2015 年・9 月号

二〇一五年九月一日発行(毎月一回一日発行) 第五十四巻第九号 (通巻六四三号)
2015 年・ 9 月号
お知らせとお詫び
九月号 目次
冬雷集………………………………………川又幸子他…
作品三………………………………………本郷歌子他…
今月の 首 (おくの旅・断簡)………………………天野克彦…
作品二………………………………………大滝詔子他…
作品一………………………………………堀口寬子他…
九月集……………………………………高松美智子他…
七月号冬雷集評……………………………………小林芳枝…
七月集評……………………………………………赤羽佳年…
(笑み)…………………………大滝詔子…
詩歌の紹介 〈『故郷の道』より〉…………………立谷正男…
七月号作品二評……………………桜井美保子・中村晴美…
冬雷短歌会文庫を読む(『余禄の人生』)………橘美千代…
短歌
七月号作品一評……………………冨田眞紀恵・嶋田正之…
8
カナダ
〈 お詫び 〉
歌集の卯嶋貴子氏作品の中に二カ所誤植が発見さ
りお詫びして、ここに訂正させて頂きます。恐れ入
8
りますが、お手元の歌集のご訂正をお願い申し上げ
×
頁8首目 運転→運動
ます。申し訳ありません×。
88888888
86
竹内由枝歌集『桃の坂』…………………………大山敏夫…
七月号作品三評……………………水谷慶一朗・大山敏夫…
七月号十首選……………………………哲也・綾子・夫佐…
七月集十首選………………………………………林美智子…
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歌集 首目 したいのですか→したのですか
10
71
冬雷叢書第 94 篇
A 5判 350 頁 ソフトカバー
表紙カバー( 四色刷 )付
定価( 送料込 )1500 円
to
表紙絵《唐辛子》嶋田正之 / 作品欄写真 関口正道 /
題字 田口白汀 68 60 55 54 54 42 41 40 24 15 14 12 58 44 26 16 1
選んでもらっております。その結果を踏まえ、相互選賞と木島
されての作品です。歌集掲載作品の中から優秀作品を皆様より
カラー写真です。木島先生が愛された清澄庭園にわざわざ取材
木島先生生誕百年記念合同歌集『 冬雷の 人 』が完成しま
した。A 判本文三五〇頁で、表紙カバーは関口正道氏撮影の
113
れました。作者の残念さも一入と思います。衷心よ
茂夫先生賞を決定し大会にて表彰致します。
30
5
同頁
新刊案内
冬 雷 集
冬雷集
東京 川 又 幸 子 一〇三歳とある篠田桃紅女史に思ひがけなくテレビに見ゆ
久々の篠田桃紅女史の風情遜色なけむテレビ画面に
召し物の色を辞典に比べ見る藤袴いろか女史に似合へり
数学の時間の様に楽しかりき太田行蔵先生の「しとたる」の講義
ザラ紙にブルーのインクに手刷りされ必ず例会に持ちて給へり
隅つこにトレードマーク小さかりゆとり心の遊びを見せて
もだ
一つづつ鎖を外してゆきなさい太田先生の教へのひとつ
曇り日は水かね色にひかりゐる高架路下の町川の水
杖止めて仰ぎ見てをり雨あとのメタセコイアの天辺の黙
ゴールデンウイークの前に暑気の来て子ら水浴ぶる噴水に寄り
東京 小 林 芳 枝 ミカルディスは偶に休めと医師の言ふ夏の血圧手帳みながら
意識せぬ緊張などもあるらしく医院に計る血圧高め
深呼吸しながら固くなるやうな診察室はさういふところ
朝ごとに計る血圧腕に巻く締めつけ感の日により違ふ
思ひがけず高き数値にあらはれて不眠の朝の体調不良
永代橋 中央区新川より
1
夏ひらき冬に縮まるしなやかさ残りゐるらむわが血管に
朝食前に記す血圧手帳には昨日と同じ起床の時刻
絶対に倒れられない日々ありて飲むと決めたるあの日が始め
時折にエラーを示し萎みゆく血圧計も古くなりたり
動けなくなるまで学ぶ日々ありて七十一歳の今をたのしむ
東京 近 藤 未希子 鑓水に蛍が戻るのタウンニュース六月二十五日二匹の蛍の光が写る
川上へ少し登れば川の中草繁る処ありて蛍がひかる
あつ光つた光つたと子供らの声にまたも光るなり
飛び立ちて来ない蛍なりその日の雨にぬれてゐる草むら
黒揚羽低く飛び来て芝生に下りる夏椿の花落ちゐるところ
まつばぼたんの莟大きくふくらみて日差待ちゐる長雨のなか
伸びのびて枝広げたる真竹の林常に見られぬ美しさなり
幾度か竹の子手折りて人に上げたり我も食せり
裏の土手に太く大きな真竹伸ぶ取りには行けず見てゐるのみなり
神奈川 浦 山 きみ子
雨季に入る淋しさありて身のめぐり細ほそと降る雨に包まる
梅雨晴れの強き陽差を受け乍ら低く生えたる庭の草抜く
あくがれて歩み来し路ほそほそと我の歩みの覚つかなけれ
絞り水と呼ばるる露か朝空の別るる枝にきらりと光る
2
冬 雷 集
無口なる父にありしが淋しさを思はせる日は肩すぼめゐき
柔らかく風に揉まれて新緑の高枝の葉群やさしく騒ぐ
有難きことなり我家に体調を崩す者なく日々を過ごすは
梅雨明けはいまだ至らず大雨もなき日々なればよしと思はむ
わが庭に伸びたる楓塀の上に青葉満たして風に騒立つ
庭先のブロック塀をちらちらと越えて麦藁帽子過ぎ行く
いつさいの果て 東京 赤 羽 佳 年
年下の姉が逝きたり妻の姉ホスピスに入り四日なりしが
妻と子が見舞たるのち三日生き五月六日を全う出来ず
幾年を疎遠のままに死にたまふ義姉のかんばせ小さくなりぬ
肉体が焼かれてゐたる斎場に待つ間の卓にビール飲みゐつ
人の死は厳かにしていつさいの果てここにあり瀬戸瓶の骨
鰻食ひ健啖ぶりを見たる日に回復信じ帰りしものを
みづからの命の極みおもひつついかに生きしかこの一年を
朗誦の導師唱へる「正信偈」南無阿弥陀仏をつきて誦する
経文を唱する導師の抑揚に合はせて誦す小声に誦す
骨瓶を墓に納める寺に来てそぼ降る雨に手傘に参る
いちにんの骨を埋めて合掌す雨にしとどなる墓石連なる
大阪 水 谷 慶一朗
拳ほどの莟ひらける泰山木の花かぐはしく夕闇にあり
3
純白の花かぐはしく誇りたる泰山木の散り際あはれ
立て掛けたる脚立に坐り黒松の手入れに庭師は余念なくをり
必然と目的ゆゑに捕へたる獲物を運ぶ蟻のはたらき
川原に大き陰もつ楠木の下に坐りて蝉のこゑ浴ぶ
少しづつ円く大きく描かれて台風予報円は四国を覆ふ
神が降り祓ひたまへる地鎮祭の直会の酒に酔ふ現人たちは
戦争を識るなき世代の政治家が易々と安保法案可決す
ぬ
あまりにも長き平和に戦争の悲惨を問はず軍事力を煽る
自国さへ防衛できぬ力にて集団的自衛権を現に吐かす
東京 白 川 道 子
梅雨晴れに釣り糸垂らす水面を掠め飛びゆくコシアキトンボ
池覆ふ蓮の葉陰にこの池の主のやうに牛蛙啼く
おほらかに広がる蓮の葉陰より首を伸ばして咲く白き花
もくもくと庭師見習ひ三年目刈り込み鋏の音リズムよし
父ははの面影よぎる棕櫚の木を惜しみつつ遂に伐採とする
七十年親しみきたる棕櫚の根に酒をかけ塩を置き手を合はせたり
背の高き棕櫚は上から五等分されて軽トラックに積まれてゆきぬ
良い事のあるかも知れぬと万両の隣りに橘植ゑてくれたり
挿し木してたちまち十年紫陽花のパープル庭の一隅を占む
雨あがり緑の光る庭先に額紫陽花は小花を散らす
4
冬 雷 集
神奈川 桜 井 美保子
花がらを根気よく摘む人らゐて整然と保たるる長井あやめ公園
園内のあやめは過ぎて今あるはすべて花しやうぶと作業の人は
花しやうぶとあやめの違ひを仕事の手休めて吾らに教へくれたり
素手の人軍手の人あり照りつける日差しのなかに花がら摘みゆく
終りたる花多きなか勢ひのある花しやうぶ涼しげに立つ
百合の花育てる人に話聞く上山温泉路地の庭先
ほどほどの甘さと香りドライフルーツマンゴーを食む移動時間に
福島 松 原 節 子
庭先に凌霄花の咲きはじめ東北南部も梅雨入りとなる
母の顔見ればひとまづ安堵して頼り頼られ今日がはじまる
五日ほど早いと言ひつつ小き桃を八百屋持ちくる母の誕生日
県内産大豆の納豆刻みをり毎日母と半分づつ食べる
草取りの庭に土鳩の声のして母もわたしも腰のばしたり
ゴミ袋ふたつ廊下に置いてみるすぐ捨てる服すこし待つ服
仏壇の花を替へれば来客の二組もあり母の饒舌
見舞ふことできずにをりて朝顔の便箋に書く短き便り
早朝の寝台特急北斗星散歩の途中に見送る速し
愛知 澤 木 洋 子 食後のむ錠剤ならべ大盛りの蕎麦を待ちをり隣る男は
5
家ごとに藍のあぢさゐ咲かせつつ鎮もり深し初夏の街道
和田神社にでんと大公孫樹その昔石田三成括りしといふ
名所とふ粟津の晴嵐松並木やつと三本歩道に遺る
生日は時差七時間長く延ぶ何とはなしに得をしたやう
そんなことありましたかとベスビアス火山の山容裾までやさし
己が糞落とす袋を尻に下げ観光馬車の石畳ゆく
去年よりもよき色出さむ力こめ紫蘇を揉みをり母憶ひつつ
大河にも母にも抱かる心地して歌集『桃苑』頁繰りゆく
東京 赤 間 洋 子
木島茂夫先生生誕百年記念号編集委員に感謝して読む
『冬雷の一一三人』読み進む知る人の顔思ひ浮かべて
挫折を繰返しても暖かく迎へくれし師ありて今の我あり
装丁の清澄庭園幾度も訪ふことがある四季折々に
庭園が戦火を防ぎ焼け残る家並み有りしを思ひ出したり
合同歌集読みぬと電話かけてくる我に短歌を勧めし友が
教員になりしばかりの同僚と歌見せ合ひしこと懐かしむ
歌の横に皆で感想書込める古きノートが今も手元に
互に一人暮しで遠慮なく短歌の話二時間余り
さんろう
朝日歌壇楽しみなる故五十余年購読続くと友は言ひたり 参籠 東京 櫻 井 一 江
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冬 雷 集
口癖に母の言ひゐし永平寺の修行僧の姿に学ばむとせり
永平寺に泊まりて禅修行に触るる事すなはち参籠の心得と知る
雲水に案内されたる十畳の間わが一にんの布団敷きあり
入浴は三黙道場の一つにてただ黙々と身体を清む
薬石と云ふ夕食を受けるとき反省と感謝の語句を唱ふる
坐蒲と呼ぶ丸き布団に坐す座禅足のしびれは忍の一文字
警策を持ちたる雲水音もなく座禅の列を行きつ戻りつ
三時すぎ起床の呼びかけ雲水のこゑ聞く前に身支度すます
暁の冷気を包む百二十人の読経がつづく法堂に坐す
手拭ひを頭に確とくくり付け作務衣の雲水ハスの手入れす
茨城 佐 野 智恵子 川原を広く陣取り白鷺は早朝自在にホーム越えゆく
白鷺に黒鳥くははり飛ぶさまも時たま見られ空想するも
バラ園に行くとの知らせに申し込み数百種のバラを廻りて来たり
六月二日
明け方の雷雨に花弁も地をそめて香りは飛んで消えたのかしら
山々の色は茶色を青に変へふくらむやうに連なりて来ぬ
眼科医の帰り道にて拳程に真赤なバラは今も変らじ
この春は戦後七十七十年と日にいくたびも聞きて恐るる
学生時代楽しい筈の思ひなどなにひとつなく怒りわきくる
涙ぐむやうな今宵の月を見て告げる人なくベランダに立つ 7
東京 森 藤 ふ み
茹でたての卵のやうな蕾ひとつ泰山木の葉かげにのぞく
鉢に植うる白き小花の細き茎ぴんとしてをり常盤露草
日の長き今日いち日の晴天に蛍の里のなかなか暮れず
せせらぎの音を聞きつつ蛍待つ蛙の声のときに混じれる
生ひ茂る木々の間より暮れなづむ空を仰げり蛍はいづこ
田のほうが多く蛍のみられると言ふ人のあり待ちくたびれて
木の根方の闇より出でて宙を飛ぶひとつ蛍の明るきひかり
ひとつふたつ間をおき蛍の闇を出で黄のきはやかな玉となり飛ぶ
暗がりをバスまであるく道すがら蛍ひとつの背につきくる
富山 冨 田 眞紀恵 八十を過ぎてしまひしわが生のところどころに余白がありぬ
葉ざくらの下を歩みて来る少女今度は私が主役といふがに
詠む歌に老と言ふ字をよく使ふ私はやはり老人なのか
人々ら足早に行く台風の近づくと告ぐテレビの画像
一年の季節はたつたの四つなりしかしそれぞれ百の顔あり
さびしさよ独り居にやや慣れて来ぬそして私は死にも近づく
電球も電池も私が取りかへておひとり様が身に付きてくる
誰もゐぬ校庭に垂るる鞦韆はこんなにも寂しいものだつたのか
茨城 鮎 沢 喜 代 8
冬 雷 集
緑多き庭にきはだち揺れてゐる赤色さつきは風に吹かれて
やはらかき風吹くなかに干されある桃色肌着がしなやかに揺る
夜と云ふ闇を見てをり曇り空をさがせど星のひとつだに無く
雨降りの今日にはあれどたのしみはやはき新芽のぬれたるみどり
外に出て遊びたからう子供達黄の傘連らねて登校をなす
つゆ晴れの青空見上げて庭にをりあげは飛びきてひらひらとをり
通る人に「よい香をありがたう」と言はれてうれしくちなしの花
東京 池 亀 節 子 若きらはスマホを掲げ浅草寺の仲見世通りを撮りつつ歩む
化粧品薬品辞書等の小さき文字ルーペ無しではもはや見えざり
電子辞書に見あたらず即広辞苑手にすればズシリわが手におへず
すり切れてガムテープ貼りし広辞苑捨て兼ねてよりはや二十年
裏庭の伸び放題の雑草をシルバー人材見事に刈り取る
庭石に添ひて椿の花一つ老樹ながらに紅いとほし
やいとばな
向うから人目気にせず手も動かしジョギングしてくる女性たくまし
灸 花 埼玉 嶋 田 正 之
灸花その別名は馬くはずやや侮辱めくヘクソカズラと
灸花赤紫の蕊うづめ白く小さく群れて絡まる
灸花の由来を辞書にもとむれば灸に擬へ子等遊ぶ故
藻草乗せ肩に煙をくゆらせて熱さにゆがむ顔を覗きし
9
戒めに灸を据ゑるといふ言葉オレオレ詐欺師に使ひみたしも
縁側に肩揉みてやり褒められしあの祖母の歳いうに超えたり
