Page 1 Page 2 I W IW III II 傷害保険契約における傷害事故の外来性の

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傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件につい
て
潘, 阿憲
法学会雑誌, 46(2): 209-275
2006-01-17
http://hdl.handle.net/10748/2489
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http://www.tmu.ac.jp/
首都大学東京 機関リポジトリ
活 阿 憲
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について
1 はじめに
n 傷害事故における外来性の意義
皿 外来性の存否をめぐる事例とその検討
W 傷害事故の外来性の立証責任
V 終わりに
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六−二︶ 二〇九
1 はじめに
二一〇
傷害保険契約における保険事故、すなわち傷害とは、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を
被ることである︵傷害保険普通保険約款一条一項参照︶。この傷害の定義からすれば、傷害保険契約における傷害事
͡←
故の構成要件としては、急激性、偶然性および外来性の.二つが必要とされる。
他方、生命保険契約に付帯する災害関係特約︵傷害特約や災害割増特約など︶においては、保険金給付の対象とな
る保険事故は、不慮の事故を直接の原因とする死亡または身体障害と定められており、この不慮の事故とは、急激か
つ偶発的な外来の事故とされているので︵生命保険会社の傷害特約等参照︶、不慮の事故の成立要件としても、急激
︵2︶
性、偶発︵偶然︶性および外来性が要求されているわけである。
このように、傷害保険契約における傷害事故および生命保険契約の災害関係特約における不慮の事故のいずれにつ
いても、急激性、偶然性および外来性という三要件が要求されているが、これまでは、このうちの偶然性の要件に関
︵3︶
して、その立証責任の所在などをめぐり判例・学説上激しく争われてきたことは、周知の通りである。
しかし、外来性の要件に関しても、外来性の有無についての判断基準や立証責任の所在といった問題が存在してお
り、裁判上争われることも少なくない。特に、外来性の判断に関しては、傷害の発生を招来しやすいような素因を身
体内部に抱えている被保険者が、何らかの外部的な作用によって素因が現実化し、傷害が発生するに至る場合におい
て、外来性の有無をどのように判断すべきかが問題となる。
そこで、本稿では、傷害事故および不慮の事故における外来性の問題を取りあげ、その具体的な判断基準や立証責
任の所在などについて検討してみ た い 。
︵1︶ 大森忠夫﹁商法における傷害保険契約の地位﹂保険契約法の研究九七頁︵昭和四四年、有斐閣︶、西島梅治・保険法︹第
三版︺三八〇頁︵平成一〇年、悠々社︶、石田満・商法W︵保険法︶︹改訂版︺三四七頁︵平成九年、青林書院︶、田辺康平.
新版現代保険法二七四頁︵平成七年、文眞堂︶、坂口光男・保険法三六二頁︵平成三年、文眞堂︶、山下友信・保険法四四八
頁︵平成一七年、有斐閣︶、山下丈﹁傷害保険契約における傷害概念︵一︶﹂民商法雑誌七五巻五号七七〇頁︵昭和五二年︶。
︵2︶ このように、損害保険会社の行っている傷害保険では、傷害事故による身体の傷害の発生が保険事故とされているのに対
し、生命保険会社の行っている傷害保険︵災害関係特約︶では、不慮の事故による傷害を直接の原因として死亡、身体障害
等が発生したことが保険事故とされており、保険事故としての傷害の定義に関して、両者間に相違が見られるが︵具体的に
は、損害保険会社の傷害保険の場合には、傷害の原因となる事故が保険期間内に発生している限り、それによる死亡等の結
果の発生が保険期間経過後であっても、事故の日からその日を含めて一八〇日以内であれば保険金が支払われる︵傷害保険
普通保険約款第五条一項、第六条一項参照︶のに対し、災害関係特約の場合においては、不慮の事故を直接の原因とする死
亡等が特約の定める保険期間中で、かつ事故の日からその日を含めて一八〇日以内に生じていなければ、保険金は支払われ
ないことになる︶、急激かつ偶然な外来の事故による身体傷害という点では共通する。山下・前掲書四四九頁。
︵3︶ 偶然性の立証責任に関しては、これまでの裁判例の立場が分かれていた中で、最判平成二二・四・二〇民集五五巻三号六
八二頁は、︵傷害保険普通保険約款等の︶﹁本件各約款に基づき、保険者に対して死亡保険金の支払を請求する者は、発生し
た事故が偶然な事故であることについて主張、立証すべき責任を負うものと解するのが相当である﹂と判示し、最高裁とし
て初めて、保険契約者が立証責任を負うべきものであるとの判断を示したが、故意免責規定が設けられている約款の下で保
険契約者側に偶然性の立証責任を負わせるのが果たして妥当であるかなどの点について、なお多くの疑問が呈示されてい
る。この問題について詳しくは、石田満﹁傷害保険契約における立証責任﹂保険契約法の論理と現実二九六頁︵平成七年、
有斐閣︶、拙稿﹁傷害保険および生命保険の災害関係特約における偶然性の立証責任ー立法論的検討﹂文研論集一二四号二
〇三頁︵平成一〇年︶、山野嘉朗﹁傷害保険における﹃偶然性﹄の立証責任と最高裁判例−問題点と今後の課題﹂生命保険
論集一三七号︵第一分冊︶一五頁︵平成一三年︶、同﹁保険事故−偶然性﹂傷害保険の法理一〇一頁︵平成一二年、損害保
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 一二]
二一二
険事業総合研究所︶、笹本幸祐﹁人保険における自殺免責条項と証明責任︵四︶﹂文研論集二二一号二〇三頁︵平成一二年︶、
堀田佳文﹁判批﹂法学協会雑誌一.九巻一二号一一九頁︵平成一四年︶、小林登﹁不慮の事故の立証責任﹂保険事例研究会
レポート一七六号一頁︵平成一五年︶、岡田豊基﹁傷害保険契約における偶然性の立証責任﹂損害保険研究六五巻一・二号
合併号三三五頁︵平成一五年︶など参照。
n 傷害事故における外来性の意義
一般的に、傷害事故または不慮の事故︵以下、単に傷害事故という︶における外来性とは、傷害を引き起こす原因
︵←
が外部からの被保険者の身体への作用を意味するものと理解されている。すなわち、傷害事故の外来性は、被保険者
︵2︶
の身体の疾患などの内部的原因によって生じた傷害を保険金給付の対象から除外するために認められた要件である。
言い換えれば、傷害はもっぱら外来の事故によってもたらされたものでなければならないわけである。そして、傷害
の原因が外来のものであれば、傷害自体の外在は必要ではなく、被保険者の身体の内部に傷害が生じた場合であって
も、傷害事故の外来性は認められる。例えば、重い物を持ち上げたときに背骨やビザ関節、腰などを痛めた場合、ま
︵3︶
たは打撲などにより骨折した場合においても、傷害事故の外来性が肯定される。
以上のような傷害事故の外来性の概念に関しては、ドイツ法においてもほぼ同じような理解がなされている。現行
ドイツ保険契約法においては、傷害保険に関して八箇条の規定︵同法一七九条から一八五条まで︶が設けられている
が、傷害ないし傷害事故の概念に関する規定は置かれていない。しかし、二〇〇〇年に改定された傷害保険約款︵以
下﹁AUB﹂という︶一条三項は、﹁被保険者が、急激に外部から身体に作用する事故︵傷害事故9註=自9。。ロ[°・︶に
よって、意思によらずに︵巨富署巨σq︶健康傷害︵O。°・きσq庁Q﹂巨。富島。q已白。q︶を被ったときは、傷害︵ごコ拾芭があるも
︵4︶
のとする﹂と定めて、傷害保険契約における傷害および傷害事故の概念を明らかにしている。また、二〇〇四年四月
に公表され、近く立法化される見通しとなる保険契約法改正案も、この約款規定とほぼ同様の規定を設けている。す
なわち、同改正案一七一条はその第一項で、﹁傷害保険では、保険者は、被保険者の傷害または契約上これと同等に
定められた事故について、約束した給付を履行する義務を負う﹂と定めるとともに、その第二項において、﹁被保険
者が、急激に外部から身体に作用する事故によって、意思によらずに健康傷害を被ったときは、傷害があるものとす
︵5︶︵6︶
る。意思によらないことは、反対の証明があるまで存在するものと推定する﹂と定めている。
すなわち、これらの規定によれば、傷害とは、急激に外部から被保険者の身体に作用する傷害事故によって、被保
険者が意思によらずに健康の殿損を被ることである。ここから明らかなように、傷害保険における保険金給付の対象
となる傷害を構成するためには、傷害事故の構成要件としての﹁急激性︵コo吟注゜芹警︶﹂と﹁外来性︵<oo芦ロ8
︵7︶
≦]井9︶﹂、および傷害事故の結果である健康傷害︵すなわち身体傷害︶についての﹁非自由意思性︵d目陣゜﹂急巨㏄−
冨巳﹂という三つの要件が存在しなければならないわけである。
そして、AUBの前記規定の中に括弧付きの﹁傷害事故﹂という文言が入っているが、これは一九八八年の約款改
定の際に新たに追加されたものであり、その趣旨は、これによって傷害の概念を、外部から作用する出来事︵健康傷
害または運動自由︵Cロo≦Φσq巨。q°・埣①芦①巳の損傷を生じさせるメカニズム︶とそれによってもたらされる健康傷害との
二つの部分に明確に区別するためだと説明されて疑・このように・傷害の概念は・傷害事故とそれによる健康傷害
との二つの構成部分に区別することができるが、事故の作用の過程において健康傷害または運動自由の損傷が生じな
ければならず、急激に外部から作用する出来事であっても、それによって健康傷害または運動自由の損傷が惹起され
なければ、傷害事故には当たらない。したがって、前記AUBの規定の下では、健康傷害または運動自由の損傷を生
︵9︶
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二二二
二一四
じさせるメカニズムは傷害事故︵ご口琶百窪oq巳゜・︶であり、そしてそれによる健康傷害または運動自由の損傷は傷害事
故の結果︵ご昌宣百巴oq巳゜・宣oq。︶、この健康傷害による健康障害︵O。°。旨合①旨゜。n冨匹窪︶は傷害の結果︵ごo討=宣σq。︶であ
る。傷害保険における保険事故は、傷害事故と傷害事故の結果、すなわち傷害それ自体であり、傷害の結果ではない。
︵10︶
傷害の結果︵死亡、後遺障害等︶は、単に保険者の給付義務の内容を決定するものである。
ところで、前記の傷害の三要件のうち、傷害事故の急激性とは、事故が極めて短い時間のうちに発生し被保険者の
︵11︶
身体に作用することを意味するものであり、事故が突発的に発生して、そしてそれが即座に身体に作用して健康の殿
損を引き起こした場合には、急激性の要件は満たされることになる。ただ、急激性の要件の判断に際しては、必ずし
も時間の長さという客観的要素のみが重視されるわけではなく、むしろこのほかに、被保険者の傷害事故の発生に対
する予見不能︵ご口O§§0︷6口︶、または事故による作用に対する回避不能︵⊂ロ①昌[﹃日菩碧①目︶といった主観的メルクマー
ル も 考 慮 されている。
︵12︶
また、健康傷害の非泊由意思性という要件における非自由意思性は、﹁故意でない﹂ことと同義であり、したがっ
て、被保険者が故意によらずに事故およびそれによる健康傷害に身をさらした場合は、非自由意思性の要件は満たさ
︵13︶
れる。しかし、故意に事故を招来した場合はもちろんのこと、被保険者が、その意思による関与なしに、またはその
意思に反して生じた事故に遭遇し、これを回避することができたにもかかわらず回避しなかった場合にも、非自由意
︵14︶
思性の要件の充足は認められない。逆に、傷害事故が被保険者自身の意図的な行動によって引き起こされた場合に
︵15︶
も、当該行為に伴う危険性が認識されていなかったときは、非自由意思の要件が満たされることになる。
以上に対し、傷害事故の外来性とは、被保険者の健康傷害をもたらす事故が外部から被保険者の身体に作用するも
のであることを意味するもので、外部に明確に示されるような被保険者の身体に対する外界︵人または物︶の作用が
前提とされており、この作用自体は力学的、電気的、化学的またはその他の性質のものであってもよいとされる。ま
た、外来の事故が身体に対しどのような形で作用したのか、例えば、それが感覚を通して知覚させたのか、それとも
び
精神的なショックを与えたのか、もしくは身体に物理的な力を加えたのかといったことも、原則として問わない。被
保険者の身体への外来の作用の典型的な事例としては、道路交通における衝突、落下物による受傷、氷や雪等の路面
での転倒などが挙げら紅棚・有毒ガスを吸い込んだ場合発煙による酸素欠乏で呼吸困難が生じ竃禦食べ物が
喉を詰まらせて窒息した場合なども外部から作用する出来事として認められ、治療措置を施す際に、医療器具または
な
治療薬品の取り違えもしくは取扱いの誤り、器具の滑り落ちなどの予想外の外的作用により健康傷害が生じた場合
も、傷害事故が認められる。また、被保険者の身体への作用がいわゆる自己運動︵①品。宕o。。≦o。q旨。q9︶、すなわち被
保険者自身の行動によって引き起こされた場合にも、外来性の要件が満たされることがある。例えば、走っている間
に適時に発見することのできなった障害物にぶつかった場合、縁石につまずいて転倒し足を骨折した場合、仕事中に
うっかりしてナイフで切り傷を負った場合、重い物体を持ち上げようとしたところ、足が滑って椎間板を傷めたと
いった場合においては、当該具体的な行動の過程ではもはや自らの意思によってコントロールすることができず、ま
び
たそれが外部からの作用とともに健康傷害を招来したのであるから、傷害が存在するものと認められる。そして、あ
る外来の出来事によって直接的には身体の損傷を受けなかったものの、それによって被保険者の運動自由が奪われ、
この結果、健康傷害を被った場合、例えば、被保険者が山歩きの途中に岩の割れ目に転落し、怪我はなかったものの、
そこから抜け出すことができず、飢えと寒さもしくは暑さから逃れられない場合には、当該出来事は傷害事故に該当
お し、それによって餓死または凍死したときは、傷害が存在するものと解される。
しかし、被保険者の身体への作用は、必ず外部からの作用でなければならず、身体内の病的な出来事による健康傷
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六⊥一︶ 一二五
一二六
害は除外され、また、既にある期間身体内に存在していた生体にとって異質の物質︵一∧O壱①時①∋△60乃[O蒙︶によって
引き起こされた作用も、外来的なものとはみなされず、したがって、例えばそれが炎症や潰瘍の穿孔、閉塞症、血管
︵24︶
狭窄等を生じさせ、健康傷害をもたらしたとしても、それは傷害とは認められない。また、肉体的な疲労︵民o弓旦庁
。冨﹀曇お藷9。q9︶自体は外来の作用とは言えず、馬術、陸上競技などのようなスポーツによる疲労も約款にいう傷
︵25︶
害には当たらず、過労および不慣れな生活による疲労も同様であると解される。
他方、被保険者の身体に作用して直接に健康傷害をもたらした出来事が外部からのものである限り、それを引き起
こした原因が何であるかについては、この外来性の判断においては特に重要性を有せず、当該原因はもっぱらAUB
︵26︶
第二条所定の保険者の免責事由の有無を決定する場合においてのみ意義を有するものと解されている。すなわち、ド
イツの支配的な見解によれば、あらゆる傷害事故は因果連鎖の環をなしており、傷害の前提条件が存在しているか否
かの判断に際しては、もっぱら被保険者の身体に直接に作用する出来事のみを重視すべきであって、この出来事に先
行する因果連鎖の環は単に、それが傷害保険約款所定の免責事由に該当するか否か、すなわち保険者の免責事由の有
無を判断するときにのみ意味を有し、また現行AUB第二条︵八八年AUB第八条︶により、傷害事故によっても
たらされる健康傷害またはその結果について被保険者の病気または疾患が協働作用したと認められる場合には、保険
︵27︶
金が減額されることになるとされている。したがって、例えば、歩行中に突然転倒した場合においては、地面または
水面への衝突が被保険者の身体への外部からの作用に当たるので、傷害事故の成立は常に肯定され、当該転倒を招来
した原因が何であるか、それがAUB第二条所定の免責事由に当たるかは、保険者の給付義務の存否を決める際に判
断されることになり、突然の転倒をもたらした原因が免責事由に当たらなければ、仮に転倒によって心筋梗塞をもた
らす血行不全が生じたとしても、傷害は存在することになり、また、転倒がAUB第二条所定の免責事由である卒中
発作︵切昌訂oqき日巳またはてんかんの発作︵Φ唱声庁嘗゜。合窪﹀⇒日巳によって生じたことを保険者が証明した場合でも、
このような発作が当該保険契約によってカバーされるべき傷害事故によって生じたときは、傷害は肯定されることに
﹄縫。また・例えば・被保険者が溺死︵↓oC°合烏合団巨昆雲、直接溺死と呼ばれるもの︶した場合においては、口頭
への水の侵入が外来の事故に当たるため、傷害事故として認められるが、当該事故を招来した原因、すなわち被保険
者が如何なる原因により水中に沈んだかは、外来性の判断に関しては問題とならず、それはもっぱら保険者免責の可
否を決める意味しか有し轟・この点に関して・ドイッ連邦裁判所一九七七年六月二二日判決は、油送船の船長であ
る被保険者が航海中に行方不明となり、区裁判所から死亡宣告を受けた後に、その未亡人である原告が傷害保険金の
支払を求めた事案について、﹁溺死は常に、傷害保険約款の意味での傷害死亡に当たり、その溺死の原因は重要では
ない﹂と判示し、本件では仮に被保険者が卒中発作、失神または飲酒により船から海に転落して溺死したとしても、
傷害の成立は妨げられず、ただ約款上の免責規定により保険保護を受けられないが、この場合には原告は溺死の原因
と経過を立証する必要はなく、免責事由の存在については被告である保険者が立証すべきであるところ、本件におい
てこのような立証がなかったとして、保険者の保険金支払義務を認めた。
そして、水浴中に被保険者の身体内部の原因によって溺死した場合、すなわちいわゆる水浴死︵cd邑Φ8巳、間接溺
死と呼ばれるもの︶の場合においては、当該水浴死が傷害に当たるか否かの判断は極めて難しいが、前記有力説によ
れば、水浴死をめぐる判断は二段階に分かれ、まず最初に、傷害事故の構成要件が存在するか否かについての判断が
行われ、そして傷害事故が成立すると認められる場合には、さらに当該傷害事故を引き起こした原因が保険者の免責
事由に該当するか否かの判断が行われることになる。そこで、例えば、冷たい水の中に飛び込んだ被保険者が、冷水
の作用により心臓卒中を起こして死亡したような事例においては、被保険者の死亡は、冷たい水が急激に外部から被
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二一七
、二八
保険者の身体に作用した結果発生したものであるため、現行AUB第一条三項の定める傷害の要件は満たされるが、
一九六]年AUB二条三項C号三文は温度の影響による健康傷害を保険者の免責事由として掲げているため、この場
合の被保険者の死亡については保険保護が与えられないとの結論に達することになる。また、被保険者が失神
ロ ︵O書日①9[︶または眩量︵°り合忌区旦によって水中に転落し溺れた場合、または水泳中に失神により溺れた場合に
も、事故の外来性が認められ、またこれらの事由による健康傷害は、.九六。年改正前のAUBの下では保険者免責
とされていたが、同年の改正によって保険者の免責事由から除外されたため、現行AUBの下では保険保護を受けら
れると解される。さらに、外部から被保険者の身体に作用する事故︵喉頭への水の侵入︶が被保険者の内部の出来事
である過度の疲労︵出﹃Q◎O庁O唱﹃⊂⇒σq︶、心不全︵口。﹃N<①﹃°・①。。窪︶または腓返り︵≦置9ζ①∋廿﹃︶によって引き起こされた場
合にも、傷害事故の成立が認められ、かつ現行AUBがこれらの事由を保険者免責として掲げていないため、これら
の事由による健康傷害については保険保護が与えられると解される。これに対し、現行AUB第二条一項a号︵八八
へ 年AUB第一項一号、六一年AUB第三条四項︶は、精神障害︵○。巨。°・°・8日口oq︶または意識障害︵dd2昌︷°・。[房゜・8日ロ。q︶
による傷害を保険者の免責事由として定めているため、被保険者がこれらの事由により水浴死となった場合には、保
険保護を受けられない。また、被保険者が水泳中に卒中発作に見舞われ溺れた場合にも、この間接溺死は、保険保護
タ
の対象とはならないと解される。なぜならば、現行AUB第二条一項a号︵八八年AUB第一項一号、六一年AUB
お 第三条四項︶が卒中発作を保険者の免責事由として掲げているからである。
以上見てきたように、ドイツでは、外部から被保険者の身体に作用して直接に健康傷害をもたらした出来事と当該
出来事を引き起こした原因とを区別して、後者の原因については、もっぱら保険者の免責事由の有無を判断する際の
考慮要素とするという判断枠組みが用いられているが、このような判断枠組みは、傷害事故と当該事故を招来する諸
要因とを明確に限界づけることができ、傷害事故の存否についての判断基準の明確化を図ることができると考えられ
る。
︵1︶ 西島梅治・保険法︹第三版︺三八一頁︵平成一〇年、悠々社︶、石田満.商法W︵保険法︶︹改訂版︺三四八頁︵平成九年、
青林書院︶、坂口光男・保険法三六三頁︵平成三年、文眞堂︶、山下友信・保険法四五四頁︵平成一七年、有斐閣︶。
︵2︶ 江頭憲治郎・商取引法︹第四版︺四七五頁︵平成一七年、弘文堂︶、西島.前掲注ω三八一頁、山下︵友︶.前掲注ω四五
四頁、田辺康平・新版現代保険法二七五頁︵平成七年、文眞堂︶、山下丈﹁傷害保険契約における傷害概念︵二.完︶﹂民商
法雑誌七五巻六号九一一頁︵昭和五二年︶、古瀬政敏﹁生保の傷害特約における保険事故概念をめぐる一考察−損保の損害
保険および英米のe°°己゜葺ぎ゜。ξ呂8との対比においてー﹂保険学雑誌四九六号一二八頁︵昭和五七年︶。
︵3︶ 西島・前掲注ω三八一頁、石田・前掲注ω三四八頁、田辺・前掲注②二七五頁、坂口・前掲注ω三六三頁、山下︵友︶.
