西方に断層を伸ばしたこと、甑断層帯甑区間と市来断層帯甑海峡 中央区間については、被抗告人が認めなかった断層の連動を地震調査委員会 - 61 - が認めたことによる。 しかし、まずもって、専門家集団である地震調査委員会の断層長さ評価の 結論を採用するのは当然のことであり、その専門家集団の地震調査委員会の 評価こそが、本来、基準とならなければならない。 もちろん、その地震調査委員会の手法にも限界があって、抗告人らは、そ れでも不十分と主張しているものであるが、少なくとも、被抗告人の評価を 基準として、地震調査委員会の見解を単なる余裕とすることは全く不相当で あって、誤りである。 市来断層帯市来区間について見れば、その西方延長上に実際に重力異常が あることは、被抗告人も認めており、そうであれば、ここに断層が続くと見 るのは当然のことである。 ここに、被抗告人の海底音波探査では断層が発見できなかったことは、単 に被抗告人の調査手法の限界を明確に示すものとしてとらえなければならな い。 この事実は、他の海域での調査でも、断層を見逃している可能性を強く示 唆する。 被抗告人は、まずもって、自らの調査手法に限界があることを認めるべき であるが、ここでは、地震調査委員会の断層の長さ評価こそが正しいという、 当然の事実を指摘しておく。 また、甑断層帯甑区間、市来断層帯甑海峡中央区間で断層の連動を考慮す べきことについては、基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(甲9・ 地震ガイド)で、 「長大な活断層については、断層の長さ、地震発生層の厚さ、 断層傾斜角、1回の地震の断層変位、断層間相互作用(活断層の連動)等に 関する最新の研究成果を十分考慮して、地震規模や震源断層モデルが設定さ れていることを確認する。」(4頁2行)とされているところを前提としなけ ればならない。すなわち、従来は、断層が連続しているか否かが連動の基準 - 62 - であったが、現在は、断層の連続性ではなく、断層間相互作用が問題となる。 断層間相互作用とは、近接する断層では、一方の断層が動いたことによる 歪の解消が近接する断層の歪の状態に影響を与えて、近接する断層でも続け て地震動を発生させてしまう、という「相互作用」を言う。1つの断層運動 が、近接する断層運動につながり、続けて運動することがあることを考慮す べきだとされているのである。 このことは物理的には当然のことであり、すこぶる常識的な考え方である。 したがって、むしろ近接する複数の断層は同時に動くと見るのが現在の知 見であり、被抗告人のような考え方は、もはや古くて採用しがたい見解とな っている。 そうすると、やはり被抗告人の連動を否定する考え方に基づく断層の長さ についての見解は基準となりえず、地震調査委員会の連動を認める見解こそ が基準であって、断層の長さについての取るべき評価であるから、被抗告人 の評価を基準として地震調査委員会の見解を「余裕」だとするのは、明らか に誤りである。 2 断層モデルを用いた手法についての原決定の判示について (1) パラメータ設定の問題点について ア 被抗告人の行っている手法及びそれに関する抗告人らの主張について まず、被抗告人の行っている断層モデルを用いた手法による地震動想定を 概観してみれば、次のとおりである(「川内原子力発電所 抗告人作成・甲12)・52頁)・ - 63 - 地震について」 (被 これは、断層モデルを用いた手法と応答スペクトルに基づく手法を合わせた 全体像としての地震動評価であるが、断層モデルを用いた手法について見ると、 被抗告人の地震動評価の手法は、次頁のとおりであった。 - 64 - 上図は、 「川内原子力発電所 地震について」 (被抗告人作成・甲12) ・8 5頁を基にしている。 被抗告人は、1997年5月13日鹿児島県北西部地震の応力降下量やア スペリティの面積というパラメータをそのまま使い、地震動評価をした。 さらに、これによって導かれた短周期レベルを1.25倍した地震動を導 いているが、1.25倍した理由は、次のとおりであった。 - 65 - 上図は甲12・85頁であるが、被抗告人は、中越沖地震の知見(短周期 レベルが既往の経験式による平均的な値の1.5倍であったこと)を踏まえ、 基本的なケースのアスペリティの実効応力等を1.25倍割り増して設定し た、としている。 これについて、抗告人らとしては、ほぼ同じ場所で起こった2つの鹿児島 県北西部地震でも随分違うことから、離れた川内原発敷地では、1997年 5月13日の鹿児島県北西部地震と応力降下量等が同じになるわけがない ということ、及び、被抗告人自身も、それを1.25倍にしているのは、1 997年鹿児島県北西部地震とは同じにならない可能性を認めているから であるともいえることを主張していた。 すなわち、抗告人らとしては、敷地周辺での震源特性にはバラツキがあり、 - 66 - そのバラツキの中でもっとも厳しい値がどの程度となるかは、少ないデータ では分からない、したがって、データがある程度ある強震動予測レシピでの 誤差の最大値を考えるべきだと主張していたのである(抗告人ら準備書面1 1・16頁~20頁など)。 (上図は債権者準備書面11・17頁に掲載した図であり、甲12・ 47頁をもとに作成している。 イ 原決定の判断 この点に関する原決定の判断は、次のとおりであった。 「本件原子炉施設の敷地周辺で最も大きな揺れを観測した地震を基にして 平均応力降下量及びアスペリティの実効応力を設定したものであるから・・・、 地域的特性を踏まえて想定すべき最大限の値を設定したということができ る。」(原決定138頁7行)。 - 67 - 原決定は、 「本件原子炉施設の敷地周辺で最も大きな揺れを観測した地震を 基にして」平均応力降下量等を設定していることを、 「地域的特性を踏まえて 想定すべき最大限の値を設定した」とする理由としているのである。 ウ その検討 (ア) しかし、本件原子炉施設での地震動の記録は、本件原子炉施設が建設さ れて強震計が設置されて以降の30年ほどのものでしかないはずである。 その僅かな期間での最大地震動をもたらした地震を基にパラメータ設定 をすれば良いという発想は、歴史地震を基に地震動想定をしさえすればよ いという発想と同じである。 しかも、さらに、通例「歴史地震」と言われるのは何100年程度の期 間の、まさしく「歴史」に残っている地震であるが、この場合、たかだか 30年ほどの期間での地震でしかない。 それで足りるという発想は、そもそも危険な原発の耐震設計の基礎とな る地震動想定だということをおよそ忘れた発想である。 (イ) 他方、原決定は、これが今後想定される地震における最大限の値と言っ ているわけではなく、地域特性を踏まえて「想定すべき最大限の値」とし か言っていない。 「想定すべき最大限」という文言は、この値以上の値は「想定すべきで はない」、「想定する必要がない」との価値判断を含んだ趣旨ともとらえる ことができる。 しかし、わずかの期間のこれだけ少ないデータで、しかも、パラメータ にバラツキがあることも明らかであるのに、2つの地震のうちの大きい応 力降下量などの値が、離れた場所の川内原発敷地で今後起こる最大限など と言えるわけがない。 それにもかかわらず、原決定が、 「それ以上は想定する必要がない」と強 弁するなら、その理由をきちんと示すべきである。 - 68 - 危険な原発の安全性の問題であることを考えれば、今後起こりうる地震 における最大の地震動をもたらすパラメータ設定が必要であり、わずか3 0年ほどの間に最大の揺れをもたらしたに過ぎない鹿児島県北西部地震の パラメータを、そのまま使っておけばそれで十分などと言えるわけがない。 (ウ) 被抗告人自身もさらに鹿児島県北西部地震を基に1.25倍しているが、 原決定には、なぜ1.25倍で足り、それ以上の値をとる必要がないのか について、原決定が具体的に判示した箇所は見当たらない。 むしろ、そもそも、原決定には、1.25倍する必要性について判示し た箇所は全くなく、原決定の文言からすると、1.25倍にもする必要も ないかのごとくである。 (エ) ここでのとるべき判断基準は、地域的特性を考慮したとしても、今後起 こりうる最大の地震動は、どれほどか、である。 地域的特性を考慮すべきであるから、敷地での地震動記録がわずかであ っても、地域特性を示すものがほかにない以上、その記録の範囲で耐震設 計するほかないというのでは、原発の安全性は確保できない。 この考え方は、20年ほどの期間での観測記録で耐震設計をすれば良い という、後述の「震源を特定せず策定する地震動」策定上の問題と相通じ る。 「データが少ないのは仕方がない、それでしか耐震設計はしようがない のだから仕方がない」というこの考え方は、原発の安全性をおよそないが しろにした考え方と言うほかない。 したがって、30年ほどしかない期間での最大地震動をもたらした地震 のパラメータを基に、パラメータ設定をして良いということ自体、誤りで あることは明らかである。 しかも、この敷地周辺での地域的特性として、震源特性のバラツキが大 きい(応答スペクトルに基づく手法で検討した川内原発の地震動記録がそ - 69 - れを示している。)ことからすれば、わずか30年ほどの期間の中の最大地 震動をもたらした地震でのパラメータを1.25倍にしただけで、今後起 こりうる最大の地震動が想定できるわけもない。 理由もなく、1997年5月の鹿児島県北西部地震のパラメータが最大 限のものだとしたり、あるいは、その地震を基に1.25倍にしたパラメ ータで十分だとする(なお、原決定がこの点について明確な判示をなして いるとすらいえないことは、前述のとおりである。)のでは、起こりうる最 大の地震動は想定されようがない。 この点において、原決定には明白な誤りがあると言うべきである。 (2) 原決定の判断の遺漏について さらに、断層モデルを用いた手法についても、原決定には、抗告人らがなした 重要な主張について、判断を完全に遺漏している点がある。 以下、その例を挙げることとする。 ア 地震発生層の設定は、被抗告人の断層モデルの設定に欠くことのできない ものであるところ、抗告人らは、地震発生層の設定は、気象庁一元化震源の データによっているが、そのデータは1997年以降14年間のものでしか なく、あまりに少なく、あてにならないものであること(抗告人ら準備書面 4・57頁)などを主張していた。 しかるに、この点について、原決定は、特に判断を示していない。 イ また、地震の伝播経路における地震動の減衰もまた複雑な過程であり、地 震動伝播過程についての推定も、誤差のない過程ではありえない。 すなわち、震源断層あたりで生じる揺れの大きさを前提に原発敷地におけ る地震動を推定するものであるグリーン関数についても誤差があることは、 申立書77頁などにて主張したとおり明らかであるところ、被抗告人は、単 に、「経験的グリーン関数法による評価を実施した。・・・震源から敷地まで の伝播経路特性・サイト特性を精度よく反映した」などと抽象的に述べるに - 70 - とどまっており(被抗告人準備書面4・33頁)、この問題に正面から反論し ようとはしていない。 そして、原決定も、このグリーン関数の誤差問題には、完全に口をつぐむ しかなかったのである。 ウ このように、地震動評価に直結する重要な問題についても、原決定は、抗 告人らの主張に対する判断を全くなしていないのである。 3 震源を特定せず策定する地震動についての原決定の判示について (1) 原決定の判示内容 原決定は、 (d) 「被抗告人の策定した基準地震動Ss-2の評価」において、 「震源を特定せず策定する地震動」の位置づけについて、 「付加的・補完的なも のと位置付ける(被抗告人の)主張を採用することはできない。」(149頁下 から2行)ことを前提に、①「地震ガイドでは、上記のような地震の観測記録 に基づいて評価することを求めており、単に仮想的なMw6.5の地震動を評 価することを求めているわけではありません」との考え方を原子力規制委員会 が示したこと、ないし地震ガイドに同趣旨の記載がなされているとしたうえで、 「その定め自体が不合理であると認めるに足りる疎明もない」 (150頁下から 11行)とし、②さらに、 「被抗告人が策定した基準地震動Ss-2は現時点に おける最新の知見に基づき評価されたもの」 (151頁7行)であるとしたうえ で、 「被抗告人による基準地震動Ss-2の策定及びこれに対する原子力規制委 員会の新規制基準への適合性判断が不合理とまでは認められない」 (151頁9 行)と断じている。 (2) 原決定の①に対する反論 しかし、まず①の点についてみるに、そもそも、Mw6.5までの地震動は 「仮想」ではなく、 「現実」に全国どこでも起こりうる(地表付近に断層が出現 していなくても起こりうる)からこそ、震源を特定せず策定する地震動を策定 - 71 - する必要があるのであり、Mw5.7に過ぎない(地震の規模としてはMw6. 5の地震の1/16である。)留萌支庁南部地震において観測された地震動をも とに基準地震動を策定していては、これを上回る地震動が川内原発を来襲する のは必定である。 なお、原決定は、この点、抗告人らは、 「仮想的」なMw6.5の地震動を評 価することを求めているわけではない旨の定めについて不合理であるとの疎明 がなされていないと断じていることは、上記のとおりである。 しかし、抗告人らは、以下のとおり、審査ガイドを引用しつつ、詳細に主張 をなしていた。 すなわち、抗告人らは、基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイドにお いて、 とされたうえで、その解説には、 - 72 - とされていることを引用しつつ、「規制委員会は、『敷地周辺の状況等を十分 考慮した詳細な調査を実施しても、なお敷地近傍において発生する可能性の ある内陸地殻内の地震の全てを事前に評価しうるとは言い切れない」ことを 理由に、この『震源を特定せず策定する地震動」を全てのサイトに共通的に 考慮すべきものとして策定することを求めている」こと、「『地表地震断層が 出現しない可能性のある地震」はMw6.5未満にまで達することがあると いうのが、規制委員会の見解である。要するに、Mw6.5未満の地震は、 いかに詳細な調査をしても事前には存在の知ることのできない敷地直下の断 層で発生するおそれが、どの原発でも否定できないから、その規模の地震は、 敷地直下で想定することが必要だというところに、この『震源を特定せず策 定する地震動」を想定する根拠がある」ことを主張していたのである(以上 につき、抗告人ら準備書面24・3~5頁参照)。 原決定は、かかる抗告人らの主張を排斥する具体的な検討をなすことなく、 単に「不合理との疎明はなされていない」と断じたものであり、原決定の判 断には明らかな遺漏があるといわざるを得ない。 (3) 原決定の②に対する反論 次に、②の点についてみるに、そもそも、 「最新の知見に基づく」ものであ - 73 - ることと、かかる「知見」をもとに原発の安全性を確保できることは全く別 問題である。 すなわち、 「最新の知見に基づ」かなくとも、十分に安全性を確保できるこ ともありうるし、逆に、 「最新の知見に基づ」いても安全性を確保できないこ ともありうるのであり、原決定は、「基づく」「知見」が「最新」であるか否 かではなく、安全性を確保できるのか否かを検討すべきであった。 また、 「最新の知見」といっても、20年ほど前に強震観測網が作られてか らの地震のデータの中の「最大」の地震でしかない(なお、実際には、詳細 な地盤情報が得られていないなどの理由により、留萌支庁南部地震以外の地 震動記録を検討から排除しているので、実は「最大」ですらない。)。 すなわち、被抗告人は、 「震源を特定せず策定する地震動」の策定において、 審査ガイドに示される、過去の内陸地殻内地震について得られた震源近傍に おける観測記録の収集対象」 (被抗告人準備書面10・57頁下から8行)と した「16地震」は、最も古いものでも1996年発生のもの(被抗告人準 備書面10・58頁の「表1 審査ガイドに示される16地震」参照)であ り、震源を特定せず策定する地震動の策定にあたって収集対象とした観測記 録は、そもそもわずか20年弱の知見でしかないのである。 そして、これら16地震から2地震を除外した14地震より、留萌支庁南 部地震を取り上げた過程をみても、地盤が軟らかいため、 「はぎ取り波の精度 の問題から」 (被抗告人準備書面10・60頁下から9行)、あるいは、 「詳細 な地盤情報が得られていない」(被抗告人準備書面13・24頁下から2行) などの理由で、要するに、 「よく分からない」が故に検討対象から除外してい るにすぎず、結局のところ、これら除外した地震動の中に、実際には留萌支 庁南部地震の観測記録を超えるものがある可能性は全く排除できていない。 しかも、留萌支庁南部地震において「観測」された地震動は、留萌支庁南 部地震において生じた最大の地震動でもない(少なくとも最大の地震動であ - 74 - る可能性は極めて低い。)。 この点に関し、次の図は、抗告人ら準備書面11・24頁に掲載した図で あり、 (財)地域地盤環境研究所の検討結果であるところ、これを見れば、留 萌支庁南部地震の地表での地震動のうち、HKD020 の観測点(K-NET港町 の観測点)の地震動は、同地震の最大地震動ではないことが明らかであり、 同地点の地震動は、決して留萌支庁南部地震の地震動の最大値ではありえな いことが確実であることは、抗告人ら準備書面11にて主張したとおりであ る。 以上のことからすれば、留萌支庁南部地震において観測された地震動に依 拠して、かかる観測記録をはぎ取り解析して得られた値をそのまま用いて基 準地震動を策定することは、まさしく、今後において、これを上回る地震動 が川内原発を来襲することになるのはむしろ当然というほかなく、かかる基 準地震動の策定方法は、不合理というほかない。 - 75 - (4) 原決定の「今後、被抗告人が除外した観測記録に係る地盤情報に関して新 たな知見が得られるなどした場合には、これらの観測記録に基づく『震源を 特定せず策定する地震動」の評価を実施していくべきである」との判示につ いて なお、原決定は、 「今後、被抗告人が除外した観測記録に係る地盤情報に関 して新たな知見が得られるなどした場合には、これらの観測記録に基づく『震 源を特定せず策定する地震動」の評価を実施していくべきである。」(151 頁下から11行)としている。 かかる判示は、 「被抗告人が除外した観測記録」のなかに、留萌支庁南部地 震における観測記録を上回るものが実際に存在する可能性を前提としている ものといえよう。 そうだとすれば、留萌支庁南部地震によって得られた観測記録をもとにS s-2を策定したところで、これを上回る地震動が川内原発を来襲する現実 的具体的可能性が存在することは明らかであり、基準地震動Ss-2では原 発の耐震安全性を担保できないことは、実は原決定も認識しているというべ きであり、それにもかかわらず、川内原発の稼働を容認する原決定は、原発 の安全性に対して無責任というほかない。 (5) 小括 結局のところ、原決定は、 「震源を特定せず策定する地震動」の問題につい ては、被抗告人の「付加的・補完的なものと位置づける主張を採用すること はできない」旨適切に判示しながらも、結局のところ、抗告人らが提示して いる複数の問題点については、なんら具体的な検討をなすことなく、しかも、 震源を特定せず策定する地震動の位置づけないし趣旨(Mw6.5未満の地 震はどこにでも起こりうること)を顧みないままに、Ss-2の策定などに ついて、不合理ではないと決めつけているにすぎない。 - 76 - 4 原決定130頁「b 基準地震動超過地震の存在」について (1) 原決定の判示内容 原決定は、 「短期間の間に基準地震動超過地震が相次いでいることについて は、 ・・・それ自体由々しきこと」 (130頁下から4行)と判示したものの、 ①5件の基準地震動超過事例のなかで4件については「旧耐震指針」などに 従って策定された基準地震動であり、その後に制定、策定された新規制基準 の不合理性を直ちに基礎づけるものではない(131頁1行)とし、②新規 制基準の制定・策定に当たっては、基準地震動超過地震から得られた知見も 活用し・・・・基準地震動の想定手法が高度化された(131頁最後の行) ことを理由に、 「基準地震動超過地震の存在をもって新規制基準が不合理であ るということはできない」(132頁5行)と断じている。 (2) 原決定の①に対する反論 しかし、まず、①の点についてみるに、旧耐震指針などであっても、当時 の最新の知見をもとに、万が一にも原発に事故が発生しないという観点から 設定されたものであったにも関わらず、かかる基準地震動を超過しているの であり、 (新規制基準策定以前においても、基準地震動は耐震設計の要であっ たはずであり、基準地震動を超過しても構わないという前提のもとで基準地 震動が策定されたものではなかったはずである。)旧耐震指針などのみが不十 分・不合理であり、新規制基準のみが十分かつ合理的であるとする理由は全 くみあたらない。 また、旧耐震指針も、新耐震指針も、いずれも平均像を基に地震動を推定 する手法であることには変わりない。 平均像を基に地震動推定をしているからこそ、いくらでも平均を上回る地 震動は発生するということになるのであり、耐震指針が改訂されても基本的 には何の変わりもなかったのである。 その後、地震動を中越沖地震の知見の反映として1.5倍にしているが、 - 77 - なぜ中越沖地震で想定に失敗したかの本質的な検討はなされず、単に1.5 倍にしただけである。 要するに、旧耐震指針も、新耐震指針も、本質的な変わりはなかったので ある。 一方、東北地方太平洋沖地震について見れば、それは断層モデルの構築手 法に問題があったということを、まずは意味している。 その反省の上に立って、新規制基準における津波審査ガイドでは、極めて 大きな領域の津波波源域を想定するよう求めることとなったが、地震審査ガ イドでは、そのような改訂はなされていない。 旧耐震指針も、新耐震指針も、さらには、新規制基準も、地震動想定にお いては、相変わらず不十分なままなのであり、これら超過事例が発生してし まったことによる本質的な反省はなされていないのである。 (3) 原決定の②に対する反論 次に、②の点についてみるに、たしかに、基準地震動超過事例に よ って得られた知見を新規制基準の策定にあたって反映したのであれば、反映 しないよりは「まし」であることは否めないであろうが、だからといって、 新規制基準によって原発の安全性を保障できるという理由にはなりえない。 また、高度化されたと言っても、いまだに、すでに述べた多数の問題点を はらむ手法であることには変わりがない。 基準地震動超過事例によって得られた知見は、当然のことながら、基準地 震動超過の地震動発生時点においては、その時点における(遠い過去のこと ではなく、10年以内のことである。)最新の知見をもってしても把握しえな かった事柄であり、基準地震動超過によってたまたま「判明」したにすぎな い事柄である。 そうだとすれば、これまでの基準地震動超過事例によって得られた知見を 基準地震動策定にあたって反映したのだとしても、他の原因によって基準地 - 78 - 震動を超過する地震動が川内原発を襲来する危険はなんら否定されておらず、 むしろ、過去10年以内に5回も基準地震動超過事例が生じたことからすれ ば、決して遠くない将来において、川内原発においても、基準地震動を超過 する地震動が襲来するとみる方が自然ないし合理的である。 5 年超過確率の確率論的安全評価について (1) 原決定の判示内容 原決定は、 「本件原子炉施設については、確率論的安全評価によってどこま で適正に安全性を評価することができるかという点で一定の限界がある」 (1 57頁下から4行)という留保をつけつつも、 「その評価(確率論的安全評価) 手法に基づいて算定された基準地震動Ssの年超過確率が10⁻⁴/年~10 ⁻⁵/年程度とされていること」(157頁下から2行)を、「安全目標が求め る安全性の値を考慮しても、本件原子炉施設に係る基準地震動Ssの策定及 び耐震安全性の評価に不合理な点があるとは認められない」(158頁5行) と認定する理由として用いている。 被抗告人のなしている確率論的安全評価が信頼できないことは、抗告人ら 準備書面14・ 「第7 年超過確率について」にて述べたとおりであるが、以 下の点について若干補充する。 (2) わずかなデータでは正確な確率を求めることはできないこと 年超過確率とは、1年間で、ある地点で、ある大きさを超える地震動が来 る可能性である。 しかし、確率は、大量のデータがなければ、本来、算出が不可能である。 たとえば、サイコロは正確にはどの目の出方も均等とはならず、いくらか の偏りが現れる。たとえば、1の目は 1.0003/6の確率で出現するというよ うなことが起こる。この確率は、実際に多数回サイコロを振ることによって 求められる。そして、多数回振れば振るほど、ある目の出る確率は、一定の - 79 - 値に収れんしていく。それを「大数の法則」という。 しかし、データが少数の場合、たとえば5回や10回、サイコロを振った だけでは、決して正しい確率は導けない。たとえば、サイコロを12回振っ て、1が2回、2が1回、3が3回・・・となったときに、3が平均より1. 5倍出やすいサイコロだなどとは、到底言えないであろう。 この点、被抗告人の算出する確率は、わずかな数のデータをもとにするも のであるから、12回サイコロを振って1の目の出る確率を求めるようなも のと言うことができる。 地震のような、何万年、何10万年というスパンで生起する現象での真の 確率は、何10万年分のデータを集めることによってのみ、ようやく求める ことができるのである。 自然現象は、頻度が1桁下がるごとに巨大な現象があると考えられること は、雑誌「科学」2012 年 6 月号(「地震の予測と対策: 『想定』をどのように 活かすのか」)に掲載された、岡田義光防災科学研究所理事長、纐纈一起東京 大学地震研究所教授、島崎邦彦東京大学名誉教授の鼎談での岡田教授の次の 発言からも認められる(甲15・1頁)。 「岡田 どれくらいの低頻度・大事象にまで備えるかという問題になります。 1000 年に一度、1万年に一度と、頻度が1桁下がるごとに巨大な現象 があると考えられます。大きなものに限りなく備えるのは無理ですか ら、どれくらいまで許容するかになります。日常的に備えるのは、人 生の長さから考えると、100~150 年に一度の M8 くらいまでで、M9 ク ラスになると、ハードではなくソフト的に、避難などの知恵を働かせ るしかないのではないでしょうか。」 1万年に1回、あるいは10万年もしくはそれ以上に1回という稀な発生 頻度で起こる巨大な地震までをとらえるには、せめて、何10万年かのデー - 80 - タが必要である。 しかし、ある程度正確な確率を求めるには、そこまでではなくても、せめ て何1000年、何万年かのデータが必要であろう。 それだけのデータがあれば、いくつもの特定の活断層が活動し、それが敷 地にどれだけの地震動をもたらすかが確認され、あるいは、地表に地震断層 が現れない複数の地下の断層が活動して、敷地にどれだけの地震動をもたら すかも確認される。 このように、極めて長い期間のデータがあって、初めて真の確率が導かれ る。 以上のことからすれば、被抗告人が求める「確率」は、単に「一定の限界 がある」 (157頁下から3行)にとどまらず、およそ信頼性のないものとい わざるを得ない。 (3) 年超過確率は「参照」以上に用いられることはないこと ところで、基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイドは、 「年超過確率」 について、規制基準の策定にあたって具体的に使用方法ないし位置づけを定 めているのではなく、次のとおり、策定された基準地震動の応答スペクトル について、単に「参照」するよう求めているにすぎない。 この審査ガイドに従って、被抗告人を初めとする原子力事業者は、超過確 率を「参照」として検討しているにすぎず、 「参照」以上に用いられることは ないのである。 上記のように、被抗告人の求めた「超過確率」は信頼性に乏しいものであ るから、超過確率はその程度にしか用いようがないのである。 - 81 - 年超過確率については、抗告人ら準備書面14・26頁以下で詳細に論じ たが、その33頁で述べたところを再説すれば、①特定震源モデルは、わか っている周辺の断層が活動したときの地震動を、平均活動期間や最新活動時 期がわかっていればその情報を使い、それらがわかっていなければ平均的な 数値を使い、地震規模は松田式を用いて、地震動の大きさは耐専スペクトル を用いて、平均的な大きさを導き、それによって「確率」を導くものである。 また、②領域震源モデルは、 「震源を特定せず策定する地震動」とは無関係 の手法でしかない。 結局のところ、領域震源モデルも、基本的に極めて機械的な手法による確 率計算でしかなく、特定震源モデルについては、ひたすら平均像を用いて、 算出するものであって、実際の「確率」とはほど遠いものにしかなりようの ないものである。 このことは、結局、真の確率を出すには、あまりに少ないデータしかない ことに起因する。データが少なすぎるがゆえに、機械的平均的な確率しか出 しようがなく、だからこそ、参考にしかならないである。 そのことを端的に表しているのが、年超過確率の算出にあたっての最終的 な不確かさの反映が、専門家を集めてのアンケートによってなされることで ある。 正しい確率を出すほどのデータがないために、直感的に、 「不確かさ」を考 慮するしかなかったのである。 以上のことからして、年超過確率は、 「参照」程度にしか使えない、極めて 大雑把なものでしかない。 したがって、これをもって、原決定が、被抗告人の判断の合理性を判断し たのは全く不当であり、正しくない。 (4) 領域震源モデルに基づく評価について主張の補充 領域震源モデルに基づく評価については、抗告人ら準備書面14・32頁 - 82 - にて主張をなしたが、以下の主張を追加する。 