http://utomir.lib.u-toyama.ac.jp/dspace/ Title 多重差別化戦略に基づい

 多重差別化戦略に基づいた光アフィニティーラベル法に
関する研究
Title
Author(s)
森本 , 正大
Citation
Issue Date
2015-03-24
Type
Article
Text version
URL
ETD
http://hdl.handle.net/10110/14626
Rights
http://utomir.lib.u-toyama.ac.jp/dspace/
もりもと しょうた
氏
名
森本
正大
学 位 の 種 類
博士(薬科学)
学 位 記 番 号
富医薬博甲第 168 号
学位授与年月日
平成 27 年 3 月 24 日
学位授与の要件
富山大学学位規則第 3 条第 3 項該当
教
富山大学大学院医学薬学教育部 博士後期課程
育 部
名
薬科学専攻
学位論文題目
多重差別化戦略に基づいた光アフィニティーラベル法に関す
る研究
論文審査委員
(主査)
教 授
井上 将彦
(副査)
教
水口 峰之
(副査)
准教授
授
友廣 岳則(指導教員)
論文内容の要旨
生 物 活 性 小 分 子 は 生 物 学 的 現 象 を 解 明 す る 研 究 ツ ー ル と し て 、さ ら に 疾 患 診
断 ・治 療 の た め の 医 薬 品 化 学 及 び 創 薬 に 必 要 不 可 欠 で あ る 。こ れ ら 小 分 子 は 生
物システムを変えることなく特定のタンパク質機能を過渡的に制御するため 、
生 物 学 研 究 に お い て 遺 伝 子 学 的 手 法 と は 異 な る 方 法 論 を 提 供 す る 。 従 っ て 、生
物 活 性 小 分 子 の 合 成 や そ の 標 的 タ ン パ ク 質 の 同 定 は 、特 に 細 胞 ま た は 生 体 機 能
ネットワーク解析に向けたケミカルバイオロジー研究の重要な課題になって
い る 。方 法 論 と し て 、分 子 可 視 化 な ど に よ る 機 能 解 析 か ら の ア プ ロ ー チ で は 直
接 的 な 標 的 同 定 は 困 難 だ が 、こ れ ら 小 分 子 の 標 的 同 定 に 基 づ い た 相 互 作 用 分 子
解 析 は 有 効 で あ る 。そ れ 故 、膨 大 で 複 雑 な 細 胞 内 生 体 分 子 混 合 物 か ら 1 つ ま た
はいくつかの標的を同定するための効果的な方法が求められている。しかし 、
多様な系に対応できる汎用法はほとんどない。
生 物 活 性 分 子 を 介 し て そ の 相 互 作 用 部 位 に タ グ を 導 入 し 、標 的 タ ン パ ク 質 を
解 析 す る ア フ ィ ニ テ ィ ー ラ ベ ル 法 は 、弱 い 相 互 作 用 系 を 含 め 、汎 用 ア フ ィ ニ テ
ィー精製法では対応困難なタンパク質を同定し、その結合部位を解析できる、
極 め て 有 力 な 方 法 で あ る 。通 常 、ラ ベ ル 法 に よ る 標 的 探 索 で は 、相 互 作 用 タ ン
パ ク 質 を 特 異 的 に ラ ベ ル し 、高 純 度 精 製 等 を 経 て 同 定 が 進 め ら れ る 。特 に 光 ラ
ベ ル 法 は 非 特 異 的 ラ ベ ル が 少 な く 操 作 性 が 高 い こ と か ら 注 目 さ れ て き た 。し か
し 収 率 が 低 い た め 、多 く の 場 合 で 極 微 量 ラ ベ ル 体 の 高 純 度 精 製 操 作 が 煩 雑 化 し 、
解 析 効 率 は 極 め て 低 か っ た 。 そ の 対 処 法 と し て 反 応 基 の 機 能 化 が 進 め ら れ 、ビ
オ チ ン が 導 入 さ れ た 光 反 応 基 が 開 発 さ れ た 。こ れ に よ り ア ビ ジ ン 固 定 担 体 を 利
