97 脳卒中片麻痺患者のエスカレーター利用に必要な要素∼姿勢制御

第 16 セッション
生活環境(症例報告)
症例報告ポスター
97
脳卒中片麻痺患者のエスカレーター利用に必要な要素∼姿勢制御からの観
点∼
森屋 崇史(もりや たかし),三木 晃,山口 直人,松田 真吾
医療法人社団 六心会 恒生病院 リハビリテーション課
キーワード
脳卒中片麻痺,エスカレーター,姿勢制御
【目的】
今回,右被殻出血後に左片麻痺を認めた症例を担当した.単身で Key person の設定が困難な背景があり,退院
後も金銭管理等を自身で行うべく,エスカレーターの利用が必要であった.脳卒中片麻痺患者のエスカレーター
利用は,歩行や階段昇降が自立しても利用が困難で,実際に自立している割合は 8.2% である(高橋ら;1996)
.
本症例の移動能力は T 字杖を使用し自立レベルであったが,エスカレーターの利用時に不安定性を認めた.脳卒
中片麻痺患者におけるエスカレーター利用に対する先行文献が少なく,考察する機会に至った.
【症例紹介】
50 代男性で右被殻出血を発症し,左片麻痺を呈した.定位的血腫除去術を施行され,1 ヶ月後に当院回復期へ
転入,4 ヶ月後にエスカレーターを利用した外出訓練を行った.National Institute of Health Stroke Scale は 7 点.
Brunnstrom recovery stage は上肢 II,手指 III,下肢 IV レベル.感覚は重度鈍麻レベル.10m 歩行速度は 40∼50
m 分.Functional Balance Scale は 51 点.SIAS は 32 点.棟内 ADL は自立レベル,階段昇降も手摺使用し可能で
あった.
【経過】
エスカレーター乗車中は右手摺を使用し,安定した立位保持は可能であった.しかし乗降時,麻痺側から開始
すると足部接地時に,筋緊張が亢進し,内反尖足位を認め,不安定性が出現した.非麻痺側下肢から開始すると,
麻痺側下肢が振り出せずに後方に残り,引っ掛かりを認め転倒のリスクが生じた.また乗車前から歩行の不安定
性と歩行速度の低下も認め,乗車直前に立ち止まる場面も見られた.
【考察】
エスカレーター事故発生時,乗車中の立位保持で最も多く 49.5%,乗車時 21.7%,降車時 13.1% である
(大野;
2010)
. 本症例は乗車中, 安定した立位を保つ事が可能であった. また歩行速度は 40∼50m 分まで制御可能で,
エスカレーターの一般的な速度が 30m 分である為,乗降は可能と判断した.しかし乗降時に麻痺側足部の引っ掛
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かりを認め,転倒のリスクが生じた.これは麻痺側下肢から振り出しを開始する動作パターンが学習され,日常
生活の中で戦略する機会の少ない姿勢制御である事が考えられた.その為,乗車前に見られた歩行の変化や立ち
止まりは,普段経験しない動く床面環境に対して,事前に姿勢制御を調整している為と考えた.またエスカレー
ターの支持面は,ブロックが常に前方への進行し,乗降時に麻痺側下肢の振り出しが遅延し,両脚支持期が延長
すると,ステップ長が強制される.その為,前後方向の姿勢制御が大きく影響される.この乗降時を想定できる
運動課題として,トレッドミル歩行が考えられる.通常,前歩きは後方へ支持面が移動するがエスカレーターを
想定すると,床面が前方へ動く後ろ歩きに類似していると考えた.脳卒中片麻痺患者のエスカレーター利用が困
難な要因は,乗降時に認め,姿勢制御の変化が考えられる.それに対するアプローチは,トレッドミル歩行が有
効である事を示唆した.
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第 16 セッション
生活環境(症例報告)
症例報告ポスター
98
浴槽の跨ぎ動作改善を目指した遺伝性痙性対麻痺患者の一症例
柴 大樹(しば だいき),森下 健,原田 宏隆,春本 千保子,森 憲一
大阪回生病院 リハビリテーションセンター
キーワード
遺伝性痙性対麻痺,跨ぎ動作,24時間アプローチ
【目的】
遺伝性痙性対麻痺は,緩徐進行性の下肢の痙縮と筋力低下を主徴としている.跨ぎ動作改善に向け 24 時間アプ
ローチを含めた治療を展開し,若干の改善を認めたため考察を加え報告する.
