二〇一五年十二月一日発行(毎月一回一日発行) 第五十四巻第十二号 (通巻六四六号) 2015 年・12 月号 首 (金木犀)……………………………正田フミヱ… 十月集十首選………………………………………林美智子… 十月号十首選……………………………哲也・綾子・夫佐… 十月号作品三評……………………水谷慶一朗・関口正道… 歌集・歌書御礼…………………………………(編集室)… 表紙絵《唐辛子》嶋田正之 / 作品欄写真 関口正道 / 題字 田口白汀 67 54 53 52 52 40 24 15 14 12 11 56 42 26 16 1 十二月号 目次 冬雷集………………………………………川又幸子他… 十二月集…………………………………高松美智子他… 作品一………………………………………堀口寬子他… 作品二………………………………………大滝詔子他… 作品三……………………………………吉田佐好子他… カナダ 短歌 (うりずん)………………………大滝詔子… 詩歌の紹介 〈『故郷の道』より〉…………………立谷正男… 十月号作品二評……………………桜井美保子・中村晴美… 十月号作品一評……………………冨田眞紀恵・嶋田正之… 十月集評……………………………………………赤羽佳年… 十月号冬雷集評……………………………………小林芳枝… 今月の 30 to お知らせ 冬雷短歌会は、二〇一六年一月号より発行所が 左記に変更になります。また新事務局を設けて 責任者を定めました。 詳細は次号になりますが、新会則の執行、会 則の一部変更もあります。会員の皆様には、変 わらぬご協力をお願いします。 89 21 〈 発行所 〉 247 1789 - 2565 2263 三五〇 一一四二 川越市藤間五四〇︱二︱二〇七 〒 (代表) 大山 敏夫 ☎ 049 ケイタイ090 〈 事務局 〉 一二五 〇〇六三 葛飾区白鳥 四 十 - -五 九 - 四 - 〇九 〒 小林 芳枝 ( 副代表兼務 ) - 604 3 - 655 ☎ 03 3 冬 雷 集 冬雷集 東京 川 又 幸 子 むら雲にひそみて動く望月を丑三つどきといふ窓に見る 月と地球の距離が最も近づくをスーパームーンとぞ親しみのなし ベランダの手摺りの影の濃くなりて十六夜の月高くめぐり来 電話にて今ある月を語らひし二人の一人亡き数に入る ほつほつに萩の開けばシルバーカー押して近寄る生きてわが秋 終ひたる蒲焼の補給しておかむカタログ開き小ぶりを探す うなぎ好きのお人を知れば郵パックに送り申さむかなど思ひつく 食ひものの歌思ひをれば日の変るあしたのために今は眠らむ 足枕いつしか外れははそはに抱かれゐし生前の姿に眠る 黄花コスモスもチョコレート色のコスモスも大写しさる足なへわれに 東京 小 林 芳 枝 メロンパン専門店といふ店ができてアーケードに甘き香こもる 魚屋の一軒もなき商店街抜けて駅前のスーパーに入る あをいろのビニールの中の氷水のぞけば光る今年の秋刀魚 泳ぐ力まだあるやうな眼して水のなかよりかほ突き出せり 迷ふことなく引きあげて三陸の秋刀魚一尾をわがものとせり 長野市松代 真田邸 1 たつぷりと秋の大根卸しをりご飯の炊けるかをりのなかで チルドルームに残りてゐたる缶ビール開ければたのし一人の食も わた 内臓も小骨も食べし祖母にして皿にうつくしく骨残したり 祖母の歳目前にしてわが残す腸といふ名の秋刀魚の臓腑 神奈川 浦 山 きみ子 冴えざえと月影寝間の窓に差し蒼き光の身にしむごとし 一人旅へ思ひ深めてゆく夫か膝の時刻表時かけて繰る 太き腹動かし乍ら朝空に鴉大きく鳴き声放つ 親しみて来し友なれば久々の電話の声をときめきて聞く 自転車に乗る自信いまだ失なはずされど危ぶむ夫ゐて乗らず 若かりし頃より時代小説を読む楽しみを未だ保てる そそくさと文字書く癖の納まらずそを消して叉書き直しをり この秋の旅は北陸方面かたのしき旅を想ひつつ聞く 月々に集ふ歌会に馴染みゐて年経ることの有難さ知る 東京 近 藤 未希子 六月一日妹愛子入院す以前手術をしたる病院なりき 会はせたき人があつたら会はせよと言はれたと息子良助のいふ 何処がそんなに悪いのか姉の車に乗り合ひて行く 眠りゐる愛子に声をかければ眼を開けてわが手を握るしつかりにぎる 家に帰つたら何が食べたいか「家のまんまが食べたい」と言ふ 2 冬 雷 集 六月十五日愛子は退院となる病名は膀胱癌と言ふ 退院後は家族にて見守ることとなりわれもしばしば五時起きとなる 大阪 水 谷 慶一朗 季語のやうに言はれつづけし開戦の十二月八日も淡くなりたり 志願して征きにし従軍看護婦の君の消息いまだ分らず 海底に七十年あり戦艦の「大和」は艦橋を魚礁となして 断捨離はたは易からず心底に衣食にこと欠きし時代を識れば 高層ビルの僅かの間に嵌め込まれ真紅の太陽まどかに沈む 大粒の種なしピオーネ喰ひをれば稀に一粒の種を噛みたり 一つまみは指先三ぼん少々は指二ほんにつまむ料理の調味料 学童らが田植ゑ体験したる田に真つ直ぐ青き稲穂出揃ふ ベランダに転がり果てたる油蝉は雀くるまですがたを保つ 雀らに喰ひちぎられたる蝉がらの翅の一つが吹かれゆきたり 東京 白 川 道 子 昨日の声まだ耳にあり姉上の訃報が届く熱暑の朝に 華やかな蘭に囲まれ笑む遺影わが贈りたるブラウスを着て 弟妹五人何年ぶりの顔合はせ世話になりたる想ひこもごも 生前の姉の言葉に従ひて戒名はなし賛美歌唄ふ 霧雨に暑さ和らぎささやかな家族葬にて姉を見送る つり革に掴まりながら夜の電車寂しさどつと背中を被ふ 3 いつの日か姉より届きたる写メールと同じ満月見あげてゐます 神奈川 桜 井 美保子 点滴が終りさうとナース呼ぶ術後のわれに今できること 起床時刻に灯りが点くを待ちてをり六人部屋の朝はこれから テレビカード二枚使ひ終るころ腕の痛みはやうやく和らぐ 眠れずに目を閉ぢてをり幾度かナースは深夜見回りに来る レンタルのパジャマうつすら糊ききてしやんと見えをり部屋の鏡に マテバシイのどんぐり数多落ちてゐる歩道を吹く風湿気のあらず 怪我したる左手うまく動かねど使へる右手にパソコンを打つ 帰り来てリビングの椅子に坐しをれば飾りくれたる百合がにほへり 福島 松 原 節 子 通販の名前は父のままとして長き梯子を注文したり 彼岸花早く咲き早く終りたり今夜の献立豚汁とする 彼岸より朝晩寒き日の続き風呂の温度を一度あげたり 無花果の甘露煮友たち持ちくるる赤ワイン煮が一番美味しい 我が家には無き薄紅の秋明菊散歩の途中母立ち止まる 十六夜の赤き大きな月移り早朝白きスーパームーン 台風のたびに雨漏りせし廊下今年は秋まで何事もなし 十月に入りて公園のあちこちに蛾の落ちてをり塵と拾ひ来 暦見て炬燵出す日を決める母どれだけゐるのか暦見る人 4 冬 雷 集 愛知 澤 木 洋 子 十分の休憩時間に回さるる飴缶にひとつ何色とろか 作り方をネットに検索試作すと子の持ちくるる栗渋皮煮 「いつつう」は一方通行さすらしく隣る女のスマホの声は 手古摺りて編み込む五色のやうやくと身ごろ彩る結晶図案 ごみ袋大中小の選択に拘り今朝も悩みゐるらし 黄金の棒状毛虫が一目散まるで急ぎの用あるやうに 近頃はテレビ画面に見かけぬと噂追ひつつコーヒー啜る 体調の不良や介護と欠席にひとこと添へて返信届く ふる里の神輿を担ぐ声を聞くあらうんよいよいあらうんとまかせ 食 東京 櫻 井 一 江 窓越しのひかりに黒き艶を見せメキシコ産のアボカド二つ 国内産びいきなれども今日買ふは脂のりたるノルウエー産の鮭 豆苗の青葉採取し残る根に若葉ほつほつ伸びてきたりぬ 製造は国内工場と明記せる酵母パン包装に期限確かむ 友からの鹿児島土産の黒豚みそキウリ生ハムレタスに挟む 近隣の姉様達に誘はれてイナゴ捕りしは小学生なりき 父出征祖父母叔父叔母同居せる食糧難時代の寂しき食卓 戦無き七十年の時を経て豊かなる食の卓を楽しむ 店頭にあふるる程の食材の並ぶ今世を驕らず居たし 5 東京 赤 間 洋 子 退職後の恩師が新たに立ち上ぐる展覧会に今年も参加 提出の期日迫りて仕方なく「いろは」の文字を藍染にする テーマ「書」の解釈は皆違ひをり三十八名の作品並ぶ 展示後の床にブルーシート敷き友の朗読皆で聴きたり 朗読のボランティア歴長き友聴衆を惹きつけ読み進みたり 不本意な我が作品に悩むこと無しとて励ましくるる人あり 我が作品気に入りたるといふ人の写真撮影許してしまふ 展覧会に参加する度古き友教へ子などが次々と来る 東京 森 藤 ふ み キルト展の帰りに来る植物園真昼の暑さに人ひとり居ず 深緑の木々の下道ただ静か聞えくるのは蝉の声のみ 夏の花を見かけぬ園と思ひつつ歩めば薊の立枯れてゐる ペットボトルに育てる稲の数本が短き穂のままわづか色づく 赤く腫れ喉ひりひりと痛み出し終り間際の医者にかけこむ 秋晴を惜しみつつも昼を寝る薬を飲めば眠気にかてず 処方薬五日分を飲み終へて喉の痛みと腫れは引きたり 展望塔に見下ろす町に三十年住みし団地の変らずに建つ 茨城 佐 野 智恵子 ためらひて電話も出来ぬ学友にいく年振りに電話してみる 6 冬 雷 集 佐野さんは昔と変らず喋れるね電話するのも考へこみぬ さうかしらと孤独の吾を反省す家族に頼れぬ淋しさ抱き 姪からの私の好きなだだちや豆忘れず今年も送られて来ぬ 東電の鉄塔解体見てをれば怖さ思はれ足が震ひぬ ゴミ捨てに外に出づれば蝉は背を土にはりつき乾いてをりぬ 夕闇に下より聞ゆ虫の音に熱さ忘れて心ひかるる すがたなき虫の音高く聞く耳に話題にすれど応ふるはなし 不快なる事の続きて無言での生活ますます不安の多し 身のめぐりあまりに大き災難が重なりて起き怖さますのみ 富山 冨 田 眞紀恵 寂しさに川の流れを見てあればとどまる事なきものの優しも 山裾は涼しさ招き秋まねきさやさや音に穂芒ゆるる 行間に言葉がかくれてゐる歌が良い作品だと思ふ時あり 老い深むわれには一番さびしかり晩夏と呼ばれる季のうつろひ これの世を去るまで私はどれだけの事が出来るかこの頃思ふ 本当の顔は知らない朝夕の鏡に写るをわが顔として 風邪ぎみの夜を白粥に梅干しを食して祖母が母が懐かし 外出の少なきわれは庭に咲く花にて季節を知らされてゐる 茨城 鮎 沢 喜 代 洪水が鬼怒川の堤防破壊して家や立木が流されてゆく 7 被災地の復興未だすすまねど再び雨の降りつづく秋 被災地を思ひつつ庭に出て見れば松虫の声あふるるごとし きのふ今日泣き出しさうな空模様秋晴れの空しみじみこひし 縁側に陽射しの届くよろこびも束の間にして空に黒雲 音たてて走る車が次つぎと風を起こして枯葉をはこぶ もうそこに冬が来てると云ふごとく風の冷たし日差しはあれど 薔薇の絵のエプロン着けて今日はをり重き心を浮き立たせむと 東京 池 亀 節 子 新築の街角のスーパーに気をとられ足もと見ずにいきなり転倒 転倒し他人が見てをり痛むのに苦笑ひしてそこを立ち去る 朝食がをはり即ち昼食の準備するなり食材あさる 薬をば飲んだか忘るること多く飲みたる証拠に殻残し置く 電話きて夏が過ぎたら会はむとぞ言ひし友より電話来らず 雑草の中より一つ抜きん出て彼岸花咲く狭き裏庭 買物に外出すれば直ぐ疲れひらたき石に憩ふやすらぎ ウイーウイー酒飲むやうな鳥の声鳴き声のみぞ木叢の中より 終りなき植木鉢の縁ぐるぐると懸命に歩む天道虫は 共食ひ 埼玉 嶋 田 正 之 カマキリが抱き合ふ形にもがきをり雄の頭は既に食はれて 共食ひは子孫を繋ぐ手立てなり眉を顰めて見るに能はず 8 冬 雷 集 春に生れ秋に死にゆく鈴虫のひたすらに鳴くひと日重たき 掠れ音も聞けずなりたる神無月残るはやはり雌の一匹 残りたる雌一匹が土に身を埋めるやうに静かに絶える ここに棲み半世紀なりみんなみに売り家の建ち視界苦しく 五十年前は南の視野広く西には遠く富士を望めし 万葉のひとの想ひに馳せて見るスーパームーンの永久の眩さ 職業を新聞記者と孫は決め内定式とぞ十月一日 就職が決まれば祖父の祝とてオーダーメードの背広一着 栃木 兼 目 久 五百ミリの雨に打たるる庭の木槿散らずに白き花咲かせゐる 去年の秋妻と作りたる切干大根ことし十月晩酌に食む トラクターの高き座席にゆつたりと坐りて畑の土を耕す 汗が出るぐらゐの体調が条幅を書くのにはよし筆を運ばす ほろ酔ひとなるぐらゐがほどよきと「酒飲微酔」の語句をかみしむ 硯石を念入りに洗ひ墨を磨るすり心地よく香り広ごる ポスティングスタッフ募集のチラシ受くポストにチラシを入れる仕事とぞ 三陸の塩蔵わかめの特売あり復興支援にと我も購ふ 東京 山 﨑 英 子 スカイツリー下方一帯火災かと驚き見入るしばしの間 忽ちにスカイツリーを越え高く今宵輝く仲秋の月 9 時折の膝の痛みを思ひつつプールに歩行くり返しをり プールへの道の木犀花終へて南天の実は少し色づく 年々に柚子あまた生る木を仰ぎ葉陰の青き実いくつ確かむ 粉のごとかそけき種より芽生えたるハーブの二葉いぢらしと見る 幾年を道路工事の進まざる囲のなかのつゆ草ひとむら 茎のびて未だ咲きつぐつゆ草の瑠璃の小花も小さくなりぬ 散歩道 東京 赤 羽 佳 年 ゆきずりの三度四度の面知りに会釈にすぎつ朝の散歩道 道歩き楽しむ朝に朝明けの位置の変化も具に見たり あか花の立葵咲く散歩道無限花序にて立ちあがりゆく 一ヶ月十万歩数の目標に通院の歩も含まれてをり 目標は低きにおきて無理をせず病院通ひに歩を稼ぎをり 銀杏の潰れにほへる道を来て朝の散歩の歩みをゆるむ ギーギーと鳴いてゐるのは尾長鳥今朝も桜の葉のなかに群る 四階の窓より見ゆる電線に尾を振る尾長けさも来てゐる 尾長の尾いつもきれいと見てをれば御礼のつもりか尾を振り立てり 埼玉 大 山 敏 夫 嫁姑の関係いたく良好か冬雷会員の歌をし読めば 義母の短歌を Word 文書に打ち呉れて折折楽しき誤変換ある 吉田さん 嫁が短歌に興味持つてゐると聞きしより十八年いまの高松美智子 高松さん 10 の を 映 し だ そ う と し て い る。