博 士 論 文 概 要 - 早稲田大学リポジトリ

早稲田大学大学院 先進理工学研究科
博 士 論 文 概 要
論
文
題
目
自動車ドライバの運転行動のモデル化と
それに基づく制御系設計に関する研究
Study on Modeling Automobile
Driver Behavior and Control Design
Based on Driver Model
申
請
者
岡本
雅之
Masayuki
OKAMOTO
電気・情報生命専攻
インテリジェント制御研究
2011 年 11 月
自動車における電子制御の本格的なはじまりは1970年代のことである.そ
の背景には,排気ガス規制強化に伴うエンジン制御への環境性能要求の高まりが
あった.これを契機に電子制御の導入が加速し,アンチロックブレーキシステム
や電動パワーステアリングをはじめとする多くの新しい制御システムが誕生して
安全性,利便性や快適性の向上が図られた.一方,コントローラであるドライバ
が自動車を制御するというフィードバックループの内部にも電子制御という別の
コ ン ト ロ ー ラ が 入 っ て 来 た こ と か ら ,以 下 に 述 べ る よ う な 問 題 も 引 き 起 こ さ れ た .
一 つ の 問 題 と し て , オ ー ト マ チ ッ ク ト ラ ン ス ミ ッ シ ョ ン ( 以 後 , AT と 略 す ) 制
御 の 例 を 取 り 上 げ る . AT 制 御 に よ っ て , 従 来 ド ラ イ バ が 行 っ て い た ク ラ ッ チ ペ
ダル操作や最適な変速段の判断が自動化され,運転の負担が軽減した.しかしそ
の一方で,発進加速中のシフトアップがドライバの期待よりも遅い,あるいは降
坂中のシフトダウンが思うように発生しないなど,ドライバが期待する変速と実
際の変速との間にずれが生じることがあり,ドライバによっては変速制御に対す
る違和感や不満を感じさせることとなった.
別 の 問 題 と し て ,ド ラ イ ブ バ イ ワ イ ヤ( 以 後 ,D B W と 略 す )の 例 を 示 す . D B W
はアクセルペダルとスロットルとの間を物理的に接続していたワイヤを電気信号
に置換したシステムであり,アクセルペダル開度をセンサで計測し,それに基づ
いて電子制御によってモータを動作させることでスロットルを制御する.これに
より,単にドライバのアクセルペダル操作に対して忠実にスロットルを制御する
だけでなく,例えば乱雑なアクセルペダル操作に対するスロットルの反応を抑え
ることで燃費向上を図るといった応用が可能となった.しかし,スロットルの反
応を抑えるということは同時に応答性を劣化させることにもつながるため,アク
セルペダル操作に対してダイレクトな反応を期待するドライバにとってはダイレ
クト感の欠如という違和感を与えることとなった.
以上のような問題を解決するためには,ドライバとの協調を考慮した制御系設
計が重要となる.こうした背景から,ドライバの運転行動をモデル化する取り組
み,すなわちドライバモデルの研究が盛んとなっている.ドライバモデルの代表
構 造 と し て M i c h o n が 提 唱 し た 三 層 構 造 モ デ ル が 知 ら れ て お り ,( a ) 戦 略 層 : ル
ー ト 計 画 , コ ス ト や リ ス ク の 評 価 ,( b ) 戦 術 層 : 障 害 物 回 避 , 車 間 維 持 や 追 い 越
し ,( c ) 操 作 層 : ア ク セ ル , ブ レ ー キ や ス テ ア リ ン グ の 操 作 , か ら 構 成 さ れ る .