【症例紹介】
発表の趣旨に同意を得た 60 代前半女性.9 年前より下肢の運動障害が出現.1 年前より独歩困難となり,トレッ
キングポールの使用となる.X 年 Y 月,当院にて外来リハビリ週 3 回ペースで開始となる.本発表期間は,当院
での治療開始 30 日(初期評価)から 90 日(最終評価)までの 60 日間とした.
【経過】
CanadianOccupationalPerformance Measure(以下 COPM)では,浴槽を足が引っ掛からずに跨げるが聴取で
きた.初期評価では遂行・満足度 3 であった.関節可動域測定(以下 ROM,右 左,単位 ̊)体幹側屈 20 20,股
関節外転 20 15.徒手筋力検査
(以下 MMT,右 左)股関節外転 3 3.触察における筋緊張検査では脊柱起立筋群,
大腿筋膜長筋,大腿直筋,長・短内転筋,下腿三頭筋に過緊張,腹横筋,腹斜筋群,中殿筋に低緊張を認めた.
機能評価のスクリーニングとして StrokeImpairmentAssessmentSet(以下 SIAS,上肢・下肢・その他・合計)を
使用し右 23・24・20・67,左 23・23・17・63.臨床的体幹機能検査(以下 FACT)17.FunctionIndependenceMeasure(以下 FIM)の入浴動作項目では 5 点.立位姿勢における骨盤は前傾を呈し,上前腸骨棘と下前腸骨棘
は 4.5 横指の差を確認.浴槽を先に跨ぐ脚を lead 脚,後続する脚を trail 脚と分類し観察した.左右両方向への跨
ぎ動作において,lead 脚の支持性が不足し trail 脚に必要な股関節外転,体幹側屈,骨盤側方傾斜が乏しく足尖に
引っ掛かりが見られた.動作改善のため,片脚支持向上と脊柱・骨盤帯の選択的運動,股関節の分離性改善を優
先し治療を展開した.最終評価では COPM 遂行・満足度 6.ROM 体幹側屈 30 30,股関節外転 30 25.MMT
股関節外転 4 4.筋緊張検査では過緊張筋及び低緊張筋が軽減した.SIAS 右 23・25・20・67,左 23・24・18・65.
FACT20.FIM の入浴動作項目 6 点.骨盤前後傾評価は 3.5 横指.跨ぎ動作は,lead 脚の支持性向上と trail 脚の
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股関節外転,骨盤側方傾斜,体幹側屈の改善を得た.
【考察】
本症例は分回し歩行を呈し,フットクリアランスの低下を長年に渡り股関節屈筋群・脊柱起立筋群の過緊張で
代償していた.そのため,腰椎前弯が過剰に出現し体幹側屈が制限されていた.また,両股関節内転筋群の過緊
張と外転筋群の出力低下が lead 脚の支持性を低下させ trail 脚の股関節外転,骨盤の側方傾斜を制限し動作を困
難としていたと考えた.これらの問題に対し,腰背部と股関節内外転の筋緊張調整が lead 脚の支持性と trail 脚の
胸腰椎側屈,骨盤側方傾斜には必要であった.更に治療効果持続を図るため,自宅での休息姿勢に着目した.腰
背部と股関節内外転の筋緊張調整をするため三角座り,横座りの姿勢獲得を試みた.緩徐に進行する遺伝性痙性
対麻痺に対し 24 時間アプローチを考慮する事が進行を減弱させるのに必要であると考えた.
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第 16 セッション
生活環境(症例報告)
症例報告ポスター
99
退院後に日常生活動作能力の改善と自主トレーニングの定着を認めた一症例
橘髙 浩平(きったか こうへい)
みどりヶ丘病院 リハビリテーション科
キーワード
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自主トレーニング,mGES,m FIM
【目的】
医療機関から在宅復帰となる要介護高齢者の約 65% は急性期病棟から退院し,理学療法士は退院時に自主ト
レーニング(以下,自主トレ)を指導する事が多い.入院患者に対して,自主トレの定着効果には自己効力感が
関与すると報告がある.しかし,退院後の自主トレ定着に関する報告は少なく,運動習慣が退院後に自主トレと
して定着できているか予測しづらい.今回,脳梗塞発症後約 3 週間入院リハビリを実施し,退院後にリハビリ介
入が無い患者を担当する機会を得た.退院後の自主トレ実施状況を確認し,自己効力感を踏まえた上で考察した
ので報告する.
【症例紹介】
症例は 80 歳台の男性である.平成 27 年 2 月に脳梗塞と診断され,入院となる.既往は脊柱管狭窄症術後,介
護保険は要支援 2,妻と 2 人暮らしであった.病前セルフケアは自立,家事等で訪問介護サービスを利用していた.