「 う り ず ん 」 点を通して、沖縄の基地問題の根にあるも 新作のドキュメンタリー映画『沖縄うり ずんの雨』では、日米の両サイドからの視 た作品が多い。 た『映画日本国憲法』など日本を題材にし 識人十二人へのインタビューをもとに作っ ロ の 格 闘 を 描 い た『 老 人 と 海 』、 世 界 の 知 旅』、与那国島の老漁師と巨大カジキマグ 丸木夫婦を撮った『劫火・ヒロシマからの 督。原爆投下直後の惨状を描き続ける画家 日本在住二十年のジャン・ユンカーマン 氏は米国ミルウォーキー生まれの映画監 小高 賢 の手の上にいる普天間・辺野古 米軍関係者はこの七十年間に約三百五十万 意識が根強く残っている。沖縄に駐留した 争で勝ち取ったものは自由にしていいとの 二次大戦後、日本を占領した米国には、戦 米国はペリー来航の時からすでに、沖縄 (当時の琉球)の占領を目論んでいた。第 における性暴力の問題にもふれている。 を受けた元海兵隊員の証言、そして米軍内 件で実刑 女暴行事 沖縄の少 る。また 実像に迫 て沖縄の 像を交え 中心に、新たに発掘した米軍撮影の資料映 出された沖縄市民たちへのインタビューを 向き合った元米兵、元日本兵、戦闘に駆り 「沖縄戦」「占領」「凌辱」「明日へ」の四 部構成からなるこの映画では、同じ戦場で いう。 して、希望の意味も込められているのだと という言葉に、実りある季節の準備期間と 期 を 指 す。 ユ ン カ ー マ ン 氏 は「 う り ず ん 」 かさず官邸前のデモに参加していたとある。 よ る と、 小 高 氏 は 毎 週 金 曜 日、 ほ と ん ど 欠 冒 頭 の 歌 は 小 高 賢 遺 歌 集「 秋 の 茱 萸 坂 」 に収められている。『あとがきに代えて』に 日本と米国を拠点に活動を続けている。 です」と語るユンカーマン監督は、現在も ていくのかを問われているのは私たちなの して日本の市民です。その責任をどう負っ 縄の人々ではありません。米国の市民、そ 命から開放する責任を負っているのは、沖 くなったのです。沖縄を戦利品としての運 二つの文化が、狭い島に共存せざるを得な 化と、戦争を選ぶ米国の文化。対極にある を続けてきました。平和を求める沖縄の文 を拠点として朝鮮やベトナム、中東で戦争 として扱い、膨大な基地を建設し、それら 「沖縄の人々は一貫して戦争を拒絶して きました。しかし米軍は、沖縄を「戦利品」 しているだろうか。 我々も、どこまで沖縄のことを正しく把握 沖縄の実態は知らない。また日本人である 活環境は自国と同じで、フェンス外にある 「 うりずん」 の語源は「潤い初め(うるおいぞめ)」で、 冬の牡蠣にケチャップを振るアメリカ 大滝詔子 冬が終って大地が潤い、草木が芽吹く三月 人いるが、フェンスで囲われた基地内の生 参考資料 okinawa-urizun.com www.youtube.com/watch?v/AAx3ang2eQc 頃から、沖縄が梅雨に入る五月頃までの時 11 カナダ to 短歌 89 金木犀 正田フミヱ 訪問のリハビリ受けて意欲湧き姑は歩行器押して歩きぬ リハビリの効果か今朝の姑は手摺伝いにトイレに行けり 杖を突きふらつきあれど歩行する姑に介護少し和らぐ 送迎のリハビリ受けに通えれば少しずつ筋力高まると言う 骨折の身体を元に戻さんとさまざま試し一年になる 看護師の友は言うなり老衰の初めは圧迫骨折からと 朝食を食べられず吐く姑にリハビリの迎えの時刻迫り来る リハビリに行けぬと言いて吐き戻す独りで通う初めての朝 ☆ リハビリに通うは無理と言うわれを押さえて夫は吐く母を見る 吐く母に時計を見つつ時間だと夫が言えば起ちあがりたり リハビリの迎えの車に姑を乗せて頼みぬ理学療法に 三時間のリハビリ終えて帰りくる手にハンカチを握り締めつつ 週二回通うリハビリ無理なのか姑はその朝毎に吐く 通院のリハビリ慣れれば大丈夫筋力つけよとケアマネは告ぐ はやばやと香り漂う金木犀九月の庭に蝉のこえして 金木犀の花咲けば亡き父を思い出す大きな籠に茸いっぱい 金木犀の咲きいる庭に話しつつ笑顔輝く息子夫婦は 12 今月の 30 首 秋の庭に漂うかおり金木犀は小さな金の花の集まり かおりいる金木犀に佇みて力を抜いて深呼吸する 金木犀のかおれる夜に独りいて棘ある胸のうち反芻す 髭面でお袋などと呼ぶ息子われの子宮に戻したくなる 妻を庇う子の言訳を聞きながら電信柱にわれはなりゆく 訥訥と妻を庇いて話す子は家族を持ちて強くなりたり 花桃の実は桃の形に小振りなり食べられるかと問う人のおり 花桃の地に落ちている実を見れば美味そうなれども食べれば渋い 庭畑に南瓜転がり末枯れたる葉は縦横無尽の蔓を離れず 歌を詠む友の感覚それぞれに集いていれば嬉しくなりぬ 明日来るは不確かなれど信じつつ米を研ぎおり人には言わず 嫁ぎたるわれなれど父母の亡くなりてのち里の墓継承したり 彼岸入りに花供えたる墓に来て揚羽蝶飛ぶなり父と母かも 13 十月号冬雷集評 てくる。この朝の作者は体の調子も良さ られるようだ。家事の合間に母の様子を しての退化あるべし 嶋田正之 舌先にピリリと危険を察知せる動物と そうで明るい。 みる目が温かい。 消費期限、賞味期限など細かく示され て食品の鮮度を自分で感じることが無く 年を重ねると早起きになるというが、 こうした小刻みな眠りのできる環境も得 雨の道来ればマンホールの蓋ひかり赤 鋼材を積みてやつこらさ前を行くトラッ 小林 芳枝 き灯青き灯反してゐたり 赤羽佳年 クすこし右に傾く 澤木洋子 白玉の団子に絡むずんだの餡夏らしき 独特の面白さで表現された。 が鈍くなってゆくのではないかという不 味わって判断をするという当り前のこと なって久しい。目で見て鼻で嗅いで舌で 頃を懐かしむ気持ちも伺える。 色甘みは少し 赤間洋子 雨に濡れたマンホールの蓋に映る灯が 何だか寂しいが、ほろ酔いで歩いていた 「 下 手 で よ い 自 分 の 歌 を 」 言 ひ 訳 に 下 枝豆を茹でて潰した餡の爽やかな色が 浮かぶ。毎年作って居られるようで「甘 原駿吉先生も同じことを仰っていた。肝 う戒めである。ずうっと昔のことだが榛 すすぎ物が庭に揺れをりつねのことな あという呟きが聞えてくる。 しみじみと振り返る。いい日々だったな 生まれた場所に八十年間暮らして美し い白鷺の姿を間近に見てこられた月日を に遇ひし数しれず 冨田眞紀恵 八十年川の辺に住み首のべて佇つ白鷺 味は少し」に手作りの良さがみえる。 「 臍 曲 り 」 と ご 自 身 も 認 め る の は 目 に は見えない性格的な部分。手術の傷をみ 曲りたる臍をさすりぬ 大山敏夫 臍曲りとみづからもまた妻も言ひ真実 な楽しさがある。 レッチ。心も軽くなって浮き上がりそう 浮力の働きで実際の体重の一割程度の 重さになる、と聞きながら励む水中スト ロとなりストレッチングす 山﨑英子 水のなか九十パーセント減といふ数キ 覚で食の安全を感じ取りたい。 安は私なども感じている。数字でなく感 手なる域のうた多くあり 水谷慶一朗 に銘じたい一首である。 れどもうれし朝のひととき 鮎沢喜代 ながら心によみがえらせて、妙に納得し 木島先生の言葉に安易に甘えてはいけ ない、真の意味はとても厳しいのだとい 上のものがある。読者としてその気持ち 家事をする者にとって濯ぎ物を干すの はほぼ毎日のことだが心のありようとか ているところが少し滑稽で味わい深い。 見晴らしのよい丘の上に住む母に会い にゆくのに九十段は楽ではないがそれ以 どの石段登る 桜井美保子 母の住む介護施設は丘のうへ九十段ほ を受け取りたい。 天候の状態など少しのことで感じが違っ 早起きの母はテレビの前の椅子で上手 にきれぎれ居眠りしてゐる 松原節子 14 赤羽 佳年 十月集評 ちくるる」では如何。結句は数詞として う。「持ちくるは」は説明的であり、「持 友のこの見舞いの条幅が回復期の作者 にとっては勇気づけられたことでしょ 福一如」の条幅一つ 酒向陸江 次々と生える雑草引き抜けば細き根し は微笑んでおり、心癒されている。 アルバムを繰れば変ることなくはらから 故郷の同胞は皆鬼籍に入られたのあろ う。待つ人のいない故郷を思い寂しむが、 古すだれ日よけにせむと吊しゐて祇園 ☆ の置家の小路が浮ぶ 天野克彦 は「一幅」或は「一軸」となろうか。 つかと土を抱きゐる 西谷純子 梅雨の明けて、本格的な夏の始まりを 「 日 曜 日 子 守 お 願 ひ で き ま す か?」 嫁 副 詞「 確 と 」 の 音 転 表 現「 し つ か と 」 感じ取り、家内使用であった簾を日除け の口語に、雑草のもつ生命力が詠い出さ にする。「勿体ない」精神の発露である。 のメールはあつけらからんと 三句の現在進行形が活かされた。嘗ての 髙橋説子 れた。下句は細部まで観察して表現され ている。 生活圏であった地を偲ぶ趣きの歌。 率直に詠って好感。姑と嫁のよい関係 が 詠 い 出 さ れ た。「 日 曜 日 子 守 お 願 ひ 」 ひぐらしの一番鳴きの声を聞く梅雨の 明けたる喜びの声 立谷正男 →「喜びの声」と捉えた感覚は素晴しい。 で助詞を省いて会話体が活かされた。 くすらし水面あざやか 橋本文子 姑の身づくろい手伝う子の仕種見つつ 気持がほっこりとせり 高松美智子 ☆ 結句が眼目であろうが、副詞遣いの難 しいところではある。通用に「あたたか 大きめのかるがも一羽首のばしこちら 梅雨明けを待っていたかのように鳴き 出したひぐらしの初鳴きを、「一番鳴き」 くなる」くらいでは如何。気負いのない 幼子は近づく蛍を掴もうと負われた背 学校田にかるがも育ち草ぐさを食ひつ ゆったりした歌である。 見てをり守りの視線 同 に結句が成功。特に二首目の「守りの視 成された様子で教育的にもよかった。共 く捉えている。徐々に自然環境も改善さ 験となろう。嘱目の歌と思われるが、よ 蛍狩りまでは出来ない昨今ではある が、この子の記憶に残れば素晴らしい体 ☆ かるがも一連の作より二首。かるがも による除草も期待通り、初期の目的は達 線」の発見は素晴しい。 よりその手を伸ばす 本郷歌子 梅雨明けの明日は暑くなるだらう背丈 梅雨明け後の暑さを、泡立草の繁茂に 予測する。未だ花は見られないが背丈と と同じ泡立草揺る 関口正道 同じの表現に、背高泡立草を詠んだもの れて蛍の観賞は出来るようになった。 ム繰ればはらからは笑む 石田里美 か。勢いづける様子が「揺る」に表れる。 待つ人の無きふる里を恋しみてアルバ にこにこと友の佳子が持ちくるは「禍 15 十二月集 栃木 高 松 美智子 丈伸ばし葉が青々と茂りたる茗荷の根元に小さき花咲く 勢いのよき葉に日差し遮られ湿りたる土茗荷太らす フェンス這い木槿の枝葉に絡みつくヘクソカズラの蔓手繰り寄す したたかとも柔軟とも見ゆる蔓性を疎みおりつつ時に羨む 習うより慣れろと言われ手にしたるスマートフォンの電話に戸惑う 病持ちつつ姑の介護に悩みいて友の短歌がどんどん変わる 積み置きしガラクタ二台片付けて身内になにか力湧きくる 十六本の障子と欄間の八本を洗いたくなり体調の良し 秋思 東京 天 野 克 彦 いつよりかひとつのことに拘りて迷ふ習癖徐々に減りきつ 年かさね残るいのちを何としよう何を求めて生きむと為らむ 『濹東綺譚』読みたき思ひわく日なり取り出し開く荷風全集 若き日に妖しの森に誘ひたる荷風なつかしむさぼり読みき 人を恋ひ灯を懐かしみ夜ごと出て飛田新地に遊びし日あり 荷風より教へられたるモーパッサン・ボードレールは書棚に眠る 戸の外の日ごと色増す雑木々は山を覆ひて木の葉を落す ☆ 長野市松代 真田邸 16 十二月集 秋の夜はにはかに冷えのつのり来て虫啼く声も間遠くなりぬ 東京 大 塚 亮 子 釣れないと呟きながら釣り人が沙魚一匹のバケツ指さす バケツの魚を川に戻せる一瞬を狙ふか鷺が男見てをり 卒業の記念に児らの遺したる絵を探しをり長き護岸に 街川の護岸に描きて三十余年児らの絵を見る葦のあはひに 友よりの手紙が二通続けざま「認知症で困つてゐます」 辞書を引きやつと手紙を書きました友の明るき声を聞きゐる 白萩が見頃と誘ふ友の声に訪ふと決めたり暦に記す 十日振りの激しき雨に蹲の苔のみどりが色取り戻す いつせいに秋明菊の十程がゆらゆら茎の天辺に咲く 栃木 髙 橋 説 子 水害の跡を具に目にしつつ迂回路探し古河駅へ行く 校庭の半分ほどに積まれゐる水害ゴミになほ雨の降る 長雨の漸く止みて厚き雲を裂きて濃き青ひと筋の見ゆ 逸速く南の空に半月を見つけて幼なは拝む仕草す メールひとつ打つ間に月は高さ変へ遮るものなき天に輝く 見事なるこの満月を歌にする力乏しく埋まらぬノート 両側に稲穂のゆれてゆらゆらと漂ふ如く農道をゆく 嫁の母と祖父母参観に連れ立てば「ふたりばあちやんだ」と孫の大声 17 ☆ 「蜘蛛の巣にかかつた蜜蜂助けた」と夫はにこにこ長靴を脱ぐ 母 東京 酒 向 陸 江 寂しくも悲しくもなく抜け殻の空っぽ吾が身の過ぎゆく幾日 いつもいつも受け入れ微笑む母なりき我慢することを当然として 文鎮を三か所に置き片手にて文字書く日々ひたすらなりき 曲がらずに半紙に二文字書けるまで七年経ちいき母諦めず 