前掲注ω四五四頁。
︵4︶ 訳語は、山下丈﹁傷害保険契約における傷害概念︵一︶﹂民商法雑誌75巻5号m頁を参照させて頂いた。この定義規定は
直接的には私的傷害保険について定めたものであるが、生命保険契約に付加して締結される傷害特約︵¢5巨汀自。・陪N<。﹃。・+
°冨ヨ5。qN烏ピ゜ぴ05<°邑。庁。目50q︶についても同じく妥当するとされている。<ロ一.勺臼゜臣8Φこ︶窒ζ゜井∋巴△6﹃..コO⇔N自○穿①詳.、目
ご目合=ぴ゜σq口月︿°諺声⑦゜。]﹀°り゜一﹂◆なお、このAUB第一条三項は、二〇〇〇年改定に際し、﹁正当防衛または人命救助もしく
は財物救出の行為によって生じる傷害も同時に付保される﹂という一文が追加された。また、同一条四項は、﹁次のような
場合も傷害があるものとみなす。①手足または脊柱への強すぎた努力︵g9庁8寄昌彗。・冨日§oq︶によって関節が脱臼し、ま
たは筋肉、アキレス腱、靱帯もしくは嚢が傷められまたは引き裂かれた場合、②潜水事故の際に生ずる潜函病または鼓膜損
傷などの潜水に特有の健康傷害。水中での溺死または窒息死も同様である﹂と定めて、いわゆる擬制傷害︵d目壁田古︷8、約
款一条三項の意味での傷害には当たらないが、傷害として擬制されるもの︶を認めている。Oユ日戸ごロ合=<°邑合゜日謡゜民oヨー
日o巨曽N已臼g>=口o日o日oo己昌合=<巽ψ。村9目藷。・げ9一漏已晶Φ只>dod︶日詳oりoao許o象⇒σq旨o。①戸ω・﹀已コNOOρ﹀白旨い〒芯N已日吻一・
︵5︶ この保険契約法改正案︵団巨≦ζ匡。巨9∩。°・。[NgN烏戸。甘∋二9<・日。冨目ロσq°・<。葺①σ。°・﹃Φ9邑は、連邦司法省の下で設置され
た保険契約法改正検討委員会︵合。民o日巨゜・°・日oN旨閃。♂目二。°・<6邑各。日梶゜・<。苔9。。°・﹃87邑が四年間にわたる検討の結果まと
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 一二九
二二〇
めたものである。傷害保険における傷害事故の概念および保険金請求の実質的な要件については、現行法は何ら規定してお
らず、もっぱら普通保険約款および個々の保険契約に委ねられてきたが、これでは近時発展が著しい私的傷害保険の現状に
は対応できないことから、顧客の理解を助けるためにも、傷害保険普通保険約款︵AUB︶と判例において用いられてきた
傷害の概念に対応した傷害事故の概念を定めることが望ましいとの理由で、傷害事故の概念に関する規定が新設された、と
’ 説明されている︵>O°・。巨5°・σ゜ユ○宮工2×o∋邑゜・°。δコN⊆﹁カ①ま﹃∋エ9<°邑合゜目編゜・<°巨田o。°。目゜庁ロ︿o日這﹀唱巳N⇔宕゜<o朋6三餌oqo宮﹃
①声口白20。・<o邑合o日旨σq°・<Φ口日oq°・目oげ二゜ω゜N.]︶。
︵6︶ 保険契約法改正案一七一条、一項後段の規定は、一九六七年の保険契約法改正の際に導入された現行保険契約法一八〇a条
一項の推定規定を受け継いだものである︵>O°・°巨5°・σ゜ユ゜宮合﹃民O日巨゜・°・δ目Nξカ6a∋三6°・<①邑゜冨日コσq°・<①旨①σq°。﹁6合冨<O目一ρ
﹀苫]NOO古bd。σq日邑呂σq合゜・O①゜・9N。°・N琴閃゜♂日二6°・<°2°ゴ゜巳梶゜。<①葺①σq°・﹃o。庁ロω]N=吻ミ一︶。これは、被保険者の健康傷害が意
思によらずに生じたか否かについて疑いがある場合には、この非自由意思性は反対の証明があるまで推定されるとして、保
険者が被保険者の故意による健康傷害の招致について立証責任を負うべきことを定めたものである。拙稿﹁傷害保険および
生命保険の災害関係特約における偶然性の立証責任−立法論的検討﹂文研論集一二四号二三三頁︵平成一〇年︶以下参照。
︵7︶ 傷害概念についてのAUB規定の文言から、非自由意思性の要件は傷害事故それ自体ではなく、その結果である健康傷害
にかかっていると解されている。㊥邑゜・°・\呂§貫く。邑o汀ヨロσ。°・︿①巨﹁①σq°・鵯゜・①︷〒×o日日⑳旦彗Nひ゜﹀邑﹂一⇔O。。違>o日﹂↓巨日巴>dOd
。。。。︰∩口日見pρρ︵市ロ゜や∵﹀ロ日‘ω②巨日ゆごヒd目o戸⊥≦O一一〇T≦①σqg﹃°民o∋日o邑碧Nロヨ<o日o庁①巳已゜。︿o苔①σq°。σqo°・o艮゜。◆﹀已P∨≦切吾
﹂ O ∨ o ◎り>5日‘ひoo°
︵8︶綱5°・o宅\㊥臼゜穿芦o烈>dロol民○日日①巨貝◎﹀邑ス一⇔Oρ﹀ロ日゜ωN昌ヨ吻]目⋮Oユ∋βρPO︵問ロ﹄y>コ日s]司゜なお、一九六一
年改定前の普通傷害保険約款第二条二項二号bは、﹁光、温度と天候の影響による健康傷害は傷害とはみなされない。ただ
し、被保険者が保険事故の結果としてこれらの影響を受けた場合は除く﹂と定めて、光や温度、天候の影響といったいわゆ
る消極的な限界事例︵白。。q豊く8ρ。ぼ壁﹃︶を原則として傷害から排除していたが、この但書の規定の意味については必ず
しも明確な解釈が示されてこなかった。そこで、匡自汀は、この但書にいう保険事故の意味を検討し、もし保険事故を広い
意味で保険者の給付義務の発生としてとらえるとすれば、およそ保険事故が発生した場合にはそのすべての傷害の結果につ
いて保険金が給付されるべきであるから、これを定めた但書も意味を持たなくなるとして、ここにいう保険事故をむしろ﹁傷
害事故︵d5邑。邑。。呂︶﹂、すなわち急激に外部から身体に作用する出来事として理解すべきである、との解釈を展開した。
彼によれば、例えば、谷に転落した被保険者が、怪我はなかったものの、そこから抜け出すことができず、飢餓または寒冷
のため死亡した場合や、凍った川を渡ろうとした被保険者が、氷が割れて水中に墜落し、凍死した場合においては、傷害は
二段階の経過からなっており、被保険者がまず最初に発生した傷害事故︵谷への転落および水中への墜落︶によって行動の
自由が奪われ、そしてその結果として光や温度、天候による不利な作用を回避することができず、健康傷害︵餓死・凍死又
は溺死︶を受けることになる。口。昆。は、このような場合に生ずる傷害︵死亡︶を間接的傷害︵目詩ピ昌。白゜り合匿窪︶と位置
づけ、それが最初の傷害事故の結果として生ずるものである限り、保険保護の対象となるとする。このように国。昆。によれ
ば、この但書に該当する事例は、保険事故という用語の代わりに傷害事故という概念が用いられて初めて正しく理解するこ
とができることになる。出。笑P]︶苫﹀已゜。°・。巨旨゜・。已巳9①自壁庁日臼隅d口宣一<o日。冨目o@一②いρ゜力゜芯隅このような出o昆・の主
張を受けて、一九六一年の﹀ごo。改定の際に、傷害の概念は傷害事故と健康傷害に区分され、前記規定は﹁光、温度および
天候の影響による健康傷害は保険保護の対象とはならない。ただしそれが保険の対象となる傷害事故の結果として生じた場
合には、保険保護が与えられる﹂︵一九六一年﹀ご゜U第二条三項0号三文四文︶という文言になった。<σqピ0。日声1ζO已丁綱謂‘
昌Φ口P靭○︵市目゜司︶寸﹀白日○ごρ゜忌編“曽↓°。9巨据゜。o。9。巨各[。合﹃﹀⊂c。<8一②ひご一⇔ひ心゜。﹂Nそして、それが、一九八八年の
﹀ごヒ。第一条三項および二〇〇〇年の﹀ごc。第一条三項に受け継がれている。
︵9︶綱已゜・°・2\田﹃。臣き。おPρO︵市P。。︶5・日゜ωω゜
︵10︶≦5°・°≦\勺葺゜臣きoおP讐O°︵昌゜°。ピ︾。日ωFωひ⋮Qユ目目曽PPO︵穿ト∵﹀ロ日一S傷害の結果は、それが契約上所定の一定の
要件を満たすものである限り、保険給付がなされるのであるから︵≦ロ゜。°。o≦\田﹃。穿呂oヨppρ︵穿.。。︶“﹀田日゜ωや︶、ドイツ法上
の傷害保険の保険事故の概念は基本的に日本の損害保険会社の行っている傷害保険の保険事故の概念に対応していると言え
る。なお、山下︵丈︶・前掲注④七七〇頁参照。
︵11︶ ㊥a﹃\ζ§貝①三ΨO°︵穿゜∨︶∨﹀問日﹂ωN已目吻一﹀巴ヒo。。。。⋮≦5°・o綱\田叶o穿芦o炉PPρ︵曽゜。。︶“>o目゜ω。。引Oユ日5PPρ︵曽゜心︶遠
﹀ロ日゜巴N已旨ゆご勺障○穿巨6﹃ヨppO°︵市口鼻ピ切]一隣∴o力o庁≦芦8≦°・]︵rodo庄昌9囚o日旨o旦自N已日くo臣︷oロΩ已5σQ°。<o葺①σq°・σqo°・臼N寸一②O。。°
﹀ロ日゜②N已日㊨ミ⇔.
︵12︶ 勺8言こ≦§﹂PP靭○°︵穿.□吉﹀白日]﹄N⊆日ゆ一>C切。。。。⋮Od日o犀⊥≦O=oT写辞σqR□PPO︵市o.9︶“﹀目日゜Oいゆ︰≦5°・o≦
勺障o穿きoおppO°︵市po◎︶㊨>o§°]⇔⋮勺葺o臣き①炉騨゜pO°︵市p心︶°oり]ごシリo庁≦[巨o≦°。匹曽ppρ︵市p=︶“﹀コ目゜O昌目●ミ⇔⋮ロd自江g−
O。且・ヨN烏﹀已゜。庁oqきoq合o°。d白宣臣Φo。ユぽ゜・巨惚>Cロ。“<。﹁°。閃⑦葦切N=でO。O工ひN﹂ゆい古くΦ冨勾6いや“=伊。り゜=合したがっ
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二二一
二二二
て、このようなアプローチをとれば、事故が発生した後、それによって生ずる作用が比較的に長く持続していた場合︵例え
ばガス漏れによりある一定時間にわたってガスを吸入していた等の場合︶にも、急激性の要件が認められることがあるが、
事故が直接的な効果を引き起こさない場合、または長時間にわたって反復的に身体に作用する場合には、急激性は認められ
ない。≦已゜・°・o≦\勺葺o臣きo炉ppO°︵曽゜°。∵﹀ロ日゜ω゜。°
︵13︶ Oは目βPPO︵市Pや︶∨﹀ロ日゜]②゜なお、山下︵丈︶・前掲注②八九七頁参照。
︵14︶ 零巳゜・°・\ζ§戸騨゜PO°︵穿゜司y>ロ日﹂S
︵15︶勺巨。。。・\ζ§亘PPO・︵穿\︶°﹀昌日口⋮綱已。・。。o宅\田﹁。×ぎ=。﹁予PO°︵市ロ。。︶°﹀コヨ゜いひい○ユ日貝PPρ︵市ロや︶﹀白日ωO°なお、危険
なスポーツをする場合のように、被保険者が健康傷害を招来する可能性のあることを知りつつも、恐らく発生しないのだろ
うと信じて、または自ら事故の作用による結果を回避できると思いこんで、自分の身を危険にさらした場合にも、意思によ
らずに健康傷害を受けたものと認められることがある︵写O房\ζ§戸pρ○°︵哨・°べy>=日]や⋮≦5°・。≦\勺=月穿き。炉☆﹄°O°
︵司p◎c︶Ψ﹀口日゜いひ゜︶。つまり、非自由意思性の要件を判断する場合においては、被保険者の過失の有無は問題とならず、重大な
過失を免責事由として定めているドイツ保険契約法六一条はその限りにおいて適用されないものと解されている。写O言\
]≦呂日“靭pO◆︵市p︿シ﹀ロ日﹂<⋮○ユ日日9ppO°︵市pや︶w>昌日゜ω②N=ヨ●一゜
︵16︶ 勺巨。。。・\ζ§亘PPO三曽゜<︶w>口日ひNロ日●一﹀⊂ロ。°。°。︰≦5°・o≦\霊﹁。江窪o﹁三恥“○°︵穿゜°。︶曽﹀ロ日゜ま⋮冒。⊇。×1ζO=。T≦旬oqロ。戸
ppO°︵市pN︶“>o日゜ON]°ONい︰Oユ日日wppO令︵市コ゜﹄︶°>o∋°N°。N=ヨ●一゜
︵17︶ もちろん、これについて約款上免責事由が定められている場合には別である。≦5°・。≦\田﹃。呑巨6古PPO°︵市P。。︶9>づ日ま⋮
Oユ日βPPO三増ロ鼻︶Ψ﹀コ日゜N。。N已日砲一.なお、現行AUB第二条四項は、原因を問わず、精神的な反応による病的な障害を免
責事由として掲げている。この規定は、六一年AUB二条三項b号︵精神的影響による罹病を免責事由とする規定︶と同A
UB一〇条五項︵傷害の後に生ずる精神的・神経的障害を免責事由とする規定︶を統合して出来たものである。前記六一年
AUB二項三項b号の免責事由は、人間が外部の出来事に驚愕し、衝撃を受ける形での精神的反応を除外するものである
が、判例はこれを制限的に解釈して、精神的な影響が因果連鎖の最初の環をなしている場合に限り、精神的な影響による罹
病は担保されないが、傷害事故が精神的ショックを引き起こし、それが死亡をもたらした場合には、この罹病は担保され、
例えば、近くに雷が落ちてショック死を起こした事例や、自転車に乗っている人と衝突してショックを起こし死亡した事
例、吹き出る炎に驚愕して死亡した事例、喧曄の後に激高して死亡した事例、飛んできた石がフロントガラスを割ってしまっ
たことに驚愕して死亡した事例などにおいては、傷害が認められていたが︵巳oQ=一②.タ一薯ド<o諺声鳶U°。Nなど︶、これについ
ては学説は、外部の事故に対する精神的反応は外来性の要件を満たさないなどとして判例の立場に反対していた。<讐
∩ユ日βppO︵穿⊆∵﹀白日﹂宝⊥OいN已日吻ド現行AUB二条四項は、原因を問わず、すべての精神的な反応による病的障害
を免責事由としているので、事故の発生によって精神的ショックや驚愕を引き起こし、健康傷害を被った場合でも、担保さ
れない。Oユ目目㊨PpO︵害⊆∵﹀白ヨLO°。N已日惚⋮≦已゜。°・o≦\勺茸。江窪o炉PロO︵闇目゜°。ぷ︾ロ日②゜。1一〇<N已旨惚司゜しかし、精神的
反応によって傷害事故を招来し、健康傷害を被った場合、例えば、自動車運転手が過度の怒りまたは不安などから速度を出
し過ぎて、もしくは運転に集中できず、事故を引き起こして傷害を被った場合には、担保され、また、外部から身体に作用
する出来事が発生し、それが精神的反応を引き起こし、健康傷害を被った場合にも担保されると解される。≦5°・。綱\
田﹃o穿芦9ppρ︵市口o◎︶°>5日゜ゆ。。二〇P一自目日芯司゜
︵18︶ 写窪゜・°・\ζ§5PPO°︵穿゜∨︶°﹀ロ日ひN已日巴﹀⊂Oo。。。。︹○ユ日日三゜☆°O︵日゜与︶㊨>o目﹄。。占ON已白吻一⋮≦5°・o≦\勺葺o穿きo﹃三゜
pO°︵剴ロ◎c︶“﹀口日輪◎宝N已日巴白.