巻紙を左手に持ち軽やかに仮名文字手紙をしたためし祖母
折り目つけ舌に湿らせ和紙を切る祖母美しき子供心に
父の声覚えあらねど濁声を息子がそして孫が継ぎをり
栃木 兼 目 久 初孫の産毛で作りし胎毛筆二十年経て今も使へり
墨つけて書けばくねくね曲がりたり元に戻らぬ胎毛筆は
なでしこの準決勝勝利の映像をくり返し見る五回六回
合唱団に属してゐたる先輩はオールドブラックジョーの合唱に送らる
死にたければ列車の外にて死ねばよい人を巻き添へにするは良からず
真ん中の若芽ほんのり赤くなるアカザが畑に一本伸びて
雑草とともに伸びたるシュンギクは一尺を越え葉のやはらかし
もうちよつと待てばほどなく熟すると思ふにトマト鴉につつかる
東京 山 﨑 英 子 遮るものなき大空を目指し立つ樟の大樹に寄りて見上ぐる
道隔て種とびきたる立葵紅の花咲き揃ひたり
ベランダに幾年培ふゼラニユームプランター埋めて朱の花開く
梅雨の雨降りつぐ夕べアベリアの花は零るるつめたき土に
黒揚羽しばらく低く飛びて後土吸ふ様を繰返しをり
10
冬 雷 集
道に沿ふつつじの花の終りたりひるがほ伸び伸び花咲かせをり
健康なる体父母より授かりて九十三年幸せにゐる
誕生日祝ふ電話に娘いふ年金もらふ年になりしと
変りなく日々を暮して出勤の娘を送る「いつてらつしやいませ」
夢の中の 千葉 田 中 國 男 吟行の会に出遇ひし無住なる古刹は歴史の重み伝へる
宮大工唐国仕込みの腕の冴え天竺模倣の仏の慈願
光一と豪と佐藤茂雄と古刹めぐりて千年も前の仏へ頭たれたり
梅林の畔みち通り抜けて来て肩に触れたる梅の香匂ふ
杣の径ゆるり登れば先頭の豪が指差す滝が見えたぞ
施設への車で朝夕旅ごこち畔が車道に変つた早苗田
満々と水を湛へる早苗田は緑の風を生みてさやけし
低い山だけの原生林残る安房は豊かな草花のみやこ
焼酎は大吟醸です四〇度ぢいちやんならば飲む息子が笑ふ
埼玉 大 山 敏 夫
ほぼ十年周期にこれが三度目の肩の激痛は利腕が先
三度目の経験といふものが勝ち肩の痛みは日常のうち
かたまつてしまふ前に痛みに耐へながら肩甲骨より腕をまはしぬ
ガリガリと何か擦れる音のする痛みのひどき右肩特に
三年はつづくだらうといふ痛み肩は過保護にするつもりなく
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おくの旅・断簡 こ の は な さ く や
天野 克彦
朝靄の室の八島をゆきめぐり木花咲耶姫の故事おもひゐつ あ
と
わが歩む山の岩場の片寄りに薊咲きをりむらさきの花
元禄の芭蕉おきなの足跡もとめ裏見の滝にわれは来にけり
地響きて落ちくる滝に暫くは佇みゐたり滝風受けて
参禅の芭蕉の師なる仏頂の山居の跡に郭公を聴く
石の毒気いまだ滅びぬ地獄谷硫黄に噎せて遊歩道ゆく
ここがまァ芦野の里か西上人蕉翁めでたる遊行の柳 宵闇の逼りてきたる白河の関屋に群れ咲く卯の花さびし
子規居士の「はて知らずの記」読みもして辿るみちのく楽しかりけり
黒塚の鬼の岩屋の怖ろしや安達ヶ原の鬼婆伝説
とう
子規もまた見たると記す文字摺の芭蕉の句碑は苔むしてあり
この墓所は日差しも洩らぬ藪の中藤ノ中将実方の墓
人知れず男の眠りによきところ藤ノ中将実方の墓
実方の墓に額づきゐたるとき刺しくる藪蚊も親しかりけり
フーテンの寅さんよろしく旅をゆくわれに曾良なきこの気安さに 平成の天変地異にも遺りたる聖武の御代の壺の碑
焼き牡蠣の美味きを啜り線量計見つつたたずむ松島海岸
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今月の 30 首
日和山に受難の体験聞きゐたりこころも凍り身も凍りつつ
こみあぐるなみだ怺へて聴きゐたり災禍遁れし老爺の話
しづかなる夕日の海となりゐたり人を呑みたる石巻の海
ほうじん
尿前の関所の跡に入りくれば吾は稀びと鴉の騒ぐ
な
た ぎり
ゆ
いろり辺に茶を振舞はれくつろぎぬ薪にけぶる封人の家
遅きゆゑ山刀伐越えはあすゆけと温泉の出る宿を世話しくれたり
時ならぬ雨と寒さに震へつつ山刀伐峠の頂きに立つ 象潟は聞きしに勝るよきところ青田にうかぶ島々幾つ
晴れわたる鳥海山を見てあれば思ひまうけぬ哀しみ兆す
いちぶり
親不知子不知海岸目の前に覚悟なき身を寂しみゐたり
かたみ
市振の芭蕉の句碑に佇めば此はまぼろしかふたりの老女
色が浜にますほの小貝拾ひゐつ旅の終はりの記念に為むと
奥の旅十まり七日めぐりきて結びの地なる大垣に着く
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な心境が読み取れる。
うところであろう。結句に作者の前向き
につられて傘の先を上げて見上げたとい
で羽ばたきの音がして鳩が飛んだ。それ
白内障手術の歌が前にあるせいかこの
歌の明るさが心地よい。小降りの雨の中
ばたきに傘先をあぐ 赤羽佳年
雨ながら明るき空に舞ひあがる鳩の羽
小林 芳枝
い。合理的すぎて何だか寂しい。
けで済むのでお釣りを渡されることもな
思表示になる。支払いもカードを通すだ
れもなくなってカードを入れるだけで意
ますか?」なんて聞いてくれたのだがそ
スーパーマーケットの買物に言葉は不
要になった。一時期は「レジ袋お付けし
すクレジットカード 赤間洋子
レジ袋不要のカード籠に入れ無言で渡
元気でいてください。
冬の終りに土を均して作物を植える準
備が整った広い畑、北風の冷たい土の表
見え春の近づく 永田つぎ
均されたる広き畑にポツポツと青草の
しょうか」
なら「少しかっこよすぎるんじゃないで
れる。こんな時のお酒は美味しいだろう
仕事を語りながらのいい雰囲気が感じら
に美化されてゆく 嶋田正之
立ちながら赤旗新聞読む人の前に坐し
の夜を迎えることになった。東京での一
ゐて裏面を読む 白川道子
電車の中ではこのような事も時々体験
ふくしまの空晴れわたり安達太良の山
に消残る雪の眩しさ 森藤ふみ
大きな風景をそのまま表現されて全体
のリズムもよい。
「ふくしま」という平仮
を出してキーボード打つ 大山敏夫
七月号冬雷集評
新聞を間にして自分の存在を悟られない
名に作者の思いがあるのかもしれない。
冬雷の一一三名が集結した今回の合同
歌集。原稿を全て一人で打ち込み編集し
酒を飲みながらの会話もある年齢にな
ると過去の事が多くなる。共にしてきた
愉しさも感じられる。私も乗物を利用す
久びさに窓をがらりと開け放つ五叉路
人暮らしとは全く違う感覚であろう。お
ることが多いが電車の中は案外面白い。
をバイクの音が轟く 池亀節子
悔恨は数多あれども過去形は酒の合間
お疲れ様。そして有難うございました。
けてはみたがバイクの音にがっかりする。 原稿の束を前に取り掛かる所だ。本当に
れ に 文 章 が 加 わ る 膨 大 な も の で あ っ た。
たのは編集長、歌だけで二八二五首、そ
千里の道も先づ一歩から合同歌集原稿
なあ。雑草などと言わない所はさすが。
明るくなってくる。やっと春が来るんだ
に芽を出した草の緑を見て何だか気持が
なあ、と思うがひとこと言わせて戴ける
雨戸閉め外灯をつけこの家に初めて一
する。たいして深読みする訳ではなくて
人の夜となりたり 松原節子
普段大きく開けることのない窓は表通
りに面しているのだろう。気持ちよく開
ご両親と暮らす為福島に戻られて七年
位になるだろうか。今年の始めに父上を
見送られて今、母上の入院でたった一人
14
七月集評
赤羽 佳年
春キャベツ持てば今にも解けそうふん
を祈る。「どつしり」は言い得ている。
の効果があるかは疑問だが、人が集まれ
跡」を詠ったもの。地域振興にどれほど
広域指定されたうちの「橋野鉄鉱山高炉
ば消費が生れるのは確かだ。地元民にと
わり抱いてレジに持ちゆく
よう。四句倒置にせず「世界遺産の希望
しては「希望見え来る」は願望とも言え
見え来る」とした方が音調は良くなろう。
☆
ほわほわとした春キャベツの触感を言
い得てをり、メルヘン風に楽しく表現し
大川澄枝
た。歌から感じるにラップなどされてい
四月四日皆既月食を眺めむと資料揃へ
☆
からからに樫の落葉は乾反りいて庭を
肉厚の樫の落葉が庭を走る様子がよく
出ている。風に「からから」と転がる音
ない、玉の状態なのであろう。
転がり芝生に止まる 吉田綾子
が聞えるようである。三句の「乾反りい
て月の出を待つ 池田久代
真夏日もありて皐月の吾妻山種蒔き兎
残雪の量や形で農作業のタイミングを
計るのは古来より各地に見られる。吾妻
であった。日時を入れて記録として残る。
に詠われているように、天候悪化で残念
は耳のみ残す 山口 嵩
山では兎であるが、鳥や他の動物を見る
データーまで収集して意欲的な取り組
みであったが、結果はこの歌以下の三首
て」の語句が活きた。
☆
慰霊碑はオレンジビーチの傍に立ち青
く澄みたる海を見渡す 高松美智子
先の大戦の戦没者を慰霊をされた両陛
下 を 詠 ん だ 歌 の 四 首 中 の 歌 で あ り、 報
素直に詠って心に響く。
浅薄に治療を望みしわが選択に後悔の
自然災害を言ってをり、心を痛めている。 たでしょう。表題の障子体→硝子体。 道から捉えた弱さがあり説明的ではある ことも。今春の気候を云い表わしている。 二週間二十四時間うつ伏せは治療とい
明るさを求めて暮らす人々に世のさま へど苦行のごとし 富川愛子
が、時事詠として残されるべき歌である。
ざまも自然もきびし
橋本文子 手術後は、視神経の集まる後頭部に圧
三句
「立ち」
は不要句。
「傍らに」で収まる。
力 を 掛 け な い た め の 処 置 で あ る が、「 二
「 世 の さ ま ざ ま 」 は 政 事 へ の 不 信 や、
事 故・ 事 件 で あ り、「 自 然 も き び し 」 は 週間二十四時間」は苦行そのものであっ
同様の材は他にも、数人が詠っている。
境内にどつしり御座すなで牛の背中を
撫でる娘は角を 高橋説子
釜石の山深き丘の高炉跡希望見え来る
世界遺産の 及川智香子
撫牛は吉事を願って撫でるものとされ
ているが、撫でる部位によって願うこと
の違いがあるのだろう。おのおのが期待
先の「明治日本の産業革命遺産として
日々つづきてゐたり 同
手術に期待していたが回復の見えない
苛立ちの気持が一連の作品に表れている。
する気持は理解できる。他所ながら成就
15
九月集
栃木 高 松 美智子
軽やかな足取りに階をのぼり来る子の大腿の筋のたくまし
「何すればいいの」と両手差し伸べて子は姑の身体支える
ひと月をベッドに臥しいる姑の痛みの原因は圧迫骨折
オレンジと黒の自転車二十七インチが今日よりわれの足となりたり
真新しきペダルを漕ぎて街に出づ雨あとの匂い初夏の陽受けて
しぼみたる花をぽとりと地に落とし木槿はつぎつぎ咲き継ぎており
仏前に花の水替えなせるおり生きいるわれのにおい立ちくる
古書店に百八円と値札つく歌集一冊購いきたり
聴禽書屋 東京 天 野 克 彦
十とせ経て来たる茂吉の大石田聴禽書屋に足踏み入れつ
黒縁に丸き眼鏡の茂吉翁黄ばむ畳におもかげ浮かぶ
携へてきたる歌集の白き山こころ静めてページ繰りゐつ
たまきはる命を歌に置き代へて成りたるものぞこの白き山
戦火より遁れ二とせ住まひせし茂吉の部屋にまぼろしの顕つ
書架に並ぶ茂吉の著書のおほかたはわれも持ちをりその初版版
硝子戸の向うにみゆる茂吉歌碑わが愛唱のほたる火の歌
☆
永代橋 中央区新川より
16
九 月 集
鳥海に対ひて歌を詠まむとす長く裾曳く雪のこる山
第三の茂吉の墓に詣でたり子規の句碑ある乗船寺の庭
名物の板そば食はむと最上川岸べの老舗に足運び来つ
雨傘 埼玉 小久保 美津子
雨の朝命絶ちたる血溜りに上司と共に白き花置く
庭に立ち土砂かバケツか分析す時間雨量の粗方解る
生協の配送人を労はりぬ人も荷物も雨に濡れゐて
コンビニにパンを買ひたる数分に退職記念の傘の消えたり
ハレの日に晴れたることの多かりきわが半生の小さな自慢
みちのくの要介護三の母の言ふ雨の降る日は辛さ募ると
長靴の穴を繕ふ手元みる三十歳半ばかあの日の父は
傘といふメール短歌の題詠にポツリポツリと歌届きたる
東京 増 澤 幸 子 祝ひくるる槐の箸のしつとりと漆仕上げは持つ手にやさし
ペースメーカーの電波防ぐと電車内本読む人の側に立ち居る
番号札にぎりて診察待つ膝に冬雷誌は温もりてあり
良く聞けと医師は病名カナで読み伝染しないと錠剤の指示
いつよりか散歩の歩巾狭くなり駅まで五分が十分かかる
ぼんやりと乗る地下鉄に一駅手前や二つ乗りこす二日続けて
夕食のメニュー時々出し合ひてレストラン化する二人の夕餉
17
終電の十分過ぎの確かなる靴音娘の帰り来るなり
娘の帰る夜半にコツコツ靴音の力強きを聞けば安堵す
谷川に花弁散らす山法師緑の中に白じろと咲く
茨城 中 村 晴 美
麦秋はわが畑では六月なり黄金の穂を雀の狙ふ
また今年も中央分離帯に草の生え対向車見えず右折を避けぬ
草を引く梅雨の晴れ間は真夏並み日射しの強く背中の焼くる
雨続き畑の草は旺盛にトマトエリアの青い実隠す
箱根では火口は禁句か噴気孔くるしい配慮が笑ひを誘ふ
帯広の三十五度に思ひ出す北にエアコン普及乏しき
東北の三十八度の記録出す涼しいイメージたちまち崩る
朝採りの冷やせるキウリ昼かじる夏の野菜にほてりやはらぐ
神奈川 青 木 初 子
白花のアッツ桜のひらきたり花色混ぜて植ゑゐる鉢に
