複製行為の主体認定と私的複製 (自炊代行事件控訴審判決1) 平成 27 年 5 月 14 日 知的財産権法部会 担当 茂木 香子 1. 事案の概要 ① 控訴人(一審被告):書籍を裁断してスキャナーで読み取り、電子ファイル化し、 当該電子ファイルを納品するサービスを提供している会社及び当該会社の代表者 (一審では同様のサービスを提供している別の1社およびその代表者も被告とさ れていた。 ) ② 被控訴人(一審原告) :小説家、漫画家、漫画原作者ら7名 2. 一審における原告(被控訴人)らの請求 被告らが顧客から注文を受けた書籍には、原告らが著作権を有する作品が多数含まれ ている蓋然性が高く、今後注文を受ける書籍にも含まれている蓋然性が高いとして、原 告らの著作権(複製権)が侵害されるおそれがあるため、 ① 各被告法人に対し、第三者から委託を受けて原告作品が印刷された書籍を電子的 方法により複製することの禁止 ② 各被告に対し、弁護士費用相当額の損害賠償請求 3. 争点 (1) 一審 ア 差止請求の成否 (ア) 被告らが原告らの著作権を侵害するおそれがあるか (イ) 被告らの行為が私的使用のための複製の補助として適法といえるか (ウ) 差止請求が権利濫用にあたるか イ 不法行為に基づく損害賠償請求の成否 ウ 損害額 (2) 控訴審 ア 差止請求の成否 (ア) 控訴人による複製行為の有無 (イ) 私的複製の適用の可否 (ウ) 差止めの必要性 1 知財高裁平成 26 年 10 月 22 日(判時 2246 号 92 頁) イ 不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額 4. 地裁判決の概要 (1) 被告らが原告らの著作権を侵害するおそれがあるか ・ 有形的再製を実現するために,複数の段階からなる一連の行為が行われる場合が あり,そのような場合には,有形的結果の発生に関与した複数の者のうち誰を複 製の主体とみるかという問題が生じる。この問題については,複製の実現におけ る枢要な行為をした者は誰かという見地から検討するのが相当であり,枢要な行 為及びその主体については,個々の事案において,複製の対象,方法,複製物へ の関与の内容,程度等の諸要素を考慮して判断するのが相当である」最高裁平成 21年(受)第788号同23年1月20日第一小法廷判決・民集65巻1号39 9頁参照) 。 ・ 電子ファイル化により有形的再製が完成するまでの利用者と法人被告らの関与 の内容,程度等をみると,複製の対象となる書籍を法人被告らに送付するのは利 用者であるが,その後の書籍の電子ファイル化という作業に関与しているのは専 ら法人被告らであり,利用者は同作業には全く関与していない。 ・ 本件における複製は,書籍を電子ファイル化するという点に特色があり,電子フ ァイル化の作業が複製における枢要な行為というべきであるところ,その枢要な 行為をしているのは,法人被告らであって,利用者ではない。したがって,法人 被告らを複製の主体と認めるのが相当である。 ・ 著作権法30条1項は,複製の主体が利用者であるとして利用者が被告とされる とき又は事業者が間接侵害者若しくは教唆・幇助者として被告とされるときに, 利用者側の抗弁として,その適用が問題となるものと解されるところ,本件にお いては,複製の主体は事業者であるとされているのであるから,同項の適用が問 題となるものではない。 ・ もっとも,被告らの主張は,利用者を複製の主体とみるべき事情として主張して いるものとも解されるので,この点について検討する。・・・(中略)・・・本件にお いて,書籍を電子ファイル化するに当たっては,書籍を裁断し,裁断した頁をス キャナーで読み取り,電子ファイル化したデータを点検する等の作業が必要とな るのであって,一般の書籍購読者が自ら,これらの設備を準備し,具体的な作業 をすることは,設備の費用負担や労力・技術の面において困難を伴うものと考え られる。 このような電子ファイル化における作業の具体的内容をみるならば,抽象的には 利用者が因果の流れを支配しているようにみえるとしても,有形的再製の中核を なす電子ファイル化の作業は法人被告らの管理下にあるとみられるのであって, 複製における枢要な行為を法人被告らが行っているとみるのが相当である。 ・ 利用者がその手足として他の者を利用して複製を行う場合に,「その使用する者 が複製する」と評価できる場合もあるであろうが,そのためには,具体的事情の 下において,手足とされるものの行為が複製のための枢要な行為であって,その 枢要な行為が利用者の管理下にあるとみられることが必要である。