用 し て 高 感 度 検 出 と 高 純 度 精 製 が 簡 便 化 さ れ 、標 的 タ ン パ ク 質 の 解 析 効 率 が 向
上した。しかしラベルペプチド配列解析による標的同定やラベル部位同定は、
ラベルペプチド精製がその物性に大きく影響されるため依然として膨大な時
間を必要とした。
最 近 、 標 的 タ ン パ ク 質 の 蛍 光 イ メ ー ジ ン グ 剤 と し て o-ヒ ド ロ キ シ 桂 皮 酸 型
ジ ア ジ リ ン 誘 導 体 が 開 発 さ れ た 。こ の 反 応 で は 2 段 階 の 光 照 射 に よ り 、リ ガ ン
ドの切断と共にクマリン蛍光基が結合ドメインのクロスリンク部位に構築さ
れ る ( Figure 1)。 本 研 究 で は こ れ を 標 的 差 別 化 技 術 と し て 利 用 す る こ と で 、従
来法のボトルネックであった極微量ラベルペプチドの煩雑な高純度精製を 回
避 可 能 と 考 え た 。つ ま り 、こ の 切 断 機 能 と 発 蛍 光 機 能 を 、先 の ビ オ チ ン 化 法 に
よる微量ラベルタンパク質の選択的濃縮とラベルペプチドの選択的検出の2
段階の標的差別化技術として検証することにした。
本 研 究 で は 、 微 量 標 的 の 高 純 度 精 製 を 基 本 と す る 従 来 解 析 概 念 を 刷 新 し 、明
瞭 な 標 的 絞 り 込 み に よ る 大 幅 な 解 析 時 間 短 縮 と 微 量 化 を 目 的 と し た 。こ の 達 成
の た め 、標 的 同 定 に 特 化 し た 光 反 応 基 ユ ニ ッ ト の 多 機 能 化 を 図 り 、汎 用 的 な 標
的 同 定 技 術 と し て 、効 率 性 と 簡 便 性 、操 作 性 に 優 れ た 高 性 能 光 ア フ ィ ニ テ ィ ー
同定法を開発した。
第 1 章 . ク マ リ ン 形 成 反 応 を 利 用 し た ラ ベ ル 部 位 解 析 法 基 盤 の 確 立 1)
大 豆 タ ン パ ク 質 vacuolar sorting receptor ( VSR ) と そ の シ グ ナ ル ペ プ チ ド を
用 い て 、 標 的 タ ン パ ク 質 の 光 ク ロ ス リ ン ク 、 タ ン パ ク 質 上 で の 蛍 光 基 形 成 、ア
ビ ジ ン 担 体 を 利 用 し た 精 製 、及 び 蛍 光 特 性 に よ る 標 的 差 別 化 を 検 証 し 、操 作 効
率 を 評 価 し た 。 VSR は 液 胞 に タ ン パ ク 質 を 輸 送 ・ 貯 蔵 す る 膜 受 容 体 で あ り 、貯
蔵 タ ン パ ク 質 C 末 端 の シ グ ナ ル 配 列 SSILRAFY を 認 識 す る こ と が 明 ら か に さ れ
て い る 。こ の ペ プ チ ド N末 端 に ビ オ チ ン を 導 入 し 、さ ら に 光 ク ロ ス リ ン カ ー を
導 入 し た プ ロ ー ブ ( DIA-K(biotin)SSILRAFY, Figure 2) を 作 製 し た 。 認 識 部位
はVSR 膜外ドメインに存在することから、その部分の発現タンパク質( GmVSR)を
用いた。まず プ ロ ー ブ の 光 特 性 を 検 討 し た 。 ジ ア ジ リ ン の 光 分 解 は 0 °Cで 容 易
に 起 こ り 、光 E-Z 異 性 化 に よ る 分 子 内 環 化 は 37 °Cで 進 行 し た こ と か ら 、2 つ の
光 反 応 は 温 度 制 御 可 能 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 事 実 GmVSR 光 ラ ベ ル で は 、
0 °Cで は 照 射 時 間 依 存 的 に ビ オ チ ン 化 GmVSR が 増 加 し (化 学 発 光 検 出 )、37 °C