真直ぐに書けたる日のこと目に浮かぶ母は変わらず吾歓声あげき 二十年三十年ぶりに駆けつけて棺に語りかく母の友たち 幸せな人生だったよありがとう母の遺影がやさしく笑う ひたすらに腹据え生き抜く人生を母は示して九十六年 埼玉 栗 原 サ ヨ 立ちあがれ歩けるかと膝をなで杖をたよりに一月始まる 料理する事も出来ねば昼食に老人用食届けて貰ふ 相撲見る十五日間たのしみぬぼんやり見えるが勝まけはわかる 友が来て野分けはいつかと辞書をひく今朝の風のさはやかさ言ひて 台風が関東の地を荒らし過ぐる爪跡むごし川はあふるる 秋晴のやつとつづきて庭に出でそろりそろりと歩けば日暮るる 茨城 中 村 晴 美 原発に核燃料の置いたままチリよりきたる津波に緊張 赤とんぼ棒の先に止まりゐる早い秋に暑さ遠のく 18 十二月集 ピーマンの実の脹らみの鈍くなり深まる秋の北風涼し 姑の茹でて持ち来る山栗の小粒ながらも味濃く深し 畝を立て苗定植の場所作る夏草弱り虫の音響く 朝夕は上衣をはおる冷え込みも昼は暖かさ背中に感ず 直蒔きの菠薐草の発芽せり霜を重ねて甘みを待てり 神奈川 関 口 正 道 里芋の葉に留まれる昨日の雨温き秋の日集めて円し 生ゴミを出す火曜日と金曜日カラスは電柱の天辺に待つ 朝の道吾ひとり歩む彼方には小田急線が忙しく行き交ふ これが最後と決めて買ひたるデジカメの重みと艶を確かめてゐる 兄逝きて遺産相続に必要と戸籍謄本六通を取る 十代に古着を買ひしこともあり晩夏光浴びつつ新しき杖突く テレビに見る国会議員の乱闘は以ての外なり儀式に思へど 福島 山 口 嵩 花々は終りてさびし山道に赤の際立つコマユミの種子 四杯の芋煮たひらげビール飲み歩くことなく山を下りたし 芋煮会終へて登りの百五十荷の減り分は脚にきたるか 安保法たどる道への不安増し議事堂めざし雨の中行く 安保法に関はり薄き三人か文科省いで東に向かひぬ 人波に沿ひて進めばペンライトよろしければとさつと渡さる 19 栃木 斉 藤 トミ子 我が母に米を貰いし事有りと言う人のおり法事の席に 遺言の土地貰えずに古里を後にしたる父母の愚痴は聞かざり 心配をかけない事が孝行と言いいし上司の言葉守りきぬ 栃木県に豪雨警報出ていると歌の友より電話いただく 初に聞く線状降雨帯の止まりて我が住む辺り雨降り止まず 我が県に降りたる雨の嵩増して常総市にて氾濫したり 夏休みの延長保育に疲れいてむずかる孫に桃を剥きやる 駆けっこをしたい幼は渋る吾にハンディ呉るると線を引きゆく 去年より十日も早く蟋蟀の初音聞きたり八月八日 東京 樗 木 紀 子 鬼怒川の決壊瞬間をテレビに見るただただ呆然と立ち竦むなり 東向島の学習センターの近くにて山法師の木数本並ぶ 月二回絵の教室に通う路山法師の白い花を知りたり 終戦後二度目の秋を南満に居し父は北京で音信不通 満月を見れば母を思い出すだんごを飾り月を見し姿 香川 矢 野 操 NHK第一放送に切り替える台風情報四国をすぎた 初鳴きの蟋蟀のソロ畦に聞く今日のたよりの書き出しこれだ パン裂けば出てくるくるみ常の倍焙煎珈琲味の引き立つ ☆ ☆ ☆ 20 十二月集 消費税いくぶんやわらぐ値引きさるる野菜果物籠に入れつつ 会うための都合を聞けば先約があると弾める電話の声す 本心を見せぬ人らに似てるかな蛍袋の下向きのはな 竹藪の蚊に血を吸わせたる禅僧を真似られぬまま平手でつぶす 東京 関 口 みよ子 秋風の戦ぎに生れて立つ不安莟ゆたかなリリーを生ける リズムして打つ雨垂れの音速し微熱に夜を目覚めておれば 夏限定怪談話 早口の「稲川淳二」が季語となるとぞ たちどころに嵩増す水に逃げ遅れ人は手を振る荒ぶる空に くもの糸のごときロープの下りきてヘリに命は仕舞われてゆく 友人の国会デモの写メールに揺さぶられおり意志こそ希望 老い人の眼鋭き行進は後の世を憂う意志表示 室外機の熱風浴みつつ葡萄色の新葉一節のばすゴムの木 ☆ 東京 山 本 貞 子 木の間より午後の日もれて形なき影が路上に時どき動く 落葉より先に地につき啄める雀見てをりバス来るまでを 一人居の雑用続けど老いてなほ足腰良きを励みに動く 好物の豆餅夫に供へむと間隔遠きバスを待ちをり 雨脚の強くなりきてウインドーの餅菓子今日はゆつくり選ぶ まとまらぬ歌を諦め眠らむとすれど眠れず下の句さがす 21 電車内に時どき晴れの日の差して『帰潮』の中の一首が浮かぶ 栃木 本 郷 歌 子 ☆ スーパーの隅の無料の指マッサージためらいつつ出す我れの両手を グリーンカーテンを除いた空の広がりに鰯雲ありて秋の気配す 洗い髪の冷たく首にまつわりて秋だなと思う心淋しく 抓みあげて直ぐには元に戻らない肘の内側何度もつまむ 虫の声広がり聞え十五夜の月冴え冴えと夜の更けゆく 川岸をおおいつくした葛の葉の陰に見え隠れする濃紫の花 午後四時の太陽すでに力なく衿元に小きスカーフを巻く 通り行く車の後を追うようにコスモス揺れる渡良瀬の道 東京 鈴 木 やよい 草のにほひ広がるなかで作業員刈り機を止めて汗拭ひたり 見上ぐれば木々の隙間に真つ青な空のかけらが散らばりてをり 其処此処で香り気付けど金木犀花を見詰むる時なく終る 沿道のいちやうが落す銀杏を車が次々轢いてゆくなり 「後でメモ」と思ひたる記事気が付けば新聞の山に消えてしまひぬ ☆ 顔浮かべどなかなか出てこぬ人の名をシャンプー途中にふつと思ひ出す 東京 永 光 徳 子 虫の音を聞きつつ空を見上ぐればスーパームーン雲間より出づ 秋雨に濡れて重たきキンモクセイ雫払えば香り広がる 22 十二月集 いつしかにキンモクセイの盛り過ぎ土を被いて花片の散る 彼岸花植えたる記憶なき庭に突然に咲く鮮やかな赤 秋冷えの庭に咲きたるイヌサフラン猛毒なるを聞きて見入りぬ 久々に娘と外出して来れば腰の痛みもいつか忘れる カナダ ブレイクあずさ 西風の強く叩ける窓越しに夜空を走る白雲の群れ ワルシャワの生まれと聞けり口笛でショパン吹きつつ釘打つ大工 頭より大きな梨の実抱え込みハイイロリスは一心に食む ☆ 弾くことのかなわぬ曲の増えるともまだあきらめぬ「フーガの技法」は の虚し PEACE ひとつずつ音を組み立て積み上げてバッハの築きし伽藍を目指す 原爆を正義と言いたる唇に発音さるる 新潟 橘 美千代 医院バーベキュー終りて皆の帰りたるテーブルに残る小さきTシャツ をさな児のTシャツ洗ふは何年ぶりスタッフの子の忘れものなり 皮膚科医が疥癬患者に処方するイベルメクチンがノーベル賞に 飲むだけで疥癬が治るイベルメクチン皮膚の治療を劇的に変へぬ 手入れせず荒れたるわが庭七月はネヂバナ今はススキ伸び立つ 縁絶えて久しき医局に他学より新しき教授が就けば気になる (先天性表皮水疱症) (☆印は新仮名遣い希望者です) 必要なき堕胎にて七十五パーセントの遺伝疾患なき児が生まれず 遺伝疾患、重症薬疹を研究せる教授の就任になにか安堵す 23 十月号作品一評 冨田眞紀恵 ☆ 萎えているゼラニウムに水かけやれば 声出すように活力もどる 吉田綾子 「 声 出 す よ う に 活 力 も ど る 」 の「 声 出 すように」はゼラニウムが如何に水を欲 していたかが分かる。 日々草夜半に散るらし朝々に小花は鉢 戦中を生き抜きし人も少数化百年を経 る親、素直に聞く子がいるだろうか、こ メタボ級の人等集めて講義する療法士 一首目の現実、そして二首目の作者の 心からの叫び同感です。 かけぬ九十年かな 田中しげ子 何も彼も変りゆく世に永らへて思ひも がします。 の一首を読んだ時、今の世の中の乱れは は少女のやうなあどけなさ 野村灑子 彼の大戦を乗り越えての九十年、沢山 泣いて沢山笑っての九十年、もっと永ら どうも、この当たりから来ている様な気 肥満に付いて講義をする少女の様な療 法士とそれを聞くメタボ級の人達の対象 えて世の中の変わり様を見届けて頂きた て語り次ぐ者探せ 三木一徳 に思わず苦笑してしまいました。 いものです。 様な雫を落とす」は上手い表現だと思い 雨跡の柿の葉が落とす雫は虹色に見え る、綺麗な情景ですね、下句の「虹色の 頃を懐かしく思い出しました。 にそうなのですね、これを読んで子供の 私も小さい頃にはそうでした。私の地 方だけかとおもっていましたが、全国的 ライサマが鳴れば青蚊帳すぐ吊りて兄 しいものであろう。これも又、神が与え ました。ちょっと気を付けて見ればいろ 妹転げて飛び込む夕暮れ 涌井つや子 た命のありようだと思う。 んな事が発見出来るものです。 雨上がり朝の光に柿の葉は虹色の様な のまはり色どる 増澤幸子 雫を落とす 沼尻 操 「花の命は短くて」の言葉を思う一首、 しかし朝々に鉢の回りを彩る小花も又美 形代に友の名書きて託したり多くの命 旧盆の墓掃除けふは早起きして二丁の 草鎌念入りに研ぐ 橋本佳代子 父からの手紙は何時も「苦労は買うて に私は励まされています。 しっかりと家を守っていらっしゃるこ の作者には頭がさがります、毎月の作品 自づと安らぐ心 同 父ははの夫の納まるこの墓所に来れば ☆ 玄関の細々したもの片付けて大葉擬宝 珠一鉢の涼 本山恵子 きえたる海に 田端五百子 彼の日の大津波に友を亡くされた作者 には生涯忘れる事の出来ない事でしょ う、せめてもと友の名を書いた形代を海 もせよ」との文だつた 福士香芽子 下句の生きた一首になりました。大葉 擬宝珠一鉢の涼しさが読者にも伝わる。 今はどうなんだろう、こんな事を教え に流される、どうか安らかにとの祈りを 原爆が投下されてより七十年被爆体験 こめて。 ☆ を語る人老ゆ 河津和子 24 だが、将来、取返しのつかない社会問題 不信から国民年金の不払い者もいるよう は全く説得力がなかったが、その前に先 示をした。憲法違反を取り繕う国会答弁 識者をはじめ多くの国民が反対の意思表 敗戦から七十年の節目の時期に憲法改 正に及ばんとする、安保法案には多くの ているのだ。現在の若者には年金制度の に発展する事が予想される。 の選挙で、政権与党に投票した人もさる 十月号作品一評 しつかりと零余子の蔓は枝絡め勢ひす 朝採りの野菜はどこか味違ふ待ちくる 嶋田 正之 さまじ二階へ届く 増澤幸子 植物であれ、魚であれ人間は多くの命 を頂いているのだが、やはり採れたてに ことながら小選挙区制度に問題ありだ。 る友楽しみですと 小川照子 て実を成長させる。時期になると零余子 勝るものはない。個々の野菜の持つうま 夏場の蔓の類の成長には目を見張る勢 いがある。ムカゴは晩秋から冬場にかけ の炊き込みご飯を味わったが近頃日本料 蕎麦と焼茄子供ふ 高島みい子 命日を「蕎麦の日」と決め好物の十割 理屋でも余りお目にかからなくなった。 味は「甘味」なのだとつくづく感謝した さり気なく詠われているが、背景にあ く な る。 や は り 野 菜 な ら 朝 採 り だ ろ う。 る辛さが伝わってくる。作者のことは全 思わず感謝の手を合わせたくもなる。 く存知あげないが、時間を重ねた結果が 先には川内原発 中村晴美 再稼働に山の怒りか避難指示五十キロ 作者の原発再稼働に対する怒りが伝 わってくる。あの大災害で原発の恐ろし さを学習したはずなのに全く活かされて こうした作品を産み出すのだろう。涙と 此の夏の暑さは常とは異なりて蓮に花 一緒にすする蕎麦の音が聞える。 無く葉のみの茂る 鳥居彰子 法人の若きらけふは委託田に揃ひ蕎麦 こ の 夏 は「 嘗 て 経 験 し た こ と の な い 」 と言う言葉を頻繁に耳にした。地球温暖 蒔くを窓に見てをり 橋本佳代子 いるのかと疑いたくなってくる。 思うと、原子爆弾保有国になろうとして していたものが日本の近くで発生するよ 置が確かに北上し、南洋諸島近海で発生 が、一つの事例として台風の発生する位 化現象が確実に進行しているのだろう 自身の体力にも限界はあるだろうからベ したのだ。重い選択ではあったろうがご 永い年月を掛けて先祖が耕しそれを 守って来た作者は耕作の権利を組織に託 おらない。原発維持を推し進める背景を 天引きの年金の額に怒りしがその年金 な説明多き 山口 嵩 安保法答弁重ぬる度ごとに絵解きの様 る。委託制度で風土を守って頂きたい。 には渡さないと決めた作者の意地を感じ うになっていることは、不気味でもある。 ストな方法なのだろう。