︵19︶ Oユ日自pPO︵穿ムシ﹀目日ω一巨日●ご≦5。・o≦\勺葺。臣きβPPO°︵穿会。。︶°﹀ロ日゜ひく占O巨日巴目゜もっとも、被保険者が
長時間、有毒ガスの出ている場所で作業に従事し、繰り返し有毒ガスを吸引していなどの場合には、傷害は認められない。
≦5°・o≦\勺障o臣巨6古p①゜○°︵市po。︶寸︾⇒日◆ひ司N已日●一目゜
﹀ ︵20︶ 勺昼゜・°・\ζ§亘PPρ︵市P∨︶Ψ﹀目日ON已日●一﹀ごロ。。。。。⋮≦5。・o≦這日。穿芦。炉PPO三穿゜。。︶“>o日なN已日ゆ一白⋮Oユ日5PP
O︵市昌゜や︶“﹀巨日゜]NN已日吻一゜
︵21︶ もちろん、医療処置︵餌﹃N法合90。①庁芦合巨oq︶は、事前の治療計画に従い患者の了解のもとで行われるのが普通であるので、
一般的には、たとえ外部からの作用があったとしても、急激性の要件を欠くため、傷害事故は成立しないと解されている。
≦5°・o≦\霊8臣巨o炉ppO°︵市口o。︶“﹀コ日゜。。〒。。一N白日●一目゜
︵22︶ 印巳゜・°・\ζ§﹄見PPO︵穿゜や︶り﹀昌目゜刈N已日●﹂>dOd。。。。⋮≦5°・o≦\田﹃o臣S①炉PPO°︵市P。。︶“>oヨ゜ミーや。。⋮bd日o下ζO已oT≦お−
器﹃軸PO°︵増⇒°□︶9>ロ日゜O食−桧⋮0ユ自戸PPO.︵市コム︶w>5目゜ωO昌日巴⋮o力合忌邑Oま亘①﹄°O︵昌゜=︶w>O日゜o◎﹂昌日巴∨②゜もつ
とも、健康傷害を来す不器用な身体運動または通常の自己運動は、身体への外来からの作用とはいえず、たとえそれによつ
て、例えば心筋梗塞、脳出血、鼠径ヘルニアなどのような身体内の出来事に基づぐ健康傷害が生じたとしても、それは傷害
とは認められないと解される。Oユ日β①.PO.︵市ロド∵﹀問日゜ωO昌日●一゜なお、山下︵丈︶・前掲注②九一二頁。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二二三
二二四
︵23︶ これは出。昆。がいうところの間接的傷害である。=°戻PpPO︵穿゜°。y°リムO司同旨、o。目。下ζO陪〒≦知oQ器戸PPO.︵市o°司︶“
>o日゜○ひ⋮綱5°・o宅\田﹃o呑き①﹃曽ppρ︵市ロ◎。∵﹀昌ヨ゜お︰O一日βppO︵﹁ロ刈︶㊨﹀ロ日N◎。⋮○ユ日∋三゜pO°︵市p﹄︶寸﹀∋日ω◎。巨日
●一゜また、連邦裁判所一九六二年五月二日判決は、登山家がクライミングロープを間違った場所に掛けてしまったため、身
動きがとれなくなり凍死したという事案について、たとえ外来の事故によって直接的な損傷を受けなくても、このような外
来の事故による運動能力の喪失は一般的な解釈として、約款がいうところの身体への作用と同列に扱われるべきであると判
示している。切O出一い﹄﹂②ひ心<。易声ひN田ωふ一゜もっとも、田﹃。穿巨自は、このような事例を間接的傷害としてとらえることに
は疑問を呈しており、このような事例において傷害が認められるか否かは、もっぱら事故の急激性および事故と運動能力の
損傷によってもたらされる健康傷害との間の因果関係で判断すべきであると主張している。≦g°。°・oを\田叶。穿碧①5ppO°
︵市目゜◎。︶噂>o日本O°
︵24︶ 勺邑の゜・\ζ§亘餌゜PO︵市昌゜司︶9>ロ日゜ひN已日ゆ一﹀已]°。°。︰綱ロ゜。°。o乞\田﹁o穿巨o﹃三﹄°O︵市P°。γ﹀口日゜芯⋮OユヨβPPO°
︵市戸﹄︶“﹀目日N。。巨日巴⋮切。7忌口8≦°・亘PPO︵穿ヒ︶∨﹀コヨ゜↓N已日警這゜もっとも、この生体にとって異質の物質が傷害事故
によって身体に入り、健康傷害をもたらした場合は、傷害は認められ、また身体切開︵民8。﹁o穿旨。q雪︶の際にこの異質の
物質が身体に侵入し、直接に身体内部の反応を引き起こした場合も、外部から身体に作用したことになる。≦ζ゜。°・。≦\
㊥ 茸 ○ 臣呂o□P知゜○°︵市po◎︶“﹀目 日 ゜ や や ゜
︵25︶ ℃邑゜・°。\忌§︹P①﹄°ρ︵昌゜司γ﹀白日]NNロ目●一﹀ごoロ゜。°。⋮≦58綱∼霊﹃6穿きo﹃三゜①゜○°︵曽゜°。︶“>o目゜よ゜。⋮○ユ日戸①﹄ψO
︵市口や ︶ 9 > 白 旨 ゜ ] O N 已 日 吻 ﹂ °
︵26︶ AUB第二条は、保険者免責を定めた規定であり、その掲げる主な免責事由は次の通りである。すなわち、一、①精神障
害または意識障害による傷害。意識障害が、被保険者が原動機付車両の運転手として血液中のアルコール含有度が、一゜ω%を
超える酒酔いによる場合、化学製剤、麻薬および錠剤の摂取による場合、卒中発作、てんかん発作または被保険者の身体全
体を襲う痙攣発作による場合も同様である。ただし、このような意識障害または発作が当該保険契約の範囲に含まれる傷害
事故によって引き起こされた場合は、保険保護が与えられる。②故意に犯罪行為を実行または企図することによって被保険
者に生ずる傷害。③直接または間接的に戦争または内乱によって生ずる傷害。被保険者が国外旅行中に戦争に遭遇した場合
は、戦闘行為が始まった日の夜一二時から最大一四日間保険保護が受けられる。戦闘または内乱に起因し、戦争を遂行する
当事者の領土外で行われるテロ攻撃による傷害も付保される。ただし、戦争や内乱に積極的に参加した場合は保険保護が除
外される。④被保険者が、ドイッ法により免許が必要とされる航空機操縦士およびその他航空機の乗組員として被る傷害。
⑤被保険者が原動機付車両の運転者、運転助手または乗客として走行中および最高速度の到達を目標とする練習走行中に被
る傷害。⑥直接または間接的に原子力によってもたらされた傷害。二、①放射線による健康傷害。②医療措置または手術に
よる健康傷害。ただし、手術または医療措置が当該契約の範囲に含まれる傷害が原因で行われる場合は保険保護が与えられ
る。③感染。ただし、病原体が当該保険契約の範囲に含まれる事故による負傷により体内に侵入した場合は保険保護が与え
られる。④食道経由の固体または液体物の摂取による中毒。三、腹部または下腹部ヘルニア。①それが当該保険契約の範囲
に含まれる外部からの激し作用によって生じた場合は保険保護が与えられる。②椎間板の損傷、内部器官の出血および脳出
血。ただし、それらが、当該保険契約の範囲に含まれ約款1条3項に該当する傷害事故を主たる原因として生じた場合は保
険保護が与えられる。四原因を問わず、精神的な反応による病的な障害。
︵27︶ ≦ζ゜。°。o宅\㊥巳⇔臣きo﹃㌔岱゜O°︵闇ロ。。︶∨>o日◆“ωN已目●一白い厚巳゜。°。\家§声見PPO°︵穿゜∨︶w>目目.◎⇔N已目●一﹀ζeo。。。。⋮巨o庁o冒き見]︶巽
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二二五
目o°・け[°。冨ヒ目o≦9旨oq<8団昌民目オg已邑ロd巳Φ8匹日02廿ユく讐gごロひ=<o呂⇔ゴ6日田σ。㊨No旨o庁ユ津日﹃合①○霧①目o<o宣o庁o日ooq°・忌゜・°・6〒
︵31︶ 0。目。TζO=oT≦台零□PPO°︵穿゜司︶°>o日∩ω三匡合。旨き見ρPρ︵市PS︶㊨。り゜よ一ω︰Od旨丙日①目ま゜・9。一“臣。●一ぽ器o[邑象①σ・−
害死亡保険金の支払を拒否したため、原告は保険金支払請求の訴えを提起した。
契約を締結しており、被保険者の死亡宣告後、被告は原告に契約通りの生命保険金を支払ったが、傷害死亡特約に基づく傷
︵30︶ ]]O出昌゜ひ]⇔くS<Φ冨男一薯ぷ品◎°力゜<ωS本件では、原告は被告保険会社との間で3口の傷害死亡倍増特約付きの生命保険
︵29︶ 犀巳゜・°・\ζ胃戸①゜洋○°︵市昌゜︿シ﹀目日bN已日巴﹀ご自o°。°。⋮Oユ日β①﹄右ρ︵穿゜よ︶∀﹀口日゜ωω巨日巴゜
ひN已日警︾己ロ。°。°。る臣日βPpO°︵市o°や︶﹀°日ま昌き吻ドなお、山下︵丈︶・前掲注②九一二頁。
︵28︶ 現行AUB二条一項a号参照。≦5°・o≦、勺茸。江ぎ9p①゜〇三穿゜°。︶∨﹀ロ日゜宝N已日巴日⋮即O一゜・°・\ζ§日ppO三9°<︶°︾コ日゜
は疾患が寄与したと判断される。○ユ日βP①゜O右︵闇ロや︶“>5日゜昏N已日ゆ゜。°
康傷害またはその結果を招来し、両方の原因のいずれもそれだけでは既に発生した結果を生じさせない場合には、病気また
減額される。寄与率がNい%より少ないときは、減額は行われない﹂と定めている。病気または疾患が傷害事故と協働して健
よって招来された健康傷害またはその結果に協働作用︵ヨ一再≦︷﹃オ0コ︶した場合には、給付は病気または疾患の寄与分に応じて
㊥葺゜臣き買PρO︵増口o。︶w>°琴阜ひ゜なお、現行AUB第二条︵八八年AUB第八条︶は、﹁病気または疾患が、傷害事故に
↓oCσO日ヒo且oロ一日力各日8エo﹃ごロ合=<自゜。村ゴ①日日“一ゆ芯くo冨声±﹂曽oり゜±N開∴odO=一〇]“一②いS<2。・勾⑦いS②ρoり゜⇔ご綱已゜。°。o≦\
‘
二二六
゜・。書戸⑦゜。ω∨一ωM°。﹂ω②︰Oユ日貝p①゜ρ︵問ロや∵﹀白日ωやN已日●一‘なお、一九八八年の約款改正に際して、温度と天候の影響
による健康傷害を免責事由として定めた六一年AUB二条三項c号は、二条四項の免責事由である﹁精神的反応による病的
障害﹂の中に併合された。<σq一゜≦5°・o宅這茸゜江S°﹁∨①﹄°O°︵市P°。ア゜り゜□S
︵32︶ ヒo巨。〒忌O o了≦①oq宕おCb°︵市P<ソ>o日bω゜。寸○さ⋮。力ε日廿π室△自oo巳990日⊂コ宣=ヨ。リヨ器09≧信Q目o日8⊂昌皆⋮Φ﹃。。㌣
o庁9己昌oq°。ひo合ロoq已ロσqo具﹀⊂ロロ︶メピoげΦロ。・<6﹃。・[9Q目ロσq。・∋①合N[昌一⇔やメOo◎uoり﹂O一゜
︵33︶ ≦已゜。°・o≦這葺o苔き巾おP旬゜○令︵市5°°。ソ﹀コ日゜書⋮Ou己臭−室O=o﹃1≦高コoでPPO°︵市o°ロン﹀白∋°O台︰Oユ日βρPO°︵市Pやソ﹀白日゜
ぱN已日芦もっとも、腓返りのような部分的な痙攣発作は約款ヒ免責事由とされていないが、全身の痙攣発作については、
現行約款上免責事由として掲げられているため︵AUB二条一項a号参照︶、被保険者が全身の痙攣発作により溺れた場合
には、保険保護を受けられないことになる。切目。下ζo=。T≦①唱。﹁﹀°pO°︵市P∨ソ﹀・日b﹄一.
︵34︶ bo目o汁1ζO=oT≦①σqロo炉①゜o°O°︵市Pや︶⇒﹀白ヨ゜Oやご≦5°。oジ這葺否穿きΦ﹁“PPO°︵市戸。。ア﹀昌ヨ∨ω⋮Oユ日β知﹄令O°︵市P心︶曽﹀ロ日
UやN 已 日 ㊨ ﹂ °
︵35︶ 意識障害とはどのような状態を指すものかについては議論があるが、リーディングケースであるライヒ裁判所一九四〇年
五月一〇日判決は、意識障害は意識喪失と同視されるべきものではなく、また感覚作用の完全な停止と理解されるべきもの
でもなく、それは、認識力と反応力の本質的な損傷を伴う感覚機能の障害であって、危険を認識し制御する能力を喪失せし
める意識の障害または意識の朦朧であると判示している。問ON一9二P°り゜い一゜この判決によって示された意識障害の解釈基準
は、その後の判例によって踏襲され、現在、意識障害は、被保険者が自分の置かれている危険な状況に対処することができ
ないほどの、疾病またはアルコール、麻薬、薬物等に起因する認識力と反応力の損傷だと一般的に理解されている。≦5°・o≦
這臼o臣①已o炉ppρ︵市po。︶マ>5日﹂S一〇。N已日ゆNH︵一ご勺﹃Oぱ゜・b≦①巳戸☆°pO°︵市5°司︶°﹀ロ日゜﹄N已∋●N>ごooo。o◎°
皿 外来性の存否をめぐる事例とその検討
、第H節で検討してきたように、傷害事故ないし不慮の事故の外来性とは、傷害の原因が被保険者の身体の外部から
の作用であることをいうものであり、したがって、傷害がもっぱら被保険者の身体の外部からの作用によって生じた
ものであることが明らかである場合には、外来性の要件の存在︵すなわち外来の事故であったこと︶は当然認められ
ることになり、また逆に、被保険者の死亡などの身体傷害が疾病のみを原因とすることが明らかである場合には、外
来性の要件が満たされないのは、言うまでもない。
しかし、傷害の発生を招来しやすいような素因を身体内部に抱えている被保険者が、何らかの外部的な作用によっ
て素因が現実化し、傷害が発生するに至った場合においては、外来性の有無をどのように判断するかが問題となる。
この場合には、一方では外部からの身体への作用という意味での事故の発生は認められるが、他方では当該事故およ
びそれによる身体傷害が被保険者の身体の疾患等に起因するとも考えられるため、外来性の要件の存否についての判
断 は 容 易 ではない。
これまで、傷害保険における傷害事故の外来性の存否をめぐって争われた裁判例は、数多く存在しているが、ここ
︵1︶
では便宜上、これらの裁判例を﹁外来原因先行型﹂と﹁疾病先行型﹂の二類型に区分けしたうえで、さらに、医療過
誤に関する裁判例も取りあげて、検討することにする。
なお、傷害保険普通保険約款一〇条一項は、﹁被保険者が第一条︵当会社の支払責任︶の傷害を被ったときすでに
存在していた身体の傷害もしくは疾病の影響により、または同条の傷害を被った後にその原因となった事故と関係な
く発生した傷害もしくは疾病の影響により同条の傷害が重大となったときは、当会社は、その影響がなかった場合に
相当する金額を決定してこれを支払います﹂と定めている︵限定支払条項と呼ばれる︶。これは、傷害事故と無関係
な疾病等により傷害事故の結果としての身体傷害が加重された場合に疾病等の影響がなかった場合の身体傷害の程度
を判断して保険金を支払うとするものであり、外来の事故と疾病とが競合して傷害が発生する場合にまで当然に適用
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 一二一七
二二八
されるものではないが、これまでの裁判例の中には、この規定に基づいて、被保険者の死亡が外来の事故と身体内部
の原因とが協働して生じたものであるとして、割合的認定をするものもある。学説においては、定額給付型傷害保険
︵3︶
が定額保険であることから、割合的認定をすることについて疑問ないし反対の見解もないわけではないが、事故と疾
病が協働原因となっていると認定できるような場合については、オール・オア・ナッシング的な処理よりも割合的因
果関係理論を採用したほうが衡平に合致すると考えられるので、このような解決法も極めて妥当なものだと言えよ
ハ う。もっとも、生命保険の災害関係特約や生命共済約款においては、既存の身体障害または疾病の影響がある場合の
︵5︶
限定支払条項が設けられていないので、因果関係の割合的認定をするのは難しいとされている。
皿−一 外来原因先行型の裁判例
皿−一−一 裁判例の紹介
まず、第一類型は、被保険者の直接の死因は急性心不全などの発作性の疾病であるが、当該疾病の発作が何らかの
外部的な原因によって生じたものと認められる場合である。
この類型の裁判例には、外部からの何らの作用があったことを認めたうえで、このような外部からの作用が具体的
に被保険者の死亡または後遺障害等を招来するような不慮の事故に当たるか否か、すなわち外来性の要件が存在する
か否かを判断するものと、一応外来性の要件を満たす事故に当たるとしたうえで、この外来の事故が疾病の発作を引
き起こし、ひいては被保険者の死亡等を招来したか、すなわち、事故と被保険者の身体傷害ないしその結果としての
死亡等との間の相当因果関係の有無を問題にするものとがある。
前者の裁判例としては、①大阪地判平成四年一二月一、一日判例時報一四七四号一四三頁、②大阪地判平成五年八月
三〇日判例時報一四七四号一四五頁、同控訴審判決である大阪高判平成六年四月二二日判例時報一五〇五号一四六
頁、③東京地判平成八年六月七日判例タイムズ九二七号二四二頁が挙げられる。
このうち、①判決は、港湾労働に従事してきた被保険者が、外気温二・九度という低温の環境で船内作業中に急性
心不全を起こして死亡したとして、保険金受取人が生命保険契約に附帯する災害割増特約に基づき給付金の支払を求
めた事案であるが、裁判所は、解剖所見や被保険者の年齢、従前の健康状態、当日の気象状況および労働内容を総合
考慮すると、同人は、従前からの高血圧のために冠動脈硬化が進んでおり、急性心臓死の素因を有していたところ、
当日の低温の環境での労働が引き金となって、急性心不全を招来したものと認められるとしたうえで、﹁死亡を招来
するような素因を身体内部に抱えている人が、何らかの外部的なきっかけがあって素因が現実化し、死亡するに至っ
た場合、そのようなきっかけが、日常生活上普通に起こり、通常人であればおよそ死亡には結びつかないものである
場合にまで、それを外部性を有するものとして、不慮の事故の中に含めるのは相当でない﹂と判示し、本件では、低
温気象条件下での労働が引き金となって急性心不全が生じたことからすると、被保険者の死亡の原因が身体の外から
の作用によるものと言えなくもないが、外気温二度程度というのは冬季であれば稀なことではないこと、被保険者が
作業をした船槍内が外気に比べて低温であるとは考えられないこと、作業内容も普通と大差がなかったこと、同人は
少なくとも昭和五九年二月以降は高血圧状態にあり、また冠動脈硬化が見られ、これが同人の死亡に重大な影響を与
えていると考えられることなどを総合すると、同人の死亡当時の低温の気象は、日常生活上普通に起き、通常人であ
︵7︶
ればおよそ死亡には結びつかない事象であったとして、不慮の事故の外来性を否定した。
また、②の大阪地裁平成五年判決は、被保険者が夏日の午前八時ころから地下一階コンクリート打設作業を開始
し、昼の休憩後、午後一時から右打設作業を再開したところ、約一時間半後に、突然床にうつくまり、同僚らが同人
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六⊥一︶ 二二九
二三〇
を日影に運び救急酸素を吸入させ、救急車で病院へ搬入したが、まもなく日射病による急性心不全により死亡したと
して、保険金受取人が不慮の事故を理由に災害割増特約および傷害特約に基づき給付金の支払を求めた事案である
が、裁判所は、災害割増特約等にいう不慮の事故とは、偶発的な外来の事故で、かつ、昭和四二年一二月二八日行政
管理庁告示第一五二号に定められた分類項目に該当するものとし、分類項目の内容については、﹁厚生大臣官房統計
調査部編、疾病、傷害及び死因統計分類提要、昭和四三年版﹂によるものとされ、その分類項目12には﹁自然及び環
境要因﹂による不慮の事故と記載されているが、﹁過度の高温﹂が不慮の事故から除外されているところ、この﹁過
度の高温﹂とは、気象条件などの自然的要因か人為的要因を問わず、何らかの原因で外気または体温が急激に高温化
した場合を指すものとしたうえで、﹁日射病は、頭部や頸部に日光の反射を受けて発病する病気であり、日光の反射
による外気または体温の急激な高温化という状況が存在しないと発病は考えにくいことを考慮すれば、被保険者の死
ると判示し、本件死亡が不慮の事故に該当しないとした。これに対し、同控訴審判決である大阪高裁平成六年判決
亡は、それが人為的要因に基づくものをも含むか否かを問わず、﹃過度の高温﹄によるものであることは明らかであ﹂
︵8︶
は、前記除外事由である﹁過度の高温﹂が、全べての要因に基づく﹁過度の高温﹂ではなく、﹁過度の高温中の気象
条件によるもの﹂に限定されると制限的に解釈したうえで、﹁本件作業所には作業現場と外部を区切る鉄板矢板が設
置されていてその反射熱があり、さらにコンクリートの凝固熱︵気温が高いほどその進行が著しい。︶の発生により
劣悪な作業環境となっていて、それに当日の気象条件が相乗した結果、被保険者が日射病にかかり死亡したと認める
のが相当であり、直射日光による外気又は体温の高温化のみによって発病したとは認めがたい﹂と判示し、原審とは
︵9︶
逆に不慮の事故の成立を認め、保険金請求を認容した。
さらに、③判決は、被保険者が白血病治療のため放射線療法と全身化学療法等を受けていたところ、神経症状が出
現して急速に悪化し、白質脳症に起因する高度障害の状態に陥ったことが不慮の事故に当たるとして、保険金受取人
が災害高度障害保険金の支払を求めた事例であるが、裁判所は、﹁傷害が発生するような何らかの身体内部の素因を
抱えている者につき、外部的なきっかけにより素因が現実化し、傷害が発生するに至った場合、特に、その外部的な