こ の う ち 制 御 系 設 計 と の 関 連 が 深 い の は ( b ) と ( c ) で あ る .( b ) の 戦 術 層 の モ
デル化はある状態から別の状態への遷移条件を記述することに相当し,判別関数
や サ ポ ー ト ベ ク タ マ シ ン に よ る ア プ ロ ー チ が 多 く 見 ら れ る .一 方( c )の 操 作 層 に
ついては,ドライバをコントローラと捉えて連続事象として扱い,その同定を行
う も の が 多 い . ま た ,( b ) と ( c ) を 併 合 し て ハ イ ブ リ ッ ド ダ イ ナ ミ カ ル シ ス テ ム
( 以 後 , HDS と 略 す ) と し て 扱 う 取 り 組 み も 見 ら れ る .
以 上 の 背 景 の も と で , 本 論 文 で は 無 段 変 速 機 ( 以 後 , CVT と 略 す ) 車 を 対 象 に
1
( 1 )ド ラ イ バ 特 性 を 考 慮 し た 変 速 制 御 系 の 設 計 ,( 2 )ア ク セ ル ペ ダ ル 操 作 の モ
デル化の二つを研究課題とする.本論文の構成を以下に示す.
第1章序論では,本研究の背景と従来研究を概観した後,本研究の目的と論文
構成を述べる.
第2章では,実際の車両により計測したドライバの運転データの解析をおこな
う .本 研 究 で は ,C V T 車 を 用 い て あ る テ ス ト コ ー ス に お い て 計 測 し た 4 名 の テ ス
トドライバの実機データを使用して運転行動の解析,モデル化および制御系設計
をおこなう.この章では,まずそれらのデータの計測条件を示す.テストコース
は 全 長 約 4 [km]で , 直 線 , 緩 急 カ ー ブ , 登 降 坂 や T 字 路 な ど を 含 ん だ 多 様 性 の あ
るコースである.テストドライバは初級者1名,中級者2名と熟練者1名から成
り,運転技量の差がある4名とした.各ドライバは省燃費走行,通常走行とスポ
ーティ走行の3通りの運転パターンで走行し,必要に応じてシフトレバーによる
マニュアルシフト操作を併用した.以上の条件のもとで計測された多様な運転デ
ー タ の 解 析 結 果 か ら , つ ぎ の 知 見 が 得 ら れ る .( a ) マ ニ ュ ア ル シ フ ト 操 作 の 個 人
差 に つ い て は , 運 転 技 量 で は な く 個 々 人 の 嗜 好 に よ る 影 響 が 大 き い ( b) あ る 特
定の区間におけるアクセルペダル操作に着目すると,各ドライバに固有の運転傾
向がある.これらの知見に基づき,先に述べた二つの研究課題に取り組む.
第3章では,一つ目の課題であるドライバ特性を考慮した変速制御系の設計に
ついて述べる.制御の狙いは,ドライバによるマニュアルシフト操作の特性を考
慮することにより,従来よりもその操作を併用した場合に近い変速制御を実現す
ることである.これにより,例えばカーブ手前でエンジンブレーキを掛けるため
にドライバがダウンシフト操作をするといった運転負担の軽減が期待される.マ
ニュアルシフト操作は離散事象であるため,従来の操作層に対するモデル化のよ
うに連続システムとして同定することができない.そこで,複雑かつ非線形性の
強 い シ ス テ ム に 対 し て 有 効 な J u s t - I n - T i m e( 以 後 , J I T と 略 す ) モ デ リ ン グ を 用
い る . JIT モ デ リ ン グ は プ ロ セ ス 制 御 系 の 分 野 を 中 心 に 適 用 事 例 が 見 ら れ , 大 域
的なモデルを求める代わりに,システムの入出力データを蓄積したデータベース
から,要求点と呼ばれる現時点の入力データ近傍の局所モデルを都度構成する手
法 で あ る .従 来 の C V T の 変 速 制 御 系 が 変 速 線 図 と 呼 ば れ る マ ッ プ を 主 と し た コ ン
トローラ部分とドライバのシフト操作部分の二つから構成されることを示し,こ
の構成に基づいてドライバのシフト操作特性を含めた変速制御系全体を非線形シ
ス テ ム と 捉 え , JIT モ デ リ ン グ に よ っ て 包 括 的 に モ デ ル 化 す る こ と で 制 御 系 を 設
計する.この変速制御系の出力変数は目標変速比であり,その下流にあるフィー
ドバックコントローラによって,実変速比が目標変速比に追従するように制御さ
れ る . 一 方 入 力 変 数 に つ い て は 内 界 セ ン サ か ら 得 ら れ る 24 の 候 補 変 数 が あ り ,
その中から適切な入力変数を選定するため,線形回帰による入力変数の縮約およ
びステップワイズ法による選定をおこなう.これによってデータベースの肥大化
2
が 抑 え ら れ ,オ ン ラ イ ン 適 用 が 可 能 と な る .提 案 制 御 系 に よ る 走 行 試 験 結 果 か ら ,
カーブ手前などのダウンシフトが必要な場面において自動的にローギヤ方向へ変
速し,その結果ドライバのブレーキペダル操作量が低減するといった有効性 を示
す.