自分の代で人手 で今生きてゐる 荒木隆一 人間とはまさに身勝手なもので、給料 が目減りする目の前の事象に敏感であっ たが、厚生年金制度があってこそ救われ 25 作品一 ☆ ☆ 千葉 堀 口 寬 子 生れし日の産湯の如く思ひたりあたたかき湯に老いの身洗ふ ふる里の盆に帰ればあの人も友の一人も逝きてしまひぬ もう会へぬ兄弟四人今は亡く吾ら三人残りて生きる 入院の義姉は見舞に行く度に笑顔となりて迎へてくるる 病院の長き廊下をゆつくりと術後の義姉は日課に歩む 高齢の参加者多き運動会元気な老いに拍手が起こる 茨城 吉 田 綾 子 其処此処に曼珠沙華盛る墓所の径彼岸詣でに村の人絶えず 三年の空白あれば一面に荒草猛る吾の畑は 背丈ほど伸びたるアカザを押し倒しずたずたに斬る友の農機は 草刈りて広くなりたる畑中に栗の高木が風に騒ぎぬ 紺碧の空仰ぎては深呼吸しつつバケツに栗の実拾う 拾いたる栗の実バケツに余りたれば押し込むポケットの綻びるまで 蜜柑の葉にからだ潜めて寒冷に揚羽の幼虫動かずにいる 生日を祝うケーキのキャンドルを孫は十本ひと吹きに消す 秋たけて 東京 永 田 夫 佐 すずめ蜂がついて来たぞと大騒ぎ干して置きたるカーペットなり 長野市松代 松代藩・文武学校 26 作 品 一 スリッパで三度たたけどすずめ蜂は動いていたぞと言われぞっとす ☆ カーペット何度も叩いた筈なのにすずめ蜂が付いていたとは不注意なりき 灰色の雲の波間に小型機は表われ消えるビルのうしろへ 爆弾低気圧は就寝中に通り過ぎやから気付かず静かなる朝 頑張れ頑張れ赤赤赤と学童の声勇ましく曇天を突く 季くれば出窓の下にホトトギス花をみつけて母へと供う 母にあいに電車でゆられ秋彼岸門前仲町の寺へと詣づ 東京 河 津 和 子 長身の穏やかな若き画学生を先生と呼び二十年経つ 老い我等を飽きる事なく飽きさせる事無く指導下さる先生 面白き形のボールが宙を飛ぶラグビー戦の場内沸きて 澄みわたる天空に昇る中秋の夕月静かに大きかりけり 快晴の空に広がる子等の声あと幾日か運動会は 実りたる糯稲の首垂れ行くに台風近く風多に受く 施餓鬼会の講話に六波羅蜜を説く代替りしたる若き僧侶は 岩手 田 端 五百子 夕焼けを背に逆上がり繰り返す母子の声して明日は始業式 河川敷人と犬とが影ならべ子ども野球の決戦観つむ 夕焼けを使ひ果して稲刈られ籾やく煙低く池を這ふ かしましく鳴き継ぐひぐらしはたと止み夕立一気に音たてて過ぐ 27 色褪せたる千羽の折鶴吊られある集会場に復興議論 供花のなき墓一巡し夏蝶は攫はるるごと風にのりゆく ☆ 愛知 小 島 みよ子 台風の去りたる後の涼しき日庭に彼岸花の蕾見付ける 庭に咲く赤と白との彼岸花近より見つむ雨曇りの午後 久久の友の電話のなつかしく変らぬ声に胸の晴れゆく 掃除終へ墓前に花を供へたり彼岸中日夫と娘と 美しくなりたる墓前にありし日の舅姑おもひ深く拝みぬ 早朝の川辺の散歩に我が上を白鷺一羽ゆるらかに飛ぶ やうやくに牡丹のめぐりの草を引き肥を置きたり十月七日 手作りの彼岸だんごを頂きぬ甘み控へたやさしき味の 愛知 山 田 和 子 「見たくない」汚泥の付いた稲の穂を手にして男はじっと見つめる いつの間に秋明菊の根は増えて庭に広がる清しき白花 忍冬とバラとベゴニア瓶に挿し主張しているそれぞれの赤 茎の先に音符の形の実か花かミュージカルノートは初めて聞く名 天空にあるかの様に霧の中高速道に見る郡上八幡城 竹製の団扇の風は心地良くついつい扇ぐ冷房の中 山梨 有 泉 泰 子 西空に高く聳ゆる甲斐駒の朝日を受けて赤く輝く 28 作 品 一 雨あがり松の緑の洗はれて墓所への径に彼岸花続く 河原に茂れる葦の中に一つ彼岸花咲く首をのばして おめでたう明るきニュースの飛び込みぬ大村智氏ノーベル賞とぞ 韮崎で生れ育ちたる大村氏我も過ごしぬ韮崎の町に 美術館の窓に広がる山川は我等家族の原点なり 寒き日も一人起き出し新聞の配達したり中一の長子 韮崎の風土にもまれ逞しく子等は育ちぬ努力惜しまず 静かなる丘に建ちゐる大村美術館訪ふ人増えて賑はへるらし 千葉 涌 井 つや子 ほろほろと散る金木犀こんなにも多かつたのかと驚く夕べ 紅葉して桜の並木路ペタペタと道に張りつく小雨降る町 忘れむと思へばなほも逢ひたくて泣くのは止めよう元気にならう わが歌ふ十八番増えきて下手なりの声よ続けと息継ぎをする 茨城 沼 尻 操 鷺草の花芽伸び初め暑き日々舞姫になつてと水かけはげむ 雨模様一日続き水かけのホース持つ手も休み撫でゐる 猛暑日にエアコンかけて籠りをり神輿も囃子も聞えず過ぎたり 梅雨晴れの暑さのなかに次々と鷺草咲きて月太りゆく はげしかる雷雨も止みて鷺草の花は涼しい夜風に揺れる 龍のひげの中に酢漿草広がりて細い根本をかき分け抜きぬ 29 永田さん八月の冬雷に出詠なく介護所暮しと知り案じをり 高温の続き紫陽花色あせて来年咲いてと芽を残し切る 岡山 三 木 一 徳 水抜きをされた稲田のあちこちに赤きザリガニ天あふぎ死す 白露とはよくぞ言ひたり稲の葉に露玉ありてゆらりとゆれる 重陽の節句にあたり虫干しと夫婦雛のみ段に飾りぬ 今年また夫婦そろひて敬老の祝ひを受けて幸せに浸る 岸和田のだんじり祭りに灘けんか鞍馬の火祭り秋を彩る 連日の救助活動報ぜられ被災の方々の心情察す 真ん丸の大きな月に何がゐる兎か人か動いて見える 入場料無料となりぬ後楽園名月観賞の人で埋まれり 千葉 野 村 灑 子 隣近所肩よせあひては生活の音は現代の問題なりけり 今日一日の予定行動簡単にメールに打ちて送信ボタン押す 新聞の投稿者に親しみて日曜の短歌欄に名前捜しぬ 丘のなだりに彼岸花咲き公孫樹は小さき実を落とし拾はれずをり 部屋内を移動するにも両の手を遊ばせぬやう何か持ちゆく 茶道の仕草は美にて無駄なく日常の所作にもわれは取り入れたきよ 常に手を空にするなく何かせむと台所迄を考へ行き来す 涙拭はず選手等袋に土詰める手の甲の汗キラキラ光る 30 作 品 一 ☆ 東京 荒 木 隆 一 主治医より断層撮影を促され検査日まで訪ふあの寺この寺 暑さ去り不動通りの朝市の人出見越して議員の目立つ 青柿と毬栗が路地に転げ出て避けるに危ふきハンドル捌き 裏道では気勢騰らずバス通りへ神輿押し出す渋滞余所目に 担ぎ手に混じり女がぶらさがり三年に一度の神輿繰り出す にこやかに子供の山車を見てゐたる客が動かぬバスに苛立つ 道具市まつり浅草かつぱ橋物珍らし気の外人が数多 孫とよく行動を共にしてくれる娘に進ぜる買置きの菓子 栃木 高 松 ヒ サ 久し振りに自分の足が前に出た歩行器押して幼のごとく 遠き日に忌みし真っ赤な曼珠沙華繊細な花に今は引かれる 此の夏は米寿迎えて市長から白い毛布と祝金頂く 無農薬は何よりの御馳走と喜びて友は大事に抱えて帰る 色付いた稲穂の中に只一羽白鳥ぽつんと何処か見ている 虫の音を聞かぬ今年は年老いてわが耳遠くなりたるゆえか 埼玉 小 川 照 子 山根荘の廊下に置かれる鈴虫は涼しき声にて楽しませくる 鶴ヶ城登り説明聞きながら白虎隊思ひ昔を偲ぶ 豪雨から一週間過ぐ今日も雨被災されたる方思ひ空仰ぐ 31 雨あひを潜りて稲刈り終りたる収穫多く家族で笑顔 十五夜の月を眺めて思ひ出す姑の供へ物の準備の姿を りう が 百日草切りて地蔵様に置く学童ぽこりと御辞儀して通る 逢はぬまに曾孫琉我チャブダイの周りぐるぐる手をつき歩む 栃木 正 田 フミヱ ジョギングの人ら見送り一呼吸いつもの道をゆっくり歩く リハビリと姑は言い靴下をそろそろ覆いてにっこり笑う 箸スプーンを自在に使い食事する姑の機能保ちゆきたし 草を刈り耕す畑にコオロギの声はまばらに聞えてきたり 庭畑の朝の草むら虫たちの合唱せるをしばし聴きいる 月の夜にしげく聞える虫の声秋明菊は倒れつつ咲く 朝顔に幼虫五匹潜みいて葉を喰い糞して見る間に育つ 朝顔の葉喰いつくされて花と蔓オブジェの如く対応してる 短歌へと導きくれし矢島さん現し身亡くも歌集に顕る みかも山にトンボ追いかけ歌詠みし少女の如き矢島さん憶う ☆ 鳥取 橋 本 文 子 各部活一、二年生の新人戦小柄な生徒は早生まれらし 剣道の新人戦の中学校女子の剣道着真白く清し 武道館しーんと鎮まる決勝戦打ち合ふ竹刀の響きの強し 閉会の講師のことば礼節を尊ぶ心を強く訓せり 32 作 品 一 応援に祖父母はゐるかと案ずれど意外に多しなぎなた世代 なぎなたの授業の女先生の声と気迫を今に忘れず 茨城 姫 野 郁 子 特売日は駐車場まであじフライ揚げる匂いの漂いきたり 自分の家と間違えるのか遠慮無くテラスに上がり横たわる猫 晴天の地域まつりの混ぜ御飯十一時前に売切れとなる 地域まつりに張り出されたる当選者五等に当たり味噌を頂く 孔雀草と秋明菊がわが庭に背高く伸び白い花咲く 柘植の木から洗濯竿まで四匹の蜘蛛が居て幾重にも透く網を張る 兵庫 三 村 芙美代 二番弟子を連れての桂吉弥さんテレビで見るより貫禄備わる 盛大な敬老会は三年振りこれからも頑張りますと町内会長 開放的な気分に酔えり大勢と声を合わせて歌う「ふるさと」 百円にて同じルートを回るバス一周してみる降り損ないて 住宅街抜けると明るい海岸通り観光気分の愛称たこバス カーテンの影より尻尾振る猫に素早い駆引き教わるわが手 水上バイクの男三人すっ飛べり雨雲迫る高き波間を 海抜四・二メートルの防波堤より十八段のぼりてもなお高波怖し ☆ ☆ 百花園の名月 東京 高 島 みい子 荒城の月や青葉の笛の曲ながれ習ひたる吟を心で吟ず 33 こがうのつぼね 百花園に琴の音聞きつつ嵯峨野を思ひ小督局を空想したり 「何着ても美しうなる」満月の庭に与謝野晶子の歌思ひ出づ 木犀の香に惑はされ三十分帰りて見れば月の輪の消ゆ 夕焼けに過去はすべて燃やしたり苦楽といふは束の間の夢 わが好む赤飯かかへて友が来る散歩のついでと雨降る中を 長崎 福 士 香芽子 消灯し部屋明るめばカーテンをあけて見るなりまんまるの月 北支那で父と唱へし月の歌心の中でうたつて見るも 夏風邪は馬鹿が引くとぞ全くに昔の人はよくぞ言ひにし 九月七日は母の命日母の訃を受けにし時は北支那にゐて 長病める母を残して北支那に征きたる事を今も悔まる 「何時死んでもいい」なんて嘘一〇三歳の篠田桃江さん曰く 来月の文化祭までに何か出来ぬかと調べて見るも 東京 飯 塚 澄 子 我が短歌をマフラーに書き富岡で出すに十万と誘ひの電話 以前にも短歌に絡む誘ひあり断りしこと思ひ出したり 自らの家に帰るを喜ぶか曾孫手を振る笑み少し見せ 秋祭りの太鼓の音に誘はれて出かけてみるに知人少なし 振りて打つ太鼓の撥の激しさよ轟く身の内治まりもなし 新涼の集ひに独吟なしし我成果を祝ひ先輩見える 34 作 品 一 吟詠を育みくれし亡き恩師の墓参したしと孫を誘ひぬ 東京 田 中 しげ子 耐へ難き夏の暑さも過ぎ行けば秋陽に和む日日の続けり クレマチスの薄紫の花一輪葉群の蔭に俯きて咲く 茂りたる紫木蓮の枝切られたり小さくなりて来る春を待つ 乗り捨ての自転車幾日も公園の囲ひの際に倒されてあり メルケルさんまさに姐御の風格か東の国よりエールを送る 駄々こねる童女を母に渡しやれば暫し童女は我を見つめる 歳幾つと聞けば五歳と母の言ふ黙せる童女はスキップ始む 千葉 石 田 里 美 近づけばひらひら蝶は移りゆく秋風のなか彼岸花咲く ベッドメイクヘルパーの手の素早さに手伝ふつもりの邪魔になる吾 子の留守に久し振りと立つ台所勝手ちがひて手元が狂ふ 子の蒔きし大根の種季が来て庭畑に青々と太陽を浴ぶ 仏前にビール供へて互ひに亡き夫を語る彼岸中日 東京 大 川 澄 枝 ☆ 新築のマンションに灯がともり若きらが出入り始めて生き物のよう 三田の寺へタクシーで行くマッカーサーの名の懐かしき通りを越えて 青年となりたる孫が久久に来て金粉入りの焼酎あける 酔うほどに夫の饒舌始まりて講釈師のごとく卓上たたく 35 青年の酒の飲みっぷり我が父に似ると思いて頼もしくなる 富山 吉 田 睦 子 花水木赤き可愛い実が生るを初めて知りぬ吾が屋敷にて 狭庭にてドウダンツツジは陽射し受け日毎赤味を増してゆくらし 耕さず遠ざかりたる畑中は伸び放題の草猛猛し 彼岸花所々に咲く屋敷秋分の日を待ち居たる様に ☆ 立山の頂上までは行けなくて麓の雄山の神社へ参る 埼玉 本 山 恵 子 爽やかに晴れたる一日コスモスの花畑には飛び交うチョウチョ 蜘蛛の巣に頭が触れて見上げれば太りたる蜘蛛と赤とんぼの屍骸 片手では2リットルの水も持てぬゆえ児を抱くように両手にかかえる レントゲンの写真を見つつ整形医手術にはまだ早いと言えり 秋 東京 岩 上 榮美子 わが庭のよき場所を占む金木犀今盛りにて香り漂ふ 空気冷ゆる夜ともなれば庭の内に金木犀のかをり満ちくる ケアマネさんの勧めに応へ程近き赤堤デイホームに入所す 九時十分前デイホームよりバス到着すでに乗る同年輩の女性と挨拶交す おはやうと其処此処に声かけて三十人のグループの一日が始まる 暫く往き来なかりし旧き友のなつかしい顔を見出でて嬉し 名を呼びて近くに寄れば一瞬に一昔前の友でありたり 36 作 品 一 大方は同年輩なれば馴染み易し旧知の如く話合ふなり 神奈川 青 木 初 子 特別な資格持たねど若きらに烏賊鯖鰯捌きかた伝ふ 菜園に摘み来たる菊の「もつてのほか」シャキシャキシャキ歯ごたへの良し 摘み来たる食用菊の「もつてのほか」湯がきし香り朝も厨に 後より吹きくる風に逆立てる髪の毛の影は阿修羅のごとく 側溝の蓋の間の雑草に混じりて一本トレニアの咲く 行きに見し薄紫のトレニアを自転車止めて抜き帰りたり トレニアの濃き紫と濃き赤の一本づつが出でたり庭に 茨城 大久保 修 司 稔田に苅田穭田混ざりゐて初秋の午後の日差し浴びをり わが作る鯛のアラ汁好みたる母も逝きたり八年前に 湯豆腐を作りて直ちに熱湯を半熟たまごの容器に移す スーパーの揚げ物多き惣菜に煮物の味もわれには濃過ぐ スーパーの向かひに商ふ青果店六時に締めて日曜は休む 老人ホームの姉は食事に注文を出せり経費を掛け質を上げてと わが門の向かひに咲きて香りたるジンジャー遂に萎えてしまひぬ 茨城 関 口 正 子 診察を終へて眼科の帰り道コンビニに寄りコーヒータイム フリーパスの腕輪をはめて十歳と園の乗り物つぎつぎ巡る 37 十二分の空の旅なる観覧車に見るわが街はみどりが多し 駅ホームの明りのもとに網を張り等間隔に蜘蛛たちならぶ 背泳ぎをしつつ見てゐる天窓の空流れゆく秋の白雲 那珂川の洪水警報に急ぎゆく一人住ひの妹宅へ 洪水の警報解除に姉とふたり帰る車内に会話がはづむ 紺青の水平線と色分つ台風あとの泥色の海 背丈こす草を押し分け銀杏を拾ふ人をり台風去りて 東京 増 澤 幸 子 浅間大社の赤き大鳥居見上ぐる先に富士山聳ゆ 大鳥居の下に揃ひて手を合す孫の成長に感謝をこめて 振袖の袂を風に靡かせて月菜二十歳の笑顔を零す 田貫湖まで林の中を登り行く木々の香りの身に沁む如し 田貫湖の逆さ富士のご来光二つの光あきずに眺む 停車中の「こだま」を左右に揺るがせて「のぞみ」は過ぎ行くまたたきの間に 新米の届きて袋に両手入れ米を掬へば古里の見ゆ ふつくらと炊き上りたる新米の湯気立ちゐるを仏に供ふ 断捨離の始めの一つ思ひ出のピアノ業者に軽がる運ばる 福井 橋 本 佳代子 人よりも早め早めに農仕事こなしたる日の遠くなりたり 大勢を雇ひて稲刈りにぎやかにいそしみし日を独りなつかしむ 38 作 品 一 (☆印は新仮名遣い希望者です) 束の間に穫り入れ終る今の農をごくらくともまた淋しとも思ふ 庭師来て整へ呉れたるあららぎの濃みどりに夕べの静かな光 秋の日に蕾ふくらむ山茶花の枝を迷はず庭師さん剪るよ 終日を剪り枝集めに精出して疲れたる身を湯船に癒す 父ははの夫の法名記しある掛け字の前につつしみ香焚く ■十一月号掲載漏れ作品 手違いで掲載漏れが発生しました。