音事象の記憶化と認識の度合いについての研究

東京大学工学部 建築学科
2001 年度 卒業論文梗概集
音事象の記憶化と認識の度合いについての研究
00101 畠山 拓也
今回の調査において初めて認識したと思われるものはチ
ェックしておいてもらう(これがレベル③)。そして、こ
の実験で指摘されたもののうちレベル①でも③でもない
ものがレベル②となる。
4,結果と分析
表3 音事象類型
機械?
1 交通音
何か(金属)を引きずる
カラス
6
7
駒場野公園
水が流れる
木の葉を掃く
草(葉)の揺れる
滝
焚き火
鳥のさえずり
ゴミ箱にモノを捨てる
人の足音
人の声
草刈
自転車
工事
テニス
踏切
車
ヘリコプター
電車
2
4
5
1
1,はじめに
音は受動的に自然と耳に入ってくることが多く、私た
ちはその中で、それらの音事象を漠然と印象評価してい
る。しかし、従来の音環境調査において音事象の種類を
記録し、それらの音事象や音環境全体に対する印象評価
を調べるような研究では、音事象の記録は、被験者に積
極的に音事象を見つけようとさせることによって行われ
ているため、普段の生活における音がなんとなく耳に入
ってくるような状況とは音を聞く態度が大きく違ってし
まっている。よって本研究では、積極的に音事象を見つ
けようとするだけではなく、漠然と聞こえていたであろ
う音事象を記憶として導き出すことで、音事象に対する
認識の度合いの違いを調べ、また音事象それぞれに対す
る印象評価と音環境全体に対する印象評価の関係を認識
の度合いごとに考えたいと思う。
レベル①
レベル②
レベル③
0
1
2
3
指摘数
4
5
2
3
4
5
6
7
サイン音
メディア音
機械・器具音
人間音
自然音
不確定音
6
5
4
3
レベル①
レベル②
レベル③
積極的に聞こうとしないと認識されない音事象
6
背景音(積極的に聞こうとしても認識できない音
事象)
1
2
3
指摘数
4
5
6
下北沢住宅地
5
④
犬の足音
マクドナルドの売り場の声
呼び込み
人の足音
人の声
ショッピングカート
ゴミが風で動く
車から荷物を搬入
カギを鳴らす
ビニール袋
自転車
小銭
自動販売機
携帯の着信音
駅の放送
ゲームセンター
店のBGM
町内放送
バイク
電車
車
0
7
③
1
2,音事象の分類
音事象を記憶と認識の度合いから分類する(表1)
。
表1 音事象の分類(認識レベル)
① 積極的に聞こうとしなくても認識し記憶される音
事象
② 積極的に聞こうとしなくても認識はするが記憶は
されない音事象
6
下北沢商店街
プーという音
虫の飛ぶ
虫の鳴き声
風
草(葉)の揺れる
カラス
鳥のさえずり
人の声
ドアを開ける
人の足音
ビニール袋
空調
下水
自転車
ゴミ袋
ガレージ
工事
洗濯機
風鈴
駅の放送
電車のサイレン
踏切
ヘリコプター
飛行機
車のブレーキ
車
バイク
電車
レベル①
レベル②
図1 音事象指摘数
3,実験の概要
3−1,記憶アンケート実験
被験者(20歳代の男女、各場所に5人ずつ)に10
分間対象場所(下北沢の住宅地、商店街、駒場野公園の
3カ所)に待機してもらい、その後別の場所に移動して
どのような音事象があったのかを、記述シートの音事象
欄に記入させ(これがレベル①)
、またそれぞれの音事象・
音環境全体に対しての5段階のSD法による印象評価(表
2)をしてもらう。 3−2,記述調査実験 表2 形容詞尺度
再度、対象場所にて10 ・日常的な⇔非日常的な
分間の音事象記述調査を行 ・活動的な⇔落ち着いた
い、同様にそれぞれの音事 ・静かな⇔うるさい
象・音環境全体に対しての ・ここちよい⇔耳障りな
印象評価をしてもらう。
・いい⇔よくない
この際、記述してもらっ
た音事象のうち、先の記憶アンケート実験では認識せず、
4−1,音事象指摘について(図1)
音事象の類型化の手法i(表3)を用いて類型ごとに認
識の度合いを考える。
・ 交通音:3カ所ともに認識の度合いが高い。
・ 人間音:交通音に次いで3カ所ともに高い。
・ 自然音:公園と住宅地では高いが商店街ではほとん
ど認識されていない。住宅地と商店街では同じ下北沢
で場所も近く、鳥のさえずりやカラスなどはどちらに
も存在するはずのものなのに場所によって認識の度合
いは、大きく変わっている。
・ 機械・器具音:商店街、住宅地ではやや高めだが、
公園では低い。
・ サイン音:指摘が少ないが、踏切の認識は公園、住
宅地ともに高くなっている。
・ メディア音:商店街では少し認識されるが、その他
の場所ではほとんど認識されていない。
・ 不確定音:指摘もすくなく、ほぼ認識されていない。
1
2 3
4
記述調査ではレベル①②③が同次元で抽出されてしま
う。本研究では記憶アンケートと記述調査を2つ行うこ
とで、抽出される音事象を認識レベルとして分類化し、
レベルごとにそれぞれの音環境について考える。また④
の背景音は、記述調査でも抽出できないため今回の研究
では無視する。
レベル③
0
1
2
3
指摘数
4
5
6
指導教官 佐久間 哲哉 助教授
3
2
1
0
-1
活動的な-落ち着いた
ここちよい-耳障りな
いい-よくない
風(住)
鳥のさえずり(住)
滝(公)
人間音
鳥のさえずり(公)