きっかけが通常人にとっては傷害発生に至らないものであるならば、やはり、そのような傷害の発生は外来性の要件
に欠け、不慮の事故とはいえない﹂としたうえで、本件では、被保険者の高度障害は、医療機関による放射線療法と
全身化学療法等の外来の要因がきっかけとなった可能性があるにしても、同人の身体内部の素因が現実化したものと
も考えられ、しかも、同人に行われた治療等の外来の要因が、通常人にとっては高度障害発生に至るものともいえな
いことからすると、本件被保険者の高度障害の発生は、外来性の要件を満たす不慮の事故と認めることができないと
判示した。
そして、後者の裁判例としては、④大阪高判昭和五六年五月一二日判例タイムズ四四七号一三九頁、⑤東京地判昭
和五六年一〇月二九日判例タイムズ四七三号二四七頁、⑥浦和地越谷支判平成三年一一月二〇日判例タイムズ七七九
号二五九頁、⑦名古屋高判平成四年一一月四日判例タイムズ八二一二号二三六頁、⑧奈良地判平成一四年八月三〇日金
融・商事判例一一五七号五一頁な ど が あ る 。
このうち、⑤判決は、被保険者が遊園地内のヒマラヤライドと称する客席部分の回転する遊戯施設に搭乗し、それ
を終えて間もなく死亡した事例であるが、本件遊戯施設に搭乗し、その急激な回転運動を強制されたことが不慮の事
故に当たるとの主張に対し、裁判所は、本件遊戯施設を回転させるのに強大な力が必要とされることから、これに搭
乗した乗客が回転運動を身体に受けるその影響力もかなりのものだと推認しうるが、それが乗客の生命を奪う原因た
り得るほど身体への影響力があるとは解されないこと、搭乗した乗客が死亡した事案は本件が唯一であること、被保
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 一三二
二三二
険者が気管支喘息に罹患していたこと、本件遊戯施設への搭乗中﹁きつい﹂と叫び、搭乗を終えた直後に、携帯して
︵10︶
いた噴霧剤を取出したことなどから、被保険者の死亡と本件遊戯施設への搭乗との間に因果関係はないと判示した。
また、⑦判決は、被保険者の運転する車が路上に停車中の自家用貨物自動車に接触し、同車両の荷下ろし作業中の
者に傷害を負わせる事故を起こしてから約一〇時間後に、被保険者が脳内出血により死亡したという事例であるが、
被保険者の死亡原因たる脳内出血が本件事故による身体的・精神的衝撃により生じたものであるなどの主張に対し、
裁判所は、幅員も狭くなく見通しのよい道路上で、しかも低速で運転中に接触事故を起こしたこと、数年前から高血
圧症の加療を続けてきたこと、本件事故後、車から降りてきた被保険者が外傷は軽微だったものの、酔っ払ったよう
な歩き方やそぶりをし、路上でしゃがみ込むようにして倒れたことなどから、被保険者が既往の高血圧症に起因する
致命的な脳内出血を惹起し、その影響の下で本件事故に至った可能性が十分にあるとして、被保険者の死亡は外来の
︵11︶
事故を直接の原因としたものではないと判示した。
さらに、⑧判決は、被保険者が普通乗用車を運転して交差点通過中に、赤信号を無視して走行してきた普通貨物車
と衝突して、病院に搬送され、治療を受けてから四日後に小脳出血によって死亡した事案であるが、被保険者の死亡
が不慮の事故によるものであるとして、遺族が生命保険契約の災害特約に基づき災害保険金の支払を求めたのに対
し、裁判所は、まず、被保険者が本件事故の数年前から高血圧や冠不全、脳梗塞等の病名で通院し、本件事故前の数
カ月間はほぼ連日のように医師の診察を受け、複数類の内服薬を処方されていたこと、投与を受けていた抗血小板剤
は脳出血などの副作用を起こすものであることなどの事実から、Aは、本件交通事故前から小脳出血の素因を有して
いたと認定したうえで、本件衝突によって、被保険者の運転車両に加わった最大加速度は七・四五Gであって、遊園
地の遊戯施設に乗車、搭乗していなくても体験しうるレベルのものであり、本件衝突による衝撃は、通常、小脳出血
を起こす程度のものではなく、また、CT検査結果およびC病院に収容されてから死亡するまでの治療経過、本件交
通事故によるAの外傷は左前頭部打撲のみで、後頭部の打撲や骨折、脳挫傷がなかったため、外傷が出血の直接原因
とは考えにくいなどとする複数の医師の所見を総合すると、﹁Aの小脳出血は、交通事故による外傷によって発症し
た外傷性小脳出血ではなく、Aの病的素因により発症したものと認めるのが相当である﹂と判示して、保険金請求を
棄却した。
これに対し、前記④判決は、傷害特約付簡易生命保険︵簡易生命保険法一六条の四︵現一八条︶、約款一六〇条︶
の事例で、被保険者が交通事故で約一〇メートル余はね飛ばされて頭から路上に落ち、全身を打撲し、傷害による入
院加療中、比較的順調な経過をたどっていたところ、入院一一日目に突然既往の高血圧性心疾患に起因する急性心不
全によって死亡したという事案であるが、裁判所は、﹁死亡の主要な原因として、傷害のほかに他の疾病等の原因が
併存している場合に、そのいずれもが単独で、または互いに影響しあって死亡の結果を発生させ、かつそれが通常起
りうる原因結果の関係にあると認められるときは、併存原因の一つである傷害が右条項にいう﹁直接の原因﹂となつ
て死亡の結果を招来したものというべきである。また右のような場合、死亡の結果が生じるについてはさまざまな要
素が混入し影響しあうことが多く、複数の原因のうち各個の原因の強さについての優劣を判定することが困難である
ことが多いことにかんがみると、複数の主要な併存原因がおおむね同程度に影響を与えたことが認められればそれで
足り、それ以上に他の併存原因と比較してより有力な原因であると認められることまでは必要としない﹂との一般論
を述べたうえで、本件では被保険者が本件事故直前まで脳溢血後遺症および糖尿病の治療のため通院を続けていた
が、事故当時は自動車を運転できる程度に回復して良好な健康状態にあること、臨床医学的には、本件事故とそれに
よる受傷、入院という精神的、肉体的ショックもまた被保険者の死因である心不全を誘発する重要な原因の一つと
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二一三二
二三四
なったものであること、もし受傷によるショックがなければ死亡の結果は生じなかったと推測されることなどから、
本件死亡の原因は、被保険者の既往疾患と事故による受傷とが互いに影響しあい、両者が主要な原因となって遂に急
性心不全をもたらしたものであって、しかも両者が死の結果に及ぼした影響の程度については容易に優劣をつけ難い
から、被保険者の死亡の主要な原因は両者の併存にあり、被保険者が本件交通事故による傷害を直接の原因として死
亡 し た こ とを認めた。
︵12︶
また、前記⑥判決は、被保険者が自宅に隣接する木工作業場で火災が発生したことを発見したため、バケツで水を
かけるなどして消火作業中を行っていたところ、急性心不全を起こして地上に倒れ込み、救急車で病院に搬送後まも
なく死亡したとして、被保険者の遺族らが生命共済契約に基づき災害給付共済金等の支払を求めたという事案である
が、裁判所は、被保険者に高血圧症があったかどうかは不明であるところ、火災を発見し、驚愕した被保険者が慌て
ふためいてバケツで水を汲みながら火を消そうとしたことから、短い時間内での激しい精神的衝撃と急激な身体的動
作が被保険者の心臓の機能に過大な負担を掛け、それが心不全の症状を出現させるに至ったと見るのが合理的である
こと、目に見えないショック等による死亡の場合でも、それが原因をなした事象との間に相当因果関係があると認め
られるときは、その原因をなした事象を外来的なものに当たると見るのが相当であるとして、本件では被保険者が住
宅以外の建物の火災による不慮の事故により、その事故を直接の原因として死亡したと判示した。
皿ー一−二 検討
まず、外来原因先行型の裁判例のうち、①判決は、被保険者が低温の環境で船内作業中に急性心不全を起こして死
亡したことについて、不慮の事故の外来性を否定している。事故が外部から被保険者の身体に作用したと認められる
場合には、外来性の存在︵すなわち外来の事故であったこと︶は当然肯定されるべきであり、そしてこのような急激
かつ偶然の外来の事故によってもたらされるものである限り、疾病も当然含まれると解されるので︵例えば屋外で寒
ヨ
気のため動けなくなり肺炎により死亡する場合、転倒事故による外傷から菌が侵入し破傷風となった場合など︶、仮
に、本件で、被保険者が急性心不全で死亡した原因が外来の事故による身体への作用であれば、傷害事故の成立は認
められる。本件では、低温の気象条件による影響が外来の事故に当たるかが争点となったが、判旨は、同人の死亡当
時の低温の気象は、日常生活上普通に起き、通常人であればおよそ死亡には結びつかない事象であったとして、これ
を否定した。通常人ではおよそ死亡に結びつかない事故でも当該被保険者にとって死亡の原因になることはあり得る
ヨ
ので、判旨のようにそのような場合に不慮の事故の発生を当然に否定出来るかは問題がないわけではない。本件のよ
うな低温の気象条件は、冬期に一般的に生じうるものであることを考えれば、むしろ日常生活上並日通に起こる出来事
は外来性の要件を満たす事故ではないと考毯・端的に、本件のように外気温二・九度という低温の環境下での響
の労務作業は、外来の事故には当たらないと判断すれば足りたのではないかと考えられる。また、生命保険約款の別
表では、不慮の事故とは﹁急激かつ偶発的な外来の事故︵ただし、疾病または体質的な要因を有する者が軽微な外因
により発症しまたはその症状が増悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とみなしませ
ん︶﹂と定義付けられており、ここにいう﹁軽微な外因﹂は不慮の事故における外来性の要件を絞るためのもので、
外部からの作用が軽微なものを除く趣旨だと考えられるから、本件におけるような低温の気象条件はまさにこの軽微
な外因に当たると考えることもでき、したがって、外来性の要件を満たす不慮の事故には当たらないと考えることも
できる。
②の大阪地裁平成五年判決は、夏日に地下コンクリート打設作業中に日射病による急性心不全を起こして死亡した
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六⊥一︶ 二三五
二三六
ことについて、約款上の除外事由である﹁過度の高温﹂を、気象条件などの自然的要因か人為的要因を問わず、何ら
かの原因で外気または体温が急激に高温化した場合を指すと解したうえで、被保険者の死亡が不慮の事故に該当しな
いとした。前記①判決で問題となった低温の気象条件のように、通常の気象条件による身体への影響は、自然条件の
作用の結果であるので、一般的には外来の事故には当たらないと考えるべきである。確かに、熱射病や日射病などの
場合においても、身体への日光の照射という意味では、外部からの身体への作用があったことは認められ、また、温
度の作用の結果も通常の天候一般の影響あるいは体質的な疾病の結果としてではなく、一定の比較的に短い時間内に
展開される外部的な作用を示すときもありえないわけではなく、その限りで傷害事故の成立があり得ないわけではな
いが、気候や温度などが身体に及ぼす影響は、通常長時間継続するものであり︵急激性の欠如︶、またそれはいわば
自然の原因から生ずる自然な結果であり、被保険者にとって予測可能かつ回避可能なはずであるから︵偶然性の欠
ロ
如︶、一般的には傷害事故とは認められないのであろう。ただ例外的に、例えば、被保険者が不慮の事故に遭遇して
身体傷害を被り、その結果炎天下で動けなくなり、日射病で死亡したような場合には、保険事故としての傷害は認め
られよう。しかし本件ではそうした事情は全く認められないので、判旨の結論は正当である。これに対し、本件控訴
セ
審判決である大阪高裁平成六年判決は、﹁過度の高温﹂を﹁過度の高温中の気象条件によるもの﹂と制限的に解釈し
たうえで、本件作業所に設置されている作業現場と外部を区切る鉄板矢板の反射熱とコンクリートの凝固熱の発生に
より劣悪な作業環境となっていて、それに当日の気象条件が相乗した結果、被保険者が日射病にかかり死亡したとし
て、原審とは逆に、不慮の事故の成立を認めたのである。判旨が﹁過度の高温﹂についてこのように限定的解釈を示
した背景には、昭和五四年の約款改正により、免責事由が﹁過度の高温中の気象条件によるもの﹂と変更されている
こと︵厚生大臣官房統計調査部編・疾病、傷害及び死因統計分類提要昭和五四年版参照︶が関係していると推測され
︵19︶
るが、﹁過度の高温﹂が免責事由とされている理由は、前述のように、それは傷害事故︵不慮の事故︶における急激
性および偶然性の要件を欠くことにあるのであるから、そもそも、本件では、過度の高温が生じたことについて人為
的要因が介入したか否かは問題とならならいのであり、また、本件では被保険者にとって予測不可かつ回避不能のよ
うな事情があったとは認定されていないので、日射病による被保険者の死亡を不慮の事故に当たるとした判決の結論
には疑問がある。
③判決は、被保険者に対する放射線照射等の医療行為を外来の原因としてとらえたうえで、本件における医療行為
が通常人にとっては死亡または傷害をもたらす結果ではないので、外来の事故には当たらないと判断している。この
事件で問題となった保険約款の別表二の分類項目10において、不慮の事故として﹁外科的および内科的診療上の患者
事故。ただし、疾病の診断、治療を目的としたものは除外します﹂と定められており、これは身体の疾患等内部的原
因に基づく傷害を排除し、医療過誤が原因である場合のように、傷害の発生が外来のものでなければならないことを
示したものである。本件で、被保険者に対して行われた放射線療法等の治療処置は、外部からの被保険者の身体への
作用ではあるが、この外的作用は本件のような放射線療法等の治療処置を行う場合に通常に生ずるものだと考えられ
る。判旨は、それが通常人にとって高度障害発生に至るものではないことを理由に、傷害事故の構成要件としての外
来性を否定したのであるが、通常人にとって高度障害発生に至らなくても、当該被保険者にとって高度障害発生の原
因となりうるのであるから、それだけで不慮の事故の成立を否定する根拠にはなりにくい。むしろ、本件では、被保
険者の疾病に対応した通常の治療処置が施されただけであり、このような通常の治療処置は、いわば軽微な外因とし
て、外来性の要件を満たす不慮の事故には当たらないとしたほうが妥当だったように思われる。また、被保険者の疾
病に対応して施された通常の治療処置は、当然、外科的及び内科的診療上の患者事故にも当たらないのである。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二三七
二一二八
他方、外来の原因の存在を認めたうえで、それと死亡との間の因果関係の有無を問題とする裁判例のうち、⑤判決
は、被保険者が回転遊戯施設への搭乗が原因となり、かつその通常の結果として死亡したということが認められない
として、被保険者の死亡と本件遊戯施設への搭乗との間の因果関係を否定し、不慮の事故の成立を認めなかったが、
そもそも、回転遊戯施設の回転運動による身体への影響力はかなりのものとは認められるものの、日常的に体験しう
るものであり、このような外的作用を伴う日常的な体験は軽微な外因としてとらえることも不可能ではなく、そうす
ると外来性の要件を満たす不慮の事故とは言えないので、外来性の欠如という点でも不慮の事故の成立を否定するこ
とが可能だったのではないかと考えられる。また、⑦判決は、交通事故発生当時における運転者としての行動に異常
が見られ、それに高血圧症などの既往歴と本件事故後の症状などを総合的に考慮して、被保険者がまず既往の高血圧
症に起因する致命的な脳内出血を惹起し、その影響の下で本件事故に至った可能性があるとして、本件事故と死亡と
の間の因果関係を否定したが、後述のように、事故が、先行する疾病の発作が原因で発生した場合においては、仮に
それが被保険者の身体傷害をもたらすものであっても、保険者の免責事由に該当するので︵傷害保険普通保険約款第
三条一項五号参照︶、保険者に保険金支払義務がないとする判旨の結論自体は正当である。ただ、本件事故そのもの
に着目すると、本件交通事故の発生が被保険者にとって外来の作用であることは確かであり、また交通事故としては
軽微だったとはいえ、外傷が存在していたことも事実であるので、一応被保険者に身体傷害を生じさせる程度の外来
の事故があったと認められよう。そして、仮に保険金請求者側において被保険者の脳内出血が本件事故による身体
︵20︶
的・精神的衝撃により生じたことが立証された場合には、保険事故としての傷害の成立は、にわかに否定できないよ
うに思われる。
さらに、⑧は、被保険者の既往症などの事実から、被保険者の直接死因たる小脳出血は本件交通事故による外傷に
よって発症したものではなく、被保険者の病的素因により発生したものであるとして、被保険者の死亡が外来の事故
によるものであることを否定したが、事案としては、前記⑦判決に類似していると言える。本件では、衝突事故によ
る衝撃がかなり軽微だったこと、外傷も左前頭部打撲のみで、後頭部の打撲等が一切ないことなどの事実が認定され
ており、被保険者の小脳出血が本件交通事故による衝撃によって発生したことを認めるに足る事実は、かなり乏しい
と言わざるを得ず、むしろ、被保険者が脳梗塞など複数の病名で連日のように通院し、投与を受けていた抗血小板剤
が脳出血などの副作用を起こすものであるといった事実は、小脳出血が被保険者の内的要因により病的に発症したと
の認定に有利に作用するものであり、被保険者の死亡について外来の事故によるものであることを否定した判旨の結
︵21︶
論は妥当だと考えられる。
これに対し、④判決はその一般論の中で、死亡の主要な原因として、傷害のほかに他の疾病等の原因が併存してい
る場合に、そのいずれもが単独で、または互いに影響しあって死亡の結果を発生させ、かつそれが通常起りうる原因
結果の関係にあると認められるときは、併存原因の一つである傷害が直接の原因となって死亡の結果を招来したもの
というべきであり、複数の主要な併存原因がおおむね同程度に影響を与えたことが認められれば足り、それ以上に他
の併存原因と比較してより有力な原因であると認められる必要はないとの解釈を示しているが、これは、約款上要求
されている死亡と事故との間の﹁直接﹂の因果関係の要件について、英米法上の近因の法理と同様の法理を適用した
︵22︶
ものと見られる。しかしこのような因果関係による処理とは別に、傷害事故と疾病との協働という観点から本件のよ
うな事案を処理することも理論的には考えられ得る。すなわち、本件では、被保険者が交通事故に遭遇し、約一〇メー
トル余はね飛ばされて頭から路上に落ち、全身を打撲したという事実が認定されているので、それだけで本件では外
来性の要件を満たす不慮の事故が成立したと言える。しかし、当該不慮の事故が死亡という傷害の結果を生じさせな
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六−二︶ 二三九
二四〇
ければ、死亡保険金は支払われないのであり、実際、本件交通事故はかなりのものであったが、入院加療により比較
的順調な経過をたどっていたということからすれば、被保険者の死亡をもたらす程度のものではなかったことが分か
る。ところが、本件では、被保険者の既往症である高血圧性心疾患も寄与して、被保険者の直接の死因である急性心
不全を引き起こしたとされているから、まさに、これは不慮の事故による受傷と既往歴とが協働作用して被保険者の
死亡の結果を招来したわけであり、傷害保険会社の傷害保険であれば、傷害保険約款上の限定支払条項に基づいて、
被保険者の死亡に対する疾病の寄与割合に応じて死亡保険金額を削減することが考えられる。ただ実際には、簡易生
命保険の傷害特約においては生命保険の災害関係特約におけるのと同様、前記のような限定支払条項が設けられてい
︵23︶
ないので、解釈論としてこのような処理法を採用することには問題がないわけではない。他方、学説においては、被
保険者の死亡が疾病の影響によるものであり、その影響がなかったとすれば死亡の結果に至らなかったのであれば、
