コンサマトリー性の動機づけに着目した授業の実践(高等学校物理)

第 29 回 秋田県教育研究発表会資料 【5日G会場③】
コンサマトリー性の動機づけに着目した授業の実践(高等学校物理)
―楽しさから物理を学び、それから本質的な物理の楽しさへ―
秋田県立秋田高等学校
教諭 伊藤 匡
1 はじめに ~物理を学ぶ生徒の実態から~
ことは、生徒の関心、意欲、態度を育成し、自発的な
「物理は難しくてわかりにくい」という生徒の声を
学習活動に深化させていく上で大切である。そして、
よく耳にする。これは、物理を学ぶ生徒の共通の悩み
何よりも、物理を教える教師として、一人でも多くの
でもあり、物理を教える教師の悩みでもある。物理は
生徒に「物理を学ぶ喜び」を持たせたいという強い思
系統的な学問であり、前の単元の学習事項の上に次の
いから主題を設定した。
事柄が積み重ねられるという特徴が主たる原因である。
3 研究の仮説
さらに、
高等学校で学ぶ物理の内容は膨大な量となり、
「授業が楽しい」と感じるコンサマトリー性の動機
単元が進むにつれて「物理は難しい」と感じる生徒は
づけは、教材によってのみ喚起されるというものでは
自然と増えていくのである。
ない。授業中の教室全体の雰囲気や教師と生徒の笑顔
2 主題設定の理由 ~楽しさから物理を学び、それ
も動機づけの原因になり得る。
から本質的な物理の楽しさへ~
教材は、生徒を単元目標に到達させるための媒介物
学習指導においては、単元ごとの達成目標に基づく
といえるが、コンサマトリー性の動機づけを引き出す
達成動機づけが重要となることは言うまでもないが、
教材は実験装置やプリントに限らない。知的遊び心や
上記のような生徒の実態を踏まえれば、高等学校物理
授業の演出技術までもが教材となると言ってよい。
の学習指導では「授業が楽しい」
「何だか楽しそうな実
コンサマトリー性の動機づけ教材の要素
験だな」といった、学習のプロセスそのものが目標と
遊び心 身近な感覚で知的好奇心をひくもの、知的遊
なる動機づけ
(
「コンサマトリー性の動機づけ」
という)
び心を含むもの。
を継続して生徒に与えていくことも重要であると考え
演出
られる。
授業にサイエンスショーの楽しさを。発問
→予想
(話し合い)
→評価の場面も楽しさに。
例えば、
「電磁気学がよくわからないので、どうにか
継続性 次は何だ、という期待感を抱かせるもの。
理解したいが、物理の授業や実験は楽しくて好きだ」
研究の仮説
という生徒の感想を聞くことがある。
「電磁気学を理解
「物理は難しい」という生徒に対し、学習活動その
しようと思う」ことは、生徒が電磁気学を習得するこ
ものが楽しいと感じさせる教材開発を行い、それを積
とが目標となり、
「物理の授業や実験は楽しくて好き
極的に活用した授業を展開すれば、生徒の学習意欲や
だ」とは、授業を受けるという学習活動のプロセスそ
能力の向上が見られるであろう。
のものが目標となる。後者のように、自分の興味があ
4 研究の構想
ることを完成させようとする意志をコンサマトリー
本研究は、筆者の担当する授業科目「物理基礎」
(1
(consummately)といい、活動そのものが楽しいと思う
学年)
「物理」
(2・3 学年)を対象とした。
ことを「コンサマトリー性の動機づけ」という。
研究の構想(1~3 学年対象。4 月から 1 年間継続)
このように、
「~が知りたい」
、
「~がおもしろい」と
(1)教材開発
いう性質の異な
(2)授業の展開
る動機づけを生
(3)評価(生徒授業アンケート分析)
徒に持たせ、そ
仮説に示した「学習意欲や能力の向上」を客観的に
れらをリンクで
評価するために、授業アンケート(年 2 回実施)の集
きるような物理
計結果を分析する。また、本研究主題は初任者研修時
の授業を目指す
から、
約 20 年間、
継続して取り組んできたものであり、
1
***物理Ⅰ 波の屈折 漫画「30人31脚」より***************
これまでの実践を整理するともに、現在の教材や授業
展開が生徒にとって適切なものになっているか、検討