で は ビ オ チ ン 切 断 と 同 時 に ク マ リ ン 化 ( 蛍 光 検 出 ) さ れ る こ と を 確 認 し た 。次
に ビ オ チ ン 化 GmVSR を ア ビ ジ ン 担 体 に 捕 捉 し た 後 、 37 °Cで 光 照 射 を 行 っ た 。
ラ ベ ル 量 の 約 60% を ク マ リ ン 化 GmVSR と し て 、 精 製 担 体 か ら 回 収 で き た 。 さ
ら に こ の 上 清 を 酵 素 消 化 し HPLC 解 析 し た と こ ろ 、 2 つ の 蛍 光 ピ ー ク が 明 瞭 に
検 出 さ れ た 。MS 解 析 に よ り こ の 2 つ の ピ ー ク は ク マ リ ン 化 ペ プ チ ド と 判 明 し 、
続 く MS/MS 解 析 に よ り そ の 配 列 及 び ラ ベ ル 部 位 同 定 を 達 成 し た 。 大 き な リ ガ
ン ド と ビ オ チ ン が 切 除 さ れ 、 小 さ く 安 定 な ク マ リ ン ( 240 u) の み が 付 与 さ れ
た こ と で 、 よ り 狭 い 測 定 範 囲 で MS/MS 解 析 で き た 。 こ れ は 高 分 解 能 の 維 持 と
いう観点からも有意であった。1回の光ラベル/配列解析操作に要した
GmVSR は 11 µgで あ っ た 。
以 上 、ラ ベ ル ペ プ チ ド の 高 純 度 単 離 ・精 製 を 省 く こ と で 、従 来 法 で は 失 敗 の
多 か っ た ラ ベ ル 部 位 同 定 に 成 功 し た 。 し か し こ れ は 精 製 タ ン パ ク 質 で あ り 、1
次 配 列 情 報 か ら ペ プ チ ド 同 定 は 容 易 で あ っ た 。 そ れ で も MS/MS は や や 複 雑 化
し 、配 列 解 析 に 数 週 間 を 要 し た 。極 め て 複 雑 な プ ロ テ オ ー ム に お い て 、未 特 定
の微量標的タンパク質を蛍光特性 のみで区別することは難しいと予想された
こ と か ら 、定 量 プ ロ テ オ ミ ク ス に 汎 用 さ れ て い る 同 位 体 法 、つ ま り ラ ベ ル MS
ピークの多重化戦略を本桂皮酸型 光クロスリンカーに組み込むことにした。
第 2 章 . タ ン パ ク 質 混 合 系 を 用 い た 同 位 体 導 入 型 蛍 光 ラ ベ ル 法 の 検 証 2)
一 般 に 多 機 能 化 は 反 応 基 構 造 の 肥 大 化 を も た ら し 、基 質 親 和 性 を 利 用 し た ア
フ ィ ニ テ ィ ー ラ ベ ル 法 の 原 理 に 相 反 す る 。本 反 応 基 は 基 本 骨 格 に 二 重 結 合 を 1
つ 加 え た 構 造 で あ り 、こ れ 自 体 が 蛍 光 団 に 変 化 す る た め 、立 体 的 な 影 響 が 最 小
限 に 抑 え ら れ て い る 。本 研 究 で は ジ ア ジ リ ン 基 の ク ロ ス リ ン ク に 影 響 の 少 な い
カ ル ボ ニ ル α位 に エ チ ル 基 及 び 重 水 素 化 エ チ ル 基 ( 質 量 差 5 u) を 導 入 し た 。こ
の ク ロ ス リ ン カ ー を 導 入 し た ビ オ チ ン プ ロ ー ブ を 用 い て 、ア ビ ジ ン 、炭 酸 脱 水
酵 素 、 ト ラ ン ス フ ェ リ ン 、 BSA の タ ン パ ク 質 混 合 系 ( 各 50 ng) で 解 析 効 率 を
評 価 し た 。こ の 光 反 応 産 物 を そ の ま ま 消 化 し 、HPLC 解 析 し た と こ ろ 2 つ の 蛍
光 ピ ー ク が 明 瞭 に 検 出 さ れ た 。こ れ ら ピ ー ク の MS 解 析 で は 、多 く の 非 ラ ベ ル
ペプチドを含むことが判明したが、質量差5 u の二重化ピークはノイズレベル
