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自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の比較行動指標としての多義図形の知覚交替との関連で-
高橋, 圭三
松山東雲女子大学人文科学部紀要. vol.23, no., p.47-53
2015-03-25
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/4620
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松山東雲女子大学人文科学部紀要,23:47-53,2015
自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の比較
― 行動指標としての多義図形の知覚交替との関連で ―
The Autistic Spectrum Disorders vs. Attention-Deficit Hyperactivity Disorder:
A Comparison of Perception Differences of Ambiguous Figures
高 橋 圭 三
Keizo TAKAHASHI
(心理子ども学科)
要 約
多義図形の知覚交替速度について自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥多動性障害(ADHD)の
差の有無について一般大学生を対象に自己申告によって調べた。彼らの中の高リスク ASD と高リスク
ADHD の知覚交替速度に差があれば彼らの情報処理システムの問題は別であるといえる。
結果,AQ や ADHD ポイントと知覚交替回数には正負反対の近似直線の傾きを示し,ASD は知覚交替
がゆっくり行われさらに高リスク ASD 群には上限があった。
キーワード:ASD,ADHD,多義図形,知覚交替
[Abstract]
This paper examines the speed of perception change of ambiguous figures by examining differences between
autistic spectrum disorders (ASD) and attention-deficit hyperactivity disorder (ADHD). Through self-assessment,
ordinary university students were asked to identify differences in their speed of perception when looking at ambiguous
figures. Results indicate that those with a high risk of ASD are slower than those at risk of ADHD to perceive
differences in the figures, perhaps because their method of analyzing information is different.
Findings indicate a Pearson Slope, with an AQ value of -0.2 and an ADHD value of 0.03, resulting in approximate
straight lines separating participants. Those with a high risk of ASD recognize perception changes slowly and clustered
at the upper limit of perception change.
Key words: ASD, ADHD, ambiguous figures, perception change
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高 橋 圭 三
Ⅰ.はじめに
かつての診断基準であったアメリカ精神医学界が採択していた診断マニュアル(Diagnostic and
Statistical Manual of Mental Disorders‒Ⅳ:DSM‒Ⅳ)では,互いに合併しやすい障害である高機
能自閉症(High Functional Autism : HFA)やアスペルガー症候群(Asperger Syndrome : AS)
と注意欠陥多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder : ADHD)の重なりが見られた
時に,社会生活面でより困難性の高い方の障害が診断上で優先されていた。そのため重複する障
害の有無にかかわらずより重篤な HFA や AS と診断されていた。また,DSM‒5 においてはかつ
ての広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder : PDD)のサブグループとして位置づ
けられていた HFA や AS 等の診断名が,自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:
ASD)と診断されるようになった。これまで ADHD と PDD が同時に存在する場合は,診断上
PDD が優先することとなっていたが,市川(2013)は今後 DSM‒5 では診断上の併存を認めるこ
ととなると言及している。ASD と ADHD が重複する彼らは,複数の障害を併せもつために生活上
の困難度が高くなるのは当然である。このことは,彼らがより高い生活上の困難をかかえる中で,
実りのない努力を余儀なくされ自信喪失や自己否定感に苛まれている事を意味している。
Ⅱ.目的
本研究は,近年 ASD と ADHD ふたつの診断について選択的注意の観点から John Pettigrew