保険者は死亡保険金の支払義務を負わないが、疾病の死亡の原因としての意味が傷害と大体同程度であるかまたはこ
︵24︶
れより少ないときは、保険者は死亡保険金支払義務を負うべきであるとの見解が有力であり、このような立場からす
れば、本件判旨の結論は是認され 得 る 。
そして、⑥判決は、火災を発見しそれに驚愕した被保険者が、消火作業中に急性心不全を起こして死亡したことに
ついて、これは、短い時間内での激しい精神的衝撃と急激な身体的動作が被保険者の心臓の機能に過大な負担を掛
け、それが心不全の症状を出現させるに至ったと判断して、ショック死と事故との間に相当因果関係があるときは、
外来性が認められるとした。本件では、火災という外部の出来事は現実に発生しており、そしてそれが被保険者の身
体に対しどのような形で作用したのかは原則として問わなくてよいと考えられる。したがって、偶発的に発生した火
災が被保険者の身体に飛び火して死に至らしめた場合は、言うまでもなく保険事故としての傷害が成立するが、仮に
それが被保険者に精神的ショックを与えたにすぎない場合でも、それによって死亡の結果を招来したときは傷害の成
立は認められてよいのではないかと考えられる。確かに、一般的な精神的反応による傷害、例えば部下から悪い報告
を受けたことによるショックで急性の勘病にかかったような場合などは担保されるべきではないと言われるが、それ
は、部下から悪い報告を受けたこと自体が急激かつ偶発的な出来事ではないからであり、もし被保険者の精神的反応
を引き起こした原因が外部で起きた急激かつ偶発的な出来事であり、この事故と精神的ショック等の精神的反応との
間に相当因果関係が認められれば、当該精神的反応により被保険者が傷害を被った場合は、約款上精神的反応を免責
事由とする旨の明文の規定がない限り、この⑥判決のように保険事故としての傷害を認めてよいのではないかと考え
︵25︶
られる。また、被保険者が、精神的ショックや極度の怒りなどの精神的反応によって傷害事故︵例えば交通事故など︶
︵26︶
を招来し、その結果身体傷害を被った場合にも、傷害の成立は認められるべきであろう。このように考えれば、この
︵27︶
⑥判決の結論および理由付けは妥当だと考えられる。
皿−二 疾病先行型の裁判例
皿−ニー一 裁判例の紹介
第二類型の疾病先行型は、被保険者の死亡を招来した直接の原因は、溺死や転倒などといった外来の事故である
が、これらの事故を引き起こした原因が被保険者の内因性の疾患にあると認められる場合である。この類型の事案の
特徴としては、外形的には、溺水や転倒といった外来性の要件を満たす傷害事故または不慮の事故によって、死亡な
どの身体傷害を招来したと見られる点である。しかし、被保険者の既往症などの事実から、溺水や転倒といった傷害
事故ないし不慮の事故を引き起こした原因が急性心不全などの被保険者の内部的疾患に起因すると認定して、結論と
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二四一
して保険事故としての傷害の成立を否定する裁判例が多い。
二四二
この類型の裁判例として、①長崎地大村支判平成七年一一月二四日判例時報一五七七号一二八頁、同控訴審判決で
ある福岡高判平成八年四月二五日判例時報一五七七号一二六頁、②東京地判平成八年二月二一日判例タイムズ九四
二号ニゴニ頁、同控訴審判決である東京高判平成九年九月二五日判例タイムズ九六九号二四五頁、③静岡地判平成九
年三月一〇日判例タイムズ九四九号二〇二頁、④大阪地判平成一一年一月一四日判例時報一七〇〇号一五六頁、同控
訴審判決である大阪高判平成一一年九月一日判例時報一七〇九号一二二頁、⑤東京地判平成一二年九月一九日判例タ
イムズ一〇八六号二九二頁、⑥名古屋地一宮支判平成一四年二月一四日金融・商事判例一一六一号五三頁などがあ
る。
このうち、①の長崎地裁大村支部判決は、当時九五歳だった被保険者が浴室内の浴槽の中でうつ伏せの状態で発見
され、病院に搬送された時点で既に死亡しており、医師の診断により直接死因として﹁窒息﹂、その原因として﹁急
性心不全﹂とされた事案であるが、遺族らが、被保険者の死亡が急激かつ偶然な外来の事故によるものとして傷害保
険金を請求したのに対し、裁判所は、被保険者に格別の既往症がないなどのことから、医師が同人の死因を﹁急性心
不全﹂としたことについては疑問がないではないとしたうえで、﹁仮に、亡A︵被保険者︶に﹃急性心不全﹄が起こっ
たことを肯定するとしても、本件証拠において動かしがたい事実は、同人が多量の水を飲んでいたことであ﹂り、﹁亡
Aの直接死因が水を飲んで窒息に至ったことは確定的に認定でき﹂、﹁亡Aに仮に﹃急性心不全﹄が起こっていたとし
てもそれは死亡に至る原因の一つになったものに過ぎず、その発作があったとされる時点で亡Aが入浴中で浴槽中に
あって意識もうろう状態で口から水が入ることになる状況があったことがその死亡につながったと考えるのが相当で
あ﹂ると判示し、被保険者の死亡が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害によって生じたもので
あることを認めた。これに対し、同控訴審判決である福岡高裁平成八年判決は、入浴中の死因として心臓死が圧倒的
に多いという過去の調査結果を踏まえたうえで、本件では、被保険者の直接の死因は、気道内への溺水吸引による急
性窒息による死亡であるが、同人の原死因を﹁急性心不全﹂とする医師の診断は、﹁同人には転倒したことを窺わせ
る打撲などの跡がなく、頭部CT検査で脳出血がなく、眼瞼に溢血斑も認められなかったこと、同人が九五才という
高齢であったこと、及び、入浴中の病死例の六〇パーセント近くが心臓疾患であり、特に七〇歳以上の高齢者ではそ
の比率は七五パーセントに達するとの前記調査報告があること等を考慮すれば﹂、﹁合理性があると認められ﹂、﹁亡A
は、浴槽内で急性心不全︵心臓疾患︶により意識を失ったが、自発呼吸が残っており、顔︵鼻口部︶を水につけて呼
吸をしたため、気道内への溺水吸引による急性窒息により死亡︵いわゆる溺死︶したものと認めるのが相当であ﹂り、
﹁したがって、亡Aが溺水という傷害事故により溺死という結果を招来したとしても、前記説示によれば、右溺水の
原因は、専ら急性心不全という同人の身体の内部に起因するものと認めるべきであるから、本件は疾病に起因する死
亡といわざるを得ず、外来の事故による傷害の直接の結果として死亡したものということはできない﹂として、原判
決を取り消し、保険金請求を棄却 し た 。
そして、②の東京地裁平成八年判決は、被保険者が歩行中に突然、アスファルト舗装の路上に転倒して右後頭部を
強打した結果、脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を負って死亡した事案であるが、保険金受取人からの傷害保険金請求に対
し、裁判所は、目撃証言やCTスキャンによる﹁対側打撃﹂、身体外表の損傷、被保険者のてんかんの既往歴などを
詳細に認定したうえで、被保険者は﹁意識消失を伴うてんかん発作によって路上に転倒して右後頭部を強打した結果
脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を負つて死亡したものであり、転倒後には何らの外的要因も加わっていなかったことが認
められ﹂、﹁したがって、本件においては、普通傷害保険及び家族傷害保険における﹃外来性﹄という保険支給要件を
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二四三
二四四
欠いているし、﹃被保険者の脳疾患による傷害﹄という免責事由の存在することが認められる﹂と判示し、傷害保険
金請求を棄却した。また、同控訴審判決である東京高裁平成九年判決は、本件ではてんかん発作の疑いがきわめて濃
厚であるが、これも断定できるには至らないとしながらも、被保険者が外来の事故によって死亡したとは証拠上認め
ることはできないとして、原判決を維持し、保険金請求を棄却した。
− 続いて、③判決は、被保険者が自動車を運転して走行中に、右折専用車線上で停車していた貨物自動車に正面衝突
する事故を起こして死亡したという事案であるが、裁判所は、死体検案書の直接死因欄にある﹁頭蓋底骨折、脳挫傷﹂
との記載自体からは、本件被保険者の死亡が交通事故による死亡とは認められないとしたうえで、被保険者の心臓疾
患などの既往症や心筋梗塞発作の可能性、本件事故時の状況などを詳細に認定して、﹁A︵被保険者︶が、本件事故
の発生時まで存命して本件車両を運転しており、何らかの過失行為によって本件事故を発生させ、本件事故による頭
蓋底骨折、脳挫傷の傷害によって死亡したものである可能性はもとより否定できないが、本件車両が斜行を始めた時
点の直前に、Aが心筋梗塞の発作を起こして直ちに死亡し、もしくは死亡に至るべき意識喪失状態に陥ったか、ある
いは、専ら心筋梗塞の発作によって正常な運転操作ができない状態となって本件事故を発生させ、死亡したものでは
ないかとする疑いにも十分合理的な根拠があ﹂り、﹁右疑いのとおりであるとすれば、本件事故は﹃外来の事故﹄で
あるということができない﹂と判断し、遺族による傷害保険金請求を棄却した。
さらに、④の大阪地裁平成一一判決は、糖原病に罹患し、体内の血糖値低下による脳障害の発生により体が温まる
とてんかん発作を起こしやすい被保険者が、病院での入浴中に、付き添っていた看護婦が浴室から離れた際、てんか
ん発作を起こして浴槽内で意識を失い、翌日溺水を原因とする窒息により死亡したという事例であるが、裁判所は、
本件溺水事故は、てんかん発作と看護婦の過失の双方を原因とするものであるとしたうえで、本件溺水事故は急激性
および偶然性の要件を満たし、また、外来性に関しても、﹁本件では、看護婦の過失が、亡A︵被保険者︶の身体の
外からの作用であることは明らかであるから、看護婦の過失が原因となっている限度において外来性の要件を満たす
事故である﹂としたが、被保険者に疾病がなければ、看護婦の監視義務の存在も問題とならなかったことから、﹁亡
Aが糖原病にり患してから死亡するに至るまでの一連の事実経過を全体的に考察すると、てんかん発作の原因となっ
た糖原病による脳障害が看護婦の過失よりも強く亡Aの死亡に寄与しているということができる﹂と判示し、被保険
者の脳疾患等により生じた傷害を保険金免責事由とする約款規定により、保険金支払は免責されると判断した。これ
に対し、同控訴審判決である大阪高裁平成=年判決は、本来溺水事故は被保険者が入浴中に癩痛発作を起こし浴槽
内で溺れたものであることから、本件溺水事故が被保険者の疾病に起因することは否定できないとしながら、﹁癩痛
発作はそれ自体、生命に別状のあるものではなく、そして、入浴中亡Aが癩痛発作により溺死事故が生じる危険を回
避するために付き添っていた当該看護婦が亡Aを一人残して浴室から離れた際に、発作が生じたという因果の流れか
らすると、看護婦が亡Aを残して浴室を離れたことが本件溺死の直接の原因であるというべきである﹂としたうえ
で、﹁本件溺水事故は、亡Aの入浴中、看護婦が亡Aを一人残して浴室から離れたために生じたもので、この看護婦
の行動と本件溺水事故との間の時間的近接性や、このような看護婦の行動は、病院側はもとより亡Aの両親にとって
全く予想外の出来事であったことなどを考えると、右看護婦の行動は急激かつ偶然な外来の事故︵出来事︶に当た
り、本件溺水事故は、急激かつ偶然な外来の事故によるものと認めるのが相当である﹂と判示し、遺族による保険金
請求を認めた。
⑤判決も、同じ溺死の事例であり、事故当時八四歳だった被保険者が旅行中に宿泊したホテルで飲酒した後、浴場
で入浴していたところ、急に意識を喪失して溺水したため、救急車で病院に搬送され、まもなく死亡したというもの
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二四五
二四六
であるが、相続人が傷害保険金の支払を求めたのに対し、裁判所は、﹁外来性の事故とは、事故の原因が専ら被保険
者の身体の外部にあることを意味すると解され、直接の死因が溺水であっても、その原因が内因性の疾患に起因する
場合はこれに当たらない﹂との一般論を述べたうえで、本件では﹁A︵被保険者︶が、浴場において誤って転倒する
などの何らかの外的な要因により意識喪失状態に陥ったことを推認させる具体的な証拠は全くなく、むしろ既に認定
したところによれば、Aには、高血圧症のほかに、僧房弁閉鎖不全症、完全右脚ブロック、上室性期外収縮、大動脈
弁閉鎖不全症といった意識消失発作を生じさせる可能性のある心臓の疾病があり、冠状動脈の硬化や虚血性心疾患の
存在も疑われるのであって、これに、Aが当時八四歳の高齢であり、入浴前に相当量の飲酒をしていたことも考慮す
ると、Aは、本件ホテルの浴場で入浴中に、心筋梗塞等の心疾患を起こして意識喪失状態に陥ったために溺水し、死
亡した可能性も十分考えられるというべきである。そうすると、Aが入浴中に溺水によって死亡したことについて
は、それが外来性の事故により生じたことの証明が不十分であるから、本訴請求は理由がない﹂と判示し、請求を棄
却した。
これに対し、⑥判決は、被保険者が研修旅行の懇親会で机に突っ伏して嘔吐していたところを同僚に発見され、病
院に搬送されたものの死亡が確認され、死体検案により吐物による気道閉塞に基づく窒息死と診断されたという事案
であるが、裁判所は、被保険者がテーブル上に突っ伏したままの状態で嘔吐し、その際身体がまったく動かなかった
ことからすると、嘔吐以前に重篤な意識障害に陥っていた可能性が否定できず、被保険者の死因について重篤な急性
心・循環器系疾患、虚血性心疾患である可能性を指摘する専門家の意見もあり、また嘔吐時の経過などから、﹁事故
の原因が、心疾患等の疾病というように、亡A︵被保険者︶の身体の内部に原因する可能性が相当程度存在すること
は否定できず、それが、専ら亡Aの身体の外部にあると認めるには足りない。また、仮に、亡Aの直接の死因が、吐
物により気道が閉塞された結果の窒息であるとしても、呼吸困難、苦悶期の症状・所見が著明でなく、顔面のうっ血
なども見られないことからすると、吐物による気道閉塞の原因として、急性の心疾患等により意識障害が生じた可能
性を否定できず、いずれにしても、亡Aの死亡は、外来性を認めるには足りない﹂と判示し、不慮の事故による死亡
を否定した。
皿−二ー二 検討
まず、溺死に関する①の長崎地裁大村支部判決では、医師が被保険者の直接の死因を窒息、その原因を急性心不全
としたのに対し、裁判所は、急性心不全については疑問があるとする一方、仮に急性心不全があったとしても、それ
は水の吸飲による窒息死の原因の一つに過ぎないとして、急激かつ偶然な外来の事故に当たると結論づけている。こ
の判決の論理を突き詰めていくと、およそ心臓疾患等の発作により溺死した場合は、心臓疾患等の疾病はすべて死亡
に至る原因の一つに過ぎず、死亡保険金請求が常に認められることになるが、これは妥当な判断とは言えない。しか
し、本判決のように、心臓疾患等の発作により溺死した場合についても、それを外来性の事故としてとらえること自
体は妥当であり、ただ、傷害事故としての溺死を招来した原因が疾病であれば、後述のように、それは約款上の﹁被
保険者の脳疾患、疾病または心神喪失﹂︵傷害保険普通保険約款三条一項五号︶によって生じた傷害として保険者免
責となると考えるべきである。したがって本判決の結論には疑問である。
これに対し①の同控訴審判決である福岡高裁平成八年判決は、被保険者の直接の死因を気道内への溺水吸引による
急性窒息による死亡︵溺死︶と認めたうえで、その原死因を急性心不全と判断し、溺水の原因が急性心不全であるこ
とから、﹁本件は疾病に起因する死亡といわざるを得ず、外来の事故による傷害の直接の結果として死亡したもの﹂
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六−二︶ 二四七
二四八
ではないと判断した。すなわち、本件における被保険者の溺死が傷害事故には当たらないというわけである。これと
同じ理屈で保険金請求を棄却したのが⑤判決である。この判決は、直接の死因が溺水であっても、その原因が内因性
の疾患に起因する場合は外来の事故には当たらないと判断して、より明確に外来性の存在を否定している。しかし、
保険金請求を認めなかったこれらの判決の結論自体は妥当だと考えられるが、外来性の存在を否定した判旨の理由付
けにはいずれも疑問がある。確かに、学説においても、溺死を一つの傷害事故とみなし得るとしても、溺水の事故の
原因は急性心不全等にあり、死亡の結果はその因果の進行の当然の結果に過ぎないと解されるため、この場合には、
死亡という結果が生じたとしても外来の事故による傷害の直接の結果と言えず、外来性の要件を欠くという見解が見
られる。しかし、直接の死因が溺水であれば、それは気道内への溺水吸引による急性窒息死として、外来の事故があっ
︵29︶
たことは明らかであり、この溺水という外来の事故を招来した原因が内因性の疾患だからといって、事故の外来性が
否定されることにはならない。これらの判決のように、直接の死因が溺死という事実を認める一方で、この溺死を招
来した原因が内因性の疾患である場合について、溺水という事故の外来性を否定するのは、論理的には矛盾があると
言わなければならない。
既にドイツ法のところで検討したように、ドイツでは、被保険者の身体に作用して直接に身体傷害をもたらした出
来事が外部からのものである限り、それを引き起こした原因が何であるかについては、この外来性の判断においては
特に重視されず、当該原因はもっぱら約款所定の保険者の免責事由の有無を決定する場合においてのみ意義を有する
︵30︶
ものと解されている。すなわち、ドイツでは、外部から被保険者の身体に作用して直接に健康傷害をもたらした出来
事と当該出来事を引き起こした原因とを区別して、後者の原因については、もっぱら保険者の免責事由の有無を判断
する際の考慮要素とするという判断枠組みが用いられており、このような判断枠組みは、傷害事故と当該事故を招来
する諸要因とを明確に限界づけることによって、傷害事故の存否についての判断基準の明確化を図ることができる
し、約款上の疾病免責規定に応じた立証責任の配分が可能となるのである。日本の傷害保険契約においても、約款
上、﹁外来の事故﹂の存在が保険事故としての傷害の要件として要求されているので、﹁外来性﹂の要件の存否の判断
は、本来あくまでも﹁外来の事故﹂それ自体の有無についての判断にとどまるものであり、そうだとすれば、事故の
外来性の判断においては、当該事故を引き起こした原因と区別して考えるのが合理的ではないかと考えられる。そこ
で、このような判断枠組を用いて、前記各事例における溺水事故を検討すると、被保険者の直接の死因が溺死であれ
ば、そこには外来性の要件を満たす傷害事故が存在すると認められることになり、ただ、この溺死を招来した原因が
被保険者の身体内部の疾病であれば、それは、傷害保険約款上、免責事由として定められている被保険者の脳疾患や
疾病によって生じた傷害として保険者免責となると考えるのがすなおであろう。
そして、④の大阪高裁判決は、被保険者が入浴中にてんかん発作を起こして溺水したことを認定し、この溺水事故
が疾病に起因することを認めながらも、てんかん発作それ自体は生命に別状がなく、付き添っていた看護婦が浴室を
離れたことが本件溺死の直接の原因であり、この看護婦の行動が急激かつ偶然な外来の事故に当たると判断した。し
かし、傷害事故ないし不慮の事故の外来性とは、既に説明したように、外部からの被保険者の身体への作用であるの
で、看護婦が浴室を離れたことが、被保険者の溺死を招来する原因の一つだったとはいえ、それ自体は外部からの身
体への作用とは言えないのではなかろうか。むしろ、本件では、被保険者の直接の死因が溺水を原因とする窒息死で
あることについては争われていないので、外来性の要件を満たす傷害事故とは、まさにこの溺水という事故であり、
ただこの溺水という事故をもたらした原因が被保険者の内因性の疾患であるてんかんだったわけであるから、これは
