太陽光発電システムの経年劣化評価技術の研究

太陽光発電システムの経年劣化評価技術の研究
-太陽電池の長寿命化を目指して-
橘泰至*
豊田丈紫*
嶋 田 一 裕 **
中野幸一*
太 陽 電 池 の 劣 化 要 因 の 解 明 を 目 的 と し て , 工 業 試 験 場 に お い て 10年 間 以 上 使 用 し た 3つ の 型 式 , 多結晶シ
リコン2種(H10設置,H14設置)と単結晶シリコンの 太 陽 電 池 に つ い て , 型 式 毎 の 発 電 特 性 を 測 定 し た 。 そ の 結
果 , 発 電 出 力 が 実 際 に 低 下 し て い る こ と が 確 認 さ れ た 。 そ し て , 比 較 的 劣 化 が 大きい 型 式 の 太 陽 電 池 で は ,
内部配線の腐食やセルが割れていることが発電特性を低下させる主要因であることがわかった。さらに,
-40℃と85℃の温度環境を交互に繰り返す温度サイクル試 験 に よ っ て , 太 陽 電 池 の 劣 化 の 進 行 を 再 現 す る こ と が
できた。
キーワード: 太陽電池,劣化,要因
Evaluation of Age-related Degradation of Solar Power Systems
- Aiming for a Long-life Solar Cell Module Yasushi TACHIBANA, Takeshi TOYODA, Kazuhiro SHIMADA and Koichi NAKANO
In order to clarify the factors that degrade solar cell modules, we examined three types of photovoltaic cells that had been used for
more than 10 years in IRII. They were polycrystal silicon solar cell modules installed in 1998 and 2002, and a single-crystal silicon solar
cell module installed in 1998. We measured their power generation characteristics, and it was confirmed that their power outputs had
reduced. We also investigated the cause for the deterioration of solar cells, and found that the main factors that reduced power generation
were broken cells and connection failures in the wiring. Furthermore, we were able to reproduce the degradation of solar cell modules
using a thermal cycling test that alternated the temperature between -40ºC and 85ºC.
Keywords: photovoltaic, degradation, factor
1.緒
言
工 業 試 験 場 で は , 図 1に 示 す 総 出 力 209kWの ソ ー ラ
再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー の 固 定 価 格 買 取 制 度 が 平 成 24年
ー シ ス テ ム を 平 成 10年 に 導 入 し た 。 平 成 14年 度 に 一 部
から施行され,石川県内でも太陽電池の普及が拡大し
の太陽電池を補修のために交換したが,設置以降,系
て い る 。 太 陽 電 池 の 償 却 期 間 は 10年 以 上 と 長 い た め ,
統連系による発電を継続しており,構内電源として利
長期に渡る太陽電池の耐久性が求められている。しか
用 し て い る 。 傾 斜 角 度 16.7°の 大 屋 根 に は 多 結 晶 シ リ
し,実際に長期間使用された太陽電池の劣化状態を詳
コン 太陽電池を 南北向きに各 804台,同 16.7°の 越屋根
しく調べた事例は稀少であり,劣化の実態は分かって
に は 単 結 晶 シ リ コ ン 太 陽 電 池 を 南 北 向 き に 各 60台 設 置