作者にお詫びして、ここに掲載致します。(編集室) 東京 大 塚 亮 子 母逝きて六十年は須臾の間と共に見たりし蓮沼に立つ 思ひ出は年々おぼろとなりゆきて五十歳に逝きし母を恋ひたり 幼き日遊び場たりし天満宮八十二歳の兄と詣づる 自転車に先ゆく兄が霞むほど穂孕む田んぼに朝靄のたつ 見の限り稲田広ごる越の田に稲の香させて風の過ぎゆく 稲架掛けの木が残されて蛙鳴く田んぼに観光バスが停車す 好物の十全茄子の漬物が色よく並ぶ生家の夕餉 幾年も遊ぶことなき綾取りのひも一緒にやらうと姉が持ち出す 昔から手先の器用な姉なりき綾取り真似つつわが指動く 39 十月号作品二評 桜井美保子 黄昏れて盆提灯を点したれば夫の部屋 挨拶し、手助けしてくれる。そうしたほ 考えてみたい。 たらいから逃げ出した亀ひと月後出入 ☆ のぼのとした心の触れ合いが感じられる。 口のガラス戸たたく 矢野 操 猛暑の中、汗にまみれて労働する人ら の姿を間近にして、作者は思わず差して く亀を育ててきた日常がしのばれる。 いう。この事実には驚かされる。愛情深 ☆ 炎天下下水管工事に汗だくの人達の傍 いた日傘を窄めたのだろう。他者を思い 行方がわからなくなった亀がひと月後 に戻り、しかも出入口の戸をたたいたと やる心の動きがよく出ている。 を日傘窄めゆく 樗木紀子 亡くなった夫への深い思いがある。「海 の静寂」という結句にその心情が籠って 将棋さす笑顔のちちの写真ありデイサー ビスの連絡帳に 江波戸愛子 ☆ ☆ いる。 咲き続くカンナの花の朱の冴えてわれ は海の静寂 飯嶋久子 信じゐる医師の言葉に食欲の出できて にも夏の活力を呉る 倉浪ゆみ デイサービスでの父の様子を連絡帳に 知ってほっとした気持ちが温かく詠まれ 体重戻りつつあり 山本貞子 は活力を得た。花への感謝の心がある。 見上ぐれば夕べの空にうろこ雲薄く染 路地の朝窓越しに見る雨傘のいろいろ まりぬ今日は立秋 伊澤直子 ☆ 通る出勤タイム 石本啓子 ☆ 猛暑に耐えつつ過ごした夏も終りかけ て い る。 暮 れ ゆ く 空 は 秋 を 感 じ さ せ る。 出勤の人らの雨傘にも色やデザインが あり個性が感じられる。その情景を窓越 「うろこ雲うすく染まりぬ」と的確に表 ている。 現している。 暑さを乗り切るのは誰にとっても大変 医師の言葉が作者をほっとさせたよう だ。きっと快復に向かっているのだろう。 なこと。カンナの花の鮮やかな朱に作者 日常作者はいろいろな活動をしてお り、踊りもその一つだと推察する。ここ しに見るのも雨の日の楽しみである。 自身の心と体の状態を捉えている。 では仲間の入賞を胸を熱くして喜ぶ様子 生ビール一息に飲みて眼を合はすきつ る我が仲間たち 糸賀浩子 ☆ 白足袋で路上踊りに熱をこめ入賞した が詠われている。「白足袋」が効いている。 明日ひらく蕾ひた打ち蓮池の泡だつほ 今月は登山と温泉の一連。この一首は 人 間 味 の 出 た 作 品 で 魅 力 が あ る。 本 音 を 言える相手がそばに居るのもよいことだ。 き登山と本音出で来て 高田 光 校庭を占領されたる中学生助けくれた どに太き雨降る 関口みよ子 ☆ り挨拶もよく 岩渕綾子 激しい雨の降り注ぐ蓮池。その情景を 仮設住宅のために校庭が狭くなっても 自分の目でしっかりと捉えたのがよい。 中学生らは仮設に住む人らに気持ちよく 「明日ひらく」はこの場合必要かどうか 40 中村 晴美 冷製のパンプキンスープは染み渡る只 難しい。家族が疲弊してしまう。 から成り立った様にも映る。長寿の今は 宅で介護、死が普通だった。短命だった 話題作を借りるのは大変そうです。作 者も、その一人でしょうか。今を歌う作 人が順番を待つ 関口みよ子 図書館の又吉直樹作『火花』二百八十 しいものです。 十月号作品二評 子の巣立つ時期とぞ鷲の鳴く声の常よ 今夏の真ん中あたり 野崎礼子 つて知る 及川智香子 大船渡観測史上最高の三十七度身を以 ☆ り長く鋭く響く 大滝詔子 冷製が風鈴の音を聞く様な涼しい気分 にさせる。暑い夏でした。 ☆ 巣立つ時期に長く鋭く鳴く鷲を知る者 は少なく思う。自然の小さな変化を歌に 夕ぐれて昼間の熱風弱まればネブタ運 来年以降も続くのでしょうか。 今年の暑さは北海道や東北で記録を塗 り替えたのが特徴。体温を上回る暑さは 昼の暑さと夜の再びの熱い祭の間の静 けさ。静かな緊張が伝わります。 ☆ 品はワクワクします。 出来るのも才能の一つに感じる。 行前の静もり 東 ミチ ☆ いつの間にか取り壊された友の家セー ルの旗が風にひらひら 飯嶋久子 土に落ち動き微かなアブラゼミ小雀素 ☆ ☆ 早く銜え飛び去る 佐藤初雄 何 と も 寂 し い 歌。 人 は 寿 命 が あ る し、 健康を損ねれば独り住まいは難しい事態 発の再稼働急ぐ 和田昌三 自然界の日常を淡淡と、それでも人生 を感じる歌。この世は無常と伝わる。 ☆ にもなる。売りに出されれば新しい人が 多くの国民が思っている。方針変換は 難しいのでしょうか。原発事故は住む家 じりじりと焼けつく日差しとミンミン この夏も電力供給足るというになぜ原 家を構え賑やかになる事でしょう。 を終われる現実を知った筈なのに。 ☆ 早朝に弟の訃を妹の電話に聞きて呆然 と立つ 早乙女イチ 伊澤直子 蝉庭のみどりもまぶしい猛暑日 ☆ テレビ切れば妻がつけてはうたたねを 又切る平和な一日過ぎぬ 田島畊治 平和が一番です。本当に。 人の死は順番でない。だが自分より若 い人の死はショックと聞くが己が長生き なだけかも知れぬ。残された者は、それ 路地の朝窓越しに見る雨傘のいろいろ 素直に暑かった夏を歌ってます。本当 に暑い夏でした。 でも生きて行かねばならない。 ☆ すいとんを昼に口にして眠りつき深夜 に逝きたり五十四の義母 高橋燿子 通る出勤タイム 石本啓子 ☆ 生ビール一息に飲みて眼を合はすきつ き登山と本音出で来て 高田 光 動 き が あ り、 色 彩 が 目 に 浮 か ぶ 作 品。 日常の景を上手に表現する事は意外に難 気持ち良さが伝わる羨ましい歌です。 五十年前の歌。人生五十年の時代、自 41 作品二 ☆ カナダ 大 滝 詔 子 このままでいいのですかと問はれたり見覚えのなき女出で来て 暗闇に目覚めてしばし反芻す胸に留まりゐたる迷ひを 明けやらぬ空に鋭く鳴くカモメ吾に迷ひを断てと迫りぬ 気のつけば迷ふ心の失せてをりあと一年と意を決すれば 納骨を終へて夫の言ひだしぬ元気なうちに旅をしようと テロ、エボラのニュースに中断したる旅計画し直す行先変へて 久々のわくわく感に活力の戻り来りぬ朝の陽眩し 七十の数字飛び交ふこの年に七十歳われ何を追ひゐる 愛知 田 島 畊 治 日照り続く菜園に育つ夏野菜土の深きに水を求めて 桜葉のひらひら舞いて吹きだまる山の向こうに秋は来てるらし 境越えぐんぐん伸びる葛のつる大鎌用いて老は戦う この歳で病になっても悔はなし口では言えどおびえる心 一人では生きてはゆけぬ今の妻長生きせねばと心にちかう 診察まで六〇分の札が立つ癒しの音楽静かに流れて 長野市松代 真田家菩提寺・長国寺 42 作 品 二 病む妻は口中賞味分からねばおかずと御飯別別に食ぶ 娘より朝一番にメール来る傘寿の祝と長寿願うと スーパーでぽんぽん籠に入れてる子若かりし吾に出来なかったこと ☆ 栗駒山 東京 高 田 光 赤と黄に葉の色づける栗駒の山に向へば空なほあをし 五合目の紅葉は黄の勝り居りさらに登れば赤鮮やかに 赤や黄を緑の松が際立たせ山のなだりをモザイクに占む ななかまど実も葉も赤く色づけり共に競ふや楓の赤と 西南の彼方に見ゆる鳥海山雪を冠りて雲より出づる 台風の近づく知らせに日とルート変へて下山は午後の早めに 午後になり吹き上ぐる風強まれば身をつくばひて尾根を進めり 鳥海山望めるといふ露天風呂首まで浸かり雨を恨みぬ 栃木 早乙女 イ チ 定休日の孫ドライブに行こうよと青天の朝誘ってくれる 伊勢崎へ彼岸花見に行くかいと孫の言う車窓は日渡る里山 そよ風の御獄公園一面の彼岸花終り茎だけが立つ 心地好い風通りくる遊歩道のんびり孫と昼のひと時 埼玉 高 橋 燿 子 ☆ 誘われて見知らぬ景色を窓に見る遠足気分の栗をひろいに 養蜂の人等は蜜をしぼりつつ「おとなしい蜂」と説明をする 43 人等皆思い思いに散りて行く蜜蜂飛び交う林の中へ あちこちに姿は見えて声はなく栗を拾う人等が行き交う 収穫の栗を抱えて集まれば話が弾む我こそ一番 草原に缶コーヒーでくつろげば彼岸花さく川土手長し プラボトルの魚取り器とバケツ持ち子供のようにメダカ取りする 溝川に沈めおきたるプラボトル上げればめだかが煌めき動く 埼玉 浜 田 はるみ 真夏日の去りて安らぐ昨日今日虫の声聞き眠りにつきぬ 大雨の被害の怖さあちこちの堤防決壊でまざまざと知る ☆ ☆ 何も出来ぬ夫にしたのはあなたでしょとは思いてもA子さんに言わず 長々と待たされたけど待ち時間忘れる美味しさのわっぱ飯なり 金木犀ほのかに香るベランダに秋感じつつ洗濯物干す 埼玉 野 崎 礼 子 会う度に輝きを増す友と居て幸せの価値観少し変りぬ シンプルに生きる友に刺激され捨てる勇気今湧いてきた 窓越しに微かに動く風のあり孫はバンザイしすやすや眠る 指を折りあと何年と数える母ありがとうの言葉が増えぬ 勝ち組と言わんばかりの言動に幸せですかと問いたくなりぬ 階下よりハーモニカ吹く音のするベランダのシーツ空に広がる 夏が過ぎ富士の頂き白々と思い思いの秋が過ぎゆく 44 作 品 二 茨城 糸 賀 浩 子 ☆ 冬雷大会に戴きし文庫歌集方代の『こほろぎ』読みて日付かわりぬ 十月の蚊タオルに打てばやせ細り血の気も無くて哀れになりぬ 剪定を終えたる夕べ庭の木々ゆれて秋風味わいおりぬ 春と秋の庭師の手間の高くなり倹約をして当てる年金 今年の秋明菊の花弱く庭師は枝を気遣い落とす 寒々と稲なき田んぼに鷺の群れ最後の餌場か元気に渡れ 老いを集め津軽三味線演奏す振袖姿にて若さをくばる 青森 東 ミ チ 健康な時に始めたる花畑三十五坪に花咲きゆるる ままならぬ今年の身体に花畑手入れ出来ねどつぎつぎに咲く 秋口に出回る西瓜は値も安く種も少なくジャムに最適 ストーブの点検かねて試し焚く難なく部屋に温み広ごる 派手好きの友が真つ赤な車で来る七十二歳に少しそぐはず 宝石を売りて買ひたる新車と言ふ七十二歳の友は華やぐ 庭ぬちの凌霄花は台風に振り回されて裂けて倒さる 岩手 岩 渕 綾 子 山を均し学舎を作りゐるらしく機械は動く休みなし 故郷の復興日ごと進みゆき老いたる人ら来し方思ふ 復興住宅の終の住処に早二ヶ月飽かず見てゐる入船出船 45 わが三階は老若男女ひとり居多く空部屋ありてコミュニティ無し アパートの通路を歩む百十歩二、三度あるくも誰にも合はず アパートの敷地に大木のしだれ桜ありて来年の春待ち遠し 岐阜 和 田 昌 三 何気なく新聞歌壇に目を遣れば古き友の名有りて驚く 考える時間の何故か減りゆきて歌詠むこともつい忘れ居り 長きこと歌詠み来しにこの頃はこれぞと思える歌の生まれず 同時期に入会したる人ライバルと思い欠詠無く今日まで来たる 特大の真鯉数匹悠々と濁れる池に見えつ隠れつ これ以上勢いづくな伐られるぞ堤防壊し根を張るけやき 苦痛時も笑顔でいよと人の言う笑顔が地顔の我でありたし 安保法違憲と市長答弁す自民多数の議会の席で 街角に立ちて戦争法反対と叫べば手を振るバスの乗客 埼玉 田 中 祐 子 身内のみの法要なれば施主の座の夫も疲れず住職と和む 何にせよ平常心に過したき老いの暮しのどきんとする日 枯れ気味の茄子の木切ると決めたれど日が経ち畑にすっくと直る かたち良く色良き茄子を数えつつ袋一杯収穫したり 勝手口の軒先少し出で仰ぐスーパームーン真東に澄む 天高く見様見真似の種蒔きに耕したての土の香立ち来 ☆ ☆ 46 作 品 二 東京 西 谷 純 子 穂の出づる芒を揺らす夕暮れの風は川下より流れくる 紙飛行機幼の手より飛び立ちて枝に掛かればああ、あと嘆く 道の駅に熟れてる無花果求め来て赤ワインで煮るポリフェノール多し 手を上げて横断歩道ゆく幼児の列日避けキャップの色愛らしく 秋風がこんなにも似合ふ花にして笑ひゐるのか揺れるコスモス 病院の帰りに通る御茶の水は学校帰りの御喋りの街 栗拾ひ姉につれられ袋持ち弾けて落ちたる小さき実拾ひき ☆ 埼玉 倉 浪 ゆ み 夏草はをさな子よりも丈たかく触ればゆらげるゑのころ草は 酔芙蓉夕べのピンクと今朝のしろひと木にありて晩夏の日を浴ぶ 中庭に弟のうゑし白き蓼円茎あらはに花さきたれり 手づくりの葡萄の棚にみどりなる初生りの実はふくらみ来たる 