暫くはアッツ桜の白き花咲き継ぐのみに葉のしげりをり
葉の繁り丈高くなりて赤桃色アッツ桜の花ひらきたり
アルバムの整理をするから手伝へと終活を本気にするらし父は
二〇〇グラムのステーキを父は振舞ふと娘二人を家に呼びをり
いつまでも子供にあれどステーキの昼餉に釣られる歳にはあらず
雨の朝の外出は気の乗らぬなり託児なくなりゆつたり過ごす
18
九 月 集
三〇年共に楽しみしバドミントンの友七八歳明日手術とぞ
どうしても手術のまへに会ひたくて普段着のまま自転車走らす
入院㈡ 東京 酒 向 陸 江
原因の判らず治療のなき間長女は持ち呉るる補水ゼリーを
七〇で逝きし父を思うては気弱になりたることもありたり
まぶしき程貴く見ゆる出勤の後姿を病室より見る
頭痛続きしかめっ面の醜さよ「笑点」見なむ負けてはならじ
原因は菌にはあらず身の内の免疫低下に因るものと知る
退院の朝晴れわたり病室より初めて見えたる夏の富士山
三週間寝たきりにおれば足萎えてそろりそろりと部屋内歩く
遅くまで娘達の笑う声聞え八畳の間に手足を伸ばす
☆
茨城 関 口 正 子 早朝の雷雨は間なくあがるらむ西の筑波の上に青空
雷鳴のとどろく度に首すくめ一人苦笑すまるで亀よと
ホウーと鳴きしばし間ありてケキョと声考へごとをしてたるやうな
梅雨入りの奄美大島わが町は楠の花の香あまく漂ふ
子の家族と泊るうさぎは鳴かねども遊ぶ音たて存在しめす
露地ものをいただき作る苺ジャム紅あざやかに出来あがりたり
美術館までは一キロ白鳥や鴨たち遊ぶ川に沿ひゆく
二つ三つ花残りゐるユリの木に筆のやうなるさみどりの実が
19
たわわなる枇杷の実熟れて梅雨空に一樹明るむ夕日の色に
梅雨晴れの陽気に出でたる蛇ならむ露天の風呂のかたへ這ひゆく
東京 林 美智子
館山よりバス十五分坂道を上れば蒼く鎮まる田あり
無農薬・無肥料・不耕起・手植えせる田の草取りの夫に付き行く
子ども等と十度の夏を過ごしたる西崎の海の変らぬ青さ
岩場にて夫の捕りし蛸一匹コッヘルに茹でて食べし思い出
気が付けばエプロン二枚掛けており梅雨の晴れ間の忙しき朝
良く切れる鎌を手に入れ又しても肩凝り忘れ草刈りをする
居間の前の今年花付かぬ柚子の木に鳩が巣作り雛一羽おり
新しき秤を買いて試し見る歌稿用紙一枚三グラムなり
朱々と熟せるアンズ五〇〇グラム夕陽のごときジャム出来上がる
東京 樗 木 紀 子
集会所に急ぎ足で通り抜ける団地の道は花多く咲く
団地内に白き紫陽花を見つけたり一週間後は淡き黄となる
接骨院友の勧めで変えてより半年で膝の痛み和らぐ
美空ひばりの悲しき口笛を歌う姿テレビに見つつ目が熱くなる
押上の地下道通りカルタ会に腕を組み通いし親友亡くなる
姉のような存在なりき何事も話せる十五年の交わりなりき
☆
☆
東京 山 本 貞 子 20
九 月 集
味噌汁を作らなくなりて何年か朝食のパン焼きゐて思ふ
一人居で良しと思ふ日雨止まず夕餉は残りの鍋に具を足す
高齢者少なくなきを思ふなり『冬雷の113人』の歌集読みゐて
朝顔の支へに今年も釣竿を借りると夫の写真に断る
望遠鏡にて東京駅も富士山も二人で見たり忌の日の近し
辞書らしき本を抱へて優先席に学生か昼を覚めては眠る
お互ひの歌から話題は認知症に変りて夜の電話長引く
くぐもれる声にて鳩の鳴く朝は退院叶はぬ人思ふなり
☆
岩手 金 野 孝 子 わが町は昔に戻るか震災の移転地は縄文の村なりと聞く
震災の移転地となる杉山の伐採の音日毎ひびけり
堆く倒され重なる杉の大樹年輪あざやか未だ生きてゐる
山腹に挑みゐるなりバックフォーンひたすら安全祈りて見上ぐ
バックフォーンに削られゆく山赤つちになりて広がる陽差しの中に
かの海に対峙するごと均らされたる山肌夕日になほも火の色
被災跡に工事現場の仮設あまた並びて前の街並辿れず
復興に己がなすこと祈るのみ工事の安全心を離れず
東京 伊 澤 直 子
蚕豆を今年も植えたり初採りも孫らおらねば静かなるもの
小金井で二つ採れたるミニトマト「ばあばにあげる」とだいじに持ち来
21
フライパンで焼けばたちまち幼子の皿はからっぽスティックブロッコリー
農園で野菜の摘みとりさせたいと娘は幼なと連れだちてゆく
この頃は写真を趣味にする娘あじさい電車に誘いてくるる
トンネルを出づればあふれる葉のみどり箱根登山電車はくぐるごと行く
渡りたる早川にかかる鉄橋は緑の奥に小さく見ゆる
あじさいの群れて咲く大平台あたり娘は下車しカメラを向ける
☆
☆
予約したる夜の電車はライトアップのポイントに止まりあじさい見せる
東京 卯 嶋 貴 子
まるまると太ったヤギは草を喰みダイエットすると那須より戻る
トコトコと一匹のヤギは柵の中吾について一緒に歩む
わが庭の今年の梅は二十二キロ孫と息子と夫と採りぬ
二十二キロ梅は今年も甘い梅干を作ると夫待機しており
東京 永 光 徳 子
八重咲きの梔子の花馨しく道行く人は癒されていむ
鴬の声する杉の藪の中半夏生の葉白く浮きおり
切られても切られても尚這い上るノウゼンカズラの赤き花々
シャラの木は五弁の白き花をつけ夏椿なる名前が似合う
松の木に陽を遮られ山百合はか細く伸びて一花を開く
久々に娘の部屋に灯がともりピアノの音を懐しみ聞く
夫待つ異国に娘見送りて主無き部屋に暫し佇む
22
九 月 集
カナダ ブレイクあずさ
若き日に仕事で世界をめぐりたる父が今ではわれを見送る
北南米アフリカ欧州なつかしむ父は陽気で張りのある声
足早に振り向きもせず去る父を国際線のゲートから見る
振り返り振り返りするわが心偏西風はカナダへと押す
マジャールの古き旋律弾けるとき師のまなざしは祖国に向かう
戦争と革命そして亡命を師は語りたる異国のなまりで
高齢の師の指先に力満つ高速連打のプロコフィエフ
自由に弾けと師は記すわが課題曲バッハの譜面に
Get free
息つめるわれのかたわらすり抜けてゆうゆう歩くコヨーテの尻尾
新潟 橘 美千代
堂々と政府を批判せよと言ふ弾圧くはふる身がマスコミに 雨上がり風ふきとほる夕闇に沈むなく赤しグラジオラスは
十年間ともにありたる腕時計を落してしまひひたすら脱力
富山へと三年ともに通ひたる時計なりわが苦しき日日を
時間見むとするたび時計の手に無きを思ひしる日に幾度も愚か
白昼の東港になぜか来てしまへり車ごと君が飛び込みし場所
☆
(☆印は新仮名遣い希望者です)
巻き添へにする気なかりきと信じたし妻乗せて車ごと海へ落ちたり
沈みしはあの岸壁かと手を合はす開業後ともに仕事せし君
いつのまに風力発電六基ふえ高さ違へて海風をうく
23
七月号作品一評
冨田眞紀恵
ダにしたき初夏の山なり 田端五百子
発想が面白い、さて、どの様な味のサ
ラダになるでしょうか、評者も一度食べ
せせらぎを能動的に使って清々しい一
首となった。
三時間吟詠指導しなし終へてこの朝感
ず喉の痛みを 飯塚澄子
人生に無駄なしと書き二十四の孫へ誕 てみたいものです。
良い趣味ですね、勿論ご自分の歌も吟
生日の葉書出す 堀口寛子 亡き父に教へて貰ひし千六本輪切りの 詠なさるのでしょう。いいですね、楽し
「 人 生 に 無 駄 な し 」 良 い 言 葉 で す ね、 大根ゆつくり倒す 涌井つや子
例え失敗しても、それを反面教師として 千六本をきれいに作るには、輪切りの み倍増です事。
大 根 の 倒 し 方 に コ ツ が あ っ た の で す ね。 咲ききりて散るばかりなる花びらの静
胸に残りの生を全うしたいものです。
う、どうぞ良い人生を、私もこの言葉を
だけの教えが込められている事でしょ
は見られず 沼尻 操
夕焼けに煙棚引く景観も焼却禁止に今
は一挙両得でした。
短歌の勉強をして料理の勉強も出来ると
散る寸前の芍薬のしーんとした静けさ
それを息を止める様にして見ている作者
もりてあり壷の芍薬 田中しげ子
成長してゆく、この短い言葉の中にどれ
腰屈め歩き来る姿母に似て温かきもの
収穫を終えた田から藁を焼く煙の棚引
く情景は子供の頃を思い出させる懐かし
のを感じさせる一首である。
母に歩き方の似た人を見て温かきもの
が体の中を流れる、血の繋がりと言うも
風薫る五月と言えばくんくんと鼻を動
と子供心に思ったものです。
いものの一つでいよいよ秋も終わりだな
いの手先のまだ利く喜び 同
頼まずに居間の蛍光灯をぶじ替へて老
ことの叶ふ仕合せ 橋本佳代子
九十歳なほ息災にてこの春も為したき
息を止めてしまいたくなる様な一首。
の様子が紙面から迫って来る様で私まで
ぐつと流れ来 有泉泰子
久久に孫と茶房に憩ひつつ職場の事な
かし匂わぬと孫は 本山恵子
まだ体の方も十分に利くことに喜びを
この元気の源はどこからくるのでしょう。
老いてまだ独りで台に上り蛍光灯を取
りかえる体のバランスがまだ利きしかも
ど話の続く 小島みよ子
下句に幼子の可愛いらしさの仕草を動
作をともなって表現され、つい微笑んで
☆
☆
一時は浮かぬ顔してゐた孫の吹つ切れ
い事ですね、為したき事はほとんど叶う、
感 じ て い る 作 者、 本 当 に 元 気 で た の も し
た様に紅茶のみをり 同
しまう。
おばあちゃんとお孫さんとのコミニケー
ションが微笑ましい。
の空に煌めきており 三村芙美代
枯れ草を若葉に変えてせせらぎは五月
とりどりの緑ざくざく切りまぜてサラ
24
七月号作品一評
嶋田 正之
☆
廃線のトンネルを抜け大木のいろは紅
葉の新緑眩し 山田和子
理髪店はもとより美容院も少なからず打
撃を受けているのだろうか。
この年になりて節食もなからむと間食
孫さんに対して自分の信じる道を迷うこ
生日の葉書出す 堀口寬子
確かに人生には無駄はありませんね、お
じの新緑との対比が美しい。
ガ作りの暗いトンネルを抜けた時のもみ
央本線の廃線跡に存在するようだ、レン
清州橋上手く撮らむと幾度も隅田川の
しとも言いますから程々に。
さですか、しかし過ぎたるは及ばざる如
我慢をして節食したところで、それが何
なるほど、開き直って欲しい物を食べ
たい時に食べたいだけ食べる。今更やせ
したれば体重増し来 福士香芽子
となく真っ直ぐ進みなさい、例え失敗し
斎苑に人焼く煙真つ直ぐにあがるを見
側道行きつ戻りつ 関口正道
愛岐トンネル群の存在をこの歌によっ
てはじめて知ることが出来た。愛知と岐
たとしてもそれは必ず後に役に立つ時が
つつ土堤に菜を摘む 田端五百子
阜の県境に近い愛知県側にある旧国鉄中
きますと言うメッセージでしょう。
生きている者は必ず死ぬ、当たり前の
人生に無駄なしと書き二十四の孫へ誕
坂登り辿り着きたる清水の舞台の桜は
ご夫婦で京都へ花見に出掛けられるな
んて贅沢な一連の歌です。桜の時期の清
ら不思議だ。たった一度きりの人生と知
じみと生ある現在に感謝をしたくなるか
大切な短歌本よりすべり落つセピア色
者でこその感慨が底流にある。
された時のものだろう、木島先生を知る
ことだが、こうして歌に詠まれて見ると こ の 歌 は 七 月 に 上 梓 さ れ た 合 同 歌 集
対照的な光景が鮮明に映像化され、しみ 「冬雷の一一三人」の表紙の写真を撮影
水の坂は大変な人混みでしょう。人の列
りつつもぞんざいに生きていることを反
した受診票一枚 増澤幸子
☆
をかき分けて辿り着いたあの舞台からの
省させられる。
作者は長い間、持病に苦しみながら短
歌を続けておられる。大切にしている短
まだ七分咲き 永田夫佐
風景が七分咲きの桜が目に浮かびます。
見栄張らず千円床屋に来る同士何方と
既にセピア色に変色している。長い年月
☆
に星一つのみ 河津和子
最近、千円の理髪店が非常に多くなっ
た感じがする。と言う筆者も毎月お世話
の 闘 い を 想 う と 心 が 重 た く な る が、 頑
流星群東に見えると予報官言えど雲間
流星群にしても月見にしても天候次第
ですね、予報官も雲が邪魔をするかまで
になっている。また最近は女性客が増え
張って下さい。
歌の本から受診票が落ちたと云う。本は
読めなかったのかも知れませんが、星を
ている様に思われる。してみると通常の
知らねど親しみ覚ゆ 荒木隆一
一つ見たとゆとりを見せて微笑ましい。
25
作品一
☆
千葉 堀 口 寬 子 一人にはなりたくないと思ひつつ美術館より夫と帰る
焼き物を続ける友の花活ける器の展示うれしくなりぬ
孫からの明るいシャツに軽やかな夫は友と食事会の日 こぼれ種に芽生え五本のひまはりは花の少ない庭に咲きたり
サークルを止める友よりこれからも友達でゐてと電話を貰ふ
茨城 吉 田 綾 子
亡き叔母を「しっかり者」と褒め称え親戚縁者に三回忌賑わう
曽孫まで手向けの香煙限りなくたちこめる神取家墓処の法要
颯爽と銀座に佇む亡き叔母の七十五年前の容姿が写る
東京の師範学校に学びたる叔母は教師を天職としき
我が母が親代わりにて幼児期に母を亡くしたる叔母は育ちき
血縁の濃き叔母叔父も他界して憶い出は多く泉のごとし
七月七日我が生日に手作りのケーキが友より今年も届く
七夕の軒端の飾りは我が家族五人のこころが秘められてあり
雨の後宙に伸びたる朝顔の蔓を支柱に誘えば絡む
永代橋 江東区佐賀より
26
作 品 一
野の花に興味持ちたる幼学児はカラスノエンドウに図鑑をひらく
東京 大 塚 亮 子
四ツ谷駅に一年前に尋ねたる道具屋探す記憶おぼろに
銀行の多きに私の目印としたる銀行あいまいとなる
あやふやな記憶に道を行き帰りいつしか四ツ谷の路地に迷ひぬ
一時間歩けど店に行き着けず探してもらふ駅前交番に