いない。そこで本研究では,太陽電池の劣化要因を明
している。評価用太陽電池の抽出では,稼働中の太陽
ら か に す る こ と を 目 的 と し て , 石 川 県 工 業 試 験 場 (金
電 池 の 熱 画 像 を 高 所 作 業 車 で 2~ 15mの 距 離 か ら 撮 影
沢 市 )に お い て 10年 以 上 の 期 間 , 屋 外 で 使 用 し た 太 陽
し , 図 2に 示 す よ う に 特 徴 的 な 発 熱 を 示 し て い る 太 陽
電池 の劣化状態を 調査した。
電 池 を 含 む 48台 の 太 陽 電 池 を , 平 成 24年 に 取 り 外 し て
試料 とし,劣化要 因について詳 しく調べた。
2.評価用太陽電池の抽出
2.1
太陽電池
2.2
外
観
抽出した太陽電池に近接して肉眼による外観検査を
*
企 画指導 部
**
行 ったと ころ, 太 陽電池 セル の割れ (図 3)や ,太陽 電池
化学食 品部
-9-
セ ル を 充 填 し て い る EVA(Ethylene vinyl acetate:エ チ レ
単結晶シリコン太陽電池
ン 酢 酸 ビ ニ ル )と 裏 面 バ ッ ク シ ー ト の 黄 変 色 が 確 認 さ
れた。セル割れは,積雪荷重や風圧による機械的スト
レスが要因として考えられる。発電部が物理的に破損
していることから,発電出力が低下すると推察される。
EVAや バ ッ ク シ ー ト は , 紫 外 線 の 影 響 や 水 と の 反 応 に
よ り 劣 化 し て 変 色 し た も の と 考 え ら れ る 。 EVAは 本 来
透明色であり,セルの受光面側にも充填されている。
多結晶シリコン太陽電池
変色により光の透過率が低下すれば,太陽電池セルに
到達する光量が減少し,発電出力が低下するものと考
図1
石川県工業 試験場のソー ラーシステム
えら れる。
2.3
発熱
発電特性
抽 出 し た 各 太 陽 電 池 の 標 準 試 験 条 件 (日 射 照 度 1kW/
㎡ , 太 陽 電 池 温 度 25℃ , エ ア マ ス 1.5)に お け る 発 電 特
性 を , ソ ー ラ ー シ ミ ュ レ ー タ (擬 似 太 陽 光 の 光 を 太 陽
電池に照射して,太陽電池の発電特性を正確に測定す
る 装 置 )を 用 い て 測 定 し た 結 果 を 図 4に 示 す 。 測 定 し た
各 太 陽 電 池 の 最 大 発 電 出 力 (Pmax) の 平 均 値 は , 型 式
図2
A(平 成 10年 設 置 多 結 晶 シリコ ン 太 陽 電 池 )が 73.4W, 型
太陽電池の 熱画像の例
式 B(平 成 14年 設 置 多 結 晶 シ リ コ ン 太 陽 電 池 )が 116.5W,
型 式 C( 平 成 10 年 設 置 単 結 晶 シ リ コ ン 太 陽 電 池 ) が
114.3Wで あ っ た 。 各 型 式 に お け る Pmaxの 定 格 値 は ,
型 式 Aと Bが 120W, Cが 136Wで あ り , 製 造 初 期 の Pmax
値 が 定 格 値 で あ っ た と 仮 定 す れ ば , 型 式 A, Cは 14年
間 , Bは 10年 間 の 屋 外 設 置 を 経 て そ れ ぞ れ の Pmaxは ,
割れ
型 式 Aが 38.9%, Bが 3.0%, Cが 15.9%低 下 し た こ と に
な る 。 い ず れ の 型 式 の Pmaxも , 定 格 値 よ り 測 定 値 の
方 が 低 く , 10年 間 以 上 屋 外 に 設 置 し た こ と に よ り 劣 化
して,発電出力が低下したと考えられる。また,型式
Aに は , 抽 出 時 に お い て 熱 画 像 か ら 劣 化 し て い る と 思
図3
わ れ る 太 陽 電 池 16台 が 含 ま れ て お り , こ れ が 他 の 型 式
えられる。そこで,劣化が比較的著しいと考えられる
型 式 Aと , 同 種 類 の 太 陽 電 池 で 劣 化 度 合 い が 比 較 的 小
さ い と 考 え ら れ る 型 式 Bに つ い て , そ れ ぞ れ 更 に 調 べ
るこ とにし た。
3.劣化要因の考察
3.1
エレクトロルミネセンス画像
太陽電池は,光エネルギーを電気エネルギーに変換
するが,逆に外部から電気を印加すると,電気を光に
変換して赤外光を出す。この赤外光を撮影したエレク
- 10 -
Pmaxの平均(W)
