申 入 書 平成27年7月13日 札幌市豊平区中の島1条1丁目7番20号 株式会社エムズ 代表取締役 宮 内 雅 弘 殿 中の島コムスクエアビル1F 内閣総理大臣認定 適格消費者団体 認定特定非営利活動法人消費者支援ネット北海道 理事長 向 田 直 範 〒060-0004 札幌市中央区北4条西12丁目ほくろうビル4階 TEL 011-221-5884 FAX 011-221-5887 当NPO法人は,消費者契約問題に関する調査,研究,消費者への情報提供 等を通じて,消費者被害の未然防止を目的に,消費者団体,消費生活専門相談 員,学者,弁護士,司法書士など消費者問題専門家により構成されているNP O法人です(詳細は当法人のホームページ URL http://www.e-hocnet.info/index.html をご参照下さい。)。 また,当NPO法人は,平成22年2月25日からは平成21年6月に施行 された「改正消費者契約法」に基づき,内閣総理大臣の認定を受け,差止請求 関係業務(不特定かつ多数の消費者の利益のために差止請求権を行使する業務, 当該業務の遂行に必要な消費者の被害に関する情報の収集並びに消費者の被害 の防止及び救済に資する差止請求権の行使の結果に関する情報の提供にかかる 業務)を行なう「適格消費者団体」としての活動も開始しております。 現在,当NPO法人では,従来から消費者たる賃借人との間でこれに関する トラブルが多くある家屋賃貸借契約条項に関し,各種情報提供やアンケート等 を通じて入手した契約書について,消費者契約法の規定する不当な条項が含ま れていないかどうかを検討しております。 1 当NPO法人は,貴社が賃貸人代理人となり平成24年1月27日に締結し た建物賃貸借契約書を検討しました結果,いくつかの問題点があるとの結論に 達しましたので,貴社に対し,以下のとおり申し入れます。 第1 申入の趣旨 貴社が賃貸人代理人として使用されている賃貸借契約書のうち,申入の理 由中記載の各条項は,消費者契約法第9条1号及び第10条,借地借家法第 30条,民法第90条に照らして不当な条項であると考えます。 よって,貴社に対し,当該条項の使用中止を申し入れます。 第2 申入の理由 1 申入の背景 (1)家屋賃貸借トラブルの状況 賃貸アパート及びマンション(以下「賃貸アパート等」といいます。) のトラブルは,この数年も多数発生しています。北海道立消費生活セン ターによせられた賃貸アパート等に関する相談は,平成23年度が42 3件,平成24年度が368件,平成25年度が389件,となってい ます。 また,札幌市消費者センターのプレスリリースにおいても,賃貸アパ ートに関する相談件数は,平成23年度が1,321件,平成24年度 が1,352件,平成25年度が1,195件です。 (2)消費者契約法の施行 2001年(平成13年)4月1日に消費者契約法が施行されました。 同法は,第8条から第10条において,消費者にとって不当な条項を 無効とすることを規定しています。 特に,第10条は,信義則に反し消費者に一方的に不利益な条項を無 効とする一般条項です。 家屋賃貸人の多くは事業者であり,居住目的の賃借人は消費者ですか ら,通常の家屋賃貸借契約には消費者契約法の適用があり,家屋賃貸借 契約の各条項は消費者契約法に照らして不当であってはなりません。 消費者契約における不当の判断にあたっては,消費者にとって理解し やすいかという透明性及び消費者にとって納得のできる合理性があるか の観点からなされるべきです。 このような観点からしますと,以下の各条項は消費者契約法が定める 不当な条項であり,使用を中止するか,あるいは内容を検討の上,修正 2 等すべきであると考えます。 2 使用中止を要する条項 (1)<賃借人が7日以上家賃等の支払を遅延した場合及び契約終了日まで に賃貸住宅を明け渡さない時には,無催告で入口の鍵を施錠し,賃 借人の入室を拒否できるとする条項(第5条第2項)> 本条項は,賃借人が家賃等を7日以上延滞した時(前段)及び契約終 了日までに賃貸住宅を明け渡さない時(後段)は,賃貸人が入口の鍵を 施錠し,賃借人の賃貸住宅への立ち入りを拒絶できることが定められて います。 