第4章では,二つ目の課題であるアクセルペダル操作のモデル化について述べ
る.従来手法の多くは,車間距離情報を使用して先行車への追従コントローラと
してアクセルペダル操作の特性をモデル化しているが,追従走行を前提としてい
るため単独走行には適用できない.したがって本研究では,単独走行時にも利用
可能なアクセルペダル操作モデルを構築する.ここでは,アクセルペダル操作の
時系列的な振る舞いに着目し,
{ 踏 み 込 む ,一 定 開 度 を 保 持 す る ,戻 す }と い っ た
単純動作が遷移する系列と捉えてモデル化する.これは,先に述べた三層構造モ
デ ル に お け る ( c) の 操 作 層 を さ ら に 階 層 化 し て HDS と し て 表 現 す る こ と に 相 当
する.踏み込み方や戻し方にはドライバによる差異があることから,ドライバご
と に そ れ ら の 単 純 動 作 を 抽 出 し ,こ れ ら を 運 転 素 と 呼 ぶ こ と と す る .各 運 転 素 は ,
出力変数をアクセルペダル開度の現在値,入力変数をアクセルペダル開度の前回
値とその変化速度の絶対値の2変数とするダイナミカルシステムとして扱う.変
化速度に対して絶対値をとることによって踏み込み動作と戻し動作の間で回帰係
数に符号の違いが現れるので,両者を区別して抽出することが可能となる.また
各運転素の遷移は,踏み戻しを頻繁に繰り返す,あるいは一定開度を長時間保持
するといった特徴があることから,確率的であると仮定する.以上より,アクセ
ル ペ ダ ル 操 作 を 各 運 転 素 が 確 率 的 に 遷 移 す る HDS と 捉 え , こ れ を 確 率 的 区 分 ア
フ ィ ン ( 以 後 , P WA と 略 す ) モ デ ル に よ り 記 述 す る . 確 率 的 P WA モ デ ル の パ ラ
メータは,各運転素を表現するためのアフィンモデルの回帰係数と回帰誤差の分
散,および遷移を表現する初期状態確率と状態遷移確率で構成される.確率的
P WA モ デ ル の パ ラ メ ー タ 推 定 問 題 は 隠 れ マ ル コ フ モ デ ル の そ れ に 帰 着 さ れ る が ,
B a u m - We l c h ア ル ゴ リ ズ ム か ら 導 出 さ れ る パ ラ メ ー タ 更 新 式 か ら 得 ら れ る の は 局
所最適解であるため,モデルの状態数および初期パラメータを適切に与える必要
がある.この問題に対しては,階層クラスタリングに基づく手法を提案する.得
られた階層構造から最適クラスタ数を推定してそれをモデルの最適な状態数とし,
そのときの各状態内のデータから最小二乗回帰により得られたパラメータを初期
パラメータとして与える.以上の方法論を整理した後,学習データを用いて4名
のドライバそれぞれに対してモデル化をおこない,提案モデルを評価する.はじ
めに階層クラスタリングによって適切な状態分割が得られることを示す.つぎに
対数尤度による評価結果より,いずれのドライバの場合も自身のモデルに対する
平均対数尤度が最大となることから,提案モデルが各個人の特徴を捉えているこ
とを示す.
