海洋における溶存黒色炭素の動態に関する研究

海洋における溶存黒色炭素の動態に関する研究
大気海洋化学・環境変遷学コース M1 中根基裕
[研究背景と目的]
海洋における溶存有機物 (Dissolved Organic Matter, DOM)は地球表層における最大級の有機炭素
プールを構成しており (Hansell et al., 2009)、その 90%以上が生物的に難分解である (Hansell., 2013)。
難分解性 DOM の生成・起源に関しては、海洋微生物による生成 (Jiao et al., 2010)、光化学反応の副
産物 (Gonsior et al., 2014)、陸起源物質 (Ertel et al., 1986)、熱起源物質 (Dittmar and Koch, 2006)
などが考えられているが、それぞれの生成メカニズムや寄与率についてはよくわかっていない。難分解
性 DOM の一つとして考えられている溶存黒色炭素 (Dissolved Black Carbon, DBC)は、熱反応により
形成される多環芳香族構造をもつ化合物である (Dittmar and Koch, 2006)。高分子量 DOM 画分に存在
する DBC の 14C 年代は、15000~20000 年であることが報告されており (Zilokowski and Druffel.,
2010)、難分解性 DOM (平均 14C 年代 4000 – 6000 年: Bauer et al., 1992; Druffel et al., 1992; Williams
and Druffel, 1987)の中でも特に長期的な炭素リザ―バーとして重要な可能性がある。海洋における
DBC の起源としては河川 (Dittmar, 2008; Jaffe et al., 2013)、大気沈着、熱水・海洋堆積物 (Dittmar
and Paeng, 2009)、除去プロセスとしては光分解 (Stubbins et al., 2012)、粒子状物質への吸着 (Coppa
et al., 2014)などが現在のところ考えられているが、研究例は極めて少なく、海洋 DBC の分布を評価し
た研究ですら、現時点では一例しかない。そこで本研究では、太平洋南北断面および北太平洋表層での
DBC の分布を明らかにすることで、海洋における DBC の動態を評価することを目的とした。
[方法]
海水試料は、2013 年から 2015 年にかけて行われた白鳳丸 KH-13-7・KH-14-3・KH15-1 航海及び
おしょろ丸 OS255 航海において、CTD・曳航体などによって採水された試料を用いた。海水は GF/F
フィルター (孔径 0.7 µm)を用いて濾過し、濾液は塩酸を用いて pH = 2 とした。その後、固相抽出
(Dittmar et al., 2008)によって DBC を濃縮・抽出した。DBC の定量は、ベンゼンポリカルボン酸
(Benzenpolycarboxylic Acid, BPCA)法を用いて行った。BPCA 法は DBC を硝酸酸化し、生成した BPCA
を高速液体クロマトグラフ (HPLC) - ダイオードアレイ分光検出器 (DAD)を用いて分離・定量するこ
とで、前駆体である DBC の量を推定する方法である。また、BPCA 組成から前駆体である DBC の縮
合度に関する情報も得ることができる。
[結果] 2015 年 3 月に行われた白鳳丸 KH15-1 航海において、釧路沖 (N42°35.02’ E144°57.97’:水深
500 m)で採取された海水の DBC 濃度は 482±14 nM-C であった。この値は、メキシコ湾表層(Dittmar,
2008)・大西洋深層 (Stubbins et al., 2012)・南大洋 (Dittmar and Paeng, 2009)での DBC 濃度より 20
- 50%ほど小さな値であった。BPCA 組成に関しては、B3CA・B4CA の割合が高く、メキシコ湾表層
(Dittmar, 2008)の BPCA 組成と類似していた。
[今後の予定] 引き続き海水試料の DBC 濃度測定を行う。分析が終了し次第、DBC 濃度 (BPCA 組成)と各パラメ
ーター (水温・塩分・溶存酸素・栄養塩・溶存有機炭素濃度・DOM 吸光度)を用いてデータ解析を行う。