被抗告人の手法は、結局、桜島地震と鹿児島県西部地震という、現実に発 生した2つの地震を取り上げて、この2つの地震のマグニチュードを上限と する多数の地震を考え、地震規模と発生頻度との関係式を用いて発生頻度を 導き、一方でこの領域のどこで発生するか分からないとして、領域全体に発 生頻度を薄く平均的に分布させて、機械的に確率を評価するに過ぎないもの である。 要するに、現実の地震の発生頻度ではなく、機械的形式的な確率評価でし かなく、この確率が現実の発生頻度をどの程度正確に評価できるかの誤差の 程度も不明なものでしかない。 ところで、「震源を特定せず策定する地震動」は、まさしく、敷地直下で、 いつ、どの程度の規模の地震が起こるか分からないからこそ策定する地震動 であり、要するに、事前に「想定」できないので、このような「地震動」を 策定するものである。 したがって、このような地震動には、本来「確率」を求める方法論がない のである。 領域震源モデルによる評価は、日本中どこにでも起こりうるとされている 地震に対する耐震設計をなすための「震源を特定せず策定する地震動」とは 無関係であり、このような手法で、留萌支庁南部地震の観測記録から導かれ た620ガルを超える地震動(すなわち、Ss-2を上回る地震動)の発生 する確率など、全く導くことはできない。 (5) 誤差の評価がなされていないこと 超過確率のみならず、地震動の大きさの推定など、耐震設計で問題となる 値の推定には、必ず誤差が存在する。 何らかの値の推定に存在する誤差の評定は、科学的推定・評価には欠くこ とのできないものであり、その誤差の評定のない評価は、科学的評価とは到 - 83 - 底いえない。 しかし、被抗告人の地震動評価に関する各種の値の推定には、誤差の評定 が全くなされていない。 被抗告人のこの地震動に関する推定・評価は、およそ真っ当な科学の対象 となりえないものでしかないのである。 (6) 小括 抗告人ら準備書面17・第7、及び上記にて述べたとおり、確率論的安全 評価の信頼性は極めて乏しい。 しかも、知られている断層で起こる地震の地震動(震源を特定して策定す る地震動)でも、知られていない断層で起こる地震の地震動(震源を特定せ ず策定する地震動)でも、確率とは無関係に、発生したときの地震動で原発 に損害が及ぶかどうかで耐震設計が行われることは、抗告人らと被抗告人間 とで争いがない。 被抗告人が取り上げる甑断層帯甑断層ほかの3つの断層で発生する地震を 見れば、その地震がいつでも発生しうるとして、耐震設計はなされている。 これら断層の平均活動期間を地震規模からの推定で設定し、最終活動時期 も平均的な時期として設定して、その危険度を確率論的に考慮するという発 想は、原発の耐震設計としてはとるべきではないというのが、抗告人ら、被 抗告人、規制当局の共通理解であるはずである。 年超過確率が参照程度としてしか使えないのは、信頼性に乏しいからであ ることは、この事実からも明らかである。 それにもかかわらず、原決定が、確率論的安全評価を基準地震動Ssの策 定などが不合理ではないことの理由として用いているのは、年超過確率が信 頼性に乏しく参照程度でしか使えないという事実を忘れたものであって、全 く相当性を欠く判断といわざるを得ない。 また、仮に、原決定が、確率論的安全評価を基準地震動Ssの策定の不合 - 84 - 理性を否定する理由として用いるのであれば、少なくとも、抗告人らの提示 した問題点について判断をすべきであり、それが判断できないなら、これを 用いるべきではない。 何の理由も付さず、ただ被抗告人の言う年超過確率を前提に判断するのは、 明らかに誤りである。 したがって、ここにも、原決定の判断の遺漏があるといわざるを得ないの である。 - 85 - 第4編 火山事象により本件原子炉施設が影響を受ける可能性と人格権侵害又は そのおそれの有無について 第1 本件の争点設定 南九州地方は、破局噴火を起こしたカルデラが数多く存在する地域であり、 原発を設置する立地としては極めて不適切な場所である。九州電力は①カルデ ラ噴火は定期的な周期で発生するが現在はその周期にないこと、②破局的噴火 に先行して発生するプリニー式噴火ステージの兆候がみられないこと、③カル デラ火山の地下浅部には大規模なマグマ溜まりはないことから、破局噴火が起 こる可能性は十分に小さいことから立地に問題はないと主張していた。 ここでの争点は 1) 新基準の制定の過程に火山の専門家の意見が適切に反映されているか 2) 川内原発の運用期間中に火砕流噴火が原発を襲う可能性は十分小さいと評 価することができるか。(規制委員会が基準適合性審査において可能性が十分 小さいと判断する過程において専門家の意見が適切に反映されたか)。 3) 火砕流噴火が起き、原発を襲った場合には原発の安全性が確保できないこと には争いがない。使用済み燃料を安全に所外に運び出すためには、約5年前ま でに運び出し始めることが必要であるが、現在の火山学の水準において、火砕 流噴火をこのような事前に予知することが可能か。 というものであった。 第2 原決定の論理の根本的な誤り 原決定の火山関連の決定内容は、これを理解することが難しい。債務者の主 張を斥け、申立人らの主張した重要事実を認定しておきながら、再稼働を認め た判断の論理的な枠組みが大変わかりにくいのである。最初にこのことを論じ ておきたい。 まず、原決定は、次のように述べて、上記の3)の問いに関する限り、債権 者の主張を認めているのである。 - 86 - すなわち、原決定は、 「原子力規制委員会及び原子力規制庁の認識としても、火山ガイドの策定時 においては、破局的噴火の前兆現象を確実に把握でき、その把握から噴火 に至るまでの期間が数十年程度あることを前提としていたことがうかがわ れるところ(甲70、乙30、84)、破局的噴火の前兆現象としてどのよ うなものがあるかという点や、前兆現象が噴火のどれくらい前から把握が 可能であるかといった点については、火山学が破局的噴火をいまだ経験し ていないため、現時点において知見が確立しているとは言えない状況にあ る。」(原決定 P177) としているのである。 火山ガイドによる原発の立地評価の原則は、 「原子力発電所の運用期間中に火 山活動が想定され、それによる設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に影 響を及ぼす可能性が十分小さいと評価できない場合には、原子力発電所の立地 は不適と考えられる。」(火山ガイド)というものであった。 地震の場合は、過去 12~13 万年前以降に動いた可能性が否定できない活断 層が原子炉重要施設の直下にあれば、それで立地できないことになる。火山の 場合も同様に例えば過去10万年(それが妥当の期間かは置くとして)の間に 火災流噴火が到達した場所は、立地不適とすれば、わかりやすい判断基準とな ったであろう。ところが、火山ガイドは、国内に火砕流到達箇所に原発を建て てしまった現実から出発して、今後のことを抽象的に問うだけで、過去は問う ていないようにみえる。それで、川内原発のように、過去数十万年の間に三度 もそれぞれ別のカルデラ火山からの火砕流が到達したような場所での立地の適 否について判断をしなければならない事態となっているのである。 地震と火山に関する審査ガイドの違いは、地震が予知・予測が不可能である ことを前提とし、火山は予知・予測が可能であることを前提としている点にあ る。火山の場合、運用期間中の設計対応不可能な火山事象の可能性が十分小さ - 87 - いと評価された場合でも、過去にそのような事象があった可能性が確認された 場合は、火山活動のモニタリングを条件に付けている。モニタリングには核燃 料搬出の方針の策定が含まれている。 火山学会が火山ガイドの見直しを要求しているのも、同じ理由からである。 「破局的噴火の前兆現象としてどのようなものがあるかという点や、前兆現 象が噴火のどれくらい前から把握が可能であるかといった点については、火山 学が破局的噴火をいまだ経験していないため、現時点において知見が確立して いるとは言えない状況にある。」という正しい事実認識は、火山ガイドの合理性 を根底から否定するものといえる。この事実認識に従い、火山ガイドを見直し た場合、破局的噴火の予知・予測ができないことを前提とするなら、過去に火 砕流が到達した可能性が確認されれば、それだけで立地不適とすべきであり、 それに従い、本件原子力発電所は廃炉とすべきこととなる。再稼働を認めるど ころか、直ちに使用済み燃料を火砕流噴火の影響の及ばない地域に搬出する作 業を開始しなければならないはずである。 すなわち、設計対応不可能な火山事象の可能性が十分小さいといえるのかど うかは時代によって異なるが、その可能性の大小を火山学が的確に判断できる ということを前提として火山ガイドは定められているのである。 しかしながら、後述するように破局噴火の前兆状況を把握することは、現在 の火山学では不可能なのである。 原決定が、 「破局的噴火の前兆現象としてどのようなものがあるかという点や、 前兆現象が噴火のどれくらい前から把握が可能であるかといった点については、 火山学が破局的噴火をいまだ経験していないため、現時点において知見が確立 しているとは言えない状況にある。」ことを認めながら、火山ガイドを不合理と しなかった点こそが、原決定の最大の誤りである。この点はモニタリングの実 効性がないことについて、本書面の第6,第7項において集中的に論ずること とする。 - 88 - 第3 1 火山に関する新規制基準(火山ガイド)の制定手続きについて 原決定の認定 原決定は、次のように述べて、火山に関する新規制基準の制定手続きが適切 なものであるとする。(原決定159頁~160頁) 「(ア) 内容 火山に関する新規制基準の内容は,別紙「新規制基準の定め」のとおりで あり〔乙198),火山ガイドの内容は,別紙「原子力発電所の火山影響評 価ガイド」のとおりである(甲60,乙151)。 なお,新規制基準の内容が簡潔な記載にとどまっているため,原子力規制 委員会の新規制基準への適合性審査も火山ガイドに大幅に依拠して行われて いる(乙44)。 (イ) 制定・策定過程 a 参考とされた専門的知見 前記前提事実(7)イのとおり,火山ガイドは,原子力規制委員会によっ て平成25年6月19日に策定されたものであるところ,その策定に当たっ ては,日本電気協会策定の「原子力発電所火山影響評価技術指針 (JEAG4625-2009」 (乙152)及び(JEAG4625-2009」 (乙152)及び IAEA Safety Standards「Volanic Hazards in Site Evaluation for Nuclear Instalations(No.SSG-21,2012)」 (乙153,199)という国内外の専門的 な知見が参考とされた(甲60,乙151)。 b 策定過程 (a) 火山ガイドの策定に当たっては,発電用軽水型原子炉の新規制基準に 関する検討チーム及び火山に関する規制基準検討会等において,中田節 也(東京大学地震研究所教授),藤田英輔(独立行政法人防災科学技術研 究所主任研究員),山崎晴雄(首都大学東京教授)及び山元孝広(独立行 - 89 - 政法人産業技術総合研究所主幹研究員)の4名の専門家からの意見聴取 が行われた(甲64の1・2,乙154~156)。」 2 原決定は事実誤認であり、基準の策定に火山学者の見解は適切に反映されて いない 原決定は、以上のような事実認定に基づいて、 「本件原子炉施設に係る火山事 象の影響評価についての原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断は, 前記前提事実(7)アのとおり,原子力利用における安全性の確保に関する専 門的知見等を有する委員長及び委員から成る原子力規制委員会により,前記(1) ウ(ア)のとおり,債務者からの多数回にわたるヒアリング及び審査会合や, 一般からの意見募集及びそこで提出された意見の検討を経て示されたものであ り,その調査審議及び判断過程が適正を欠くものとうかがわれる事情はなく, むしろその調査審議は厳格かつ詳細に行われたものと評価できる。」と判断して いる(179 頁)。 しかし、これは完全な事実誤認である。 川内原発の火山影響の審査過程で、火山学者は誰も招聘されていない。火山 影響評価ガイドをつくる段階で、一度だけ、中田教授が招聘されただけである。 原子力規制委員会において原子力発電所に対する火山の影響を評価するにあ たっては2つのパートに分かれて検討がなされている。 一つは、①火山ガイドの作成であり、2つめは②川内原子力発電所1号機2 号機が火山ガイドに適合しているかである。①の火山ガイドの作成にあたって は中田教授がヒアリングを受けている(しかしながら、後記2(4)のとおり、 中田教授の見解は火山ガイドに反映されていない)。 そして、②の検討にあたっては、火山学者は全く関与していない。この点、 原決定は「島崎邦彦(東京大学名誉教授・元原子力規制委員会委員長代理)ら 原子力規制委員会の委員のほか、地質・火山に関する専門的知識を有する専門 - 90 - 職員を含む多くの原子力規制庁職員によって」検討されているし、 「火山の専門 家からの異論が出たとは認められない」から不合理はないとしている。 しかしながら、島崎教授は地震学者であり、火山についての専門家ではない し、他の原子力規制委員の中に火山の専門家は含まれていない。また、原決定 のいう専門職員がどのような知見を有しているのかも明らかにされていない。 原決定にある「火山に関する規制基準検討会」については、原子力規制委員 会とは独立した機関であった独立行政法人原子力安全基盤機構(のちに原子力 規制庁に統合された)が、火山ガイドの策定・検証のために実施したものであ る。これの第二回検討会の5つある議題のうちの冒頭の議題が「1.火山影響 評価ガイド制定と規制動向」であり、議事要旨には、 「機構より、…新規制基準 の適合性審査において北海道電力株式会社及び九州電力株式会社が火山影響評 価について説明した内容を紹介した」とある。内容を紹介したのは原子力安全 基盤機構の職員と思われるが、これに対し、 「委員より、評価ガイドに本安全研 究の成果が反映されるように進めることが必要とのコメントがあった」とある。 (乙159) 原決定は、この場で本件原子力発電所の火山影響評価についての紹介に対し て特に異論が出なかったことを重要視しているが、この検討会の目的が適合性 審査ではなく、火山ガイドの検証にあること、議題1も「火山ガイドと規制動 向」がテーマであったこと、当日の時間が全体で2時間であり、5つの議題が あり、しかも5つ目に巨大カルデラ噴火についての講演が準備されていたこと、 議題1についても、北海道電力と債務者の2つの適合性審査の状況について、 原子力安全基盤機構の職員が内容を紹介した程度であったことなどからして、 適合性審査の内容について意見を出すような状況ではなかったと思われる。実 際に、この会合に出席していた中田節也東大地震研究所教授は、この会合につ いて「『事務方から説明を受けただけ。問題があると思っていたが、意見を求め られず、指摘する機会もなかった。説明だけなのに同意があったように書かれ - 91 - ている。曲解され腹立たしい』と話した。」とされる(東京新聞 2015 年 5 月 5 日付記事:甲170)。 そして、後述のとおり、川内原発の基準適合性審査に関しては、非常に多く の火山学者から異論・反論・批判が出ており、川内原発の基準適合性審査に問 題という認識は、火山学会に所属する学者のほぼ全員が持っている見解である。 規制委員会における川内原子力発電所における火山評価は、専門的・科学的 知見を全く無視したものであり、合理性を有しないことは明白である。 また、原子力規制委員会の火山ガイドがIAEAの前記規制ガイドに沿うも のでないことについて、申立人らは、イギリスの原子力規制の専門であったジ ョン・ラージ氏に検討を依頼し、その意見書を甲142号証として証拠提出し た。また、その内容を2015年1月31日提出の準備書面において詳述した。 原決定は、このような主張と証拠について全く判断していない。この点は4(1) において詳述する。 3 原決定に引用された中田見解 原決定は、次のように述べ、新規制基準は中田節也教授の見解に依拠したも のであり、信頼性が認められるものと考えているようである。すなわち、原決 定は、次のように認定している。 「このうち,平成25年3月28日に開催された発電用軽水型原子炉の新規制 基準に関する検討チーム第20回会合において,中田節也教授は「原子力発電 所の火山影響に関する考え方」について講演し,その中で,次のような説明を 行ったとされる(乙64,154)。 ① カルデラ火山の破局的噴火の観測例は世界のどこにもないため,このよう な噴火の予測には非常に大きな問題がある。 ② カルデラ火山の破局的噴火の頻度が極めて低いと認められれば,仮に過去 の噴火の際に火砕流が到達した地点に建造物があっても問題がないといえ る。 - 92 - ③ モニタリングによって的確に異常が捉えられるかどうか,あるいは,最大 噴火に至る先行現象を認識できるかどうかということが,カルデラ火山の破 局的噴火が将来起こるかどうかを判断するための大きな材料となると考え られる。 ④ カルデラ火山の破局的噴火の先行現象としては,姶良カルデラにおいては, その最大噴火直前に比較的大きな噴火が起こったことが特徴として指摘さ れ,阿蘇カルデラ及び姶良カルデラにおいては,それ以前にないような高温 の溶岩流が非常に広範囲に噴出された例が認められており,その他にも,地 震による液状化及び地すべり現象が破局的噴火の前に起こったことが指摘 されている。こうした先行現象を見逃さなければ,カルデラ火山の破局的噴 火が近づいているということが認識できるものと考えられる。 ⑤ 各カルデラ火山の噴火についても規則性があることが示されており,南九 州のカルデラ火山の破局的噴火についても,一つのカルデラだけではなく加 久藤・小林カルデラ,姶良カルデラ,阿多カルデラ及び鬼界カルデラを含む 広域的な範囲で捉えると,統計的に評価することができるであろうと考えら れる。 ⑥ 南九州のカルデラ火山について階段ダイヤグラムを用いた場合,比較的き れいな階段を描くことができ,将来におけるカルデラ火山の破局的噴火の発 生確率を検討する際に材料として用いることができるものと考えられる。 ⑦ カルデラが形成されるような巨大噴火では数十年から数百生存の短い期 間にマグマが大量に生成され,噴火の場所に一気に充填されるので,マグマ の変動量が非常に大きく記録されることになり,モニタリングをすることに よってその変化を認識し得る。 ⑧ マグマの大量蓄積により火山周辺で地殻変動が起こる可能性も指摘され ている。 ⑨ 地下におけるマグマの存在は確認できたとしても,どれぐらいの量が溜ま - 93 - っているかについては現在の火山学では明らかにすることはできないが,マ グマの変動量を基に,どれだけの量がどれだけの割合で膨らんでいるかとい う分析をすることはできる。」 4 中田氏自らが再稼働は認めるべきでないと判断している しかし、この見解をもとに、万が一にも深刻な事故を引き起こしてはならな い火山の火砕流噴火の可能性や事前予測の可能性について、適切な基準を設定 したり、予知方法を議論すること自体が不可能である。 この点については、第5において、原審の審理時に提出した証拠に基づいて 火山予知連の会長である藤井名誉教授や火山学会の原子力問題委員会委員長の 石原教授、国立防災研の小山真人氏らの見解を紹介して、徹底的に議論するこ ととしたいが、ここでは、引用された中田氏自らが、述べている発言を紹介し ておきたい。 東京新聞は 2015 年 5 月 5 日付地裁決定内容の検証記事を掲載した(甲17 0)。その中で、「決定は、専門家たちが九電の火山監視能力や対応策の有用性 を認め、噴火のリスクも小さいと認めているかのように書いているが、複数の 専門家から厳しい声が出ている。」として上で、 「『南九州で巨大噴火が起こらな い保証はない。決定の中で、自分もいいように利用された。ひどい決定文だ』。 日本火山学会理事で東大地震研究所の中田節也教授はこう憤る。」と中田氏のコ メントを紹介している。 中田教授は、平成25年3月28日の講演の1年以上あとに、自分の意図が 原子力規制委員会・規制庁に伝わっていないと述べていた。また、火砕流の到 達は否定できず、次の火砕流噴火を確実に予知することはできないので、再稼 働は認めるべきでないと判断している。 中田節也氏:東大地震研究所教授 「何らかの噴火の前兆はつかめるが、それが大きな噴火か、小さい噴火のまま の兆候か、火山学的にはその時点では分からない。 『異常』のサインをいつ出せ - 94 - るか、カルデラ噴火に至る時間的プロセスもわかっていない。それなのに大規 模噴火の前兆を捉えられるという話にすり替わった」「規制委が要請すべきは、 燃料を運び出す余裕を持ってカルデラ噴火を予測できるモニタリングのはず。 それは無理だと規制委にコメントしたが、全然通じていない。搬出に何年もか かるとの見方もある。間に合わないことは十分に考えられる。」「モニタリング の中身はブラックボックスだし、搬出方法や搬出先も示していない。何らかの 兆候を捉えたとして、九電は本当に原子炉を止め、燃料搬出をやれるのか。研 究者を招集し、噴火の確率はまだ低く、原子炉は止めなくていい、と判断させ るのではないか。東日本大震災で研究者に責任を押し付けたのと同じ展開が目 に見えてきている」(甲46:南日本新聞 2014 年 6 月 12 日付) 「私は『GPS(全地球測位システム)で地殻変動などを観測していれば噴火の 前兆はつかめる。ただ、噴火がいつ来るのか、どの程度の規模になるかはわか らない』と説明しました。しかし、規制庁は『前兆はつかめる』という点に救 いを見出したのでしょう。いくら時期も規模も分からないと繰り返しても『モ ニタリング(監視)さえすれば大丈夫』との姿勢を崩さなかった」(毎日新聞 2014 年 6 月 26 日付) 「本来あの場所には建てない方がよかった」 「少しでも不安材料があれば運転を 止め、対策をとれる体制が確保できるまでは審査を通すべきではない」(甲4 7:朝日新聞 2014 年 5 月 8 日付) 中田節也教授は、本件川内原子力発電所の火山審査について、雑誌「科学」 においても、 「川内原子力発電所(九州電力)の審査も、国は通したいのだと思 います。しかし、ここで基準を緩めるよりも、厳しく審査する方がいいと思い ます。川内原子力発電所には、無理のない想定で火砕流が届きます。なぜ届か ないといえるのか、つめて学問的にいえるようにならないと、許可しないほう がいいと私は思います。」 (甲第115号証。 「科学」2014年1月号)と述べ て、川内原発への火砕流の到達が否定できない以上は、審査を許可すべきでは - 95 - ない、と指摘している。 このように、東大地震研究所の中田節也教授は、原子力規制委員会が火山ガ イドを策定するに際して、唯一ヒアリングを受けた専門家であり、原決定は、 その説明を根拠に規制基準が合理性がないとは言えないと判断しているが、中 田氏自らがそのように判断していない。このことは決定的に重要な事実である。 第4 火山学会の多数は川内原発に到達する火砕流噴火の可能性が十分低いとは 言えないとしている 1 規制委員会『火山影響評価ガイド』は IAEA 火山ガイドの要求を満たしてい ない 原子力規制委員会の火山影響評価ガイドは、IAEA基準と比較して、定量 的な基準を示すことができておらず、また、不確かな科学的根拠に基づいて火 災流噴火が数年のタームで事前に予知できるとされている点で、確立された国 際基準からも大きくかい離している。 IAEA の火山ガイドと規制委員会の『火山影響評価ガイド』との関係につい て、イギリスの原子力規制当局(IAKEA)において、原子力規制の職務を担当 した経歴を持つジョン・ラージ氏の専門家意見「原子力規制委員会の原子力発 電所新安全基準の適用と国際原子力機関特定安全ガイド SSG-21、2012 に対す る適合性」を証拠提出する(甲第142号証)。 ジョン・ラージ氏は、本文に付された同人作成の要約全文において、次のよ うに述べている。 「原子力規制委員会の原子力発電所新安全基準の適用と国際原子力機関特定安全ガ イド SSG-21、2012 に対する適合性要約 「私は、英国国民のジョン・H・ラージです。コンサルティング・エンジニア・ ラージ&アソシエイツ社の勅許技師(チャータードエンジニア)をしており、原子 力について多数の経験と知識を持つ者です。 - 96 - グリーンピース・ドイツのショーン・バーニー氏より、原子力規制委員会『火山影 響評価ガイド』が‘IAEA、 Volcanic Hazards in Site Evaluation for Nuclear Installations Specific Safety Guide、 No. SSG-21’によって推奨されている原子力 発電所の立地評価のアプローチ(取り組み方)に適合しているかどうかの見解を提 供するよう依頼されました。 私の見解についての概要は以下の通り: 原子力発電所の立地選択に対する IAEA SSG-21 のアプローチは、直接的でわか りやすい審査プロセスを構築していくことから成っていると考えている。そのプロ セスは、火山災害についての増えゆく知見とともに一層詳細にわたっていく情報を 要する段階的な方法論を伴ったものである。IAEAによって強く支持されている 審査方法は確率論的アプローチであり、得られた情報及び知識は、確率論的アプロ ーチと一体となって、原子力発電所ないしその安全な稼働に影響を及ぼすおそれの ある火山的影響に関連したひとつあるいは複数の「設計基準」を築くための積み木 のブロックとして配置されるべきであるとされている。 2012 年の原子力規制委員会の設立より以前には、火山や火山域における噴火が発 生した場合の規模や噴火の発生頻度を評価するための恒常的な手順を定める正式な 規定ガイドないし基準は日本には存在しなかった。 同様に、火山の影響に対して、どのように現場の被許諾者が原子力発電所の対応能 力を評価するかについて、確立された一般的な方法論がなかった。現在の『火山影 響評価ガイド』の版が刊行される前に、原子力規制委員会は、「ガイド」は、IAEA SSG-21 のように、確認された火山災害に対して原子力発電所に対応能力をもたせ るために一連の設計基準を確立するという総合的な目標を伴った方法論的アプロー チを採用すべきということを強く提言する一連の意見を公表した。 『火山影響評価ガイド』に関する私の最初の所見は、ガイドの発表前に準備且つ 公表されていた全ての基礎から随分かけ離れてしまったという点である。なぜなら、 このガイドには、川内原発及び(または)その必須の施設に到達し影響を及ぼすお - 97 - それがある(そのような可能性がある)と考えられるそれぞれの火山の影響に対応 した「設計基準」を確立することについて一切言及されておらず、そしてまた、原 子力発電所の被許諾者である九州電力に対しても全く要求していないからである。 本文中においては、私は、私は、なぜ、いかに原子力規制委員会のガイドがIA EA SSG-21から逸脱していることについて詳細な理由を複数述べている。 これらの理由の中には、拙速な審査基準を不適切に用いていることも含まれている。 例えば、1万2800年前のたった一度の地質学的記録を唯一の頼みの綱としてい ることや、原発敷地に影響を及ぼしうる火山事象を引き起こす可能性のある火山を 除外するために火山爆発指数(VEI)を用いていることである。このような審査 手法は IAEA SSG-21 の中で考慮されている方法とはまったく異なる。特に批判す べきは、来たる噴火の予測は可能であると断言されているモデルについて述べてい る、比較的最近の学術的文献内のひとつの出来事に過度に依存している点である。 たとえこのモニタリング方法論が信頼性のあるものであったとしても、持ち時間の スケールの許容範囲を考えると、行動を促すには間延びし過ぎているか、400 トン から 1000 トン前後の、強度の放射線を発する燃料を原子力発電所敷地内から安全 で確実な貯蔵が可能な国内のどこか(このような運搬先を準備しておくことは規定 上必要なものとされるべきと思われる)まで運び出す準備をし、実際に運搬するた めの十分な時間としては短すぎる。 IAEA SSG-21 と比較して、原子力規制委員会『火山影響評価ガイド』について 最も根本的な批判としてあるのは、私にとっても、専門的な観点から見ても火山災 害の審査が間違いなく包括的かつ有意義になされるよう、被許諾者に対して必ずし も十分に徹底させていないという点である。さらに、 IAEA SSG-21 とは異なり、 『火山影響評価ガイド』は、原発に特化した設計基準を検討し、確立することを、 被許諾者に義務付けていない。そのため、立地評価の結果はかえって、原子力発電 所とその敷地の基本的な対応能力や多層防護の確保に対処したものではなく、表面 的なことを検討しているだけに終始しているといわざるを得ない。」 - 98 - この意見書は、本文のパラ70で次のように述べている。 「70 驚くべきことに、『火山影響評価ガイド』内には、川内原子力発電所に支 障を与えうる火山の影響に対する「設計基準」を確立するために、原子力規制委員 会から九州電力に何かしら要求するような内容はなく、それに対応した指示もない。 適切な「設計基準」を確立するという最も重要な基本方針は、IAEA SSG-21 にお いては明瞭に記されているが、 『火山影響評価ガイド』内または規制のプロセス全体 において見られない」 この点こそが、新規制基準の根本的な問題点である。 また、ここに比較的最近の学術的文献内のひとつの出来事に過度に依存している とは、もちろんドルイット論文(サントリーニ島ミノア噴火についての研究論文。 九州電力はこの論文を根拠に、破局噴火が起こる数十年から100年くらい前に急 激にマグマが供給されることから破局噴火の兆候は把握出来るとしたが、ドルイッ ト自身この論文は破局噴火一般のことについて述べたものではないと述べている) のことである。 2 イギリスの原子力規制の専門家ジョンラージ氏の結論 ジョン・ラージ氏は、ながく原子力規制の仕事を担当してきた経験に照らし て、規制委員会の基準が、 「それぞれの火山の影響に対応した「設計基準」を確 立するための事柄が、一切言及されて」いないと指摘し、今回の川内原発の火 山災害に対する審査の過程全体が、通常の原子力安全の厳格な手続から著しく 逸脱し、規制委員会の依拠した基準が基準らしい基準となっていないことを明 快に論証している。 