燃料電池用無機-有機ハイブリッド型電解質膜の合成と評価 あいち産業科学技術総合センター 梅田 隼史 産業技術センター 諸言 固体高分子形燃料電池(PEFC: Polymer Electrolyte Fuel Cell)は e- 他の燃料電池に比較して、低温作動、高出力密度などを特徴とし、 車載用電源、家庭用コージェネレーション、小型電気機器用電源と して普及が進められている燃料電池である。PEFC は、80℃程度の 低温で作動されているが、触媒被毒の低減などの利点のために、そ H2 H2 電解質 H+ 1)。しかし、そのためには、その温度域で使用できる新 O2 H2O の作動温度を中温域と呼ばれる 100℃以上に引き上げることが提案 されている O2 図 1 PEFC の模式図 規な電解質膜が必要となる。そこで本研究では、中 温作動に耐える電解質膜を目指し、無機成分と有機 プロトン伝導性 ハイブリッド膜 成分が結合した無機-有機ハイブリッド型構造から 成り、かつ有機鎖中にプロトン供与基として機能す るホスホン酸基を有するプロトン伝導性無機-有機 ハイブリッド膜を合成し、PEFC 用電解質膜として H+ H+ 図 2 無機-有機ハイブリッド膜の概念図 の評価を行った。 実験 3) 図 3 に示すアクリルホスホン酸とアルコキシシランを原料とし、ハイブリッド膜を作製 した。アルコキシシランとしては、メトキシ基を 1 つ有する 1 官能性の DMMSMS (M)、 またはメトキシ基を 2 つ有する 2 官能性の MDMSMS(D)を用いて、 それぞれ DMMSMS(M) /EPA、MDMSMS(D)/EPA ハイブリッド膜を作製した。図 4 にハイブリッド膜の合成プロ セスを示す。まず、原料モノマーを DMF 溶液中でラジカル共重合させ、ポリマー洗浄の後、 アクリルホスホン酸 ホスホン酸基 共重合が可能 EPA MDMSMS アルコキシシラン MDMSMS(D)/EPA=1/6 シロキサン結合の形成 1官能性 (M) 2官能性 (D) DMMSMS(M)/EPA=1/6 図 3 出発原料 図 4 ハイブリッド膜の合成手順 水を添加しゾル-ゲル反応させて前駆体溶液を調製した。その溶液をキャスト、加熱乾燥さ せることで DMMSMS(M)/EPA、MDMSMS(D)/EPA ハイブリッド膜を得た。また、モノマ ーの仕込み比を DMMSMS(または MDMSMS)/EPA= 1/2, 1/4, 1/6(モル比)のように変化 させて組成比の異なるハイブリッド膜を作製した。 ハイブリッド膜の構造解析 3) FT-IR 測定によりハイブリッド膜の構造解析を行った。図 (a) 5(a), (b), (c)に DMMSMS(M)/EPA=1/2 膜、MDMSMS(D) Transmittance / a.u. /EPA=1/2 膜、EPA のスペクトルをそれぞれ示す。EPA お よびアルコキシシランにおいてそれぞれ 1632 cm-1、1629 cm-1 で観測された C=C 振動による吸収は、ハイブリッド膜 (b) (c) では消失した。これらのことはハイブリッド膜中で重合反応 が進行したことを示している。EPA のスペクトルでは 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 2250~2800 cm-1 付近に非常にブロードな吸収が観測された。 500 Wave number / cm-1 図5 ハイブリッド膜およびEPAのIRスペクトル: (a) DMMSMS(M)/EPA=1/2ハイブリッド膜, (b) MDMSMS(D)/EPA=1/2ハイブリッド膜, (c) EPA これは-P(O)OH 基を有する化合物に特徴的なものであり、 このブロードなピークは強い分子間水素結合によるもので ある。このブロードなピークはハイブリッド膜のスペクトル でも同様に観測された。このことからハイブリッド膜作製過程の熱処理後においても、ホ スホン酸基が膜中に存在し、プロトン伝導に寄与する状態にあると考えられる。 ハイブリッド膜の詳細な構造を解析するた (a) benzene ring め に NMR 測 定 を 行 っ た 。 図 6(a), (b) に DMMSMS(M)/EPA=1/2、 1/6 ハイブリッド膜、 D E F G K H JI K SSB B D-G H I J A C SSB B (b) C A (c), (d)に出発物質である DMMSMS(M)およ 5-10 び EPA の 13C CP MAS NMR スペクトルをそ れぞれ示す。各シグナルの帰属は図中に示し 4 11 5 10 9 3 (c) 1 2 11 4 6 3 CDCl3 TMS 7 8 1 2 (d) 18 15 14 18 13 12 17 13 16 12 15 14 DMSO 16 17 た。