八十歳越えたる作家の熱き声に風神雷神の水指を見る
トンネルに五歳の康くん「ヤツホー」返るこだまに何度も叫ぶ
調子よく浅瀬に石を渡り行く康くん最後の一つに滑る
靴を脱ぎ濡れたるズボンに康くんはべそかきながらこはごは歩く
忘れゐたる八重の十薬葉の陰にまぎれて一つが小さく咲きぬ
水無月 東京 永 田 夫 佐
降る雨に八つ手つやめく下陰に十薬伸びて花盛りたり
青い空白いマンション赤いドア新緑の風浴びて見上げる
自転車の道路交通法を聞きテレビを消して出かけ来たりし
くしやみして腰の骨を砕きたる義姉の退院嬉しき知らせ
完全に治りはせぬが家事は出来大丈夫よと退院後の義姉
蛸杉のうねる太根は囲われて高尾の山に人等行き交う
法螺貝ののぶとき音や打ち鳴らす太鼓の響きに心洗わる
人びとの諸願成就を祈るとき南無飯縄大権現と我等も唱える
☆
27
☆
(終戦後)
今と昔 東京 河 津 和 子
目の前にマーケット在りて便利なり五分歩けば市立病院
新築の戸建て一棟七千万円芝生の囲りを植木が囲む
広き道に子等は遊びて父親が洗車にいそしむ梅雨の晴間は
駅迄のバス通るらし角を挟みバス停二つ窓より見えて
新築の明るき部屋ありそれぞれの家に冷房完備され居る
切り出した木をリヤカーで運び来て夫と大工の造りし我が家
巣立つ子や孫等見つめて七十年戦後に建ちてモダンな古き家
岩手 田 端 五百子 塩田につくりし鹹水を三昼夜焚き込みてゐし父想ひ出づ
「星座には花の名前は無いんだよ」空みあげつつ孫つぶやけり
停年をひかへる舎弟の嫁が言ふ「私は亭主を仕上げ切つた」と
頑張つた一日の汗も満載し電車に人ら無防備に居る
雨宿る山門に女生徒かけ込み来肌透くまでにブラウス濡らし
飼犬にくす師よりの暑中見舞すり寄る犬に読みて聞かせる
「三昼夜を漂流した」としみじみと四年を過ぎて語る船頭は
電話詐欺 山梨 有 泉 泰 子 喉痛み高熱続き苦しいと電話受けたる夫信じる
子の家に電話をすれば息子ゐて「早く一一〇番一一〇番」と言ふ
似たやうな手口の詐欺が増えてゐる協力してと警察官言ふ
28
作 品 一
ストレスの因は借金の返済だからお願ひ助けてと金額を言ふ
ころころと受け渡し場所の変はれども刑事がゐると思ひ従ふ
受け渡しは石和の駅と決まりたり四人の刑事が見え隠れ添ふ
弁護士の秘書といふ男現れて金包み持ちて足早に去る
風のごと何処ともなく刑事来て男をタックル逮捕となりぬ
愛知 山 田 和 子
クレマチスの丘に行ったと紫の花のノートを友より貰う
土産の小さきノートの一頁目に盛りの沙羅の歌を書きおり
カサブランカの如き花つく黄の百合は根から倒れる昨夜の雨に
杏子の枝剪定すればぽっかりと梅雨の晴間が頭上に見える
コーヒーを飲みいる老女の後ろ姿に逝きてしまいし母を思えり
一秒をこんなに大事にしていたか閏秒の調整をする
☆
愛知 小 島 みよ子 雨上がり豊かな川をゆつくりと鵜は上りゆく時に潜りて
折々に水に姿を沈めつつ何か啄む鵜を見て立てり
川沿ひの廂に燕の巣を見つく二つの子燕口開けて待つ
餌をまつ子らに忙しく親燕は行き戻りをり曇日の朝
雷さりて昼の明るさもどり来つ南天の若葉清しく揺れる
玄関に梔子数本壷に活けよき香楽しむ梅雨の朝を
少しづつ夏に向かつて身のまはり準備に励むつゆ空の下
29
夜からの雨の予報に百日草の苗急ぎ植ゑほつと息つく
千葉 涌 井 つや子 午後七時未だ宵闇せまり来ずシャッター降す時間のきたり
シャッターの降り来る音に耳澄ますその時間は時に電話の鳴れば
ジャガイモや胡瓜が出来たと夏野菜たつぷり届きぬ従姉妹達より
岡山 三 木 一 徳 この里も高齢化の波押し寄せて葡萄のビニールハウス減りゆく
人生の向き合ひ方を学びつつ齢重ねて幸福度増す
人生は適当くらゐが丁度いいウロウロしながら生かされてゐる
建物も仏像もみな国宝なり偉大なるかな唐招提寺は
金堂の修理を終へて唐招提寺国宝の仏像三体が立つ
ドッカンと連発であがる遠花火夏の夜空をキララと染める
本蓮寺三重の塔を背景に通信使行列華やかに続く
通信使隊列整へねり歩き往時しのばす賑はひを伝ふ
世界遺産富岡製糸場 千葉 野 村 灑 子 ひのき科のこの手がしはの葉の表星のやうなる青き実のつく
繭玉より糸をつむぎて働きし女工等うかぶ糸繰器錆びて
一階と二階を通しささへゐる角柱は妙義山のご神木とぞ
建物は「木骨煉瓦造り工法」と呼ばれゐて今でも壁の赤きが著き
東京駅や千葉の刑務所にも使はれて漆喰に積み重ねらるる赤煉瓦の色
30
作 品 一
製糸場へ出入りせるフランス人への誤解のありて工女募集は難儀せしといふ
さすが、しらなかった、すごーい、とか男の心をくすぐる感嘆句はサ行が多い
東京 荒 木 隆 一 しつかり者の嫁は気詰りおつとりは頼りにならず婆等が嘆く
鎖樋を梅雨の滴が伝ひ落つ天水桶まで踊り輝き
浅草で三本立ての五十円古き映画が吾が青春史
控へむと思へど茶には漬物が何より旨し血圧計りつ
年一度のふるさと訪ねるバス旅行造り酒屋と蕎麦と桜桃狩
羽黒山即身仏の寺詣づる口車に乗り買ひしお守り
食べ放題の佐藤錦もすぐ飽きて農家の親父の講釈聞きゐる
何とまあ狂気と言へる値を付けたデパート地下のサクランボ箱
栃木 高 松 ヒ サ ☆ ベッドから起き上がれずに数週間圧迫骨折と診断されたり
思う事少しも出来ぬもどかしさいやと言う程知らされる日々
新物の馬鈴薯茹でて熱々を息を吹きかけ食べる仕合せ
冬雷の合同歌集に励まされ元気を貰い毎日開く
仏前に供える花の苗植えて今数本が咲き始めたり
投稿の原文できて安堵する最終日までに何とか頑張る
茨城 沼 尻 操 咲き満てる石楠花の花濡らす雨柔き花びらに傘をかけたし
31
大輪の木蓮咲きて花の名を聞きに寄りたる人のありたり
植ゑ替へし鷺草の芽に願ひ込め鉢に顔よせ日毎眺める
初燕門よりすつと入りきて庭ひとめぐりして門を出てゆく
辛ければ帰つてきなと母に言はれ嫁に来て六十六年曾孫三人
二人して植ゑし花水木夫在らば共により添ひ花眺むるに
葬式は若きに頼み姉さんと働いた頃の想ひにふける
埼玉 小 川 照 子 夕暮の庭隅に見る半夏生ひと日の疲れ癒してくるる
紫陽花の花を眺めつつ逝きし兄の言葉思ひ出し涙こぼるる
(七月一日山根荘にて)
裏の田も緑一面育ち来てゴヰサギ四羽餌拾ひゐる
七夕に短冊吊す老人は幼き頃にみな戻りゐる
七月に入りて百日草ぐんと伸び咲き始めるをかぞへ楽しむ
冬雷の一一三人の一人として参加出来しを倖せに思ふ
下手ながらも欠詠せぬ事目標に頑張る心持ちてペンとる
埼玉 栗 原 サ ヨ 冬雷の合同歌集戴きぬ先生方の御苦労に感謝す
毎日を心をどらせ読みつづく個性豊かなよき歌ばかり
歌を作るは苦労もあるが有難し生きる希望の賜物なりき
娘が足の手術で入院し無事終りてほつとして居り
五日目に風呂に入り杖つきて歩き十二日目に退院と聞く
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作 品 一
東京 大 川 澄 枝
気力なき娘にそれとなく言いわたす八十の吾に何も出来ぬと
中国のみやげと聞けばこわごわと袋の中のなつめの干菓子
心までゆさぶられたる三年間八階と六階のビル完成す
陽より日をと杏子先生の言いまししつゆの晴間に思い出しおり
草をひくとはこのことか雨の後下水のまわりの雑草を抜く
きびきびと二ツ折りした湯舟持ち介護サービスのヘルパー二人
☆
千葉 石 田 里 美 『冬雷の一一三人』歌集届きたり木島先生を思ひ物故せる歌友を偲ぶ
盆月と蓮の花押す手作りのお供へものが九州より届く
空澄みてキラキラ星の天の河今宵七夕ふる里を恋ふ
草刈ると言えば転ぶと止められて梅雨空仰ぎため息をつく
富山 吉 田 睦 子 夕暮れの西空大きな金星は明るく輝く梅雨の最中に
草引きてをれば涼風ふんはりとほほ撫でゆきて気分壮快
江戸菊や夏菊咲き初むる畑中に埋もれる様に蝶の飛び交ふ
暑き昼避けて朝夕草引けば藪蚊は作業衣の上より刺しゆく
畠より吾の衣に付いて来る一匹の蚊は家の中まで
梅雨空の夕陽は空を赤く染め砺波平野はピンク色なり
うづら豆カップに植ゑて一週間やつと芽を出す待つ間の長し
33
福島 山 口 嵩
改築にあはせ造らるる屋内砂場は原発被害の後の対策
怒るより唖然となれる答弁に国の平和は決して託せじ
窓際にしばし味はふダージリン急雨に駆ける姿見ながら
いつときは共に浴せし娘より送らるるクリーム湯上りに塗る
熱き風吹き来る午後に初蝉の競ひなくこゑ汗を誘ひぬ
体温と同じ気温の続きゐて草木も音も白さ帯びくる
夕ぐれに撒きたる水に屈みゐる草花徐々に起き上がりゆく
東京 飯 塚 澄 子 ずつしりと重みの増せる曾孫抱きポストへ往復するに疲るる
肩に腰足裏にもハップ剤を貼る曾孫預かる四時間ほどに
子育ての孫の苦労よ我は忘る六十年も前の日々をば
田辺聖子の「むかし あけぼの」読み耽る小説となす枕草子
克明な筆致に綴り戦時下を生き抜けり輝く人生記録
泰山木の落花を拾ひ門に入る通行人は花見上げ過ぐ
見上げ行く人に習ひて仰ぎ見つ泰山木の白き大花
鳥取 橋 本 文 子 二鉢に胡瓜二本を育てをり次つぎ採れて皆で喜ぶ
胡瓜生る花の萼は大きくて生らざる萼はさながらに糸
元気かと電話をすれば友怒る持病ある身を知つてるくせにと
34
作 品 一
大東京に唱ふ会支へる友は言ふ「唱つてゐるから元気なんだよ」
女学校の師の作曲も習ひしよ「さよふけてはりもつははは」と短歌への曲
喜びてもう一回とくり返し聞きくれたる親一人思ふ日
☆
東京 高 島 みい子 表紙絵のたうがらしまるで体操してる横向き足上げ元気を真似る
趣味は何と聞かれて答ふそれとなく花を見て空見て只歩くだけ
此の角の住人いづこ家はなく更地となりて咲くどくだみ露草
絵手紙をはじめて描いたと届きたり満月の中にうさぎが二匹
買ひ置きの切手は八十円と九十円うさぎの切手買ひに心跳ね行く
二人の娘と椿山荘に蛍追ひし遠い夜にして昨夜の如し
友逝きて泣きたい我を知るやうに日の差す空より俄雨ふる
兵庫 三 村 芙美代
バナナ一本立てて想像めぐらせば空を見上げる可愛いイルカ
ルーペもて文字追いおれば書かれたる言葉の力離れてゆくも
はびこるを根刮ぎ抜きおりまだ食料足りているからごめんね蒲公英
安保法案総理の答弁聞くほどに自衛隊員思いその家族を思う
ブレーキの掛け方忘れたる与党運転免許取得不合格とする
安保法制国会中継と同時刻法に命を賭けたる男の映画
台風を伴う風は熱をもつ熱中症の注意は止まず
竜の鳴き声かくやとばかり吹き返す窓のカーテン大きく孕む
35
中程を占める割合減ってゆく貧富に差あり天気も更なり
☆
☆
ほ 長崎 福 士 香芽子 いと
惚けるは命乞食の記事よみき頭痛持ち吾も命のほいと
夫も吾も惚けし事を言ひあひて笑ひしことも遠くなりたり
火達磨となりて昇れる太陽に眼を射られつつシャッターを押す
テレビよりアベマリアの調べ流るるを湯殿にひたり耳すませ聞く
夫逝きて早十七回忌今宵は夢にたちませよ君
記憶力体力視力も衰へて辞書を片へに歌詠む吾は
一人では外出は駄目と言はれたりそれ程までに衰へしか吾は
ベランダにたてば真向ひに普賢岳はれたる今日ははつきりと見ゆ
栃木 正 田 フミヱ
ゆっくりと風に揺れいる蓮の花泣いてるような雫をまとう
物置の庇の下にセキレイの出入り続きて糞の増えゆく
いつしかにセキレイの糞乾きたり姿も見えず鳴き声聞かず
ははの部屋を床の間付きに替えたればトイレに近く表も見える
口角を上げてゆったり介護する目標なれど夕に落ち込む
杖つかう理学療法士の指導受け姑は歩き庭に降り立つ
風邪ひきて夫は床に臥すばかり昨日も今日も熱の下がらず
はは病みて通院続きわれも病み夫は黙黙うごきくれたり
埼玉 本 山 恵 子
36
作 品 一
娘よりステーションホテル一泊のプレゼントあり吾が誕生日
丸の内に通勤したるは五十年前皇居を望む景観一変せり
皇居前散策せむと思い居て降り続く雨に駅の中歩く
駅周辺歩ける距離に幾つかのギャラリーありて楽しみに来つ
はっきりと描かれぬ目に惹き込まれ人物画を巡る鴨居玲展
五十七で自死の鴨居玲回顧展見終わる頃に吾も苦しく
ドームの天井バックにサービスの記念撮影笑顔に並ぶ
宿泊者六十歳以上は無料なるパスにのんびり力抜けゆく
茨城 姫 野 郁 子
就職地名古屋の友との再会は数年振りの思いが叶う
富山弁は変わらないねと先輩が名古屋駅に迎え呉れたり
大好きな先輩一人と十八歳の新人二人と寮生活せり
六畳に三人の寮は押し入れの四分の一が我の領域なりき
ホテルから名古屋城まで歩く事も新鮮で金の鯱光る
胆石で緊急入院の病院にて婿はベッドでパソコンを打つ
☆
東京 田 中 しげ子 週に一度リハビリセンターに通ふ我六十人近き人と集へり
二つ三つ咲きたる木槿目に追ひて機器を動かす今の幸せ
汗しとど自転車漕ぎの機器終へて席に戻りて番茶をすする
力強く鴉の声のひびき来て雀も鳴けり梅雨の晴れ間に
37
ベランダの戸の明けあれば爽やかな風流れ来る七月真中
金曜に泊りて土曜に家事をする息子の昼飯は焼きそばかたこ焼き
しまつたと息子の声の聞え来る味はいいよとたこ焼きを食む
茨城 大久保 修 司
炊飯器皿洗ひ器に洗濯機を働かせつつ朝湯に浸る
草引くを直ぐ止め家に入らんとす背骨のあたりに違和感覚え
特売日のスーパー前には匂たて客を誘へる焼き鳥屋が居る
ファーストネームに互に呼ばうと言はれども先生を呼ぶ時は躊躇ふ
朝早くクラスの部屋の予約せり「男女共同参画センター」に
初めての車検にバッテリー弱まれりと走行距離の不足を言はる
