高速成長に潜むリスク −中国における少子高齢化と今後の見通し

レポート
高速成長に潜むリスク
−中国における少子高齢化と今後の見通し−
客員研究員(長崎県海外技術研修員) 方 陽
【上海市政府より派遣
(所属:浦東新区滬東新村街道弁事処)】
はじめに
中国は1980年代以来、およそ35年間で社会経済高速成長期を経てきた。現在、中国は日本を含
む世界各国とより緊密なつながりがある。しかし、高速成長の下支えになったいわゆる「人口ボー
ナス」はいつの間にか消えつつあり、人口問題は逆に経済失速の要因になる可能性が高まる。
中国国家統計局が公表したデータ(「中国人口普査資料」)により中国の合計特殊出生率(人口
統計上の指標で、一人の女性が一生に生む子供の数を示す)をみると、2000年の1.22から2010年
には1.18まで低下した。1990年代後半から既に1.5以下の低いレベルとなっており、近年、さらに
低下してきていることがわかる。この数字が続くと、2020年前後に中国は人口のピークを迎え、
その後は減る一方となろう。同時に、中国の全国平均の予想寿命は2010年には74.83歳と、2000
年の71.4歳よりさらに延び続け、高齢人口の比率が上がる一方である。これから、中国は経済減
速とともに、日本と同じような少子高齢化社会に踏み込む。
そこで、本稿では中国人口問題の現状、政策回顧、少子高齢化の進展及びリスクと政策動向の
展望についてレポートする。
中国の人口構成の現状
歴史等の原因で、中国の人口の年齢構成は日本と大きく異なっている。日本では1920年代から
毎年200万人前後の出生数がより安定的に推移し続け、1948年前後にはベビーブーム(いわゆる
「団塊の世代」)があった。一方、中国では、戦乱を経て、1950年代から人口が初めて顕著に増加
し、1960年前後は大飢饉のため一時減少したが、1963年から出生数がさらに大きく伸び、1970年
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高速成長に潜むリスク
前後にピークに達した(図表1)。
一般的な国際標準において、
図表1 中国における1949年以来の出生数の推移
65歳以上の老人が総人口に占
(万人)
める割合(高齢化率)が、7%
3,000
∼14%の場合は高齢化社会で
2,500
あり、14%∼21%の場合は高
2,000
齢社会、21%以上の場合は超
1,500
高齢社会である。日本は、国
1,000
勢調査の結果では1970年調査
(7.1%)で高齢化社会、1995
年調査(14.5%)で高齢社会、
3,500
500
0
1949 53
57
61
65
69
73
77
81
85
89
93
97 2001 05
※中国国家統計局が公表した1949∼2014年の年間人口総数・出生率より推計
09
13
(年)
また、2007年人口推計の結果(21.5%)で超高齢社会となった。内閣府が発表した「平成27年版
高齢社会白書」によると、2014年10月1日現在、日本全国で65歳以上の高齢者人口は3,300万人
となり、総人口(1億2,708万人)に占める割合は26.0%と過去最高を更新した。国連が公表した
データによると、日本の高齢化率は過去十数年にわたって世界主要先進国の中で一位である。
ところで、中国国家統計局が公表したデータによると、中国は2001年に7.1%と初めて高齢化
社会に踏み込む。過去10年のデータ(図表2)からみると、高齢化率が上がり続け、2014年では
10.06%になった。全国的にみればまだ高齢社会とは言えないが、主要都市は既に厳しい状況を
迎えるようである。
図表2 過去10年間中国全国人口年齢構成
(万人、%)
指標
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
年末総人口
130,756
131,448
132,129
132,802
133,450
134,091
134,735
135,404
136,072
136,782
0−14歳人口
26,504
25,961
25,660
25,166
24,659
22,259
22,164
22,287
22,329
22,558
15−64歳人口
94,197
95,068
95,833
96,680
97,484
99,938
100,283
100,403
100,582