債務者が、原子力規制委員会の規制基準が IAEA の規制基準を参考にしてい るとし、原決定がこのことを認めたことには、根拠が欠けていると言わなけれ ばならない。新規制基準が海外の基準も参考にして定められているという原決 定の認定は明らかに事実誤認である。 - 99 - 3 火山学会の多数意見は火砕流噴火の可能性が十分低いとは述べていない また、原決定は、破局的噴火の活動可能性が十分に小さいといえないと考え る火山学者が、一定数存在することを認めつつ、火山学会提言の中で、この点 が特に言及されていないことから、火山学会の多数を占めるものではないなど と判示し、石原火山学会原子力問題委員会委員長のほか大部分の火山学者が、 適合性審査の判断に疑問が残ると述べたことを無視している。 4 火山学会提言の趣旨について決定は明らかに事実を誤認している。 以下は、日本火山学会原子力問題対応委員会(委員長・石原和弘京都大名誉 教授)が11月2日付で公表した提言を火山学会のHPから引用したものであ る(甲100号証「巨大噴火の予測と監視に関する提言」)。 「巨大噴火の予測と監視に関する提言 巨大噴火の予測や火山の監視は,内閣府の大規模火山災害対策への提言(平 成 25 年 5 月 16 日)や,原子力発電所の火山影響評価ガイド(平成 25 年 6 月 19 日)等により,重要な社会的課題となっている。 • 巨大噴火(≥VEI6)の監視体制や噴火予測のあり方について ‣日本火山学会として取り組むべき重要な課題の一つと考えられる。 ‣巨大噴火については,国(全体)としての対策を講じる必要があるた め,関係省庁を含めた協議の場が設けられるべきである. ‣協議の結果については,原子力施設の安全対策の向上等において活用 されることが望ましい. • 巨大噴火の予測に必要となる調査・研究について ‣応用と基礎の両面から推進することが重要である. ‣成果は,噴火警報に関わる判断基準の見直しや,精度の向上に活用さ れることが重要である. - 100 - • 火山の監視態勢や噴火警報等の全般に関して ‣近年の噴火事例において表出した課題や,火山の調査・観測研究の将 来(技術・人材育成)を鑑み,国として組織的に検討し,維持・発展さ せることが重要である. ‣噴火警報を有効に機能させるためには,噴火予測の可能性,限界,曖昧 さの理解が不可欠である. 火山影響評価ガイド等の規格・基準類においては,このような噴火予測の 特性を十分に考慮し,慎重に検討すべきである. 日本火山学会原子力問題対応委員会 平成 26 年 11 月 2 日(日)」 この提言の意味するところは、カルデラ噴火を含む火山噴火の予測の可能性, 限界,曖昧さの理解が不可欠であり、このような観点から、火山影響評価ガイ ド等の規格・基準類においては,このような噴火予測の限界をふまえて、これ を十分に考慮し,慎重に再検討すべきだとするものである。そして、記者会見 での学会原発問題委員長の発言にもあらわれているように、本件原子力発電所 の審査の結果についても、深刻な疑問を提起した提言であると評価できる。 5 石原和弘火山学会原子力問題対応委員会委員長の記者会見 御嶽山噴火の記憶も生々しい、2014年11月2日に福岡で開催された日 本火山学会において、火山の爆発と原発の安全性をめぐる問題が議論された。 西日本新聞 2014/11/03 付朝刊は、次のように報道している。 「原発審査基準見直し要請 火山学会委「川内の適合も疑問」 2014 年 11 月 03 日(最終更新 2014 年 11 月 03 日 01 時 50 分) http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/124658 日本火山学会の原子力問題対応委員会(委員長・石原和弘京都大名誉教授) は2日、福岡市で開いた会合で、原発への火山の影響を評価する原子力規 制委員会のガイドライン見直しを求める提言をまとめた。カルデラ噴火を - 101 - 含む巨大噴火の把握方法が確立されていないにもかかわらず、電力会社の 監視(モニタリング)によって前兆の把握は可能としている点について「可 能性、限界、曖昧さが十分に考慮されるべきだ」としている。 会合後、取材に応じた石原委員長は、このガイドラインに基づいて九州 電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の新規制基準適合が認められたこと について「疑問が残る」と言明。 「今後も噴火を予測できる前提で話が進む のは怖い話だ」と早期の見直しを求めた。」(甲98) 学会の原子力問題対応委員会(委員長・石原和弘京都大名誉教授)の委員長 自身が、川内原発について新規制基準適合が認められたことについて「疑問が 残る」と言明したことは、本訴請求の適否を判断する上に置いても、決定的な 科学的知見であると言うべきである。 原決定は、学会の委員長が提言を発表し、その異議まで説明したにもかかわ らず、 「火山学会の原子力問題対応委員会は「前記前提事実(10)ウのとおり, 火山学会提言を公表しているが」前記(1)ウ(ウ)dのとおり,その趣旨は, モニタリング検討チームで同意された基本的な考え方とほぼ一致するものであ って, 「今後,例えば海外で新たに噴火が起きたとか,あるいは研究の進展に伴 って新たな事実が分かったというような場合は,新知見をどんどん取り入れて 考慮しながら規格・基準等を見直していく必要がある」というものにとどまり, 新規制基準及び火山ガイドの内容を否定する趣旨までは含んでいないとみるの が相当である。」などと認定する(原決定 178 頁) しかし、この認定に根拠がないことは、決定後の火山学会の有力なメンバー から、次々に批判意見が出されていることからも明らかであろう。 6 火山学者アンケート結果の事実を認定しつつ、多数ではないとしたのは自己 矛盾 原決定は、事実を認定する箇所では「火山学者50人にアンケートを実施し - 102 - たところ、そのうち29人がカルデラ火山の破局的噴火によって本件原子炉施 設が被害を受けるリスクがあると回答したとの報道がある」 (175 頁)と認定し ており、学会の多数が規制委員会の決定に疑問を呈していることを認定しつつ、 このような意見が学会の多数ではないとしたのは明らかな自己矛盾の事実認定 である。 7 決定後のNHK報道における火山噴火予知連絡会藤井会長の決定的なコメ ント 決定後のNHKの報道もこれらのことを裏付けている(甲171)。火山噴火 予知連絡会の会長で、東京大学の藤井敏嗣名誉教授は、 「今回の決定では、火山 による影響について、 『国の新しい規制基準の内容に不合理な点は認められない』 としている。しかし、現在の知見では破局的な噴火の発生は事前に把握するこ とが難しいのに、新しい規制基準ではモニタリングを行うことでカルデラの破 局的な噴火を予知できることを暗示するなど、不合理な点があることは火山学 会の委員会でもすでに指摘しているとおりだ。また、火山活動による原発への 影響の評価について、火山の専門家が詳細な検証や評価に関わったという話は 聞いたことがない。」「カルデラ火山の破局的な噴火については、いつ発生する かは分からないものの、火山学者の多くは、間違いなく発生すると考えており、 『可能性が十分に小さいとは言えないと考える火山学者が火山学会の多数を占 めるものとまでは認められない』とする決定の内容は実態とは逆で、決定では 破局的噴火の可能性が十分低いと認定する基準も提示されていない。火山によ る影響については、今回の判断は、九州電力側の主張をそのまま受け止めた内 容で、しっかりとした検討がされていないのではないか。」と述べたという。 藤井氏は、2015 年 5 月 5 日付東京新聞においても「ほとんどの学者が大噴 火はあると思っている。十年先なのか千年先なのかわからないが、危険がない ように書かれているのはおかしい。噴火数日前に異変をとらえ、人を避難させ - 103 - られるかもしれないが、数年前から(熱い核燃料を冷まし、搬送用機に入れら れるよう)前兆を捉えられるか、見通せるわけがない」 (甲170)と指摘して いる。 決定内容は、明らかな事実誤認であり、抗告審でこの誤りは必ず正さなけれ ばならない。 8 日経サイエンス「破局噴火」特集 原決定の審理が終結した後、2015年4月号の日経サイエンスが、 「破局噴 火」を大特集した(甲172)。 同特集の中の「その時、何が起きるか」という、東京大学地震研究所の前野 深氏の協力で同誌編集部がまとめたメイン論文(甲172)では、日本列島が 一万年に一度の破局噴火に見舞われてきたことを紹介しつつ、東日本大震災に よって、火山学者の危機感は高まっており、 「多くの火山学者は、破局噴火の予 知を、十分な時間的余裕を持って高い確度で行うことは現時点では困難だと見 ている。日本火山学会も慎重な姿勢だ」としている(35頁)。 さらに、姶良カルデラについて、 「姶良カルデラが最後に破局噴火を起こした のが約3万年前で、その際、川内原発のあるあたりまで火砕流が到達」したこ とを紹介し、 「以来、マグマの蓄積が続いているとすれば、再び破局噴火を起こ しうる程度までたまっている可能性はある。」とはっきりと指摘しているのであ る(37頁)。 原決定は、 「日本においてカルデラ火山の破局的噴火の活動可能性が十分に小 さいとはいえないと考える火山学者も一定数存在するが,前記前提事実(10) ウ及び前記(1)ウ(ウ)dのとおり,火山学会全体の最大公約数の意見をま とめた火山学会提言でもこの点に関して特に言及されていないことに照らせば, 上記認識が火山学会の多数を占めるものではないとみるのが相当である。また、 日本においてカルデラ火山の破局的噴火の活動可能性が十分に小さいとはいえ - 104 - ないと考える火山学者においても,破局的噴火の頻度は小さいものであるとの 認識は共通しており,そうした火山学者の指摘は,破局的噴火については観測 例が存在せず,その実体や機序が不明で噴火を予知することも不可能と考えら れることなどから破局的噴火の活動可能性を否定できないとする趣旨とみるべ きであり,本件原子炉施設周辺のカルデラ火山において破局的噴火の危険性が 高まっていることを具体的に指摘する見解は見当たらない(甲43,77,9 9,109,115,142,143参照)。」などとする。(原決定180頁) この指摘は、 「破局的噴火の危険性が高まっている」ことを指摘したものであ る。M9の東日本太平洋沖地震によって全国の火山活動が活発化している。御 嶽山の噴火だけでなく、各地で小規模の噴火が活発化している。原決定の判示 は、根拠なき過信であり、極めて危険である。 もう一つの論文は、巽好幸(神戸大学)氏の協力の下に編集部がまとめた「浮 かび上がるメカニズム」という、新しい火砕流噴火のメカニズムに関する見解 の紹介である(甲172)。この論文のポイントは、「巨大カルデラ噴火は山体 噴火がスケールアップしたものではなく、噴火のメカニズムが異なる可能性が 高い。」「世界中の噴火の約1割が狭い日本列島で発生している。」「巨大カルデ ラ噴火と山体噴火が起きている地殻では、プレート運動によってもたらされる 歪みの蓄積スピードが違っており、このことが地殻内部のマグマの挙動に影響 を及ぼしている可能性がある」 「そしてM7以上の巨大カルデラ噴火が起きる確 率は今後100年間に0.73-1パーセントに達する」 「M6.5以上の噴火 の場合は、この確率は更に上がる」などというものである。 今後100年間に0.73-1パーセントという確率は、明らかに原発の安 全確保に当たっては考慮しなければならない高い確率である。 この研究成果が科学的に確立したものかどうかを置くとしても、このような 見解が示された以上本件原子力発電所の再稼働が認められないことは明らかで ある。 - 105 - 第5 火砕流噴火が本件原発に到達する可能性は十分小さいとする国の判断には 科学的裏付けがない 債権者らは、原決定の審理の過程で、債務者は火砕流噴火が本件原発に到達 する可能性は十分小さいとする根拠には科学的裏付けがないことを、以下のと おり多くの火山学者の見解を引用しつつ、論証した。原決定の批判は第4に述 べたとおりであるが、多くの火山学者の見解をそのまま以下に紹介する。 1 噴火間隔によるもの…9 万年周期説に根拠なし 債務者は、補正申請書において、 「阿多カルデラ以北、加久藤・小林カルデラ 以南の鹿児島地溝帯において、約 60 万年前以降に破局的噴火が複数回発生し ており、その活動間隔は約9万年の周期性を有している」とした上で、 「最新の 破局的噴火は姶良カルデラにおける約 3.0 万年前~約 2.8 万年前の破局的噴火 であることから、破局的噴火の活動間隔は、最新の破局的噴火からの経過時間 に比べて十分長く、当該地域において、運用期間中の破局的噴火の可能性は十 分低いと考えられる。」(甲第62号証・補正申請書 6(1)-7-8-4)としている。 しかし債務者の主張は、対象の 5 つのカルデラのうち、3 つのカルデラ(加 久藤・小林、姶良、阿多)をまとめて噴火履歴をみると、平均して約 9 万年間 隔で巨大噴火が起きているというだけある。日本全国で平均すると巨大噴火は 約 1 万年間隔であるというのと同じ理屈であり、個々の火山についてのもので はない。 また、単に平均すると約 9 万年間隔というだけでなく、周期性を主張するに は、巨大噴火に明確な周期性が認められるのかを含めて、専門的な判断が必要 と思われる。しかし、債務者は根拠となる論文を挙げていない。審査書におい ては、 「平均発生間隔は約 9 万年」とあるだけで、 「周期性」を認める記載はな い。平均発生間隔だけでは、破局的噴火の可能性が十分に低い根拠にはならな い。 - 106 - 個々の火山でみると、姶良カルデラについては、約 3 万年前より以前の噴火 履歴は不明で、周期などわかりようがない。加久藤・小林カルデラについては、 最新の破局的噴火から 30 万年以上、阿多カルデラについては、前回から約 10.5 万年経過しており、運用期間中の破局的噴火の可能性が十分に低い根拠にはな りえない。阿蘇カルデラについては、過去 4 回の破局的噴火が確認されている が、間隔は約 2 万年だったり約 3 万年だったり約 11 万年だったりとまちまち である。前回の噴火が約 9 万年前であり、これについても、可能性が十分に低 い根拠にはならない。 原子力規制委員会の「審査書(案)に対するご意見への考え方」では、 「ご意 見の概要:階段ダイヤグラムを用いた評価や、鹿児島地溝帯全体として VEI7 以上の噴火の平均発生間隔を9万年としている評価は不適切ではないか」に対 して「考え方:個々のカルデラでは、必ずしも明確な周期性は確認されていま せん」(甲第68号証・審査書(案)に対するご意見への考え方)としている。 2 噴火ステージ論も根拠にはならない 続いて、債務者が論拠に使っているのが、Nagaoka(1988)の噴火ステージ 論である。「Nagaoka(1988)によると、姶良カルデラ及び阿多カルデラにお いては、破局的噴火に先行して、プリニー式噴火が間欠的に発生するプリニー 式噴火ステージ、破局的噴火が発生する破局的噴火ステージ、破局的噴火時の 残存マグマによる火砕流を噴出する中規模火砕流噴火ステージ、多様な噴火様 式の小規模噴火が発生する後カルデラ噴火ステージが認められている」 (甲第6 2号証・補正申請書 6(1)-7-8-4)としたうえで、対象となる 5 つすべてのカル デラについて考察に用いている。 しかし、この噴火ステージ論がうまくいかないことは、阿蘇カルデラや加久 藤・小林カルデラにおいて、過去の破局的噴火において、破局的噴火ステージ 以外のステージが確認されないことからも明らかである。 債務者は、姶良カルデラについては、後カルデラ火山噴火ステージであるこ - 107 - と、阿多カルデラについては、破局的噴火ステージの直前のプリニー式噴火ス テージに入っているが、これが約 6300 年前の池田噴火からで、前回の巨大噴 火の前ではこのステージが数万年続いたことから、破局的噴火までには十分な 時間的余裕があると考えられるとしている。 しかし、姶良カルデラについては、前々回の破局的噴火については、発生時 期もわからず、破局的噴火と破局的噴火の間にどのようなステージを辿ったの かは不明である。阿多カルデラについても、次の噴火が前回と全く同様な期間 を経てステージを踏む保証はない。噴火ステージ論は一つの考え方であるが、 一つの学説にすぎず火山学会で通説となっているものではない。適用の仕方を 含めて火山学者の間で議論が必要である。とりわけ、前記の巽教授らの「巨大 カルデラ噴火は山体噴火がスケールアップしたものではなく、噴火のメカニズ ムが異なる可能性が高い。」「世界中の噴火の約1割が狭い日本列島で発生して いる。」「巨大カルデラ噴火と山体噴火が起きている地殻では、プレート運動に よってもたらされる歪みの蓄積スピードが違っており、このことが地殻内部の マグマの挙動に影響を及ぼしている可能性がある」 (甲172)との見解が正し いとすれば、噴火ステージ論には根拠がないこととなる。規制に当たって依拠 できる見解とは言えない。 3 地中海の過去 1 回の噴火事例を一般化…九州に適応する根拠なし さらに債務者は、Druitt et al.(2012)(以下「ドルイット論文」という)を持 ち出す。これは、地中海にあるサントリーニ火山のミノア噴火とよばれる噴火 の岩石学的調査から、「破局的噴火直前の 100 年程度の間に、急激にマグマが 供給されたと推定されている。」(甲第62号証・補正申請書 6(1)-7-8-5)とい う研究結果である。債務者は、姶良カルデラについて、 「国土地理院による電子 基準点の解析結果によると、マグマ溜まりの増大を示唆する伸張傾向が認めら れるものの、加茂・石原(1980)に示される水準測量結果に基づくマグマ供給量 は、Druitt et al.に示される破局的噴火直前でのマグマ供給量に比べ十分小さ - 108 - い」としている。 しかし、火山検討チームの第一回会合において、藤井敏嗣東大名誉教授は、 以下のように指摘し、ドルイット論文がカルデラ一般に適用するものではない ことを論文の著者に確認したことを明らかにした。 「私のコメントでありますけれども、Druitt のこの論文は、3500 年前のサ ントリーニ火山のミノア噴火では準備過程の最終段階の 100 年間に数~ 10km3 のマグマ供給があったということを述べただけで、カルデラ一般につい て述べたものではない。これは本人にも確認をしましたけれども、これ、一般 則を自分は述べたつもりはないというふうに言っています。」(甲第65号証・ 火山検討チーム第一回会合議事録 P17) ドルイット論文の適用の仕方については、原子力規制委員会も、 「審査書(案) に対するご意見への考え方」において、「ご意見の概要:「Druitt et al.(2012)」 の論文は、ミノア噴火という過去1回の事例だけについて述べているのであっ て、南九州の VEI7 以上の噴火が同様であるという論拠にはならないのではな いか。」に対して「考え方:一つの知見がすべての火山に適用可能とは考えてい ません。」(甲第68号証・審査書(案)に対するご意見への考え方)と回答し ている。 藤井敏嗣東大名誉教授は、火山検討チーム第二回会合において、以下のよう に述べ、運用期間中に破局的噴火が発生する可能性について、専門家を含めて のさらなる検討を求めた。 「例えば Druitt の論文というのは、これは一般化されたものではないので、 姶良にそのまま使えないということを私は申し上げました。それ以外にも幾つ かありますよね。カルデラ噴火に至るような状況ではないと判断をしたという、 その判断内容に関していくつか疑義があるんですが、そのことについても、こ の検討チームの中で議論するのでしょうか。」(甲第66号証・火山検討チーム 第二回会合議事録 P9) - 109 - つまり、南九州におけるカルデラ噴火に関しても、破局噴火の数十年前から 100年前の間に急速にマグマが供給されるという科学的根拠は全く存在しな い。九州電力は、現在は急激なマグマの供給がないことを理由に破局噴火の可 能性は十分小さいとするが、1万年単位でマグマの供給がなされる場合、マグ マの供給量だけで破局噴火が起こるか否かを判断することは不可能なのである。 原決定も、「上記専門的知見のうち,特に Nagaoka(1988)の噴火ステ ージ論及び Druitt et al(2012)のミノア噴火に関する知見をあたかも一般 理論のように依拠していることに対しては,強い批判もみられるが,これらの 知見もマグマ溜まりの状況等その他の知見や調査結果と総合考慮されるもので あるから,上記批判が一部妥当するとしても債務者及び原子力規制委員会の判 断全体が不合理なものとまで認めることはできないと考えられる。」として、長 岡説とドルイット論文に関する批判が正当なものであることを認めている。そ して、火砕流噴火を事前に予測することはできないことを認めているのである。 4 マグマ溜まりの状況の把握は困難 債務者は、マグマ溜まりの状況について、補正申請書に以下のように記載し ている。即ち、 「破局的噴火時のマグマ溜まりは少なくとも地下 10 ㎞以浅にあ ると考えられる」(甲第62号証・補正申請書 6(1)-7-8-5)とした上で、「測地 学的検討から、姶良カルデラ(甲第62号証・補正申請書 6(1)-7-8-7)中央部 の深さ 12km にマグマ溜まりを示唆する圧力源が想定されている」、 「加久藤カ ルデラの地下 10 ㎞以浅に大規模な低比抵抗域はみられない」(甲第62号証・ 補正申請書 6(1)-7-8-10)、阿蘇カルデラについて「地震波速度構造において、 地下 6km に小規模なマグマ溜まりが認められるものの、大規模なマグマ溜ま りは認められない」(甲第62号証・補正申請書 6(1)-7-8-17)「阿蘇カルデラ の地下 10 ㎞以浅にマグマと予想される低抵抗域は認められない」などとして いる。小林カルデラについては、情報らしい情報はなく、阿多カルデラについ ても「地震波速度構造において、マグマ溜まりの存在の可能性を示す低速度異 - 110 - 常が認められる」とあるだけである(甲第62号証・補正申請書 6(1)-7-8-12・ 13)。鬼界カルデラについては、 「メルト包有物に関する検討から、地下 3km に マグマ溜まりの存在が推定され、現在の火山ガスの放出量が 800 年間継続して いたと仮定した場合、80km3 以上のマグマ溜まりが存在すると推定されてい る。」とあり、むしろ破局的噴火の危険性を示唆する指摘がある。(甲第62号 証・補正申請書 6(1)-7-8-15) これに対し、火山検討チーム会合において火山学者は、債務者が、マグマ溜 まりについて、10 ㎞以浅を注視している点に関連して、もっと深い可能性につ いても考慮するよう述べている。 石原和弘京大名誉教授 「地殻変動でもそうなんですけども、マグマが深いところにたまっているん じゃないかと。現在の地殻変動で見ているのは、大きいところが主体になって いますから、せいぜい 10km までの深さのをいわば見ているわけで、マグマが たまるとすると、つまり上限の上のところですよね、そこを見ているというふ うな考え方でちょっと評価しないと、浅いところだけ――浅いところというの は言い過ぎかもしれませんけど、変形の大きいところにウエートを置いて、そ こにいわばこれだけ膨らんでいるだろうというふうな、あまり単純なモデルで 評価すると、これは非常に過小評価になるところがあるんじゃないかと思いま す。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P36) 中田節也東大地震研教授 「桜島の場合は非常に広域に、大正噴火の後に沈降が進んでいますので、そ ういう、もっと広域な視点で見直すと、マグマ溜まりの深さというのは、実は 今 10km としていますけれども、もっと深いかもしれない。そうすると蓄積量 自身の計算が狂ってくるわけですね。そういう観測網の整備と同時に、その理 解というのをもっと進める必要があるだろうと思います。先ほどと同じですけ ど、マグマ溜まりの増減はモニタリングできるかもしれませんけど、そもそも - 111 - どれぐらいたまっているのかというのはわからんわけですね。それについては、 トモグラフィ、それからレシーバー関数解析、散乱解析によって、ある程度の 推定ができるように、技術を開発する必要があるだろうということです。」(甲 第65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P29) また、原子力規制庁の職員で火山検討チームのメンバーでもある安池由幸技 術基盤グループ専門職は、マグマ溜まりの調査は準備中であると指摘している。 「実際のマグマ溜まりがどの辺にあるのかというのを、地質学的にも見るん ですけれども、やっぱり物理探査、地震トモグラフィ等も含めて、ほかの比抵 抗とか、幾つかの物理探査の方法を検討して、幾つかのカルデラについて、ど ういう状況になっているかということは調査をしようと今しています。まだ、 ちょっとそれは準備段階ですけれども、そういった準備はしております。」(甲 第65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P38) 藤井敏嗣東大名誉教授は、破局的噴火を引き起こすような 100 ㎞ 3 以上のマ グマ溜まりについて、100 ㎞ 3 たまっているということを今の時点で推定する 方法はほとんどなく、地震学的な手法での探査はなかなか難しいというのが探 査の専門家の意見である、と指摘している。 「マグマ溜まりが 100km3 以上たまっていればということを言いましたけれ ども、100km3 たまっているということを今の時点で推定する手法というのは、 ほとんどないというふうに理解をしています。これは 10 年ぐらい前から私が 予知連のほうでいろんな探査の専門家に問い合わせてきました。カルデラ噴火 の場合は、例えば直前にマグマが一定量、つまり 100km3 以上ぐらいがなけれ ばそういうことが起こらないわけですから、それをつかまえればいいはずだと 思って聞いてきたんですが、実際にマグマの量を 100km3 というと、面積とし て 60~100km2 の下にマグマが存在するわけで、厚さが 1km ぐらいの液体が 存在する。そういうものを例えば今の地震学的な手法で探査できるかというと、 なかなか難しいというのが探査の専門家の意見です。」(甲第65号証・火山検 - 112 - 討チーム第一回会合議事録 P34) さらに藤井名誉教授は、別の手法が開発されるべきで、国の内外を挙げて巨 大噴火についての調査・研究を進めるべきだと提言している。破局的噴火や巨 大噴火を引き起こすようなマグマ溜まりの状況把握はこれからの課題とされて いる。 「新しい手法を開発するか、ものすごい量の地震計を張りめぐらして例えば 反射を見つけるとか、何かそういうことをやらなくちゃいけなくて、これは今 の日本の国内では現実的ではない。金額的にも、あるいは地理的な分布からい ってもですね。だから、もっと別の手法が開発されるべきで、先ほど散乱を使 うというようなことをおっしゃっていましたけれども、そういうことをこれか ら開発しないと、多分、できないというのが現実なんですね。だから、それを 見つける手法があれば我々としては非常にありがたいと思いますけれども、そ ういうことができないので、実は昨年の 5 月に、内閣府のほうから広域火山災 害に対する提言を出しましたが、その中で、カルデラ噴火というのは非常に危 機的なものであると。これは原発だけの問題ではなくて、人間の――日本国民 の安全にとっても重要な問題であるけれども、それに対する知見があまりにな さ過ぎるので、早急に観測・調査・研究をする体制をつくるべきであるという ことを、ここにいらっしゃる石原さんもおいでになりましたけれども、その委 員会の中から提言を出しました。先ほど中田さんが言われたのと全く同じです けれども、国の内外を挙げて、巨大噴火についての調査・研究を進めるべきで あると。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P34~35) 以上のように、火山の専門家は、現在どの程度マグマが溜まっているかどう かを把握する術は確立されていないと述べている。すなわち、マグマ溜まりの 状況から破局噴火が起こる可能性が十分小さいか把握することはできないので ある。 原決定が長岡説とドルイット論文が予測の根拠にならないとしても、 「マグマ - 113 - 溜まりの状況等その他の知見や調査結果と総合考慮されるものであるから,上 記批判が一部妥当するとしても債務者及び原子力規制委員会の判断全体が不合 理なものとまで認めることはできない」としていることに、科学的な根拠はな いのである。 5 マグマの供給の増加が GPS に現れるとは限らない 債務者は、姶良カルデラを除いた4つのカルデラについて、 「国土地理院によ る電子基準点の解析結果によると、マグマ溜まりの顕著な増大を示唆する基線 変化は見られない」とし、GPS に変化がないからマグマ溜まりに変化はないと している。まず、姶良カルデラついては、危険が否定できないことが債務者の 主張からもわかる。 そして、火山検討チーム第一回会合での藤井敏嗣東大名誉教授は、ドルイッ ト論文に則して、マグマの供給の変化が地表の変化に現れるとは限らないと述 べている。まず、ドルイット論文について以下のように指摘している。 「数 km の深さにあるマグマに数 km3~10km3 のマグマが 100 年間で付加 されるとすると、地表では数十 m の隆起、年間で 1m 近くの上昇があるはずで あると。しかし、このような例というのは今まで知られていないので、あまり に大き過ぎる。したがって、マグマの蓄積が行われるのは、必ずしも地表が膨 らむというわけではなくて、マグマ溜まりが下側に沈むといいますか、底が沈 むことによってボリュームを稼ぐことができて、地表には現れないかもしれな いという議論をこの論文の中でしております。」