つまり,本条項前段によれば,家賃等の支払いを7日以上延滞しただ けで,消費者たる賃借人の賃借権・占有権を法的手続によらずに停止さ せたり,奪ったりできる(自力救済)ことになります。 しかし,民法及び判例法理論によれば,かかる場合に賃貸借契約を終 了させるためには,①家賃等の延滞により当事者間の信頼関係が契約の 当然解除を相当とする程度にまで破壊されたといえること及び②契約解 除の意思表示が必要です。 さらに,賃借人の意思に反して賃貸住宅の明け渡しをさせる(占有権 を奪う)ためには,③強制執行手続が必要です(自力救済の原則的禁止)。 したがって,本条項前段が適用されると,上記①ないし③を不要とす ることで,消費者たる賃借人の権利を制限し,その利益を一方的に害す る結果となります。また,本条項後段につきましても,強制執行手続な くして賃貸住宅の明け渡しをさせるものにほかならず,上記③を不要と することで,消費者たる賃借人の権利を制限し,その利益を一方的に害 する結果となります。 そして,本条項の使用により消費者たる賃借人が受ける不利益(賃借 権・占有権の停止,剥奪)は極めて大きいといえます。 よって,本条項は,消費者契約法第10条により無効と考えます。 (2)<賃借人が第18条1項各号に違反したとき,賃貸人は催告によらな いで本契約を解除し,又は本契約の更新を拒絶できるものとする旨 の条項(第18条第1項1号,2号ないし5号,7号,9号)> 3 本各条項は,賃借人が入居申込書に虚偽の事項を記載し,その他不正 な手段により賃貸住宅に入居した場合,1ヶ月以上賃料等を滞納した場 合や,家賃等の支払をしばしば遅延することにより賃貸人と賃借人との 信頼関係を害するものと賃貸人が認めた場合,20日以上の長期不在に より賃借権の行使を継続する意思がないと賃貸人が認めた場合,共同住 宅の秩序を乱す行為があった場合,賃借人又はその世帯員,同居人が一 定の犯罪を行った場合,その他の契約違反が生じた場合に,賃貸人から 無催告で賃貸借契約の解除をすることができると定めています。 しかし,民法の原則では,債務不履行による契約解除が認められるた めには履行の催告を要するものとされており(民法第541条),最判昭 和35年6月28日の判例でも,賃料を1年近く支払わず,それ以前に おいても賃料の支払が滞っていたという事案について「民法541条に より賃貸借契約を解除するには,他に特段の事情の存しない限り,なお, 同条所定の催告を必要とする」と判断されています。また,最判昭和2 7年4月25日の判例でも,無催告の解除が認められるのは「賃貸借の 継続中に,当事者の一方に,その信頼関係を裏切って,賃貸借関係の継 続を著しく困難ならしめるような不信行為のあった場合」とされていま す。 そして,第18条1項1号,2号ないし5号,7号,9号については, そのことのみでは必ずしも上記信頼関係を裏切って,賃貸借関係の継続 を著しく困難ならしめるような不信行為であるとはいえません。そうで あるにもかかわらず,同条項は無催告解除を容認する条項であり,上記 最高裁判所の判例の趣旨に反するものです。 よって,本条1項の1号,2号ないし5号,7号,9号は,消費者契 約法第10条により無効と考えます。 (3)<20日以上の長期不在により賃借権の行使を継続する意思がないと 賃貸人が認めたとき,家財は連帯保証人又は適当な第三者の立ち会 いによって整理して,1ヶ月間保管し,その後は賃貸人において処 分しても異議の申し立てができない旨の条項(第18条第1項4号 但し書)> 本条項は,賃借人が20日以上の長期不在により賃借権の行使を継続 する意思がないと賃貸人が認めたとき,家財は連帯保証人又は適当な第 三者の立ち会いによって整理して,1ヶ月間保管し,その後は賃貸人に おいて家財を処分しても異議の申し立てができない旨が定められていま 4 す。 