100,469
65歳以上人口
10,055
10,419
10,636
10,956
11,307
11,894
12,288
12,714
13,161
13,755
65歳以上人口が
全体に占める割合
7.69%
7.93%
8.05%
8.25%
8.47%
8.87%
9.12%
9.39%
9.67%
10.06%
※中国国家統計局が公表したデータより
8つの主要都市における高齢化率の状況(図表3)をみてみると、上海の高齢化率は18.8%で
一番高く、次いで蘇州と北京が15%を超え、2位、3位を占めた。
これらの数値は戸籍人口に基づいており、実際には、上海や北京等の中心都市では、経済発展
の下支えとなった大勢の外来労働力人口を無視できない。上海を例にとると、上海市政府の統計
資料では、2014年末の常住人口の総数は2,425万人を超え、このうち戸籍常住人口が1,429万人、外
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来常住人口が996万人となっており、外来常住人
口が全体の4割近くである。上海市統計局の分析
によると、外来常住人口の7割以上が15∼45歳の
年齢層である。したがって、常住人口に基づいて
図表3 2014年12月における
中国の主要8都市の高齢化率ランク
(万人、%)
都市
戸籍人口
65歳以上の
戸籍人口
65歳以上の
戸籍人口の
割合
上 海
1,439
270
18.8%
計算すれば、上海市の高齢化率は18.8%をさらに
蘇 州
661
109
16.4%
下回り、推計すると大体15%近くである。
北 京
1,333
204
15.3%
成 都
1,210
168
13.9%
一方、中国国家統計局が公表したデータによる
大 連
594
82
13.8%
と、北京、上海の戸籍人口の合計特殊出生率は
天 津
1,017
138
13.6%
2010年に0.7近くで全国でも最低レベルであった。
武 漢
827
102
12.4%
長 沙
671
79
11.7%
外来労働人口を今までより多く誘致しないと、高
※中国各地方政府が公表したデータより筆者作成
齢化率がさらに高まることは明らかである。
中国の人口政策の回顧
建国(1949年)以来、中国の人口状況は国の人口政策と緊密に繋がり続けている。
1949年9月、戦後の国力を回復するためには、より多くの人口が経済発展や戦備の前提だと考
え、当時の中国共産党の指導者であった毛沢東氏は、
「世の中のあらゆるもののなかで、人間が
いちばん大切なものである。人間さえいれば、この世のどんな奇跡でもつくりだすことができる」
という論点を文章により発表した。その説は新しい中国の人口政策の基調を定めた。それから、
ソ連を見習い、育児に励む政策を推進し、子供を5人以上出産すると「光栄ママ」、10人以上出
産すると「英雄ママ」という称号を授与することとなった。また、国営部門では、育児手当や奨
励などの福祉政策も実施した。これらの政策より、中国は1950年代に人口の快速成長期を迎えた。
1953年に実施した新しい中国の第一次国勢調査によると、中国大陸範囲での人口総数は5億8,260
万人に達し、1949年から僅か4年間で4,600万人も増加した。
そこで、1954年から、邵力子、馬寅初等の学者は、国の人口増加速度が速すぎることを心配し、
次々と「人口増速を控えて、人口抑制ための計画出産政策を実施すべき」との論点を全国人民大
会などの場で提出した。それに対して、毛沢東氏は1956年には計画出産政策に賛成の意を一時に
示したが、
「大躍進」や「反右傾」等の政治運動を興すために意見は揺れた。その結果、1963年
から中国はベビーブームの時期を迎えた。さらに、1966年に中国は「文化大革命」の動乱時期に
入り、人口はさらに無秩序な状態で増加し続け、1966年から1970年までは平均して毎年2,500万
人以上の子供が生まれ、5年間で中国の人口総数が1億人以上も増加し、8億2,992万人に達した。
人口増加速度が速すぎることは問題だと気付き、1970年、中国国務院が初めて「人口増加を控
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える」という指標を国民経済発展計画に入れた。また、1973年末には、「晩婚少子」の計画出産
政策を提唱した。政策面での誘導は実際に効果的であり、全国合計特殊出生率は1970年の5.81か
