ありがとう!と何回も言わなければ… ガーベラの鉢植えが、玄関にふた

ありがとう!と何回も言わなければ…
H27.5.13
第66号
ガーベラの鉢植えが、玄関にふた
あーつ飾ってある。ガーベラの花を
見ていると「二つ」とは言わず、何
となく「ふたあーつ」と言いたくな
るのはどうしてなのだろう。でもや
っぱり「二つ」ときっぱり言い切る
より、「ふたあーつ」とちょっぴり
伸ばした方が相応しい。不思議だ。
ガーベラの花言葉は「希望」。今
日この日、明るい陽射しと爽やかな
風を感じる朝を迎えることの出来た
シアワセに相応しい「希望」という
言葉だ。この歳になると、日々生か
されていることに感謝することが如何に大切なことかを自覚させられる。
感謝といえばこの「校長たより」についても、私自身ではこうやってアップ
することが出来ない。それをいつも担当して、アップしてくれている人がいる
から出来る。誰かの助けを借りなければ、何一つ出来ない私なのだ。たまたま
いつもアップして下さる方が宿泊学習で留守で、ここ二日間ほどはアップ出来
ないだろうなと考えていたら、3年生の T 先生が「校長先生!校長たよりよ
かったらアップしますよ!僕得意ですから」と一声かけて下さった。この一言
がありがたい。この一言が救いなのだ。この一言が美しい。T 先生、ありがと
う!
今朝は先日亡くなった長田弘さんの「奇跡-ミラクル-」という詩集の中に
ある「猫のボブ」という作品を思い出した。
猫のボブが言った。平和って何?きれいな水?血?静けさ?それからは、い
つも考えるようになった。ほんとうに意味あるものは、ありふれた、なんでも
ないものだと。魂のかたちをした雲。樹々の、枝々の、先端のかがやき。すべ
て小さなものは偉大だと。
言葉の魔術師だと思う。言葉の力を本当に知っている詩人だったと思う。そ
してその背景には、沈黙の力をしっかりと捉えている。詩人の書いた言葉を一
つ一つ拾って行く。自らの喪われた細胞の一つ一つに、瑞々しいエネルギーの
ようなものが行き渡っていく。
本当に意味あるもの?残された時間の中で、それをしっかりとつかみ見つめ
ていかねばならない。
また詩人はこうも語る。「きみはまず風景を慈しめよ。すべては、それから
だ」「人は、ことばを覚えて、幸福を失う。そして覚えたことばと おなじだけ
の悲しみを知る者になる」また、こんなことも語っている。「花と違って木は
陰を作る。でも、木陰を作るには長い時間がかかります」
自身の心が納得する。美しい言葉を与えてくれてありがとう。ステキな詩人
に出逢えて感謝!
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