わが身の為に歩かねばならず車をも走らせねばとはああ忙しなし
孫達を夏休みに連れて来ると娘言ひたり梅雨晴の日に
神奈川 関 口 正 道 地図見れば大横川は縦に下り堅川は横へ真直ぐに延ぶ
(合同歌集)
一円の昭和史の文庫届きたり表紙艶やかにして黄ばみもあらず
三度目なれば並べられたる物三つ覚えてゐたり認知症検査
神仏に頼みたきこと一つあり足腰の筋肉衰へ無きを
久し振りに神保町に来てみれば日曜日に閉ざす書店の多し
や つ ち や ば
表紙画像の傾き気になり直したれど直ししすぎて左に曲がる
秋葉原の今昔ブログに綴りたり青果市場の賑はひ思ひ出しつつ
38
作 品 一
依頼され保存せし画像点検す社寺多くして「夕日」は有らず
自衛力戦力権力抑止力などと喧しい武器は持ちゐて
栃木 髙 橋 説 子 巣作りに今年も来たる山鳩にサルスベリの木は準備OK
百日紅の葉の重なりのその奥に山鳩は巣を作りゐるらし
頻繁に羽音をたてて出入りする鳩を包みて枝葉は繁る
左手で持つと今更教はりて家紋入提灯誂へる六月
画面から目が離せない百三歳の篠田桃紅氏の長き筆
風通る外の喫煙コーナーのパラソルに人と犬とが集ふ
讃岐うどん食べゐる吾とガラス一枚隔て賑はふ喫煙コーナー
重おもと咲く紫陽花の株もとに白き葉ひとつ持つ半夏生
水無月のみづ吸ひ上げてあぢさゐの藍色はまた複雑さ増す
福井 橋 本 佳代子 杉守りに努める人無き山荒れてやまゆりのいま絶えて寂しむ
山仕事の帰りに夫と百合の花たのしみ摘みし若き日ありき
わが峡のホタルまつりに曾孫どちとにぎやかに遊ぶ大勢の中
こふのとり飼育のおかげか峡の田にホタルの戻り人らと喜ぶ
使ふこと無くて長年倉に眠る承けし家財の処分をわが決む
九十に残る気力を恃みつつ古き家具類の整理に精出す
(☆印は新仮名遣い希望者です)
39
「 笑み」
情 の 研 究 者 ポ ー ル・ エ ク マ ン 氏 は パ プ ア
研 究 し て い る ロ ン・ ガ ッ ト マ ン 氏 だ。 表
表情です」と語るのは、笑みの隠れた力を
つ最も基本的で生物学的に均一に見られる
んでいるのがわかります。笑みは人間が持
を使うと、子宮の中で発達中の胎児が微笑
友を悼むと遠く来りて 小名木綱夫
みどりごの笑へばわれも笑ふなり
さ せ る と あ る。
ちを上向きに
為自体が気持
笑むという行
け で な く、 微
結果であるだ
が良いときの
笑顔とは気分
そ の 理 論 に は、
仮 説 も 唱 え た。
ダーウィンは「種の起源」で進化論を理
論化したことに加え、表情フィードバック
しまうらしい。
もので、顔の筋肉のコントロールを抑えて
いう研究結果がでている。笑顔は伝染する
人を見ながらしかめっ面をするのは困難と
スウェーデンのウプサラ大学では、笑顔の
だった。
を浮かべていた選手の平均寿命は八十歳
は七三歳だったのに対し、輝くような笑み
のだという。笑顔ではない選手の平均寿命
をベースに、その選手の寿命を予測できた
査をしたところ、選手が微笑んでいた期間
ウェイン州立大学では、一九五〇年代以
前のメジャーリーグのプロ野球カードで調
もあるらしい。
なく、能力がある人に映るという研究結果
は他者に好感を与え、親切に見えるだけで
ドルフィンのような幸せホルモンを分泌し
などのストレスホルモンを滅少させ、エン
コルチゾールやアドレナリン、ドーバミン
より、笑顔でいれば健康になれる。笑顔は
激が生じるという。チョコを大量に食べる
大滝詔子
ニューギニアで実験をした。西洋文化とは
「 印 象 を 良 く し た い、 ス ト レ ス を 軽 滅 し
たい、カロリー摂取をせずに高質のチョコ
セントいるという。スーパーパワーの持ち
一日に二十回以上微笑む人は、一般的に
全体の三分の一、五回以下の人も十四パー
るという。
がわかった。
されるため、微笑むと気分がよくなること
バックにより、感情を司る神経処理が修正
脳 の 活 動 を 測 っ た と こ ろ、 表 情 フ ィ ー ド
た。 笑 顔 の 筋 肉 を 抑 え る 注 射 の 前 と 後 の、
トマン氏は提案している。
とがあったら、笑顔になりましょう」とガッ
幸せな人生を送りたい、そのように思うこ
ワーの力を借りて、長生きしたい、健康で
を 食 べ た 気 持 ち に な り た い、 ス ー パ ー パ
「 喜 ば し い こ と に、 人 間 は 生 ま れ な が ら
にして微笑んでいます。3 超音波の技術
全く接点がなく、食人風習を持つフォレ族
ドイツではこれを裏付ける研究結果がで
主である子供が見せる笑顔の回数は、一日
http.//digitalcast.jp/v/11400
に四〇〇回。笑顔が絶えない子供が側にい
る と、 自 分 ま で 笑 顔 に な る 回 数 が 増 え る。
イ ギ リ ス の 研 究 者 に よ れ ば、 笑 顔 一 つ
で、チョコバー二千個に相当する脳への刺
D
血圧を下げるのだという。さらに笑顔の人
でも、喜んだり満足したときには笑顔にな
カナダ to 短歌 86
40
挟まれて、ロマンと自由を満喫した僅か十五
ろ流る
落日に鉄橋の影長く曳き冬の荒川くろぐ
の日
七階の目線に車走る見ゆ湾岸道の冬晴れ
根続きたり
冬月の冴え渡りたる空の下黒く沈める屋
指に必死にしがみつく蝉に生への執着を見る。
る鮒の様が可笑しみを誘う春のうららかさ。
激励する作者。川底に沈む木の洞を出入りす
若い足軽の風情であると。一茶のように叱咤
最も東京らしさと歴史を感じさせる上野浅
草両国の魅力的な嘱目。江戸の地図か。自宅
そみありけり
わたり行く蔵前橋の欄干に力士の手形ひ
残り給へり
浅草の焦土と化したる真央に露座の大仏
原の片隅にあり
古地図にわが家の位置を求むれば川辺の
カイツリーに胸躍る気持ちが伝わって来る。
は愛着ひとしおであろう。日日できてゆくス
地元の人々にとって、基礎工事から完成ま
で年余にわたり見守り続けたスカイツリーに
る。蝗の顔をルーペで拡大して見て、小柄な
年間の大正時代。あのまま戦争が無ければ、
膝つきて野菊の花に触れたれば薄の群落
■冬雷短歌会文庫を読む
日本の文化はどこまで成熟開花していっただ
大きく揺れたり
大正のお生まれという作者。まだ江戸時代
を引きずっていた明治と戦争・復興の昭和に
橘 美千代
生き抜くための脳 是永正雄『余禄の人生 第三歌集』
ろうと想像してみる。あこがれの時代である。
切り取り方が独特な叙景歌の数々。凍てつ
く冬月の下、黒々と屋根が列なりさながら東
外廊下に落ちたる蝉を拾ひけりしつかと
出入りする見ゆ
春の川に沈む朽木の洞ありて鮒の頻りに
者脚を踏んばれ
ルーペ持ち蝗を見れば頬当も厳めし小冠
く。自省的な作者の本質を伺わせる一首。 層ビルを既に抜きたり
ベランダの手摺に寄ればスカイツリー高
ワーの伸びゆくさまを
既に基礎完成したりの報道に日日期すタ
れたら薄の群落全体が揺れた。空間の鳴動。
の冬景の絵を彷彿とさせる。小さな野菊に触
白と黒のみで構成される富岡惣一郎の信濃川
景。雪の中を黒々とうねるように流れる荒川。
走り車がゆくというマンションの七階からの
山魁夷の日本画の世界。目の高さを湾岸道が
ない。強く生き抜くためのコツであろうか。
ごとも多くなろう。忘れなければ生きていけ
められる。人生を重ねてくれば自ずと悲しみ
なられた。静かな悲しみと戦争への怒りがこ
いつも前向きにユーモアを忘れない作者に
も悲しい過去があった。弟君は靖国の英霊と
にわれは救はる
悲しみは忘れ喜びは記憶する脳の仕組み
出づ
風渡る靖国の庭弟に逢はむと昇殿参拝に
国橋の欄干に密かに手形を遺したのは。
残った奇跡の大仏。何という名の力士か。両
は当時、河原であったと。戦火にも焼けずに
窓を揺らす嵐に目覚めただ闇を見つめ続
けて朝になりけり
指にしがみ付きたる
歌集冒頭の一首。嵐の夜、闇にひとり目覚
め風を聞き、孤独のなか自分を取り戻してゆ
動物を歌って視点や切り口がユニークであ
41
七月号作品二評
退院の朝の筑波を拝しつつ助かりまし
季節ごとの衣服の入れ替えは大変だけ
れど、箪笥の中もすっきりできるので気
分に届く部屋での衣更え。到来する季節
持ちが良い。この歌では春の日差しが充
今月の一連から癌の手術を受けられた
ことを知った。言葉として「叫ぶ」が少
への期待感が結句に出ていると思う。
☆
し強いようにも思ったが、実際にそうい
コンサート後の中華街行きを取り止め
たと心で叫ぶ 糸賀浩子
う気持だったのだろう。読者の皆様とと
桜井美保子
何度も読みて確認をする 田島畊治
☆
グランドゴルフで昨日一緒の友の訃報
人 の 生 死 は 予 測 で き な い。「 朝 に は 紅
者として前向きな姿勢には励まされる。
ないが、やや説明的な上句が惜しい。読
「ニンニク」の重複はそれほど気になら
に植ゑ始めたり 金野孝子
朝市に夫はネギ苗二百本買ひ来てすぐ
予定変更でも充実感のある一日と思う。
顔ありて夕べには白骨となれる身なり」 もに作者の無事の退院を喜びたい。
て余韻大事に帰らむと夫
黒ニンニク食みて元気を戻さむと炊飯 林 美智子 ☆
の 言 葉 を 思 い 出 す。 友 と の 突 然 の 永 別。
感情を抑えてなるべく客観的に自らの動 ジャーにニンニク仕込む 東 ミチ
きっと素晴らしいコンサートだったの
体 調 が 思 わ し く な い 時 は 心 も 晴 れ な だろう。余韻を胸に帰ろうというご主人
い。 元 気 を 取 り 戻 す こ と が 一 番 で あ る。 の心を優しく受けとめる作者が見える。
きを詠んだところに友の死を悼む心が表
されている。
☆
葱を植え圡を寄せいる鍬の先金蛇は素
早く走り抜けゆく 高槁燿子
ご主人が活発に行動する様を頼もしく
見守る作者である。具体的な表現で情景
仕分けて冬を仕舞いぬ 長尾弘子
☆
☆
久々に春の日させば部屋いっぱい服を
合う。そこには家族を思う優しさがある。
あるときはこうして真夜中でも父と向き
る。現代を切り取った一首であり、作者 と向き合う午前二時半 江波戸愛子 ☆
も健康に心を配っている様子が感じられ
大切な家族である父、だから作者は心
る。少し言葉を整理して調べを整えたい。 から できる限りの介護を続けているのだ。
こうこうと明かりをつけて食卓にちち
がほのぼのと浮かび上がる。
高齢者が多い墨田区は健康維持と体操
で「鍬の先」に焦点を絞ってくる呼吸が
教室が増え設けられる 樗木紀子
農作業のときにはこのように生き物と
の出会いがあるようだ。初句から三句ま
伝わる。下句で場面は急展開。あっとい
自治体では高齢者の病気を予防するこ
とで医療費を抑えようと対策を練ってい
う間の出来事を逃さず詠んでいる。
☆
雨に濡れ上着被りて小走りすこんな行
為は久し振りなり 浜田はるみ
突然の雨に傘がないので思わず上着を
被 っ て 走 っ た 作 者。 慌 て て 行 動 し な が ら
も そ うした展開を楽し む 心 の 余 裕 が あ る 。
42
七月号作品二評
中村 晴美
☆
春彼岸にじゃが薯の種植えつける黒々
黒ニンニク食みて元気を戻さむと炊飯
しと思います。
院を確信しているなら話さない選択も良
る良い歌です。
に入れる術を鳥は知っている。動きのあ
て来る。人の行動を良く見て餌を楽に手
☆
児が三人頬ふくらませ満開の桜の土手
にシャボン玉飛ばす 関口みよ子
ジャーにニンニク仕込む 東 ミチ
シャボン玉がキラキラ光る向こうに満
開の桜並木でしょうか。春らしい美しい
とした土をかぶせて 田島畊治
上がると聞く。ニンニクは青森の特産品
歌です。
買えば高い黒ニンニクも炊飯ジャーを
保温にしたまま長い時間をかけると出来
でもあり正しく地産地消ですね。病に気
四十年の会社勤めに身についた言葉遣
黒々とした土に肥沃さを感じる。春の
喜びと収穫が楽しみな希望に満ちた歌。
チューリップの赤が並んでゐるやうな
弱になった作者、元気になって下さい。
いとすぐ出る電話 矢野 操
☆
ランドセル見ゆ朝の通学路 倉浪ゆみ
☆
サラリと歌っているが四十年の重みを
感じます。同じ所で四十年間勤め上げた
紅のカーネーションは長女より次女か
作者の誠実さが、にじみ出てます。
ちが共感を呼ぶ歌。
らは白き紫陽花届く 江波戸愛子
☆
野口英世記念館は心うつ賢き母に偉人
ち ち の 介 護 で 大 変 そ う な 作 者 で す が、
子から花が届く幸せな瞬間もある。家に
食後呑む錠剤八ヶは我が寿命卒寿超え
飾られた花に、いやされそうです。
母 に 良 く も 悪 く も 注 目 し て し ま う の は、
たる一日保つか 佐藤初雄
☆
作者も母であるからでしょうか。
を可能にしそうです。
人生五十年だったのに寿命が随分延び
ました。医学の発達は人生百年それ以上
土を鍬で掘る作業をしてても鳥は寄っ
餌を啄む 西谷純子
音高く耕運機動けば白鷺の忽ち寄りて
私生活は問題が多かったと聞く。それ
でも偉業を成し遂げたのは事実。偉人の
の子あり 岩渕綾子
同じ経験者も多いだろう。思わず苦笑
してしまった読者も多い筈。正直な気持
り美味しく食べる 樗木紀子
検査前日友に頂ける饅頭を病院から戻
体の小さい小学生がランドセルが歩い
ている様に見える。チューリップの赤に
見えた作者は豊かな感性を持っている。
芽ぶき立つ葦の葉かげの浅水に産卵の
