本書を推薦する 本書は、村上須賀子さんによる大労作である。村上さんは永年にわたり被爆者に関わる 医療ソーシャルワーカーの実践にかかわり、それを踏まえての県立広島大学、兵庫大学等 での医療ソーシャルワークの研究教育を行ってきたが、その両者を総括したもので大変ユ ニークで内容豊富な名著となっている。 特にキーワードは「変化を生みだすソーシャルワーク」で、村上さんは被爆者に関わる ソーシャルワーク実践の克明な記録をベースに説得力ある生きたソーシャルワーク論を展 開している。 本書の構成は、序章 私の生活史から、第Ⅰ部 変化を生みだすソーシャルワーク実 践、第Ⅱ部 変化を生みだすソーシャルワーク技法、第Ⅲ部 地域包括ケアにおける医療 ソーシャルワーク、雑感・あれこれとなっている。 私は残念ながら、広島の被爆者問題には余り詳しくないが、3 歳の頃、東京から広島 (父方の友人の親戚の農家)に疎開してピカドン(原爆)を体験したことから少年時代か ら関心は少なくはなかった。しかし、村上さんのように人生をかけて被爆者と真正面から 向き合い、相談援助等を生々しく行ってきた記録を拝見すると、深い感銘を受けざるを得 ない。 近年のソーシャルワーク論には、一方で教条的な権利論が他方で抽象的なシステム論が 主流のようだが、私は何か地についていない議論だと大変不満をもってきた。 しかし村上さんの本書は、こうした単純で抽象的な議論でなく、医療ソーシャルワーク 実践に深く関わっている人々の為に、変革の立場からの生きた教材を提供しているので大 変満足である。しかも今日的テーマである地域包括ケアにおける医療ソーシャルワーカー の役割にも論及していて、関係者に実践的示唆を与えてくれる。 ちなみに私は、厚生省(当時)の社会福祉専門官時代に「社会福祉士及び介護福祉士法」 の制定に、日本社会事業大学教員時代に、同法の施行及び精神保健福祉士法の制定と施行 にかなり強く関わり、また国立社会保障・人口問題研究所所長時代からは、村上さんたち の医療ソーシャルワーカーの国家資格化の運動へ支持してきた。村上さんが初代会長を務 めた日本医療ソーシャルワーク学会(現会長:大垣京子さん)を支援している。2010 年 からは私は社会福祉法人理事長として、現場のソーシャルワーカーやケアワーカーたちと 共に医療福祉の経営の最前線に立っている。 こうした私の立場から、本書が現場の医療ソーシャルワーカーへの確かな、かつ豊かな i 指針と必ずなることを確信し、本書を強く推薦したい。 2015 年 7 月 13 日 日本医療ソーシャルワーク学会 顧問 国立社会保障・人口問題研究所 名誉所長 全国社会福祉協議会 中央福祉学院 学院長 社会福祉法人 浴風会 理事長 京極髙宣 ii はじめに 2014(平成 26)年 7 月、オーストラリア・メルボルンで開催された「ソーシャルワーク、 教育及び社会開発に関する合同世界会議 2014」において「ソーシャルワークのグローバ ル定義」が 14 年ぶりに改定採択されました。その「中核となる任務」を読み、我が意を 得たりとの思いでした。 「ソーシャルワーク専門職の中核となる任務には、社会変革・社会開発・社会的結束の 促進、および人々のエンパワメントと解放がある」と高らかに掲げています。2000 (平成 12)年7 月のモントリオールにおけるソーシャルワークの定義に比べると、より変革に踏 み込んだ表現になっています。 私はソーシャルワーカーの真髄は「変化を生みだす働きかけ」にこそあると考えてきま した。30 年に及ぶ医療ソーシャルワーカーの経験から導き出した私の実践指針です。 医療ソーシャルワーカー職ののちに大学教員を経験し、2014 年 9 月に退職しました。 書ける力が残っている間に、この愛してやまない医療ソーシャルワーカーを生きてきた私 自身を振り返り、 「変化を生みだす」ために、もがき苦しみながらも、この職に魅せられ 続けた実践を書き残しておきたいと思いました。「肩書きがなくなった人の本を誰が買う だろうか」と周りの人から訝しがられる中、躊躇していた私の背中を押してくれたのはこ の「ソーシャルワークのグローバル定義」でした。 「社会変革・社会開発・社会的結束の促進」と高らかに掲げられた任務をいかに実践し ていくか。具体的にわかりやすく伝えていくことが、今の時代では求められていると確信 したのです。 私の実践に対して、若いソーシャルワーカーたちから「どうしてその一歩を踏み出せた のですか」と尋ねられたり、「そんな動きができた時代があったのですね」とコメントさ れたりします。また、 「こんなことをするためにソーシャルワーカーになったのではない」 という嘆きも耳にします。