保険者の免責事由として考えるべきであろう。この点について、原審の大阪地裁判決は、本件溺水事故は、てんかん
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二四九
二五〇
発作と看護婦の過失の双方に原因があると認め、本件溺水事故は看護婦の過失が原因となっている限りで急激かつ偶
然な外来の事故に当たるとしながら、本件では、てんかん発作の原因となった糖原病による脳障害が看護婦の過失よ
りも強く死亡に寄与したとして、約款の免責規定により免責されると判断した。私見では、約款の疾病免責規定によ
り保険者免責を認めたこの地裁判決の結論は、妥当だと言える。しかし、看護婦の過失を被保険者の身体の外からの
作用としてとらえ、看護婦の過失が原因となっている限度において外来性の要件を満たすとする判旨の部分について
は、にわかに賛同できない。本件における外来の事故とは、前述のように溺水それ自体だったと考えるべきだから匙
曇・
他方、②の東京地裁判決は、被保険者が歩行中に、突然意識消失を伴うてんかん発作によって路上に転倒して右後
頭部を強打した結果、脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を負って死亡したという事実を認定したうえで、本件では外来性の
要件を欠き、また被保険者の脳疾患による傷害という免責事由が存在すると判断した。本件において、仮に被保険者
がてんかん発作による転倒・強打の結果死亡したのであれば、被保険者の脳疾患による傷害という免責事由が存在し
ていることは確かであろう。しかし、前述した傷害事故についての判断枠組みを用いて検討すると、仮に本件でてん
かん発作が転倒の原因だとしても、被保険者の直接の死因は地面への転倒による強打の結果生ずる脳挫傷兼頭蓋内出
血と認定されているのであるから、外来の事故があったことは否定できないのではなかろうか。その意味で、外来性
の要件を欠くとした判旨の理由付けには疑問がある。これに対し、同控訴審判決である東京高裁平成九年判決は、本
件では、てんかん発作の疑いがきわめて濃厚であるが、これも断定できないとしながらも、被保険者が外来の事故に
よって死亡したとは証拠上認めることもできないとして保険金請求を棄却したが、次節で検討するように、免責事由
の存在についての立証がない場合の不利益は本来保険者に帰せられるべきであるから、この判決の結論には疑問がな
いわけではない。
そして、③判決は、被保険者が正面衝突の交通事故を起こして死亡したことについて、被保険者が心筋梗塞の発作
を起こして直ちに死亡し、または死亡に至るべき意識喪失状態に陥ったか、あるいは、専ら心筋梗塞の発作によって
正常な運転操作ができない状態となって本件事故を発生させ、死亡したとの疑いがあるとして、外来の事故による死
亡を否定したが、死体検案書の直接死因欄に﹁頭蓋底骨折、脳挫傷﹂と記載されていることからすれば、被保険者の
死亡を招来した直接の原因が交通事故という外来の事故であることは否定できないのであり、ただ、この事故を招来 ,
した原因が判旨の言うように心筋梗塞の発作だったとすれば、それは、保険者の免責事由として考えるべきであろ
う。判決の結論はこれでよいかも知れないが、傷害事故の外来性に関する判断には疑問が残る。常識的に考えても、
正面衝突の交通事故があったことを認めながら、事故の外来性の存在を否定するのは論理的におかしいと言わざるを
得ない。
さらに、⑥判決は、被保険者の死亡が吐物による気道閉塞に基づく窒息死とされた事案について、事故の原因が被
保険者の心疾患等の疾病に起因する可能性が否定できず、仮に、直接の死因が吐物により気道が閉塞された結果の窒
息であるとしても、呼吸困難、苦悶期の症状・所見が著明でなく、顔面のうっ血なども見られないことから、吐物に
よる気道閉塞の原因として、急性の心疾患等により意識障害が生じた可能性を否定できないとして、被保険者の死亡
について外来性を否定した。しかし仮に、被保険者の死亡が医師の診断の通り、吐物による気道閉塞に基づく窒息死
だったとすれば、事故の外来性はこれを肯定すべきであり、ただ、吐物による気道閉塞の原因として急性の心疾患等
による意識障害の可能性があったとすれば、それは、本来保険者の免責事由の有無の問題としてとらえられるべきも
のである。その意味で判旨の結論は妥当だったかも知れないが、外来性についての判断には疑問が残る。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二五一
皿−三 医療過誤事故に関する裁判例
mー三−一 裁判例の紹介
二五二
医療過誤事故︵医師の診療上の過失によって生じた事故︶をめぐる裁判例も増えてきている。ここでは、三つの事
例を手がかりに、医療過誤事故が外来性の要件を満たす傷害事故ないし不慮の事故に当たるかを検討してみる。
まず、①東京地判平成九年二月二五日判例タイムズ九五一号九八頁は、急性心不全で入院した被保険者に対し、心
筋生検を実施したところ、左心室の穿孔により心タンポナーデが生じ、これを原因とする多臓器不全により死亡した
という事案であるが、団体定期保険の保険契約者である会社が生命保険会社に対し災害関係特約に基づく災害保険金
を請求したのに対し、裁判所は、﹁医師の診療行為は、被保険者の同意の下に行われる点において、傷害保険の保険
事故の要件である急激性、偶発性を満たさないものということができ、診療行為にはいわば本来的に危険が内在する
以上、保険約款上、そのような危険をも保険の対象とすることを明らかにしている場合は別として、医師の診療行為
から生じた事故は傷害保険が対象とする傷害事故には当たらない﹂としたうえで、﹁別表の分類項目10が﹃外科的お
よび内科的診療上の患者事故﹄を不慮の事故に当たるものとし、かつ、本件除外規定により、﹃疾病の診断、治療を
目的としたもの﹄を不慮の事故から除いている趣旨は、被保険者が身体に傷害を受け、その診療の過程において医師
の医療過誤事故が生じたとしても、その基礎には保険事故としての身体の傷害という事実があるからなお保険事故の
要件を満たすが、疾病の診断、治療を目的とした医師の診断上の行為から生じた事故︵医療過誤事故を含む。︶につ
いては、疾病を原因とするものとして、傷害保険の対象から除外することを定めたものと解するのが相当である﹂と
判示し、本件では、仮に被保険者の死亡が医療過誤事故によるものであったとしても、それは被保険者が心臓疾患の
治療のために入院中、その疾病の診断を目的として行われた心筋生検が原因となって死亡したものであるから、その
死亡は本件特約にいう不慮の事故には当たらないとした。
︵34︶
本判決は、医師の診療行為が被保険者の同意の下に行われる点において傷害事故の構成要件である急激性、偶発性
を満たさないこと、約款上疾病の診断・治療を目的とした医師の医療行為から生じた事故が免除事由とされているこ
との二点を理由に、医療過誤事故による死亡が不慮の事故には当たらないと判断したわけである。
次に、②名古屋高判平成一〇年六月三〇日判例タイムズ一〇二六号二六九頁は、病院の医師が、被保険者の声門を
覆う膿瘍化した喉頭蓋チステに対する救急治療を誤り、気道閉塞により被保険者を死亡させたため、被保険者の遺族
が医師の医療過誤事故が不慮の事故に当たるとして、生命保険の災害特約に基づく災害保険金を求めた事案である
が、原審︵津地裁伊勢支部平成九年九月一六判決判例タイムズ一〇二六号二七一頁︶は、﹁医師の診療行為から被保
険者の傷害という結果が発生したとしても、それは被保険者からみて通常予知し得るものであると考えられ、右にい
う偶発性の要件を備えているとはいえないから、医師の診療行為から発生した事故は、原則として偶発的な外来の事
故には該当しない﹂としたうえで、本件災害特約が﹁外科的および内科的処置の合併症および事故﹂を保険事故の対
象とする一方、但書で疾病の診断・治療を目的としたものを除外しているのは、﹁医師による診療行為から生じた事
故のうち、疾病の診療行為に関するものをすべて保険事故の対象外とすると同時に、疾病を除く傷害の診療行為に関
して生じた事故をすべて保険事故の対象とするものである﹂ところ、本件では、﹁A︵被保険者︶が原告主張のよう
な医療過誤事故によって死亡したとしても、亡Aは自らの基礎疾患である喉頭蓋チステ︵嚢胞︶の救急治療を受けて
いたものであるから、疾病の治療を目的とする処置上の事故として、本件分類項目のただし書の適用により、本件特
約の保険事故から除外されるというべきである﹂と判示し、災害保険金請求を棄却した。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二五三
二五四
そして、本件控訴審判決も、原判決のうち﹁医師の診療行為から発生した事故は、原則として偶発的な外来の事故
には該当しない﹂と判示した部分の﹁事故は、﹂の次に、﹁平均的水準にある医師の知見からしても著しく不相当な診
療行為によって発生した場合など特殊なケースを除いて﹂という部分を新たに付け加えたほかは、ほぼ原判決の判断
をそのまま維持して、控訴を棄却 し た 。
︵35︶
前記東京地裁平成九年判決は、被保険者の同意の下に行われる点を重視して、そもそも医師の診療行為が傷害事故
の要件である急激性、偶発性を満たさないとしているのに対し、名古屋高裁平成一〇年判決の原判決は、診療過誤事
故が﹁原則として偶発的な外来の事故に該当しない﹂としており、これは例外的に不慮の事故に該当する可能性があ
ることを認めたものである。そして、本件名古屋高裁判決も、この例外的な場合の一つとして、通常の医師の知見か
ら見て著しく不相当な診療行為によって発生した診療過誤事故を挙げており、原判決よりもさらに明確な判断を示し
たものである。
さらに、③東京高判平成一六年七月=二日判例時報一八七九号一四五頁は、入院先の病院で、喉に気管切開チュー
ブを装着して人工呼吸器による呼吸管理をされていた被保険者に対し、検査技師が、心電図検査を実施するために
ベッドの背もたれを倒した際、チューブが外れて被保険者が呼吸不全に陥り死亡したという事例であるが、原審︵東
京地判平成一六年一月一六日判例時報一八七九号一四七頁︶は、被保険者が呼吸不全に陥った原因が、検査技師が
ベッドの背もたれを倒して気管切開チューブを脱落させたという身体の外からの作用だったため、本件事故は外来の
事故に当たるとしながらも、検査技師の行ったベッドの背もたれを倒す行為が患者の検査を目的とする医療行為の一
環として行われたものであり、その際に被保険者に装着された気管切開チューブを逸脱させ、もって被保険者を呼吸
不全に陥らせたとしても、傷害保険約款の疾病治療免責条項にいう﹁医療処置﹂にる傷害に当たると判示し、保険者
免責を認めた。これに対し、本件控訴審判決は、まず、疾病治療免責条項にいう医療処置の意義について、︵医療処
置は︶﹁被保険者の意思が存在し、その同意ないしは予期に基づき行われるところから、外来性、偶然性に欠けるも
のであり、本来本件保険約款一条の要件をも満たさないことになるため、疾病治療免責条項は、このことを明らかに
するため、念のために定められた規定にすぎない﹂と解し、また医療処置の内容について、﹁疾病治療免責条項は、
その定め方自体からして、医療処置によって生じた傷害を免責する規定であり、医療処置を行うに際して生じた傷害
を広く免責する趣旨の規定であるとは解され﹂ず、﹁疾病治療免責条項が定める﹃医療処置﹄は、検査、診断、投薬、
治療等の医療処置そのものを指し、医療処置を行うための準備行為、あるいは医療処置の際に行われたがそれ自体を
医療処置とはいえない行為は含まない﹂と解したうえで、本件では﹁検査技師が、心電図検査を実施するためにAの
ベッドの背もたれを倒した行為は、検査の準備行為として行われたものにすぎず、検査とはいえないから、疾病治療
免責条項が定める﹃医療処置﹄に当たるものとは認められない﹂と判示し、原判決を変更し、傷害保険金請求を認め
た。
皿−三−二 検討
前記①判決は、医師の診療行為から生じた事故をすべて不慮の事故には当たらないと判断しているが、この点につ
いては疑問がある。医師の診療行為は、多かれ少なかれ、人の身体に医的侵襲を加えるものであり、その点において、
外来性の要素を否定することはできないように思われる。そして、医師の行った診療行為について事前に被保険者の
︵36︶
同意があった場合には、たしかに偶然性の要件を欠くようにも思われるが、同意があった場合でも、当該治療行為に
よって発生した結果が、医師の過失により、通常予想される治療結果からかけ離れた悪いものである場合、すなわ
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六−二︶ 二五五
二五六
︵37︶
ち、医療過誤事故の場合には、偶然性の要素は必ずしも否定できないのではないかと考えられる。実際に、生命保険
約款の別表の分類項目10の﹁外科的および内科的診療上の患者事故﹂は、医療過誤を不慮の事故とすることを明らか
に し た も のと言える。
︵38︶
この点に関して、医師の診療行為による傷害が原則として偶発的な外来の事故に該当しないとしながら、例外的に
医師の過失のある診療行為が不慮の事故に該当しうることを認めた②の名古屋高裁平成一〇年判決は、基本的に妥当
だと考えられる。
もっとも、以上のように考えることができるとしても、具体的な事案解決においては、医療過誤事故が不慮の事故
に当たるか否かという判断は、必ずも決定的な意味を有するものではない。というのは、前記別表分類項目10におい
ては、同時に、疾病の診断・治療を目的とした診療事故は保険者免責事由とされているので、診療過誤事故が、傷害
の治療の過程においてではなく、疾病の診断・治療の中で起きたものである限りは、そもそも保険金請求が認められ
ないのは、約款の文言から明らかだからである。現に、前記各判決はいずれも、この特約上の免責条項を援用してい
るのである。
しかし、医療過誤事故が増えてきている昨今の情勢では、医療過誤事故についても保険によってカバーされること
を期待する保険加入者が多くなってきたのも実情である。疾病の診療行為と外来の事故による傷害の診療行為とを区
別することが果たして妥当かどうかも含めて検討する必要があるように思われる。また、解釈論として、疾病の診
︵39︶
断・治療という約款上の文言について限定的な解釈を行い、これを、患者の同意を得た範囲内のものに限定し、医師
に過失が認められる医療過誤事故については、それが疾病の診断・治療を目的としたものであっても、保険保護を受
︵40︶
けられる保険事故とする余地がある、との見解も主張されている。もちろん、このような解釈論の当否については議
論の余地もあり得るが、少なくとも、制度論としては、医療過誤事故による死亡または高度障害をカバーするための
措置を講じることは、必要ではないかと考えられる。
他方、損害保険会社の傷害保険契約においても、﹁外科的手術その他の医療処置﹂によって生じた傷害は保険者免
責とされており、ただ保険会社が保険金を支払うべき傷害を治療する場合は除くとされている︵傷害保険普通保険約
款三条一項六号。いわゆる疾病治療免責条項︶。③判決は、検査技師が心電図検査を実施するために被保険者のベッ
ドの背もたれを倒した際に人工呼吸器のチューブがはずれて被保険者が死亡したという事故が傷害事故に当たるか、
当たるとした場合に、それが疾病治療免責条項にいう医療処置に該当するかが争われたものである。原審が、この事
故が外来性の要件を満たす傷害事故に当たるとしながら、検査技師の行ったベッドの背もたれを倒す行為が患者の検
査を目的とする医療行為の一環として行われたもので、﹁医療処置﹂に当たるとしたのに対し、東京高裁平成一六年
判決は、この﹁医療処置﹂は検査、診断、投薬、治療等の医療処置そのものを指し、医療処置を行うための準備行為
等は含まないと限定的に解釈したうえで、本件検査技師の行為は、検査の準備行為であり、検査ではないから、﹁医
療処置﹂に当たらないと判断した。原審・控訴審とも、検査技師が被保険者のベッドの背もたれを倒したことによつ
て人工呼吸器のチューブがはずれて被保険者が死亡したという事故を、急激性・偶然性および外来性の三要件を満た
す傷害事故に当たるとしており、この点の判断は妥当だと考えられる。もつとも、本件における検査技師の行為が疾
病治療免責条項にいう医療処置に当たるかという点について、原審と控訴審とで判断が分かれており、控訴審判決の
ように医療処置を制限的に解釈したうえで、当該検査技師の行為を医療処置の準備行為としてとらえることについて
は、一般的に医療処置とその準備行為をどこまで厳密に区別し得るのかという疑問がないわけではない。しかし、本
件におけるように、患者のベッドの背もたれを倒すといった単純で特別の医学的判断を必要としない行為は、医師ま
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二五七
二五八
たは検査技師以外にも、例えば看護師や看護助手などが行う場合もあり得るのであり、そうすると、原審のように一
律にこれを医療処置としてとらえることは困難であろう。その意味で、本件控訴審判決の考え方も是認し得ないもの
で は な いど考えられる。
︵41︶
︵1︶ 山下友信・保険法四八〇頁︵平成一七年、有斐閣︶、肥塚肇雄﹁傷害保険契約における事故の外来性と医学鑑定﹂賠償科
学二四号五〇頁︵平成一]年︶および加瀬幸喜﹁保険事故ー外来性﹂傷害保険の法理八七頁︵平成一二年、損害保険事業総
合研究所︶以下は、これまでの裁判例を外来事故先行型および疾病先行型に分類して検討しており、本稿もこれに従った。
︵2︶ 山下︵友︶・前掲注ω四七九頁。例えば、名占屋高金沢支判昭和六二年二月.八日判例時報一.一二九号一〇三頁は、自動
車運転中に軽度の脳出血を発症してガードレールやトンネル側壁等の接触事故を起こした被保険者が二日後に劇症型脳出血
により死亡した事例について、被保険者の劇症型脳出血は基礎疾患に起因する軽度の脳出血と接触・衝突事故との協働に
よって生じたとして、被保険者の死亡に対する接触・衝突事故の寄与率を、○%と認め、自損事故保険金および傷害死亡保
険金の一割の支払を命じている。このほか、約款の規定をそのまま適用した事例として、広島高判平成一〇年七月二日交通
事故民事裁判例集三一巻四号九八五頁︵既存の加齢変性の脊柱管狭窄症等により事故後の症状が増悪した場合について、保
険者を全面的に免責とするのではなく疾病の影響による部分を控除して保険金を支払うべきであるが、既存の疾病と事故が
与えたそれぞれの影響の程度が判断できず、各々の寄与度を五〇%と認めた事例︶、大阪地判平成=一年九月二八日交通事
故民事裁判例集三三巻五号一五九五頁︵肝硬変症および心機能障害の既往症を有する被害者が、被保険自動車を運転中に電
柱に衝突し翌日死亡した事故につき、事故と死亡の間の相当因果関係は肯定されるが、既存の疾病の内容に照らして死亡に
ついての交通事故の寄与の割合を五〇%として、保険会社に保険金の五割の支払義務を認めた事例︶などがある。
︵3︶ 肥塚肇雄﹁傷害保険契約における事故の外来性と医学鑑定﹂賠償科学.一四号五.頁︵平成一一年︶、加瀬幸喜﹁保険事故
−外来性﹂傷害保険の法理九七頁︵平成一二年、損害保険事業総合研究所︶。
、 ︵4︶ 石田満﹁判批﹂﹃保険判例の研究H﹄一七八頁︵平成七年、文眞堂︶、石原全﹁判批﹂判例評論三四六号五六頁︵昭和六二
年︶、佐野誠﹁判批﹂損害保険研究六五巻三・四合併号四..、頁︵平成.六年︶。もっとも、佐野教授は、一般論として、割
合的支払を認めることは保険者と被保険者の双方の利益に合致すると認めながらも、死亡保険金について限定支払条項を適
用することについて理論的に問題があると指摘しておられる。佐野・前掲四一九頁以下。
︵5︶ 石田・前掲注④一七九頁。ただし、生命保険会社の傷害保険では、損害保険会社の傷害保険における限定支払条項を類推
適用することが考えられる。山下︵友︶・前掲注ω四八一頁。
︵6︶ 山下友信﹁判批﹂ジュリスト一一〇〇号一一八頁︵平成八年︶参照。なお、傷害保険契約では、傷害事故と身体障害との
問に相当因果関係があることが必要であると解されているが︵石田満・商法W︵保険法︶︹改訂版︺三四八頁︵平成九年、.