と 比 較 し て Pmaxの 低 下 率 が 大 き く な っ た 一 要 因 と 考
太陽電池の 外観例 (セル割 れ )
140
定格値
120
100
80
60
73.4
40
-38.9%
20
0
A
型式:
116.5
-3.0%
114.3
-15.9%
B
C
種類: 多結晶
多結晶
単結晶
製造年: H10年
H14年
H10年
抽出数: 24台
12台
12台
図4
各型式太陽 電池モジュー ルの Pmax
ト ロ ル ミ ネ セ ン ス (Electroluminescence:EL)画 像 は , 正
常発電部が発光し,発電異常部は発光せずに暗化する。
抽 出 し た 型 式 A, Bの 太 陽 電 池 の 中 か ら , Pmaxの 測
割れ
定値が各型式の平均値に近いものをそれぞれ選定し,
各型式における定格の短絡電流相当の電流を外部の電
源を用いて発電時とは逆方向に流し,暗室において太
配線接続不良
陽 電 池 の 発 光 面 (発 電 時 の 受 光 面 )を 撮 影 し た EL画 像 を
図 5に 示す。
型 式 Aの EL画 像 に は , 片 側 半 分 が 暗 化 し , 他 方 の 発
電流が集中して
セル
光が強くなっているセルが複数確認できる。これは,
発光が強い部分
セ ル 上 の 2並 列 の 配 線 の う ち , 片 方 で 接 続 不 良 を 生 じ
ているためと考えられる。接続不良が生じた側では,
型式A
電 流 が 流 れ な い (ま た は 小 電 流 で あ る )た め 暗 化 し , 他
方では電流が集中して流れるため周囲のセルと比較し
て発光が強くなっていると推察できる。この他に,セ
ルが割れることによってセル表面に印刷してある配線
が断線して接続不良になっている部分が暗化している
セ ル も 確 認 で き た 。 こ の よ う な 理 由 で 1/4以 上 の 面 積
が 暗 化 し て い る セ ル (暗 化 セ ル )の 数 と , モ ジ ュ ー ル の
Pmaxの 関 係 を グ ラ フ に す る と 図 6の よ う に な っ た 。 こ
れを回帰分析して導出した一次の回帰式,決定係数
(R 2 ), 回 帰 直 線 , 有 意 確 立 (p値 )も 合 わ せ て 図 6に 記 載
す る 。 こ こ で , 回 帰 式 に 用 い る xは 暗 化 セ ル の 数 , yは
Pmaxで あ る 。 こ の 回 帰 分 析 の 結 果 か ら , xの 係 数 は 負
型式B
の 値 で あ る こ と が 分 か り , 型 式 Aで は モ ジ ュ ー ル 内 の
図5
EL画像例
暗 化 セ ル の 数 が 1つ 増 加 す る こ と で Pmaxは 2.741W低 下
140
で あ る こ と か ら , 相 関 係 数 Rは 0.7380と な り , 中 程 度
120
の 相 関 で 回 帰 式 を 導 出 で き て い る 3) こ と が 分 か る 。 ま
100
た , こ の 回 帰 分 析 の 有 意 確 立 (p 値 )は 5.83E-0.5(0.05 以
下 )で あ る こ と か ら , 導 出 し た 回 帰 式 は 有 意
3,4)
であり,
Pmax(W)
す る 傾 向 が あ る こ と が わ か っ た 。 決 定 係 数 R 2 が 0.5447
y = -2.741x + 98.21
R² = 0.5447
p値=5.83E-05
80
60
40
これ らのことから 本回帰分析結 果は有効と考 える 。
一 方 , Pmaxの 定 格 値 か ら の 低 下 率 が 3.0%で あ っ た
型 式 Bの EL画 像 で は , 配 線 の 接 続 不 良 や セ ル 割 れ が 原
20
0
0
10
EL画 像 の 違 い よ り , 型 式 Aの 太 陽 電 池 で は , 配 線 の 接
20
30
40
暗化セルの数(x)
因と考えられる暗化セルは確認できなかった。これら
図6
暗化セルと Pmaxの 関係
続 不 良 や セ ル 割 れ が Pmaxを 低 下 さ せ る 主 要 因 に な っ
てい ることが分か った 。
中 か ら 比 較 的 Pmaxの 測 定 値 が 高 い 太 陽 電 池 を 選 定 し
て , JIS C8990に 準 じ て -40℃ と 85℃ の 温 度 環 境 を 交 互
3.2
温度サイクル試験
に 繰 り 返す 温 度サ イ クル (Thermal cycling:TC)試 験 を行