閉塞感が強まっているソーシャルワーカーの現場に、なんとか 「社会変革」のための一歩を踏み出す勇気のきっかけでも届けられないかと思ったのです。 その方法として生活史を書くスタイルをとりました。広島では被爆 70 年の節目の年を 迎えています。被爆者に自分史をすすめてきた身として、私も広島で被爆者に学びながら 生きてきた医療ソーシャルワーカーとしての自分史を書いておきたいと思ったのです。 振り返って、多くの人々との関わりで学ばせていただいたおかげで「変化を生みだす働 きかけ」を真髄とする「医療ソーシャルワーカーに成らせてもらえた」と思っています。 iii このプロセスを恩返しの意味合いを込めて、文にしたいとかねてより思い続けてきまし た。勝手ながらそうした人々の個人名も可能な限り書かせていただきました。また、私の 「ソーシャルワーカーに成っていく」過程は、職業生活のそれのみ独立して存在するので はなく家庭生活も基盤として影響し合って存在します。長い道のりだったので、その両者 を私の生活史年表で示しておきます。それぞれの章・節の内容は私が何歳のころの体験で あったかも示しました。 生 活 史 西暦 和暦 年齢 職歴 1945 昭和 0 1946 21 1 1947 1948 1949 1950 1951 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 20 22 23 24 25 26 27 28 29 36 37 40 20 1966 41 21 1967 42 1968 1969 原爆医療法制定 有田穣 キューバ革命 42・21 安保闘争 44・23 キューバ危機 45・24 部分的核実験 停止条約 46・25 ベトナム戦争始 43・22 17 1965 39・18・16 41・20・18 16 19 神武景気 40・19・17 15 39 ビキニ被災 37・16・14 38・17・15 13 1964 iv 36・15・13 11 18 朝鮮戦争 35・14・12 9 38 38・32・11・ 9 34・13・11 8 1963 日本国憲法 33・12・10 7 14 35 敗戦 37・31・10・ 8 父、事故死 6 34 33・27・ 6 ・ 4 世の中の動き 36・30・ 9 ・ 7 5 12 出会い 35・29・ 8 ・ 6 4 32 家庭生活と 家族の年齢 34・28・ 7 ・ 5 3 10 33 旧因島市に生まれる 2 30 31 私 広島女子短期大学社会科入学 厚生省被爆者 実態調査施行 47・26 山手茂 広島女子大学社会福祉学科 2 年生へ 編入学 48・27 湯崎稔 22 中山地区被爆者生活史調査「ヒロシ マ研究の会」 49・28 小林省三・ 中東戦争ぼっ発 栗原貞子 43 23 実習を原爆センターで行う。卒論の テーマは「被爆者援護のあるべき姿」 50・29 早川美子・ 大牟田稔・ 福田須磨子 44 24 広島市民 MSW 入職・精神分析研究会 51・ 1 原爆特別措置 法施行 東大安田講堂 生 活 史 西暦 1970 和暦 年齢 職歴 45 25 私 人工腎問題・MSW 研究会 52・ 芦原六郎 53・ 井野敏子 1971 46 26 3 1972 47 27 4 中国医学会人工透析問題シンポジスト 1974 49 29 6 48 28 出会い 2 労組再建役員・社会保険医学会 被爆 者事例発表 1973 家庭生活と 家族の年齢 5 世の中の動き 日本万博 28 結婚 浅間山荘事件 29 オイルショック 30・ 1 1975 50 30 7 「原爆被害者問題研究会」発足 母同居 31・ 2 ・ 1 ・57 若林節美 ベトナム戦争終 1976 51 31 8 「リウマチ友の会」発足へ 32・ 3 ・ 2 ・58 岩佐巧・ 山崎静子 ロッキード事件 核拡散防止条 約批准 1977 52 32 9 産休代理・日本協会広島大会・被爆 33・ 4 ・ 3 ・ 1 ・59 者生活史調査 1978 53 33 10 MSW 2 名体制となる 工藤志げの NGO 国際シンポ 34・ 5 ・ 4 ・ 2 ・60 石田忠 1979 54 34 日本協会全国理事 広島県協会事務局 11 35・ 6 ・ 5 ・ 3 ・61 『35 年目の被爆者』へ工藤さん生活史 1980 55 35 12 リウマチドックリハビリ研究会発足 36・ 7 ・ 6 ・ 4 ・62 『原爆孤老』発行 1981 56 36 13 自主研(地域ケア)発足「原爆被害 37・ 8 ・ 7 ・ 5 ・63 者相談員の会」発足 1982 57 37 14 「原爆被害者証言のつどい発足」 『ヒ 38・ 9 ・ 8 ・ 6 ・64 バクシャ』創刊 1983 58 38 15 「原爆二法研究会」発足・ 「きのこ会」 39・10・ 9 ・ 7 ・65 支援開始 1984 59 39 16 精神分析セミナー・ 「平和的生存のた 40・11・10・ 8 ・66 めのボランティア講座」 1985 60 40 17 41・12・11・ 9 ・67 1986 61 41 「RA のリハビリ」研究会発表日本科 18 42・13・12・10・68 学者会議発表(川本さん生活史) 1987 62 42 19 「He to She(リフトン研) 」発足 43・14・13・11・69 1989 平成 44 21 離婚 1990 2 45 22 『広島市民病院医誌』へ(RA の MSW) 執筆 1991 3 46 23 日本協会仙台総会資格問題・東京 臨 時総会修正動議代表 18・17・15・73 大垣京子 1992 4 47 24 『医療と福祉に』へ(資格化展望)執筆 19・18・16・74 岩森茂 20・19・17・75 佐々木哲二郎 21・20・18・76 久留井真理・ 住居広士 1988 63 1 43 20 日本協会中堅研修参加 1993 5 48 安佐市民病院転勤・全国理事となる・ 25 「RA のケア」フォーラム 1994 6 49 26 北部 MSW 連絡会発足・ 『被爆者とと もに』分担執筆 スリーマイル 島原発大事故 石田明 舟橋喜恵 反核平和運動 長岡千鶴野 グリコ・森永 事件 チェルノブイ リ原発事故 秋葉忠利 44・15・14・12・70 荒川義子 16・15・13・71 ベルリンの壁崩 17・16・14・72 大阪万博 ソ連邦消滅 はじめに v 生 活 史 西暦 和暦 年齢 職歴 私 家庭生活と 家族の年齢 出会い 世の中の動き 阪神・淡路大 震災 地下鉄サリン 事件 1995 7 50 『医療福祉の理論と展開』分担執筆・ 「きのこ会」を支え 27 「きのこ会」調査・ る会発足 1996 8 51 28 日本協会広島大会・北朝鮮被爆者訪 問・ミシガン老年学セミナー 23・22・20・78 川中幸子・ HIV 訴訟和解 李実根 1997 9 52 29 『医療ソーシャルワーカーが案内する 医療・福祉ガイドブック』編集 24・23・21・79 消費税 5%に アップ 1998 10 53 1 広島国際大学へ転職・ 「日本医療ソー シャルワーク研究会」発足 25・24・22・80 1999 11 54 2 精神保健福祉士取得・ 『医療福祉学概 論』分担執筆・ [業務実施調査] 26・25・23・81 欧州単一通貨 ユーロ発足 55 3 摂南大学大学院修士課程修了「施設 医療から在宅医療への移行期におけ る医療ソーシャルワーカーの役割」修 士論文 26・24・82 介護保険制度 スタート 25・83 ハンセン病訴訟 国が訴訟断念 米国で同時多 発テロ 2000 12 22・21・19・77 平位剛・ 川下兼子 吉野絹子 2001 13 56 『介護保険時代の医療福祉総合ガイド 4 ブック』編著 2002 14 57 5 宇部フロンティア大学移籍・安田女子 大学大学院後期課程入学 26・84 井上由美子 2003 15 58 6 「原爆小頭症患者の現況とソーシャル ワーク」 85 京極髙宣 2004 16 59 7 『実践的医療ソーシャルワーク論』編 著・小頭症生活史聴き取り「MSW 国 家資格化に関する調査」 イラク復興支 86 斉藤とも子 援で自衛隊が サマワ入り 60 『新時代の医療ソーシャルワークの理 論と実際』単著・ 『医療ソーシャルワー 8 カー新時代』編著・ [在宅支援事例調 査] 87 スン・レイ・ 個人情報保護 ブー 法が完全施行 61 9 県立広島大学移籍・吉備国際大学特 別研究生・雑誌「病院」連載「医療ソー シャルワーカーの働きを検証する」執 筆・監修始まる 88 山岡喜美子・ 松永彩子 89 橋本康男 参院選自民惨敗 衆参ねじれ現象 90 後期高齢者医療 制度スタート 91 米国オバマ大 統領就任 政権交代 民 主・鳩山内閣 2005 2006 17 18 2007 19 62 「在宅医療移行期における医療ソー シャルワーク実践の研究」博士論文・ 10 「ソーシャルワーカーのための病院実 習ガイドブック」編著 2008 20 63 11 「在宅医療ソーシャルワーク」編著 2009 vi 21 64 12 日本医療ソーシャルワーク研究会から 日本医療ソーシャルワーク学会へ名称 変更・改訂 2 版「実践的医療ソーシャ ルワーク論」 ・兵庫大学移籍 北朝鮮が地下 核実験を実施 生 活 史 西暦 和暦 年齢 職歴 私 2010 22 