勤労・子育て世帯向け保障の充実で経済も財政も立て 直せる

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【第 121 回】 2016 年 8 月 31 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
勤労・子育て世帯向け保障の充実で経済も財政も立て
直せる
経済再生・デフレ脱却に偏りすぎて
アンバランスなアベノミクス
安 倍 政 権 の経 済 政 策 の意 思 決 定 はどのように行 われているのだろうか。消
費 再 増 税 延 期 の際 には、経 産 省 出 身 の秘 書 官 が自 ら資 料 を作 り、官 房 長 官
などごく少 数 で再 延 期 を決 めた。この事 例 に象 徴 されるように、官 邸 にいる秘
書 官 とその出 身 官 庁 である経 済 産 業 省 のトップなどごく少 数 の議 論 で経 済 政
策 が決 定 されているといわれている。
そして経 済 政 策 の内 容 は、経 済 再 生 ・デフレ脱 却 に偏 りすぎており、税 制 ・社
会 保 障 制 度 の根 本 的 な議 論 や財 政 再 建 問 題 にはほとんど手 が付 けられな
い、アンバランスなものになっている。
経 済 財 政 諮 問 会 議 や政 府 税 制 調 査 会 、あるいは内 閣 府 などは本 来 、経 済 ・
財 政 ・税 制 の資 料 作 りや議 論 をする役 割 を担 っているはずだが、「安 倍 一 強 」
の下 で、みんなゴマすり機 関 に堕 している。
しかし経 済 再 生 は、総 理 自 ら「道 半 ば」と言 うように、順 調 に進 んでいるわけ
ではない。むしろ混 迷 の状 況 にあるという方 が正 しいかもしれない。それでも国
民 の政 権 支 持 率 は高 い。これはおそらく、今 以 上 に混 迷 していた民 主 党 政 権
よりはまし、ということなのであろう。
本 稿 では、アベノミクスに欠 けていると思 われる、税 制 や社 会 保 障 の議 論 を、
一 体 改 革 のコンセプトを原 点 に立 ち返 って見 直 すことで、日 本 経 済 を活 性 化 さ
せることを提 案 したい。
税・社会保障一体改革は
なぜ失敗したのか
消 費 税 率 を 10%まで引 き上 げて、社 会 保 障 を充 実 させつつ財 政 再 建 も行 う
という「社 会 保 障 ・税 一 体 改 革 」は、10%への消 費 増 税 が 2 度 延 期 された時
点 で失 敗 に終 わったといえる。
しかし社 会 保 障 ・税 一 体 改 革 という理 念 ・コンセプトは、わが国 の現 状 を考 え
た場 合 極 めて重 要 なものである。では、どうすれば理 念 を生 かしつつ、改 革 を
続 けることが可 能 だろうか。
まず失 敗 の要 因 を筆 者 なりに総 括 すると、以 下 の 4 点 になる。
第 1 点 は、消 費 増 税 という苦 い薬 を国 民 に投 与 することを懸 念 する現 政 権
のポピュリズム的 体 質 である。第 2 次 安 倍 政 権 の政 策 を振 り返 ってみると、税
制 や社 会 保 障 制 度 で、国 民 に負 担 増 を強 いる政 策 は皆 無 に近 い。
これは、社 会 保 障 を中 心 として、歳 出 削 減 がほとんどできていないということ
でもあり、リーマンショック後 の先 進 国 の中 でわが国 が最 も財 政 再 建 が遅 れて
いることからも明 らかだ。
今 回 の「未 来 への投 資 を実 現 する経 済 対 策 」を見 ても、メニューは豊 富 だ
が、新 幹 線 や低 所 得 者 への給 付 金 など既 視 感 のあるものが多 く、国 民 の負 担
構 造 の抜 本 的 改 革 に踏 み込 むものはない
第 2 点 は、日 銀 の異 次 元 の金 融 政 策 により金 利 のマーケットメカニズムが崩
壊 していることである。金 利 は「経 済 の体 温 計 」と呼 ばれるが、その体 温 計 自
体 が壊 れた状 況 にある。政 府 は毎 年 新 規 に発 行 される量 の倍 近 い国 債 を毎
年 買 い入 れており、消 費 税 増 税 が当 初 の予 定 通 り行 われなくても、金 利 への
影 響 は遮 断 されており、警 鐘 を鳴 らすべき「神 の手 」は存 在 しない状 況 だ。
第 3 点 目 は、デフレ脱 却 が思 うに任 せない責 任 をすべて消 費 増 税 に押 し付
けるリフレ派 の存 在 である。そもそも、デフレをマネー現 象 ととらえて、「マネー
供 給 量 を増 やせばデフレは自 動 的 に解 消 する」という論 理 自 体 が間 違 ってい
る。現 にこれだけマネーを供 給 しても、デフレ脱 却 は完 成 していない。しかしこ
れを認 めることは、安 倍 政 権 の成 り立 ちを否 定 することにつながりかねないの
で、デフレから脱 却 できない主 因 は、14 年 4 月 の消 費 増 税 にあるというのが、
安 倍 政 権 の周 りで幅 を利 かせているリフレ派 の主 張 である。
最 後 に、社 会 保 障 ・税 一 体 改 革 のコンセプトが国 民 にわかりづらい上 、内 容
が財 政 再 建 に偏 りすぎていたことが、国 民 だけでなく政 治 も拒 否 する最 大 要 因