(甲第65号証・火山検討チー ム第一回会合議事録 P17) その上で藤井氏の見解として以下のように述べている。 「それから、マグマ供給に見合うだけの隆起が起こるとは限りません。これ は彼らが議論しているとおりです。それから、特に地溝帯のようなところでマ グマ供給があるときには、既に全体として広がるようなところ、むしろ沈降気 - 114 - 味のところにマグマは貫入するわけですから、地表に隆起として、たとえマグ マ貫入があったとしても、隆起として現れない可能性もあります。」(甲第65 号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P18) 6 川内原発は立地不適とすべき 以上のように、川内原発の運用期間中(原子力発電施設内に核燃料(使用済 み含む)が存在する期間。運転期間が最長60年であり、搬出する先も未定で あることや搬出に相当な時間がかかることを考えれば最低でも100年は見な ければならないであろう)に、設計対応不可能な火山事象である破局的噴火が 発生し、火砕流が原発を襲う可能性が十分に小さいとはいえない。火山ガイド に従えば、川内原発は立地不適であり、廃炉にすべきであり、再稼働は到底認 められない。 第6 火山活動のモニタリングと兆候と対処の判断基準及び核燃料搬出の方針の 策定という火山ガイドの要求は、規制委員会の審査では満たされておらず、適 合性審査とその判断には重大な欠落がある 1 原決定の認定 「債権者らは,火山ガイドが,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の 運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価された場合でも,原子力 発電所に影響を及ぼし得る火山が抽出されていれば,その火山活動のモニタリ ングと火山活動の兆候把握時の対応を適切に行うことを条件付けている点に関 し,現在の火山学ではマグマ溜まりの状況等により破局的噴火の前兆を捉え, 確実に噴火を予知することは不可能であり,仮に破局的噴火を予知することが できたとしてもその時期は噴火の直前にならざるを得ず,数か月,数年前とい った早い時期から噴火の発生を予測できるわけではないと考えられるから,そ の予知後に本件原子炉施設から核燃料等を運び出す時間などないことは明らか - 115 - であって,そうすると,モニタリング等を行い噴火の兆候を捉えて対処すると いう火山ガイドの発想自体,現在の火山学に照らして不合理なものであり,科 学的根拠を欠いていると主張する。 この点,原子力規制委員会及び原子力規制庁の認識としても,火山ガイドの 策定時においては,破局的噴火の前兆現象を確実に把握でき,その把握から噴 火に至るまでの期間が数十年程度あることを前提としていたことがうかがわれ るところ(甲70,乙30,84),破局的噴火の前兆現象としてどのようなも のがあるかという点や,前兆現象が噴火のどれくらい前から把握が可能である かといった点については,火山学が破局的噴火を未だ経験していないため,現 時点において知見が確立しているとはいえない状況にある。」(原決定 176-177 頁) ここまでの判断は債権者の主張を認めたものである。 これから先の原決定の判断は火山ガイドの独特の解釈に基づくものである。 「もっとも,火山ガイドが条件付ける火山活動のモニタリングは,検討対象 火山について,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に影響 を及ぼす可能性が十分小さいと評価されたことを前提に,その後においても影 響を及ぼす可能性が十分に小さいことを継続的に確認することを目的として行 うものであって,噴火の時期や規模を正確に予知することを求めるものではな いと解される。その上で,前記(1)ア(イ)bの発電用軽水型原子炉の新規 制基準に関する検討チーム第20回会合における中田節也教授の講演での説明 ④,⑦~⑨及び同エ(ウ),(エ)の知見によれば,破局的噴火に至る前兆現象 としてプリニ一式噴火が生じたり,急激なマグマ溜まりの形成・発展,あるい は地殻変動等が生じることが指摘されているところ,これらの知見に加え火山 ガイドの附則においても, 「本評価ガイドは,今後の新たな知見と経験の蓄積に 応じて,それらを適切に反映するように見直して行くものとする。」とされてお り,前記(1)ウ(ウ)cのとおり,多数の火山専門家も参加するモニタリン - 116 - グ検討チームで同意された基本的な考え方において, 「何らかの異常が検知され た場合には,モニタリングによる検知の限界も考慮して, “空振りも覚悟のうえ” で巨大噴火の可能性を考慮した処置を講ずることが必要である。また,その判 断は,原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべきである」とい ったモニタリングに関する考え方が示されていることをも併せ考慮すれば,火 山ガイドが条件付ける火山活動のモニタリングは,その目的に照らして実効性 のないものと断じることはできず,火山学の知見に照らしても不合理なもので はないと認めるのが相当である。」(原決定 177-178 頁) このような判断こそが、火山問題における原決定の最大の誤りである。この 点は、このあと詳細に論ずることとする。 「なお,火山学会の原子力問題対応委員会は,前記前提事実(10)ウのと おり,火山学会提言を公表しているが,前記(1)ウ(ウ)dのとおり,その 趣旨は,モニタリング検討チームで同意された基本的な考え方とほぼ一致する ものであって, 「今後,例えば海外で新たに噴火が起きたとか,あるいは研究の 進展に伴って新たな事実が分かつたというような場合は,新知見をどんどん取 り入れて考慮しながら規格・基準等を見直していく必要がある」というものに とどまり,新規制基準及び火山ガイドの内容を否定する趣旨までは含んでいな いとみるのが相当である。」(原決定 178 頁)としている。 この判断も、火山学会の当事者から、火山学会の多数はそのように考えてい ないという見解が示されている。このことは後述する。 2 原決定の論理のまとめ 以上のとおり、原決定は、運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分に小さい と評価されたことを前提に、モニタリングはそれが継続していることが確認で きればよく、噴火の時期や規模を正確に予測できなくてもよい、噴火に際して は兆候があるはずで、兆候があれば空振り覚悟で対処させればよい、それでな - 117 - んとかなるだろうということとなる。しかし、このような論理は万が一にも原 発による災害を引き起こしてはならないという規制基準の目的(伊方最高裁判 決参照)に照らして、火山ガイドの解釈として非常に無理があり、債権者ら住 民の生命健康を著しい危険に晒す誤った論理であるといわざるを得ない。 3 結局、予知できなければ災害は防げない 規制委員会及び債務者は、運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分に小さい と評価でき、この状態が継続していることを確認し、もし兆候があれば空振り 覚悟で対応するというが、結局のところ、これは使用済み燃料を運び出す時間 的余裕を持って噴火の予知・予測ができることを前提としている(兆候を把握 出来ることが前提となっている)。 しかしながら、この論理は「破局的噴火の前兆現象としてどのようなものが あるかという点や、前兆現象が噴火のどれくらい前から把握が可能であるかと いった点については…現時点において知見が確立しているとは言えない状況に ある。」との事実認定とは決定的に矛盾している。 原決定は、「噴火の時期や規模を正確に予測することを求めるものではない」 というが、火山ガイドの要求に照らせば、少なくとも、運用期間中に影響を及 ぼす可能性が十分に小さいと評価でき、兆候を確実に把握し、核燃料搬出の時 間的余裕をもって、明確な判断基準でもって原子炉停止や核燃料搬出の判断・ 実施ができる程度の正確さは必要不可欠である。 しかし、火山モニタリング検討チーム会合では、そうした点について次項で 詳細に引用するように、専門家から疑問が噴出し、基本的な考え方に、 「モニタ リングによる検知の限界も考慮して」の文言が盛り込まれたのである。 これは、火山ガイドが要求する必要最低限の予測の正確さのレベルにおいて も、火山学の知見が確立しているとは言えない状況にあるとみるべきであり、 この点から原決定の論理は破綻していると言わざるを得ない。 - 118 - 4 判断基準のない決意表明だけでは事故は防げない 破局的噴火に対するモニタリングについては、火山モニタリング検討チーム で議論されているように、マグマだまりの把握すらできておらず、そのための 手法をこれから開発しなければならないというのが現状であることは、次項で 再論するように、既に立証したところである。 「『空振りも覚悟の上』で処置を講ずる」「判断は、原子力規制委員会・原子 力規制庁が責任を持って行うべき」というが、明確な判断基準はなく、抽象的 な空文句と空約束、根拠のない決意表明にすぎない。 モニタリングの実施者は事業者である債務者の九州電力であり、九州電力は 客観的には、経営上なるべく原発を止めたくない、すなわち兆候を把握しても、 原子炉の停止や核燃料搬出といった処置を実施したくない立場にある。それゆ え、火山ガイドは、 「モニタリングにより、火山活動の兆候を把握した場合の対 処方針等を定めること。 (1)対処を講じるために把握すべき火山活動の兆候と、 その兆候を把握した場合に対処を講じるための判断条件」と、客観的な判断基 準を定めることを要求しているのである。 原子力規制委員会は、この要求が、火山学の知見に照らしてとても無理であ ることから、火山ガイドを曲げ、債務者である九州電力に対し、上記の判断基 準について、現時点において策定させることを事実上放棄しており、代わりに 原子力規制委員会・原子力規制庁の責任で判断するなどとして、抽象的な空文 句と空約束を並べているのである。 火山ガイドの要求を満たすことができないことが明らかになった以上、火山 ガイドの記述を、モニタリングによる予測が不可能であることを前提としたも のに書き直さなければならないのである。この1点においても、原決定の予測 は困難という事実認識をもとにすれば、現状の火山ガイドは規制基準として不 合理なものとなっていると断言できる。 - 119 - 5 日本におけるカルデラ火山の破局的噴火の頻度は、いずれも十分に小さいと はいえない 運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分に小さいとの評価について、IAEA は、10 のマイナス 7 乗のリスク(1 千万炉年に 1 回のリスク)をスクリーニン グレベルとした上で、リスクについて、規制当局が具体的な数値を定めて規制 するよう要求しているが、火山ガイドではそのような対応はなされていない。 原決定には「日本におけるカルデラ火山の破局的噴火の頻度が1万年に1回 程度(日本で今後 100 年間における VEI7以上の破局的噴火の発生確率は 0.73 ~1.0%と推定することができるとする見解もある 巽論文 甲172)であり、 最新の噴火が 7,300 年前(鬼界カルデラ)であるから、警戒すべき時期に差し 掛かっていると指摘する火山学者が一定数存在する(甲43、111、115、 118、乙67)」 (原決定 175 頁)との認識が示されている。ここで挙げられ ている発生頻度からすれば、日本におけるカルデラ火山の破局的噴火の頻度は、 原子力安全を維持する立場からは無視できないレベルである。よって、日本国 内の原子力発電所に適用されるガイドとしては、そもそも意味をもたない要求 事項といえる。 6 火山ガイドは核燃料の搬出等を行うための監視を求めている 核燃料搬出の方針が定められていない。火山影響評価ガイドに、 「事業者が実 施すべきモニタリングは、原子炉の運転停止、核燃料の搬出等を行うための監 視であり」 (甲第60号証。火山影響評価ガイド・11頁)とあるように、モニ タリングの目的には「核燃料搬出等を行うための監視」が含まれる。 核燃料の事前搬出があるからこそ「破局的噴火の前兆現象を確実に把握でき、 その把握から噴火に至るまでの期間が数十年程度あることを前提」にしていた のである。 - 120 - すなわち、長い時間を要する核燃料の搬出を行うだけの十分な時間的余裕を もって、少なくともその程度の正確さをもって、噴火の規模や時期の予測を行 うことが要求されている。 核燃料搬出には、使用済み燃料をプールで冷却するだけでも5年はかかる、 と原子力規制委員会田中俊一委員長は繰り返し述べている。 2014年11月5日の記者会見において、3ヶ月で可能である趣旨の発言 もあったが、その後、 「発言の趣旨は、仮に噴火までに3ヵ月しかないという時 には、原子力発電所では、急いでいろいろな方法を考えていかなければならな いという認識を示しています。」(甲第113号証・11月5日(火)田中原子 力規制委員長会見発言補足及び訂正資料)との訂正の文書が出ている。 使用済み燃料は、取り出し直後は、高温であるばかりでなく、放射線量も高 く、取り扱いが極めて困難である。 運搬手段の手配や搬出先をあらかじめ決めておかない限りは、さらに何十年 もかかる可能性がある。 この要求を満たすことは無理である、と火山学者は警告し続けており、その ために、日本火山学会は、基準適合性審査の見直しを提案しているのである。 火山ガイドに「事業者が実施すべきモニタリングは、原子炉の運転停止、核 燃料の搬出等を行うための監視」とあり、対処方針を定めることを要求してい る。 7 中田氏自らが予測は困難としている 「破局的噴火に至る前兆現象としてプリニー式噴火が生じたり、急激なマグ マ溜まりの形成・発展、あるいは地殻変動等が生じることが指摘されている」 との決定文の根拠に、火山ガイド策定の検討会で唯一ヒアリングを一度だけ受 けた中田節也教授のプレゼンテーションの内容が多く援用されている。しかし 中田氏は、本件川内原子力発電所の火山審査について、雑誌「科学」において、 - 121 - 「川内原子力発電所(九州電力)の審査も、国は通したいのだと思います。し かし、ここで基準を緩めるよりも、厳しく審査する方がいいと思います。川内 原子力発電所には、無理のない想定で火砕流が届きます。なぜ届かないといえ るのか、つめて学問的にいえるようにならないと、許可しないほうがいいと私 は思います。」 (甲第115号証。 「科学」2014年1月号)と述べて、川内原 発への火砕流の到達が否定できない以上は、審査を許可すべきではない、と指 摘されているのである。 さらに、ヒアリングから一年余り後の新聞インタビュー記事で、以下のよう に述べていた。「『異常』のサインをいつ出せるか、カルデラ噴火に至る時間的 プロセスもわかっていない。それなのに大規模噴火の前兆を捉えられるという 話にすり替わった」 「規制委が要請すべきは、燃料を運び出す余裕を持ってカル デラ噴火を予測できるモニタリングのはず。それは無理だと規制委にコメント したが、全然通じていない。搬出には何年もかかるとの見方もある。間に合わ ないことは十分に考えられる」(南日本新聞 2014 年 6 月 26 日付) 8 保安規定には兆候と対処の判断条件、核燃料搬出の計画は記載されていない 火山ガイドは、兆候把握時の対処方針について、判断基準を含め、適切に定 めることを要求しているが、債務者の補正申請書には以下の記載があるだけで、 具体的な内容は定められていない。 「対象火山の状態に顕著な変化が生じた場合は、第三者(火山専門家等)の 助言を得た上で破局的噴火への発展性を評価し、破局的噴火への発展の可能性 がある場合は、発電用原子炉の停止、適切な燃料体等の搬出等を実施する。」 (甲 第70号証・平成26年5月16日基準適合性審査会合提出資料 P5) 兆候に対する判断基準、核燃料の搬出をどのように行うのか、噴火の予測は 間に合うのか、具体的中身や根拠が一切書かれていない。これに対し、原子力 規制委員会は、「申請者が…兆候を把握した場合の対処方針を示している」(甲 - 122 - 第72号証・審査書 P62)とし、方針の記載があるというだけで許可してしま った。 原子力規制委員会・規制庁は、記者会見などを通じて、核燃料搬出の方針等 の具体的内容については、「保安規定」ないしは保安規定に準ずる「社内規定」 に書き込ませる旨の指摘を行っていた。以下は火山検討チーム会合における原 子力規制庁櫻田審議官の発言である。 「冷却にどのぐらい時間がかかるのかとか、時間がかかって、冷却した燃料 を、あるいは、熱い燃料かもしれませんけれども、それを持ち出すということ にどれくらいの時間がかかるかというのは、彼らがどういうハード的な、ある いはソフト的な体制を講じるかという、そこに依存するところがありまして、 そこについてはまだ、先ほど、冒頭申し上げましたように、債務者がこれから 検討すると、そういうことかなというふうに認識をしています、というのがお 答えです。」(甲第66号証・火山検討チーム第二回会合議事録 P25) 「異常時に原子炉の停止も含めた対応が行われるということについては、保 安規定というよりも、保安規定の規制、規定に従って設けられる彼らの中の社 内の運用手順書でありますとか、そういう規定ドキュメントの中で規定されて いくと。マニュアルの中で出てくると、こういうような形になっています。」 (甲 第65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P40) 地裁決定は、 「債務者は、本件原子炉施設に係る保安規定変更許可申請におい て…次の内容を含む計画を策定することとし、実施基準を設けるなどとしてい るが、現時点で同計画は未策定である(甲73、74、乙85)」 (P168)とし、 「次の内容」には、 「燃料体等の搬出等の計画策定」を含んでいる。近くこれが 策定されることを前提に決定が下されている。 しかし、保安規定変更許可申請の審査は現在継続中だが、審議されている 2014 年 12 月 8 日付け事業者ヒアリングにおいて債務者から提出された保安規 定案(甲173保安規定案)には、モニタリングをどうするのか、把握すべき - 123 - 兆候は何で対処の判断基準は何か、燃料体等の搬出をどのように行うのか、具 体的な計画も実施基準もなく、ただ項目が並べられているだけである(なお、 2015 年 4 月 30 日に補正書が提出されているが、これにも有識者の見解は反映 されていない)。原子力規制委員会・原子力規制庁は、詳細は社内規定に書かせ るとしている。保安規定案には社内規定の項があるが、 「カルデラ火山モニタリ ング対応基準」 「カルデラ火山モニタリングに伴う燃料等の搬出等対応基準」と いったタイトルしかない(甲173保安規定案)。原子力規制庁によると、詳細 は社内文書なので非公開であり、原子力規制委員会の委員も原子力規制庁の職 員も見ていないという。 藪の中だが、中身は空っぽであることは容易に推察される。それがわかって いるからこそ、原子力規制委員会・原子力規制庁も提出を要求しないないので はなかろうか。こんな状況で原子力発電所の安全確保などできようがない。火 山ガイドの要求事項について、社内規定に書いたことにしてそれを公開せず、 審査もしないというのであれば、そのことをもってしても、適合性審査とその 判断には重大な欠落があるとみなさなければならない。 9 規制庁職員も予測は不可能と述べている 巨大噴火だから必ず前兆も大きくなるというのが誤りであることは、火山モ ニタリングに関する検討チーム会合の場で、原子力規制庁の職員も、次のよう に指摘している。 ○安池専門職「先ほどからちょっと、結構細かい話になるかもしれないです が、その判断の基準ということになると思うんですけれども、現状のガイドの 考え方とか、今の審査の流れの中では、やはり巨大噴火だから大きな予兆があ るとか、大きな変動があるとかということを、当初は考えていたんですけども、 やはりそれは、必ずしも起こるとは限らないと、そういうことなので、今の状 態から、どのように――今の状態が、多分何がしかの小さい「ゆらぎ」の変化、 - 124 - 「ゆらぎ」になるかもしれませんけども、何がしかの変化は多分捉えられるん ではないかと思っておりまして、その変化というのがどの程度かというのが、 その大きさと長さについて、あまり具体的な、今、指標がないといえばない状 況だと思います。それを考えるに当たっての、例えば一般の火山、小さい噴火 の火山と、巨大噴火でスケーリング則が成り立つかという議論はありますけれ ども、やはり今の火山、一般の火山、小さい噴火での火山でのそういう、例え ば地殻変動とか、あるいは地震活動とか、そういったものをベースに、その巨 大噴火に至るような、至るか至らないかわからないですけど今、少なくともカ ルデラが活動を始めようとしているのか、していないとか、その辺の指標を決 めるというか、指標についての考え方を専門家の方の御意見をいただければと いうふうに考えているんですけれども。」(甲第114号証・火山モニタリング に関する検討チーム第二回会合議事録30頁)」。 火山モニタリングに関する検討チームは、その後開催されておらず、原子力 規制庁の安池専門職の上記問いかけに対する回答は得られていない。 債務者が、数十年の猶予があるとする根拠が、Druitt et.al.(2012)であるなら ば、これを根拠なしに九州のカルデラに適用することができないことは、既に 債権者準備書面12(31~37頁)にあるとおりである。このことは、原決 定も認めざるを得なかった。 債務者は、適合性審査の場において、同じ岩石学的調査を九州でも実施する と明言したが、いまだにその結果は示されていない。 債務者は、続けて、 「債務者は、破局的噴火に発展する可能性が僅かでも存す るような事象が確認された時点で、直ちに適切な対処を行うものである。」(債 務者準備書面7・34頁)と述べているが、ここに「僅かでも存する」の「僅 か」とは、どの程度なのか全く基準が示されていない。 最近になって阿蘇山で噴火が始まったが、これは、 「僅かでも存する」状況で はないのか、全く基準として使い物にならないのである。 - 125 - 2014年の桜島の噴火回数は450回にのぼる。これは、 「僅かでも存する」 状況ではないのか。 新燃岳のマグマ溜まりも膨張傾向にある。これは、 「僅かでも存する」状況で はないのか。 債務者準備書面7には、監視レベルと移行判断基準についての記載があるが、 結局のところ、Druitt et.al.(2012)をそのまま九州のカルデラに適用しているだ けである。 また、債務者が引用する中田節也東大地震研教授が、核燃料の搬出に時間的 猶予をもって兆候を把握するためのモニタリングを行うのは無理があると指摘 していることは、既に指摘したとおりである。 10 使用済み燃料を運び出すことのできる時間的余裕を持って火砕流噴火を 予知することはできない 以上のとおりであって、使用済み燃料を運び出すことのできる時間的余裕を 持って火砕流噴火を予知することは、到底不可能である。このことは、原決定 が依拠する専門家である中田教授自らが公に言明されている。 本件原発は、火砕流噴火による破滅的な災害の危険性を否定することはでき ず、その運転を差し止めるべきである。 第7 火砕流噴火を使用済み燃料の運び出しに必要な時間的余裕を持って予知す ることはできない(詳説) 債権者らは、原決定の審理の過程で、債務者が火砕流噴火を使用済み燃料の 運び出しが可能な時期に予知し、火砕流の到達以前に運び出しを完了すること ができるとする根拠には科学的裏付けがないことを、以下のとおり多くの火山 学者の見解を引用しつつ、論証した。しかし、原決定は、これらの主張に対す る明確な判断が示されていない。 - 126 - 1 火山ガイドの要求 前述のように、火山ガイドは、仮に原発の運用期間中に火砕流などの設計対 応不可能な火山事象が生じる可能性が十分に小さいと判断された場合でも、火 砕流が原発に到達する可能性があれば、 「モニタリング」を実施すること、兆候 把握時の対処方針等を適切に定めることを要求している。兆候把握時の対処方 針についてはさらに詳しい規定があり、把握すべき兆候と講じるべき対処につ いての「判断基準」や「核燃料搬出の方針」も含まれている。兆候の把握によ る対処が可能であることを前提にした規制になっている。 「影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価された場合は、火山活動のモニタ リングと火山活動の兆候把握時の対応を適切に行うことを条件として、個々の 火山事象に対する影響評価を行う。」(甲第60号証・火山ガイド P5) 「火山活動の兆候を把握した場合の以下の対処方針等を定めること。 ⅰ 対処を講じるために把握すべき火山活動の兆候と、その兆候を把握した 場合に対処を講じるための判断基準 ⅱ 火山活動のモニタリングにより把握された兆候に基づき対処を実施する 方針 ⅲ 火山活動の兆候を把握した場合の対処として、原子炉の停止、適切な核 燃料の搬出等が実施される方針」(甲第60号証・火山ガイド P24)」 2 核燃料搬出の方針について 原発の場合、火砕流に対しては、ただ原子炉を停止すればいいというもので はない。核燃料の搬出が必要となる。川内原発には 2,000 体近い使用済み核燃 料がプールに溜まっている。大型トレーラー1 台にようやく 1 基が乗る輸送容 器 75 基分に相当する。プールは、水を循環させながら冷却し続けなければな らない。ほぼ常温で大気圧であり、運転中は高温高圧となる原子炉に比較する - 127 - と、安全上は必ずしも重要視されないが、火砕流については、それ自体が高温 の巨大なエネルギーの塊であり、プールが破壊され、冷却ができなくなったと ころに熱が加われば、燃料棒が溶融して大量の放射能が放出される恐れがあり、 抱えている放射能の量からみると、むしろ原子炉よりも影響は深刻になるおそ れがある。よって、火山活動の兆候を把握した場合の対処としては、原子炉の 停止と並んで、あるいはそれ以上に重要な措置となる。 これをどうやって避難させるのか、どこに避難させるのか、具体的な計画は ない。原子炉から取り出した燃料は、最低 5 年間は使用済み燃料プールで冷却 しなければならない(甲第69号証・記者会見:田中俊一原子力規制委員会委 員長)。青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場の使用済み燃料貯蔵プールも既に 満杯の状態である。搬出先のあてはない。核燃料の搬出は、何十年もかかる措 置である。 従って、兆候の把握は、単に噴火が起こるというだけではなく、何十年も前 に、通常の噴火とは違う、巨大噴火とわかる形で把握しなければ意味はない。 3 兆候把握は可能だとする唯一の根拠―ギリシャの過去1回の噴火事例 (1) ドルイット論文について 債務者が兆候の把握が可能だとした根拠は、フランス人のドルイット氏 による論文 Druitt et al.(2012)(以下「ドルイット論文」という)である。 これは、地中海のサントリーニ火山のミノア噴火を呼ばれる過去1回の噴 火による岩石学的調査の事例である。論文の内容については、火山検討チ ーム第一回会合において、火山噴火予知連絡会会長で東大名誉教授の藤井 敏嗣氏が以下のように解説している。 「この論文について、解説する理由は幾つかあります。一つは、この論 文に基づいて、巨大噴火の可能性が十分に低いと判定するための根拠の一 つとされたからであります。それから、もう一つは、モニタリングによっ - 128 - て巨大噴火を知ることができるということの根拠の一つにされたのがこの 論文であります。それから、異常の発現から巨大噴火に至るまでの期間と して、数十年もしくは 100 年あるので、安全に廃棄物を移動できる期間が あると。その予知まで、予知をしてから噴火に至るまでの期間に余裕があ るということの根拠に使われたのもこの論文であります。ですから、この 論文は、今回、規制庁もしくは九電側が、巨大噴火を判定する、あるいは モニタリングの基盤にするときに使用した非常に重要な論文でありますの で、それについて御説明をします。」(甲第65号証・火山検討チーム第一 回議事録 P14) 「この論文で取り扱ったのは、今から 3500 年前、紀元前 17 世紀にサン トリーニ火山――今はギリシャ領になっていますが――サントリーニ火山 で 40km3 ないし 60km3 のマグマを噴出したカルデラ噴火、通常はミノア 噴火と呼ばれておりますが、その噴出物の中に含まれる斜長石という白い 結晶ですね。どこにでも大抵の火山岩の中には含まれている斜長石の斑晶 を解析して、その中に含まれている非常に微量な成分でありますが、マグ ネシウム、チタン、ストロンチウムという、これはそれぞれ、斜長石の中 で拡散速度が違う元素でありますが、この元素の分布の解析から、その斜 長石が晶出して、その後の熱履歴を固定しているという前提から解析をし、 それに基づいて、カルデラ噴火に至るマグマ溜まりでのプロセスを解釈し た論文であります。」 (甲第65号証・火山検討チーム第一回議事録 P14~ 15) 「その主な結論は、ここで黄色い枠の中に書いてあります。このミノア 噴火のマグマ溜まりは、噴火に先立って、これはいつからできたかという ことは一切書いておりませんが、数 km の深さに」 「流紋岩マグマが存在し ていたと。そこへ噴火に先立つ 100 年ぐらい前、数十年~100 年ぐらい前 に」 「デイサイトマグマが浅いところに移動をしてくる。そして、そのもと - 129 - もとあった数 km の深さの流紋岩マグマの近くにやって来るという現象が あった。100 年前に予知ができるとか、予知をしたというふうに、いろん な場所で言われている 100 年というのは、この数値のことを指すものと思 われます。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回議事録 P15) 「深いところから上がってきた、デイサイトマグマの量はどのくらいで あったかというと、最終的に混ざって噴出したマグマと、それから、推定 したデイサイトマグマの化学組成から、深いところから上がって混合した マグマは数 km、彼らは数というのを 5~6 だと思っているようですが、5 ないし 10km3 のマグマが 100 年ほど前に上がってきたと。