カラス(住)
人の足音(商)
人の声(商)
サイン音 メディア音 機械・器具音
日常的な-非日常的な
人の足音(住)
風鈴(住)
人の声(公)
洗濯機(住)
テニス(公)
店のBGM(商)
踏切(住)
町内放送(商)
踏切(公)
電車(住)
電車(商)
電車(公)
車(住)
車(商)
-2
バイク(住)
記憶と記述に対する印象評価の平均値の差(記述−記憶)
4
交通音
自然音
静かな-うるさい
図2 記憶から記述に変わることでの印象評価の推移
*印象評価の得点化は、凡例において左側にある
形容詞を5とすることで行っている
5
日常的な − 非日常的な
活動的な − 落ち着いた
静かな − うるさい
ここちよい − 耳障りな
いい − よくない
4
3
2
1
①
②
交通音
③
①
②
③
サイン音
①
②
③
①
メディア音
日常的な-非日常的な
活動的な-落ち着いた
ここちよい-耳障りな
いい-よくない
②
③
人間音
①
②
③
自然音
静かな-うるさい
図3 音事象の認識レベル、類型ごとの印象評価
5
日常的な − 非日常的な
活動的な − 落ち着いた
静かな − うるさい
ここちよい − 耳障りな
いい − よくない
またこれらの傾向とは別に、公園には機械・器具音の
テニスの音、商店街にはメディア音である町内放送、店
のBGM、住宅地では機械・器具音の風鈴、洗濯機の音
といった特別高く認識しているその場特有の特徴的な音
事象が存在している。これらの音事象は、その場所の音
環境的特徴をある程度支配しているものだといえる。
4−2,音事象評価について
○レベル①の音事象に対しての記憶アンケートと記述調
査における評価傾向の違い(図2)
・ 「活動的なー落ち着いた」:全体的に、記憶アンケー
トから記述調査に推移するにしたがって「活動的な」
側に推移する傾向がある。
・ 「日常的なー非日常的な」:全体的な傾向はないが、
ある程度の推移の幅はある。また人間音に対しては、
「非日常的」側に推移している。
・ 「静かなーうるさい」:交通音が「うるさい」側に推
移している。
・ 「ここちよいー耳障りな」:交通音が「耳障りな」側
に推移し、人間音に対しては傾向はないが推移の幅は
ある。それ以外の音事象に対してはほとんど推移して
いない。
・ 「いいーよくない」:交通音が「よくない」側に推移
する傾向があるが、交通音でも車に対しては「いい」
側に推移している。
音事象ごとに考えると、交通音のような騒音的な音事
象は積極的に聞こうとすることによって、「うるさい」
「耳障りな」「よくない」というマイナス的な印象へと推
移する傾向があることがわかる。
○記述調査中での認識レベルごとの音事象に対する評価
傾向
音の類型ごとに評価の平均をとった(図3)
。機械・器
具音は音事象ごとの差が激しく全体的な傾向をみること
はできなかった。
(「活動的—落ち着いた」については「活
動的な」と評価される傾向がある)また不確定音につい
ては、ほとんど指摘がないので考えない。
・ 交通音、サイン音、メディア音:「うるさい」「耳障
りな」「よくない」と評価されている。認識レベルごと
ではレベル②で指摘されたものに強くその傾向が見ら
れる。
・ 人間音:
「日常的な」
「活動的な」と評価されている。
認識レベルごとではレベル②で一番強くその傾向が見
られる。
・ 自然音:「静かな」「ここちよい」「いい」と評価され
ている。認識レベルごとではレベル②でその傾向が一
番弱くなっている。
これらの類型ごとの評価傾向は、おおむね既存の研究ii
から予想されるものであったが、認識レベルごとの考察
を通してさらに段階的な傾向を見ることができた。
4−3,音環境評価について(図4)
音環境全体については、個人差が大きく平均化しにく
いところが多く、傾向は読みづらいが、記憶と記述にお
いて印象評価に違いがあることがわかる。もっと被験者
数を増やし、平均化ができるようにすれば、記憶と記述
による評価傾向の違いを見つけられると予想できる。
また、印象評価と認識レベルの関係をみると、認識の
高い音事象に対する印象評価が、音環境全体に対する評
価に関係していることがわかる。例えば、機械・器具音
を強く認識している商店街では、全体も「活動的な」と
評価され、自然の音が強く認識されている公園や住宅地
4
3
2
1
記憶
駒場野公園
記述
駒場野公園
日常的な-非日常的な
ここちよい-耳障りな
記憶
下北沢商店街
記述
下北沢商店街
活動的な-落ち着いた
いい-よくない
記憶
下北沢住宅地
記述
下北沢住宅地
静かな-うるさい
図4 音環境全体に対する印象評価(平均)
では、
「静かな」
「ここちよい」
「いい」と評価されている。
5,まとめ
分析の結果、音事象を耳にする際、その認識の度合い
には違いがあり、またその度合いごとにそれぞれの音事
象や、音環境全体に対する印象評価にも違いがあること
がわかった。しかし本研究では、被験者数も対象場所も
少なかったため、個人差がかなり出てしまった。より多
くの被験者、対象場所で行えばよりはっきりとした違い
や傾向を見つけられるであろう。
参考文献
i
木村:現代都市の具体的音環境把握のための研究
ii
川井:音事象の種類および音量が音環境心理評価に与える影響