であったと思 われる。
このままでは、経 済 成 長 も財 政 再 建 も達 成 されず、国 民 は、ある日 突 然 訪 れ
る危 機 で死 んでしまう「ゆでガエル」状 態 だ。
では、どのように改 めるべきなのか。肝 は、国 民 や政 治 が消 費 増 税 を受 け入
れやすいように発 想 の転 換 を行 うことである。
5%上げても 1%分しか
社会保障充実に回らないスキーム
社 会 保 障 ・税 一 体 改 革 が国 民 や政 治 から受 け入 れられない最 大 の理 由 は、
そのスキームにある。図 表 を見 ていただきたいのだが、財 務 省 は消 費 税 率 を
5%引 き上 げ、そのうち 4%分 は財 政 健 全 化 (「安 定 化 」と称 する)に充 てるとし
ている。これは、現 在 赤 字 国 債 で調 達 されている社 会 保 障 財 源 を、消 費 税 財
源 に振 り替 えることである。この結 果 、社 会 保 障 の充 実 分 に充 てられるのは
1%分 に過 ぎない。言 い換 えれば、消 費 増 税 増 収 分 の「2 割 」しか社 会 保 障 充
実 には回 らないのである。
◆図 表 社 会 保 障 ・税 一 体 改 革 のスキーム
財
務省資料より
拡大画像表示
これでは、国 民 の将 来 不 安 の解 消 につながる社 会 保 障 の充 実 は図 れない。
マクロ経 済 的 に考 えても、増 税 により消 費 者 の購 買 力 が国 に移 転 し個 人 の消
費 需 要 が奪 われることになり、景 気 にも悪 影 響 を及 ぼす。
国 民 の多 く、さらには政 治 家 が、社 会 保 障 ・税 一 体 改 革 による消 費 増 税 に理
解 を示 さない理 由 は、このことを直 感 的 に理 解 しているからだろう。
ではどのように変 えていくのか。
まず、消 費 増 税 による増 収 分 はすべて、国 民 の将 来 不 安 解 消 のための社 会
保 障 の充 実 に充 てることとする。
本 来 5%からの引 き上 げ分 はすべてこれに充 てるべきだったがもはやそれは
無 理 なので、8%から 10%への引 き上 げから実 施 する。併 せて、高 所 得 者 によ
り多 くの恩 典 が及 ぶ軽 減 税 率 は廃 止 する。
増税分の社会保障への使途は
勤労・子育て世代に限定する
次 のその内 容 である。これまでのスキームは、消 費 増 税 し子 ども・子 育 てと高
齢 者 3 経 費 (年 金 ・医 療 ・介 護 )に充 てるというだけで、その中 身 が「一 体 」とい
うわけではなかった。これを改 め、税 ・社 会 保 険 料 を合 わせて、国 民 負 担 として
その在 り方 を検 討 するのである。
加 えて、増 税 分 の使 途 を、勤 労 世 代 ・子 育 て世 代 の社 会 保 障 に限 定 する。
ただし、給 付 型 奨 学 金 など若 者 世 代 の支 援 策 は、対 象 に加 える。一 方 、医
療 ・介 護 ・年 金 の充 実 は、別 途 社 会 保 障 改 革 の中 で行 う。
つまり、8%から 10%への 2%引 上 げによる 5 兆 円 強 の増 収 分 は、すべて子
育 て支 援 など勤 労 者 の社 会 保 障 (ならびに給 付 型 奨 学 金 創 設 )の財 源 にあて
る。これこそ「働 き方 改 革 」といえよう。
国 民 世 論 調 査 によれば、若 者 ほど将 来 不 安 は高 いので、彼 らへの対 策 を優
先 することは、社 会 不 安 を軽 減 させ財 布 のひもを緩 めさせ、経 済 対 策 としても
有 効 である。また増 税 分 は全 額 国 民 に返 すので、マクロ経 済 的 な需 要 削 減 効
果 はなくなりリフレ派 も反 対 しづらいだろう。
次 に、財 政 再 建 の進 め方 である。2020 年 にプライマリーバランスの黒 字 化 と
いう旗 はいまだ生 きており、必 要 な財 政 目 標 である。
そこで、5 兆 円 規 模 (2%の消 費 増 税 分 )の歳 出 削 減 を、「富 裕 」高 齢 層 にも
給 付 している年 金 や医 療 の徹 底 的 な見 直 しを中 心 に行 う。マイナンバーを活
用 し高 齢 者 の資 産 を把 握 すれば、無 駄 な社 会 保 障 の大 規 模 な削 減 が可 能 に
なる。
具 体 策 については、筆 者 が日 立 コンサルティングと共 同 研 究 したレポート 「マ
イナンバーを活 用 した社 会 保 障 適 正 化 の方 向 性 」があるが、本 欄 でも機 会 を
見 て改 めて議 論 したい。
この結 果 、消 費 増 税 分 はすべて勤 労 世 代 中 心 の社 会 保 障 充 実 に使 われる
ことになり国 民 も受 け入 れやすく、歳 出 削 減 は、現 行 社 会 保 障 制 度 の大 幅 な
スクラップアンドビルドにより行 うので、社 会 保 障 の重 点 を高 齢 者 から勤 労 者
へと大 幅 にシフトさせることができる。
さらに財 源 が必 要 ということになれば、金 融 所 得 の増 税 で賄 う。こうすれば、
経 済 成 長 と財 政 再 建 の同 時 達 成 が可 能 になる。
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