もともとあっ た流紋岩マグマは、35 もしくは 50km3 であると。」 (P15) 「ボリュームの 推定が、全体として噴火によって放出されたのが 40 ないし 60 という、こ れぐらいの誤差を持つものですから、こういう見積もりになります。この ことは約 100 年間で数 km3~10km3 のマグマが付加されたことになるの で、マグマの供給率は、年間で言うと 0.05~0.1km3 になると。これがモ ニタリングの一つの根拠に使われている数値であります。0.05km3 よりも 大きいので、それは十分に把握できて、これを把握した途端に巨大噴火が 100 年後に、あるいは数十年後に起こる可能性があるというふうに理解を されたようであります」 (甲第65号証・火山検討チーム第一回議事録(P15 ~16)) サントリーニ火山のミノア噴火の痕跡から、もともと 35~50km3 あっ たマグマに、100 年ほどの間に 5~10km3 のマグマが上がってきて付加さ れた、この供給速度は、年間にすると 0.05~0.1km3 になるという知見で ある。債務者は当初、サントリーニ火山ミノア噴火とともにカリフォルニ アのロングバレー火山の事例も挙げていた。しかしこの事例では、急速な マグマ供給が最大で 3,000 年かかる可能性があり、兆候を捉えることが困 難な可能性があるからか、途中で引っ込めてしまった。2014 年 3~5 月の - 130 - 適合性審査会合で検討された。 (2) 債務者はドルイット論文の知見をそのまま南九州に適用 債務者は、ドルイット論文の知見をそのまま、まずは姶良(あいら)カ ルデラに適用する。まず、 「桜島火山の噴火に伴う姶良カルデラ周辺の地盤 の変動」についての知見から、 「噴火で放出されたマグマ量に比例して地盤 が急激に沈降するものの、その後マグマが一定の割合で供給(0.01km3/ 年)されるために、徐々に隆起回復するという規則性が見出されている」 (甲第70号証・2014年5月16日適合性審査会合提出資料 P11)と した上で、ドルイット論文によるマグマ供給率の最小値(0.05km3)がこ れの5倍であることから、GPS(人工衛星により位置を特定する観測装置) による基線長変化(火山を挟んだ両側の2点間の距離の変化)について、 ここ数百年の地殻変動量である 1cm/年の5倍である 5cm/年を判断基 準とし、これを超えると監視体制を「警戒」とし、詳細観測の実施、異常 の原因等の検討、活動的なマグマ溜まりの特定を行い、カルデラの活動と みなされる場合は、対処準備、燃料体等の搬出等を実施する、とし、さら に、ドルイット論文によるマグマ供給率の中央値(0.1km3)から、GPS による基線長変化が 10cm/年を超える場合は、詳細観測の実施、対処準 備、燃料体等の搬出等を行うとする「判断基準(案)」をまとめたのである。 この場合、GPS による基線長変化による兆候の把握から、破局的噴火に至 る期間は 60 年程度であり、核燃料の搬出にも十分間に合うというのであ る。その上で、他のカルデラ火山についても、まったく同じ判断基準を適 応するとしていた。(甲第70号証・2014 年 5 月 16 日適合性審査会合提 出資料) このように、債務者はドルイット論文を基に、①GPS のモニタリング により破局的噴火の兆候を捉えることは可能であり、②GPS による基線 - 131 - の変化が5倍程度という判断基準が示され、③兆候を把握してから破局的 噴火まで数十年あり核燃料の搬出に十分に間に合う、としたのである。 (3) ドルイット論文の知見はカルデラ一般に適用するものではない この論拠の前提は、ギリシャのサントリーニ火山のミノア噴火の知見が、 他のカルデラ火山の巨大噴火や破局的噴火に一般化できること、そして、 マグマの供給量の変化が、そのまま GPS による基線の変化に現れること である。ところが、この点につき、先に紹介した火山検討チーム会合での 藤井敏嗣氏の発言は以下のよう続く。 「100 年程度の間に既存の流紋岩マグマ、数 km の深さにあった流紋岩 マグマ、それは 35 ないし 50km3 あったと考えられますが、それにデイサ イトマグマが、数 km3~10km3 のデイサイトマグマがつけ加わったとい うことで、1 年当たりのマグマ供給量で言えば、0.05~0.1km3 になるとい うことであります。これが彼らの主要な結論なんですね。」 (甲第65号証・ 火山検討チーム第一回議事録 P17) 「それで、モニタリングに関わることに関して彼らも議論をしておりま すが、ここに二つ挙げました。数 km の深さにあるマグマに数 km3~ 10km3 のマグマが 100 年間で付加されるとすると、地表では数十 m の隆 起、年間で 1m 近くの上昇があるはずであると。しかし、このような例と いうのは今まで知られていないので、あまりに大き過ぎる。したがって、 マグマの蓄積が行われるのは、必ずしも地表が膨らむというわけではなく て、マグマ溜まりが下側に沈むといいますか、底が沈むことによってボリ ュームを稼ぐことができて、地表には現れないかもしれないという議論を この論文の中でしております。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回議 事録 P17) 「私のコメントでありますけれども、Druitt のこの論文は、3500 年前 - 132 - のサントリーニ火山のミノア噴火では準備過程の最終段階の 100 年間に数 ~10km3 のマグマ供給があったということを述べただけで、カルデラ一般 について述べたものではない。これは本人にも確認をしましたけれども、 これ、一般則を自分は述べたつもりはないというふうに言っています。」 (甲 第65号証・火山検討チーム第一回議事録 P17) 「それから、マグマ供給に見合うだけの隆起が起こるとは限りません。 これは彼らが議論しているとおりです。それから、特に地溝帯のようなと ころでマグマ供給があるときには、既に全体として広がるようなところ、 むしろ沈降気味のところにマグマは貫入するわけですから、地表に隆起と して、たとえマグマ貫入があったとしても、隆起として現れない可能性も あります。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回議事録 P18) 「それから、彼らの岩石学的な議論という点から言えば、マグマの中の 水の量がどうであったかというようなことを議論しておりませんので、彼 らがいろんなことの根拠に使った元素の分配、マグネシウムやストロンチ ウムやチタンの元素分配というのは、これは水の量によって大きく変化を しますので、その辺りの評価が困難であります。ですから、場合によって は、これはもう少し変わる可能性があります。」(甲第65号証・火山検討 チーム第一回議事録 P18) 「それから、この Druitt の論文がよく使われることの理由として、2012 年に公表されたわけですが、その後、反論がないので、これが正しいとい うふうに評価をされることがありますが、地球科学の論文の中では、これ は生物学だとか、分子生物学と違って、追試をするということは普通は行 われません。ですから、2 年前に発表になった論文が、今、否定されてい ないから、これは正しいという根拠はあり得ないんですね。例えば箱根火 山というのは、1950 年代に非常にすぐれた論文が出ましたけれども、それ を塗り替えるような論文が出たのは今世紀に入ってからです。それから、 - 133 - 富士火山の岩石学的な研究に対して、それを塗り替える結果が出たのも、 やはり今世紀に入ってからですから、反論がないから正しいということに はならない。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回議事録 P18) 「これはあくまでも一つのカルデラ噴火でこういうことが見つかったの で、今後、ほかのカルデラ噴火で、これが一般化できるかどうかという研 究が行われた上でやるべきものであって、しかも、これがモニタリングで 巨大噴火を検知できるとする、あるいは数十年前からできるという、これ が全ての例に当てはまらない可能性があることを示していると思いますの で、これにだけ頼るのは非常に危険だというふうに思います。」(甲第65 号証・火山検討チーム第一回議事録 P18) この発言により、ドルイット論文がカルデラ一般に適用できないことが、 論文の著者によって確認されただけでなく、マグマの供給の変化が必ずし も地表の変化として把握されない恐れがあるとの指摘がなされた。ドルイ ット論文の適用の仕方については、原子力規制委員会も、 「審査書(案)に 対するご意見への考え方」((2014 年 9 月 10 日)において、「ご意見の概 要: 「「Druitt et al.(2012)」の論文は、ミノア噴火という過去1回の事例だ けについて述べているのであって、南九州の VEI7 以上の噴火が同様であ るという論拠にはならないのではないか。」に対して「考え方:一つの知見 がすべての火山に適用可能とは考えていません。」(甲第68号証・審査書 (案)御意見に対する考え方 P63)と回答している。 4 長岡の噴火ステージ論に依拠して火砕流噴火が予知できるとする根拠はな い Nagaoka(1988)については、鹿児島大学の井村隆介准教授(火山地質学)が、 2014年4月16日に参議院議員会館で行われた講演において、個々のカル デラの噴火ステージについて債務者が作成した資料を説明しながら、以下のよ うに述べている(甲第110号証・井村隆介鹿児島大准教授の講演:テープ起 - 134 - こし)。 <姶良カルデラについて> 「(破局的噴火は)一回しか経験していないのです。このパターンというのは。 次もこのパターンでくるのかどうかは全然わからない。議論されていないので すよね。」「前駆的な活動があって、破局的な噴火が起こって、その後、後の活 動があります。まだ後の活動なので、前駆的な活動まではしばらく時間があり ますよというのが九電の主張なのですが、姶良に関しては一回しか経験してま せんから、本当にこのパターンでくるかどうかわからない。」 <阿多カルデラについて> 「南側の阿多カルデラですけれど、前に小さい噴火がぼこぼこ起こって、破 局的噴火が起こって、その後の活動ということで、このパターンが非常によく 似ているので、カルデラはみんなこのパターンで起こるというのが九電の主張 なのですが、その下の鬼界カルデラは全然そんなことはないでしょう。カルデ ラによってそうやって性格が全然違うのに、この二つがあるからと言って、次 はこうなるでしょうというような話になる。非常に危うい論理の上に立ってい るわけですよね。」 <阿蘇カルデラについて> 「(阿蘇カルデラは)でかいカルデラがあって、本当に日本で最大級の噴火を しているのは間違いありません。大きく分けると、阿蘇1、阿蘇2、阿蘇3、 阿蘇4というようにできあがっていて、最後の噴火が阿蘇4という形に。一番 でかい噴火なのですけれど、その前が、阿蘇3、阿蘇2、阿蘇1というのも結 構でかい噴火です。100立方キロを超えるようなマグマが出ているのですが、」 「阿蘇1から阿蘇2までは10万年以上あるんですけれど、阿蘇2から阿蘇3 というのは、2万年くらいしかないんですよ。阿蘇3から阿蘇4というのも数 万年しかないわけです。で、最後の噴火から9万年くらい経っているという状 況です。だから、100万立法キロのマグマをためるのにですね、こっち(注: - 135 - 阿蘇2)も100万立方キロ超えてます、こっち(注:阿蘇3)も超えてます がたった2万年くらいだという可能性だってあるわけです。ということは、姶 良カルデラの噴火から、3万年もう経っているわけです。ということはこのク ラスの噴火というのは、おこりうるかもしれない。」「そういうことが(基準適 合性審査の過程で)議論されていない」 井村準教授の指摘は、長岡の噴火ステージ論は、姶良カルデラと阿多カルデ ラの前回の破局的噴火のパターンが似ているというだけで、これをカルデラに 一般的に適用するのは無理がある。現に鬼界、加久藤・小林、阿蘇カルデラで はステージがみえない。姶良カルデラや阿多カルデラについても、次の噴火が 前回と同様なステージをたどる保証は全くないのである。阿蘇カルデラの例で は、2万年あれば、100万立法キロレベルの破局的噴火が発生する。3万年 前に破局的噴火があった姶良カルデラで破局的噴火が発生する可能性も否定で きないのである。いずれにしろ、火山の専門家による検討が足りず、破局噴火 が原発の運用期間内に起きないとする根拠はない、ということである。 5 債務者独自の岩石調査はうやむやに 2014 年 3 月 19 日の適合性審査会合で原子力規制委員会島﨑邦彦委員長代理 は、ドルイット論文が海外の事例であることを問題にし、もし日本で、逆に兆 候の把握ができないことを示す結果が出たら立地不適になる旨発言した。債務 者は、問題のカルデラについて調査の準備を進めていると発言し、問題のカル デラについて独自の調査を行うとした。 島﨑邦彦委員長代理 「最近の研究を紹介していただきましたけども、地中海のサントリーニ島だ とか、あるいはカリフォルニアのロングバレーとか、そういった例から実際マ グマが入ってくる時間スケールが万年のオーダーではなくて、1,000 年~100 年あるいはそれ以下であるという、そういった結果に基づいて議論をいただい - 136 - たんだと思っております。残念なことに、まだこれは海外の例だけでありまし て、日本の例がないんですよね。例えば、日本の例からですね、実際には、万 年オーダーであるというような結論がもし得られるとすれば、判断を変えない といけないので、その場合は、立地不適ということになります。それは、御存 じだと思いますけれども、一応コメントさせていただきたいと思います。」(甲 第71号証・2014 年 3 月 19 日適合性審査会合議事録 P60) 債務者 「我々が対処する破局的噴火の直前であれば、先ほど島﨑委員が海外の事例 とおっしゃった等を、私どもも、いやそれは岩石学的なもので、要は、最終的 に噴火したものが長期間非常にゆっくりたまるものではなくて、破局的噴火直 前の 100 年もしくは 1,000 年ぐらいでたまったというような岩石学的な研究成 果、海外でございますので、今は我々はそれを今採用しようとしています。そ れだけでは、やはり我々の直接のデータではございませんので、これらのカル デラを対象に添えた研究も今から取り組もうと、今取組準備をしている状況で ございます。」(甲第71号証・2014 年 3 月 19 日適合性審査会合議事録 P61) しかしその後、調査中とあるだけで結果は出ていない。原子力規制委員会は、 「債務者株式会社川内原子力発電所の発電用原子炉設置許可申請書に関する審 査書(案)に対するご意見への考え方」(2014 年 9 月)において、 「ご意見の 概要:債務者は岩石調査を行うと審査会合で述べていたが、審査確定前に公表 すべきである」に対して「考え方:御指摘の申請者による岩石調査は、今後、 モニタリングを実施しつつ、新しい知見の収集の一環として検討を行っていく ものと認識しています。」(甲第68号証・審査書(案)御意見に対する考え方 P65)と回答している。審査と切り離してしまっているのである。 6 火山ガイドは火山学の知見を過大評価している 噴火予測の困難さについては、先に述べたとおりであるが、火山検討チーム - 137 - 第一回会合において、石原和弘京大名誉教授は、火山ガイドについて以下のよ うに述べている。 「原子力規制委員会の火山影響評価ガイド、非常に立派なものができており ますけれども、それを拝見したり、関係者の巨大噴火に関してのいろんな御発 言を聞きますと、どうも火山学のレベル、水準をえらく高く評価しておられる と、過大に。地震学に比べれば、随分と遅れていると思うんです。」(甲第65 号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P6) 火山ガイドは、噴火の兆候把握時の対処方針等を適切に定めることを要求し ている。これは兆候の把握ができることを前提にしている。政府が認めたよう に、噴火の具体的な発生時期や規模を予測することが困難であれば、そもそも、 対処方針等を定めることはできないし、それが適切かどうかを判断することも できない。 火山ガイドには不備がある。兆候の把握が困難であるならば、原発の立地評 価は、耐震評価における原発重要施設直下の断層の影響評価と同様にすべきで ある。例えば、姶良カルデラの場合、活動性は疑う余地なく、債務者も川内原 発への火砕流の到達可能性を認めている。すなわち、影響の重大さも確認され ている。それでもすぐに立地不適とならないのは、兆候の把握による対応が可 能だという前提があるからで、この前提が崩れた以上、川内原発は立地不適と すべきである。 7 モニタリングと兆候把握時の対処方針を立てることはできなくなった (1) 核燃料搬出の方針が立てられない 政府・原子力規制委員会は、巨大噴火の規模や時期の予測は困難である ことを認めていることを先に紹介したが、その文言に続けて次のように述 べている。 「カルデラ噴火については、その前兆を捉えた例を承知しておらず、噴 - 138 - 火の具体的な発生時期や規模を予測することは困難であるが、一般論とし ては、噴火の規模によっては、地下からのマグマの供給量が大きく増加す ると考えられるところ、地殻変動等の監視を行うことにより、噴火の前兆 を捉えることが可能な場合もあると考えられ、火山活動のモニタリングに より、異常な事象を観測した段階で、結果として噴火に至らなくても、原 子炉の停止等の措置を速やかに行うことが重要であると考えている。」 (甲 第64号証の3~甲第64号証の4・カルデラ噴火の兆候把握についての 質問主意書及び政府答弁書) 「巨大噴火については観測例が少なく、現在の火山学上の知見では、モ ニタリングによってその時期や規模を予測することは困難であるが、巨大 噴火には何らかの前駆現象が発生する可能性が高い。ただし、モニタリン グで異常が認められたとしても、それを巨大噴火の予兆と判断できるか、 或いはバックグラウンドの情報がないため定常状態からの「ゆらぎ」の範 囲と判断してしまうおそれがあるのではないか、といった懸念もある。こ のため、原子力規制委員会の対応としては、何らかの異常が検知された場 合にはモニタリングによる検知の限界を考慮して、空振りも覚悟のうえで 巨大噴火の可能性を考慮した処置を講ずることが必要である。また、その 判断は、原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべきである。」 (甲第67号証・基本的考え方案) 発生時期や規模の予測ができなくても、異常な事象を観測した段階で、 外れ覚悟で原子炉を止めることにすればよいと読み取れる。しかし、火砕 流に際しては、核燃料の搬出が必要である。前述のように、それ自体が困 難な措置であり、何十年もかかる可能性がある。少なくとも、燃料の冷却 だけで5年はかかる。 これを噴火前に実施するためには、噴火の規模と時期が予測できなけれ ば意味がない。火山検討チームでは、噴火の前兆が現れるのは、経験上は、 - 139 - 数か月から長くても 1、2 年程度前に限られるとの指摘があった。第一回 会合で中田節也東大地震研究所教授は以下のように述べている。 「数カ月前から異常が見られるというのは先ほど紹介されたようで、同 じで、1 年前から見えるものもあります。それで、数週間前になると噴煙 が実際に高く成層圏までのぼることがあって、最後にカルデラ噴火が起こ るということです。そういう意味では、カルデラ噴火には必ず前兆があっ て――ここで見る限りですね――必ず前兆があって、直前には明らかに大 きな変動が見かけ上は出ると。そういう意味で、普通の避難には間に合い ますけども、ここで要求されている燃料の搬出等に間に合うだけのリード タイムは、多分、数年とか、あるいは 10 年という単位では、とてもこの 現象は見えるものではないということですね。」 (甲第65号証・火山検討 チーム第一回議事録 P30) (2) 兆候を把握した場合に対処を講じるための「判断基準」を定めることが できていない 火山ガイドは、火山活動の兆候を把握した場合の対処方針として「対処 を講じるために把握すべき火山活動の兆候と、その兆候を把握した場合に 対処を講じるための判断基準」 (甲第60号証・火山ガイド P24)を定め ることを要求するが、ドルイット論文をそのまま適用できないとなると、 一体これをどうするのか。 基本的考え方案には、前駆現象があるとしているが、何をもって「前駆 現象」とみなすのか、 「モニタリングでの異常」 「何らかの異常」とは何か、 何をもって異常とみなし、何をもって原子炉の停止や核燃料の搬出の判断 をくだすのか、という疑問が出てくる。 「基本的考え方案」には、 「モニタリングで異常が認められたとしても、 それを巨大噴火の予兆と判断できるか、或いはバックグラウンドの情報が - 140 - ないため定常状態からの「ゆらぎ」の範囲と判断してしまうおそれがある のではないか、といった懸念もある。」(甲第67号証・基本的考え方案) との記載がある。 債務者提出の資料から、姶良カルデラではマグマの供給が今現在も継続 している。過去の履歴を見ると、マグマの供給と噴火を繰り返し、そのた びに山体が伸び縮みしている。債務者は、現在も年間 1 センチの割合で 山体が膨張し、これが、マグマの供給速度年間 0.01 立法キロに相当する としている。これが噴火の度に収縮するが、噴火で山体は完全にもとには 戻らず、長期的にゆっくりとマグマが供給され続けている動きがみられる。 これが、マグマの供給速度年間 0.0016 立方キロに相当するという(甲第 70号証・2014 年 5 月 16 日適合性審査会合提出資料 P11)。これが巨大 噴火や破局的噴火を準備している可能性があるが、一体どのくらいのマグ マが蓄積されているのかは不明である。この巨大噴火や破局的噴火を準備 するマグマの供給量が急増し、例えば 10 倍になったとしても、もっと小 さいレベルでの山体の収縮(これを定常状態の『ゆらぎ』と称している) によるマグマの供給速度に収まってしまい、区別することができない。 火山検討チーム第一回会合で中田節也東大地震研教授は「ゆらぎ」につ いて、以下のように述べている。 「仮にモニタリングで現状とガイドのほうでは、現状との違いを検出す るためのモニタリングであるけれども、もし異常が見つかった場合に、そ の異常が何に基づいてどのような意味を持つのかという理解が、今の火山 学では非常に不十分です。揺らぎなのか、本当にカルデラに向けた兆候な のか、それをどうやって言うかですね。だから、異常というのは簡単かも しれないけども、正常が何かということも実はよく理解していないという ことを注意する必要があるだろうと思います。」 (甲第65号証・火山検討 チーム第一回会合議事録 P32) - 141 - (3) 判断基準を設定する根拠がない 2011 年 1 月の霧島の新燃岳の噴火について、政府は、前兆が把握でき た事例としており、2014 年 6 月 27 日付政府答弁書において、 「平成二十 三年一月二十六日の霧島山(新燃岳)の噴火については、噴火が発生する おそれがあるものとして気象庁が噴火警報を発表した約八か月後に、本格 的なマグマ噴火が発生した。」 (甲第64号証の3~甲第64号証の4・カ ルデラ噴火の兆候把握に関する質問主意書及び政府答弁書)としている。 これに対し、火山検討チーム第一回会合で石原和弘京大名誉教授は、以下 のように述べている。 「本格的なマグマの噴火の明瞭な証拠が、地震観測、あるいはテレビの モニタでは識別できなかったということです。」 「結果的に地震学者の方が 言われるように、予知に失敗しているわけです。しかしながら、前年 5 月からのレベル 2 を維持して、霧島市等、地元の自治体は登山規制を堅 持していたと。その結果、人命が失われる事態は避けられたということに なります。つまり、噴火警報は「人身の安全確保」を目的とした情報であ りまして、地震学者が言うような「予知」ではないということです。」 (甲 第65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P9) マグマ噴火の証拠はなく、噴火そのものの予知はできなかったが、GPS で変化が確認された後、警戒レベルを引き上げ、それを維持していたのが 幸いしたということである。 果たして、このような兆候は、今後、空振り覚悟の上で対処を講ずる兆 候とみなすのだろうか。2011 年の噴火そのものはどうか。これは「モニ タリングの異常」ではないのか。一体何をもって原子炉を止め、何をもっ て核燃料の搬出にとりかかるのか。 明確な判断基準がなければ、債務者は動かないであろう。原発の安全確 - 142 - 保ができないし、火山ガイドの要求も満たさないことになるが、それが定 められない、定める根拠がないというのが現状である。 (4) モニタリングについても実施方針が立たない 御嶽山噴火に際して、気象庁が実施している火山活動のモニタリング (監視活動)が不十分であるとの指摘があるが、噴火前の火山検討チーム 会合でも問題になった。石原和弘京大名誉教授は、新燃岳の噴火に則して 以下のように述べている。 「先ほど言いましたことと同じですけども、そういうことであります。 ただ、個々に見ますと、非常に問題なのは、地震計、地下傾斜計とか、あ るいは GPS のことの計器ばっかり頼りにしている。実際には 1 週間前か ら、ここに書いてある 19 日以降、22 日も噴煙が出ています。その後、26 日になっては、朝からいろいろな変化を起こしていまして、そういう経過 を見れば、本格的な噴火が起きるものだというふうに想定、こんな言うと 生意気ですが、私であると想定するんですけども、そうでもない。つまり 気象庁、あるいは福岡のそういうところでのモニタだけでは、パソコンと か、テレビのモニタだけでは、それはなかなか難しいですよということを 申し上げたいと思います。」(甲第65号証・火山検討チーム第一回会合議 事録 P9、10) 「噴火の兆候が大きい、あるいは GPS と地震観測、監視カメラで噴火 予知はできるというのは、これは思い込み、俗説・誤解であります。噴火 予知には、それ以外に、現場での目、耳、鼻を生かした、そういうふうな 諸現象の調査・観測、それから、それぞれの火山の特性と活動の展開に応 じた追加観測・調査が不可欠であるというふうに考えております。」(甲第 65号証・火山検討チーム第一回会合議事録 P10) 気象庁は全国 47 の火山を 24 時間監視しているというが、実際には全国 - 143 - 4か所の施設において、地震計や GPS、監視カメラを遠隔でみているだけ で、火山の特性に応じた監視活動が必ずしもなされていない、これで噴火 予知ができるというのは思い込みである、という指摘である。 これに対し、川内原発で問題となる姶良カルデラや阿多カルデラなど、 カルデラ火山については、監視対象にすらなっていないというのが現状で ある。例えば、桜島は姶良カルデラの一部であるが、桜島については、監 視体制が一定整備されているが、これを含む姶良カルデラについては、監 視体制が整備されていない。霧島や阿蘇についても同様である。カルデラ 火山の巨大噴火に備えたモニタリングをどのように実施するのかについて は、火山防災上も大きな課題であり、火山学者は、国を挙げて検討すべき 課題であり、とても一電気事業者に担えるものではないと口を揃える。以 下は、火山検討チーム第二回会合における発言である。 中田節也東大地震研究所教授 「モニタリングの主体が、やっぱり事業者であるということが評価ガイ ドの中で書かれていると思うんですね。だけど、そこには、やはり前回か ら議論しているように、事業者では限界がある。もちろん最終的な判断を 規制委員会、あるいは規制庁がするにしても、そのモニタリングに対する 基本的な対応とか、知識とか、そういうことで考えると、やはり事業者が モニタリングするということでは、やはり無理であろうという気がするん ですね。例えば、IAEA の火山ハザード評価ガイドがありますけど、SSG-21 というのがありますけど、その中では、やはり国、あるいは国際的な組織 を活用して、やはりきちんとモニタリングをすべきであると。それで、モ ニタリングの評価については、モニタリング自身、事業者、規制側、それ から政府組織、それと観測所が一緒になって、きちんと評価すべきである という、そういうリコメンデーションがあるんですね。観測所のないとこ ろにおいては、観測所を造りなさいとまで書いています。そういう中で、 - 144 - やはりこのガイドだけの中では、事業者が主体となるモニタリング、もち ろんそこの評価をするときに火山研究者を入れるという形にはなっていま すけども、やはりそこの部分をもう少し見直したらいいのではないかとい う気がします。」 (甲第66号証・火山検討チーム第二回会合議事録 P7、8) 藤井敏嗣東大名誉教授 「我々が、巨大噴火というものに対しての前兆とか、そういうものに関 してデータをほとんど持っていない段階で、今ここにある、例えば規制委 員会の中にいらっしゃる専門家の方だけで判断できるとは思わないし、気 象庁に集結しているものの中でもできないと思っているわけですよ。もっ といろんな知識を集めないと、その上での判断、それが確実にできるとい う保証は全くありませんけれども、それぐらいのことをやらないとわから ないのが巨大噴火だというふうに理解をしているので、せめて IAEA のガ イドラインをつくったときのリコメンデーションみたいなものは本来やる べきだというふうに思いますけれども。それを具体的な形でどうするかと いうことに関しては、今ここで私も具体的なイメージを持っているわけで はありませんが、少なくとも、規制委員会とか、あるいは予知連とか、そ のレベルではないでしょうね、というふうに理解しています。」