ハイブリッド膜のスペクトルでは、(c)の スペクトルで見られる 113.4 ppm の不飽和結 合炭素(C-4)のシグナルが消失していることが わかる。さらに、EPA の 165.2 ppm のカルボ 図6 ハイブリッド膜および出発物質の13C NMRスペクトル : (a) DMMSMS(M)/EPA=1/2ハイブリッド膜, (b) DMMSMS(M)/EPA=1/6ハイブリッド膜, (c) DMMSMS(M), (d) EPA ニル炭素(C-18)のシグナルは、 ハイブリッド膜のスペクトルでは 173.9 ppm にシフトした。 また、ハイブリッド膜のスペクトルで現れた 34~54 ppm のブロードなシグナルは図中に示 したように高分子鎖の形成によるものと考えられる。以上の結果は EPA と DMMSMS(M) モノマーのラジカル共重合反応が進行したことを示している。また、MDMSMS(D)/EPA ハ イブリッド膜についても同様の結果であった。 上記の FT-IR、13C NMR スペクトルでは、他のピークと重なったためにアルコキシ基の 加水分解・縮合反応を確認することはできなかった。そこで、29Si CP MAS NMR 測定によ り ハ イ ブ リ ッ ド 膜 中 の 無 機 ネ ッ ト ワ ー ク の 状 態 を 調 べ た 。 図 7(a),(b) に そ れ ぞ れ DMMSMS(M)/EPA=1/2、MDMSMS(D) /EPA=1/2 膜の 29Si NMR スペクトルを示す。 DMMSMS(M) /EPA=1/2 膜のスペクトル(図 7(a))では 17.5 M1 M0 ppm と 5.5 ppm に 2 本のシグナルが観測された。これらのシ M0 グナルはそれぞれ M1 および 構造に帰属できる。 M1 M0 (a) MDMSMS(D)/EPA=1/2 膜では、-24.9 ppm に低磁場側に肩 D1 D2 を有するピークが観測された。これは D1、D2 構造の混合ピ D2 D1 ークであると考えられる。また、モノマーの仕込み比の異な (b) るハイブリッド膜でも同様のスペクトルが得られた。これら のことから、アルコキシ基がゾル-ゲル反応により、膜中でシ 図7 ハイブリッド膜の29Si NMRスペクトル: (a) DMMSMS(M)/EPA=1/2ハイブリッド膜 (b) MDMSMS(D)/EPA=1/2ハイブリッド膜 ロキサン結合(Si-O-Si)を形成していることが確認できた。 ハイブリッド膜の熱特性、プロトン伝導特性、燃料電池特性の評価 3),4) 熱重量分析によりハイブリッド膜の熱的安定性の評価を 120 MDMSMS(D)/EPA=1/2 膜の DTA-TG 曲線を示す。150℃付 80 近までの重量減少は主に膜に吸着した水分の脱離によるも (b) DTA Weight / % 100 Exo. (a) 行った。図 8(a), (b)にそれぞれ DMMSMS(M)/EPA=1/2、 60 40 20 されるが、これはホスホン酸の縮合による水の脱離に起因す 0 Endo. のと考えられる。150~300℃付近で緩やかな重量減少が観察 0 100 200 300 400 500 るものと考えられる。300℃付近で大きな重量減少が観察さ Temperature / oC れ、またこれに伴い DTA 曲線で発熱ピークが現れた。この 図 8 ハイブリッド膜の DTA-TG 曲線: (a) DMMSMS(M)/EPA=1/2ハイブリッド膜 (b) MDMSMS(D)/EPA=1/2 ハイブリッド膜 ことから、この重量減少は有機鎖の燃焼であると考えられる。 今回合成したいずれのハイブリッド膜も少なくとも 250℃付近までは熱的に安定であり、中 温作動 PEFC に適用できる可能性があることを確認した。 100%RH の条件下で測定した DMMSMS(M)/EPA=1/2, 1/4, 1/6 および MDMSMS(D) /EPA=1/2, 1/4, 1/6 ハイブリッド膜のプロトン導電率を図 9 に示す。