平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
ヒダントイン骨格を持つ両親媒性
化合物ライブラリーの構築
Construction of the amphiphilic compound library
having a hydantoin frame
薬品製造学研究室 4 年
09P039
近藤 はるか
(指導教員:北川 幸己)
要 旨
ヒダントイン骨格をテンプレートとして、親水性のグアニジノ基と親油性のアシル基を組
み合わせた両親媒性化合物ライブラリーの構築を行った。
Rink アミド樹脂を用いて、Fmoc 固相合成法により脱保護条件の異なる ε-アミノ保護
基をもつ 2 種の Lys 誘導体を縮合させ、Fmoc-Lys(Mtt)-Lys(Alloc)-樹脂とした。このペ
プチドの Fmoc 基を除去した後、ジスクシンイミジルカルボナート (DSC) を反応させ、塩
基で処理すると N 末端側の Lys で環化が起こり、ヒダントイン骨格が形成された。このヒ
ダントイン骨格をもつ樹脂上で Lys の保護基として用いた Alloc 基を除去した後、8 種の
グアニジノ化試薬を反応させてグアニジル化した。次いで Mtt 基を除去した後、14 種の
アシル化試薬を反応させてアシル化した。その結果、112 種のグアニジノ基とアシル基を
組み合わせた化合物ライブリーが構築できた。こうして得られたライブラリーを用いてスク
リーニングを行った結果、カプサイシンにより誘発される TRPV1 イオンチャネルへの
Ca2+流入を遮断するための構造的特徴のいくつかを明らかにすることに成功した。
キーワード
1.ヒダントイン骨格
2.グアニジノ基
3.アシル基
4.両親媒性
5.化合物ライブラリー
6.Fmoc 固相法
7.ジスクシンイミジルカルボ
8.Alloc 基
ナート (DSC)
9.グアニジル化
10.Mtt 基
12.TRPV1
11.アシル化
13.コンビナトリアルケミスト
14.ラセミ化
リー
15.4-ジメチルアミノピリジン
16.膜電位固定法
17.NMDAR
18.
19.
20.
(DMAP)
1. はじめに
ヒダントイン骨格はフェニトインのような抗てんかん薬や細胞毒性を示す化合物など
様々な薬理活性を示す化合物に含まれる。この骨格を含む化合物は様々な異なる標的
生体分子にリガンドとして作用 1,2,3 することから、ヒダントイン骨格は医薬品をデザインする
際の“有力なテンプレート”としての使用が考えられている。
塩基性であるグアニジノ基は、重要なファーマコフォア構成要素として働き、シメチジン
に代表される H₂受容体拮抗薬やメトホルミンに代表されるビグアナイド系経口糖尿病薬
など多くの医薬品中に含まれる。また、グアニジノ基は、抗腫瘍、抗菌、抗ウイルス作用を
もつ多くの生理活性天然有機化合物にも見出されることから、新しい生理活性化合物を
探索する上で“有力な官能基”として考えることができる。“有力なテンプレート”及び“有
力な官能基”の組み合わせは、治療効果が期待できる新しい化合物の発見において実
用的な方法になりうると仮定した。そこでヒダントイン骨格を中心骨格として用い、そこに
様々なグアニジノ基及びアシル基を結合させた両親媒性の化合物ライブラリーを構築し
た。
Fig. 1 ヒダントイン
Fig. 2 グアニジン
1
2. 化合物ライブラリーの合成手順
2-1. 化合物ライブラリーの基本骨格と選ばれた試薬
化合物ライブラリーはコンビナトリアルケミストリーと呼ばれる方法論を用い、固相上で
合成される。コンビナトリアルケミストリーとは、基本骨格に対して複数の試薬を反応させ、
それらの組み合わせにより多数の化合物 (ライブラリー) を一度に構築する方法である 4。
本研究での化合物ライブラリーは、ヒダントイン骨格を足場とし (Fig. 3) 、リジン側鎖の
ε-アミノ基を利用して様々な親水性のグアニジノ基部分及び親油性のアシル基部分を
導入した。グアニジノ成分 (GG) として 8 種 (Fig. 4) 、アシル成分 (AG) として 14 種
(Fig. 5) 組み合わせた 8×14 種の化合物ライブラリーを合成した。
Fig. 3 化合物ライブラリーの基本骨格
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Fig. 4 グアニジノ基 (GG) の導入に用いた化合物 (G1-8)
Fig. 5 アシル基 (AG) の導入に用いた化合物 (A1-14)
3