畑の辺に数多なりたるほほづきは取る子もなくて捨てられてあり 秋の日のひかりに輝き笑み割れてあまたの柘榴は枝に揺れゐる 東京 林 美智子 秋めきて庭の草々引き行けば花咲く茗荷五つも見付く 鳥の声木犀の香がいちどきに流れ込む朝雨止みており 皮を剥く青き蜜柑の香の中に運動会の思い出揺るがず 多摩川の土手の傾りの草踏めばひと足ごとにバッタ跳び立つ 47 秋彼岸に重なる姪の一周忌めぐる寺庭蚊が待ち受ける 震災にて都心より来たる寺並ぶ千歳烏山寺院通りに 寺院通り奥のひときわ広き寺妙寿寺に眠る義姉と姪と リハビリする友と電車に乗る練習ふた駅先にてお茶して帰る 窓多き家に越したる四歳児夕焼け満月見た見たと言う ひと株の紫蘇に雀が十数羽茎をたわませ実を啄めり 東京 石 本 啓 子 炎天下に「芸祭アートマーケット」の幟はためく上野公園 若者のダンスと歌は溌剌として観衆の次第に増える ゆりかもめより広がる景を見回しつつお台場海浜公園へゆく 3Dメガネ掛け観る動物の迫りきて仰け反るソニーエクスプローラ ビニールのハンガー手に持ち上下左右に動かし筋肉トレーニングす 半年の体操教室が終り毎日の運動身につく気がする 退院後三月目毎の検診に心臓エコー今回も良し ☆ 岩手 及 川 智香子 大権現黄の旗啣へ船旅の安全祈願し大きく頭振る 新しき街あるごとく明明と高台に臨む復興住宅 青空を見つつ目覚むる幸せを今日一日に如何に活かさむ 岩場にて釣糸垂るる人父子かな夕陽の中にシルエット濃し 枇杷が過ぎ無花果すぎて柿の時季先祖より受く宝の木数多 48 作 品 二 この秋の無花果柿柚子撓なり自然のなかの植物の不可思議 蛸足のごとく伸びたるベルトコンベヤー嵩上げ作業の使命終はれり 茨城 飯 嶋 久 子 野に刈れる薄女郎花壷に生け月の出を待つ今宵十五夜 箒に乗り魔女過ぎぬかと見上げたりスーパームーンは向かい家の空 明治生まれの母の形見の銘仙を作務衣に仕上げ手のしをかける つぎつぎに母の着物は三人の娘の為のもんぺに変わりき すでに亡き母と姉らを偲びつつ秋の陽を背にミシン踏むなり ゴーグルにヘルメット付け草刈隊兵士の如く整然と刈る 今日よりは天気図の表示冬になる日本列島寒々しき青 病癒え二年経ちたるこの秋に長き旅せんとスーツケース出す 円安に価値下がりたるユーロ紙幣かばんの中に数枚残る ☆ 岩手 金 野 孝 子 被災地は山に陸地に海中の重機ひしめく大工事現場 嵩上げの進む被災地ながむれば彼の日の街並み日毎消えゆく 工事現場の処どころに安全を担ひ日焼けせる警備員あまた 山腹の斜面に働くバックフォーンしばし見守る大雨の後 大雨に忙しく泥掻く作業員に自づ頭を下ぐ車の中より 崩しゆく山の天辺バックフォーンは雲すれすれに動くが見ゆ 連なりてダンプ行き交ふ通学路にカタカタと行くランドセルの音 49 東京 長 尾 弘 子 閉鎖して久しき両国公会堂修復始まる足場組まれて 工事場の朝の日課かラジオ体操白と黄色のヘルメット並ぶ しとしとと雨続く中を組まれゆく人は素早く足場を渡る 工事場を囲うシートは風うけて波立ち動く広がりながら 雲早くメタセコイアの頂を黒い鳥かげ危うくかすめる 台風の荒れたる川をのぼり行く遊覧船に人影もなく 茨城 立 谷 正 男 草ぐさは金木犀の香に満ちて昼蟋蟀はいつまでも鳴く 真白き花移りて青き実朱き実に烏瓜は時に順ふ 励まして歩める人の道すがらおはやうの声胸に染みゐる 香茸を採りて喜ぶ同胞にふるさと相馬の山は閉ざさる 福島の人々夜毎苦しむに心無きままオリンピックあり 息絶えし難民の子を偲びたり運動会の親子競技に 棕櫚の木の十月の空高々と扇の形に青葉ひろがる 東京 佐 藤 初 雄 橋桁の空襲由来の焚火跡補強の工事に消されて失せぬ てんでんこと袢断ち切り四年経て行方不明者二千五百余 土鳩鳴く声聞え来て遥かなる開拓村の幼時を思う 体内時計何時失せたるか今朝もまた目覚めは八時明り眩しく ☆ ☆ 50 作 品 二 些かの家事も放りて籠り居るゴロ寝の我を気遣う妻は 老い耄れて想定外なる身の劣化微睡居眠りひと日が終る 東京 伊 澤 直 子 芦ノ湖畔夜中に星を見に出れば夏の大三角形のはっきりと見ゆ 星空を娘に教えてもらいつつ星座をたどる絵と同じさま 芦ノ湖の朝霧鴇色に染まりいて晴れてゆく様坐して眺むる 富士山は雲の上に峰出して風の動きで見え隠れする 杉並木昔の人も歩きしと娘と二人語りつつ歩く 秋の陽を受けて明るい木々の下見渡す限りに曼珠沙華咲く 鴇色に染まれる雲の間より十五夜の月うす赤く出づ いつもより強き光を放ちたるまぶしいほどの十五夜の月 ☆ 埼玉 江波戸 愛 子 ☆ 駆けつけてくれたる医師は厳かに十二時二十分ですとちちの死を告ぐ 孫たちも曾孫も寄りてかわるがわるちちを撫でたり冷たきちちを 福祉用具引き取られゆき玄関もちちの寝所もがらんどう 俺の葬式を頼んで来たと散歩より帰りてちちの言いしことあり ちちの死を告げる電話にその昔頼まれましたと葬儀屋の言う 戦より「帰りました」と言うちちに「お待ちしていました」とはは応えしと 大恋愛の末に結ばれ我ありと夫の書きいる葬儀の挨拶 カレンダー目を凝らし見るわがちちの納骨の日は≲いい夫婦の日≳ 51 詩歌の紹介 たちやまさお詩歌集 『故郷の道』より㉑ 立谷 正男 十月号 十首選 十月集 林 美智子 弟の余命二ヶ月の宣告のメールが届く混 ころころこおろぎ 「こおろぎとの別れ」 に食べる喜び 関口 正道 ひた走る高速バスは待ち受ける灰色雲に し憲法空と成るらし 天野 克彦 新薬に変はりてやうやく納豆を三年ぶり みあふ車内 小久保美津子 また 「軍隊が全くなくなり」と茂吉翁詠みに さようなら 日にそへて声よわりゆくきりぎりすいま 声の遠ざかりゆく 西行 朝から時雨がつめたかろう 幾夜とてつづりさすらん 万葉集 日の光染みてすずしき群ぐさによき虫の 山の北風寒かろう きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか こゑのほそく立ちたる 白秋 しと足留めされき 石田 里美 涼みいる夕べの居間に稀なれど夫のハモ 飛び込んでゆく 髙橋 説子 初産に実家に帰りてそのままに空襲はげ よひよひの露冷えまさる遠空をこほろぎ ころころこおろぎ セーターや手袋を編んでくれた母を思い出 落ち葉に埋もれる別れ声 風に流れる遠い声 タートの朝 立谷 正男 幼子は近づく蛍を掴もうと負われた背よ 陸橋の下 西谷 純子 原爆の投下されしは月曜日市民生活ス ニカと唱歌を唄う 田中 祐子 ☆ 雷鳴と大粒の雨に人と猫駆け込み来たる す。朝の目覚めに夕べの庭に心をつつんでく ころころこおろぎ さようなら 蟋蟀を聞くときは友達と遊んだ村の道を思い さようなら にて行くらむ 茂吉 の子らはき死 りぎりす 蟀 に 寄 せ る 思 い は 深 い。 み ち いずれも蟋 のく相馬の冬に向かうに小さな灯りのもと、 出す。蟋蟀の声は空にも蟋蟀がいるように鳴 青い外灯ひとりぼっち れる虫の声が去るのは悲しい。昼のひかりに く。去りゆく秋、ある時は涙し、ある時は慰 と笑顔の友は 村上 美江 りその手を伸ばす 本郷 歌子 ☆ 震災の歳月四年目で落ち着ける終の住処 められる、それぞれの歌人の心を捉えたので 空のお月さまひとりぼっち あろう。蟋蟀が去れば何もない夜を迎える。 52 問いぬ 姫野 郁子 ☆ 亡き母の友は今年も生垣の上に南瓜の蔓延ば 楠 三村芙美代 ☆ 婿殿の退院の知らせ未だ無く八月を待ち娘に の涼 本山 恵子 ☆ 幹堂堂と天指す梢長崎の平和の像に似たる大 隣人傘寿 山口 嵩 玄関の細々したもの片付けて大葉擬宝珠一鉢 よこ追ひかけ転ぶ 沼尻 操 止まつてはまた歩き出す老犬をリードし歩く たらせ 荒木 隆一 たんぽぽの綿毛とばしが面白く曾孫ちよこち る今宵七夕 永田 夫佐 ☆ 錫杖を鳴らし手古舞ひ夏祭り白粉の首に汗滴 ツに滴る 中村 晴美 午後からの天気に期待出来そうな薄日漏れ来 ロ目で追ひてみる 増澤 幸子 早朝に畑の草を抜きをれば吹き出す汗のシャ 買ふ品の無いとも言へず品定めプライスのゼ 作 品 一 中村 哲也 の連絡帳に 江波戸愛子 ☆ も二秒と持たず 高田 光 将棋さす笑顔のちちの写真ありデイサービス き雨降る 関口みよ子 ☆ 熱き湯を我慢できるが江戸つ子と足を入れる つ幼と歩む 倉浪 ゆみ 明日ひらく蕾ひた打ち蓮池の泡だつほどに太 平和な一日過ぎぬ 田島 畊治 ☆ ゑのころ草ゆれる堤の散歩道うた口ずさみつ の記憶ふくらむ 糸賀 浩子 ☆ テレビ切れば妻がつけてはうたたねを又切る りつつあり 山本 貞子 麦秋の季節になれば不器用に鎌研ぎし少女期 部続けると言う 浜田はるみ ☆ 信じゐる医師の言葉に食欲の出できて体重戻 ねと我を見つめる 飯嶋 久子 ☆ 今の子にも伝わるように工夫して被爆の語り 行かせき 大滝 詔子 夢に逢う夫はいつもロマンスグレイ齢取った 無謀とはつゆ思はずに八歳の娘一人で日本へ 作 品 二 吉田 綾子 踏むをためらう ブレイクあずさ ☆ 見てをり 大野 茜 発つ朝に母の仕上げし布ぞうり貰いきたるに の暑さ思いやられる 鵜崎 芳子 ☆ 母逝きしあの日の桜思ひつつ今朝満開の花を くなげの花 星 敬子 シュワシュワと今年始めての蝉の声これから 味を覚える娘 永野 雅子 ☆ 夫と行く天空近き万座の湯湯舟に散るはしや 字 卯嶋 貴子 ☆ 十八より選挙権ありとニュース聞き政治に興 気持昂る 木村 宏 ☆ 同級生六人集り食事するつい口をつく旧姓名 あいあいと 豊田 伸一 ☆ 久々に革の登山靴手入れして出掛ける前から に過ごす 吉田佐好子 ☆ 奥久慈の里の床屋で散髪す会話とぎれず和気 みこまれたり 池田 久代 骨折し動けぬ母の状態に気をもみつつも仕事 家族皆避難終へたるその夜にわが家は水に呑 作 品 三 永田 夫佐 十月号 十首選 しをり 大久保修司 十月号 十首選 53 十月号作品三欄評 水谷慶一朗 夏の青空を仰ぎ見て、猛暑への慨嘆で ある。三句は「青き空」で切り「つづく 続くためいきひとつ 川俣美治子☆ 猛暑にため息ひとつ」の方が好ましい。 広い更地に一本のポプラが屹立してい る情景は見た処。「もゆるごと熱き」の 捉え方は失敗。せめて「陽炎のゆらぐ更 にゆえ名まで記憶す 廣野恵子 地に」くらいで生きる歌になる。 淡くなつて久しい若い日の恋。その相 手の名まで旧友が記憶して口にした驚愕 ☆ 自宅にて療養開始母親は動けぬストレ 度になかなか慣れず 大塚雅子 の 心 境。「 な に ゆ え 」 が 女 ご こ ろ の 複 雑 ☆ サイクリングを愉しむにも走行規制が 施行され厳しい。街なかの走行は自動車 みずからは忘れおりにし若き恋友はな との並走ゆえ、スピードと車間を意識し 自転車は車道を走る規則なれど車の速 は一変する。ストレスは双方に発生する さを蘇らせて愉しい。この前作の「思い ス父にぶつける 吉田佐好子 が受止める側の忍耐は辛い。老々介護の て儘ならない。五句は実感である。 もかけぬ事柄」だったのだろうか。 さは より数多の若芽の出づる 大野 茜 惜しみつつ伐りたる古き梅の木の根株 わと音の涼しく 木村 宏 「 の 」 の 四 か 所 は 煩 雑 だ が 言 葉 の 整 理 で消える。上句「惜しみつつ伐りたる庭 ヨガの効用は知らないが、インド古代 からの心身鍛錬法とか。今は健康美容増 語学が堪能で英語圏での生活環境にい る作者でも言葉の壁は厚い。確かに日本 ☆ ☆ 暑さに料金は無視 山口めぐみ 午からの風に騒めく竹林の音を涼しく 聞いている処だが、四句が何とも煩わし の梅古木」下句「根株より多に若芽ふき ☆ 一端を思わせて切実。 茨城の午后の竹林風たちてざわざわざ 猛暑の夏日を乗り切る手段としてエア コンのフル稼働。消費電力料金は無視と く 整 理 不 足。「 茨 城 の 竹 林 に 午 の 風 た ち 出づ」に。「数多」は「多に」がよい。 ☆ 言う。常は慎ましい主婦の決断である。 て騒めく音の涼しく聞ゆ」でよい。 普段は仲良しの老夫婦でもどちらかが 介護対象の病気をすると、家庭の雰囲気 突然の夏日にエアコンフル稼働うだる 雑踏に澄む鉦聞え振り向けば托鉢僧を ゆったりとヨガの体位に浸る時心も共 進の目的らしい。或るポーズでいるとき 語のもつ言語感覚は複雑で、作者の抱く に解れゆきたり 川上美智子 り盆の近づく 鈴木やよい に」下句も「托鉢僧をり盆の日ちかく」 心も解れゆくと言う実感は肯ける。 英語にて暮らしを営む日々なれど翻訳し きれぬ感情つねに ブレイクあずさ ☆ に。「雑踏」は「街角」でもよい。 今日もまた雲ひとつない青空に猛暑が 「翻訳しきれぬ感情」は常。上手い歌。 もゆるごと熱き更地に一本のポプラ屹 街角でよく見かける光景。上句は語順 を変え「澄める鉦の音に振り向けば雑踏 立す緑濃くして 斎藤陽子 54 十月号作品三欄評 関口 正道 ☆ 梅雨晴れに喜々と建具を開けたれば風 は南から北にと抜けゆく 乾 義江 の当選者の高揚が伝わってくる。支持し たのか、不支持だったのか、解らないが 素直に詠んで当選者を祝っておられる。 ☆ 電車降り杖突き出口に立ち止まる老い たる人を責める者なし 川上美智子 手く捉えられていて状景が浮かぶ。 身互いの良き日本人を自慢している。 筆者も杖突老人に成り果てた。これを 責める人が居ないのが嬉しい。ここは相 息子への母親の微妙な感情を表していて 畦道に馬頭観音二体あり彫りうすれた 二首続く「風」の歌。前者は〝昔〟の 表現が効いているのか。風に吹かれる縁 合宿へ出掛ける息子に連絡を入れよと 側は追憶の場となるのだろう。