で も 容 易 に 区 別 で き た 。 さ ら に MS/MS に お い て も ラ ベ ル さ れ た ア ミ ノ 酸 残 基
を も つ イ オ ン 種 は 二 重 化 さ れ る た め 、そ れ ら を 追 跡 す る こ と で ア ミ ノ 酸 配 列 が
容 易 に 判 明 し 、光 照 射 か ら 僅 か 2 日 間 で 、ア ビ ジ ン に お け る ビ オ チ ン 結 合 ド メ
イ ン の 2 つ の ラ ベ ル ア ミ ノ 酸 残 基 が 同 定 さ れ た 。従 来 法 で は 多 様 な 対 照 実 験 を
繰 り 返 し 、そ の 差 異 か ら 標 的 ペ プ チ ド を 特 定 す る 。し か し 、極 微 量 ラ ベ ル ペ プ
チ ド の 操 作 で は 、僅 か な 非 特 異 的 吸 着 で も 致 命 的 で あ り 、ラ ベ ル ペ プ チ ド の 特
定 に 長 時 間 を 費 や す 。蛍 光 と 同 位 体 特 性 を 利 用 し た LC と MS に お け る 連 続 的
な多重差別化戦略は、対照実験を省略した標的特定が可能であり、解析時間 ・
量 の 削 減 と 共 に 操 作 の 著 し い 簡 略 化 に 繋 が る こ と を 確 認 し た 。し か し 4 種 混 合
系 で 見 ら れ た 各 蛍 光 ピ ー ク に お け る MS 複 雑 化 は 、膨 大 な プ ロ テ オ ー ム か ら 極
微 量 の 標 的 を 捉 え る 、実 際 の 標 的 探 索 に お い て 問 題 と な る 。そ こ で ビ オ チ ン に
よ る ラ ベ ル タ ン パ ク 質 の 高 度 濃 縮 ・精 製 を 組 み 込 み 、HeLa 細 胞 ラ イ セ ー ト を
用いてその有効性を検証することにした。
第 3 章 . 多 機 能 光 ア フ ィ ニ テ ィ ー ラ ベ ル に よ る 標 的 同 定 法 の 確 立 2)
第2章で作製したビオチンプローブ のビオチン基はリガンドであると共に
精 製 タ グ と し て 利 用 可 能 で あ る 。 こ の プ ロ ー ブ を 用 い て 、 HeLa 細 胞 ラ イ セ ー
ト か ら カ ル ボ キ シ ラ ー ゼ 等 、ビ オ チ ン を 補 酵 素 と す る 酵 素 群 を 標 的 と し て そ の
光 捕 捉 、濃 縮 を 行 い 、総 合 的 な 解 析 効 率 を 検 証 し た 。HeLa 細 胞 ラ イ セ ー ト( 総
タ ン パ ク 質 量 : 2 mg ) と ビ オ チ ン プ ロ ー ブ を イ ン キ ュ ベ ー ト 後 、 0 °C で 光 照
射し、還元アルキル化後、限外ろ過でアルキル化剤などの小分子を除去した 。
そ の 後 、 ア ビ ジ ン 担 体 に 捕 捉 し 、 洗 浄 後 、 37 °C で 光 照 射 し た 。 こ の 上 清 を ト
リ プ シ ン 消 化 し HPLC 解 析 し た と こ ろ 、 い く つ か の 蛍 光 ピ ー ク を 確 認 し た 。こ
の 内 、ビ オ チ ン 添 加 に よ る 阻 害 実 験 で ピ ー ク 量 の 減 少 が 見 ら れ た 2 つ を MS 解
析 し た 。各 ラ ベ ル ペ プ チ ド の ア ミ ノ 酸 配 列 か ら 、そ れ ぞ れ ピ ル ビ ン 酸 カ ル ボ キ
シ ラ ー ゼ ( PC ) と ア セ チ ル CoA カ ル ボ キ シ ラ ー ゼ ( ACC ) が 特 定 さ れ 、 さ ら
に PC の 結 晶 構 造 か ら ビ オ チ ン 結 合 部 位 近 傍 を ラ ベ ル し た こ と が 判 明 し た 。一
方 、ACC の X 線 結 晶 構 造 は 報 告 さ れ て い な い が 、そ の 一 次 配 列 情 報 か ら PC ラ
ベル部位に相当する部分がラベルされたことを確認した。