つまり,本条項によれば,賃借人が20日以上所在不明となるだけで, 賃貸人の一方的な判断により,賃借人の所有権を法的手続によらずに奪 うことができることになります。 しかし,法律上,賃貸物件内に所在する賃借人の所有に係る動産を処 分するためには,前記(1)において述べたところと同様に,①賃貸借 契約が合法的に終了していること,②建物明渡しの債務名義があること, ③強制執行手続きが必要とされております(自力救済の原則的禁止)。 したがって,本条項が適用されると,上記①ないし③を要せずに,消 費者たる賃借人は弁解の機会も与えられることなく,動産所有権が剥奪 される結果となります。 そして,動産所有権喪失により賃借人の生活基盤そのものが破壊され ることとなりますから,本条項の使用により消費者たる賃借人が受ける 不利益(所有権の剥奪)は極めて大きいといえます。 よって,本条項は,消費者契約法第10条により無効と考えます。 なお,東京高裁平成3年1月29日判決によれば,賃貸借契約終了後 貸主による賃借人所有物件の搬出処分を許容する合意がある場合におい て,賃貸人が賃貸建物の入口に施錠し建物内の賃借人の動産類を搬出処 分した行為につき不法行為責任を認めています。本条項は,賃貸借契約 が終了していない段階で賃借人の動産類を処分することを認めるもので あり,賃貸借契約終了を前提としていた同判決の事例の場合よりも一層 賃借人の権利制限の度合いが強いと言わざるを得ないことを付言いたし ます。 (4)<賃貸人から賃借人への解約申し入れに際して立ち退き料を一切請求 できない旨の条項(第19条第2項)> 本条項は,賃貸人から賃借人への解約申し入れに際して立ち退き料を 一切請求できない旨が定められています。 しかし,借地借家法第28条によれば,建物の賃貸人による解約は, 賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか,建物の賃貸借 に関わる従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸 人が建物の明渡しの条件として又は明渡しと引換えに建物の賃借人に対 して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮し て,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができな 5 い旨が定められています。 このように,正当の事由の有無を判断するにあたり,財産上の給付を する旨の申出を事情として考慮されることが予定されており,財産上の 給付をする旨の申出がない限り正当の事由が認められない場合も存在し ます。 したがって,本条項が立ち退き料の提供なくして正当の事由を認める ことを趣旨とした規定であれば,借地借家法第28条の場合に比べて賃 借人が不利益といえますので,同法第30条により無効と考えます。 また,仮に本条項が上記趣旨の規定ではないとしても,本条項の存在 によって,一般的に立ち退き料の提供なくして正当の事由が認められる かのように消費者の誤解を招くおそれがあると言わざるを得ません。 したがって,本条項は,消費者に立ち退き料の提供がなくとも退去し なければならないとの誤解を生じさせ,本来支払われるべき立ち退き料 の支払いを受けることなく,消費者に退去を余儀なくさせるおそれのあ る規定と言わざるを得ず,公序良俗(民法第90条)に反し無効と考え ます。 (5)<賃借人が所在不明又は1ヶ月以上賃貸人と連絡がとれない場合にお いて居室・物置・車庫等の家財等の撤去,処分について連帯保証人 へ一任する旨の条項(第25条)> 本条項は,賃借人が所在不明又は1ヶ月以上賃貸人との間で連絡がと れない場合において居室・物置・車庫等の家財等の撤去,処分について 連帯保証人へ一任する旨が定められています。 