(甲第66 号証・火山検討チーム第二回会合議事録 P26)中田節也東大地震研究所教 授 「基本は、やはりその火山のことを一番よく知っているのは、そこにあ る火山観測所なわけですね。IAEA のリコメンデーションの中にも、ない ところには火山観測所をつくれと言っているくらいに、やはりずっと、石 原先生も前回おっしゃっていましたけど、その現場にいて、その状況をき ちんと把握できる人がいた上で、どういう異常が見えていて、その異常が 本当にどういう異常の可能性があるのかという判断を、その観測所だけで はなくて、事業者、それから規制側、それから国の組織、気象庁かもしれ - 145 - ませんけど、そういうものを一体としたものが意見交換して判断するとい う、そういう体制が少なくとも必要ではないかという気がします。」(甲第 66号証・火山検討チーム第二回会合議事録 P26)石原和弘京大名誉教授 「要は、まず現場を見る、ウォッチする、観測所で。それからもう一つ は、状況に応じて、どういうふうに噴火したときには、そのときのマグマ の可能性を考えた上で、どういうハザード、災害がどの範囲に及ぶかとい う、そういうのを見ながら、いわばそれぞれの火山活動の状況に応じて評 価体制を強化する、現場の調査体制を強化すると、そういうようなイメー ジ。それを実際に原発の場合はどうするかというのは、原子力施設につい てはどうするかというのは、そういう電気事業者にできる範囲もあれば、 そうではない部分もあるというところに、今後、日本の現在の火山の監視 とか、防災体制を考慮しながら、現実的にはどうかというのは、今後議論 していかなければならないんじゃないかというふうに思います。」「これか らちょっとそこが、そういう大枠の中でどういうふうに今やっていくか、 これから検討しなきゃいけない。今までのような気象庁の火山噴火警報だ けでは済まない枠組みですから、結構、相当大変な――気象庁だけででき ませんし、電気事業者はできないし、それに相当するのが日本にはないわ けですから、よほどしっかりと考えないとだめじゃないかなというふうに 思いますね。」(甲第66号証・火山検討チーム第二回会合議事録 P26、27) これに対し、債務者が適合性審査会合を通じて提示しているモニタリン グ計画は、 「モニタリングにあたっては、既存観測網等による地殻変動及び 地震活動の観測データ、公的機関による発表情報等を収集・分析し、第三 者(火山専門家等)の助言を受けた上で、活動状況に変化がないことを定 期的に確認する」 (甲第70号証・平成26年5月16日基準適合性審査会 合提出資料 P5)というだけであり、国土地理院による既存の一般的な GPS データと気象庁による既存の一般的な地震観測データを定期的に収集し、 - 146 - 変化をみるというだけである。火山学者らの認識とは著しいギャップがあ る。 8 火山灰の影響評価 (1) 桜島薩摩噴火は過去最大ではない 火山影響評価は、立地評価をパスすると、火山灰など対処可能な火山事 象に対する影響評価に移る。その場合に想定する噴火は、破局的噴火(V EI7以上)よりは相対的に小さいVEI6の噴火規模となるが、債務者 は「運用期間中の噴火規模を考慮し、桜島における約 12,800 年前の「桜 島薩摩噴火」による火山灰等(層厚 15 センチ)を想定」している。債務 者は、これを過去最大であるとし、地裁決定も「降下火砕物(火山灰等) おしては過去最も大きかった約 1.3 万年前の桜島薩摩噴火」としているが、 債権者が主張立証してきたように、VEI6の噴火規模の噴火の中で桜島 薩摩噴火は過去最大ではない。 VEI6の噴火規模は、マグマの放出量が約 10~100 立法 km である が、桜島薩摩噴火の放出量は約 11 立法㎞であり、VEI6の噴火規模と しては最低レベルである。 火山活動モニタリング検討チーム会合における石原和弘京大名誉教授 の発言によれば、姶良カルデラには、20~50 立方 km のマグマが蓄積し ている可能性が十分にある。 「九州電力のほうの見積もりでは、ここに書いてあります、この隆起、 年間に 0.13cm ということを 0.0016、つまり、160 万 km3/年というふう になっておりますけど、その経年変化を過去に遡っていきます。姶良カル デラの噴火は、2 万 9000 年後の一番大きかった 1 万 3000 年前の噴火ま で遡りますと 20km3、それから、姶良カルデラの大噴火からこういうこ とが起こったとすると 46km3、つまり、20~50、大まかに言いますと、 - 147 - 数十 km3 のマグマが地下にたまっているというふうなことに、解釈にな るんだろうと思います。」(モニタリング検討チーム第一回会合議事録) 地裁決定は、石原氏が同じ会合において、「『大まかなところでは妥当』 との印象を持つ旨発言している」ことを強調するが、これは、11 立法㎞ の桜島薩摩噴火がVEI6レベルであることから、「大まかなところでは 妥当」と述べているのであって、詳細な評価を実施すれば、20~50 立方 km の噴火規模であれば、11 立法㎞の噴火規模によるものとは、火山灰 の降下量の評価は大きく異なるとみるのが当然である。 火山学の専門家である小山真人氏(静岡大学防災総合センター)が科学 雑誌に投稿した文書によると、 「(桜島薩摩噴火と)同規模の噴火として他 に姶良福山、姶良岩戸、姶良深港の3噴火がある。審査書は、運用期間中 の噴火規模についてVEI6以下の既往最大規模を考慮したとするが、桜 島薩摩噴火の噴火マグニチュードは…他の3噴火の中の最大ではなく、姶 良岩戸噴火の噴出量の4分の1にすぎない。実際に姶良岩戸噴火で放出さ れた降下火砕物の等層厚線図を見ると、火口から 60 ㎞離れた宮崎市内で も約1mの厚さがあり、風向きによってはほぼ同距離を隔てた川内原発周 辺に同程度の厚さで積り得ることがわかる。」などとし、 「少なくとも2倍 程度の余裕を見て、降灰の厚さの想定は2mとすべきだろう」(甲143 号証)としている。 (2) 火山灰に対する影響評価においても基準に不適合とみなすべき 債務者が行った、火山灰の静的荷重についての評価によると、15cm の 降灰による堆積荷重が 3,000N/m2 であるのに対し、原子炉建屋の屋根ス ラブの許容堆積荷重が 6,200N/m2、燃料取扱建屋の屋根スラブの許容堆積 荷重が1号機で 5,100N/m2、2号機で 4,400N/m2 となっている。1mを 超えるような降灰では、堆積荷重が許容堆積荷重を上回ることは明らかで - 148 - ある。また、燃料取替用水タンク(1号機)の屋根板の静的荷重の評価に 至っては、15cm の降灰による荷重(3,000N/m2)に自重を加味した場合 の応力が 239MPa に対し、許容応力が 259MPa でしかない。余裕は8% しかなく、1mを超えるような降灰では、許容応力を超える可能性がある。 (甲174) (3) 噴火の予測ができない状況で除灰作業は可能か 債務者は、降灰が 15 ㎝を超えるような場合は、45 人態勢でスコップ等 で除灰を行うとしている。債務者は、火山灰の厚さが 15 ㎝を想定して、 車両の通行実験や除灰作業時間の評価(3 人一組 15 組で 18 日間で終わる との計算)を行っている(川内原子力発電所1号炉及び2号炉審査会合に おける指摘事項の回答(SA)(甲76号証)。15cm を超えた場合が問題 になっているのに、15cm としか想定しないのは意味不明であるが、1m に達するような場合には通用しないであろうことは明らかである。 地震の場合、通常最初の揺れが最大の揺れとなるが、火山噴火はこれと は異なり、噴火の規模がさらに大きくなることが多くみられる。原子力規 制委員会・原子力規制庁は、噴火の予測について考え方を変え、「噴火の 規模や時期の予測が困難である」ことを前提にしたが、これは、噴火が始 まってからも、これが収束するのか、さらなる大きな噴火があるのかの予 測できないということである。 VEI6レベルの噴火が発生した場合、火砕流は広範囲に及ぶが、噴火 の規模や火砕流の到達距離などは後からわかることである。そのような噴 火を目の当たりにして、除灰などしている場合だろうか。人的被害を防ぐ ために、原発を早急に無人状態にする必要があるが、このようなことが果 たしてできるのだろうか。 火山に関する適合性審査とその判断については、対処可能な火山事象に - 149 - 対する影響評価においても、過誤・欠落があるとみなさなければならない。 第8 基準適合を認めた規制委員会の判断は誤りであり、債権者らの人格権は、川 内原発の再稼働によって侵害される蓋然性がある 1 規制委員会の評価には定量的な確率評価が欠落している。 2015年2月1日発行の雑誌「科学」2月号に、静岡大学防災総合センタ ーの小山真人氏による「原子力発電所の『新規制基準』とその適合性審査にお ける火山影響評価の問題点」が公表された(甲第143号証)。 この論考は、本件仮処分申立において債権者らが述べてきたこととほぼ同様 の内容を専門的立場からまとめたものである。 小山氏は火山学者で静岡大学防災総合センター副センター長、同大学教育学 部教授であり、現在の火山研究の最先端に位置する方である。 小山氏は、規制委員会の火山ガイドの「運用期間中に影響を及ぼす可能性が 十分小さい」という基準が恣意的であり、具体的な数値が示されていないこと を問題にされている。 前述の IAEA 火山ガイドも、年確率が、10マイナス7乗が参考になる数値 であるとして、最終的には規制当局が明確に決めるべきであるとしていた(5. 12)。 この点に関して、小山氏は、次のように述べている。 「 (1)発生可能性の恣意的基準 前節で述べたように、火山影響評価ガイドにおいては「設計対応が不可能な 火山事象」が原発の運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価でき ない場合は、その原発は立地不適とされる。しかしながら、 どのような数値基 準をもって可能性が「十分小さい」と判断するかが明記されておらず、曖昧か つ恣意的な基準となっている。 この点は、後期更新世以降(約 12 万-13 万年前以降)の活動が否定できない断 層等の上への原発(耐震重要施設ならびに重大事故等対処施設)の立地を不適と - 150 - する基準とは対照的である。火山影響評価ガイドにおける「設計対応が不可能 な火山事象」は、活断層の変位と同等、もしくはそれ以上の厳しいダメージを 原発の重要施設にもたらす可能性があることは明白であるから、活断層に対す る基準と同様の数値基準を適用し. 12 万~13 万年前以降に「設計対応が不可 能な火山事象」が達した可能性が否定できない原発は立地不適とすべきであろ う。」。 12-13万年という基準を火山に適用する根拠は説明されていないが、1 0万年に一度の事象にも対応することが原発に求められている安全性のレベル であるとすると、川内原発は明らかに立地不適である。 2 火砕流噴火を予知し使用済み燃料が搬出できるなどと考えるのはあまりに も楽観的すぎる。 また、小山氏は、火砕流噴火を予知し使用済み燃料が搬出できるなどと考え るのはあまりにも楽観的すぎるとして、規制委員会の態度を厳しく批判してい る。 「しかしながら、実際に VEI7 以上の噴火を機器観測した例は世界の歴史上 にない。つまり、現代火山学は、どのような観測事実があれば大規模カルデラ 噴火を予測できるか(あるいは未遂に終わるか)についての知見をほとんど持ち あわせていない。審査書は、モニタリングによる予知可能性の根拠のひとつと してギリシアのサントリーニ火山のミノア噴火に先立つマグマ供給率推定結果 を挙げているが、こうした研究は事例収集の初期段階に過ぎず、今後他のカル デラでの検討結果が異なってくることも十分考えられる。個々の火山や噴火に は固有の癖があり、その癖の原因がほとんど解明できていないことは、火山学 の共通理解である。 しかも、地溝帯に位置するカルデラでは、マグマ蓄積の際にマグマだまりが 上下に膨らむ保証はなく、地溝帯に沿って側方に成長し、ほとんど地殻変動を - 151 - ともなわずに蓄積が完了する場合もありえるだろう。今の状態でも、鹿児島地 溝を拡大させる地震や近傍の巨大地震などで一気にマグマが発泡して巨大噴火 に至るかもしれない。したがって、単純な隆起速度の観測によって VEI7 のカ ルデラ噴火が予測できると考えるのは楽観的すぎる。ましてや、燃料搬出の余 裕をもたせて噴火の数年前に予測することは不可能であろう。こうした点につ いては、 「原子力施設における火山活動のモニタリングに関する検討チーム」の 会合でも有識者から再三指摘されている。」。 3 結論 結局のところ、川内原発について、火山活動による被害に関する基準の適合 性審査には、以下に述べるとおり明らかに看過できない誤りがある。 1) 火山影響評価ガイドが手続き的には、火山学の専門家の意見をほとんど聞 かず、内容的にも基準と呼べるような明確な内容のものとなっていない。 また、その基礎となっている火山学上の知見について、非常に甘い判断が なされている。 2) 火山学会の大多数の学者は、川内原発に火砕流噴火が到達する可能性は十 分低いとは言えず、被害がいつ起きるかもわからないと考えている。 3) 原決定自身が、火砕流噴火の予知予測は困難であることを認めており、マ グマの状態を確実にモニターし、火砕流噴火を使用済み燃料の運び出しに 必要な時間的余裕を持って確実に予知することができるとする科学的な知 見はない。ドルイット論文や長岡論文を根拠とすることは間違いであり、 モニタリングによって災害が防止できるとする根拠は全くない。 よって、申立人らの運転差止を求める仮処分申立には理由がある。 4 債権者らの人格権は火砕流噴火が本件原発を襲った場合に、取り返しのつか ないほど侵害される。 - 152 - 原決定は、火山関連の判示の末尾において、 「債権者らは,火山ガイドにおい て立地不適と判断される場合には,カルデラ火山の破局的噴火によって債権者 らの人格権が侵害される具体的危険性が認められることを当然の前提とするよ うであるが,前記(1)エ(ア)のとおり,カルデラ火山の破局的噴火が起き た場合の影響は甚大なものであり,本件原子炉施設にその影響が及ぶ場合には 債権者らを含む周辺住民にも当該噴火の影響が直接及ぶことが想定されるとこ ろ,本件原子炉施設に破局的噴火の影響が及ぶことにより債権者らの人格的利 益がいかなる態様及び機序(因果関係)により侵害され,又は侵害される具体 的危険性があるのかについても主張疎明すべきであると解される。この点につ いても債権者らの主張疎明は不十分であるといわざるを得ない(182 頁)。」と 判示している。 しかし、このような判示は極めて不当なものである。火砕流は、原発を襲え ば対応は不可能であり、その災害は想像を絶する。小山論文が述べるように、 日本全体が大量の放射能を含む降灰によって、死の列島となるような未来もあ り得る。この点について、小山氏は次のように指摘する。 「そもそもモニタリングに失敗し、大規模カルデラ噴火にともなう火砕流に 川内原発が襲われた場合の被害想定がなされていない点は、火山影響評価ガイ ドのみならず原子力規制行政上の重大な欠陥と言ってよい。厚い火砕流堆積物 に埋まった原発には手の施しようがなく、長期にわたる放射性物質の大量放出 を許すかもしれない。大規模火砕流の灰神楽火砕流全体を熱源として立ち上る 噴煙から降下する細粒火山灰)が放射性物質に汚染されて日本列島の広い範囲 を覆うリスクも考慮すべきだろう。 つまり、大規模カルデラ噴火の発生確率がいかに小さくても、その被害の甚 大さと深刻さを十分考慮しなければならない。厚さ数 m から十数 m の火砕流 に埋まった原発がどうなるかを厳密にシミュレーションし放射性物質の放出量 や汚染の広がりを計算した上で、その被害規模と発生確率を掛け算したリスク - 153 - を計算すべきである。その上で、そのリスクが許容できるか否かの社会的合意 を得るべきである。小惑星衝突などの、人類全体が死に絶える規模の災害の場 合は原発があってもなくても同じであるが、大規模カルデラ噴火程度の災害で は生き残る人も多数いる。噴火災害を生き延び、かつその後も厳しい未来が待 ち受ける人々に対して、放射能の脅威で追い打ちをかけることがあってはなら ない。 巨大噴火の発生確率が小さいことばかりを強調し、被害規模を真面目に定量 する姿勢を一切示さない原子力規制委員会は、おそらく発生確率だけで単純に リスクを判断するという初歩的な誤りを犯しているとみられる。原子力規制委 員会がリスクの定義すら十分理解していない現状は、日本の未来に暗澹たる気 持ちを抱かせる。」。 この小山氏による批判は、火山学者の文明史的考察と学問的良心からの叫び とも言うべききわめて重い指摘を含んでいる。 火山学会の今の予知レベルでも火砕流噴火は直前には予知できる可能性があ る。そのときには、九州の住民全体が民族大移動とも言うべき難民となるだろ う。しかし、この災害で多くの人が亡くなるとしても、原発がなければ、多く の市民が災害を生き延び、火山灰に覆われた大地の回復のために長い闘いを始 めなければならない。その災害難民に放射能による追い打ちを掛けてはならな い。こんな当然のことがなぜ裁判所にはわからなかったのか。 このような被害は、ひとたび発生すれば、間違いなく、日本の国家と社会の 崩壊を意味するであろう。そして、そのような確率は、無視できないほどの確 率で存在することはこれまでの債権者の立証によって明らかになっている。 規制行政の現状は、このように、火山学者の気持ちも暗澹とさせるほど、退 廃している。私たちの未来の光明は司法によって照らすほかないという気持ち は、原決定によって裏切られた。 このまま、川内原発の再稼働を認めてしまえば、姶良カルデラ・喜界カルデ - 154 - ラ火山などの火砕流噴火が起き、九州ばかりでなく、日本全土が大量の放射性 廃棄物によって覆われるような暗黒の未来が待ち受けているかもしれない。 これを防ぐ途は、福岡高裁宮崎支部による再稼働差し止めの決定を得る外に は、もう残されていない。 第5編 争点4(避難計画等の実効性と人格権侵害またはそのおそれの有無)に関 する反論 1 適切な避難計画なしでの原発の稼働と住民の人格権侵害 原決定は、 「極めて小さな可能性であっても、重大事故発生の危険性を全く排除できない 以上、本件原子炉施設において重大事故が発生した場合に、周辺住民が適切 に避難できる避難計画が策定されるべきであるということはいうまでもなく、 そうした適切な避難計画が策定されていないまま本件原子炉施設を稼働させ る場合には、周辺住民の人格権の侵害またはそのおそれが存すると解する余 地がある。 そこで、本件原子炉施設に係る周辺住民の避難計画が適切に策定されてい るか否か、周辺住民の人格権の侵害またはそのおそれに結びつくような避難 計画の策定の不備が存するか否かについて検討する。」 (原決定183頁7行 目以下) とした上で、後記2の7点を指摘して、「本件避難計画は現時点において一応 の合理性、実効性を備えているものと認めるのが相当である。」と結論づけて いる(原決定191頁~192頁の(3)の部分)。 - 155 - 2 原決定が本件避難計画に「一応の合理性、実効性」があると認める7つの根 拠 即ち、原決定は、 ① 本件避難計画が、福島第一原発における事故の教訓を踏まえて全面改正され た原子力災害対策指針に従い、薩摩川内市等の原子力災害対策重点区域を管 轄に含む地方公共団体によって策定されたものであること、 ② 本件避難計画は、全面緊急事態等が発生した場合に、PAZ、UPZ及びU PZ外の3地域に応じて採るべき避難行動が具体的に定められていること、 ③ 計画していた避難施設が使用できない場合に備えて、「避難施設等調整シス テム」により避難先を調整、選定する方策も定められていること、 ④ 放射線防護資機材等の備蓄、安定ヨウ素剤の投与等についてもその方策が具 体的に定められていること、 ⑤ 本件避難計画は、原子力防災会議においても、合理的かつ具体的に定められ たものとして了承されていること、 ⑥ 緊急時においては、他の原子力事業者からの支援も予定されていること、 ⑦ 緊急時を想定して、国や鹿児島県等による原子力総合防災訓練も実施されて いること、 の7点を、本件避難計画に「一応の合理性、実効性」があると認めることの根 拠としている(原決定191頁~192頁の(3)の部分)。 しかし、原決定が本件避難計画に「一応の合理性、実効性」があると根拠づ けるこれら7つの事項は、そのいずれも本件避難計画の一応の実効性・合理性 を根拠づけるものとは決していえないものである。 以下、原決定が掲げる7つの根拠のそれぞれについて反論する。 3 原決定のいう7つの根拠の個別的検討 (1) 根拠①の「計画が福島原発事故の教訓を踏まえて策定されたものであるこ - 156 - と」について まず、根拠①についていえば、避難計画において、避難先・避難移動手段 などの点について、入院患者とくに重症患者の避難体制が不備であること関 しては、 (それらの不備により、福島原発事故の避難においては、48名の死 亡者を出したという点をとってみても)福島原発事故の教訓はほとんど生か されていないことがわかる。 例えば、福島原発事故では、 ア 医療関係者自身の早期避難による医療関係者の圧倒的不足、 イ 重篤患者のための避難手段(医療機器が搭載でき、身体への負担の少な い車輌等の移動手段)の大幅な不足、 ウ 長距離かつ長時間(10時間)でのバス移動における重篤患者の体力の 喪失と死亡(双葉病院の場合、避難途中の車内で3人が、避難先の高校に 到着後翌朝までに11人が死亡した。)、 エ 重篤患者の一時避難先を医療機関とできず、医療設備のない体育館にせ ざるをえなかったこと、 オ 周辺自治体は役場機能の移転、住民の避難の対応に追われ、病院の入院 患者の避難に関しては対応できなかったこと、 等の不備のために、避難に際して50名近い死者を出したと分析されている が(甲1。国会事故調査報告書)、 川内原発の避難計画においても、 ア 原発事故発生時以降の周辺病院の医療関係者の確保は検討されていない こと、 イ 重篤患者のために必要な数の避難手段(必要な医療機器搭載車輌)の確 保がなされていないこと、 ウ 長時間・長距離の移動に伴う重篤患者の体力の喪失を防止する手段・対 策が見出せていないこと、 - 157 - エ 重篤患者を一次避難先として受け入れる病院の確保ができていないこと (鹿児島県の担当者によると、現状ではどこも満杯で受け入れ先の調整は 難しいとされる)こと、 オ 周辺自治体において、原発事故時に病院の入院患者の避難に特別に対応 できるための計画はなく、現実にも対応できる保証もないこと、 カ ほとんどの周辺病院が入院患者の避難計画を策定しておらず、計画を策 定している病院でも、全患者の転院先やとくに重篤患者の避難手段を独自 に準備することは不可能であるのが現状であること、 という諸問題は何ら解決されておらず、福島原発事故の教訓は全く生かされ ていない。 また、福島原発事故では、原発事故の推移によっては関東地域3000万 人の避難が必要とされる事態までが政府によって具体的に想定されていたが、 一歩まちがえば、このような重大かつ広範な放射能拡散の危機まで発生して いたような福島原発事故の教訓についても、 (具体的に発生に至らなかったこ とをよいことに)本件避難計画には全く生かされた様子はないのである。 (2) 根拠②の「計画が3地域に応じて避難行動を定めていること」について 根拠②については、避難対象地域を、PAZ(半径5km以内)、UPZ(半 径5~30km以内)及びUPZ外の3つの地域に分けて定めることが、ど れ程の合理性があるのか疑問である。 PAZとされる原発から5キロメートル圏内がより危険だというのは分か るが、流出する放射能は5キロメートル圏内にしばらく止まるという保証は 全くないし、風下であれば数時間内に30キロ圏内を越えて50キロ~10 0キロ圏内に到達する可能性は十分ある。 民間研究機関のシミュレーションにおいても、また、福島原発事故の経験 からしても、漏出した放射能は風下の方向50キロ~100キロ先の地域に まで広がることは明らかとなっているところである。 - 158 - そうなると、UPZを原発から5キロ~30キロ圏内と定め、PAZとU PZ圏内の住民を避難計画の対象に限ることは、むしろ不合理なことになる。 しかも、放射能が急速な拡散を示すことも十分ありうる(風の強さ等の気 象条件、事故時の原発の爆発の規模・態様からしても、それが決して低い確 率とは断じえない)ことを考えると、PAZ圏内とUPZ圏内とを区別し、 UPZ圏内の住民については、放射能の強さをみて1週間内までに避難すれ ばよいという安易な考えを避難計画の前提としていること自体、決して合理 的な避難計画とはいえないものである。 (3) 根拠③の「避難施設等調整システムがあること」について 根拠③についていえば、 「避難施設調整システム」が存在するといってみて も、それは、風向き等で予定の避難施設が使用できない場合に、予めコンピ ューターに入力していたデータによって、急遽、他の避難先、即ち他の地域 の避難施設の候補を調整し、選定する方策が定められている、という程度の ものである。 しかし、予定の避難施設が使用できない場合に他の避難施設の候補を調整 するといっても、せいぜいコンピューター上に候補として掲載していた施設 の中から適当に選定するといった程度のものであろう。 しかし、そのようにして他の施設を選定することはできても、事故時の風 向き等の事情によっていわば泥縄式に急遽そのような施設を選定したところ で、それまではシステム上の候補として入力されていたにすぎなかった当該 施設が避難者を受け入れるに十分なものであるという保証はどこにもない。 また、先にも述べたように、事故発生の後に避難計画とは異なる避難地域 へ急遽避難先を変更するための調整を行おうとしても、 (頭の中での考えでは できるのかもしれないが)事故発生時の混乱の中で現実にこれがどれほどで きるのか極めて疑問である。 しかも、仮に避難先変更の調整がシステム上でできえたとしても、その変 - 159 - 更した内容が自然災害や事故等の大混乱の中で、周辺住民にどれだけ伝わり、 どれだけの住民がそれに従う避難行動をとるのかも更に疑問である。 このように、 「避難施設等調整システム」といっても、所詮、コンピュータ ー上に候補施設を掲載しておくといった程度のいわゆる机上の調整システム でしかないと考えられるものであり、その実効性は極めて疑わしい。 (4) 根拠④の「放射線防護資機材の備蓄等が定められていること」と、根拠⑥ の「他の原子力業者からの支援も予定されていること」について 根拠の④と⑥についていえば、このような備えがあったからといって、事 故発生時に周辺住民の避難が安全かつ確実にできるという理由にはならない。 避難計画の中心問題は、全周辺住民の放射能汚染地域からの一刻も早い脱出 である。 そして、そのためには、避難のための運搬手段としてのバス等の必要かつ 十分な確保であり、とくに入院患者、施設入居者等の要援護者の避難先施設・ 病院の確保等が最も重要であることは、福島原発事故の重要かつ貴重な教訓 というべきである。 原決定のいうように、原発事故にそなえて、放射線防護資機材等の備蓄等 は当然必要なことではあるが、それはあたりまえのことであって、これらの 準備があることを以て、避難計画の合理性・実効性を論じ得るものではない。 また、緊急時において他の原子力事業者からの支援も予定されているとい うが、そこで予定されているのは、放射線防護資機材等の物的な支援や、周 辺地域の汚染検査等の人的・物的な支援だけである。 このように、原発事故が発生した際の技術的・物的支援は可能であろうが、 例えば住民の避難計画にとって最も肝心と思われるバス等の運搬手段や避難 先施設(病院)の確保等について、遠方の他の原子力事業者の何らかの支援 というものが期待できるとは、到底、思えない。 (5) 根拠⑤の「計画が原子力防災会議でも合理的として了承されていること」 - 160 - について 根拠⑤についていえば、本件避難計画に合理性・実効性があるかどうかは、 まさに避難において想定される様々な問題、課題について、避難計画の内容 に照らして具体的に判断・検証していえることであって、原子力防災会議に おいて、それが合理的かつ具体的に定められたものとして了承されたかで判 断すべきことではない。 現実に抗告人らが累々指摘しているように、本件避難計画には少なくない 重大な欠陥・不備があるのであり、このような欠陥・不備の是正も何らされ ない状況下において、いかに原子力防災会議がこれを了承したからといって、 その実効性・合理性を肯定できるものではない。 (6) 根拠⑦の「国、鹿児島県等で原子力防災訓練等も実施されていること」に ついて 原決定は、根拠の一つとして、緊急時を想定して、国や鹿児島県等による 原子力防災訓練も実施されていることをあげている。 たしかに、薩摩川内市内においては、原発周辺の住民等を対象にした避難 訓練も行われているようではある。 しかし、本件避難計画にもとづく訓練、即ち、川内原発から30キロ圏内 の住民約20万人を対象にして、これらの住民全員が30キロ圏外に避難し、 とくに入院患者や施設入居者の全員が30キロ圏外の病院・施設に実際に避 難するという避難訓練は、ただの一度も実施されていない。 このように、本件避難計画にもとづいた避難訓練がただの一度も実施され ていないということは、むしろ、本件避難計画にもとづいて避難を実施した 場合に本件避難計画が果たして現実に実効性・合理性があるのかについては、 全く検証されていない、ということである。 (7) 小括 以上みてきたように、本件避難計画は「一応の合理性、実効性」を備えて - 161 - いるとする原決定の7つの認定根拠は、いずれも、存していないか、あるい は、根拠薄弱なものである。 4 本件避難計画では、住民の避難が段階的に行われることを前提に策定されて いることについて (1) 本件避難計画では、原子力災害時において、一斉に避難を行うことは想定 されていないこと 原決定は、 「原子力災害対策指針では、原子力災害時において、一斉に避難 を行うことは想定されておらず、事態の進展状況と発電所からの距離に応じ て、段階的に避難を行うこととされ、本件避難計画等もそれに基づいて策定 されている。