したい(2008 年度と 2014 年度の授業アンケートを比
較する)
。
5 研究の実際
年度
教材・授業の実践
ねらい(コンサマト
1
2
リー性の観点から)
1995~2014
授業のマスコット 教師への期待感
をつくる。
【①】
1995~2014
自作の漫画を授業 単元に興味・関
で活用する。
【②】
1999~2014
を持たせる。
心を持たせる。
授業のホームペー 教師への期待感
3
4
5
6
7
8
9
10
ジを開設する。
【③】 を持たせる。教
(2008)
2009~2014
(授業アンケート) 材の整理。
「短冊型プリント」 「 板 書 ⇔ ノ ー
を使った生徒の授 ト」というコミ
業ノートの指導を ュニケーション
始める。
【④】
の場として活用
する。
2009~2014
「おもしろ川柳に 創造力・思考力
よる物理」
【⑤】
2012~2014
の育成。
授業にサイエンス 単元に興味・関
ショーの楽しさを。 心を持たせる。
【⑥】
(2014)
教師への期待
(授業アンケート) 感。
【実践①】授業のマスコットづくり(1995 年度~現在)
授業のマスコットキャラクターを登場させ、授業そ
のものを親しみやすくした。
生徒の反応
・マスコットキャラクターの名前が筆者のニックネー
ム
(物理のブッチャン)
となるほど生徒に浸透した。
・授業に対する期待が高まった。
「なにかやってくれそ
11
うな先生だ。
」
12
(その他に)
「ブッチャン、ファ
ラデー先生へ会いに行く(電磁誘
導)
」
「ブッチャンの公園(力学的
エネルギー)
」
「ニュートンのエフ
図1 物理のブッチャン
バック(運動の法則)
」
「ジュール
【実践②】自作の漫画を取り入れる(1999 年度~現在)
熱は恋の味?(電流と熱)
」など
単元の導入として、漫画を教材化した。提示の仕方
生徒の反応
は授業展開により、スクリーン投影とプリント配付を
写真1 漫画を導入で活用
・教室の雰囲気が明るくなり、笑顔であふれた。
使い分けた。
・導入時に提示するため、単元の到達目標をより明確
2
に理解させることができた。
右半分に板
・
「次は、どんな漫画を作ってくれるのかな」
書の内容を
【実践③】ホームページ開設(1995 年度~現在)
まとめてい
生徒向けに授業のホームページを開設した。主なコ
く。
ンテンツはマスコットキャラクターに関するもの(誕
写真4 生徒の短冊ノート
生秘話など)
、
授業で用い
た漫画、
動画クイズなど。
【実践⑤】おもしろ川柳で解く物理(2009 年度~現在)
教材の整理の場になった。
「短冊型プリント」には、
「おもしろ川柳」を載せて
生徒の反応
ある。これは問題解法の指針をアドバイスするもので
・年々、アクセス数が増
ある。また、単元の目標を明確にするためのクイズも
加し、現在まで延べ
図2 ホームページ開設
6 万人が閲覧した。
「物理のブッチャンの物理教室」
載せた(授業の導入で、発問→予想(話し合い)→集
計→評価のサイクルが定着した)
。
・物理に関するクイズなどもあり、内容について質問
← 図4
してくる生徒がいた。
「本日のテーマ」
・教師への期待感、授業への期待感が高まった。
予想させる
・
「ブッチャンっておもしろそう」
【実践④】
「短冊型」プリントによる授業ノートの
↓ 図5
指導(2009 年度~現在)
おもしろ川柳
過去の授業アンケートから、ノートをとるのが大変
だという指摘があり、これを受けて板書計画の見直し
と生徒のノート指導について改善を試みた。
生徒の授業ノートの現状
・板書を写すだけのノートとなっている。
生徒の反応
・授業ノートは、ほとんど活用されていない。
・全員がノートをとるようになった(コンサマトリ
・1時間あたりの授業ノートは2~3ページ程となり、
ー性動機づけの効果が顕著である)
。
ノート作成に時間がかかっている。
・ノート作成の時間が短くなり、その分、演示実験
ノート指導の改善点(短冊型プリントを教材に)
や演習などに時間が使えるようになった。
・生徒がノート作成に費やす時間を短くしたい。