つまり,本条項によれば,賃借人が所在不明又は1ヶ月以上賃貸人と の間で連絡がとれないだけで,連帯保証人の同意さえあれば消費者たる 賃借人の所有権を法的手続によらずに奪うことができることになり,前 記(1)及び(3)において述べたところと同様の問題があります。 よって,本条項は、消費者契約法第10条により無効と考えます。 (6)<冬期間の水道・トイレ・浴室・湯沸器の凍結による修繕費の負担を 賃借人の負担とする規定(特約事項第2項)> 本事項は,冬期間の水道・トイレ・浴室・湯沸器の凍結による修繕費 6 は賃借人が負担する旨の規定となっています。 しかし,民法の原則によれば,賃借物の修繕義務は賃貸人にあり(法 第606条第1項),賃借人に故意・過失がある場合に限り賃借人負担と することができます(法第415条)。 凍結による破損は,賃借人の使用方法に起因する場合のみならず,建 物の構造に起因する場合もあり,一概には賃借人の故意・過失に起因す るとはいえません。特に,建物の構造に起因する場合,補修費用も莫大 となることが多く,賃借人に対して過大な責任を負わせることとなりか ねません。かかる場合は,賃借物を適切な状態において使用収益させる 義務を負う賃貸人の費用負担により補修されるべきものといえます。 したがって,上記条項は,本来賃貸人が負うべき修理・補修を消費者 たる賃借人の義務とするものであり,その利益を一方的に害するものと いえます。 よって,本条項は,消費者契約法第10条により無効と考えます。 (7)<契約開始日から3ヶ月以内に契約が解除された場合は,短期解約違 約金として違約金を加重する条項(特約事項第4項)> 消費者契約法第9条第1号は,契約解除に伴う損害賠償の予定を定め る場合,その額が,当該事業者における同種の消費者契約の解除に伴い, 当該事業者に発生する平均的な損害額を超えるときは,その超過分につ き無効であると定めています。 そして,特約事項第4項には,同第3項による最初の契約期間内に退 去する場合の期間内解約違約金(家賃1ヶ月分相当額)とは別に,契約 開始日から3ヶ月以内の短期解約違約金(損害賠償の予定)として家賃 1ヶ月分相当額が定められています。 しかし,通常の建物賃貸借契約において,契約開始日から3ヶ月以内 に解約したとしても,期間内解約の場合における家賃1ヶ月分の損害に 加え,さらに家賃1ヶ月分の損害が発生するとは考えられません。 よって,本条項は,当該事業者に発生する平均的な損害額を超える違 約金を定めたものであり,消費者契約法第9条1号により無効と考えま す。 (8)<賃借人が冬期間(12月1日より2月末日までの期間)に契約解除 をする場合は,違約金を加重する条項(特約事項第5項)> 7 前記(7)において述べたとおり,消費者契約法第9条第1号の規定 があるところ,特約事項第5項は,北海道の特殊事情により12月1日 から2月末日までに退去する場合の違約金(損害賠償の予定)として, 家賃1ヶ月分相当額が定められています。 しかし,通常の建物賃貸借契約において,冬期間に退去(解約)した ことによって家賃の1ヶ月分に相当する損害が発生するとは考えられま せんし,そうした北海道の特殊事情も存在しないと思われます。 よって,本条項は,消費者契約法第9条1号により無効と考えます。 第3 回答について 本申入に対して,貴社のお考え・ご対応等を文書にて,平成27年8月3 1日までにご回答くださいますようお願いいたします。なお,ご回答の有無 及びご回答内容につきましては,当NPO法人の活動目的のため,公表させ ていただくことをあらかじめ申し添えます。 また,本申入は,本賃貸借契約書を使用して,現在賃貸借契約しているか, 又は過去に契約していた消費者から当NPO法人に対して,契約条項に関す る問い合わせがあったことに基づき調査した結果行っているものであるこ とを付言いたします。 以上 8
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