第 2 病日目から理学療法を開始,主訴は
「外を 10 分位歩きたい」で,第 22 病日まで毎日実施できていた.m FIM
は入院時 43 から 65 点になった.退院時機能は MMSE28 点,Brunnstrom Stage は右上肢・手指・下肢 VI,MMT
は両大腿四頭筋 5・下腿三頭筋 3,CS 30 は 9 回であった.歩行能力は FIM4 点,6 分間歩行 150m,歩行の自己効
力感は modified Gait Efficacy Scale(以下,mGES)
にて 43 で,平面歩行 5,階段昇り 6,長距離歩行 5 であった.
家屋調査は機会が得られず,第 23 病日目に自宅へ退院した.
退院時指導は,歩行能力の向上に繋がるよう立位下肢運動を自主トレ指導した.方法は起立 着座運動 15 回,
立位踵挙げ 20 回とし,運動強度は「ややきつい」と感じる回数,頻度は毎日とした.自己効力感には自己管理カ
レンダーの配布と娘に家族指導を行った.
【経過】
自主トレ実施状況は,1 種目でも指示通り又は半分以上の回数を実施とみなし,半分以下を未実施と判定した.
又,週単位で区切り,週 3 日以上の実施を定着,週 2 日以下を未定着と判断した.自主トレ実施日は退院後 1 週
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が 2 日,以降 2 週は 4 日,3 週は 4 日,4 週は 3 日,5 週は 4 日で,1 週は未定着,2∼5 週は定着であった.mGES
と m FIM は,退院後 3 週は 44,72 点,5 週は 58,71 点であった.又,3 週で歩行 FIM6 点,5 週で mGES は平
面歩行 10,階段昇り 10,長距離歩行 8 となった.
【考察】
歩行能力は m FIM と共に,退院時に比べ退院後 3 週に改善を認める結果となった.自主トレは退院後 1 週が未
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定着で 2 週以降は定着した.本症例は歩行自己効力感を退院時点で有していた為,退院直後は在宅環境への適応
に時間を要した結果,自主トレの定着は 2 週以降になったと推測した.mGES が 3 から 5 週に,平面歩行や階段
昇り,長距離歩行で大きく向上した.3 週で歩行能力が改善した事が,歩行への自信やさらに歩行能力を高めよう
とする自主トレへの動機づけに繋がったと考察した.
退院後 2 週目以降に自主トレ定着を認め,自己効力感の関与が伺えた.自主トレをする際,自己効力感が高ま
るような工夫も必要と考える.
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第 16 セッション
生活環境(症例報告)
症例報告ポスター
100
廃用により立位が困難になった症例の歩行再獲得に向けた治療介入∼快適
で,人間らしい在宅復帰を目指して∼
田部 路人(たべ みちと),松田 淳子
介護老人保健施設 マムクオーレ
キーワード
廃用,固有感覚,生活環境整備
【目的】
入院により重度の廃用症候群を呈し歩行困難となった症例に対し,機能改善と生活場面を重視したリハビリ
テーションを実施し,在宅復帰を実現した経験を報告する.
【症例紹介】
症例は 60 歳代男性,慢性閉塞性肺疾患の悪化に伴い鬱症状発症し入院.約 10 ヶ月の入院期間中に歩行困難,
排泄障害が進行し,当施設入所となる.妻は協力的で,症例の精神的支えとなっていた.
【経過】
運動機能は筋力が上下肢・体幹共に 3 ,体重は 31.1kg(BMI13.3)と低体重状態であった.足関節背屈は両側
とも 40̊,立位は足尖部が接地する程度で,食事以外は全介助であった.認知機能は MMSE が 22 点で,会話理解
は良好であった.
介入は理学療法アプローチに加え,
「自己練習指導」
,「在宅復帰に向けての福祉用具の選定」を実施した.
理学療法アプローチでは,足部から下腿,膝周囲の短縮している皮膚・筋・腱の伸張,亢進している下肢の筋
緊張緩和を図りつつ,足関節固有の動きを引き出し,立位等で踵への固有感覚刺激を入力した.踵接地が困難で
あった為女性用のウェッジソールタイプのヒール靴を使用し歩行練習を進めた.同時に扉の開閉や椅子を自身で
引いて座る等,生活環境を想定した中での動作練習を重視して取り組んだ.治療は週 6 回,約 4 ヶ月間実施.1
回の治療時間は 20 分∼40 分であった.
自己練習は,初期には体幹筋力強化練習を,歩行可能となった 1 ヶ月以降は家人付き添いでの歩行器歩行やト
イレでの排泄練習を,足底が接地し始めた 3 ヶ月以降は杖歩行に取り組んでいただいた.動作時のリスクについ
ては適宜指導を行った.