ら1979年には2.75まで大幅に反落した。
しかし、1970年代後期に至り、中国の人口総数は既に10億人を超えた。国の指導者たちは「こ
のまま人口が増加し続けると、経済発展に大きな悪影響が出るはずだ」との認識で一致し、1980
年には人口抑制のためにさらなる厳しい計画出産政策を強力に進めることになった。この計画出
産政策は日本では「一人っ子政策」として知られている。この政策によると、都会では原則とし
て一世帯が一人っ子だけ許可され、農村では第1子が女の子の場合第2子が許可され、少数民族
は地方政府の規定によって、第2子あるいは第3子が許可される。また、政策に違反する場合に
は、当事者の年収や財産によって多くの罰金が科され、当事者が共産党員や公務員の場合はさら
に党籍や公職を解かれるまでに責任を追及される。
「一人っ子政策」により、中国の合計特殊出生率は人為的に下がる一方となり、1990年の2.3か
ら2000年には1.22まで急落し(中国第5次国勢調査データより)
、以後低いレベルで推移している。
中国が2010年に実施した第6次国勢調査の結果によると、全国合計特殊出生率は1.18の低位に至
り、人口高齢化や労働力不足等の問題がだんだん深刻化してきた。これらの問題に対応し、2013
年11月、国が「夫婦どちらか一方が一人っ子の場合に第2子の出産を許可する」との緩和策を決
定した。しかし、2014年の出生数は予想を下回り、前年の出生数と比べ僅か47万人増にとどまった。
2015年10月、中国共産党第18期5中全会のコミュニケにより、すべての夫婦に2人目の子ども
を生むことを認めた。計画出産の基本国策は維持するが、35年間続いた「一人っ子政策」を全面
廃止するとなった。
中国少子高齢化の進展及びリスク
「一人っ子政策」の全面廃止により、中国の人口政策の方向が逆転するとはいえるが、少子高
齢化のコースは逆転し難い見通しである。なぜなら、経済発展と同時に、出生率が低下するのは
世界的な歴史経験である。また、各先進国の情勢や過去の経験によると、出生率を高める効果的
な政策が殆ど見当たらない。中国が2013年に実施した「夫婦どちらか一方が一人っ子の場合が第
2子を許可」との政策の結果は、2014年に生まれた子供の数が2013年より僅か47万人増にとどま
り、予想の200万人増とは桁違いの少なさであった。
中国国家統計局が公表したデータによると、中国の2010∼2013年の合計特殊出生率は1.18、1.04、
1.26、1.24であり、人口を均衡した状態に保つのに必要な人口置換水準(人口が増加も減少もし
ない均衡した状態となる合計特殊出生率の水準のこと、各国の男女比率や死亡率により通常は2
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∼2.2の区間である)を遥かに下回っていた。
2013年における世界18カ国の合計特殊出生率ラ
ンク(図表4)をみてみよう。このなかで中国の
合計特殊出生率は1.7であるが、中国の第6次国
図表4 2013年における
18カ国の合計特殊出生率ランク
順位
国名
合計特殊
出生率
地域別
1
ニジェール
7.6
アフリカ
2
コンゴ民主共和国
5.9
アフリカ
勢調査の結果や国家統計局のデータとはかなり誤
3
サウジアラビア
2.6
アジア
差がある。同じ東アジア文化圏であった日本、タ
4
インド
2.5
アジア
5
南アフリカ
2.4
アフリカ
イ、韓国、シンガポール等各国の合計特殊出生率
6
フランス
2.0
ヨーロッパ
は皆世界最低レベルである。
7
アメリカ
2.0
北アメリカ
東アジアで出生率が低くなる原因を追究すれば、
8
オーストラリア
1.9
オセアニア
主に下の三つが考えられる。一つは子育てを重視
9
イギリス
1.9
ヨーロッパ
10
ブラジル
1.8
南アメリカ
11
カナダ
1.7
北アメリカ
こと、二つ目は女性の就業率が高く、中国も日本
12
中国
1.7
アジア
も女性就業率が70%を超え世界最高レベルにあり、
13
ロシア
1.5
ヨーロッパ
14
ドイツ
1.4
ヨーロッパ
15
日本
1.4
アジア
アの国の年間平均労働時間は世界平均水準より長
16
タイ
1.4
アジア
いことである。
17
韓国
1.3
アジア
18
シンガポール
1.3
アジア
するため、養育費が嵩み、経済的な負担が大きい