どちらのアルコキシシ o Temperature / C -1 10 130120 100 80 60 40 1 150 o (a) DMMSMS(M)/EPA (80 C) 1 (b) o 0 2.5 2.6 2.7 2.8 2.9 3.0 -1 1000/T / K 3.1 3.3 0 図9 ハイブリッド膜の100%RHにおけるプロトン導電率 温度依存性: (a) DMMSMS(M)/EPA=1/6, (b) DMMSMS(M)/EPA=1/4, (c) DMMSMS(M)/EPA=1/2, (d) MDMSMS(D)/EPA=1/6, (e) MDMSMS(D)/EPA=1/4, (f) MDMSMS(D)/EPA=1/2 100 200 300 400 500 2 Current density / mA/cm 0 600 Cell voltage / V Cell voltage / V -1 Conductivity / S cm 0.2 (c) -3 10 50 80 0.6 60 0.4 40 0.2 20 0 0 0 50 100 150 200 250 300 350 400 2 Current density / mA/cm 図10 ハイブリッド膜を用いたセルの単セル性能 (セル温度:80℃, 100℃、相対湿度:100%RH): (a) DMMSMS(M)/EPA=1/6, (b) MDMSMS(D)/EPA=1/6 2 (f) 0.4 2 (d) (e) 0.6 MDMSMS(D)/EPA (100 C) 0.8 Power density / mW/cm (b) 100 Power density / mW/cm (a) -2 10 100 o DMMSMS(M)/EPA (100 C) 0.8 o MDMSMS(D)/EPA (80 C) ランを用いた系においても、EPA の仕込み量が多いほどプロトン導電率は高く、また、130℃ まで温度と共にプロトン導電率は上昇した。MDMSMS(D)/EPA ハイブリッド膜の方が DMMSMS(M)/EPA ハイブリッド膜よりも導電率が低い理由としては、ホスホン酸基の含 有量、無機構造の違いが考えられる。本研究のハイブリッド膜は 130℃の中温域まで安定な プロトン導電率を有し、中温作動 PEFC に適用できる可能性を示した。 図 10 にセル温度 80℃および 100℃における燃料電池単セル性能を示す。セル温度 80℃ と 100℃で比較すると、どちらの膜においても、セル温度 100℃の方がより大きな電流密度 が得られた。しかし、セル温度が 80℃から 100℃に上昇すると、DMMSMS(M)/EPA 膜を 用いたセルでは、その開回路電圧が 0.84 V から 0.69 V に低下した。この開回路電圧の低下 は、100℃・飽和加湿という厳しい条件下において膜が膨潤することで機械強度が低下し、 それにより生じたガスのクロスリークや微視的な短絡によるものであると考えられる。そ の一方、MDMSMS(D)/EPA を用いたセルは 100℃、100%RH の条件下においても 0.9 V 以上の高い開回路電圧を維持していた。 これは MDMSMS(D)/EPA 膜が DMMSMS(M)/EPA 膜よりも密な構造を形成しているためであり、この密な構造が過度な膨潤を防ぐために、 高温・高湿条件下でも機械的安定性を維持したと考えられる。 まとめ ゾル-ゲル法と有機反応を組み合わせた手法により、ホスホン酸基を有し、無機-有機ハイ ブリッド型構造を持つ新規なプロトン導電性電解質膜を合成した。これらのハイブリッド 膜においては出発原料の種類、仕込み量の選択により組成制御および無機構造制御も容易 であった。作製したハイブリッド膜は高い熱的・化学的安定性を有し、中温域(130℃)まで 安定なプロトン伝導性を示した。ハイブリッド膜を電解質としたセルは燃料電池として機 能することが明らかとなり、ハイブリッド膜の燃料電池電解質への可能性が示された。 謝辞 本研究の遂行にあたり、ご指導・ご協力をいただきました名古屋大学エコトピア科学研 究所 余語利信教授、坂本渉准教授、守谷誠助教(当時)、ならびに名古屋大学大学院工学 研究科結晶材料工学専攻機能物質工学研究グループ諸氏に感謝致します。 参考文献 1) Q. F. Li, R. H. He, J. A. Gao, J. O. Jensen and N. J. Bjerrum, J. Electrochem. Soc., 150, A1599 (2003) 2) J. Umeda, M. Moriya, W. Sakamoto and T. Yogo, J. Membr. Sci., 326, 701 (2009) 3) J. Umeda, M. Moriya, W. Sakamoto and T. Yogo, Electrochim. Acta, 55, 298 (2009) 4) J. Umeda, M. Suzuki, M. Kato, M. Moriya, W. Sakamoto and T. Yogo, J. Power Sources, 195, 5882 (2010)
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