青林書院︶、田辺康平﹃新版現代保険法﹄二七五頁︹平成七年、文眞堂︺、坂口光男・保険法三六三ー三六四頁︵平成三年、
文眞堂︶︶、より厳密に言えば、傷害事故と傷害との間︵すなわち保険事故の内部要件間︶の相当因果関係、および保険事故
である傷害と傷害の結果︵死亡または後遺障害︶との間の相当因果関係という二重の相当因果関係が要求されており︵山下
︵友︶・前掲注ω四七八頁、四七九頁注七五、綱5°・。≦\勺葺。臣巨①芦﹀⊂Odl内8目①巨貝ひ﹀邑゜w一②②⇔﹀巨日ひωN已日巴目。ただ
し、山下丈﹁傷害保険契約における傷害概念︵二・完︶﹂民商法雑誌七五巻六号九三四頁︵昭和五二年︶および坂口・前掲
三六四頁注三は、後者の因果関係を保険者の給付に関する問題として捉えている︶、そこで、疾病が傷害事故の競合原因と
なっている場合は事故と傷害の間の因果関係の問題となり、傷害事故後に傷害と無関係な疾病により死亡した場合は傷害と
身体障害との間の因果関係の問題となる︵山下︵友︶・前掲注ω四七九頁注㈲︶。他方、傷害保険約款では、被保険者が傷害
を被り、その直接の結果として、事故の日からその日を含めて一八〇日以内に死亡したときは、保険証券記載の保険金額の
全額︵既に支払った後遺障害保険金がある場合は、保険金額からこれを控除した残額︶を死亡保険金として保険金受取人に
対し支払うと定められており︵傷害保険普通保険約款第五条一項︶、ここでは傷害事故の﹁直接の結果として﹂死亡したこ
とが要求されているため、事故と死亡等との問に通常の因果関係よりも密接な関係が要求されるとの見解が有力であるが
︵江頭憲治郎・商取引法︹第四版︺四八八頁注一︵平成一七年、弘文堂︶︶、裁判例においては、この﹁直接の結果として﹂
という文言により相当因果関係よりも因果関係の成立を限定する解釈をとるものはとくに見あたらないとの指摘もある︵山
下︵友︶・前掲注ω四七八頁︶。
︵7︶ 本件については、甘利公人﹁判批﹂判例評論四二四号五〇頁︵平成六年︶、山下︵友︶・前掲注⑥一一七頁、嶋田克彦﹁判
批﹂文研保険事例研究会レポート一〇六号二三頁︵平成七年︶がある。
︵8︶ 本件については、甘利・前掲注例五〇頁がある。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二五九
二六〇
︵9︶ 本件については、江頭憲治郎﹁判批﹂ジュリスト.、.○号.六八頁︵平成九年︶、田中信人﹁判批﹂平成六年度主要民
事判例解説二〇二頁︵平成七年︶がある。
︵10︶ 本件については、古瀬村邦夫﹁判批﹂生命保険判例百選︹増補版︺一.六〇頁︵昭和六三年︶、同﹁判批﹂商法︵保険・海
商︶判例百選︹第二版︺一二二頁︵平成五年︶がある。
︵H︶ 本件については、古瀬政敏﹁判批﹂損害保険判例百選︹第一、版︺.七.一頁︵平成八年︶がある。
︵12︶ 本件については、竹濱修﹁判批﹂生命保険判例百選︹増補版︺一、六六頁︵昭和六三年︶がある。
︵13︶ 江頭・前掲注⑥書四八七頁、山下︵友︶・前掲注ω四八〇頁、山ド︵丈︶・前掲注⑥九一、一〇頁、九三二頁注七、八。
︵14︶ 山下︵友︶・前掲注⑥一一九頁。
︵15︶ 山下︵友︶・前掲注⑥一一九頁。
︵16︶ 山下︵丈︶・前掲注⑥八九三頁注一七参照。
︵17︶ 江頭・前掲注⑨一六九頁、石田・前掲注⑥二、四九頁、山ド︵友︶・前掲注ω四五四頁。
︵18︶ ドイツで言われている間接的傷害︵巨言一●閂。コ゜。。富工o口︶の事例である。本稿第H節注⑧参照。
︵19︶ 田中・前掲注⑨二〇三頁、江頭・前掲注⑨一六九頁。
︵20︶古瀬・前掲注00一七三頁は、本判決を外来性を明確に否定した事例ととらえておられるが、判旨は被保険者の死亡が﹁外
来の事故を直接の原因とするものということはできず﹂と述べていることからすれば、被保険者の死亡と外来の事故との間
の因果関係を否定しただけで、外来の事故があったということまでは否定していないと解することもできよう。
︵21︶ 播阿憲﹁判批﹂損害保険研究六五巻三・四合併号四二.五頁︵平成、六年︶。
︵22︶ 古瀬村・前掲注⑩商法︵保険・海商︶判例百選一一.三頁。なお、英米法上の近因の法理とは、結果の発生の原因が複数あ
る場合に時間的に最も近い原因を結果の原因とするというのが本来の考え方であるが、これをそのまま適用すると、原因と
しての実質的重要性のいかんに関わらず因果関係が判定されるという問題があり、そこで、現在の近因説は、本来の近因説
からは離れて、結果の発生にとって最も有力な原因をもって近因と見るという考え方が支配的だと言われる。山下︵友︶・
前掲注ω三八三頁、田辺・前掲注⑥一二二頁。そして、疾病と事故とが同時に協働して初めて身体傷害をもたらした場合に
は、そのいずれもが近因とみなされ、疾病との協働自体が除斥事由とされていなければ、それは障害として保護されると言
われる。山下︵丈︶・前掲注⑥九三六頁。
︵23︶ 竹濱・前掲注⑫二六七頁は、この点について、簡易生命保険約款一六一条三項を類推適用して、このような割合的認定を
行うことが考えられるとする一方、現状では本判決のような立場が妥当だと述べておられる。
︵24︶ 中西正明﹁傷害保険﹂傷害保険契約の法理三三頁︵平成四年、有斐閣︶。
︵25︶ ほぼ同旨、遠山優治﹁判批﹂文研保険事例研究会レポート一二六号六頁︵平成九年︶、古瀬政敏﹁生保の傷害特約におけ
る保険事故概念をめぐる一考察−損保の損害保険および英米の8巳合口ご5烏呂8との対比においてー﹂保険学雑誌四九六号
一二八頁注二二︵昭和五七年︶、加瀬・前掲注③九五頁。欧米諸国ではこのような精神的ショックを保護する傾向が一般的
だと言われる。山下︵丈︶・前掲注⑥八八七頁、なお、本稿第H節注⑰で紹介しているドイツの判例を参照。
︵26︶ ただし、生命保険契約の災害関係特約では、保険契約者または被保険者の故意による事故招致の場合のほか、重過失の場
合も免責事由として掲げられているので︵例えば、S生命保険相互会社の傷害特約一〇条一項一号︶、被保険者が精神的反
応によって傷害事故を引き起こした場合には、重過失免責の可否が問題とされることはあり得る。
︵27︶ もつとも、山下︵友︶・前掲注⑥二九頁は、本判決が外来の事故ありとした判断がよかったのかどうかは問題のあると
ころであり、高血圧症などの既往歴がなかったとしても、激しい運動による心不全が当然に外来の事故によるとはいえない
のではないかとの疑問を提起しておられる。
‘ ︵28︶ ただし学説には、疾患による発作が生じた場所が悪かったために、外来的力が作用した場合︵入浴中の溺死︶等には、保
険金の支払を肯定すべきであるとの見解があり︵江頭・前掲注⑥四四六頁注三︶、また、急性の心臓マヒで駅のホームから
落ちて、電車に礫かれた場合も、外来性があるとする見解もある︵西嶋梅治・保険法︹新版︺三八五頁︵平成三年、悠々社︶、
坂口・前掲注㈲三六三頁、山下︵丈︶・前掲注⑥九三六頁、南出行生﹁保険事故の外来性と疾病﹂安田火災ほうむ四五号六
−七頁︵平成一〇年︶︶。これに対し、入浴中の溺死のごとき事例は、日常生活で通常行われる入浴というプロセスの中で疾
病による発作が生じてそれをもっぱらの原因として溺死しているから、心臓発作で倒れたところに自動車に礫かれたような
ケースとは同日には論じられず、死亡は疾病による結果と見るべきで、傷害保険に基づく保険給付の対象とするのは不適切
であるとの見解がある。山下︵友︶・前掲注ω四八二頁。
︵29︶ 南出・前掲注⑳六頁。
︵30︶ 本稿第n節注⑳以下および本文参照。
︵31︶ 筆者は従来から、このような見解を主張してきたが︵拙稿﹁水浴中の死亡事故とその立証責任ードイツ傷害保険法を中心
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二六]
二六二
としてー﹂横浜市立大学論叢︵社会科学系列︶四七巻一号、九一頁︵平成、○年︶、同﹁傷害・不慮の事故における外来性﹂
保険毎日新聞一四五八一号︵平成一五年二、月一四日︶.、一頁︶、近時、私見とほぼ同旨の中西教授のご見解に接することがで
きた。これは、名古屋地裁平成一五年一月二二日判決︵平成;、年θ第一一、.八号、判例集未登載、井本陽子﹁判批﹂保険
事例研究会レポート一九〇号一二頁︵平成一六年︶参照︶についての教授のこ論評の中で述べられたものである。事案は、
被保険者が安全ベルトを装着しないまま梯子で電柱に登り、街路灯の蛍光灯を替える作業をしたところ、アスファルト舗装
の路上に転落し、仰向けに倒れているのを発見され病院に搬送されたが、まもなく死亡したというものであるが、裁判所は、
被保険者が﹁糖尿病のため、事件発生数時間前から無痛性の心筋壊死を生じていたが、電柱に梯子を設置し、足場に足った
ころ、突然、心筋壊死から心筋梗塞状態に増悪し、心筋梗塞の発作が発症し、転落したことが認められる﹂としたうえで、
﹁本件では、致死的であったのは、﹃転落の多発外傷による出血性ショック﹄であるが、その原因が同じく、致死的性格を
有する急性心筋梗塞の発症にあ﹂り、﹁本件のように、急性心筋梗塞という身体の内部における重篤な疾患が転落事故を引
き起こし、これなくして致死的な結果が生じなかったような場合は、外来の事故には含まれない﹂と判断した。
この判決について、中西教授は、結論が正当であるが、外来の事故の意義に関する判旨の判断に疑問があるとし、その理
由として、本件の被保険者が転落による全身打撲で死亡したのであるから、被保険者は地面と衝突し身体の外部からの力が
身体に加わっており、これを外来の事故と見るのが自然であり、判旨が﹁外来の事故には含まれない﹂というが、なぜその
ようなことが言えるのか明らかではないと指摘され、そのうえで、本件のような場合には、傷害事故の成否とあわせて、約
款所定の免責事由の一つである﹁被保険者の精神障害または泥酔の状態を原因とする事故﹂に当たるか否かの検討が必要で
あり、判旨は被保険者が急性心筋梗塞の発作により転落したとしているから、これは急性心筋梗塞の発作により﹁認識能力
および反射的行動能力の高度の障害が生じ、そのために転落した﹂ことを意味し、本件の場合は﹁被保険者の精神障害﹂に
よる事故として、保険者免責の結論を導くことができる、と説明しておられる︵中西正明﹁追加説明﹂保険事例研究会レポー
ト一九〇号二〇頁︶。傷害保険における保険者の保険金支払義務の有無は、単に傷害事故または不慮の事故の成否だけで定
まるものではなく、約款所定の保険者免責事由の存否もこれを考慮しなければならないとの中西教授のご指摘は、大変示唆
に富むものである。なお、本稿のような立場をとる場合には、外来の事故を招来した原因は保険者免責の有無との関係で判
断されることになるので、約款上、明確な疾病免責規定が設けられることが必要である。現行の生命保険の災害関係特約に
おいては、﹁被保険者の精神障害または泥酔の状態を原因とする事故﹂による死亡等を免責事由としているに過ぎないので、
傷害保険におけるように、被保険者の﹁疾病﹂による傷害を免責事由として定めることが望ましいように思われる。
︵32︶ もつとも、本件で看護婦の過失が問題となっているので、事案解決としては、保険金請求を認めた高裁判決のほうが﹁座
り﹂がよいように思われるが、しかし、本件で看護婦が被保険者を介助・監視すべき義務︵監視義務︶に違反したことは非
難に値すべきものではあるが、これは傷害事故ないし不慮の事故の成否とは別に検討すべき問題であり、保険金請求を認容
するという高裁判決の解決法とは別に、債務不履行ないし不法行為の問題として処理することも十分可能だったのではない
かと考えられる。
︵33︶ このほか、溺死ないし浴槽内での死亡に関する事例としては、旭川地判昭和六二年一〇月三〇日判例時報=一六八号一四
一頁、広島高裁平成一四年七月三日判決︵判例集未登載、TKC法律情報データベース︶、名古屋高裁平成一四年九月五日
判決︵判例集未登載、TKC法律情報データベース︶などがある。このうち、旭川地裁昭和六二年判決は、共済契約に関す
る事例であり、被共済者が自宅浴室の浴槽内で入浴したまま、湯の温度を上げるために加熱追い焚きしていたところ、突然
くも膜下出血を起こして身体の自由を失い、その後も浴槽内の湯が加熱されたまま温度が上昇し、家族が帰宅したときには
湯が沸騰しており、被共済者がその中で全身水庖状態の火傷を負って死亡していたという事案であるが、裁判所は、﹁くも
膜下出血が﹃脳疾患、疾病﹄に該当することはいうまでもないことであ﹂り、﹁入浴中にくも膜下出血により身体の自由を
喪失した結果、加熱が続けられ浴槽内の湯の温度が上昇し沸騰するに至ることは、身体の自由喪失前における周囲の環境に
基づく因果関係の進行にすぎないものであり、これをもってくも膜下出血後に生じた異常な事態ということはできないか
ら、本件事故はくも膜下出血による身体の自由喪失に基因するものと認めざるを得﹂ず、被保険者の死亡は﹁くも膜下出血
を直接の原因として生じた事故によるもの﹂と判断して、共済金の請求を棄却した。被保険者の熱傷死がくも膜下出血を原
因として生じたものである以上、免責を認めた判決の結論は妥当である。ただ、くも膜下出血を死亡の直接の原因とした点
については疑問がないわけではなく、本件でも、直接の死因は湯の温度の上昇による熱傷死であり、その原死因がくも膜下
出血と見たほうが妥当であろう。なお、本件で問題となった共済規約では、免責の対象が﹁被共済者の脳疾患、疾病を直接
の原因とした﹂共済事故とされているが、これは脳疾患・疾病が不慮の事故の主要な原因であり、その他の引受危険よりも
比重の大きな原因であって、外部的原因によらずに共済事故が発生したことを要すると解されている。竹濱修﹁判批﹂文研
保険事例研究会レポート五八号四頁︵平成二年︶。
また、広島高裁平成一四年判決は、事故当時七三歳だった被保険者が旅行先の旅館で飲酒後に浴室に赴き、腹筋運動等を
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二六三
二六四
した後、入浴したところ、浴槽内にうつぶせに浮いているところを発見され、救急車で病院に搬送されたが、既に心肺停止
状態だったという事案であるが、裁判所は、﹁A︵被保険者︶は、普段よりも多量に飲酒したうえ、飲酒後短時間のうちに
浴室に赴き、浴室内で腹筋運動等を行った後に人浴したため、末梢血管が拡張して急性心不全を発症し、意識レベルが低下
して湯を誤飲し、溺死したものと認められる。そして、飲酒後の運動や入浴が心臓等に過重な負荷となり、重大な結果を引
き起こすおそれがあることは通常人であれば容易に認識し得るものであるところ、特に、Aは当時七三歳という身体機能の
低下した年齢であり、普段より多量に飲酒していたばかりか、宴会の際には幹事から飲酒後の入浴は避けるように注意され
ていたのであるから、Aにおいてもこうした危険性を十分予知し得たものと認められ﹂、﹁Aの直接の死因は溺水であるがべ
その原因は急性心不全であり、溺水は急性心不全発症時の周囲の状況に基づく因果関係の進行に過ぎないというべきであ﹂
り、﹁Aが、偶然の事故により死亡したとは認められない﹂と判示した。この判決は、偶然性の要件が欠けていることを理
由に、傷害事故の成立を否定したが、入浴中の溺死事故について偶然性の要件を否定した点では、非常に珍しい判決である。
しかし、本件では、被保険者が飲酒後に入浴すると死亡するかも知れないということを予見できたかどうかは疑わしいとい
うべきであり、仮に判旨のいうように予見できるとしても、実際には被保険者が予見できなかったのであるから、それは過
失ないし重過失と評価されるにすぎず、偶然性の欠如にはならないのではないかと考えられる。本件では、急性心不全が原
因で溺水事故を招来したことが認定されているので、むしろ、外来の事故があったことを肯定したうえで、疾病免責を認め
たほうがよかったのではないかと考えられる。
さらに、名古屋高裁平成一四年判決は、事故当時八四歳だった被保険者が自宅の風呂で入浴中に、浴槽の中に顔面を下に
向けて沈んでいるところを発見され、病院搬送後に死亡が確認されたという事案であるが、裁判所は、被保険者が入浴中に
風呂水を気道内に吸引し溺死したことを認めたうえで、﹁溺死の場合、溺死に至った原因には種々の要因があり得るものの、
直接的には、身体の外にある水が気道内に入り死亡に至ることによるものであるから、環境的な要因に基づいているので
あって、しかも、何らかの原因で意識障害が生じ、溺死に至った場合も考えられるものの、意識障害で伏せった場所が浴槽
内でなければ死亡しなかった場合には、外来的要因があることを否定できず、外来の事故といいうる場合もあるというべき
である。したがって、被保険者が溺死するという事故において、外来的なものではないと評価すべき場合︵例えば、自殺や、
持病である心筋梗塞や脳梗塞に基づく溺死など︶があることは否定できないものの、死因について外来的な原因によるもの
であることを左右するに足りる事情が認められない限りは、保険金請求を認容すべきであるというべき﹂と判示し、本件で
は、Aには長期間通院し投薬加療を受けていたものの、頭部CT検査では特に異常はなく、心.血管系疾患で身体に重篤な
症状があったとも認められず、仮に心・血管系疾患によって意識障害が生じたとしても、伏せった場所が浴槽内でなくとも
死亡したであろうことを裏付ける証拠はなく、さらに、保険会社側の主張する心.血管系疾患特に虚血性心疾患も可能性と
しては考えられ得るが、その発症を具体的に根拠づけるだけの証拠を認めることができないとして、本件死亡の原因が外来
的なものであることを認めた。この判決はやや理解しくいが、その言っている趣旨は、要するに、保険会社側が主張してい
る心・血管系疾患特に虚血性心疾患がAの溺死の原因であることを裏付ける証拠がないので、本件溺死の原因は被保険者の
疾病によるものではなく、外来的なものであるということである。溺水事故を外来の事故として認めたうえで、この溺水事
故を招来した原因とされる被保険者の内因性の疾患について保険者側の立証が不十分であるとして、保険金請求を認めると﹁
いう判断手法は妥当ではないかと考えられる。しかし、本判決に対し、西嶋梅治﹁浴槽内の溺死︵風呂溺︶と外来性の要件﹂
損害保険研究六五巻一・二合併号二七頁以下︵平成一五年︶は、医学統計上、高齢者の浴槽内での死亡の原因の八六.一%
以上が病死であり、傷害保険の外来性の要件を充足しないとして、反対しておられる。
︵34︶ 本件については、甘利公人・判例評論四七四号四九頁︵判例時報一六四〇号二二七頁︶︵平成一〇年︶、松本隆.損害保険
研究六〇巻二号一四三頁︵平成一〇年︶、谷村慎哉・文研保険事例研究会レポート一四一号一頁︵平成二年︶、佐藤廣.文
研保険事例研究会レポートニニ八号一一頁︵平成一〇年︶がある。
︵35︶ 本件については、森純子・平成一二年度主要民事判例解説︵判例タイムズ臨時増刊一〇六五号︶一=二頁︵平成二二年︶
がある。
︵36︶ 林輝栄﹁傷害保険の法的構造﹂田辺康平11石田満編・新損害保険双書︵三︶新種保険三三九頁︵昭和六〇年、文眞堂︶。
︵37︶ 松本・前掲注⑭一四七頁、山下︵丈︶・前掲注⑥八九九頁、梅津昭彦﹁判批﹂保険事例研究会レポート一九二,号六頁︵平
成一六年︶、山下友信﹁コメント﹂保険事例研究会レポート一九二号八頁。
︵38︶ 甘利・前掲注⑭二一二一頁。なお、この患者事故とは、医療時の不慮の切創、穿孔または出血、処置時の体内残留異物、処
置時の無菌的処理の失敗、投与量における失敗、処置時の装置または器具の故障、汚染または感染した血液、体液、医療品、
生物学的製剤、医療時に起きたその他の詳細不明の事故を指すものとされている。甘利.前掲二三一頁。
︵39︶ 甘利・前掲注⑭二三一頁、森・前掲注⑮二一三頁。
︵40︶ 松本・前掲注04一四八頁。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二六五
二六六
︵41︶ 医療過誤が傷害事故ないし不慮の事故に当たるかという問題については、このほか、中西正明﹁ドイツ傷害保険約款の治
療処置除外条項﹂大阪学院大学法学研究一、、,巻一・一.号.〇七頁︵平成八年︶、山ド丈﹁医療事故と傷害保険、損害賠償−
英米の判例.学説を手がかりにー﹂損害保険研究五九巻.号一五三頁︵平成九年︶、同﹁医療事故と傷害保険、損害賠償ー
ドイツの学説.判例を手がかりにー﹂文研論集一.八号一一、一、頁︵平成九年︶、松田武司﹁医療過誤と不慮の事故﹂文研論
集二一二号一八七頁︵平成一〇年︶がある。
W 傷害事故の外来性の立証責任
傷害事故ないし不慮の事故の外来性は、急激性および偶然性とともに、傷害事故ないし不慮の事故を構成する三要
件のうちの一つであり、そして保険金請求権の発生要件の証明責任は保険金請求者側にあるのであるから、外来性に
ついての立証責任が保険金請求権者にあることは、明らかである。
エ しかし、他方では、損害保険会社の傷害保険約款上、﹁被保険者の脳疾患、疾病または心神喪失﹂によって生じた
傷害は保険者免責とされており︵傷害保険普通保険約款三条一項五号︶、また、生命保険会社の災害関係特約におい
ては、﹁被保険者の精神障害または泥酔の状態を原因とする事故﹂による死亡または障害状態の発生も免責事由とさ
れ︵例えば災害割増特約八条一項五号︶、また生命保険約款の別表の分類の15は﹁溺水、窒息および異物による不慮