すなわち、①発電所からの距離が概ね5km圏内(PAZ)に おいては、放射性物質の放出前に、避難等の措置を予防的に講じることとさ れ、②発電所からの距離が概ね5~30km圏内(UPZ)においては、ま ず予防的な措置として屋内退避を行い、その後、緊急モニタリングによる空 間放射線量率の測定結果を踏まえて、原子力災害対策指針で定める基準を超 える地域を特定し、その特定地域の住民が一時移転等を行うこととされてお り、30km圏内の住民が一時に30km圏外に避難することまでは想定さ れていない。既に述べたとおり、本件避難計画等は、福島第一原発事故の教 訓等を踏まえて段階的避難を前提として策定されたものであり、その内容は 一応の合理性、実効性を備えたものと認めることができる」 (193頁~19 4頁の(イ)の部分)とする。 (2) 川内原発から流出する放射能が事故から数時間内に30キロ圏外に達する ことは十分に考えられること 5~30km圏内(UPZ)の住民の避難計画によると、空間放射線量率 が500μSv/hを超えない地域の住民については、まず予防的な措置として、 当面の間、屋内退避を指示することになる、ということである。 - 162 - しかし、いつ、どのような時点で、放射線量率が500μSv/hを超えるか を予め予想することはできず、原発事故の態様によっては、事故発生から数 時間後に500μSv/hを超えることもありえないことではない。 なお、報道によると、 「同研究所(環境総合研究所)は、国土地理院の地形 情報も踏まえて試算。風速が毎秒2メートルだと放射性プルーム(放射性雲) となった放射性物質は1時間で約7.2キロ移動し、4時間強で30キロ先 に到達すると計算」 (2014年6月23日付け西日本新聞。甲34)とされ ている。 このような民間研究機関の計算からしても、川内原発から流出する放射能 が事故から僅か数時間内に30キロ圏外に達することは、十分に考えられる のである。 (3) 原発に爆発的な事故があれば、放射能を含んだ大気が2、3時間も経たな いうちに30キロ圏内に広がることは決して発生確率の低い事態ではない こと このような抗告人らの主張に対し、原決定は、 「事故による放射性物質の放 、、、、、、 出量、気象条件(風力、風向き、降雨)、地形等の影響により、警戒事態、施 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 設敷地緊急事態及び全面緊急事態への進展が時間的間隔なく急速に起こるこ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、 とがおよそあり得ないと断ずることはできないとしても、そうした重大事故 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 の中でもさらに発生確率の低い事態までを具体的に考慮していないからとい って、本件避難計画等が直ちに合理性、実効性を欠くものであると認めるこ とはできない。」とする(194頁7行目以下)。 しかし、原発事故による放射性物質の放出量や気象条件(風力、風向き、 降雨)によって、 (500μSv/hを超えるような)深刻な放射能汚染が時 間的間隔なく急速に起こることは、原決定のいうように、発生確率の低い事 態とは決していえない。 例えば、桜島や阿蘇山の爆発による火山灰の拡散が、爆発から僅か2~3 - 163 - 時間で30キロ圏内を超えて広がることは、我々が日常経験していることで ある。 また、大気中の雲にしても、1時間も要せずして30キロを優に超えて移 動することは、我々が日常経験していることである。 これらのことからしても、原発に爆発的な事故があれば、放射能を含んだ 大気が2、3時間も経たないうちに30キロ圏内に広がることは、決して発 生確率の低い事態ではない。 例えば、事故時に風が強い状態であれば、放射能は更に早い時間で拡散す るであろうことは容易に想像できるが、事故時に強い風が吹く確率(例えば、 風の強い日が1ヵ月に3日であっても、その確率は10%である。)も、事故 により大量の放射能が原発から漏出する確率も、問題にしなくてよい程に低 いものとは、到底、いえないはずである。 5 計画の前提とされる住民の段階的避難には科学的根拠もなく、合理性、実効 性は認められないこと 原決定は、福島第一原発事故の教訓等をふまえて、段階的避難を前提として 計画が策定されたことが、いかにもその合理性、実効性を裏づけるものである かのようにいう。 しかし、原発事故の状況は多種多様であり、放射能の放出量、事故時の風速 等の気象条件等が、福島原発事故時と全く同様あるいはそれ以下であると断ず ることは決して出来ないのであって、福島原発事故の場合を教訓としてこれを 前提とした段階的避難の計画を定めたとしても、それが合理性・実効性あるも のと断ずることは誤りである。 発生確率でいえば、福島原発事故より多量の放射能が流出する確率や、福島 原発事故時より強い風が吹いて短時間で放射能を拡散する確率は、決して低い ものではないはずである。例えば、福島原発事故でも、一歩まちがえば、流出 - 164 - した放射能よりも何百倍もの大量の放射能が流出する具体的危険が現実に発生 しており、このため、政府も関東近辺住民3000万人の避難を真剣に検討し ていた時期もあったという事実も、福島原発事故の重要な教訓とすべきことで ある。 原決定の指摘するように、本件避難計画が段階的避難を前提として策定され ていることについては、その前提とされている事故時の放射線の広がりに数日 を要し、必ず段階的である、という科学的根拠があるわけではないし、段階的 避難の方が避難計画としては合理性、実効性があるというさしたる根拠も見出 し難い。 それにも拘らず、国や県の避難計画が段階的避難を前提としているのは、そ うしないで、30km圏内の住民が一時に30km圏外に避難するという計画 では、避難に必要なバスが圧倒的に不足したり、避難に大渋滞が発生したり、 急速な避難先の確保ができない等のことから、それでは避難計画に全く実効性 がないことが露呈するからである、としか考えられない。 6 30km圏内の住民の避難においては、避難に必要とされるバスが圧倒的に 不足していること (1) 原決定は、30km圏内の住民が一斉に避難する場合の避難計画について は全く検討していないこと 原決定は、30km圏内の住民の避難については、まずPAZ圏内(原発 半径5km圏内)の住民の避難は、事故が発生した後速やかに行うものの、 UPZ圏内(原発半径5~30km圏内)の住民は、その後(1週間程度以 内)に避難を行う、という段階的避難で足りるという前提に固執しており、 30km圏内の住民が一斉に避難する場合についての避難計画については全 く検討しようとしていない(そのこと自体、原決定には重大な不備がある。)。 しかし、もし住民の一斉避難が必要となった場合に、避難用のバスは、い - 165 - ったいどの位不足するのであろうか、以下、この点についてみていく。 (2) 半径5km圏内の一般住民避難に要するバスの台数 被抗告人は、「(全面緊急事態における)PAZ圏内の一般住民の避難につ いて、自家用車で避難させるとともに、自家用車による避難ができない住民 816人、観光客等一時滞在者225人(想定対象人数約1000人)を鹿 児島市内であらかじめ定められた避難先へバス等で移送する」 (乙96・28 頁~32頁)としている。 確かに、内閣府避難計画によると、原発から5km圏内のPAZ圏内にお いて、バスで避難させる対象となる一般住民等は約1000人とされており、 そのために使用するバスは33台とされている(乙96・31頁)。 また、内閣府によるPAZ圏内の要援護者の避難計画によると、このよう な要援護者のPAZ圏内避難想定対象人員は約2000人とされ、その避難 に要するバスは52台とされている(乙96・25頁)。 そうすると、PAZ圏内からの一般住民及び要援護者等の避難(推定避難 総数は約3000人)に要するバスの台数は、合計で85台ということにな る。 しかし、内閣府避難計画(乙96・26頁)によっても、薩摩川内市内の バス会社等が保有する車輌の総数は100台とされている一方、鹿児島県の 同県バス協会によると、 「貸し切りバスは約800台あるが、原発周辺で用意 できるのは約100台」 (甲59・2014年8月31日付け朝日新聞)であ るとされている。 そこで、仮に薩摩川内市内にあるバス約100台の全部が使用でき、かつ、 事故時に県内のバス会社が用意できるとする貸し切りバス100台を加えた としても、川内原発事故時に、避難のために準備できるバスはせいぜい約2 00台余しかない、ということになる。 (3) 半径5km~30km圏内の住民の避難に要するバスの圧倒的不足 - 166 - 先にみたように、内閣府避難計画によっても、PAZ圏内の避難だけで8 5台のバスを要することとなるが、UPZ圏内、即ち原発から5km~30 km圏内の避難に要するバスの台数は、到底、残りの115台(200台- 85台)程度で足りるものではない。 それでは、PAZ圏内におけるバス避難に要するバスは、いったい何台く らい必要となるのか。 まず、内閣府避難計画において、UPZ圏の内、5~10kmの医療機関 等の避難者想定人数は約463人とされていることから、バスにして10台 は必要となる。 また、UPZ圏の内、10km~30km圏内の医療機関等の避難者想定 人数は約9703人とされていること(乙96・46頁)からすると、その 避難に必要なバスの台数は約242台(1台あたり40名の乗車)というこ とになる。 しかし、これらは、UPZ圏内の医療機関等の避難に必要なバスの台数で ある。 これらの台数に、さらにUPZ圏内の自家用車が利用できない一般住民等 の避難に必要な台数を加えると、UPZ圏内の避難に必要なバスの台数は、 更に飛躍的に増加する。 このようなUPZ圏内の一般住民等の避難に要するバスの台数については、 内閣府避難計画(乙96)には記載されていないが、同計画(乙96)にお いて、半径5km圏内とされるPAZ圏内の一般住民等のバス避難人数が約 1000人とされていることから単純計算により推定すると、UPZ圏内(半 径5km~30km圏内)のバス避難を要する一般住民の数は、その35倍 の約3万5000人と推定されることになる(即ち、半径5km圏内(PA Z圏内)に対して、半径5~30km圏内(UPZ圏内)は、その35倍の 面積があることとなる{(302 π-52 π)÷52 π=35}。そうすると、 - 167 - 半径5km圏内のバスによる避難人数を1000人としたとき、半径5km ~30km圏内のバスによる避難人数は3万5000人(1000×35) となる。)。 そうなると、UPZ圏内の一般住民等のバス避難に必要なバスの台数(1 台あたり40人の乗車)は、約875台ということになる。 このように考えると、UPZ圏内のバス避難に要するバスの台数は、11 27台(875台+242台+10台)ということになる。 抗告人らがすでに述べているように、報道によると、 「県が原発が立地する 薩摩川内市と隣のいちき串木野市の10キロ圏内の住民の避難に必要なバス の台数を数えたところ、30~50人乗りで計415台程度だった」(甲5 9・2014年8月31日付け朝日新聞)とされているが、このような自治 体の回答(10キロ圏内の住民の避難に必要なバスの台数が415台という 回答)や、避難の対象となるUPZ圏内の住民総数が20万9300人とさ れていること(乙96・4頁)から考えても、UPZ圏内の住民等の避難に 必要なバスの台数が1100台(3万5000人)程度というのは、決して 不自然な数字ではない。 しかるに、先にもみたように、川内原発事故発生の際に周辺住民等の避難 に使用できるバスとして現実に稼働可能なバスの台数はせいぜい200台程 度であり、避難に必要なバスの台数からすれば、圧倒的に不足していること となるのである。 7 避難時において当然に予想・危惧される問題点に対する対処方法は避難計画 に当然に策定さるべきであること (1) 原決定の判示内容 原決定は、 「前記の文献等が指摘するように、重大事故が起こって実際に避 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 難を余儀なくされた場合には、避難時の渋滞発生、自然災害による道路の通 - 168 - 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 行不能、避難時の燃料補給等、様々なトラブルが発生し得ることは否定でき 、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ない。この点、避難計画では様々なトラブルに対する具体的な対処方法が策 、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、 定されていることが望ましいが、一方で、ありとあらゆるトラブルを一つ一 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 つ取り上げそれに対する対処方法を詳細に策定した場合には、避難計画自体 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 が極めて複雑で膨大なものになってしまいかねないのであって、 ・・・・・・ 発生し得るトラブルの一部については避難時の判断により対処することが前 提とされていたとしても、その避難計画が直ちに合理性、実効性を欠くもの であると認めることはできない」(194頁14行目以下)とする。 (2) 抗告人らが避難計画において対策を講ずべき避難時の主要な問題点として 指摘していることは、避難に際し当然に問題となり、従ってまた当然に考慮 しておかなければならない現実的な問題であること しかし、抗告人らが本件避難計画の問題点として指摘しているのは、避難 時に発生するであろう「ありとあらゆるトラブル」のことではない。 抗告人らが本件避難計画において対策を講ずべき避難時の主要な問題点と して指摘していることは、 ① 避難時の燃料補給、トイレ使用の問題、 ② 避難用の稼働バス台数の圧倒的不足、 ③ 大渋滞に伴い長時間にわたる避難中の自動車車中への放射能侵入と 避難者の放射能曝露の問題、 など、避難に際して当然に問題となり、従ってまた、当然に考慮しておかな ければならない現実的な問題のみである。 即ち、 ① 原発事故による放射能汚染が拡がる状態下において、避難経路上での ガソリンスタンドの営業は考えられず、燃料不足に陥った避難車輌の燃 料補給はできなくなる危険があること、また、長時間の避難途中の車外 でのトイレ使用において避難者は放射能被曝を受ける危険があること、 - 169 - ② PAZ圏内、UPZ圏内の住民の一斉避難が必要となった場合に、自 動車を有しない住民のための運搬手段として稼働可能なバスの台数が、 現状では、1000台ほど不足するという問題、 ③ 多くの自動車は完全な密室構造ではないため、その構造上、進行中に 車内への外気の侵入は避けられないが、大渋滞の中で20時間を超える ような長時間にわたる自動車での避難移動中に、車中に放射能が侵入し、 避難者が被曝する可能性が高いという問題、 である。 原決定は、これらの問題についてさえも、発生し得る避難時のトラブルと とらえ、 「発生し得るトラブルの一部については避難時の判断により対処する ことが前提とされていたとしても、その避難計画が直ちに合理性、実効性を 欠くものであると認めることはできない」というのである。 しかし、抗告人らが指摘する前記3つの問題点は、いずれも、避難計画を 策定すべき今日においても当然に危惧され予想される問題であって、避難時 になって初めて判明するようなものではない。 従って、原決定のいうように、避難時の判断によりその場で対処すればよ いというような問題でもなければ、 「避難時に判断」したからといってその場 で当該問題にきちんと対処でき、解消できるような性格のものでは決してな いのである。 上記3つの問題については、まさに、本件避難計画において、当然にその 具体的対処方法(対処が可能であればの話ではあるが)が予め策定されてい なければならない事柄であって、もし、これらの問題について具体的対処方 法を策定していないか、あるいは策定することができないということであれ ば、本件避難計画は、住民の避難時においても、その実効性、合理性に重大 な欠陥を有していることになる。 (3) 抗告人らが指摘する3点についての対処方法を策定したからといって、原 - 170 - 決定のいうように、「避難計画自体が極めて複雑で膨大なもの」になるはず がないこと 原決定は、「ありとあらゆるトラブルを一つ一つ取り上げ、それに対する 対処方法を詳細に策定した場合には、避難計画自体が極めて複雑で膨大なも のになってしまいかねない」というが、先にも述べたように、抗告人らは、 本件避難計画が「ありとあらゆるトラブルを一つ一つ取り上げ」ていないこ とを理由として、実効性や合理性がない等と主張したことはない。 抗告人らは、避難計画の策定時において、避難時に起こり得ることとして 当然予想され、危惧される問題点、しかも、経験則上も誰もが重要と考える であろう僅か3点についてすら、本件避難計画には具体的な対処方法が策定 されていないということを問題としているのである。 抗告人らが指摘するこれら3点についての対処方法を策定したからといっ て、原決定のいうように、 「避難計画自体が極めて複雑で膨大なもの」になる はずがない。 避難時の問題として当然に予想され、危惧されるこれら3点についての具 体的対処方法について、本件避難計画中に未だに策定されていないのは、策 定しようとすると、 「避難計画自体が極めて複雑・膨大になる」からではなく、 その具体的対処方法そのものが存在しないため、あるいは、策定しようとし ても、実効性のある計画が策定できないからである。 8 要支援者の避難計画(避難受入先)の不備について (1) 原決定の判示内容 要援護者の避難対策について原決定は、 ① PAZ圏内の要援護者の避難については、医療機関・社会福祉施設(7 施設)の入居者363人及び職員100人(合計463人)の避難先には、 鹿児島市と姶良市の施設が確保されている(186頁の(イ)a)、 - 171 - ② UPZ圏内の要援護者の避難については、鹿児島県では原子炉施設から 半径5km~10km圏にある施設(10施設463人)について、避難 先(18施設、受入可能人数827人)を確保している(188頁の(エ)e)、 また、10~30km圏にある医療機関、社会福祉施設(227施設9 703人)については、避難先候補施設(496施設、入所定員4万35 73人)を確保している(188頁(エ)f)、 と認定している。 (2) 乙96に記載されている避難先施設の受入可能人数は各施設の収容定員数 と解され、事故時に避難してくる要援護者が全員入院できるだけの空室・空 床が常に確保されているとはいえないこと たしかに、被抗告人がPAZ要援護者の避難先確保の根拠とする内閣府避 難計画(乙96・21頁)にあるPAZ圏内7施設及び避難先の一覧表によ ると、避難対象者7施設363人に対する避難先施設が13施設とされ、7 50人が受入可能人数とされている。 しかし、ここで避難先の受入可能人数とされているのは、受入先の各施設 の収容定員の数なのか、それとも、すでに存在する既存の収容者の分を除い た空室としての受入収容可能人数なのかが明らかになってない。 ところで、PAZ圏内の避難先施設の人数が7施設で363人ということ は、1施設あたり平均約52人が入所しているということになる。 これに対し、避難先の受入可能人数とされているのは、13施設で750 人とされていることからすると、その1施設あたりの人数は57人というこ とになる。 このような事実から推定すると、乙96・21頁に記載されている避難先 施設の受入可能人数とは、同各施設の収容定員の数字ではないかと思われる。 もしそうだとすると、事故時に避難してくる要援護者の全員が入居・入院 できるだけの空室・空床が常に確保されているとはいえない(現実に稼働し - 172 - ている病院・施設においては、その多くが常に収容定員に近い状態であると 考えられ、空床、空室が常に十分にあるとは、到底、いえない。)。 (3) 被抗告人が、乙96を根拠にして、PAZ圏内の要援護者の避難先は確保 されているというのであれば、避難先施設の受入可能人数に関して、各施設 の現状の収容数をふまえて、どのような受入余力(空床)があるのかを本件 避難計画において具体的に明らかにすべきであるが、今日まで明らかにされ ていないこと 抗告人らがすでに主張しているように、報道によると、 「鹿児島県の担当者 は『現状では(受け入れ先となる)30キロ圏外の病院や福祉施設がほぼ満 員。会議室など空き部屋を使ってでも受け入れ先を調整するのは難しい』と 話す」 (甲7の1。2014年3月25日付け朝日新聞)とされているが、こ のような報道から考えても、川内原発事故時における避難先施設の受入可能 人数とされる数字が750人にも達しているというのは、到底、信じ難い数 字である。 例えば、乙96・21頁記載の避難先施設のうち、病院は4施設で、受入 可能人数合計247人、となっていることからすると、病院は1施設あたり 60名余りが受入可能人数ということになるが、受入可能とされる4病院が、 それぞれ、常に60人以上の空床を確保しているということ自体、にわかに 措信し難いことである(そのように多くの空床をかかえている病院など一般 的に考え難いし、そのような病院が仮に現実にあったとしても、早晩、経営 に行き詰まることになろう。)。 このようにみてくると、乙96・21頁に記載されているように、避難受 入可能人数を合計750名とされているのは、ますます信じ難いものである。 それにも拘らず、被抗告人が、乙96・21頁の記載を根拠にして、川内 原発のPAZ圏内の要援護者、即ち医療機関・社会福祉施設の入居者の避難 先は確保されているというのであれば、避難先施設の受入可能人数に関して、 - 173 - 各施設の現状の収容数をふまえて、どのような受入余力(空床)があるのか を、避難計画において具体的に明らかにすべきであるが、これは、今日まで 明らかにされていない。 (4) 重症患者が避難先施設の食堂や会議室に避難できたところで、患者の生命 等の安全を確保できる避難とはなりえないとの指摘に対し、原決定は何らの 判断も示さないまま、避難計画には「一応の合理性、実効性」があるとして いること 被抗告人は、国の避難計画におけるPAZ圏内及び半径5~10km圏内 の精神科病院及び社会福祉施設の受入可能人数とは、 「原子力災害時に、避難 先施設が満床であることを前提として、食堂や会議室、コミュニティースペ ースに要援護者を受け入れたときの人数である」とする。 それでは、精神科病院以外の医療施設についても同様に考えているのかに ついては、被抗告人は一言も言及しようとはせず、沈黙を守っている。 しかし、一般の医療施設についても同様の考え方、即ち、国のいう受入可 能人数とは、避難先施設が満床であることを前提として、食堂や会議室に要 援護者を受け入れた時の人数であることとすれば、要援護者(とくに重症患 者)の避難計画としては極めて不十分なものという他ない。 福島原発事故時に、入院患者等の要援護者の避難において60名の犠牲者 をだした最大の原因の一つは、避難先として、受入先となる十分な医療施設 がすぐに確保できなかったことであった(国会事故調報告書。甲1・361 頁)。 入院患者(とくに重症患者)の避難において、仮に病院等の施設に避難で きたとしても、とくに重症患者については、避難先施設の食堂や会議室に避 難できたところで、患者の生命等の安全を確保できる避難とはなりえないの である。 このような抗告人らの指摘に対して、原決定は、何らの判断も示さないま - 174 - ま、避難計画には「一応の合理性、実効性」があると結論づけており、極め て不当であり、極めて無責任な判断である。 (5) 事故時の風向によっては鹿児島市や姶良市自体が流出放射能汚染地域とな り、住民避難の対象地となるのであって、これらの自治体にある施設を常に 避難先施設としている内閣府の計画(乙96・45頁)自体に極めて重大な 問題(欠陥)があること 被抗告人は、 「医療機関・社会福祉施設については、鹿児島県では、川内原 発から5~10km圏にある施設(10施設463人)についてPAZ圏内 と同様、施設毎の避難計画を作成し、避難先を確保している(乙96、45 頁)」と主張する(被抗告人準備書面8の10頁下段)。 しかし、被抗告人が主張する避難計画の避難先とされているのは、その3 分の2にあたる人数(約308名)が鹿児島市内もしくは姶良市内である。 しかし、川内原発事故時の風向によっては、このような鹿児島市や姶良市 自体が流出放射能汚染地域となり、住民避難の対象地となるのであって、こ れらの自治体にある施設を、風向きに関係なく常に避難先施設としている内 閣府の計画(乙96・45頁)自体に極めて重大な問題(欠陥)がある。 また、本件避難計画(乙96・45頁)では、5~10キロ圏内施設の避 難先施設の受入可能人数は18施設827人(平均1施設あたり45.9人)、 避難元施設の避難対象人数(病床入所定員)は10施設463人(平均1施 設あたり46.3人)とされていることからすると、この場合も、先にPA Z圏内の避難受入先の受入可能人数のところで述べたように、5~10km 圏内の避難先施設の受入可能人数とされている人数は各受入施設の定員に近 い人数であり、既入所者数を除いた空床、空室の余力人数とは、到底、考え られないものである。 (6) 内閣府避難計画(乙96)の記載からすると、UPZ10km~30km 圏内の医療機関等については、確たる避難計画は作成されておらず、従って - 175 - また、避難先も具体的には定まっていないと考えるべきであること さらに、被抗告人は、 「10~30km圏内にある医療機関・社会福祉施設 (227施設9703人)については避難先候補施設(496施設、43、 573人:入所定員)を確保している」 (乙96の46、48、49頁)と主 張する(被抗告人準備書面8の10頁下段)。 しかし、内閣府が策定するUPZ圏内10km~30kmの医療・社会福 祉施設の避難については、 「国の原子力災害対策本部から、一時移転等の指示 が出た地域で10km~30km圏にある医療機関、社会福祉施設(227 施設9703人)については鹿児島県の調整により避難先を確保」とだけし か記載されておらず(乙96・46頁)、5km圏内及び5~10km圏内の 各避難先の記載にあるように、 「PAZ圏内の医療機関及び社会福祉施設の全 てについて避難先を確保」(乙96・21頁)とか、「川内原発から半径5~ 10km圏にある医療機関、社会福祉施設についてPAZ圏内と同様、施設 ごとの避難計画を作成し、避難先を確保」というような記載は、一切、みあ たらない。 しかも、UPZ10~30km圏内の医療機関、社会福祉施設の避難につ いては、内閣府避難計画では、「避難先受入施設」とされずに、「受入候補施 設」としてあくまで候補施設とされているにすぎず、 「鹿児島県は一時移転等 の指示が出た場合には予め用意した避難先候補施設リストから避難先を選定」 すること(乙96・46頁)とされている。 このような内閣府避難計画(乙96)の記載からすると、UPZ10km ~30km圏内の医療機関等については、確たる避難計画は作成されておら ず、従ってまた、避難先も具体的には定まっていない(作成しているのは、 内閣府原子力災害対策担当室において一方的に選定した単なる避難先候補施 設を避難予定先に考えているにすぎないという程度のものではないか)と考 えるべきである。 - 176 - (7) 現在においても避難受入れ先の確保が困難とされている状況下であるのに、 いざという時になって初めて鹿児島県において避難先の選定をしたとして も、その実効性は極めて疑わしいこと 内閣府の計画では、 「鹿児島県は一時移転等の指示が出た場合には・・・・ 候補施設リストにより避難先を選定」とされているが、現在においても避難 受入れ先の確保が困難とされている状況下であるのに、いざという時になっ て初めて鹿児島県において避難先の選定をしたとしても、その実効性は極め て疑わしいものである。 原子力市民委員会の実施した自治体アンケート調査結果報告(甲108・ 6頁)によると、 「内閣府計画によると、10キロ以遠の要援護者の入所・入 院している施設については、具体的な避難先は定めず、事故が生じた後、コ ンピュータ・システムで避難先を調整するとしている(乙第96号証48頁) が、これが各自治体の避難計画に反映されているか」という質問に対しては、 ① これがすでに避難計画に反映されていると回答した自治体はなかった、 ② 逆に、 「まだ反映されていない」と回答した自治体は、9自治体中、薩 摩川内市、いちき串木野市、鹿児島市をはじめとして計8自治体あった、 とされている(甲108・6頁)。 一方、原子力災害時の避難受け入れ計画を策定しているかという質問に対し ては、鹿児島市をはじめ質問対象とした18自治体の全てが策定していないと いう回答であった(甲108・8頁)。 (8) 川内原発周辺自治体の回答からみても、各自治体における病院や社会福祉施 設の避難計画はほとんど進んでいないことが窺えること 抗告人らがすでに述べているように、鹿児島県の伊藤知事も、 「30キロまで の要援護者の避難計画は現実的ではなく不可能だ」、(要援護者の避難計画策定 は) 「10キロで十分だと思っている」と発言しているが(甲10・2014年 6月14日付け朝日新聞)、先に述べたように、10キロ~30キロ圏内の避難 - 177 - 計画の策定の具体的見通しも未だたっておらず、また、まともに作成されてい る様子もみられないという事実は、このような県知事の発言からも十分窺い知 れるところである。 なお、原子力市民委員会の実施した自治体アンケート調査結果報告(甲10 8・4頁)によると、川内原発周辺自治体の医療機関や社会福祉施設の避難計 画に関する回答は、以下のとおりとなっている。 