2-2. 化合物ライブラリーの合成手順
リジンの側鎖アミノ基を利用してグアニジノ基とアシル基を導入することから、脱保護条
件の異なる Allyloxycarbonyl (Alloc) 基と 4-Metyltrityl (Mtt) の 2 種の保護基を使
い分けることとした。Alloc 基は、均一系の Pd 触媒で除去でき、Mtt 基は非常に緩和な
酸処理で除去できる。
Fmoc 固相合成法により、脱保護条件の異なる保護基を導入した¹Lys-²Lys-樹脂を合
成し、N 末端の Fmoc 基を脱保護した。その部分で分子内環化反応により、ヒダントイン
骨格を形成した。次いで、Alloc 基を脱保護し、C 末端側²Lys の側鎖にグアニジノ基を導
入した。さらに、Mtt 基を脱保護し、N 末端側¹Lys の側鎖にアシル基を導入した。最後に、
樹脂から切り離し、化合物ライブラリーとする (Fig. 6)。
Fig. 6 化合物ライブラリーの合成手順
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2-3. 固相上でのヒダントイン環の形成及びグアニジル化 5
固相樹脂上でジペプチド構造からヒダントイン環を形成する方法として、2 つの方法が
報告されている (Scheme. 1) 。
方法 1 ではヒダントイン環を形成するために、ジスクシンイミジルカルボナート (DSC)
及び 4-ジメチルアミノピリジン (DMAP)を用い、α炭素のラセミ化を伴う。また方法 2 は、
カルボニルジイミダゾール (CDI) を用いて環化を行う方法であるが、この方法ではα炭
素のラセミ化は伴わない。本研究ではより多様性のある化合物ライブラリーとするために、
方法 1 でヒダントイン環形成を行った。
固相上でのグアニジル化は、Scheme 2 に示した方法により行われる。
Scheme 1 固相上でのヒダントイン環の形成法
Scheme 2 固相上でのグアニジル化
5
2-4. 1-{G1-2,A1-14}の合成 6
DMF 中で湿潤された Rink アミド樹脂の Fmoc 基を piperidine で脱保護し、
DIPCDI-HOB t を 用 い て Fmoc-Lys(Alloc)-OH を 導 入 し た 。 次 い で 、 同 様 に
Fmoc-Lys(Alloc)-樹脂の Fmoc 基を脱保護し、Fmoc-Lys(Mtt)-OH を導入すると 2 が
得られる。2 の Fmoc 基を piperidine で脱保護し、DMAP の存在下 DSC を作用し、次
いで塩基で処理すると環化してヒダントイン環を形成した 3 となる。Pd[PPh₃]₄,PhSiH₃で
Alloc 基を脱保護し、DIPCDI-HOBt を用いて HCl.H₂N(NH)CNH-X-CO₂H (G1-2)
をアミド結合を介して導入した。さらに 3 の Mtt 基を環和な酸 (TES:TFA:DCM) で脱保
護し、DIPCDI-HOBtで様々なアシル基を導入した。最後に、TFA でペプチド-樹脂の
結合を開裂して、2×14 種の 1-{G1-2,A1-14}とした。
Scheme 3 1-{G1-2,A1-14}の合成
6
2-5. 1-{G3-8,A1-14}の合成
3 の Alloc 基を脱保護まで 1-{G1-2,A1-14}と同様に行った。3 の Alloc 基を脱保護し
たところにグアニジノ化試薬を反応させた (Scheme 2) 。次いで、Mtt 基を除去したのち、
DIPCDI-HOBt により様々なアシル基を導入して、6×14 種の 1-{G3-8,A1-14}とした。
Scheme 4 1-{G3-8,A1-14}の合成
3. TRPV1 遮断作用をもつ化合物セレクション
3-1. 化合物ライブラリーの収率と純度の確認
112 種の化合物のうち 90 種 (80.4%) は 81%以上の純度で得られ、16 種 (14.3%)
は 70~80%の純度で得られた。残りの 6 種 (5.3%) は 48~68%の純度であった。
興味深いことに、1-{G7,A1-14}のうち、1-{G7,A12}と 1-{G7,A14}は 80%以上の純度
でモノグアニジル化されたものが得られたが、その他の化合物では 2 個のグアニジル基
が入ったジグアニジノ体として得られた。
7
Table 1 収率及び純度の確認 (収率/純度)
※赤枠で囲んだ部分は、選ばれた 4 つの化合物を示している。
3-2. TRPV1 に対する遮断作用の確認
TRPV1 はカプサイシン受容体と呼ばれ、熱やカプサイシン等による刺激で活性化さ