仕事と育児の両立が難しいこと、三つ目は東アジ
近年、中国各地で行われた出産意欲についての
複数のアンケートの結果によると、都会ではとも
※世界保健機関(WHO)が2015年5月に発表した「世界
保健統計2015」のデータより
かく、農村地域でさえ「理想的な子供の数」は平均的に1世帯1.9人近くであり、日本や韓国(ア
ンケートによると2人以上)よりも低い。実際の出生率は通常、出産意欲を下回る。たとえ、こ
れから中国が出産制限政策を全面撤回しても、合計特殊出生率が人口置換水準を上回る確率は極
低く、少子高齢化社会へ進むことが避けがたい。
もし中国の合計特殊出生率がそのまま1.2のレベルで続いていくなら、計算では2020年前後で14
億人近くと総人口数のピークに達する。計画出産政策の緩和により、合計特殊出生率が1.8まで
回復するという最も楽観的な場合ならば、2027年前後で総人口が14.4億人近くのピークに達する。
人口の絶対数より、人口の年齢構造が経済により大きい影響を与える。前述の1963年から1970
年までのベビーブームの間に生まれた数多くの人は2023年から60代に入り、高齢化コースはそれ
から急加速することが予想できる。中国はいまだに法律的な定年年齢が60歳であるが、定年延長
問題について現在検討中であり、仮にこれから日本と同じ65歳が定年になる場合、ベビーブーム
の人達が次々定年となる2028年までは、あと13年ほどである。
毎年の出生数から概観すると、中国は1963年から1973年まで年平均2,500万人近くの子供が生
まれ、1974年から1991までは年平均2,000万人近く、1992年から2014年までは年平均1,600万人近
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くが生まれており、三つの段階がかなりはっきりと分けられる。そして、1992年の出生者は2015
年に23歳となり、大卒で就職活動を行い始め、続々と職場に入ることになる。前の数十年より、
社会全体の働き手の減少は明らかになり、経済の活性化には大きな負の影響を与え、いわゆる「人
口ボーナス」が「人口オーナス(重荷)」に変わることとなる。近年、中国の製造業従事者の給
料が増え、製造企業のコストが上昇し、日系製造企業が中国からベトナムやカンボジア等の東南
アジア諸国の拠点へ移ることが多くなってきた。働き手の減少は給料増の主な要因のひとつだと
考えられる。国家統計局が2015年1月に公表したデータによると、中国の労働力人口は既に3年
連続で減少しており、労働力供給量は2年連続で市場需要量を下回り、第13次5カ年計画期間
(2016年∼2020年)に労働力の減少幅はさらに拡大する。人口構造の著しい変化は経済発展に重
大かつ深遠な影響を与えるとみられる。
今後の政策動向の展望
少子高齢化のリスクについて、中国政府は危機感を強めていたが、抜本的な対策をとるまでに
はなかなか歩み出せないでいた。中国政府は事前計画より危機対応が上手だとはよく言われる。
しかし、経済発展とは違い、人口が一旦減り始め、どんな刺激政策を取ってもあまり効果が現れ
ず、手遅れになる。とは言え、
「一人っ子政策」の撤廃は確かに大きな一歩である。ただ、実際
の効果は政策立案者の予想ほどには望めない。若しくは、これから少子高齢化コースが進むと、
出産制限政策を全廃するだけでなく、逆に出産を奨励する政策の導入も止むを得ないことになる。
前述の通り、中国の人口総数のピークは2020年∼2027年の間に達する可能性が高い。その前に新
しい人口政策を作り出す確率も高く、人口政策面の動きは注目しておく必要がある。また、少子
高齢化の事実に直面し、高齢事業や介護及び育児産業に対する優遇政策が作り出されることも見
込まれる。
最後に
人口問題は社会経済発展にとって、一つの根本的な問題だといっても過言ではない。しかも、
実に難しい問題である。社会の全ての富はそもそも人間により作られ、人間により価値を持つ。
一方、人間は富や資源を消耗し続け、社会発展に動力を与えながら負担も掛ける。如何にその間
のバランスを取るかは為政者の知恵を試す。日本等の先進国の経験を見習い、中国はこれから少
子高齢化社会に適応するより良い発展の道を探さなければならず、道程は遠くかつ厳しい。
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