65 13 「新・医療福祉学概論」編著・ 「保健 医療サービス」編著 2011 23 66 14 改訂 2 版「保健医療サービス」編著 67 「医療ソーシャルワーカーの力 ─ 患者 15 と歩む専門職」編著 2012 24 出会い 世の中の動き 93 加藤洋子 東日本大震災 家庭生活と 家族の年齢 92 94 2013 25 68 16 雑誌「地域連携 ─ 入退院支援 ─ 」 連載・ 「今日の医療ソーシャルワーカー に求められる視点と役割」執筆・監修 始まる 2014 26 69 17 兵庫大学退職 96 消費税 8%に アップ 2015 27 70 4 大学の非常勤講師 97 被爆 70 年 95 アベノミクス はじめに vii 変化を生みだすソーシャルワーク ── ヒロシマ MSW の生活史から ── 目 次 本書を推薦する …………………… 国立社会保障・人口問題研究所名誉所長 京極髙宣 … i はじめに ………………………………………………………………………………………… iii 序 章 私の生活史から …………………………………………………………………… 1 第 1 節 ヒロシマに育った 1 第 2 節 MSW に成る 8 第 3 節 教育現場に移る 11 第Ⅰ部 変化を生みだすソーシャルワーク実践 第1章 変化を生みださざるを得ないソーシャルワーク実践との遭遇 …… 16 第 1 節 制度改革を迫られる課題との遭遇 ── 患者会支援 16 第 2 節 医療ソーシャルワーカー国家資格化運動(46 歳から) 20 第2章 変化を生みだす医療ソーシャルワークの必然性 ……………………… 27 第 1 節 医療ソーシャルワーク実践の原風景 ── 医療改革前夜の医療ソーシャルワーク 27 第 2 節 医療ソーシャルワーク業務の変化 35 第 3 節 在宅医療ソーシャルワーク 39 第3章 変化を生みだすソーシャルワークの視点 ………………………………… 45 第 1 節 変化を生みだすソーシャルワークの視点 ── 人と環境の相互作用の視点 45 第 2 節 変化を生みだす確信 49 第Ⅱ部 変化を生みだすソーシャルワーク技法 第1章 変革へ向かわせるエネルギー・生活史を聴くこと …………………… 54 第 1 節 利用者理解の方法 ── 生活史把握のススメ 54 第 2 節 生活史年表づくりの意味 56 第 3 節 原爆小頭児と生きた川下兼子さんの生活史 64 補 節 生活史把握の意味 ── 石田忠理論からの学び 75 x 第2章 変化を生みだす技法(コツ)── そのⅠ・基礎編 …………………… 86 第 1 節 志を同じくする人々と手を組む ──「原爆被害者相談員の会」活動(30 歳から) 86 第 2 節 個の願いから大義を観る ── 原爆小頭症患者支援 91 第 3 節 ニーズを捉え組織改革へ ── 在宅医療支援相談システム創設 98 第 4 節 巻き込みの論理・日本医療ソーシャルワーク学会 106 第3章 変化を生みだす技法(コツ)── そのⅡ・豊かに編 ………………… 111 第 1 節 活動は愉快に ── 寸劇という手法 111 第 2 節 継続のための配慮 ── 医療ソーシャルワーカーによる出版活動 116 第 3 節 変化を生みだすスキルの強化・職員労働組合活動(26 歳から) 121 第 4 節 どこでも同じ手法で ── 教育の場での変化を生みだす取り組み 125 まとめ 変化を生みだす働きかけのプロセス 128 第Ⅲ部 地域包括ケアにおける医療ソーシャルワーク 第1章 地域包括ケアへの潮流 ………………………………………………………… 136 第 1 節 地域医療崩壊の背景 136 第 2 節 地域包括ケアシステムの提起 138 第 3 節 地域包括ケアにおける MSW に求められるもの 140 第2章 新たな実践モデルを求めて ………………………………………………… 145 第 1 節 ケースマネジメント 145 第 2 節 ケースマネジメントの限界を認識する 149 第 3 節 伝統的な臨床実践とケースマネジメントと チェンジ・エージェントモデル 152 雑感・あれこれ ……………………………………………………………………………… 157 おわりに ……………………………………………………………………………………… 165 寄せる言葉 …………………………………………………………………………………… 167 巻末資料 医療ソーシャルワーカー業務指針(2002 年改正版)……………… 170 目 次 xi
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