本 法 で は 、比 較 検 討 に よ る 煩 雑 な ラ ベ ル タ ン パ ク 質 や ラ ベ ル ペ プ チ ド の 特 定 、
及 び そ の 高 純 度 精 製 ・単 離 操 作 を 必 要 し な い 。光 反 応 基 を 高 性 能 化 す る こ と で 、
3 段 階 の 差 別 化 に よ る 連 続 的 な 標 的 絞 り 込 み を 達 成 し 、標 的 探 索 ・同 定 操 作 を
著 し く 単 純 化 し た (Figure 3)
。 ま た 明 瞭 か つ 高 感 度 な 標 的 の 判 別 は 、解 析 に 必
要 な 量 と 時 間 の 飛 躍 的 な 削 減 を も た ら し た 。最 終 的 に プ ロ テ オ ー ム 系 で 実 証 し 、
標 的 タ ン パ ク 質 の 同 定 及 び そ の 結 合 部 位 解 析 を 目 的 と し た 、実 用 的 な 光 ア フ ィ
ニティーラベル法を確立した。
参考文献:本要旨内容は以下の論文にて公表済みである。
1) S. Morimoto , T. Tomohiro, N. Maruyama, Y. Hatanaka, Photoaffinity casting of a
coumarin flag for rapid identification of ligand-binding sites within protein.
Chem. Commun. , 2013
2013, 49 , 1811 –1813.
2) T. Tomohiro, S. Morimoto , T. Shima, J. Chiba, Y. Hatanaka, An Isotope-Coded
Fluorogenic Cross-Linker for High-Performance Target Identification Based on
Photoaffinity Labeling. Angew. Chem. Int. Ed. , 2014
2014, 53 , 13502–13505.
学 位 論 文 審 査 の 要 旨
生物活性小分子の標的タンパク質同定は生命科学研究あるいは創薬に必要不可
欠であり、そのため、複雑な細胞内生体分子混合物から1つまたはいくつかの標的
を特定するための効果的な方法が求められる。光アフィニティーラベル法は多様な
系に対応する数少ない方法論の1つであり、通常、光反応によりリガンド結合部位
特異的に導入されたタグを目印にして解析が進められる。この標的同定では、特に
ラベルされた部分ペプチド配列情報からのタンパク質特定が重要であり、しかもラ
ベル位置から相互作用部位の直接的な構造情報が得られる点で有意である。しかし、
従来法ではこの極微量ラベルペプチドの特定および精製操作がボトルネックであ
り、その煩雑化により、多くの場合で解析に膨大な時間と試料量を必要とした。
本研究はこの解決を目的として、微量ラベルペプチドの高純度精製を基本とする
解析概念を刷新し、多段階での明瞭な標的絞り込みを通した繰り返し操作を回避す
る戦略により、大幅な解析時間短縮と微量化を推進した。この達成のため、標的同
定に特化した光反応基ユニットの多機能化を図り、後述の3つの解析段階において
その効率や操作性を評価し、高性能光アフィニティーラベル法を完成させた。
1.クマリン形成反応を利用したラベル部位解析法基盤の確立
蛍光イメージング試薬として開発された桂皮酸型光反応基は、光照射により相互
作用タンパク質に蛍光基クマリンを標識する。本研究では、この光異性化を介した
分子内環化(クマリン化)反応を切断機能として捉え、ビオチン-アビジンシステム
を利用した微量ラベル標的タンパク質の高度濃縮と選択的溶出技術として確立し
た 。 さ ら に リ ガ ン ド 結 合 部 位 に 導 入 さ れ た ク マ リ ン を 、 そ の ま ま HPLCに よ る ラ ベ
ルペプチドの高感度差別化技術として利用することで、化学処理による夾雑物混入
もなく、比較対照実験を最小限に抑えた。ラベルタンパク質の濃縮とラベルペプチ