屋外に設置した太陽電池は,昼夜や季節による温度
っ た 。 TC試 験 を 200回 繰 り 返 す 前 と 後 の EL画 像 は 図 7
変化の影響を受ける。そこで,温度変化と太陽電池の
の ようにな り, TC試験 200回 後の EL画像に は TC試験前
劣 化 と の 関 係 を 明 ら か に す る た め , 抽 出 し た 型 式 Aの
には確認できなかった暗化した部分が新たに複数発生
- 11 -
しており,配線の接続不良やセルの割れが新たに生じ
た と 考 え ら れ る 。 ま た , 標 準 試 験 条 件 に お け る Pmax
の 値 は , TC試 験 200回 後 に 約 30%低 下 し て , 108Wか ら
76Wに な っ た。 これら のこと から , TC試 験は 太陽 電池
の劣化評価の加速試験として有効であると考えられ,
温度変化の影響を受けて進行する太陽電池の劣化現象
を再 現できた。
3.3
その他の劣化要因
上記以外では,外部から浸入する水が劣化要因とし
Pmax:108W
て考えられる。太陽電池内部の充填材として使用され
て い る EVAは , 水 と の 加 水 分 解 に よ り 酢 酸 を 生 成 す る
1,2)
TC試験前
。 この 酢酸 によ っ て太 陽電 池 内部 の配 線が 腐食 され
る と , 配 線 の 電 気 抵 抗 が 増 大 し て Pmaxが 低 下 す る と
考 えられる 。 そこ で EL画像に おいて, 正常に 発光する
部 位 と , 発 光 し な い 部 位 周 辺 の EVAを 採 取 し て , EVA
セル割れ
内 部 に 含 ま れ る 酢 酸 量 を 測 定 し た 。 型 式 Aの 他 に , 国
内 の 屋 外 で 10~ 22年 間 設 置 さ れ て い た 太 陽 電 池 4型 式
配線接続不良
に お い て も EVAを 採 取 し て 同 様 の 測 定 を し た と こ ろ 2) ,
EL画 像 に お い て発 光 しな い部 位 周 辺 の EVA内 部 の 酢 酸
濃 度 は , お お よ そ 100ppm以 上 で あ っ た 。 こ の こ と か
ら , EVA内 部 の 酢酸 濃 度が 100ppm以 上 に なっ た場 合に
Pmax:76W
は,太陽電池内部において配線の腐食が進行して,発
電特 性を低下させ ると考えられ る。
TC試験200回後
図7
4.結
TC試 験前後の EL画 像
言
工 業 試 験 場 に お い て 10年 間 以 上 屋 外 に 設 置 し て い た
版印刷株式会社
計智郎氏を始め,第Ⅱ期高信頼性太
ソ ー ラ ー シ ス テ ム の 太 陽 電 池 3型 式 に つ い て 劣 化 の 状
陽電池モジュール開発・評価コンソーシアムに参画し
態を 調べ, 次のこ とが分かった 。
た皆様に,測定のご協力,適切なご助言を頂きました。
(1) 劣 化 程 度 が 比 較 的 大 き い 型 式 A(平 成 10年 設 置 多 結
関係 諸氏に感謝致 します。
晶 シ リ コ ン 太 陽 電 池 )に お け る 劣 化 の 主 要 因 は ,
EVAの 加 水 分 解 に よ り 太 陽 電 池 内 部 の 配 線 の 腐 食
参考文献
が進行して接続不良となることやセル割れが劣化
1) 門脇将. “フィンガー電極断面観察”. 第Ⅱ期高信頼性太陽
電池モジュール開発・評価コンソーシアム最終成果報告
の主 要因である。
(2) -40℃ と 85℃ の 温 度 環 境を 交 互 に 繰 り 返 す 温 度 サ イ
書. 独立行政法人産業技術総合研究所. 2014, p.105-112.
クル試験は,太陽電池の劣化評価の加速試験とし
2) 計智郎. “酢酸分析”. 第Ⅱ期高信頼性太陽電池モジュール
て有効であり,温度変化の影響を受けた太陽電池
開発・評価コンソーシアム最終成果報告書. 独立行政法
の劣 化の進行を再 現することが で きた。
人産業技術総合研究所. 2014, p.119-127.
3) 沢田史子, 杉森公一, 大薮多可志. 基礎から学ぶ統計解析
謝
Excel2010対応. 共立出版株式会社, 2011, p.33-91.
辞
本研究を遂行するに当たり,独立行政法人産業技術
総合研究所
社
増田淳氏,阪本貞夫氏,日立化成株式会
清水成宜氏,大日本印刷株式会社
門脇将氏,凸
- 12 -
4) 内田治. すぐわかるEXCELによる回帰分析. 東京図書株
式会社, 2002, p.68.