在宅復帰に向け,退所 1 ヶ月前に屋外活動の為の靴の選定を行った.足関節底屈機能を補助すべく,ソール部
分が柔らかく,中足趾節関節部分で撓み,やや踵に高さがあるものを選択した.退所 2 週間前に居宅訪問を実施
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し,トイレ,浴槽内での立ち座り,浴室内移動の為の手すり設置を提案した.
入所から約 4 ヶ月後,筋力は上下肢・体幹共に 4 ,体重は 38.2kg
(BMI16.3)
,足関節背屈は両側とも 0̊,MMSE
は 30 点に改善.補高を用いずに屋内歩行が自立,尿便意が回復されトイレ動作も自立となり,住宅改修後自宅復
帰となった.
【考察】
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生活期のリハビリテーションは,治療時間の制約が大きく,活動の制限となっている二次的な障害の改善を図
りつつも,より実用的な生活場面の中で行われる事が重要である.本症例の場合,早期からウェッジソールタイ
プの靴を使用して動作練習に取り組む事で全足底接地が促せ,立位・歩行時の足部の保護や転倒に対する安全性
を高める事ができた.結果,家族との生活場面での練習時間が確保でき,足部への荷重機会が増え,歩行の改善
と共に足関節機能の改善も促す事ができたと考えられる.そうした改善のアイデアを取り入れつつ,生活場面で
のリハビリを進めて行く事が,様々な環境に適応して動作・行動でき,人間らしく生活できる事に繋がると考え
ている.
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第 16 セッション
生活環境(症例報告)
症例報告ポスター
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『R9−STICK』の腰痛患者の適応
畑下 拓樹(はたした ひろき)1),石間伏 勝博1),大浦 由紀2)
訪問看護ステーション リハ・リハ1),株式会社セラピット2)
キーワード
"
R9 STICK,活動・参加,腰痛
臨床経験上,円背を呈する腰痛患者の多くは,前後方向へのバランス能力が低下しており,腰痛の緩和や歩行
の安定を目的に,歩行器などの前方支持タイプの補助具を選択されていることが多い.しかし,体幹前傾に伴う
腰椎へのメカニカルストレスは軽減されているものの,根本的な姿勢の改善に伴う疼痛の軽減やバランス能力の
向上には繋がりにくい.R9 STICK(以下 R9)は,当社が酒井医療株式会社とともに開発したノルディックポー
ル(以下 Np)を改良した杖だが,石間伏らにより「独歩や Np に比べ,前後方向への姿勢安定性が高まる.
」と報
告されている.しかし臨床における適応を明らかにすることが課題となっている.そこで今回,腰痛により活動・
参加に制約を余儀なくされている方に R9 を使用してもらい,腰痛患者への適応を考察した.
【症例紹介】
年代:70 代 性別:女性 介護度:要支援 1
主疾患:多発性胸腰椎圧迫骨折(Th12∼L3).既往歴:左大腿骨骨折 冠攣縮性狭心症
個人:前向きな性格.元々は,ボランティアや旅行などがご趣味だった.
住環境:有料老人ホームに独居されている.
ADL は自立しているが,洗濯や掃除は困難な為,訪問介護利用(2 回 週),買い物は宅配を利用.
【経過】
2014 年 11 月 外来リハに通っていたが,通院困難な為,腰痛緩和目的に訪問看護を利用開始(1 回 週)とな
る.
<訪問開始当初>Japanese Orthopaedic Association スコア(以下 JOA スコア)9 点 Face Rating Scale(以下
FRS)5.身長 153cm
腰痛の訴えが強く,抗重力姿勢の保持は支持物を要し,長時間の保持は困難な状態であった.移動は居室内伝
い歩き,居室外はシルバーカーを利用されていた.
<介入 3 ヶ月>JOA スコア 14 点 FRS 4.
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座位・立位保持が改善し,施設内の移動が楽に行なえるようになってきたため,「桜を見に行く」ことを目標に
介入した.その際,シルバーカーから R9 に補助具を変更した.
<介入 6 ヶ月>JOA スコア 20 点 FRS 3.身長 158cm.
「桜を見に行く」という目標達成により,
「デパートに買い物にいく」という目標に変更.施設内+屋外は常時
R9 にて移動.居室内では小物の片付けや床の整理など出来るようになり,周辺への散歩にも出かけるようになっ
た.活動時間・範囲が以前より拡大した.
