街歩きその 45 電気・水道が使用できる廃村 いろりの里大平宿 ∼長野県飯田市∼ 新緑に誘われて、大平街道へ。唐松の爽やかな新緑に山桜の濃い ピンクが映える。山慣れした筆者でも大平の新緑と紅葉には目を奪 われる。大平街道は、嘗ては中山道と三州街道を結ぶ峠越えの道で、 その最高点大平峠から飯田側に少し下った所に大平宿があった。宿 場が拓かれたのは宝暦年間と云われるから約 250 年前である。明治 に入ると小学校や郵便局も設置され、最盛期には70戸を超す賑わ いを見せたとか。交通やエネルギー需要の変化により、昭和 45 年、 旧街道にそって旅籠が並ぶ(上下) 過疎化に伴い集団移住し、その歴史に一旦幕を閉じた。 その後、大平宿を残す会を中心にした民間の運動がこの集落を守 独特のセガイ作りの住居 り、他に例のない廃村の保存再生運動を展開してきた。大平の豊か な自然を保護し、歴史的遺産を保存して、この環境を生活の原体験 の場として再生させる運動は廃村復活のユニークなモデルケースと して高く評価されている。(大平憲章より抜粋) 唐松の新緑を背景に山桜 咲く大平街道の遅い春 嘗てはの小学校も今は・・・(下) 勾配の緩い板葺屋根(現在はトタン葺が主)、街道に面した上部を せり出した「出し桁(けた)」(セガイ)と呼ばれる独特の造りが目 を惹く。建築年代も江戸期から明治・大正と歴史を感じさせる。 居合わせた元住民は「この辺りは冬季は 6 尺を超す雪が積もり、 屋 根 の 雪 下 ろ し が 日 課 で、そ の た め 屋 根 の 勾 配 が な る い」「標 高 1100m を超すのこの辺りは -20 度にもなり、餅をついてすぐ布団 にくるんでも凍った」 「野菜も採れたし、林業も盛んで生活は豊かだっ た」と。セガイも庇だけでは雪の重みに耐えられないことからきた 知恵かも知れない。 「電気・水道の使える廃村」のキャッチフレーズで生活原体験を勧 誘する、まさにユニークな廃村復活の胎動が感じられた。
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