鯉身を震はする 立谷正男
結句の字余をどうにかしようと変な終
わり方になっている。字余りでも「身を
震はす」の方が良いかと思います。素材
の良い歌です。
一泊の花吟行は草津まで癌の告知秘め
て民謡唄う 糸賀浩子☆
癌も治る今、あえて他人に癌である事
は話さず民謡を唄い場を盛り上げる作者
に人柄が出ている作品。手術をし無事退
43
作品二
カナダ 大 滝 詔 子
延命の治療は要らぬと署名したる義兄の胸内推しはかるのみ
また来ると言へば義兄の頷きてバイと右手を軽く振りたり 早朝の電話にて知る義兄の死きのふの別れが最後となりぬ
斎場の柩に己の抜け殻を残し義兄の魂いづこ
「釈広道」の法名授かりもうすでに義兄はあの世に働きをるやも
じんはりと目頭あつくなつてくる葬儀を終へて帰宅途中に
☆
永代橋 江東区永代より
( 父の命日は米国の独立記念日)
「死は怖くなけれどあの山この樹との別れが辛い」と父は言ひゐき
大騒ぎしてゐる米人らの中に混じりをるやも父の魂
東京 関 口 みよ子
つややかに咲き誇るバラ私の賛美の声も疎ましそうだ
花弁の十重に二十重にダマスク種寄れば濃密な溜息を吐く
パーゴラを抜ける海風谷津の風迫り上がりきてバラ園揺らす
ナスタチュームの葉に白白と絵かき虫ひと筆書きの迷路をつくる
学童の梅雨空に吹くリコーダー耳をつんざく調子っぱずれ
鉄砲は相応しからず八方に蕾を向けて百合咲かんとす
二度寝して三度寝をする朝すがし頭と体がそろって動く
44
作 品 二
脈拍を三日に一度高鳴らすために通えり筋力運動
埼玉 田 中 祐 子
納豆はひと月ぶりと笑む夫とひと月ぶりの朝食を取る
大人びる口調に少し痩せたねと祖父を労る九歳の目差
構えずに草にまみれる夏野菜は思いの外に実を付けており
耕作はこの先最早無理かしら祖父より受け継ぐ畑を見渡す
梅雨寒の夜半に毛布をそっと掛け規則正しき寝息に安堵
筆記具をバッグの隅にまさぐりて熊野詣でのお守りに触る
手に重き合同歌集の読み易き活字の大きさ先ずは喜ぶ
茨城 立 谷 正 男
幾たびも小蝶離れてまた寄りぬ風のひととき夏萩揺れる
紅色の深きを交へ捩摺草薄きひかりに花を掲げる
ジャガイモの収穫どきを迎へたり一株ごとに妻の声聞く
渋柿は渋柿のまま甘くなるひかりに譬へ信心を説く
何歳ですか犬曳く人に問ひかけて犬の長寿の願ひ寄せ合ふ
☆
☆
(辺野古の海に)
(派遣法衆院通過)
勾玉はジュゴンを模すと倭の国の海神信仰を沖縄の人言ふ
非正規の人が病に苦しむを給付の事務に幾たびも見き
埼玉 浜 田 はるみ
青春の思い出なりしオープンカーに息子と乗りて日光にゆく
手触りと色艶の良き桂の木日光彫りの皿を求むる
45
昔なら高嶺の花の金谷ホテル優雅な食器でランチを食す
スポーツカーは我が軽自動車と違いいて安定感に引き込まれゆく
敗戦から七十年経て玉音の放送原盤公開されたり
短歌とは命の破片と牧水の言葉見つけたり古きノートに
栃木 早乙女 イ チ
花菖蒲あちこちの池に咲き揃いそよ風の中庭園歩く
そよ風の花の庭園ゆっくりと仲間と散策す昼のひと時
風通る大木の下の椅子に掛け皆和やかに勉強会する
鉢植えの花並びいる売店にハイビスカスの赤の際立つ
栃木 斉 藤 トミ子
停止位置ぴたりと止まるドクターヘリ迎える人の六人が行く
水張田に蛙鳴きおり水口に孵化したばかりの蝌蚪泳ぎいて
掲げ雲雀鴬鳴きて燕飛ぶ今年も田植の時は来にけり
確りと土掴まえて根付きたる早苗靡かせ風通り行く
我の歩み遅くなりたり朝々の五粁の道程七十分余り
肌荒れの治りたる如しっとりと田畑は見ゆる久しき雨に
飛ぶ雀狙い定めて身構えるデブ猫ミー太郎に野生を見たり
狂おしき様にくねくねする子猫我が採りきたる木天蓼嗅いで
埼玉 高 橋 燿 子
音立てて飛び込む蛙ほのぐらき稲の株元に鼻先を出す ☆
☆
☆
46
作 品 二
濃くうすくパッチワークを見るように風を伴い青田に雨降る
雨やみを待ちて畑で取り入れる胡瓜や茄子の棘のいきおい
食べ頃の玉蜀黍や西瓜など荒らす動物の足跡のこる
網をはり囲いをめぐらす対策をまたも破りて動物の勝ち
鼬だという動物の駆けぬける速さに呆然友と見て居る
窪みある浮葉のうえの小魚が僅かな水に犇めきており
蝉が鳴き牛蛙鳴く伊佐沼に強き日浴びつつ花を楽しむ
茨城 糸 賀 浩 子 ☆
保護されて渡ることなき市の白鳥餌付けする老いの生き甲斐となる
観光用の白鳥の下羽根切らるるを涙しながら聞きし日ありき
大雨の後の水たまりの色変えて小雀たちの水浴びの群れ
戦の頃食べし水団料亭の贅沢品の中に並びぬ
茨城も三十五度越えこの夏の暮らし変えんとクールの敷布
二十日後に夏祭りとなり顔出せば私の衣裳も準備されおり
コンクールに備えたる踊り練習し祭りに加わる感動あらたに
埼玉 野 崎 礼 子 ☆
ゆっくりと横浜の街が遠くなるダイヤモンドプリンセスの旅の始まり
夜半よりうめきのような波の音まだ梅雨明けぬ列島を下る
ビル二つ並べたような客船にマップを片手に我が部屋探す
今までの全てを忘れ吹く風に波の行方を眺めて飽きず
47
それぞれのドレスコードに身を包み船上はまるで別世界
ビルが並び活気溢れる釜山の街石焼ビビンバの辛くて旨し
前髪を吹き上げる風の優しくて甘きコーヒー喉に染み渡る
ケイタイの通じぬこと幸いに今この時をひたすら楽しむ
青森 東 ミ チ 咲き溢るる畑の花を供へむと雪消えてより四度墓に参りぬ
荒草の延び放題の墓ありて通る度ごと心くもりぬ
夫と子に畑に咲かす花手向け鉦うち経を唱へたり
築三十年家中の器具に故障多く今日は水漏れトイレ修理せり
☆
岩手 岩 渕 綾 子 大津波にとどまりゐたる我が命復興見つつ生きるも務め
睦まじく仮設ぐらしを楽しめり多くの友の支援をうけて
清らなる忍野八海テレビに映り子らと行きにし彼の日を思ふ
蹇のわれを励まし散歩する川沿ひ二キロあぢさゐ見つつ
まばらなる仮設に来たるボランティア踊りにマジックお茶会までも
童謡と唱歌の集ひに百七十人車椅子あり老いたる男女
震災後四度送りくるサクランボ皆で食べよと気遣ふ嫁より
散歩路の青田の畦の草刈りす老いたる人は背筋のばして
岐阜 和 田 昌 三
「お早う」と笑顔の子らも交じり居て中学生の一団の行く
48
作 品 二
先生と声を掛け来たる髭面のよくよく見れば童顔浮かぶ
肌隠し日傘をさして検針に女の来たる真夏日の午後
短冊に「平和大好き」と書かれたる一枚も有りて七夕祭り
通る度雨戸下ろしいる塀の家今日は茄子焼く匂いしており
西風に鳴るのは母が生前に土産に呉れし鐘の風鈴
愛知 田 島 畊 治
夏の陽に白く映えたる石庭に真紅に咲いた一鉢のばら
家の前飛びかう燕目で追いぬ隣家の廂に雛が誕生
緑の葉かげに光る赤い色路地の苺は大きく育つ
暑い寒い意のままにならぬ衣替え四季のうつろいにうろうろしてる
公園の蒲の茂れる古き池いつからいるか蝦蟇の太き声
デイケアで家族と楽しむ春祭り同じ悩みをビールで語る
家事のことうまくできない今の妻しなくて良いとなんども語る
倒れたる友が同窓会に車椅子で出席すると嬉しきたより
☆
東京 西 谷 純 子 立葵咲けるを見れば夏近し花は見頃と写メール送る
人住まぬ家となりたる荒れ庭に紫陽花の毬こんもり大き
水仕事終へてどつかり腰下ろし啄木も見たる手を吾も見る
今年も又ゴーヤのカーテン作らむと意気込む夫は苗求め来る
雨続きゴーヤの生育ままならず肥料の遣り過ぎ半日で萎る
49
二度目の苗又も育たず三度目は土を取り替へ生育を待つ
前屈みに包丁を研ぐ背恰好口数少なかりし父に重なる
今年も又軽鴨八羽産れたと散歩の夫よりケータイの入る
雨の中元気でいるかと見に来れば六羽の残る無事に育てよ
☆
埼玉 倉 浪 ゆ み ひとたびも母に抱かれし思ひなき我も弟も七十代となりて
園児らの七夕のささ短ざくの願ひは我にはなき願ひごと
孫の家に電話かければ賑にぎし子育て盛りの活気伝はる
たまはれる新茶ゆつくり味はひぬ淡きみどりは白磁に映える
樟若葉ゆらして入る香しきその風受けんと窓あけ放つ
雨つづきしめりがちなる庭の隅十薬の花白く浮きたつ
さはやかに夏となりたり凌霄もおしろいの花も咲き初めにけり
涼やかにつゆ草の花ひらきたりそよりそよりと風は吹きすぐ
図書館の棚に増えたり認知症介護詐欺に関する書物
東京 石 本 啓 子
朝々に雨戸開ければ向い家の夾竹桃の赤に目覚める
歳重ねうれしきことの今日はあり友の電話に再会約す
友の家訪い紫陽花の咲く庭に心和みて来し方しのぶ
認知症の説明の後脳筋肉のトレーニングをすれば汗ばむ
今日こそは一人ランチと意気込めど店に入れずちらし鮨買う
50
作 品 二
隣家のブーゲンビリア散り初めふわふわを追い手で集めおり
斜向いの家引っ越して更地となり路地が明るむ広き空間
☆
岩手 及 川 智香子 八十にして走・投・跳に挑む夫怪我なきことを祈りて見守る
初めての子らの応援に気負ひたるか三種目みな前年度超ゆ
眠剤に頼らずと決め徒歩にする隣町より三キロの道
念願のサクランボ狩り山形へバス一台で雨の中行く
園主より食べ放題の指示ありて心騒げども食に限りあり
総生りの枝切り取りて枇杷を捥ぎ喜びくるる友らに分くる
リハビリに夫と他人よそほへど奥様こちらと看護師は言ふ
茨城 飯 嶋 久 子
朝採りの胡瓜のとげもうれしくて露もいっしょに丸かじりする
二日ほど留守にしたれば庭畑の胡瓜は育ちへちまの如し
真夜中に大洗港出航のフェリーの霧笛重く聞ゆる
梅雨の間にすすぎ物干す空低く爆音高く戦闘機ゆく
の恐怖を思う
今日はやけに低く飛び行く戦闘機有事なるかと心騒げり
七十年前渋谷の空を覆いたるB
松島の遊覧船は風強く霧も深しと欠航決まる
五年前あの頂上までいけたのに見上げる山寺の千の石段
もう一歩踏み出しおればと思うこと幾つかありぬ黄昏の今
51
29
☆
☆
東京 長 尾 弘 子 ☆
病みてより声なく臥しいるリブなれど「ワン」と吠えたり最後の別れ
全身の力の抜けて吾が腕に十六年九ヶ月の命終えたり
荼毘に付し見上げる青空風強くリブの形に白雲のとぶ
賑わえる屋台の続く境内の根岸神社はつつじの祭り
花の間を足元たしかめ腕のばし白き大輪カメラにおさむ
香川 矢 野 操
細き葉の上に演技する糸とんぼ体を曲げたり水平決めたり
筒状のカーテンの中の宝物あらわに見せぬ蛍袋は
ハイテクのカーネーションのベージュ系固定観念の枠が広がる
少食に賛否両論一方に決めつけられぬ時計の振り子
酢たまねぎ健康食にはやされるいっときの説その手に乗らぬ
行きずりの人の買いゆく花の色思わずほめる産直売場
口下手なぶきっちょだからオブラートに包んだ物の言い方出来ず
遠まわしに断る京都風よりも東北風がわれに合ってる
東京 佐 藤 初 雄
健やかな四肢思い遣る事無くて劣化を嘆く卒寿過ぎても
昔話のVTRを買い求め曾孫の遊びに来るを待ち居る
夜明け待ち朝の散歩に出る支度差し障り無き今日の一日
梅雨曇る朝の堀には暗きより鴨泳ぎ来る細波立てて
52
作 品 二
朝毎に歩む石坂の十六段登りて今日の体調を読む
半歳余行き交いの無き顔見知り今朝元気にて声かけ合いぬ
大潮の木場公園の潮溜まり底の青苔鴨の啄む
朝毎の好きな散歩も程々に鍛えは無理よと医師の労り
図柄好しと雨降り続きにさして出る十年前に逝きし子の傘
埼玉 江波戸 愛 子
金柑の若葉の上に静止している青虫に六月の雨
もぎたての玉蜀黍を友呉るるひと日籠りている夕方に
一階に二階にバッグに度の強さ同じ眼鏡をひとつづつ置く
田と畑多く書き入れて画用紙に小三の児と作る村里
冷房をつけたる部屋にちちと犬並び寝ており身じろぎもせず
東京 高 田 光
荒川の源流までの登山道川伝ひには険しくて無理
甲武信ヶ岳の頂に立ち東の荒川源流遠く臨みぬ
甲武信ヶ岳信濃路からの山行は荒川ならず千曲川沿ひ
千曲川の源流ウオーク盛んらしスニーカー履きの若者が行く
頂上に三角点の見当らず甲武信ヶ岳と標識のたつ
雲無くば東に秩父荒川と南に富士の見ゆるとぞ指す
山小屋に泊まりて明日は下山のみ寝つき早める酒を一口
源流に行けず荒川上流の滝沢・二瀬のダムを訪ふ
☆
(☆印は新仮名遣い希望者です)
53
詩歌の紹介 たちやまさお詩歌集
「お月見」
七月号 十首選
小枝をひとつ手折りましょう
青々実ったいがぐりの
るひとときがあり 吉田 綾子 ☆
強羅の茶会友と雨中を帰り来たるわれに
日溜りに枝をたわます夏柑の黄の色ひか
七月集 林 美智子
今夜月見のお供えに
お城のお山にお月さま
童歌「お月さま いくつ 十三七つ ま
『故郷の道』より⒅ 立谷 正男
だ歳ぁ若い あの子を産んで この子を産
ず子供を産む人を歌ったのだろうか。
十三七つもどういう伝承なのか、やむを得
月見のお膳のにぎわいに
花を一房手折りましょう
ほのかに揺れる草萩の
山の堤にお月さま
上に 中村 晴美 しゃべれなくなりたる母がにっこりと微
越す戦没者のあり 高松美智子 ☆
靴を脱ぐ解放感に空仰ぐ植物園の芝生の
届きぬその友の訃が 大塚 亮子 花を持ち楽屋の君を訪ひぬ桐竹一暢われ
若き日、中原中也の詩も随分読んだ。
川原の土手にお月さま
んで」
月夜の晩に、ボタンが一つ
薄紅にひろがった
見守る 正田フミヱ ☆
沖縄のかたちに見ゆる千切れ雲辺野古あ
笑みくるれば吾は幼子 酒向 陸江 ☆
極楽と喜びている姑の訪問入浴の湯浴み
を待ちゐき 小久保美津子 三千キロ離れいる南洋パラオには一万人
月夜の晩に、拾ったボタンは
十五夜さまのお祈りに 波打際に、落ちてゐた
どうしてそれが、捨てられようか?