の事故﹂を保険金支払の対象としつつ、﹁ただし、疾病による呼吸障害、嚥下障害、精神神経障害の状態にある者の
﹃植物の吸入または嚥下による気道閉塞または窒息﹄﹃その他の物体の吸入または嚥下による気道の閉塞または窒
息﹄は除外します﹂と定めている。
そして、免責事由の存在については、保険者が立証責任を負うと解されるので、傷害が、被保険者の脳疾患、疾病
または心神喪失によって生じたものであることについては、本来、保険者がこれを立証しなければならないわけであ
り・そうだすると、外来性の事故の存在についての保険金請求者の立証責任とどのように調整するかが問題となって
くる。
この点については、既に、前節で外来性の要件に関する検討の中で触れたように、事故の外来性の要件の判断に際
しては、外部からの被保険者の身体への作用があったか否かのみが重視されるべきであり、外部からの被保険者の身
体への作用があったと認められ、かつそれによって被保険者に身体傷害をもたらした場合には、事故の外来性は肯定
され、当該外来の事故を招来した原因が何であるかは、外来性の存否の判断を左右するものではなく、当該原因は
もっぱら保険者の免責事由の有無を決定する場合にのみ考慮されるべきものである。そして、このような外来性の要
件に関する判断手法は、外来性の立証責任の問題にも反映され、事故が外来的な要因に基づいて生じたこと、具体的
には例えば被保険者が溺水や転倒といった傷害事故によって死亡等を招来したことについては、もちろん保険金請求
者側が立証しなければならないが、当該事故をもたらした原因が何であるかについては、立証する必要はない。そし
て、外来性の存在についての保険金請求者の立証の程度は、事故の態様により外来性の事故であることが事実上推定
される程度であれば足り、それが被保険者の身体内部の原因に基づかないものであることまで立証する必要はない。
これに対し、溺水や転倒といった外来の事故を招来した原因が被保険者の内因性の疾患であれば、それが約款上免責
事由とされている場合には保険者は、保険金支払義務を免れるために、被保険者の溺死や転倒死が被保険者の内部疾
ヨ 患に起因するものであることを立証しなければならないことになる。
これまでの判例にも、これを明確に認めたものがある。例えば、名古屋高裁平成一四年九月五日判決︵名古屋高裁
平成;年藁七九七号・判例集未纂︶は・﹁発生した事故が外来のものであることは保険金請求権の成立要件で
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二六七
二六八
あるから、事故の外来性は保険金請求者が主張立証すべきものである。しかしながら、保険金請求者は、事故の原因
が外来のものであって、内因的な原因がないことまでを立証しなければならないものではなく、被保険者の死亡に至
る経緯、死亡状況などから、主として外来的な要因によって被保険者が死亡したことを証明すれば足り、これを左右
するに足りる事情が認められなければ、保険金請求を是認すべきものというべきである﹂と判示している。保険金請
求者の立証責任に関して、保険金請求者は事故が内因的な原因に基づかないことまでを立証する必要がなく、また立
証の程度として、被保険者の死亡に至る経緯や死亡状況などから主として外来的な要因によって被保険者が死亡した
ことを証明すれば足りるとするこの判例の立場は、きわめて妥当なものだと言える。
これに対し、東京地判平成一二年九月一九日判例タイムズ一〇八六号二九二頁︵本稿皿ー二の⑤判決︶は、保険金
請求者である原告が外来の事故を立証しなければならないとしたうえで、心臓病のある被保険者が飲酒後入浴中に、
心筋梗塞等の心疾患を起こして意識喪失状態に陥ったために溺水し死亡した可能性が十分考えられ、本件では外来性
についての立証責任が果たされていないとして、原告の保険金請求を棄却したが、これについては疑問がある。原告
である保険金請求者は、一応、被保険者の死亡が外来性の事故によって生じたこと、本件では浴場で溺死したを立証
すれば足りるのであり、本件溺死事故を招来した原因が被保険者の疾病であることについては、疾病免責を主張する
保険者側が立証すべきであるから、疾病の存在について十分立証できない場合の不利益は、本来保険者に帰せられる
べ き で は なかろうか。
また、東京地判平成八年一一月二一日判例タイムズ九四二号二一二一頁︵本稿皿−二の②判決︶は、被保険者が歩行
中に突然アスファルト舗装の路上に転倒して右後頭部を強打した結果、脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を負って死亡した
事案について、詳細な事実認定をしたうえで、被保険者は意識消失を伴うてんかん発作によって路上に転倒したと判
断し、﹁本件においては、普通傷害保険及び家族傷害保険における﹃外来性﹄という保険支給要件を欠いているし、﹃被
保険者の脳疾患による傷害﹄という免責事由の存在することが認められる﹂としたが、同控訴審判決である東京高裁
平成九年判決は、本件ではてんかん発作の疑いがきわめて濃厚であるが、これも断定できるには至らないとしながら
も、被保険者が外来の事故によって死亡したとは証拠上認めることはできないとして、保険金請求を棄却した。仮に
本件で被保険者の死亡がてんかん発作による転倒によって生じたものだとすれば、それは本件地裁判決の言うよう
に、被保険者の脳疾患による傷害として免責事由となるが、しかし、この免責事由の存在についての立証責任は保険
者が負うべきものであるので、てんかん発作があったかどうか不明である場合には、免責事由の存在についての立証
責任が果たされていないとして、むしろ保険金受取人の保険金請求が認められるという結論になるのではなかろう
か。その意味で、本件高裁判決にも疑問である。
もつとも、学説においては、傷害保険契約上、発生した傷害は外因性のものか内因性のものかのいずれかであっ
て、両者が理論的に両立し得ないと解した上で、被保険者の脳疾患、疾病または心神喪失について保険金を支払わな
いと定めた約款規定は、疾病と相当因果関係にある傷害は偶然性・外来性に欠け、傷害の原因に当たらないという当
然のことを確認した規定と解する見解があり、この見解によれば、保険金請求者側は、・傷害が外来のものであるこ
と、逆に言えば傷害が被保険者の内部疾患によって生じたものでないことまで立証しなければならず、外的原因に
よって生じたと判断できる高度の蓋然性が認められないときは、外来性の証明がないとして保険金請求が否定される
ことになる。
︵5︶
しかし、傷害保険における前記疾病免責の規定を単なる確認的規定と解することはできないように思われる。保険
︵6︶
約款上の故意免責規定については、傷害事故の偶然性の要件との関連で、これを確認的規定と解する見解が多いが、
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二六九
二七〇
これは、偶然性と故意とは理論的に全く両立し得ない関係にあり、偶然に起きた事故であれば、それは同時に故意に
よってもたらされた事故ではなく、また故意によって招来された事故であれば、それは同時に偶然に発生した事故で
はないという相排斥する関係が認められるからである。これに対し、特に前節で検討したような疾病先行型の事例
︵本稿皿−二の類型の裁判例︶においては、外来の事故と疾病とは時系列的には先後の関係にあり、溺死や転倒など
の外来の事故が発生しているとしても、それを招来した原因が被保険者の身体内部の疾病であることはあり得るので
ある。つまり、これらの場合には、疾病の発作が先行し、それによって外来の事故である溺死などが招来されるから、
疾病の存在イコール外来の事故の不存在ということにはならないのである。また、事故・疾病協働型の事例において
は、まさに外来の事故と疾病とが競合し、両者がともに傷害の発生に協働していることからこそ、割合的認定によっ
ヱ
て保険金を決定することが可能なのである。以上のほか、疾病免責規定を故意免責規定と同様に確認的規定ととらえ
る見解は、傷害事故ないし不慮の事故における外来性の判断において、外来の事故と当該事故をもたらす原因とを厳
密的に区別せずに外来性の有無を判断するという手法につながるもので、外来性の有無についての判断基準の不明確
化という問題をも招来しかねない の で あ る 。
もっとも、前記学説も、実際の立証活動に関しては、保険金請求者は一定の外来の事故の存在とそれにより死亡し
たと推定される一応の事情の主張・立証をすれば、保険者側で死亡原因となりうる疾病等の存在と、事故そのものが
原因ではないと推定される事情の反証をすることになるとしており、私見とは結論においてはほとんど異ならないの
︵9︶
で は な い かと考えられる。
︵1︶ 大森忠夫﹁商法における傷害保険契約の地位﹂保険契約法の研究一一九−一二〇頁︵昭和四四年、有斐閣︶、西島梅治・
保険法︹第三版︺三八七一三八八頁︵平成一〇年、悠々社︶、同﹁浴槽内の溺死︵風呂溺︶と外来性の要件﹂損害保険研究
六五巻一・二合併号四四頁︵平成一五年︶、山下友信・保険法四五〇頁︵平成一七年、有斐閣︶、南出行生﹁保険事故の外来
性と疾病﹂安田火災ほうむ四五号九頁︵平成一〇年︶、東京地判平成一二年九月一九日判例タイムズ一〇八六号二九二頁︵本
稿皿−二の⑤判決︶、名古屋高裁平成一四年九月五日判決︵名古屋高裁平成一三年㈲第七九七号、判例集未登載︶。
︵2︶ 加瀬幸喜﹁保険事故−外来性﹂傷害保険の法理九七頁︵平成=一年、損害保険事業総合研究所︶は、﹁証明責任について
いえば、保険者は、保険金の支払を免れるためには、事故︵外来の作用︶が発生しなくても、被保険者に死亡、後遺障害な
どが生じたであろうことを立証しなければならない。これが立証されないときは、保険金は支払われる﹂と述べ、外来の事
故を招来した原因が疾病であることについての立証責任が保険者にあることを指摘しておられる。また、松本久﹁疾病と障
害﹂金澤理11塩崎勤編・裁判実務大系二六巻四四二頁︵青林書院、平成8年︶は、疾病免責条項の解釈として、疾病と相当
因果関係に立つ部分についてのみ免責するとする趣旨であると指摘しておられる。さらに、ドイツの学説においても、保険
金請求者は、被保険者が溺水や転倒といった傷害事故によって死亡したことを立証する責任を負うが、彼は、当該傷害をも
たらした原因とその推移までは立証する必要はなく、傷害の成立要件を認めるに足る事故の経過の説明で足り、これに対
し、保険者は、免責事由が存在することを立証する必要があると解されている。O口日βd5壁巨o区゜冨巨ロoq曽民o目日6巨碧N已色゜ロ
≧信①日oヨg⊂白巨#o邑否ゴo巨品。・9合編§o。①旦﹀己巳d︶巨︹。力o巳6日9日o。巨oq①戸ω゜﹀巨﹄OOP>ロ日゜]いN已日●吉﹀白日゜いN已目吻㌧≦5−
°・°≦\霊8穿き゜5>ごb。ー民o日日゜巨自ひ﹀已P°一②②ρ﹀。日ひやN已日警目“﹀目P□⊥ONロ日惚H︵一︶°また、既に説明したように、ド
イッ連邦裁判所一九七七年六月二二日判決は、油送船の船長が航海中に行方不明となった事案について、﹁溺死は常に、傷
害保険約款の意味での傷害死亡に当たり、その溺死の原因は重要ではない﹂と判示し、本件では仮に被保険者が卒中発作、
失神または飲酒により船から海に転落して溺死したとしても、傷害の成立は妨げられず、ただ約款上の免責規定により保険
保護を受けられないが、この場合には原告は溺死の原因とその推移を立証する必要はなく、免責事由の存在については被告
である保険者が立証すべきであるところ、本件においてこのような立証がなかったとして、保険者の保険金支払義務を認め
た。ooO出昌゜ひ﹂雪S<o諺問⑦∨ぷくω9°。﹄ωS
︵3︶ 自損事故保険および搭乗者傷害保険においては、保険事故の要件として急激かつ偶然な外来の事故を要求しながら、疾病
等について免責となる旨の定めはない。保険会社がこの場合においても、脳疾患、疾病または心神喪失によって生じた損害
は免責されることを主張したのに対し、名古屋高金沢支判昭和六二年二月一八日判例時報=一二九号一〇三頁︵本稿第皿節
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二七一
二七二
注②参照︶は、﹁本件傷害保険普通保険約款.二条四号には、右主張と同旨の規定が存在することが認められるから、本件傷
害保険契約︵傷害保険普通保険︶に基づく保険金請求は、右免責規定により許されないことが明らかであるといわねばなら
ない。しかしながら、本件自動車保険、傷害保険︵交通事故傷害保険︶に関して、右主張の如き免責条項が存在することを
認めさせる証拠はない。そして、疾病が間接の原因となっている場合を免責とする旨の規定がない以上、疾病を事故原因か
ら除くとしても、疾病が間接的原因になっているというだけで直接原因たる事故に起因する結果につき不担保とすることは
できないと解すべきである﹂と判示し、疾病免責規定がない以上、疾病が間接的原因になっているというだけで直接原因た
る事故に起因する結果につき不担保とすることはできないとしている。甘利公人﹁判批﹂ジュリスト九八六号九七頁も、判
旨のこの点の判断を支持しておられる。なお、古瀬政敏﹁生保の傷害特約における保険事故概念をめぐる一考察−損保の損
害保険および英米の89ら8ご自ξき8との対比においてi﹂保険学雑誌四九六号二.一二頁は、既存の疾病から不慮の事故が
生じ、その直接の原因として死亡したが、疾病のみでは死亡しなかった場合︵入浴中のてんかん発作による溺死など︶は、
保険者によって担保されるのが原則であり、傷害保険約款のように約款に疾病を不担保とする規定があるときは特別の配慮
が必要であるが、傷害特約には不担保規定がないので、担保すべきだとしておられる。
︵4︶ 本件については、本稿第皿節注⑬参照。
︵5︶ 肥塚肇雄﹁傷害保険契約における事故の外来性と医学鑑定﹂賠償科学二四号五三頁︵平成一一年︶、南出・前掲注ω九頁、
山下丈﹁傷害保険契約における傷害概念︵二・完︶﹂民商法雑誌七五巻六号九四二頁︵昭和五二年︶。また、石田満﹁傷害保
険契約における立証責任﹂保険契約法の論理と現実三〇三頁︵平成七年、有斐閣︶は、傷害保険約款上の疾病免責規定につ
いて、この保険会社の免責事由については、保険会社が立証責任を負うのが一般原則であるが、傷害保険では、保険事故の
要件の一つである﹁事故の急激性﹂とは純然たる自然原因である疾病に帰すべき身体の傷害を除外することにあり、この要
件の立証責任は保険金請求者側にあるので、傷害保険については前記一般原則を修正しなければならないとしておられる。
︵6︶ 拙稿﹁傷害保険および生命保険の災害関係特約における偶然性の立証責任−立法論的検討﹂文研論集一二四号二三三頁︵平
成一〇年︶、最判平成一三・四・二〇民集五五巻三号六八一.頁参照。ただし、これについても有力な反対説がある。山野嘉
朗﹁保険事故ー偶然性﹂傷害保険の法理二四頁︵平成、二年、損害保険事業総合研究所︶、岡田豊基﹁傷害保険契約にお
ける偶然性の立証責任﹂損害保険研究六五巻一・二号合併号一.一五二頁︵平成.五年︶。
︵7︶ 例えば、名古屋高金沢支判昭和六二年二月一八日判例時報、二二九号一〇三頁は、基礎疾患に起因する軽度の脳出血と自
動車の接触・衝突事故との協働によって劇症型脳出血を引き起こし死亡したとして、被保険者の死亡に対する外来の事故
︵接触・衝突事故︶の寄与率を一〇%と認め、自損事故保険金および傷害死亡保険金の一割の支払を命じている。本稿第皿
節注②参照。
︵8︶ 南出・前掲注ω一〇頁。肥塚・前掲注㈲五三頁も、保険金請求者側に疾病によるものでないことの立証を完全に要求する
ことは過酷過ぎるから、事故の外来性の立証に成功すれば、疾病による傷害ではないことが推認され、これに対し保険者は、
疾病による傷害であることを疑わせる別の事情を反証することになるとしておられる。
︵9︶ 南出・前掲注ω一〇頁は、保険者側は、外来性を争うためには、事故の内容や死亡原因、疾病の存在などについて十分な
事実調査を行う必要があり、事故態様の徹底した分析、ねばり強い調査による治療歴・病歴の突き止めなどが重要だと強調
しておられるが、実際の裁判においては、既に保険者側のこうした立証活動が現実的に行われていると考えられ、したがっ
て、私見のような見解をとった場合でも、保険者側に過大な立証責任を負わせることには必ずしもならないと考えられる。
V 終わりに
本稿は、近年、多発する傷害事故ないし不慮の事故の成否をめぐる裁判例を手がかりに、傷害事故ないし不慮の事
故における外来性の要件に焦点を当て、その成否の判断基準や立証責任の所在などを検討してきた。
まず、外来原因先行型の事例においては、傷害事故ないし不慮の事故が先行し、疾病が後発的に発生した場合に、
当該疾病が傷害事故ないし不慮の事故を原因として発生したものであるときは、身体傷害の直接の原因が当該疾病で
あっても、保険事故としての傷害の成立は認められるが、当該疾病が傷害事故を原因として発生したものではなく、
疾病と傷害事故との間に相当因果関係がなければ、当該疾病によって身体傷害が生ずるとしても、保険事故としての
’
傷害は認められない。その際に、被保険者の身体に何らかの外来的な作用があったと認められる場合でも、それが日
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二七三
二七四
常一般に体験しうるものであれば、軽微な外因として、外来性の要件を満たす傷害事故ないし不慮の事故の成立を否
定すべきである。すなわち、外部からの被保険者の身体への作用が、口常生活上普通に起こるものであれば、原則と
して外来性の要件を満たす傷害事故ないし不慮の事故には当たらないと考えるべきである。そして、先行する傷害事
故ないし不慮の事故による受傷と、被保険者の内因性の疾患とが協働作用して、被保険者の死亡のような結果を招来
した場合においては、傷害保険約款上の限定支払条項を適用して、被保険者の死亡に対する疾病の寄与割合に応じて
死亡保険金額を決定することにな る 。
次に、疾病先行型の事例においては、外来性の要件の存否についての判断に際しては、被保険者の身体に作用して
直接に身体傷害をもたらす事故があったか否かが重視されるべきであり、このような事故があったと認められる場合
には、外来性の要件は肯定される。そして、当該外来の事故を引き起こした原因が何であるかについては、この外来
性の判断に際しては特に問題とならず、当該原因はもっぱら約款所定の保険者の免責事由の有無を決定する場合にの
み考慮されるべきものである。このように、外部から被保険者の身体に作用して直接に身体傷害をもたらした事故
と、当該事故を引き起こした原因とを区別して、事故の原因については、もっぱら保険者の免責事由の有無を判断す
る際の考慮要素とするという判断枠組みは、傷害事故と当該事故を招来する諸要因とを明確に限界づけることがで
き、外来性の存否についての判断基準の明確化を図ることができる。
さらに、外来性の立証責任に関しては、前述の外来性の要件に関する判断枠組みの下では、保険金請求者は、保険
事故である傷害が外来の事故によるものであることを主張・立証しなければならないが、当該事故をもたらした原因
が何であるかについては、立証する必要はない。また、立証の程度は、事故の態様により外来性の事故であることが
事実上推定される程度であれば足り、それが被保険者の身体内部の原因に基づかないものであることまで立証する必
C
要はない。これに対し、当該外来の事故を招来した原因が被保険者の脳疾患、疾病等であれば、それらの事由が約款
上免責事由とされている場合には、保険者は、保険金支払義務を免れるために、それらの事由の存在を主張・立証し
ければならない。そこで、例えば、被保険者が浴槽内で溺死したような場合においては、被保険者の直接の死因が溺
死であれば、そこには外来性の要件を満たす傷害事故が存在すると認められ、ただ、この溺死を招来した原因が被保
険者の脳疾患や疾病であれば、それは、傷害保険約款上、免責事由として定められている被保険者の脳疾患や疾病に
よって生じた傷害として保険者免責となり、これらの事由の存在について保険者が立証責任を負うということにな
る。
なお、医療過誤事故については、従来、医師の診療行為について事前に被保険者の同意があることから、偶然性を
欠き、傷害事故ないし不慮の事故には当たらないと考えられてきたが、被保険者の同意は通常の診療行為についての
ものであり、医師の過失のある行為についてまで同意があったと解することはできないので、医療過誤事故は、原則
としてこれを不慮の事故としてとらえることが可能である。ただ、保険約款上、疾病の診断・治療を目的とした診療
事故が保険者免責事由とされていることから、医療過誤事故が、疾病の診断・治療の過程において起きたものである
ときは免責とされることになり、被保険者の利益保護が必ずしも十分図られないという問題がある。この問題につい
ては、約款のように疾病の診療行為と傷害の診療行為とを区別することが果たして妥当かどうかも含めて再検討する
必要があろう。
傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について ︵都法四十六ー二︶ 二七五