【考察】
R9 は 9cm 前方に杖先が接地するため,体幹伸展方向への床反力が生じ,体幹前傾に伴うメカニカルストレスを
より軽減させているのではないかと考えられる.また,歩行時に前方に偏移していた重心も後方へ修正すること
で踵部への荷重が促され,抗重力筋の活動を得やすくなる.さらに,身長に応じ適切な長さに調節できる為,使
用者は理想的な姿勢を無理なく保持でき,前後方向へのバランスを適切に保ちやすくなるのではないかと推測さ
れる.今回の経験から,前後方向へのバランス能力が低下している腰痛患者に R9 を適応することで,腰痛の軽減
および歩行の安定性向上につながり,活動・参加を促のに有用であることが示唆された.
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第 16 セッション
生活環境(症例報告)
症例報告ポスター
102
右坐骨褥瘡が陥没した瘢痕組織となり褥瘡の再発を繰り返した高位頚髄損傷
例
沖西 正圭(おきにし まさかど)1),上月
金澤 慎一郎3)
兵庫県立リハビリテーション西播磨病院
兵庫県立リハビリテーション西播磨病院
兵庫県立リハビリテーション西播磨病院
キーワード
強史1),深澤 喜啓1),中田 葉子2),大籔 弘子1),
リハビリ療法部1),
看護部2),
診療部3)
坐骨部褥瘡,シーティング,除圧
【目的】
脊髄損傷者の坐骨部褥瘡は再発の危険性が高く,シーティングと除圧管理が重要である.今回担当した高位頚
髄損傷症例は坐骨部褥瘡が陥没した瘢痕組織となり,車いすに乗車すると治癒傾向にある組織が悪化し褥瘡の再
発を繰り返した.陥没した瘢痕組織に対してシーティングと除圧を工夫し長期間要したが座位時間が延長したの
で報告する.
【症例紹介】
65 歳男性.29 歳に頸髄損傷(C5,Frankel R:A)を受傷し四肢麻痺となる.ROHO クッションのエア調整ミ
スにより右坐骨に褥瘡を形成(stageI)し,A 病院にて 2 か月外来フォローしていたが,褥瘡悪化(stageIII)と
感染が認められ,同病院に入院しデブリドマンが施行された.1 ヶ月後,褥瘡治療目的にて当院に入院した.既往
歴に糖尿病を認めた.
【経過】
入院時の DESIGN R(以下,D)は 18 点(4.5cm×3.3cm)であった.創治癒を優先するため,ベッド上にて褥
瘡に対する減圧管理を食事時も含め行い,入院から 6 か月後に D は 0 点となった.しかし,表皮は瘢痕化し陥没
した形状であった.
入院前より使用していた電動車いす(ティルト型,バックレスト:トールバック)と ROHO ハイタイプ(1
バルブ)を使用し乗車を 30 分より開始した.1 時間乗車(30 分後に 5 分除圧)を行った際に,表皮が剥離し D
は 8 点となった.創が改善した後に乗車を再開したが,浅い褥瘡の再発を繰り返した.
原因を探るため,リフターにて吊上げた状態で透明なプラスティック板を創に押し当てると,陥没した形状に
より中空状態となっており,その部位より坐骨が突出し,圧が集中していることが判明した.そこで大腿部支持
を増し,坐骨への圧軽減を図るために,クッションを ROHO クアドトロに変更するが,30 分以上の乗車で創の悪
化を認め改善には至らなかった.
シーティングを再度見直し,バックレスト及びクッションをアイコンバック(ディープバック)と大腿部がウ
レタン素材でできている ROHO ハイブリッド(2 バルブ)に変更し,体幹側面の接触面積の増大及び大腿部支持
の増加によって坐骨への圧軽減を図った.バックレスト及びクッションの一部に減圧目的の加工を施した.
乗車時間は徐々に延長した.症例自身で 15 分乗車毎に 5 分と 2 時間経過したのちに 1 時間の除圧を車いす上
(ティルトにて)にて行い,約 1 年後に 8 時間の乗車が可能となった.
座圧測定は座位条件変更時に実施した.
【考察】
廣瀬は褥瘡に対する理学療法士の役割としてシーティングの重要性を述べている.ROHO ハイブリッドとクア
ドトロでは除圧効果はクアドトロのほうが一般的には優れているが,本症例にとってはハイブリッドのフォーム
ベースとバックレストの形状が安定性と姿勢の改善に影響を与えた結果,陥没した形状の瘢痕組織に対してのズ
レや坐骨の圧が軽減したと考えられる.また,高齢者自身で除圧可能な方の除圧間隔は 15 分が推奨されており,
こまめな除圧が褥瘡の悪化を防ぐために重要であったと推察される.
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