本件において は,上記のとおり,法人被告らは利用者の手足として利用者の管理下で複製して いるとみることはできないのであるから,利用者が法人被告らを手足として自ら 複製を行ったものと評価することはできない。 (2) 被告らの行為が私的使用のための複製の補助として適法といえるか 本件において著作権法30条1項の適用は問題とならないし,また,本件におけ る書籍の複製の主体は法人被告らであって利用者ではないから,被告らの主張は 事実関係においてもその前提を欠いている。 5. 控訴審判決の概要 (1) 控訴人による複製行為の有無 ・ 複製行為の主体とは,複製の意思をもって自ら複製行為を行う者をいうと解され る。 ・ 裁断した書籍をスキャナーで読み込み電子ファイル化する行為が,本件サービス において著作物である書籍について有形的再製をする行為,すなわち「複製」行 為に当たることは明らかであって,この行為は,本件サービスを運営する控訴人 ドライバレッジのみが専ら業務として行っており,利用者は同行為には全く関与 していない。 ・ そして,控訴人ドライバレッジは,独立した事業者として,営利を目的として本 件サービスの内容を自ら決定し,スキャン複製に必要な機器及び事務所を準備・ 確保した上で,インターネットで宣伝広告を行うことにより不特定多数の一般顧 客である利用者を誘引し,その管理・支配の下で,利用者から送付された書籍を 裁断し,スキャナで読み込んで電子ファイルを作成することにより書籍を複製し, 当該電子ファイルの検品を行って利用者に納品し,利用者から対価を得る本件サ ービスを行っている。 ・ そうすると,控訴人ドライバレッジは,利用者と対等な契約主体であり,営利を 目的とする独立した事業主体として,本件サービスにおける複製行為を行ってい るのであるから,本件サービスにおける複製行為の主体であると認めるのが相当 である。 ・ 利用者が複製される書籍を取得し,控訴人ドライバレッジに電子ファイル化を注 文して書籍を送付しているからといって,独立した事業者として,複製の意思を もって自ら複製行為をしている控訴人ドライバレッジの複製行為の主体性が失 われるものではない。また,利用者による書籍の取得及び送付がなければ,控訴 人ドライバレッジが書籍を電子ファイル化することはないものの,書籍の取得及 び送付自体は「複製」に該当するものではなく, 「複製」に該当する行為である書 籍の電子ファイル化は専ら控訴人ドライバレッジがその管理・支配の下で行って いるのである。控訴人ドライバレッジは利用者の注文内容に従って書籍を電子フ ァイル化しているが,それは,利用者が,控訴人ドライバレッジが用意した前記 (1)の本件サービスの内容に従ったサービスを利用しているにすぎず,当該事実を もって,控訴人ドライバレッジによる書籍の電子ファイル化が利用者の管理下に おいて行われていると評価することはできない。また,利用者は本件サービスを 利用しなくても,自ら書籍を電子ファイル化することが可能であるが,そのこと によって,独立した事業者として,複製の意思をもって自ら複製行為をしている 控訴人ドライバレッジの複製行為の主体性が失われるものではない。 ・ 一般に,ある行為の直接的な行為主体でない者であっても,その者が,当該行為 の直接的な行為主体を「自己の手足として利用してその行為を行わせている」と 評価し得る程度に,その行為を管理・支配しているという関係が認められる場合 には,その直接的な行為主体でない者を当該行為の実質的な行為主体であると法 的に評価し,当該行為についての責任を負担させることがあり得るということが できる。 ・ 利用者は,控訴人ドライバレッジが用意した本件サービスの内容に従って本件サ ービスを申し込み,書籍を調達し,電子ファイル化を注文して書籍を送付してい るのであり,控訴人ドライバレッジは,利用者からの上記申込みを事業者として 承諾した上でスキャン等の複製を行っており,利用者は,控訴人ドライバレッジ の行うスキャン等の複製に関する作業に関与することは一切ない。 ・ そうすると,利用者が控訴人ドライバレッジを自己の手足として利用して書籍の 電子ファイル化を行わせていると評価し得る程度に,利用者が控訴人ドライバレ ッジによる複製行為を管理・支配しているとの関係が認められないことは明らか であって,控訴人ドライバレッジが利用者の「補助者」ないし「手足」というこ とはできない。 ・ 利用者の電子ファイル化する書籍の選択,調達,送付及び電子ファイル化の注文・ 指示がなければ,控訴人ドライバレッジが書籍をスキャンして電子ファイル化す ることはなく,また,書籍の電子ファイル化が単純かつ機械的な作業であり,ス キャン機器が汎用品であって私人において容易にこれを準備・使用できるもので あるとしても,そのことによって,独立した事業者として,複製の意思をもって 自ら複製行為をしている控訴人ドライバレッジの複製行為の主体性が失われる ものではない。 ・ 利用者について同条項の私的使用の目的が認められるからといって,利用者以外 の現に複製を行った者の複製行為主体性が当然に失われるものではない。 ・ 書籍が電子ファイルに転換されることにより,同電子ファイルが容易に第三者に 対して転々譲渡され得ることからすれば,本件サービスによる複製が零細,微々 たるものであって権利者に与える影響が軽微であるなどと断定することはでき ない。 ・ 本件サービスにおける複製の対象,方法,複製物への関与の内容,程度や本件サ ービスの実態,私的領域が拡大した社会的状況の変化等の諸要素を総合考慮して も,控訴人ドライバレッジが本件サービスにおける複製行為の主体ではないとす る控訴人らの主張は理由がない。 (2) 著作権法30条1項の適用の可否 ・ 控訴人ドライバレッジは本件サービスにおける複製行為の主体と認められるか ら,控訴人ドライバレッジについて,上記要件の有無を検討することとなる。し かるに,控訴人ドライバレッジは,営利を目的として,顧客である不特定多数の 利用者に複製物である電子ファイルを納品・提供するために複製を行っているの であるから, 「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において 使用することを目的とする」ということはできず・・・ (中略)・・・また,控訴人 ドライバレッジは複製行為の主体であるのに対し,複製された電子ファイルを私 的使用する者は利用者であることから,「その使用する者が複製する」というこ とはできない。 ・ 著作権法30条1項は,個人の私的な領域における活動の自由を保障する必要性 があり,また閉鎖的な私的領域内での零細な利用にとどまるのであれば,著作権 者への経済的打撃が少ないことなどに鑑みて規定されたものである。そのため, 同条項の要件として,著作物の使用範囲を「個人的に又は家庭内その他これに準 ずる限られた範囲内において使用することを目的とする」(私的使用目的)もの に限定するとともに,これに加えて,複製行為の主体について「その使用する者 が複製する」との限定を付すことによって,個人的又は家庭内のような閉鎖的な 私的領域における零細な複製のみを許容し,私的複製の過程に外部の者が介入す ることを排除し,私的複製の量を抑制するとの趣旨・目的を実現しようとしたも のと解される。そうすると,本件サービスにおける複製行為が,利用者個人が私 的領域内で行い得る行為にすぎず,本件サービスにおいては,利用者が複製する 著作物を決定するものであったとしても,独立した複製代行業者として本件サー ビスを営む控訴人ドライバレッジが著作物である書籍の電子ファイル化という 複製をすることは,私的複製の過程に外部の者が介入することにほかならず,複 製の量が増大し,私的複製の量を抑制するとの同条項の趣旨・目的が損なわれ, 著作権者が実質的な不利益を被るおそれがあるから,「その使用する者が複製す る」との要件を充足しないと解すべきである。 地裁 高裁 1 複製主体の判断基準 ・ 複製行為の主体とは,複製の意思をもって自 ・複製の実現における枢要な行為をした者 は誰かという見地から検討するのが相当で あり,枢要な行為及びその主体について は,個々の事案において,複製の対象,方 法,複製物への関与の内容,程度等の諸 要素を考慮して判断するのが相当である。 ・電子ファイル化の作業が複製における枢 要な行為というべき。 ら複製行為を行う者をいう ・ 裁断した書籍をスキャナーで読み込み電子フ ァイル化する行為が,本件サービスにおいて 「複製」行為に当たることは明らかであって,利 用者は同行為には全く関与していない。 ・控訴人ドライバレッジは,利用者と対等な契約 主体であり,営利を目的とする独立した事業主 体として,本件サービスにおける複製行為を行 っているのであるから,複製行為の主体である と認めるのが相当。 2 利用者の行為に対する評価 ・利用者が複製される書籍を取得し,控訴人ドラ イバレッジに電子ファイル化を注文して書籍を ・一般の書籍購読者が自ら,これらの設備 送付しているからといって,独立した事業者とし を準備し,具体的な作業をすることは,設 て,複製の意思をもって自ら複製行為をしてい 備の費用負担や労力・技術の面において る控訴人ドライバレッジの複製行為の主体性が 困難を伴う。 失われるものではない。 ・有形的再製の中核をなす電子ファイル化 ・利用者は本件サービスを利用しなくても,自ら の作業は法人被告らの管理下にあるとみ 書籍を電子ファイル化することが可能である られるのであって,複製における枢要な行 が,そのことによって,独立した事業者として, 為を法人被告らが行っている。 複製の意思をもって自ら複製行為をしている控 訴人ドライバレッジの複製行為の主体性が失わ れるものではない。 3 手足論の適用の可否 ・ある行為の直接的な行為主体でない者であっ ・ 利用者がその手足として他の者を利用 ても,その者が,当該行為の直接的な行為主体 して複製を行う場合に,「その使用する者 を「自己の手足として利用してその行為を行わ が複製する」と評価できる場合もあるであ せている」と評価し得る程度に,その行為を管 ろうが,そのためには,具体的事情の下に 理・支配しているという関係が認められる場合 おいて,手足とされるものの行為が複製の には,その直接的な行為主体でない者を当該 ための枢要な行為であって,その枢要な行 行為の実質的な行為主体であると法的に評価 為が利用者の管理下にあるとみられること し,当該行為についての責任を負担させること が必要である。 があり得るということができる。 ・利用者は,控訴人の行うスキャン等の複製に 関する作業に関与することは一切ない。 4 私的複製の適用の可否 ・複製された電子ファイルを私的使用する者は 利用者であることから,「その使用する者が複 製する」ということはできない。 したがって,控 訴人ドライバレッジについて同法30条1項を適 用する余地はないというべきである。 ・(法 30 条 1 項は)複製行為の主体について ・ 著作権法30条1項は,複製の主体が利 「その使用する者が複製する」との限定を付すこ 用者であるとして利用者が被告とされると とによって,個人的又は家庭内のような閉鎖的 き又は事業者が間接侵害者若しくは教唆・ な私的領域における零細な複製のみを許容し, 幇助者として被告とされるときに,利用者 私的複製の過程に外部の者が介入することを 側の抗弁として,その適用が問題となるも 排除し,私的複製の量を抑制するとの趣旨・目 のと解されるところ,本件においては,複製 的を実現しようとしたもの。 の主体は事業者であるとされているのであ ・独立した複製代行業者として本件サービスを るから,同項の適用が問題となるものでは 営む控訴人ドライバレッジが著作物である書籍 ない。 の電子ファイル化という複製をすることは,私的 複製の過程に外部の者が介入することにほか ならず,複製の量が増大し,私的複製の量を抑 制するとの同条項の趣旨・目的が損なわれ,著 作権者が実質的な不利益を被るおそれがある から,「その使用する者が複製する」との要件を 充足しないと解すべき。 6. 検討 (1) 複製の主体を認定するための基準 ア 複製の意思を持って自ら複製物を完成させた者(本件控訴審) 被擬侵害者が自ら複製の意思を持って、複製作業を行い、複製の結果を実現し ている場合には、 「枢要な行為」を行ったか否かを論ずるまでもなく、複製主 体を認定することが可能2とする説。 本説に従えば、本件においては、電子ファイル化という複製行為自体を業者が 行っている以上、業者が複製行為の主体となる。 ←この考え方に対しては、機器を通じた複製では、複製自体は機器がしている のであるから、機器に指示を出す者、機器に複製の対象となる著作物を提供す る者、機器を設置管理する者等の複数の者が関与するのであって、複製の定義 に対する単純なあてはめにより結論がでないのではないかとする説も3。 なお、本件地裁判決について、同判決はロクラク II 事件判決を引用した上で、 電子ファイル化の作業を「枢要な行為」ととらえているものの、電子ファイル 化の作業は複製行為そのものであるから、結局「被告らが複製行為を行ってい るから複製の主体になる」という当然の判断をしているに過ぎないとする見 方もある4。 イ ロクラク II 事件最高裁判決(平成 23 年 1 月 20 日) 「複製の主体の判断に当たっては、複製の対象、方法、複製への関与の内容、 程度等の諸要素を考慮して、誰が当該複製物の複製をしているといえるかを 判断するのが相当であるところ、・・・(略)・・・サービス提供者は,単に複製を 容易にするための環境等を整備しているにとどまらず,その管理,支配下にお いて,放送を受信して複製機器に対して放送番組等に係る情報を入力すると いう,複製機器を用いた放送番組等の複製の実現における枢要な行為をして おり,複製時におけるサービス提供者の上記各行為がなければ,当該サービス の利用者が録画の指示をしても,放送番組等の複製をすることはおよそ不可 能なのであり,サービス提供者を複製の主体というに十分であるからである。 