後者は素 命ず期待はせずに 山口めぐみ ☆ 直に風を詠んでいる。梅雨晴れの爽快感 「 命 じ る 」 と の 強 さ、「 期 待 は し な い 」 との打消しもある。だがそんな筈は無く が感じられる。下の句に具体的事実が上 いい歌だ。連絡をする息子と確信する。 ミンミン、ジージーでは平凡だが、こ の表現はいい。確かにそう聞える。 シュワシュワと今年始めての蝉の声これ からの暑さ思いやられる 鵜崎芳子 ☆ れどまなざし変らず 木村 宏 ☆ 炎天の辛さぶつぶつ呟きつつ坂登りゆ く自転車押して 鈴木やよい 昔、筆者は坂東観音廻りで清滝寺へ向 暑 さ の 表 現 も 巧 み に 使 い 分 け て い る。 か っ た。 フ ル ー ツ ラ イ ン に は 野 仏 が 多 やはり独り言を言わざるを得ない処に作 者の覚悟と情感が詠嘆になる。部屋の中 湧水の銀命水は冷たくて飲めば忽ち汗 地蔵菩薩と共に野仏の筆頭で馴染深い。 ておられない程この夏は暑かった。 エアコンを利かせて熱々の食事とは面 白い。節電が建前だが、そんなことは言っ かった。馬頭観音は、無病息災の守り神、 エアコンのきいた部屋にて熱々のワンタ ン食べる夫婦だけの夜 川俣美治子 ☆ でもぶつぶつ言うとそれは危ない。 の退きゆく 卯嶋貴子 ☆ 猛暑となる予報なれども東京の湾岸サ 検索したら銀命水は茨城県霞ヶ浦に あった。以前秩父札所・三一番でラムネ もあるのに 廣野恵子 ☆ を飲んだが天然水の冷却だった。冷蔵庫 結句は理解するが私も先年これを受け た。今更だが教習所で反応検査やコース イクリング皆で出かける 大塚雅子 作者には東京マラソン、沖縄の海の歌 などスポーツを楽しんでおられる歌が多 のものより自然でマイルド、汗も引く。 一周の実地もある。高齢社会で講習者は ☆ い。老人!の多くなった冬雷では、若々 選挙戦終えて議員は勝ち名のりお礼を 多い。不合格はないから早目をお勧め。 高齢者運転講習案内が早々届く五ヶ月 しくていわゆる〝元気〟を貰う。 言いに車走らす 中山綾華 ☆ 縁側に寝転びて見る夕空を昔の風が吹 ☆ 落選して車を走らす人物はいない。そ きぬけてゆく 豊田伸一 55 作品三 茨城 吉 田 佐好子 病む人の傍らにいて何もできず出来ることから考えてみる 心身は決して離れることはなしまずは身体を動かしてみる 以前には身心とさえ記したる身体動けば心も動く 「病名」を事実は事実と伝えるが病名に負けぬサポートをする どうしてもよぎる不安に潰されて自らの病気増やす人多し 不安とはまだ起きぬもの実体がまだないものを膨らませない 元気良い尼さんの声を聴きながらポジティビティの高さ感じる 出来るだけ元気な人に近づこう風邪とおなじで元気もうつる 高知 松 中 賀 代 胡麻の花上の上まで咲きのぼり実を結ぶ日を楽しみに待つ 思うまま此処に大根白菜と自由に蒔ける独りの暮らし 百歳で百歳体操すると言う一句を読みて元気をもらう 夕ぐれを急ぎて帰ることもなくバスを待つ間に冬雷を読む 稔り田は早刈りとられ稲株が広びろしたる刈田に残る 秋風の寒くなれるを肌に知る木犀の香の今日程よくて 埼玉 山 口 めぐみ ☆ ☆ ☆ 長野市松代 旧横田家住宅 56 作 品 三 鬼怒川はその名のとおり氾濫す荒川沿いの我人事でなし 国会のニュースに親子で意見割れケンカにせぬよう夕飯始む 中学の体育祭は秋晴れで季節はずれの日焼けに驚く ムズムズと鼻の不快に今秋の花粉の飛散に気付かされたり 毎年のノーベル賞の受賞見て日本の未来に明るさ感ず 予備校の冬季講習を親子して意見出し合い選ぶは難し 経緯 (北鎌倉の兼松洋子、向井節子、稲垣淑子三夫人に) 東京 富 川 愛 子 鬱ながら夫の食事作りゐき眠剤のめば食器も洗へず 汚れたる食器をすべて夫人らの片付けくれたる有難さかな 療養のために空けたる留守の家向う二軒の世話しくれたり 隣人に礼を言ふことすらできず言葉の回路止まりて哀し この哀しき重たきこころ持て余しひらひら手招く木の葉見てゐつ 何も出来ぬ躰横たへ宙を見つわが夢を奪ひたるこの鬱病め 六粒の薬を飲めば楽になり代りに思考ふうつと消ゆる 文字・言葉・速度を増して消えゆくを実感しつつ青き空見る 長崎 池 田 久 代 中秋の名月見むとベランダへ出づれば既に森の上に高し 諏訪の杜しやぎりに誘はれ長坂をかけ登りたるはおさげ髪の頃 付下げの衣をまとひて茶の席へ妹と師の供せし日あり 人道を歩いて居たる妹に自動車が急につつこみたりと 57 「あつ」といふいとまもなくて妹は息を引きとりひとり逝きたり 「今きたよ」「はやかつたね」と席を立てど玄関の外人影見えず 夜のふけてくるはずのなき妹を今宵も待ち居り夢うつつにて 東京 卯 嶋 貴 子 交通事故にて夫は骨折入院し我家にわかに慌しくなる 麻酔から覚めた夫は我を失いいっときパニック状態になる (十月一日) 骨折の手術後の夫は麻酔から覚め赤子の如く吾を目で追う 酔芙蓉今が満開入院の夫に写真に撮りて見せにいく 一ヶ月入院し帰宅したる夫は肩を動かせずリハビリに励む ☆ 岩手 村 上 美 江 盛岡は県庁所在地街中に流れる川に鮭上りくる 四年前震災の年の鮭たちは傷負ひながら産卵へ向かひたり 「おかへり」と大きくなつた鮭たちに声掛けをする橋の上から 傷ついて傷ついて尚遡上せる鮭に労る声を掛けたし 中津川を鮭が遡上す街中のどの橋からも姿見られて 鮭たちに言葉のあらばこの四年此処までの道程聞かせて欲しい 黙黙と只遡上して傷ついて次に命を一向繋ぐ 静岡 植 松 千恵子 漢字には書き順あるをわからずか滅裂に書く孫の書き取り 萩が咲き彼岸花芽吹き暑くとも秋を告げ呉る野の草花は 58 作 品 三 一夜にて大根の幼葉軸残し葉を食ひつくすは夜盗虫ならん 手作りの味噌待ちくるる人あれば今年も始めむ麹作りを 蝉鳴かず朝は冷え込み秋になる昨日の夏は遠のき忘れ 流さるる家に乗る人助けらる生死は一瞬自然の猛威 茨城 乾 義 江 物故者は三割強なり法要兼ね同窓会の通知の届く 供物添え送る返信に電話あり名前を聞けど顔の浮かばぬ 新涼の季節ようやく訪れて蜩の声澄みて聞える 常総の鬼怒川決壊映像の濁流の凄さに釘付けになる 逃げ遅れ助け求める人々のヘリの腹にと吸い込まれゆく 吊り上げれど吊り上げれどなお間断なくヘリに手を振る窓の人影 朝食抜き検査待つこと三時間存在気になる向かいの鮨店 今鳴きたる雉のひと声短くて目交いに茂る草原のなか ☆ 岩手 斎 藤 陽 子 玉葱をいつぱいさげて友の来る俺の作だと顔日焼けして フェンスに蔓からませて昼顔のうすももいろのちひさな花咲く カエルにもスズメの群にも見はなされ芒の原となる休耕田 おれおれの電話がつひに我に来たおちつけおちつけ孫の声とちがふ ぺらぺらとしやべりつづける電話聞く何を売るやらわからぬままに 突然に若き女性より電話きてお声が若いとまづはほめくる 59 方言の日常会話孫達になんのことかと聞き返さるる 十センチほどの段差をふみはづし転倒す青き空が見えたり 岩手 佐々木 せい子 十五夜の準備整え出づる月待ちつつ大空じっくり眺む 山並を静かに照らし満月の浮きたちのぼるをわくわくと待つ じっくりと双眼鏡をのぞきこみて満月を追う一人の時間 復興の祭りはようやく実現す天に届かん太鼓の音は 祭り笛吹く子の頭に赤トンボくるりと飛びてまた止まりたる 若衆の力の満ちて響き来る太鼓のリズムに周り静もる 今日ひと日三度つまずく左足復興祭り明日にひかえて 天空に橋架かる如き縦貫道海岸はるかに見え隠れする 湖の如き入江の高田湾津波を思えば今も震える 茨城 木 村 宏 青空の下に智恵子抄の詩碑光る九十九里呼ぶ今も二人を 鈴虫のかん高き声すき通り一人夕餉の茶の間に響く 久々に友への電話「入院」の返事かえりて淋しかりけり コスモスの風に乱るる茎のごとき娘の脚しなやかさ 皆で乗る白鳥ボートの楽しさや「未だ乗りたりぬ」と駄々こねる孫 金木犀強い香りが家に入る花の終りを待ちて伐りたし 彼岸過ぎ残暑の続く我が庭の木犀の枝花壇をおおう ☆ ☆ 60 作 品 三 五回忌の妻の墓参りにぎやかに孫達のブランコ高く漕がれて 茨城 豊 田 伸 一 窓際の朝顔風に揺らされて暑さの朝のしばしの涼し 台風に揺られて曲がる紅葉の枝更に激しくたたかれながら こおろぎが一つ鳴き出でつ秋深む暑さの時が夢のごとくに しらじらと明けくる朝に蝉が鳴く異常と思う九月半ばに ゆく夏を惜しむか蝉が鳴き出づるまだ明けやらぬ九月の異常 ミニトマト妻がもぎりて食卓に新鮮なうまみに食のすすみぬ 南瓜切らんとまさかり振りて力こむそれでも固く斜めにそれる 水の退くを望む気持ちはひとつなりすさまじかりき堤防破壊後 かすかなる救急車の音聞え来る深夜の患者増えているらし 福島 中 山 綾 華 黄金いろの田んぼを見れば懐かしく結いで稲刈る昭和の初め 稲刈りの母の指先あかぎれの痛さかくして布で巻きおり 稲刈機発売となりいち早く買って喜ぶ在りし両親 東京 大 塚 雅 子 ランナーの銅像見つけ正月の駅伝中継思い出したり 両手挙げゴールする選手の銅像がビジネス街の片隅に立つ 東京 永 野 雅 子 ソラマチに流れ入る人群れの一人となりて吾も従う ☆ ☆ ☆ ☆ 61 三十階のレストランへのエレベーター順番待ちの十五分長し 節目とて健診項目増えておりわが開店迄に帰れず 一年間の仕事の疲れとストレスか健診結果にポリープのあり ポリープは早く取るのが安心と胃カメラ飲むを勧められたり ☆ ☆ 茨城 小 林 勝 子 ☆ どんよりと雨雲低き夕まぐれ番の小綬鶏やぶに隠れる 小綬鶏の親仔神社の庭にいて翼の中に雛鳥かくす つくつくぼうし鳴き納めらし声弱くなりたり今日の夕ぐれどきを 高知 川 上 美智子 里偲ぶ母を連れ生家へ向かいゆくこれが最後とつぶやく母を 母の手を繋いで歩く弟の白髪頭が追い風に乱る 手を出して縋りつく母幼子の一歩の如し吾を捕らえて 少しずつ法師蝉の声減り行きて彼岸花咲き秋の深まる ひと口に爽やかな香の広がりぬ野菜サラダの朝取り大葉 栃木 川 俣 美治子 腕時計のバンドいつしかゆるみおりああ少しだけ夏の疲れか 音のなく降る雨足に目をやりて心寂しむ乙女のごとく 料理本いずれを見てもうまそうで手順簡単そうなるをメモす ぬける如き青空見上げ心騒ぐこのままどこかへ行きたいほどに 見わたせば続く白い花は蕎麦小さく小さくどこまでも可憐 62 作 品 三 澄みきった空気感じるその中に赤が際立つ柿の実たわわ 耳元に季節外れの蚊が一つまつわりつくをわが振り払う 久びさにパンを焼きたる日曜の朝に漂う豊かな時間 神奈川 大 野 茜 ラジオより聞ゆる歌の優しくて耳を澄ませば「眠れ良い子よ」 父母の後を継ぎたる古家の香り残してリフォーム終る 一人にて重き窓枠持ち上げて嵌め込む大工に眼を見張りゐる 戯れ合ひ大声交はす中学生下校の列は今も昔も 唐辛子一つを売りて三百年八幡屋更に繁盛極む 桃色のカンパニュラの花咲き初むる恋する女の口元に似て 埼玉 星 敬 子 曼珠沙華咲くあぜ道を孫を背に手おんぶをする祖母はうれしげ 曼珠沙華咲く丘の上誰やらん音色さはやかにギターを鳴らす われのゐるゴルフコースに時雨来つとなりのコース陽の照りながら いわし雲ふはりふはりと流れゐてこの夕映えに広がり止まず 宮城 中 村 哲 也 盛り上がり留学生らの話す声意味を解せずバス待つ不安 盆過ぎて事務所の窓は開かずに飲むコーヒーを熱きに変へる あを 帰り来るこの道に虫の音を聞きて去年も同じく歌作りたり 緑濃く茂れる草に埋もれゐて伸び損なへるつゆ草の藍 63 いやといふ程に濡らせる雨雲の吹き払はれてけふ真青なり 雨続き半ば放置の鉢植ゑの朝顔咲きて蜂の戻り来 朝顔の蜜吸ふ蜂の忙しく水遣る我も忙しき朝 連休の中日の朝はマンションの戸を開くる音無くて安らぐ 茨城 篠 本 正 漁港には数多なる船の繋がれて潮風をうけやまず揺れおり 「アンコール」と言われて同じ歌うたうわが男孫の七五三の席 寝ておれば地震の揺れの強まりて動悸たかぶり布団はねのく 杖をつきて歩む姿の目に浮かぶ冬ざれの中母は逝きたり 巣をかけた車のミラーにしがみつき高速道路を蜘蛛の運ばる わが腕の細き血管はたいても注射の打てず看護士交代 二リットルのペットボトルを思いきり踏みつけて出す資源ごみの日 旅の宿ふろに浸りて目を合わす見知らぬ人と言葉を交わす 十一階の窓をあければ闇の中にわが身をつつむ渓流の音 東京 廣 野 恵 子 雲かぶり前につらなる八ヶ岳ほっとながめるホームに立ちて 小海線二両編成にて待つホームわれ先に走る乗り換え ゆっくりと過ごすつもりの休日を常の習いにて急いでしまう 庭先のどうだんの赤ひきたちて秋のはなやぐ信州の家 こがねの田まぶしく続く小淵沢森のむこうにぬける青空 ☆ ☆ 64 作 品 三 地に立ちて吹きくる風に感嘆す良き香りあり深く吸いこむ 何事も数の原理に押し切られ今歩道にはぎんなんの実おちる 東京 山 口 満 子 浅草寺の棒に結ばれたみくじ見て「俺と同じ」と夫は笑う 縁結びの神社の前の看板は「沖田総司終焉の地」 久しぶりに夫のリクエストに応えてニンニク醤油の唐揚げを作る 愛知 鵜 﨑 芳 子 鬼怒川の決壊濁流映像に呆然として明日をおもう 美し国に生れた幸思いつつ水と食べ物備蓄点検 国会の喧騒過ぎて物悲し静かな山路しみじみと歩む 道に沿い広がる稲穂風にゆれ田の土手に咲く彼岸花赤し 次々にはなやかに咲く庭の隅の芙蓉の花の色定まりて 秋の日が差しこむ部屋でゆったりと私とネコとお昼寝タイム ☆ ☆ 奈良 片 本 はじめ 心病む君を支ふる事にやや疲れしか我メール返さず 十余年心病む君を支へたれど些細な事で別れを告げし ベッドにて眠れず秋の虫の音を聞きつつ己の半生思ふ 自治会の草掃除終へ村人らジュース片手に情報交換 厚労省の通達ひとつで弱き我ら打撃を受けし保護費のカット 年末も保護費カットにならぬかと厚労省の動向案ず 65 朝ごとの洗顔の水を結ぶ手に冷たさの増し秋深みゆく 朝晩の冷え込みに負け今日つひにホームコタツの布団を引き出す 誰も来ぬ正月なれど我やはり年末掃除に思ひ巡らす 東京 松 本 英 夫 インタビューに被災の人はふと笑ひ思ひつのりて歯をくひしばる スーパーのフラダンス踊るをとめたちいかに耐へしやその笑顔もて アルバムをかけれどむかふパソコンに聴きたい曲はいつも素通り 自転車の前に乗り笑む幼子は母への信頼みじんもゆるがず 幼子は妻と目の合ひ笑み返すきづきたるものふたりにあらむ わかれぎは伏せてこらへる幼子のバイバイの声かげ消ゆるまで ☆ (☆印は新仮名遣い希望者です) 栃木 加 藤 富 子 あたたかき飲み物を求めるこの身体猛暑の時季は静かにひきて 病院前の大きな銀杏の並木道通るたびごと秋らしくなる 丸々と太りたる百合の球根を深き鉢に埋めて春の花待つ 夫を送る病院までの高速道すすきの穂波風に靡きぬ 手術中の灯りは消えず今日というひと日過ぎゆく夜中に光る 午前零時病棟内の足音とエレベーターは休む間のなし 夫を待つ待合室にわれ一人期待と焦燥くり返す夜 執刀医より見せられたる夫の食道部小さな癌は大手術よぶ 切除部の癌の病巣誇らしそうに存在感をたっぷり示す 66 編 集 室 ■小林永典歌集﹃生駒が岳﹄ 仁王門を覆う太き松の立つ湖北の寺は春 を見つめるか母 過去・未来現実さえも遥かにて瞳はどこ 病む母への思いが切々と伝わる。