病院や社会福祉施設の避難計画の策定状況について ① 把握していない――いちき串木野市、さつま町 ② 10%をこえる施設が策定済みとして回答した自治体はなかった、 ③ ただし、10%以下の施設においては策定済みと回答した自治体は、阿久 根市と日置市のみであった、 ④ また、薩摩川内市は原発から10km圏内の医療機関・社会福祉施設は計 画を全て作成済み、と回答した。 以上のような川内原発周辺自治体の回答からみても、各自治体における病院 や社会福祉施設の避難計画は、ほとんど進んでいないことが窺えるのである。 9 「避難施設等調整システム」の実効性について (1) 原決定の判示内容 抗告人らが、事故時の風向きによっては、被曝地域が本件原発から50~ 100km圏内の地域にも及び、中心的な避難先とされている鹿児島市内の 一部も被曝地域になる危険性があると主張したことに対し、原決定は、 「この 点、気象観測記録や放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果(乙14 8~150)によれば、放射性物質の主な拡散方向は本件原子炉施設の西の 海側であることが認められ、鹿児島市、姶良市を避難先とすることには一応 の合理性画あるものと認められる。なお、事故時の風向きによってはあらか じめ選定した避難先施設が使用できないことも想定されるが、その場合に - 178 - は、 ・・・避難先候補施設リストが入力された『原子力防災・避難施設等調整 システム』により調整し、避難先を調整することが予定されている」 (196 頁2行目以下)と判示する。 (2) 鹿児島市や姶良市が川内原発の風下となる風向きの出現頻度は年間で1 0%をこえることから、川内原発事故時に鹿児島市、姶良市が風下となり、 避難先の対象となりえなくなる可能性は十分ありうること しかし、仮に被抗告人提出の気象観測記録等(乙148~150)を前提 に考えてみても、以下に述べるとおり、PAZ圏内の主要な避難先とされて いる鹿児島市や姶良市が薩摩川内市の風下となる割合は年間で10パーセン トを超えていると考えるべきである。 即ち、鹿児島市と姶良市が薩摩川内市において吹く風の風下となるのは北 西の風の時だけに限らず、西から北北西間の風向きの風が吹く場合であって、 風向きとしては一定の幅を有している。 そして、このように、鹿児島市等が風下となる場合の風向きには北西の風 を中心に一定の幅があると考えられることからすると、これらの風下となる 幅の風向きの出現頻度は10%をこえるものというべきである(なお、16 方位で計算しても、各方位の風向きの平均は約6パーセントとなる。)。 このように、鹿児島市等が川内原発の風下となる風向きの出現頻度が1 0%をこえるとすると、川内原発事故時に鹿児島市、姶良市が風下となり、 避難先の対象となりえなくなる可能性も十分ありうることとなる。 従って、鹿児島市等を避難先の候補地の一つとすることはできようが、こ れを確定した避難先と決定し、そのことを前提に避難計画を作成することは 避難住民らの被爆に関し重大な危険を残すことになる。 なお、鹿児島県原子力安全対策課の四反田昭二課長も、 「一番多い風向きを 考慮して計画を立てても、事故時にそうだとは限らない」 (2014年5月2 5日付朝日新聞)と、計画策定の困難さを認めている。 - 179 - (3) 事故発生時の風向きが北西の風で、風下の鹿児島市や姶良市を避難先にで きなくなった場合に、これらの地域に匹敵するような数の受入先となる避難 先施設・医療施設等を他に確保し、調整することが短時間のうちに簡単にで きるとは到底考えられないこと これに対し、被抗告人は、仮に川内原発事故時にあらかじめ選定した避難 先施設が使用できない場合には、鹿児島県が「原子力防災・避難施設等調整 システム」により受入先を調整することとなっていると主張しており、原決 定も、これを根拠にして、本件避難計画の実効性を肯定する。 たしかに、内閣府作成の「川内地域の緊急時対応(全体版)」(乙96。以 下、単に「川内対応冊子」という。)の48頁によると、「鹿児島県では・・ 予め選定した避難先が使用できなくなった場合の避難先や医療機関等の受入 先を迅速に調整するための『原子力防災・避難施設等調整システム』を整備」 をなすとし、 「同システムは、避難先調整の際に必要となる施設の情報をあら かじめ登録し、緊急時において避難先を迅速に調整」とされている。 鹿児島県において、このような「受入先調整のシステム」が完成されてい るということはまだ聞いていないが、仮にこのような調整システムが完成し ていたとしても、それはまさにコンピューターによる机上のシステムにすぎ ず、現実の原発重大事故発生に臨んでその実効性がどこまであるかは極めて 疑わしいものである。 即ち、避難計画で予定していた避難先が風向きとかの事情により使用でき なくなった場合に、 「受入先調整システム」に入力されたデータ等により、急 遽、別の受入先を調整・選定するとしたところで、20万人を超える30キ ロ圏内の住民の避難受入先を簡単に他所に見出し、かつ、調整できるかどう か、しかも、それが全住民にスムーズに伝わり、全住民がこれによって避難 行動を円滑にできるかについては、その実効性にはなはだ疑問がある。 とくに医療機関への避難が必要となる入院患者等にとっては、避難先が限 - 180 - 定されるため、さらに深刻である。 いざ避難という時になって、予定していた医療施設への避難ができなくな ったからといって、ただでさえ受入病院の入院施設数が不足しているとされ る中で、避難先として予定していなかった避難先の病院を急遽調整しようと したところで、そのような余裕のある病院を急々に見つけることがはたして できるのか。 とくに、もし川内原発事故発生時の風向きが北西の風で、風下の鹿児島市 や姶良市を避難先にできなくなった場合には、これらの地域に匹敵するよう な数の受入先となる避難先施設・医療施設等を他に確保し、調整することが 短時間のうちに簡単にできるものとは、到底、思えない。 (4) 川内原発の事故が福島原発事故のように巨大地震・津波等の自然災害を原 因として発生した場合には、原発事故を発生せしめる重大な自然災害のただ 中において、周辺住民らは大きな混乱の中にあることが予想されること また、川内原発の事故が、福島原発事故のように、巨大地震・津波等の自 然災害を原因として発生した場合には、原発事故を発生せしめるような重大 な自然災害のただ中において、周辺住民らは大きな混乱の中にあることが予 想される。 そのような中で、原発からの放射能漏出という重大な事故が発生し、現実 に放射能汚染が広がりはじめるという事態が発生するような大混乱の状況と なれば、鹿児島県が避難調整システムによって急遽避難先を変更したからと いって、これがどれだけの住民にスムーズに伝わり、計画どおり避難するこ とが果してできるかは、はなはだ疑問である。 また、自然災害の中で道路・橋等の決壊がおこり、避難経路が非常に限ら れるということになれば、避難先の変更・選択もさらに困難となる可能性が ある。 (5) 福島原発事故を共有した国民は原発事故や地震に敏感になっており、川内 - 181 - 原発で事故が起きれば、自らの判断で自主避難する住民が多くなり、5キロ 圏内と30キロ圏内の2段階で避難するという本件避難計画の前提は現実 的ではないこと 以上のような過酷な状況下で原発事故が発生し、放射能漏出が始まれば、 相当数の住民が、本件避難計画で予定されているように、鹿児島県の指示に 従って空間放射線量率が一定数値にあがるまで家屋内で待機するとか、鹿児 島県からの避難先の指示を待つということはせずに、我先に自動車による自 主避難を開始するのではないか、そうなった場合はどうするのか、という問 題も重要であり、無視できない。 防災や危機管理に詳しい「まちづくり計画研究所」の渡辺実所長は、 「福島 事故を共有した国民は原発事故や地震に敏感になっている。川内原発で事故 が起きれば、自分たちの判断で自主避難する住民が多くなり、5キロ圏内と 30キロ圏内の2段階で避難するという前提は現実的ではない。」と語ってい る(甲118。2014年5月30日付け朝日新聞)。 また、新聞報道において、 「九州電力川内原発の重大事故の際、放射線量や 風向きで避難先を割り出す――。鹿児島県が9日に明らかにした仕組みは、 原発の風下に避難先がある場合、そこでの被曝を恐れる住民の声を受けたも のだが、識者からは実効性を疑う声が上がっている。」、 「広瀬弘忠・東京女子 大名誉教授(災害・リスク心理学)は、避難先を変更した場合の周知方法に ついて、 『住民に伝える手段があるのか、避難すべき人を特定する手段はある のか。柔軟に対応する仕組みは非現実的だ』と話す。新たな仕組みは、即時 避難する5キロ圏住民ではなく、まず屋内退避する5~30キロ圏の住民の 避難を想定するが、広瀬名誉教授は、そもそもこの5キロ圏と5~30キロ 圏の『2段階避難』が整然とできるかを疑う。 『米スリーマイル島の原発事故 の際も屋内退避が指示されたが、いつまでいればいいのか分からず、耐えき れずに逃げた人がいた』 県によると、避難先は空間放射線量の実測値に基 - 182 - づいて選ぶ。しかし、原発の避難計画に詳しい環境経済研究所の上岡直見代 表は『観測できるのはその時点の線量で、その後の動きは分からない』と話 す。」との指摘がなされている(甲119。2014年9月10日付け朝日新 聞39面)。 (6) 本件避難計画等では、住民、医療機関等、小中学校等の教育機関、在宅の 避難行動要支援者及びその支援者等に対する情報伝達方法が具体的に定め られており、避難先の変更が生じた場合においても、右情報伝達方法に従っ て情報が伝達されるとする原決定の考えは、希望的観測からくる机上の楽観 論でしかないこと このような抗告人らの主張に対し、原決定は、 「本件避難計画等では、PA Z圏内及びUPZ圏内のそれぞれについて、住民、医療機関等、小中学校等 の教育機関、在宅の避難行動要支援者及びその支援者等に対する情報伝達方 法が具体的に定められており、避難先の変更が生じた場合においても、上記 の情報伝達方法に従って情報が伝達されるものと考えられる。したがって、 抗告人らの指摘する風向きの問題を考慮しても、本件避難計画等が一応の合 理性、実効性を備えているとの認定を直ちに左右するものではない」 (196 頁12行目以下)と判示している。 しかし、抗告人らがここで指摘したいのは、川内原発の重大事故を発生せ しめるような重大な自然災害の襲来に加えて、その直後に川内原発の重大事 故が発生したという大混乱の中で(福島原発事故はまさにそのような状況で あった。)、避難調整システムによって、急遽、避難先を変更したからといっ て、それがどれだけ住民の多数に正確に伝わり、かつ、住民の多数がこれを スムーズに受入れるのかという問題である。 小・中学校、住民、医療機関等において、情報伝達方法が具体的に定めら れていることと、大災害発生の中でそれがどれだけ機能するのかということ は別問題であって、情報伝達方法がいたるところで具体的に定められていれ - 183 - ば、避難先と避難時期について、全ての住民が伝達どおりに避難できるだけ の実効性があるというのは、希望的観測からくる机上の楽観論でしかない。 むしろ、大混乱状況の中で、急遽、避難先や避難時期を一方的に変更する ことは、かえって混乱を増加せしめる結果を招く危険さえある。 現在、桜島と阿蘇山上空のその日の風向きが、テレビ等で毎日のように予 報表示されているが、その風向きが日中と夜間とで大きく異なる日も決して 少なくない。 このことは、本件原発上空の風向きも、1日のうちでも時間帯により容易 に変化することが十分ありうることを想起させる。 そして、そうであれば、重大事故発生時にも、その後の時間帯によって、 川内原発周辺の風向きが変化し、長時間の避難途中で放射能の飛散方向とな る風下の地域が簡単に変化することも十分ありうることになる。 このような場合、住民はどの方向に避難したらよいのか、わからなくなろ うし、そうなれば、避難調整システムがあったとしても、不要な混乱を招く だけで、何の役にもたたなくなるであろう。 このような事実が現実におこりうること自体、原発事故に関して、いつ如 何なる場合においても十分かつ安全な避難計画などほとんど策定が不可能な ことを示しているというべきである。 10 川内原発 30 キロ圏内の住民は再稼働を危険だとみていること (1) 東日本大震災の主要な構成要素である地震、津波、原発事故のうち、最も 深刻な被害を与えた災害は原発事故だと答えた人が過半数を超えていたこ と 東京女子大学名誉教授であり、安全・安心研究センター代表である広瀬弘 忠氏(以下「広瀬名誉教授」という。)らが、東日本大震災から2014年3 月までに実施した5回にわたる全国調査において、 「東日本大震災の主要な構 - 184 - 成要素である地震、津波、原発事故のうち、最も深刻な被害を与えた災害は 何だと思いますか」というアンケートを実施されたところ、全国の回答者の うち、それは原発事故だと答えた人が55.4~61.7%、津波が20. 1~28.4%、地震が12.1~19.4%であり、原発事故だとする回 答が断然多かった、という報告をされている(甲175・274頁)。 この広瀬名誉教授が、2014年11月21日から同年12月14日にか けて、川内原発から30キロ圏に在住の18歳~79歳の男女360人に対 し、アンケート調査を実施されたことから、その調査結果の概要を以下に紹 介する。 (2) 川内原発再稼働に住民は危機感を持っていること ア 川内原発が再稼働した場合に、福島第一原発と同じ程度の原発事故が起 こる可能性について まず、川内原発が再稼働した場合に、福島第一原発と同じ程度の原発事 故が起こる可能性についての質問に対しては、 「起こる」と「たぶん起こる」 を合せると、薩摩川内市では40.5%であったのに対し、周辺市町では、 60.6%であった(甲175・278頁)。 イ 川内原発が再稼働しても安全だと思うか 次に、川内原発が再稼働しても安全だと思いますか、それとも危険だと 思いますかという質問に対しては、 「非常に危険だと思う」と「やや危険だ と思う」の合計が、薩摩川内市では53.3%であり、周辺市町では、6 2.2%であった(甲175・278~279頁)。 この結果から、広瀬名誉教授は、 「周辺市町の住民はもちろん、薩摩川内 市の住民も、その過半が、原発再稼働は危険だという認識をもっている。 再稼働は危険だという認識は十分に思い。」と指摘されている(甲175・ 279)。 ウ 川内原発が大事故を起こすのではないかという不安を感じるか - 185 - 次に、川内原発が大事故を起こすのではないかという不安を感じますか という質問に対しては、薩摩川内市では、 「強い不安を感じる」と「かなり 不安を感じる」と回答した人が41.7%で、不安を感じない人が58. 1%であった。 他方、周辺市町では、原発大事故の不安を感じている人が58.4%で、 不安を感じない人が40.5%であり、薩摩川内市の住民の回答と逆転し ている(甲175・279頁)。 エ 川内原発の再稼働に賛成か反対か 最後に、川内原発の再稼働に賛成ですか、それとも反対ですかという質 問に対しては、薩摩川内市では、 「大いに賛成」と「まあ賛成」の合計(賛 成派)が、47.2%であり、 「絶対反対」と「やや反対」の合計(反対派) が、52.7%であり、反対派が過半を占めた。 また、周辺市町では、「大いに賛成」と「まあ賛成」の賛成派が、35. 6%であり、「絶対反対」と「やや反対」の反対派が、62.8%であり、 反対派の割合がさらに増えている(甲 ・280~281頁)。 この結果から、広瀬名誉教授は、 「周辺市町の住民はもちろん、薩摩川内 市の住民も、その過半が、原発再稼働は危険だという認識をもっている。 再稼働は危険だという認識は十分に思い。」と指摘されている(甲175・ 279)。 (3) 原発事故で避難は不可能であること ア 川内原発事故の情報を受け取ったら、避難指示が出る前でも避難します かという質問に対する回答結果(自主避難は PAZ でも UPZ でも同時に起 こるため、県が想定する2段階避難は不可能であるばかりでなく、地震や 津波などで利用できない道路や交通状況などの情報提供がないので、原発 事故時の避難は大混乱におちいること) 次に、避難計画に関するアンケート調査の結果であるが、まず、 「川内原 - 186 - 発事故の情報を受け取ったら、避難指示が出る前でも避難しますか」とい う質問に対しては、「直ちに避難を始める」が、薩摩川内市で28.9%、 周辺市町で26.7%であった。 また、 「情報を確認し避難指示前に避難する」が、いずれでも、30.0% であった。 この両者を合わせると、30キロ圏全体で、避難指示が出る前に避難す ると回答した人々は、ほぼ6割に達していることから、広瀬名誉教授は、 「この6割の人々は、5キロ圏内(PAZ)でも、5キロ~30キロ圏内(UPZ) でも同様に存在するので、鹿児島県が想定する自主避難率(影の避難率と も呼ばれることがある)は40%であるが(鹿児島県、 『川内原子力発電所 の原子力災害に係る広域避難時間推計業務報告書』)、実際には県の想定を 大幅に上まわるだろう。」と指摘されている(甲175・284頁)。 また、広瀬名誉教授は、「また、自主避難は PAZ でも UPZ でも同時に 起こるため、県が想定する2段階避難は不可能であるばかりでなく、地震 や津波などで利用できない道路や交通状況などの情報提供がないので、原 発事故時の避難は大混乱におちいるだろう。」という指摘をされている(甲 175・284)。 イ 鹿児島県のシミュレーションは、避難行動の特性を見逃していること 次に、広瀬名誉教授は、 「県の単純なシミュレーションが見逃しているの は、避難行動の特性である。」として、「避難行動は通常の場合、集団行動 のかたちをとる。自分の家族に小・中学校の生徒や児童・園児がいる場合 には、学校や幼稚園、保育園に迎えに行くはずであるし、高齢者などの要 援護者がいる場合には、介助をしながら避難しようとする。これらの要因 が避難の車列を乱したり、避難開始の時間を遅らせたりする。」ということ を指摘されている。 そして、それを裏付けるアンケート調査の結果として、 「原発の事故の際 - 187 - に、どのようにして避難しますか」という質問に対して、 「家族が集まるま で待ってから」という回答が、薩摩川内市でも、周辺市町でも、ほぼ6割 であったことを指摘され、 「家族が一堂に会した後でないと、避難は始まら ないのである」と指摘されているのである(甲175・285頁)。 ウ 安全に避難が出来るか さらに、 「川内原発に事故が起こった場合のあなたご自身の避難について、 どのように思われますか」という質問に対して、 「安全に避難できる」と「お そらく安全に避難できる」と回答した人が、薩摩川内市で30.0%、周 辺市町で38.4%と、いずれも3割台であり、 「立地自治体の薩摩川内市 民では、安全な避難に対しては周辺市町の住民より、かなり悲観的である」 (甲175・286頁)。 他方、 「安全に避難できない」と「おそらく安全に避難できない」と回答 した人は、薩摩川内市で69.5%、周辺市町で61.7%であった(甲1 75・286頁)。 (4) 小括 以上のようなアンケート調査の結果をふまえて、広瀬名誉教授は、「原発 事故が起こることを前提に、国も県も30キロ圏内自治体も避難計画をつく らなければならない。だが実際のところ、有効な事故対策は何もないのだ。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 事故時にはまっさきに被害を受ける住民から、事故対策がなされていないと 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 いう評価を受けるのは当然である。避難できない状況で、事故もあり得る原 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 発再稼働を行うことは、いかにも無責任で国民の命をないがしろにする妄挙 、、、、、、 ではないのか。」という指摘をなされている(甲175・287頁)。 原決定は、 「本件避難計画等については、新たに得られた知見、住民の実 態、防災訓練の結果等を踏まえ、更なる改善、充実に向けて不断の見直し が求められるべきものであり、そうした不断の努力を怠れば、避難計画等 の内容が住民実態とかい離したり、緊急時対応に対する担当者や住民の意 - 188 - 識低下を招くなどし、実際に重大事故が発生した場合に避難計画等に沿っ た具体的行動が採れない事態に陥ってしまいかねないのであって、債務者 においては、国、地方公共団体との連携の下でこれらの不断の努力を継続 すべきであることはいうまでもない。」(197頁~198頁)と述べてい る。 しかし、これまで批判してきたように、原決定は、単に机上において形 式的に定められただけで、なんら実効性が伴っていない本件避難計画等に ついて、 「一応の合理性、実効性」が備わっていると判断し、上記アンケー ト調査の結果からも明らかなように、「自主避難は PAZ でも UPZ でも同 時に起こるため、県が想定する2段階避難は不可能であるばかりでなく、 地震や津波などで利用できない道路や交通状況などの情報提供がないので、 原発事故時の避難は大混乱におちいるだろう。」という指摘(甲175・2 84)などは全く考慮に入れず(広瀬名誉教授のこの指摘は従来から既にな されていたものである。)、逆に、避難計画の中で最も考慮しなければなら ない重要な事態について、 「重大事故の中でも更に発生確率の低い事態まで を具体的に考慮していないからといって、本件避難計画等が直ちに合理性、 実効性を欠くものであると認めることはできない。」(194頁11行目以 下)と判断しているが、かかる原決定の住民の安全を全く考慮しない態度 こそ、「住民実態とかい離」するものであり、「新たに得られた知見、住民 の実態、防災訓練の結果等を踏まえ」ない、極めて不当なものである。 - 189 - 第6編 1 原決定には、抗告人らの主張に対して判断を行っていない違法があること 原決定にみられる主張整理 これまで述べてきた争点に関する判断の誤りのほかにも、原決定には、抗告 人らが原審で行った主張に対し、主張整理の中では取り上げておきながら、こ れに対する判断を行っていないという判断遺脱の違法が存在する。 (1) 外部電源や主給水系設備の耐震重要度分類がSクラスとされていないと の点 抗告人らは、 「冷やす」機能の維持に関して、原審において、外部電源や主 給水系設備の耐震重要度分類がSクラスではなく、B、Cクラスとされてい るという問題点を指摘し、したがって、基準地震動Ssである620ガルを 下回る地震動によっても、これらの設備が破断して、冷やす機能が維持でき なくなる可能性があるという主張を行っていた(平成26年9月8日付け抗 告人ら準備書面8・11頁)。 これを受けて、原決定は、主張整理において、債権者らの主張として、基 準地震動Ssを下回る地震によって外部電源が失われ、かつ、主給水が断た れるおそれがあるという点を取り上げている(50頁17~21行目)。 なお、この点については、債務者からは明確な反論はなされておらず、主 張整理においても何らの記載もされていない。 (2) 使用済核燃料貯蔵設備が堅固設備で覆われていないとの点 同様に、抗告人らは、「閉じ込める」機能の欠陥に関して、原審において、 使用済核燃料ピットが堅固設備で覆われておらず、放射性物質を閉じ込めて おくことができない可能性があること、また、核燃料プールに危険性が発生 する前に確実に給水ができるとは考え難いことを主張していた(平成26年 9月8日付け抗告人ら準備書面8・12~13頁)。 - 190 - これを受けて、原決定は、主張整理において、地震に起因する本件原子炉 施設の事故の可能性と人格権侵害又はそのおそれの有無(争点2)に関連す る債権者らの主張として、使用済燃料貯蔵設備が堅固設備で覆われておらず、 重大事故の原因となる事象が発生した場合に、使用済燃料貯蔵設備に危険が 発生する前に確実に給水できるとは認め難い、という整理している(51頁 21~25行目)。 そして、債務者の主張として、使用済燃料は、 「使用済燃料貯蔵設備におい て、水位・水温等を適切に管理した強固な使用済燃料ピット内において…(略) …安全に貯蔵されて」おり、万一の場合でも、 「使用済燃料ピットの水位が低 下(さらには異常に低下)した場合の対策や電源を喪失した場合の対策も講 じており、原子力規制委員会においてその有効性も確認されて」いるから、 放射性物質の大規模放出を伴うような重大事故が生じる具体的危険性はない、 と整理している(72頁20行目~73頁10行目)。 2 原決定はこれらの点について判断を行っていないこと (1) 原決定の判断遺脱 抗告人らは、上記1の諸点について、いずれも大飯原発・福井地裁判決(甲 10)が指摘した重大な問題点であり、審尋期日においても、これらの問題点 を克服できない限り、却下決定を下すことはできないことを繰り返し主張し てきた。 そうであるにもかかわらず、原決定は、上記の諸点について、判断を全く 行っていない。 上記1(1)及び(2)は、いずれも、争点2に関連する主張のうち、 「(4)重大事 故発生の具体的危険性」という項目中に位置付けられたものであるが、地震 に関する裁判所の判断(126~158頁「(2)本件原子炉施設の耐震安全性 について」と題する項目)には、これらの点について何らの言及もされない - 191 - まま、新規制基準の内容及び新規制基準への適合性判断について、不合理な 点は認められないことが主張疎明されている、と判示している(127頁1 ~4行目、135頁6行目~136頁3行目及び156頁24行目~157 頁3行目)。 これは明らかな判断の遺脱であり、原決定に審理不尽があることは明らか である。 (2) 司法審査の在り方に関する判示事項2に反すること もっとも、原決定は、原決定158~159頁「(3)債権者らの主張につい て」と題する項目において、 「債権者らは、本件原子炉施設には大規模な地震 が発生した場合の『冷やす』機能及び『閉じ込める』機能の維持について重 大な欠陥があるとして、債権者らの人格的利益が現に侵害され、又は、侵害 される具体的危険性がある旨主張する」が、これらについて、債権者らが「単 に本件原子炉施設敷地に基準地震動Ssを超過する地震動をもたらす地震の 発生可能性があることを主張疎明するのみならず、その影響により耐震設計 上の安全余裕や安全確保対策をもってしても放射性物質の大規模な放出を伴 う重大事故の発生が避けられないことをも疎明する必要がある」などとして、 一応、前記1(1)及び(2)に対する判断を行っているかのようにみえる。 しかし、司法判断の在り方(争点1)に関する判示事項2に明確に反する ものであり、原決定の判断遺脱の瑕疵を治癒するものではない。 すなわち、判示事項2は、原発の安全性について、まず、債務者の側にお いて、新規制基準の内容及び新規制基準への適合性判断に不合理な点がない ことを相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して主張疎明する必要が あり、債務者がその主張疎明を尽くさない場合には、新規制基準の内容、あ るいは、新規制基準への適合性判断に不合理な点があることが事実上推認さ れる、という判断の枠組みである(上記第2で述べたとおり、この枠組み自 - 192 - 体、抗告人らとしては異を唱えるものではある。)。 この原決定自身が述べた判示事項2に照らせば、上記各点は、債務者が、 そのような指摘を踏まえてもなお、新規制基準の内容及び新規制基準への適 合性判断に不合理な点がないことを主張疎明しなければならないはずである。 そうであるなら、これらについて、債務者が十分に主張疎明していること を何ら認定することなく、債権者らが疎明する必要がある、というのは判示 事項2と矛盾するものであり、債務者の主張疎明として、上記各点について の判断がなされていない以上、原決定が判断を遺脱していることは明らかで ある。 (3) 抗告人らは、債務者の安全確保対策が不十分である旨の主張を行っている にもかかわらず、その点は無視されていること 上述のとおり、上記1(1)及び(2)記載の各点については、原決定の判断枠組 みによったとしても、債務者が相当の根拠及び必要な資料を示して主張疎明 しなければならないものであり、原決定の判断遺脱は明白であるが、そもそ も、原決定がいうところの、基準地震動Ssを超過する地震動をもたらす地 震の発生により、 「耐震設計上の安全余裕や安全確保対策をもってしても放射 性物質の大規模な放出を伴う重大事故の発生」があり得ることについては、 抗告人らは主張済みであった(なお、原決定は、上記事故の発生が「避けら れない」ことを疎明すべきであると述べるが、この点も福島原発事故の反省 を踏まえたものとは思われない。 「避けられない」ことを疎明する、というの は、債権者らに不可能を強いることに等しく、より安全側に立って判断すべ きという原決定自身の認定(84頁)にも反するものである。)。 すなわち、抗告人らは、平成26年9月8日付け準備書面8・12~13 頁において、債務者の「水中ポンプによる使用済燃料ピットへの水の補給、 及び可搬型注入ポンプによる使用済燃料ピットへのスプレイ等の手段を設」 - 193 - け、 「水位計、温度計、監視カメラの追加設備等を行った」との安全確保対策 に対して、このような対策があったとしても、多重防護の欠陥が補完される わけではなく、大飯原発・福井地裁判決(甲10)が指摘した「閉じ込める」 機能の欠陥は、依然として解決されていない、と主張していたのである。 そうであるにもかかわらず、原決定は、この主張について何ら触れること なく、 「このような事故の発生が避けられないと認めるに足りる疎明はないと いわざるを得ない」と判断した。 その意味でも、原決定には判断の脱漏がある。 3 まとめ 以上のとおり、原決定には、抗告人らが原審で行った主張に対して、主張整 理の中では取り上げておきながら、これに対する判断を全く行っていないとい う判断遺脱が存在する。 これのみをもっても、原決定が違法であることは明らかである。 以 - 194 - 上
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