ポッカリ月が出ましたら
ひとむら薄を手折りましょう
舟を浮べて出掛けませう
たりをジェット機過る 山口 嵩 一夜にて水張られたる田の面は満月映し
夜はヒタヒタ打つでせう
風も少しはあるでせう
風にゆれおり 飯嶋 久子 ☆
嵩上げの土地のあはひを縫ふやうに祓ひ
清める神輿行列 及川智香子 故郷の月見の日、お城の山に行って栗毬の
枝と山萩、すすきを束ねて持ち帰るのが役
目となったときがあった。やさしい縁側の
暮らしがあった。
54
て 増澤 幸子
破れ壁直してわれの気掛りの一つが済みて安
険」と書かれて残る 大久保修司
夕方の庭に小さき花韮の白く輝く西日に映え
集めて返す 高島みい子 震災後四年経ちたるブロック塀そのまま「危
手提げ届けくれたり 福士香芽子
ひと群のいぬのふぐりが際立ちて五月の光を
誇りも止めて 荒木 隆一
「母の日」よと母になれざる吾に友は自作の
堤に菜を摘む 田端五百子
退社時に返さず済んだ作業衣がときに役立つ
るやはき花びら 小島みよ子
斎苑に人焼く煙真つ直ぐにあがるを見つつ土
覚ましてしまう 山田 和子 ☆
咲き揃ふ牡丹に朝日きらめきてかすかにゆる
点す 永田 夫佐 ☆
掘り起こす芝生の下にくねくねと蚯蚓の眠り
清水の舞台ににぎわう旅人の人垣分けて線香
作 品 一 中村 哲也
日に月に増ゆ 佐藤 初雄 ☆
空の月を見ている 江波戸愛子 ☆
加齢という大き流れに我が体躯劣化の箇所が
ボン玉飛ばす 関口みよ子 ☆
夜の更けにようやくちちを寝かしつけ雲なき
の葉ごと持ち行く 林 美智子 ☆
児が三人頬ふくらませ満開の桜の土手にシャ
福島の旅 岩渕 綾子
蝶の卵探す宿題あると言い孫はブロッコリー
で叫ぶ 糸賀 浩子 ☆
五月三日息子二人に付き添はれ子の発案にて
韻を楽しむ真央は 高橋 燿子 ☆
退院の朝の筑波を拝しつつ助かりましたと心
せ合ふ 立谷 正男
銀だことサーティワンのアイス食べ映画の余
「かあさんの歌」 倉浪 ゆみ
里山の淡き菫の立ち姿ひとかたまりに花を寄
くる慰安婦問題 大滝 詔子
園児らのはじける歌声きこえくる母の日近し
苛立ちと遣り切れなさと空しさの湧き上がり
作 品 二 吉田 綾子
たる鍵盤の上 ブレイクあずさ ☆
き実のつく 永光 徳子 ☆
手が熱を持たぬ日うれしいつまでも駆け回り
ひさる 斎藤 陽子 庭先の古木となれる梅の木に今年目覚まし青
このままずっと 川俣美治子 ☆
被災して更地広がる故郷に緬羊四五頭放し飼
の堰 木村 宏 ☆
どこ見ても緑が続くこの季節歩いてみようか
てを超えて伸びゆく 中村 哲也
鴬の初鳴きに耳すましおり芹の伸びたる小川
び顔出す 川上美智子 ☆
直ぐに立つメセタコイアは向かひあふ三階建
業務の如く 山本 三男 ☆
土の中に拳を握り待ちたるか早春の野にわら
が出て地下茎のびる 吉田佐好子 ☆
サボテンに凝るこの頃は栽培の記録付けおり
卯の花濡らす 本郷 歌子 ☆
裏山にいつしか捨てたジャガイモの皮から芽
朝よりの雨は音無く降り続き包み込むように
作 品 三 永田 夫佐
七月号 十首選
らぐ夕べ 橋本佳代子 七月号 十首選
55
七月号作品三欄評
水谷慶一朗
とリズムで詠み上げている。
☆
気が付けば髪かきむしりわが居たりこ
の年になり癖の直らず 山本三男
殊に中国系の旅行者の諍う様な甲高い早
口会話と無分別行動に唖然だが、日本国
で日本女性が恐怖的危機感を抱くのも解
かる。東京も大阪も隔たりはない。
本さしてゆきたり 佐々木せい子
人の癖はそれぞれ。かきむしる程の髪
がお有りの様で、若し禿頭だったら癖は
直ったか?そんな展開を思いみて愉快な
☆
白冴えるうつぎの花は盛りにて初夏の
一首。二句以下「髪かきむしる吾の癖こ
新芽を出さない黄楊の老木に起死回生
の薬液を植木屋が注入したと言う。二句
初啼きのうぐいすの声す里山は耕運機
うから「注液三本さしてゆきたり」に。
☆
うつぎは何処にでもある馴染みの樹木
である。冴々とした白花に注目した処。
の歳になり直ることなし」では。
老木の黄楊に新芽出ず植木屋は注射三
三句「盛りいて」に。五句の「誘う」は
庭に光を誘う 本郷歌子
不確実。
「散らす」の方がまだ確か。又「ひ
生命のたくましきかな 植松千恵子
五百ccの点滴のみで生きられる人の 「黄楊は芽吹かず」でよい。下句の具体
表現がいい。注射はアンプル封入液だろ
かり散りぼう」でもよいか。
意識混濁の重篤状態から蘇った母上の
点滴でつなぐ生命力。結句「かな」の止
☆
同僚が突然辞めて人手無くシフトの調
整に気の重くなる 山口めぐみ
4
4
☆
鳴り活気付きおり 川上美智子
4
め方は弱い。下句「人の生命はいたく逞
4
になろうか。「鳴り」では不可。
里 山 は 」「 耕 運 機 の 音 に 活 気 付 き た り 」
4
し」で切実感が増すと思うが。
山椒の小さき花の咲きいでて今年も揚
人手の少ない職場での欠員は、会社に
も同僚にも影響は大。人には適材適所が
あるから、その見極めに会社も躍起にな
羽蝶の寄りくる季節 卯嶋貴子
春に向かう里山の状景ながら描写4不4足4
である。上句「初啼きのうぐいすを聞く
りシフト調整をする。作者はその渦中で
☆
鶯の初鳴きに耳すましおり芹の伸びた
る小川のい堰
木村 宏
せき
写と位置関係を示す事が出来る。
る。「 小 川 の 堰 堤 」 ま で 言 え ば 正 確 に 描
せき てい
「 小 川 の 堰 」 だ け で は 水 中 の 堰 か 水 門
堰を示すのか、作者の位置が不明確であ
旅行者多き銀座に 大塚雅子
☆
作者の危機感は言葉の壁だけでない。
母国語しか話せぬ危機感覚えたり海外
季節」で歌柄が広くなる。
咲きいでて今年も庭に揚羽蝶の寄りくる
☆
気を重くしている。端的に心情を伝えて
4
揚羽蝶は山椒の花を好むのか下句の捉
え処がいい。小さきは不要。「山椒の花
4
いい歌。五句「気の重くいる」では。
☆
鉢植えの巾着草は個性的おもちゃのよ
うな花色かたち 吉田佐好子
和名の鉢花で円いキンチャクのような
形の珍しい南米原産の花とか。その形の
珍しさと彩色への関心を作者特有の感性
56
七月号作品三欄評
大山 敏夫
生きようとする様に共感する。
している。気負うことは無いが、努めて
仮設を出て新しい生活が始動したと聞
いているが、希望をもって前進したいと
こころ広がる 村上美江
天井の高さと畳の新しきかをりを胸に
いう思いが「天井の高さ」や「新しきか
商いは日々の天気が重要といつも気に
する天気予報を 永野雅子
「 咲 い て い れ ば き れ い だ ろ う ね 」 と 夫
をり」に託されている。
出る。天気予報とスポーツばかり、と云
が指すバラの名札に女優の名前
☆
この街で学んで遊んだ覚えあり懐かし
仕事に取り組む姿勢が、親の時代から
の教えを大切にしながらの日々ににじみ
われるテレビ番組だけど、それだけ需要
山口満子
☆
き御茶ノ水をバスに過ぎ行く
が多いのだろう。
本郷歌子
だったのだろう。遊んだ覚えとは大人に
その名の記されていないところに空想
力が働き、歌を深くさせる。実際の言葉
あの聖橋辺りの学生街では若者が入り
乱 れ て い た。 作 者 も き っ と そ ん な 一 人
なって言える言葉。束の間のバスの窓か
天を指す無数の爪かと思ひ見る白木蓮
☆
らの風景のように、人の青春時代もあっ
の細き蕾は 中村哲也
☆
☆
と言い夫
"Hi!"
ごく普通に歌い、それでいて読者に響
いて来るものがある歌い方。
を出し春をくれたり 永光徳子
登山より戻り夫はザックよりタラの芽
をそのまま使って、活かしている。
この比喩は、何かこころの奥の叫びを
聴くようである。何故か痛々しい。
幾重にも山の向こうに赤い雲雨も上がっ
て明日は週末 川俣美治子 ☆
すれ違う見知らぬ人が
描写力も得て見事だ。
の国がまた好きになる
そういうお国柄なのかも知れない。下
の 句 が ス ト レ ー ト さ が 素 晴 し い。「 夫 の
ブレイクあずさ
☆
目にみえて色濃くなりぬ我が庭の窓よ
美しい夕焼けに、明日の晴天を信ずる
喜びの歌。こころの躍動感が、上の句の
という間というニュアンスが切ない。
☆
葉桜の脇に花咲く八重桜溢るる花びら
風に揺れおり 山口めぐみ
お子さんの晴れの入学式の背景に、桜
の状況が色濃く描写されて力強い自然詠
となっている。
☆
サボテンに凝るこの頃は栽培の記録付
けおり業務の如く 山本三男
りみゆる草木の緑 廣野恵子
抑圧の効いた写実の歌。上句の切り取
りがシャープで、下句の状態把握に呼応
さりげない日常を歌って男の哀感に満
ちている。定年後の日々を意義深く過ご
そうという意志が潜み、結句の「業務の
している。体言止めの結句が余韻を曳く。 おのろけだ。
国」が一層好きになるなんて、初々しい
如く」が現役時代の自分を呼び戻そうと
57
作品三
栃木 本 郷 歌 子
登り詰めて関東平野を一望す遥か彼方は空に溶けいて
関東平野の広がる先は海に続き海は更なる広がりを持つ
裏白の戦ぎに誘われ出でゆけば夕暮れの庭夏の風来る
群青のガラス器に盛りの紫陽花を活ければ涼しき風吹く心地す
一株の白き紫陽花ゆっくりと青とうす紅に分かれ色づく
長雨に大地の潤い満ち足りて枯れたと思いたる柿に芽の出づ
ひんやりと床の冷たさ伝わりて素足嬉しき夏は来たりぬ
掘り起こした土の中より甲虫の幼虫白く丸まりて出づ
東京 富 川 愛 子
潸潸を電子辞書に見つけたり梅雨前線ゐすわりてをり
文月に入れば紫陽花の碧萎えて二つ節より今朝は切りたり
俳画にて水瓜一切れ描しをり下手だねの言ひ今も忘れず
ラジオにて〈明日への言葉〉午前四時目覚めし折に神妙に聴く
艶のあるテノールの声響きゐて固き身体もほつれ始める
三十年余年英語に縁なく過ごしきて突如発奮ラジオに習ふ
茨城 吉 田 佐好子
☆
☆
日本橋川河口 豊海橋
58
作 品 三
長雨の肌寒い時期やり過ごし体温以上の外気にさらす
先週は洗濯物が干せずいて今朝はまとめてシーツを洗う
降るときは土砂災害を起こすほど降らねば夏の水不足あり
実際に政治家が決めるわけでなし官僚の決める国の方針
ちび犬に注射する医師傍らで上手にあやす動物看護師
愛嬌を振りまき必死に生きるのは小動物の本能なりき
東京 鈴 木 やよい ビニール傘を伝ひて落つる滴見つつなかなか来ぬバスぼんやりと待つ
あをこ覆ふ池に落ちくる雨粒は波紋も見せず吸ひ込まれゆく
部屋干しの洗濯なんとかしたけれど週間予報に晴れマーク無し
気付かずに収穫遅れた大き胡瓜めうがと合はせ浅漬にする
梅雨晴の畑の土は黒々と踏み入れる足柔らかく沈む
ロープ隔て隣の区画に育つ西瓜我がことのやうに楽しみて覗く
植ゑたるは誰か向日葵高く伸び辺りの畑を守るがごとし
埼玉 山 口 めぐみ ☆ 梅雨の夜半布団の上の二の腕が冷たくなりているに目覚めぬ
寝不足で読書の途中にうたた寝し栞はさめず頁の狂う
凍らせたペットボトルの水滴を思わず首に当てる暑さに
二三日前の予報は雨マーク誰のお陰か晴天となる
週五日パートで働く我にとり飛び石二日の休みのうれし
59
大学の費用に消えるボーナスは貰った様な貰わぬ様な
茨城 豊 田 伸 一
百玉のボタンの花の見ごたえのひとときにしてはかなく散りぬ
台風が襲い来る予報に夜の更けをすべなく静かに茶すすり待つ
陽気良し花盛りにて気は晴れぬ未だ病いのあけやらねども
病いの身に減量ならず太りゆく運動不足の悪循環に
はためきて春の風吹く道の駅色とりどりの新苗並ぶ
高知 松 中 賀 代
このごろは早乙女見えず田植機を垢抜けしたる男性の操る
田植えする今の風景は乗用の田植機使いさらさらと終る
一日に一反の田を手植えして一人前と昔言われき
むし暑き梅雨の晴れ間に取り出す夏座布団に夏用の夜具
たたみ一枚程の田に早苗うえ労をいとわず田を捨てぬ人
さがしても麦藁帽を売る店なし古きを被りカラス追うわれ
乗り換える駅の階段あがる時大凡わかる今日の体調
夏草は所嫌わず伸び放題いつ降り止むか今年の梅雨は
☆
☆
長崎 池 田 久 代 「さなぶり」は方言とばかり思ひたるに電子辞書開き古言と知りぬ
さみどりの稲穂そよぐを眺めつつさなぶりまんぢゆう笑みていただく
一面の田植終るを見てをれば水無月の風頬を撫で行く
60
作 品 三
白雲の間に見ゆる青い空水無月の日の燦々と照る
梢の先一際赤く艶やかな若葉の伸びて花かと紛ふ
義妹よりみやげに貰ひたる味噌せんべい香ばしき味止められず食ぶ
☆
静岡 植 松 千恵子 梅雨寒に肌掛けしつかり引き寄せる昨夜の暑さとの違ひ思ひて
片付けを雨の日にやるは湿気呼ぶとわかつてをれど心急きをり
憧れの森に佇む奈良ホテル鹿あちこちで草を食みをり
売店に鹿の角製の杖のあり長寿を守る意味を記して
中宮寺本尊菩薩を間近にてしみじみ眺む尊き姿
教科書に掲載なつかし法隆寺百済観音夢殿エンタシス
どうかなと母の容態気にしつつ旅先の奈良に落ちつかずをり
寝かされて立てなくなりたる母励むリハビリやれば元に戻ると
茨城 乾 義 江
刺厭い隅に植えたるくれないの大輪の薔薇の次々と咲く
アイパッドにラジオ体操の動画ありて続ける意志のたちまち崩る
一人居の季節の野菜プランターに程よく取れて我が食満たす
捥ぎたての茄子や胡瓜は瑞々しく糠漬けにして食欲の増す
運転の講習の折り認知症検査受けつつ心傷つく
紅生姜の梅酢作らんと思いたち二キロの梅と紫蘇を買い来る
携帯の僅かな文字の遣り取りの会話なれども心満たさる
61
救援を求むる生徒の記録ノートになんと無慈悲な教師の答
岩手 村 上 美 江 湾口より満ち来る潮は対岸の山の緑を揺らして進む
突き抜ける風は玄関の朝顔の薄地の暖簾を巻き上げている
今やると思へば先に口出されやる気の失せて溜息が出る
雨少なき今年の梅雨はカラカラで水を撒き撒き草取りをする
〆切日油断をしていて十五日切羽つまりて山を眺める
早朝の太平洋より迫り来る活きてる海の白き波頭
歌一つ浮かばずに見る太平洋犬連れる人に挨拶をして
☆
岩手 斎 藤 陽 子 学校に職場に畑にみな出かけせはしき朝の二時間過ぐる
レギュラーになれぬ試合に行く孫にがんばつて来いとおにぎり三つ
幼児の虐待さるるニュース見つ我家のつばめの子育て見事
軒下のつばめはせつせとひな育て五羽飛びたてり夏雲の空
いぢめられ命絶つといふ中学生教育長は涙も見せず
岩手 佐々木 せい子
亡き母が好みし壺に色を増す紫陽花活けて窓辺に飾る
ありし日の夫歌いたるテープ聴くやはり御箱の「赤いハンカチ」
菩提寺の屋根の傍に松の枝みどり色濃く映えてのびゆく
わが身体の冷えたる足腰いたわりつつ籠りておれば友案じ呉る
62
作 品 三
土日にはほかほか匂うロールパン慣れたる手付きで娘の焼きくれる
百合の花くちなしの花匂う庭佇む吾にハチ襲いくる