第5章は結論であり,本研究で得られた成果と今後の課題について述べる.
3
No.1
早稲田大学
氏 名
岡本 雅之
博士(工学)
学位申請
研究業績書
印
(2011年11月
種 類 別
○論文
題名,
発表・発行掲載誌名,
発表・発行年月,
現在)
連名者(申請者含む)
岡本,森本,大橋,内田,Just-In-Time モデリングによるドライバ挙動を包含した自動
車変速制御,計測自動制御学会産業論文集,Vol.10, No.3, pp.17-26, 2011 年 3 月
○ 国 際 会 M.Okamoto, S.Otani, Y.Kaitani and K.Uchida, Identification of Driver Operations
議論文
with Extraction of Driving Primitives, Proc. of 2011 IEEE International Conference
on Control Applications, pp.338-344, 2011 年 9 月
○ 国 際 会 M.Okamoto , S.Morimoto, M.Ohashi and K.Uchida, Automobile On-demand Gear-shift
議論文
Control including driver characteristics , Proc. of 2010 IEEE International
Conference on Control Applications, pp.896-901, 2010 年 9 月
講演
山下,岡本,内田,ベイジアンアプローチによる運転行動の個別モデル化,第 54 回自動
制御連合講演会,2011 年 11 月 (発表予定)
講演
大谷,貝谷,岡本,内田,ハイブリッドシステムに基づく運転行動認識および個人の識
別,第 53 回自動制御連合講演会,pp.89-93,2010 年 11 月
その他
(論文)
T.Hatanaka,T.Yamada,M.Fujita,S.Morimoto and M.Okamoto, Explicit Receding Horizon
Control of Automobiles with Continuously Variable Transmissions,Nonlinear Model
Predictive Control Towards New Challenging Applications, Lecture Notes in Control
and Information Sciences Series,Springer-Verlag,Vol.384, L.Magni, D.M.Raimondo,
F.Allgower (Eds.), pp.561-569, 2009 年 9 月
( 社 内 報 M.Okamoto, S.Morimoto and S.Terayama,Hydraulic Control Technologies with Robust
論文)
Stability and Performance for CVT Start Clutch,Honda R&D Technical Review, Vol.19,
No.1,2007 年 3 月
(講演)
T.Hatanaka,T.Yamada,M.Fujita,S.Morimoto and M.Okamoto, Explicit Receding Horizon
Control of Automobiles with Continuously Variable Transmissions,Proc. of Int.
Workshop on Assessment and Future Directions of Nonlinear Model Predictive Control,
Pl-2, 2008 年 9 月
(特許)
岡本,森本,車両の制御装置,特開 2010-117836,2010 年 5 月
(特許)
藤田,岡本,森本,車両の制御装置,特開 2010-013990,2010 年 1 月
(特許)
岡本,森本,車両の制御装置,特開 2010-116006,2010 年 5 月
(特許)
岡本,森本,車両の定速走行制御装置,特開 2010-012890,2010 年 1 月
No.2
早稲田大学
種 類 別
題名,
博士(工学)
発表・発行掲載誌名,
学位申請
研究業績書
発表・発行年月,
連名者(申請者含む)
(特許)
藤田,岡本,森本,車両の駆動力制御装置,特開 2010-012889,2010 年 1 月
(特許)
岡本,寺山,森本,戸塚,油圧アクチュエータの制御装置,特開 2008-069852,2008 年 3
月
(特許)
森本,寺山,戸塚,岡本,車両用発進クラッチのトルク推定および制御装置,特開
2008-069851,2008 年 3 月
(特許)
戸塚,寺山,森本,岡本,車両用動力伝達装置,特開 2007-327533,2007 年 12 月