(1998)が双極性障害患者の知覚交替について行った調査を参考に,ASD と ADHD の人たちの知
覚交替速度について比較検討を行うこととする。John Pettigrew は双極性障害患者について,健
常群より多義図形の知覚交替速度が遅く注意の切り替えが円滑にできないことを指摘している。そ
のため,躁と鬱それぞれの状態が長く続く可能性に言及している。多義図形とは,1 枚の絵の中に
複数の解釈が可能な絵や図が描画されたものをいう。多義図形にはルビンの壺,少女と老婆,ネッ
カーキューブ,ピラミッドなどそれに該当するものがある(図 1.多義図形)。
ルビンの壺では,中央の白い部分に注目すれば壺が認知できる。一方,両側にある黒いライン
に注目すれば,向かい合った二人の人の顔を見いだすことができる。多義図形そのものは何の変
化もなく普遍であるが,見る人の心像が変化することで,ふたつの図形を自由に知覚交替するこ
とが可能となる。このように多義図形についてふたつ以上の解釈が可能な場合でも,我々はひと
つのまとまりのある概念で捉えようとする。ウタ フリス(2009)は,ASD は全体的統合の欠如が
あることを指摘している。このことから,ASD は一度確定した心像を別の視点から心像の全体を
再統合することが難しいと考える。ASD の特性としてあげられる限局された興味や行動は,John
Pettigrew の指摘する双極性障害患者の知覚交替の難しさに共通する因子があるのかもしれない。
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自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の比較
対して,ADHD の被転導性の強さは,
注意の継続についての問題かもしれ
ないと推測できる。ASD と ADHD の
重複事例が多く報告される中で,両
者を分け隔てる要因はこの選択的注
意の問題であると考える。
知覚交替速度を比較するにあたり,
ASD や ADHD の確定診断を受けてい
る人たちの協力を得るのは困難を要
する。そこで,一般大学生を対象に
Baron-Cohen(2001) ら に よ っ て 作
成され,若林(2004)が日本語版に
標準化した AQ と Hallowell & Ratey
(1995)が作成した成人 ADHD チェッ
図 1.多義図形
クリストを用いた。片方のチェック
リストのみ高リスク方向に偏倚のあ
る高リスク ASD 群(HiASD)と高リスク ADHD 群(HiADHD)を抽出し,知覚交替速度との関
連で ASD と ADHD の選択的注意について検討を加えることとする。
Ⅲ.方法
若林(2004)によって日本語版に標準化されその感度の高さが認められている自閉症スペクトラ
ム指数(Autism-spectrum Quotient : AQ)と,Hallowell & Ratey(1995)らによって作成された
成人 ADHD チェックリストにより,調査実験に同意を得た一般大学生を対象にから自己評価チェッ
クリストを行う。チェック後,図 1 のネッカーキューブとピラミッドの 2 種の多義図形について,
見え方(解釈)が変わる練習を図 2 によって試験試行として行い,確実に多義図形の解釈が複数可
図 2.練習試行用のネッカーキューブとピラミッド
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高 橋 圭 三
能であることのメタ認知を形成する。その後,それぞれ 1 分間 2 種の多義図形,ネッカーキューブ
とピラミッドを注視し知覚交替の回数を自己申告用紙に記載する。
この調査実験に使う自己評価チェックリストには,無記名で年齢と AQ,ADHD のチェック欄,
2 種の多義図形の知覚交替回数を記載する欄のある用紙を用意した。HiASD と HiADHD それぞれ
のポイント別に,それぞれの知覚交替回数について比較する。
被験者
本学,短大保育科 2 年生と女子大子ども専攻 2 年生を対象として,本研究の意図を説明し,同意
を得た学生を対象とした。AQ と ADHD チェックリストについて自己評価を得た回答用紙に記載
ミスや二重チェックなどの無効データを削除し,被験者(127 名,全員女性,平均年齢= 19. 7)に
ついて分析を行った。
得点化と刺激提示
AQ の選択肢は四つで逆転項目を含め ASD 傾向の強い 2 項目をまるめて 1 点として得点化した。
ADHD チェックは○×の二者択一の回答であったので AQ 同様に選択肢を 4 段階とし,質問意図
を継承するため逆転項目は作らずに ADHD 傾向の強い 2 項目をまとめて 1 点として得点化した。
多義図形の知覚交替回数に関しては,ネッカーキューブとピラミッドをそれぞれ教室に用意した
表 1. HiASD と HiADHD の AQ・ADHD ポイントと平均知覚交替回数
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自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の比較
スクリーンに Power Point を使いプロジェクターで提示した。ネッカーキューブとピラミッドの
各試行前に図 2 を提示して,30 秒間の練習試行を行った。それぞれの実験試行では図 1 のネッカー
キューブとピラミッドを使い,提示開始から 1 分間後に自動的にブラックアウトするようにプログ
ラムされた 2 種の多義図形をそれぞれ凝視し,被験者はその知覚交替回数を用紙に記入した。
分析
AQ と ADHD チェックリストでポイントが平均値以下の者を除いた。さらに多義図形の知覚交
替が ASD の認知特性に影響を受けるのか,それとも ADHD の影響を受けるのかを明確にするた
めに,両方のポイントが平均値以上の高リスク重複の者をさらに除外し HiASD と HiADHD を抽
出した。つまり,HiASD は ADHD に関しては平均値未満で,同様に HiADHD 群の構成は ASD