ド の 蛍 光 差 別 化 に よる直 接 的 か つ 連 続 的 な解析 戦 略 は大 幅 な解 析 時間 短 縮 をもたらし
、発現精製タンパク質においてその効率化が実証された。同定されたラベル部位から、未解
明の膜受容体のシグナルペプチド結合部位情報を得ることに成功した。
2.タンパク質混合系を用いた同位体導入型蛍光ラベル法の検証
プロテオームではビオチンによる高度濃縮法でも微量夾雑物の影響は大きく、最終同定
段階である質量解析においてラベルペプチドの判別を煩雑化させる。その解決に、定量プ
ロテオミクスで利用される同位体評価法を取り入れ、重水素を組み込んだ多機能桂皮酸ク
ロスリンカーを合成した。夾雑物が混在する系において、LCにより蛍光ピークに含まれる夾
雑ペプチドがある程度絞り込まれれば、新機能として追加したMSピークの二重線化により、
続くMS分析で明瞭に標的を特定できることを示した。また適切に考慮された質量差は、MS
/MS分析において、配列解析およびラベルアミノ酸特定を極めて容易にした。蛍光特性と
質量差特性をLC-MS解析に適用した戦略は、タンパク質混合系での解析において、極め
て効果的であることを証明した。
3.多機能性光アフィニティーラベルによる標的同定法の確立
プロテオームでの標 的 同 定 において、1)ビオチン-アビジンによるラベルタンパク質 の釣 り
上 げ濃 縮 と選 択 的 光 切 断 溶 出 、2)光 蛍 光 付 加 によるラベルペプチドのLCでの高 選 択 的 /
高 感 度 識 別 、3)質量 差MSピークによる解 析 データの識別の3段 階における連 続 的 なラベル
物 質の明瞭 な絞 り込みにより、細 胞 ライセートから2種 類のカルボキシラーゼが同定 された。ラ
ベルアミノ酸 残 基 も特 定 され、そのアロステリック構 造 変 化 を示 唆 する情 報 が得 られた。従 来
法では多くの場合でラベル部位 特定に失敗 したことを考 慮すると、解 離定数 µMオーダーの
相 互 作 用 系 において、総 タンパク質 量 2 mgのライセートから数 週 間 で複 数 標 的 を特 定 でき
たことは飛躍的な効率向上であり、本戦略の実用性を示したものと評価できる。
以上のように、光クロスリンク、光切断、発蛍光性、同位体、リガンド導入など標的同定に有
効な5つの機能を集約させた高性能反応基を開発し、多重差別化戦略に基づく新たな光ア
フィニティー法を推進することで、その技術を実用レベルに進展させた。基盤技術の特性を十
分に理解し、応用に繋げた研究推進力と成果は十分に評価できる。この申請者の研究は、
相互作用標的分子の同定および機能構造解析において画期的な方法論であり、生物活性
小分子作用に基づく機能プロテオミクス手法への展開が期待されることから意義がある。
主査および副査は、申請者森本正大氏に面接試験ならびに博士論文内容に関する審査
を行い、博士(薬科学)の学位授与に値すると判定した。
1. Morimoto, S., Tomohiro, T., Maruyama, N., Hatanaka, Y. Photoaffinity casting
of a coumarin flag for rapid identification of ligand-binding sites within protein.
Chem. Commun., 49, 1811–1813, 2013.
2. Tomohiro, T., Morimoto, S., Shima, T., Chiba, J., Hatanaka, Y. An IsotopeCoded Fluorogenic Cross-Linker for High-Performance Target Identification Based
on Photoaffinity Labeling. Angew. Chem. Int. Ed., 53, 13502–13505, 2014.