いつまで も健やかであってほしいものだが、そうでな 母に守られし日々 手のひらに溢れる水を流しゆくかつては がすみの中 仕事を退かれてからは旅を楽しむ心の余裕 を持たれたようだ。整った美しい調べである。 わが母と亡き子の供養と巡りゆく四国遍 い現実が悲しい。 月の薔薇 路の八十八ヶ寺 旅の歌には心に沁みる挽歌もあることを書 き添えたい。最後に歌集名の源となった一首。 草をぬく手元の蚯蚓おどり出てやがて静 「未来」誌上に発表した作品から退職後の 作品を中心に編まれた著者の第一歌集。平成 二十六年八月発行。 うから絶ゆる大阪の街はるかなり生駒が ちくる夏草のあり ひたひたと闇に馴染みてゆく刻に匂いた かに地に潜りゆく 解きかけの蕾に寒の光さし紅艶めく十二 四十年勤め果てたり過ぎゆきのその歳月 岳にいまし虹たつ (ながらみ書房刊) の透明にして ■渡辺知英子歌集『無垢の音』 通勤の朝の時間に家にいて枷のひとつを はずす思いぞ こうした自然詠にも作者の持ち味が現れて いるのではないか。感性の豊かさを感じる。 「白南風」「茨城歌人」「ふいめえる」に所 属する著者の第一歌集。平成二十六年八月発 行。 勤めなくば甲冑すてて在るごとし師走の 空を飛行船ゆく 母の遺す手帳出できぬ生活の金の出入り 三人の娘がそれぞれの個を放ち追い切れ 独りの夕餉を済ます 「歌界」編集発行人、荻本清子氏の第十一 歌集で四六九首を収録。あとがきに「日常の ■荻本清子歌集『夕宴』 (白南風叢書第五十七篇 ながらみ書房刊) 帰らぬ子部屋にこもる子それぞれに我は の細かに記す ぬ我を置き去りの冬 永い勤めを終えた感慨が呟くように詠まれ ている。どれも実感が籠った表現に引かれる。 母とわれ間借りをしたる家さがす六十年 娘の未来の何に関わり行くべきか厚焼き いとなみとして日常を越える表現を視野に置 目の街角に立ち 青春期を迎えた娘たちとの日々が心の揺ら ぎともに鮮やかに描き出されている。 岩陰に石の仏の並びおり木の葉一枚雨水 風を呼びこむ いています」とある。平成二十六年九月発行。 母の眼はたしかに我を探しいる萎えたる 玉子の弁当作る じみと響いてくる二首ではないだろうか。 脳に母性生きいて あとがきに幼くして父を亡くし、母と二人 だけの暮しだったとある。母への思いがしみ 残雪の伊吹山をば遠く見て近江のひろき 夜の窓まどかに月の照りはえて扉を開き 畑道をゆく 67 歌集 / 歌書 御礼 を溜める く見つめた眼差しがある。平成二十六年八月 ■島崎榮一歌集『苔桃』 生きている限りは地球の仮住まいどこに の ひとの亡きのち わがきたる雲井御所跡周辺は梅雨あけの は林中にあり 幾重にも若葉したたる夏山のわれらが道 録されている。平成二十六年七月発行。 「鮒」編集人、島崎榮一氏の第十一歌集で ある。七十代後半にあたる作品五二〇首が収 生きてもひとつぶなるよ 空高く晴れたり 発行。 と焦点が小さな木の葉に絞られてゆく。身近 殺されっぱなしが積まれどの道もイラク 月光に艶めく観葉植物は遠き密林の生を な観葉植物を捉えた作品も奥深い。 の夜の月光葬なり 保元の乱で敗れた崇徳上皇が流された地が 讃岐。崇徳上皇を敬慕する旅の高揚感や感慨 薄まりてゆく衝撃と深まりてゆく寂しさ 集合ポストにはみだしているチラシなど 悠々の川なれどかつて火を背負う人にあ 宿せる 抱えて戻る十一階に ふれき東京の川 月光の注ぐ窓辺はいつもと違う時間が流れ ているようだ。雨の石仏周辺の景はだんだん スーパーの棚に美しカップ麺非常食とし つぐ母ありし日々 九十を越えてわが子を頼るなく敷物編み 大鉢昔に変わらず 子の帰省待ちいし母の手料理の盛らるる 小さいわれの桃の子 まだこんなに素直な眉で眠りいる大きく さんさいほどの脳置く 身を預け眠る娘はじゅういちのからだに う出来る生命の力を持っているのだろう。 人は強く生きなければならないし、自ずとそ くさんいる。その悲しい事実を胸におさめて 佐渡ゆりの球根やせてこの夏は花の小さ 上に押しあぐ あま照らす神の夕日を鷲摑み高層ビルの に問いかけてくる作品。 生活に必要不可欠な電力の供給をこれから どうすべきなのか、原子力発電について読者 嫌はれにけり 幾十年人間のために働きし原子力発電所 の優れ物なり 原子力といふ暗黒のもののけは遠き昭和 が情景とともに伝わる。 買い蓄めておく このような作品が特に心に残っている。戦 争や予期しない災害、病気で命を落す人がた 母の優しさ、気丈に生きた姿がきりりと 屈折や陰をいっさいまとわずにこの子楽 何気ない生活詠であるが、現代を映し出し ているし、飾らない日常が見える。 した空気感を持って伝わってくる。 しい世を生きてゆけ (ながらみ書房刊) (以上担当 桜井美保子) (鮒叢書第八十六篇 現代短歌社刊) し見るたび堅実 人来たり夕宴としこれほどのゆとり生ま てくれる。 (角川平成歌人双書) 作者は障害を持つ子の母親。その大きく深 い愛情は歌集を読む者の心を温かく勇気づけ るる酔いて饒舌 ■鈴木英子歌集『月光葬』 「こえ」代表代行を務める著者の第四歌集。 人間の生と死を、社会をそして自らの生を深 68 事であったが、関連して合同歌集 雷の113人』の刊行が大きな仕 記念号」、七月の記念合同歌集『冬 ▽二月の「木島茂夫先生生誕百年 力頂いた皆様に御礼申し上げる。 色々お知恵をかして下さり、ご協 年 末 と い う 状 況 で あ る。 一 年 間 くこなす事に懸命で、気がつけば 定していたスケジュールを遅滞な ▽本年最後の編集後記。今年も予 さった川又幸子先生には、心から なお、十六年間発行所を守って下 部変更も発生した。詳しくは新年 る。新会則もあり、また規則の一 所が移転し、新事務局が設置され ▽目次上の通り、新年号より発行 びてすむ筈もない。対策したい。 張っている会員の皆様を思えば詫 し ま っ た。 欠 詠 無 し を 目 差 し 頑 ▽手違いから掲載漏れ作品が出て 例研究を越えて味わっている。 む ほ ど に 味 が 濃 く、「 し 」 の 使 用 関係で休載とした。文明作品は読 しているが、今月は他の原稿との への準備が始まります。維持会員 ら ぬ ご 指 導 ご 協 力 を お 願 い す る。 ▽大会が終わると直ぐに新しい年 号に記載するが、ご承知頂き、変 の皆様には日頃のご協力への感謝 すのでよろしくお願いいたします。 せください。次回の参考になりま ついた処などありましたらお知ら ▽大会に参加されての感想や気の 運営費として活用させて頂きます。 名は省略させて頂きますが今後の をご祝儀として頂きました。ご芳 名様より計、三十五万三千五百円 ▽大会開催にあたりまして五十六 ※互選賞を 江波戸愛子さん おめでとうございます。 ※木島茂夫賞を 高松美智子さん が左記の賞を受賞されました。 小久保美津子 高松美智子・江波戸愛子・ 吉田佐好子(敬称略) ▽どうぞ良いお年をお迎え下さ 松中賀代・山口めぐみ・ 橘美千代・富川愛子・本郷歌子・ 髙橋耀子 ▽作品三欄から作品二欄へ昇格 江波戸愛子・斉藤トミ子・ ▽作品二欄から作品一欄へ昇格 編 集 後 記 の優秀作品の表彰、そして冬雷大 汰をお詫びし、今までの経過報告 お墓へも詣で、十六年間のご無沙 今週は山形の木島先生の眠られる 当日様々な役を担当して下さった ので早めに決めなければならな 号の原稿締切が十一月十五日です テル ルートイン東京東陽町にて ▽もう一つ大切な準備として作品 開催、有意義な一日となりました。 欄の昇格があります。これも新年 ▽第五十四回大会は十月十八日ホ い 事 の 一 つ で す。 選 者 だ け で な 12 月 13 日( 第2日曜日 )第6研修室 *会場が、ゆりかもめ「 豊洲 」駅前 間違わないようにお願いします。 い。 (小林芳枝) ▽寄附御礼 会での簡単な批評会等の設定と続 を行った。 方々に厚く御礼申し上げます。 く 編 集 委 員 と 協 力 し て 選 び ま す。 を儲け、原稿をお願いしています。 ▽冬雷臨時増刊号『四斗樽』の完 ▽今年の大会では大きな賞の表彰 二十八年度昇格者は次の方々です。 編集後記 き 慌 た だ し か っ た。 そ の 流 れ で、 御礼申し上げる。 (大山敏夫) として新年号に賀状交換のページ 全復活版を連載したのも、記して 雷の一一三人』の中から、お二人 おきたい。その後もわたしは「し」 が二つありました。合同歌集『冬 に拘って土屋文明先生作品を勉強 冬雷本部例会のご案内 午後1時~5時まで 「 豊洲シビックセンター8階 」 に変更になっております。 ≲冬雷規定≳ て必ず同じ歌稿を二通、及び返信先を表 の下に☆印を記入する。 一、無料で添削に応ずる。一通を返信用とし 一、会員は本会主催の諸会合に参加出来る。 記した封筒に切手を貼り同封する。原則 一、会費を納入すれば誰でも会員になれる。 一、月刊誌「冬雷」を発行する。会員は「冬 として一週間以内に戻すことに努めてい かかるので厳守のこと。 ∧ メールでの投稿案内∨ るようにする。選者間の打合せに時間が 実際の締切日より二、三日早めに到着す しないことを方針とする。 一、各所属の担当選者以外に歌稿を送る方は もある。特に作品一欄は基本的に添削を るが、選者によっては戻りが遅れること 雷」に作品および文章を投稿できる。た だし取捨は編集部一任のこと。 一、会費は月額(購読料を含む)次の通りと し、六か月以上前納とする。ただし途中 退会された場合の会費は返金しない。 普通会員(作品三欄所属) 千円 作品二欄所属会員 千二百円 作品一欄所属会員 千五百円 維持会員(二部購入分含む)二千円 購読会員 五百円 会費は原則として振替にて納入すること。 紙が二枚以上になる時は必ず右肩を綴じ して希望する選者宛に直送する。原稿用 型を使用し、何月号、所属作品欄を明記 る。 原 稿 用 紙 は 一、歌稿は月一回未発表十二首まで投稿でき ≲投稿規定≳ 判二百字詰めタテ きいデータは、それが何か解るようにタ のメールでも送信可能だが、文章等の大 場合は通常のメール本文又はケータイで 色を付けたりしないこと。分量の少ない に 分 断 し た り、 余 分 な 番 号 を 付 け た り、 こと。頭を一字分空けたり、一首を二行 首ずつベタ打ちにして、行間も空けない ご相談に応ずる。その場合は、白地に一 ウイルス対策は各自に於いて厳守する。 イトルと「拡張子」を付けて添付する。 ること。締切りは十五日、発表は翌々月 し て い る( ご 連 絡 下 さ い )。 他 の 選 者 も 一、電子メールによる投稿は編集室にて対応 E 号とする。新会員、再入会の方は「作品 三欄」の所属とする。 一、表記は自由とするが新仮名希望者は氏名 B 5 頒 価 500 円 D C B A E 《選者住所》大山敏夫 350-1142 川越市藤間 540-2-207 TEL 049-247-1789 川又幸子 135-0061 江東区豊洲 5-3-5-417 TEL 03-3536-0321 小林芳枝 125-0063 葛飾区白鳥 4-15-9-409 TEL 03-3604-3655 2015 年 12 月1日発行 発 行 人 川又 幸子 編 集 人 大山 敏夫 データ制作 冬 雷 編 集 室 印刷・製本 ㈱ローヤル企画 発 行 所 冬 雷 短 歌 会 135-0061 東京都江東区豊洲 5-3-5-417 TEL・FAX 03-3536-0321 振替 00140-8-92027 ホームページ http://www.tourai.jp/
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