に関して平均値未満である。そして,両群の被験者ごとに 2 種の多義図形 1 分間における知覚交替
回数の平均回数を求め,両群の個人の平均知覚交替回数について順位尺度を使って U 検定を行っ
た。抽出した被験者各群の AQ と ADHD ポイント,個々の知覚交替平均回数を表 1 に示している。
Ⅳ.結果
対象となった被験者全員の AQ ポイントと平均知覚交替回数の分散の様子を図 3 に示した。ま
た,図 4 で明らかなように,HiASD には知覚交替回数の上限が HiADHD より少なかった。さらに
Pearson 係数では有意な相関は認められないが,近似直線の傾きが正負逆の傾きとなっている。
図 3.全被験者 AQ・ADHD ポイントと知覚交替回数の分散図
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高 橋 圭 三
図 4. HiASD・HiADHD ポイントと知覚交替回数の分散図
AQ と ADHD のポイントスケールが異なるため,(AQ= 50,ADHD= 20)上限のラインが同じ
になるように ADHD のスケール比率を変更して表示している。なお,近似直線をそれぞれ示して
いる。図 3 の AQ の近似直線は y =−0. 08 x+ 20. 63 であり,ADHD の近似直線は y= 0. 01 x+ 6. 39
であった。Pearson 係数はそれぞれ,AQ= −0. 20,ADHD= 0. 03 であり,AQ ポイントと多義図形
の知覚交替回数,および ADHD ポイントと知覚交
替回数に相関は見られなかった。ところが,同様の
表2
分散図と近似直線を示した図 4 では,全データを示
した図 3 とは異なり,HiADHD の上限の知覚交替
回数は 70. 5 回であるのに対して,HiASD の上限は
38 回であった。なお,図 4 の AQ 近似直線は y=
−0. 08x + 23. 13 で ADHD は y= 0. 03 x + 8. 93 で,
Pearson 係数は AQ= −0. 24,ADHD= 0. 30 であった。HiASD と HiADHD の知覚交替回数につい
て U 検定を行ったところ,表 2 のような結果を得た。
Ⅴ.考察
Pearson 係数ではそれぞれの群のポイントと知覚交替回数に相関があるとはいえないが,近似直
線の係数が図 3,図 4 ともに正負反対の傾きを示している。さらに,HiADHD の知覚交替回数上
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自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の比較
限が 70. 5 回であるのに対して HiASD は 38 で概ね 5 割強で上限に達している。さらに,U 検定で
は重複を除き HiASD と HiADHD を比較した場合,p= 0. 03*(*p< 0. 05)で両群の知覚交替回数に
関して有意に差がある結果となった。このことから,一般健常成人で AQ と ADHD ポイントの感
度が ASD と ADHD の特性を敏感に反映しているとすると,ASD は ADHD とは異なった視知覚
処理が行われていると考えられる。個人の興味や関心に根差した ASD に見られる過集中はこの知
覚交替が円滑に行われないことが良い面として表れていると考えることができる。
Ⅵ.おわりに
一般大学生を対象に AQ と成人 ADHD チェックリストにより,それぞれの平均値以上でかつ,
重複の無い者を対象にした知覚交替実験では明らかに HiASD が HiADHD よりもゆっくり知覚
交替が行われることが分かった。ふたつのスケールで抽出された HiASD と HiADHD が ASD と
ADHD を代表するのであれば,ASD と ADHD が重複した場合,過集中と被転導性が混在するこ
ととなる。この混在は個人で制御できる情報処理システムとは考えられず,より多くの困難が通常
の生活場面や社会的場面で遭遇することが予想される。
引用・参考文献
Baron-Cohen, S., Wheelwright, S., Skinner, R., Martin, J., & Clubley, E. ( 2001). The Autism-Spectrum Quotient (AQ):
Evidence from Asperger syndrome/ high-functioning autism, males and females, scientists and mathematicians. Journal
of Autism and Developmental Disorders. 31, 5-17.
Hallowell, M. & John, J. Ratey. ( 1995). Driven to Distraction: Recognizing and Coping with Attention Deficit Disorder from
Childhood Through Adulthood. New York: Simon & Schuster.
市川宏伸.
(2013)
.精神科専門用語の再検討について:児童青年精神科領域.精神神経学会誌 .621-625
John D. Pettigrew. & Steven M. Miller. (1998). A ‘sticky’ interhemispheric switch in bipolar disorder? Proceedings of The
Royal Society B Biological Sciences. 265 (1411): 2141-2148.
ウタ フリス.
(2009).自閉症の謎を解き明かす .東京:東京書籍
若林明雄.
(2004).自閉症スペクトラム指数(AQ)日本語版について:自閉症傾向の測定による自閉性障害の診断の妥当
性と健常者における個人差の検討.心理学研究 .第 75 号 , 第 1 号,78-84.
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