」 <業者が主体であると判断する説> 2 横山久芳「自炊代行訴訟判決をめぐって」ジュリスト No.1463 36 頁 3 大島義則「自炊代行サービスの複製権侵害の判断枠組み」情報ネットワークローレビュー Vol.13. No.1 1 頁 4 前掲注 2。池村聡「自炊代行事件における複製主体の判断について」NBL No.1015 (2013) 4 頁も同旨。 本件地裁判決は、ロクラク II 事件判決を引用した上で、 「枢要な行為」を業者 が行っていると判断している。 これに対し、ロクラク II 事件は、 「放送を受信して、複製機器に対して放送番 組等に係る情報を入力する」という、物理的にみれば複製とはいえない行為を 「複製の実現における枢要な行為」としたものであるところ、本件において業 者が行っているのは、電子ファイル化作業という、物理的に見ても複製と評価 できる行為であって、 「枢要な行為」という概念を持ち出す必要はないという 指摘がある5。 なお、本件地裁判決はロクラク II 事件判決を引用しているものの、 「枢要な行 為をした者は誰か」という基準は、あくまで総合考慮に基づき実質的観点から 複製の主体を判断する際の下位基準と捉えられるべきであり、同判決の理解 が正確でないとの指摘がある6 <利用者が主体であると判断する説> 本件では、 「複製の対象」は誰でも入手が容易な書籍であって、書籍の入手よ りもその選択をユーザーが行っている事実を重視すべきであり、 「複製の方法」 も入手が容易な裁断機およびスキャナーを用いて行うものであって、自炊代 行業者のスキャン作業の重要性は低く、 「複製への関与の内容、程度」をみて も、対象物の選択をユーザーが行い、ユーザーの指示の下で業者は物理的な作 業を遂行しているに過ぎないため、利用者が複製主体となるとする7。 ウ カラオケ法理 物理的な利用者の利用行為を管理・支配し、そこから利益を得ていることとい う要件を満たす者がいる場合に、その者を著作物の利用主体とみなす法理。 裁断済み書籍を提供するタイプの業者について、 「業者と利用客との間で複製 すべき物の手渡しという形で直接人的に接触した上で、複製されるべき著作 物の特定をめぐって影響力を行使しており、カラオケ法理によって、複製主体 を認めることができるとの説8など。 エ 手足論 5 前掲注 2(横山)は、地裁判決のように「枢要な行為」を複製行為そのものと捉えるのであれば、ロクラク事件の基 準は複製主体の判断基準としてほとんど独自の意義をもたないと指摘する。 6 前掲注 2(横山) 、松田俊治=東崎賢治=井上聡「いわゆる『自炊代行』業と著作権侵害の成否について」知財研フ ォーラム Vol.96 51 頁。 7 小坂準記=金子剛大「まねき TV・ロクラク II 事件最高裁判決にみるコンテンツビジネスの諸問題」Law & Technology 8 52 号(2011) 66 頁 田村善之「自炊代行業者と著作権侵害の成否」WLJ 判例コラム 19 号 物理的な行為者を手足として管理支配下においている者を、行為者とする法 理。 本件地裁判決は、 「手足とされるものの行為が複製のための枢要な行為であっ て,その枢要な行為が利用者の管理下にあるとみられる」場合に手足として認 められるとする。 →枢要な行為を行った者(すなわち一旦は複製の主体と判断された者)の行為 が、第三者に管理されていたことをもって複製主体性を否定する。 本件控訴審判決は、 「一般に,ある行為の直接的な行為主体でない者であって も,その者が,当該行為の直接的な行為主体を「自己の手足として利用してそ の行為を行わせている」と評価し得る程度に,その行為を管理・支配している という関係が認められる場合には,その直接的な行為主体でない者を当該行 為の実質的な行為主体であると法的に評価し,当該行為についての責任を負 担させることがあり得るということができる。」 これまで業者によるダビング録音・録画代行が違法とされてきた実務との整 合性を考えると、書籍の複製主体だけを手足論で例外扱いするのは難しいと する説も9。 (2) 複製行為の困難性が与える影響 ロクラク II 事件判決においては、 「枢要な行為」の認定に当たって、考慮されてい た。 本件のように、困難かどうかの判断が難しいケースや、MYUTA 事件(東京地判平 成 19 年5月 25 日判時 1979 号 100 頁)のように、その当時は技術的に困難であっ ても、数年後には困難でなくなってしまうなど、技術の急速な発展に左右されてし まい、判断基準としての安定性を欠くのではないか。 (3) 複製の意思の主体 利用者からの注文があって初めて複製が行われることや、複製対象となる著作物 を利用者が決定していることについて、どのように評価されるべきか。 <重視する見解> 法 30 条 1 項の趣旨は「私人である本人以外の物が複製する著作物を決定する場合 には特定の著作物について組織的に複製されることになりかねず、著作権者に与 9 島並良「書籍の『自炊』 」法学教室 366 号(2011)3 頁 える影響を無視し得ないから」と主張し、複製対象をだれが決定するかを重視する 10 。 <重視できないとする見解> 業者は、人的関係の薄い不特定多数の顧客の依頼を受けて、自己の判断により書籍 のスキャン及び電子データ化を行っており、それにより固有の経済的利益を得て いるのであるから、顧客の依頼に基づくという一事をもって、顧客が業者を管理・ 支配していたと解するには無理があるとする説11。 (4) 複製の主体の数 本件地裁判決は、業者が複製の主体であることをもって、利用者の複製主体性を否 定しているが、複製の主体は二者択一の関係にあるのか。 <主体が複数となることを認める説> 複製の主体とは、単なる複製の教唆・幇助とは異なり、法的には、複製の結果に対 して第一義的な責任を負うべき者をいうところ、物理的な複製主体以外の者をも 複製主体ととらえて複製の結果を帰責することが妥当な場合があり得る。 本件の利用者も、具体的な複製の結果を意図し、その実現に向けて重要な因果的寄 与を果たしているから、利用者は代行業者を介して、あるいは共同で複製行為を行 ったと法的に評価する余地があると思われる12。 ロクラク II 事件の最高裁調査官解説においても、同事件の利用者が複製の主体と なるか否かについては何ら判示していないと指摘されている13。 仮に業者にも利用者にも複製主体性が認められる場合、利用者については私的複 製(法 30 条 1 項)が適用される可能性がある14。一方、業者は複製権侵害が成立 するのか。共同正犯で一方にだけ侵害が成立するという結論でいいのか。 (5) 複製主体の認定と法 30 条 1 項の関係 複製主体が業者であると判断されれば、私的複製については検討する余地がない。 一方、利用者が複製主体だと判断されれば、私的複製について検討することになる が、 「使用する者による複製」に該当するかが問題となる。 <否定する見解> 法 31 条 1 項 2 号では、図書館による資料保存のための複製を外部の業者に委託す ること、36 条では試験問題の複製を外部の印刷業者に委託することが認められて 10 田村善之「自炊代行控訴審判決~著作権法 30 条(私的複製)の制限規定の趣旨解釈をめぐって~」WLJ 判例コラ ム 40 号 11 松田俊治=東崎賢治=井上聡「いわゆる『自炊代行』業と著作権侵害の成否について」知財研フォーラム Vol.96 51 頁 12 前掲注 2(横山) 13 柴田義明「判解」Law and Technology 51 号 111 頁 14 前掲注 2(横山)私的複製により複製権侵害は成立しないとする。 いるところ、31 条ではそのような規定になっておらず、法 31 条が利用者による複 製しか認めていないのは、 「家庭のような閉鎖的な私的領域における零細な複製を 許容するものであって、外部の者を介入させる複製を認めていないためであるこ と」15からすると、私的複製の主体を規範的に拡大することはこの立法趣旨に反す る16。また、法 30 条 1 項 1 号では、公衆用設置自動複製機器を用いて複製するこ とを禁止しており、外部の業者が機器の設置という補助的な立場で私的複製に関 与することさえ違法としている(法 119 条 2 項 2 号)ことからすると、複製そのも のに外部業者が関与する本件サービスが適法とされる余地はない17。 <許容する見解> 控訴審判決では、私人が主体的に複製の対象等を決定するだけでは足りず、複製と いう物理的な行為主体も私人が自らなすことが必要ということになるが、そのよ うな理解では、法 30 条 1 項は著作権者の権益をほとんど害さない例外的な空間を 特定する条文になってしまい、法 30 条に私人の自由を確保するという積極的な意 義が減殺される18。 以上 15 加戸守行「著作権法逐条講義〔6 訂新版〕 」著作権情報センター 16 平野惠稔「知財判例速報」ジュリスト 1477 号 6 頁 17 前掲注 2(横山) 、前掲注 16(平野) 18 前掲注 10(田村) 2013 年 232 頁
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