老木の黄楊いたわれば吹き返す新芽生き生き伸びてきたりぬ
福島 中 山 綾 華
吾妻嶺の裾野行き交う選挙カー我一番と声混じり合う
開票待つ候補者当確出たるらし声も体も倍に伸ばして
宿泊の海外の人と話したくアイムカリンと五歳女児の声
茨城 小 林 勝 子
我が家の前に林のあるころに三光鳥の飛来のありき
その後には一度も声なし姿見ざりしが何年ぶりかに今日庭を飛ぶ
鳴き声を聞けなくなりてはや数年今日はたしかにホイホイと聞く
東京 大 塚 雅 子
まとわりつく暑さを払い除けながら速度を上げて走る夏の夜
☆
☆
☆
☆
カーテン越しの真っ赤な空に家事を止めベランダに出て夕陽を眺める
東京 永 野 雅 子
公会堂で初めて観たり新舞踊仕草が粋でいなせに踊る
浪曲の節に合わせる男踊り衿を持つ手がきりりと動く
客席は暗くて様子が解らねどロビーで出会うは年配ばかり
安売りの店に一歩立ち入りて品数の多さに圧倒されたり
病院で仲良くなりし看護師が移動で居らず楽しみが減る
63
高知 川 上 美智子
花開きふわりと葉先覆われて薄紅に染まる合歓の木
夕やけの空の赤さが移ろいてゆくを窓から暫し眺める
真紅とはこの花の色か一斉にサンパラソルの花の咲きつぐ
時折に電話を交わす古き友顔合わさずも我が胸に居り
ランチにも日本に産まれ幸せと異国の難民思いて嘆く
宮城 中 村 哲 也
手をひらくやうに楓葉育ちゐて茂れば徐々に枝の垂れ行く
月曜の朝のベンチに坐りゐる大き男の深き溜息
土の上に双葉出づればまづ一つ事成し得たるやうな嬉しさ
折からの雨は夜明けの頃に止み木々に籠れる鳥の騒がし
イ
タ
リ
ア
炊き立てのめし食み終へて碗底の釉の溜りの緑に見入る
休日の遅き朝餉に伊太利亜の白磁の皿は日を返しをり
蒸し暑き梅雨の晴れ間の夕暮れに今年初めて蝉の声聴く
切り立てるコンクリートの擁壁の見えぬ隙間に草湧き出づる
☆
埼玉 星 敬 子 夏椿落ちて華やぐ地の面東林院の一夜の宴
白衣着て同行二人札所めぐり出合ひがありて袈裟を購ふ
梅雨晴のクヌギ通りに紫陽花が色鮮やかに咲き揃ひをり
暑き日に源平池の橋の脇座禅を組みゐる中国の女人
64
作 品 三
茨城 木 村 宏
ひなげしのうすき花びら揺らぎいる小貝川のほとり妻偲びゆく
ルビー色に枝に熟れたるサクランボ山形盆地に今年も豊か
眼科医の待合室で老婦人二人で語る在りし日の夫君
夜明けから一羽のカラスごみ袋裂きいて追えどすぐ戻り来る
黄昏れの白粉花咲く庭に出てその香の中に暫く憩う
☆
☆
神奈川 大 野 茜 水色の矢車草は母の花庭一面に咲きし日ありき
去年の秋に球根植ゑたるフリージア厳冬を耐へ莟ふくらむ
昇進の祝ひと賜はる夫婦茶碗幾年幾杯茶を注ぎしか
翡翠の枝より餌へのジャンプ待ちシャッターの音一斉に鳴る
勝浦の遠見岬神社の雛祭高き石段余さず並ぶ
栃木 川 俣 美治子
庭のすみ雨に打たれるあじさいの紫を見て花言葉思う
通い慣れたこの道通るもあとわずか思い出される四季の移ろい
おはようの言葉で始まる毎日に夫婦で気づく小さなしあわせ
窓辺にはてるてる坊主外は雨笑った顔が少し悲しい
太陽が我がもの顔に日射し放つ梅雨明け前の雨のあいだに
夏という言葉を聞けば思い出すこどもの頃のこころ躍る時
日曜はいつもと違う大きめのグラスにゆっくりアイスティー飲む
65
あり一匹大きな虫を運び行く先を見てをり額に汗して
東京 廣 野 恵 子
梅雨の庭白き葉めだつ半夏生暦どおりに長雨つづく
冬の日は家に入れたるマンダリンつるもいきいき六つの蕾
この夏は天候不順ぎみながら時期くれば咲く花は見事に
久し振りに開きたる名簿の友の名に思いおこさる笑顔と声と
もしもしとおそるおそるの呼びかけにあっ恵子さんと返る声うれし
日々を介護看病におわれし時去りて健康のありがたき夏
東京 山 口 満 子
入院し居間に夫の姿なくローソファーを広く感じる
「見舞いではなく誕生祝い」と病室へ義母はチーズケーキ手渡す
窓の外の黒い雨雲を指さして夫が促す帰宅の頃合
愛知 鵜 崎 芳 子
二年ぶりの小旅行にて名古屋駅のざわめきを楽しみ発車時間待つ
新幹線の車中富士山見えるかの期待に突然雲の上に見ゆ
クレマチスの丘に広がりとりどりの色の花花咲きほこりいる
梅雨時の紫陽花あざやかに咲き沈む心をひきたててくる
☆
☆
☆
奈良 片 本 はじめ 足痛め一月ぶりの礼拝に牧師は握手で迎へくれたり
礼拝にただゐるだけで心身がほぐれ時には涙の流る
66
作 品 三
クリスチャンなれど地蔵を見かければ必ず黙礼する我をかし
お地蔵の赤きアテコに宗教を超え幼らの冥福の文字
ベッドにて夜汽車の音を聞くたびに幼き昔のD51偲ぶ
毎朝の君のメールに目覚めたり着信音の賛美歌流れ
茨城 篠 本 正
淡黄のみょうがを摘みてそを刻みそうめんの薬味とす妻との夕餉
カレンダーに記したる日程無事こなし風呂に入りて疲れをいやす
あさ夕に利根川の橋二往復す高校に通う女孫の送迎
稲妻と同時にとどろく雷鳴にわれ驚きて風呂を飛び出づ
コンビニのレジに置きある募金箱に時どき入れる弁当のつり
犬を食う国あることを聞きながらわが罪のごとく愛犬を見つ
人の見上ぐるホームセンターの中零戦を思わせて飛ぶ鬼蜻蜒一つ
長崎 野 口 千寿子
梅雨晴れ間に体操服の小学生田植え体験無事に終りぬ
田植え済み青鷺の立つ畦道に稔りを願い媼佇む
☆
☆
東京 松 本 英 夫 ベランダのナスタチウムの水玉にわが家の小き平和のうつる
初夏にりんごを摘果する農家選択と集中はおてのものらし
かばん持つサラリーマンは店先のうすしほさけかま買ひ求めたり
若き日のギターを出しカチューシャを弾けばしのばるダークダックス
(☆印は新仮名遣い希望者です)
67
様々に歌われている。生を受け数々の出会い
を重ね、そして別れがある。長いようで頗る
短い人の一生。そんな時間の流れをぼんやり
筋梗塞によって他界されたとある。
日(第三日曜日)
時開会(受付は9時 分開 始)
月
第五十四回冬雷大会ご案内
午前
日時 ト・互選葉書の送付時に添付致します。
宿泊希望者は直接予約を(大会参加者
は割引が受けられますが、早めの予約
をお願い致します)
◎会場へのアクセス等は、全詠草プリン
あなたにインタビュー
小久保美津子 大塚亮子 高田光
詠草批評 第
( 一部 )
大 塚 亮 子 高 松 美 智 子 山 口 嵩
山﨑英子 司会/赤羽佳年
( 二部 )
第
兼目 久 酒向陸江 高橋説子
橘美千代 司会/水谷慶一朗
費用
昼食代 一五〇〇円
六〇〇〇円
会食代
(懇親会参加者)
会場 ホテルルートイン東京東陽町
地下鉄東西線
◎
東陽町駅2番出口より徒歩2分
18
■竹内由枝著『桃の坂』を読む
大山 敏夫
日記には書けないことがありまして愚直
胸の中に湧き出る言葉が、何かの弾みに溢
れ零れ出て響きあう。
30
考 え る よ う な 時 も あ ろ う。『 桃 の 坂 』 は、 そ
ういう場所のような気がする。
の杖を振り回しゐる
教師たりしかの日の母はもうゐない魔法
までの三九九首を収める。題名は、
歯車の狂ひ出したる母なりや雨の日花に
「りとむ」所属の竹内由枝氏の、『真夜発光
す』に次ぐ第二歌集。二〇〇五年から十四年
うらうらにくれなゐにほふ桃の坂たれか
水やつてゐる
月しいんと貼りつく を送り誰かを待ちゐき
から選んだとある。これは著者の原風景、穏
やかな故郷の空の下のイメージであろう。
母たけ子さんを歌う悲しい歌。認知症がひ
どくなって施設に入所するのだが、すぐに心
徘徊する母追ふ父を吾が追ふ 夜空に半
春の水たゆたひながら橋くぐるふるさと
月光がしんしんと降るふるさとにたうも
の川は昔のままに
ろこしが夜毎ふとれり
に白し冬の水仙
口下手はなかなか嘘がつけなくてふうん
夕風にダチュラの花の立つる声内緒話に
て
耳伸びてゆく
ふうんと鳩が頷く
にで
チューリップひとつふたつと咲きはじめ
たはやすく自分に嘘がつけなくて掌
竹内氏は元冬雷会員斎藤たけ子さんのご息
女である。たけ子さんとは毛呂山支部たち上
朝顔の針のやうなるその莟色を差しつつ
素直になれぬ吾も明るむ
げの時から一緒になり、 学びあった間柄なの
ふくらんでゆく
こぼこの胡桃ころがす
こうして自身の心と対きあう歌が多い。
でよく 存 じ 上 げ て い る 。
(ながらみ書房刊)
こ の 歌 集 に は 身 近 な 人 と の 別 れ が 多 く、
1010
68
る。今年は久しぶりに大船渡から
▽早いもので冬雷大会が迫ってい
い る。 そ れ は 今 後 も 続 く と 思 う。 感じております。
を残す作品も一部には掲載されて
於いては各々違い、その結果疑問
られてきた気がする。でも細部に
雷には「し」の誤用の氾濫は抑え
が共通して『四斗樽』を尊び、冬
い人も冬雷という絆で立派に結ば
て、「 拘 っ て み よ う じ ゃ な い か 」 業として、先生を知る人も知らな
つまりは「完璧に正せ」じゃなく
れていることを全員が認め喜びを
い、皆様の力が確認出来誇らしく
▽平明ながら無駄のない作品が揃
いことです。
るとのこと伺いました。ありがた
▽他社からの希望の申し込みもあ
匿名一
佐藤初雄 大滝詔子 永田夫佐
▽寄附御礼
いたします。 (小林芳枝)
盛り上げて下さいますようお願い
切が近づいています。全員参加で
▽大会の歌、合同歌集の互選の締
が涼しくなってくるようです。
編 集
後 記
の参加の予定もあるという。有難
という態度なのである。
て、これも反響の一つかなと思い
は太田先生を偲ぶ歌が多くあっ
が、今月の川又幸子さんの一連に
人』の中にも種々見つかっている。 二歩も譲りましょう。
けしている。合同歌集『冬雷の
▽誤植が無くならずご迷惑をおか
う方は、編集室宛にどうぞ。
す。どうぞ熱中症にだけはなりま
▽今年の暑さには恐怖を覚えま
1行目 最中→背中
18
▽木島先生生誕百年のお祝いの事
いことである。
▽会員の皆様にも、それぞれのお
再確認しておいでと思います。ご
な が ら 読 ん だ。『 四 斗 樽 』 は 結 論
お会い致しましょう。(川又幸子)
誌上に訂正し、お詫びしたい。 ▽台風も次々大きなものが発生し
(大山敏夫) ております。どうぞ御自愛してお
▽合同歌集『冬雷の113人』大 過ごし下さいませ。元気に大会で
首は天野克彦氏の「お
▽誤植訂正 8月号 頁 行目 季→李
8月号 頁 中段
▽去年の大会で、過去回想の助動
考 え は あ ろ う。 自 分 に と っ て の
詞「し」の誤用についてが質問さ
れたのをきっかけに、太田行蔵先
を押しつけて来る書ではなく、こ
変立派に出来上がりました。この
▽今月の
同慶に存じます。
う、という態度だと思う。木島茂
く の 旅・ 断 簡 」。 芭 蕉 の 足 跡 を 辿
す。読んでいると猛暑を忘れ、心
冬雷本部例会のご案内
生の『四斗樽』を全文掲載をした 「 し 」 の 問 題 を 述 べ て み た い と い
夫 先 生 も、『 四 斗 樽 』 以 後 ず っ と
様な大冊の刊行は緊張の連続でも
る一人旅の歌です。しっとりとし
せんよう。お日様にだけは一歩も
この問題に取り組み自分の歌集に
あります。編集長はじめ写真の関
た風情のある作品になっていま
みずから導き出した結論を胸に歌
思います。
79 69
9 月 27 日( 第4日曜日 )第4研修室
*今月から、会場が変更になります。
間違わないようにお願いします。
ゆりかもめ「 豊洲 」駅前
豊洲シビックセンター
*八階になります。
んな問題があるんだから考えよ
まで『死と足る』を選んだ。
んには改めて御礼申し上げたいと
▽ そ し て 門 弟 で あ る わ た し 達 も、 口さん他、関わって下さった皆さ
を作ってきたのである。選者三名
編集後記
30
113
≲冬雷規定≳
て必ず同じ歌稿を二通、及び返信先を表
の下に☆印を記入する。 一、無料で添削に応ずる。一通を返信用とし
一、会員は本会主催の諸会合に参加出来る。
記した封筒に切手を貼り同封する。原則
一、会費を納入すれば誰でも会員になれる。
一、月刊誌「冬雷」を発行する。会員は「冬
として一週間以内に戻すことに努めてい
るが、選者によっては戻りが遅れること
雷」に作品および文章を投稿できる。た
し、六か月以上前納とする。ただし途中
るようにする。選者間の打合せに時間が
実際の締切日より二、三日早めに到着す
しないことを方針とする。 一、各所属の担当選者以外に歌稿を送る方は
もある。特に作品一欄は基本的に添削を
普通会員(作品三欄所属) 紙が二枚以上になる時は必ず右肩を綴じ
して希望する選者宛に直送する。原稿用
型を使用し、何月号、所属作品欄を明記
る。 原 稿 用 紙 は
一、歌稿は月一回未発表十二首まで投稿でき
≲投稿規定≳
判二百字詰めタテ
きいデータは、それが何か解るようにタ
のメールでも送信可能だが、文章等の大
場合は通常のメール本文又はケータイで
色を付けたりしないこと。分量の少ない
に 分 断 し た り、 余 分 な 番 号 を 付 け た り、
こと。頭を一字分空けたり、一首を二行
首ずつベタ打ちにして、行間も空けない
ご相談に応ずる。その場合は、白地に一
ウイルス対策は各自に於いて厳守する。
発 行 所 冬 雷 短 歌 会
135-0061 東京都江東区豊洲 5-3-5-417 TEL・FAX 03-3536-0321
頒 価 500 円 振替 00140-8-92027
ホームページ http://www.tourai.jp
だし取捨は編集部一任のこと。
一、会費は月額(購読料を含む)次の通りと
作品二欄所属会員 千二百円
かかるので厳守のこと。
∧ メールでの投稿案内∨
ること。締切りは十五日、発表は翌々月
B
5
三欄」の所属とする。 一、表記は自由とするが新仮名希望者は氏名
イトルと「拡張子」を付けて添付する。
号とする。新会員、再入会の方は「作品
し て い る( ご 連 絡 下 さ い )。 他 の 選 者 も
一、電子メールによる投稿は編集室にて対応
E
退会された場合の会費は返金しない。
千円
作品一欄所属会員 千五百円
維持会員(二部購入分含む)二千円
購読会員 五百円
会費は原則として振替にて納入すること。
D C B A
E
《選者住所》 大山敏夫 350-1142 川越市藤間 540-2-207 TEL 090-2565-2263
川又幸子 135-0061 江東区豊洲 5-3-5-417 TEL 03-3536-0321
小林芳枝 125-0063 葛飾区白鳥 4-15-9-409 TEL 03-3604-3655 2015 年9月1日発行
発 行 人 川又 幸子
編 集 人 大山 敏夫
データ制作 冬 雷 編 集 室 印刷・製本 ㈱ ローヤル企画