れる多刺激痛みの受容体である⁷。また、NMDAR はグルタミン酸受容体と呼ばれ、活性
を抑制すると鎮痛効果をもたらし、記憶形成・学習・運動等に深く関与する受容体である
⁸。
構築したライブラリー中の各化合物の TRPV1 に対する遮断作用の確認をするため、
膜電位固定法を用いてチャネルに流れる電流を測定した。カプサイシンのみを加えた場
合の遮断作用を 0%とし、化合物を加えた場合の数値が Fig. 7 に記されている。
NMDAR ではグルタミン酸+グリシンを用いて TRPV1 と同様に測定した。
8
Fig. 7 TRPV1 に対する遮断作用の確認
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3-3. 各化合物の in vivo における活性
TRPV1 を特異的に遮断するための構造的特徴として、5-(4-aminobutyl)で親油性の
アシル基が好まれ、グアニジン部位とアシル部位との距離が拮抗能力にとって重要であ
ることが示唆された。さらに、純度が 80%以上と良く、3-2 の結果、TRPV1 遮断作用をも
つ化合物が最終的に 4 つ選ばれた (Fig. 8) 。
選ばれた 4 つの化合物をマウスの腹腔内に投与後、①52℃のホットプレート上に置き、
反応時間を見ることで温度感覚を確認し (Fig. 8 青) 、②踵にカプサイシンを注入後の
灼熱痛の継続時間を見ることで炎症作用を確認した (Fig. 9 赤) 。その結果、4 つの化
合物はいずれも、温度感覚に影響を与えずに、抗炎症作用を示した
Fig. 8 選ばれた 4 つの化合物
Fig. 9 各化合物の in vivo における活性
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4. おわりに
固相合成法のコンビナトリアルケミストリーを用いることにより、112 種 (8×14) の化合
物を構築することに成功した。ヒダントイン骨格とグアニジノ基の組み合わせは、TRPV1
を遮断するための構造条件であることを立証した。そして、化合物ライブラリーをスクリー
ニングすることにより、TRPV1 遮断作用をもつ化合物を発見した。
有力なテンプレートとなる骨格を足場として化合物ライブラリーを構築し、スクリーニン
グによって有効な効果を示す新たな化合物の発見に成功した。この方法は新たな生理
活性化合物を探索する上での実用的な方法であり、より効果の高い新薬開発への応用も
期待される。
5. 謝辞
本卒業研究Ⅰの終わりに、随時有益なご助言とご指導頂きました新潟薬科大学薬学
部薬品製造学研究室 北川 幸己 教授に心から感謝致します。
本卒業研究Ⅰを進めるにあたり、直接のご指導とご鞭撻を賜りました新潟薬科大学薬
学部薬品製造学研究室 浅田 真一 助教に深く感謝致します。
本卒業研究Ⅰを進めるにあたり、直接のご指導とご鞭撻を賜りました新潟薬科大学薬
学部薬品製造学研究室 関川 由美 助手に深く感謝致します。
最後に、薬品製造学研究室のみなさまに感謝致します。
6. 引用文献
1. Meusel, M., Gütschow, M., Org. Prep. Proced. Int., 36, 391-443 (2004)
2. Reyes, S., Burgess, K., J. Org. Chem., 71, 2507 (2006)
3. Murray, R.G., Whitehead, D., Le Strat, F., et al., Org. Bio. Mol. Chem., 6, 988
(2008)
4. 野口 俊作, 日比野 俐編集, 医薬化学‐生物学への橋かけ〔第 3 版〕, 廣川書店,
東京, 2006, 34-36
5. Jesús, V., Alicia, G.J., Laura, M., et al., Chem. Med. Chem, 3, 979-985
6. Guillermo, G.N., Rosario, G.M., Asia, F.C., et al., ACS Comb. Sci., 13, 458-465
(2011)
7. 富永 真琴, Folia Pharmacol. Jpn., 128, 78-81 (2006)
8. http://www.shiga-med.ac.jp/~koyama/analgesia/analg-nmda.html 2013 年 2 月
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