・模擬試験などの前に、授業ノートを活用する生徒
・板書を写すのではなく、必要な情報を自分の表現で
が増えた。
まとめさせる工夫をする。
・
「早く、次の『短冊』が見たいな」
(板書に文章は用いずに数式のみで展開する。短冊
【実践⑥】授業にサイエンスショーの楽しさを
型プリントで情報量を増やす「本日のテーマ」と
(2012年度~現在)
して単元目標を明確に示す)
。
物理の授業では、教室で演示実験を行うことが多い
・
「知的遊び心」を付加。ノート作成そのものに楽しさ
が、実験そのものにも「参加することの楽しさ」を生
を。
徒に感じさせる教材開発を行った。
演示実験を生徒の目線で誇大に演出
・授業にサイエンスショーの楽しさを。
・実験のネーミングそのものにも楽しさを加味する。
(
「摩擦グランプリ(摩擦角の測定)
」
、
「無重量実験
ツアーにようこそ!(万有引力)
」など)
↑ 写真3 文章のない板書
・参加型の実験にこだわる。
← 図3 短冊型プリント
・実験前に必ず結果を話し合わせ、予想させる。
3
2 年生・物理
する手段として、授業アンケートは有効であると考え
「平面運動」
た。授業アンケートの 2008 年(7 月)と 2014 年度(7
教室全体を使
月)の結果を比較することで、長期間取り組んできた
った「巨大空中
本研究の仮説に対する検証を行いたい。
衝突実験装置」
授業アンケート・評価項目
を製作した。
1 説明・板書は工夫されているか。
97.5%
2 授業内容は充実したものか。
99.5%
3 授業の進度は適切か。
96.5%
4 学力、興味・関心は身についたか。
図6「日本一大きなモンキーハンティング」の実験(短冊型プリント)
5 教師と生徒のコミュニケーションはあるか。5.5
評価方法 5 段階
2 年生・物理
各項目に対して「あてはまる」
「ややあてはまる」を
「万有引力」
ネーミングに
選んだ生徒の割合(1 年~3 年・担当クラスの平均値)
もこだわる。必
を比較する。※2008 年度は旧課程科目
ず、予想→話し
合い→評価を。
図7 無重力状態ツアーにようこそ!(短冊型プリント)
← 写真5
摩擦グランプリ
結果
(1 年・摩擦角)
2008 年度授業アンケートとの比較では、2014 年度
で 5 段階評価のうち「あてはまる」
「ややあてはまる」
写真6 →
を選んだ生徒の割合は、全ての項目で 8.2%~23.3%の
日本一大きな
範囲で増加した。
モンキーハンテ
・
「説明・板書の工夫」
「授業の充実度」
「学力・関心」
→ 一連の教材による動機づけの効果が十分見ら
ィングの実験
れる。授業が充実していると感じている生徒
が多いことを示している。
生徒の反応
・
「進度」→ 特に「短冊型プリント」によるノート
・実験装置を取り囲んで、生徒全員が参加するスタイ
指導の効果を示すものと思われる。
ルが定着した。
・
「コミュニケーション」→「予想→話し合い→評価」
・教師と生徒のコミュニケーションが活発になった。
のスタイルが定着したことによる。
(生徒間で予想→話し合い→観察→評価ができる)
生徒の自由記述
・
「もう一度、こないだの実験をやってみたいな」
「授業をわかりやすくするためにいろいろな装置を
6 評価とまとめ
作ってきてくれて、楽しいしわかりやすいし、頑張っ
以上のように、これまでコンサマトリー性の動機づ
けを喚起する教材開発に継続的に取り組んできた。こ
てくださるのがありがたいです。
」
(3 年生)
れを活用した授業を展開することによって、生徒の学
今後の課題
習意欲や能力の向上が見られたのだろうか。
・コンサマトリー性の動機づけと達成動機づけを相互
にリンクさせること。そのための教材開発、指導の
本校では 7 月と 12 月に授業アンケートを実施して
技術、生徒観察方法の研究を継続する。
いる。生徒による授業評価は、生徒が自分自身の学習
・授業内での生徒の自己評価の方法とその評価につい
活動を自己分析した上で行われるものと考えられる。
て研究し、
動機づけや生徒の学習活動で実践したい。
したがって、生徒の「学習意欲や能力の向上」を評価
4