住民参加の意義と行政技術者の役割

住民参加の意義と行政技術者の役割
中川 学[京都府職員/技術士(建設部門)]
■キーワード:公共事業/住民参加/住民主体/信頼関係/ワークショップ/行政技術者
【はじめに】
今や公共事業推進のためには必須の課題となっている「住民参加」であるが、まだまだ
確かなものとして定着していないのが実態ではないだろうか。この4文字が強調されれば
されるほど、お題目のように聞こえて中身が薄まっていくような感じを持ってしまうので
ある。そうした要因には、住民参加の手法が確立していないことなどがあるとは考えられ
るが、それ以上に「なぜ住民参加なのか」という疑問に対する答えが明確になっていない
こと、したがってそれが関係者の間で共有されていないことがあるのではないだろうか。
かく言う私自身もその例外ではないようであり、その答えを探りつつあれこれの想いを巡
らすこととしたい。
【鴨川公園出町 de ワークショップの経験から】
こうしたことを強く意識しだしたきっかけは、1998 年から 99 年にかけて住民参加によ
り実施した「鴨川公園出町 de ワークショップ」の経験からである。
京都市街地中心部を流れる鴨川は、その清流と景観が多くの市民に親しまれ、京都を代
表する川とされているのは良く知られているとおりである。その中でもWS(ワークショ
ップ)の対象となった出町は、鴨川と支川高野川が合流するY字の付け根の位置にあり、
剣先状となった合流堤は「出町の三角州」と呼ばれ親しまれている象徴的な場所である。
また「出町」という名が示すように、古くから、京都市街である「洛中」から郊外の大原
などへ「出る」要所として栄えてきた地区である。鴨川の東岸には、京都・大阪を結ぶ京
阪電車の終着ターミナルがあり、西岸では御苑を背にした「出町商店街」が賑わいを見せ
ている。またいくつかの大学にも近いことから若者も多く、一種独特な下町風な雰囲気漂
う、鴨川の隠れた一面を見せる一帯である。
WSはこの西岸(右岸側)の高水敷の広場(縦断方向 120m、幅 30m程度)を対象に、
遊具が点在するだけのグランドとなっているものを、河原広場として再整備する基本設計
を作成しようとするものであった。地元からの出町商店街振興組合役員と学区関係者を中
心に構成し、運営とアドバイスを地域のまちづくり計画に関わりのあった学識研究者のグ
ループに依頼した。結果は、的確なショップ運営と、補助的に参加を得た学生らの溌剌と
した働き、そして何よりも地元関係者の熱意が大きかったことなどにより、全5回のショ
ップでは議論が良くかみ合い、常時活気に満ちたもので成功と評価できるものであった。
この後私は転勤し業務と縁が切れるのであるが、この成果を反映して公園整備工事は 2002
年に完了している。
1
その後私が同地を再訪したのは 2004 年 5 月、下鴨神社の流鏑馬見物の帰りであった。ゴ
ールデンウイーク中日の休日、少し汗ばむ陽気の下、広場ではおおぜいの若者や家族連れ
がくつろぎ楽しんでおり、あたかも「かもがわ銀座」を思わせる賑わいであった。私はそ
の賑わいのなかで、WSの成果が実を結んだことに満足感を感じながらも、そこに居る自
分は一人の通行人としてであり、広場の一利用者としてであることを感じていた。そして
この広場を造った主人公は誰だったのだろうか、広場の今を演出しているのは誰なのだろ
うかを思い巡らしていた。
以下、このモノローグのような問いかけをきっかけに、
「そもそも住民参加とは何なのか、
その意義はどこにあるのか、そして行政技術者の役割とは?」を考えることとしたい。
【そもそも住民参加とは?】
この休日のひととき、ぼんやりと考えていたのは、
「この賑わいを最も歓迎しているのは
誰だろう、出町広場整備工事の成功を一番喜んでいるのは誰だろうか」ということであっ
た。もちろん目の前の大勢の利用者がこの場を楽しんでいるのは間違いのないところであ
る。しかしそれは一市民として恩恵に浴しているということで、いわば通行人のひとりと
しての満足にすぎないと言えよう。或いは「設計者」であった自分自身もその成功を歓迎
している一員とは言えるだろう。しかしそれは、
「ニヤッ」と密かに自己満足に浸る程度の
もので、やはり通行人の類という程度のものだろう。
このようなことをあれこれ考えながら思い至ったのは、WSに地元代表として参画した
出町商店街振興組合の面々や町会代表など、まさに「住民」こそが、誰よりもこの賑わい
を歓迎している当事者であろう、ということであった。WSに参画した彼ら住民にとって、
我がまちの賑わいは最大の関心事であり、とりわけ商店主らにとっては生活そのものであ
る。そうした「我がまちの賑わい」は、ターミナルの賑わいに、そして鴨河原の賑わいに
直結していると全身で感じていたであろうことは、容易に推測されるところである。
ここまで考えてくると、
「この広場を造った主人公は誰だったのだろうか」とぼんやりと
考えていたことの答えは明らかである。この場合、この「公共事業の主人公は住民」だっ
たのである。何ともあっさり過ぎて拍子抜けするような「結論」であるが、本質論であろ
う。確かにWSの主催者は京都府であったし、建設事業の実施主体も京都府であったのは
事実であるが、それは単に制度上の役割分担にすぎないのではないだろうか。現に行政の
担当者であった私自身は、既にただのよそ者にしかすぎないのである。
土木工事の成果物を構造物として見た場合、一般的には工事完成時が最も良好な状態に
あり、それ以降は「老朽化」という時間を消費するのが一般的な現象である。これに対し
て土木施設を機能面から見た場合には、とりわけ公園などについては、工事完成時は白紙
の状態であり、その後に利用者らが新たに価値を形成していくと考える必要がある。そう
した意味では、鴨川の賑わいを我がまちの賑わいと一体のものと受け止めている「住民」
の役割は非常に大きいと言える。そのためには、住民自らが造ったという実体が是非とも
求められるわけで、今回の事例はこうした意味での成功例であったと言えるわけである。
ところで本稿のテーマである「住民参加」であるが、このケースにおいてその用法は適
2
切であろうか。「住民参加」には、「行政が設計計画を作成するに当たって住民の意見を聞
き、それらを反映するようにすること」といった意味合いがあると考えられる。つまり行
政が主体であることを意味する、行政の側から見た用語と言えるわけである。ところがこ
こ出町WSでは、
「広場づくりの主人公は住民」だったわけであるから、設計作業の主体は
住民であり、その作業場へ「行政が参加」*注)したと言い直すべきではないだろうか。地域
づくり、まちづくりはそこに住まい続ける住民が主体的に行ってこそ、成功し、持続し、
さらには新たな価値が更新し続けられるものである。
「地域」は、それを「管轄」する行政
の専有物ではない、法制度上の権限を行使する役割を分担しているだけだ、と考える必要
がある。このように考えを煮詰めた結論としては、住民参加の意義は「住民主体」にある
と言えるのではないだろうか。
先のモノローグのような問いかけの先にたどり着いた「住民主体」であるが、もちろん
この当時、こうしたことの本質的意義を自覚し意識していたわけではない。熱心に参加す
る住民らに主導権を奪われまいと、WSの「主催者」として悪戦苦闘していたのが実態で
あり、今となってはあれこれが懐かしく思い出されるのであるが。
*注)
「まちづくり道場へようこそ」
(片寄俊秀著)の中で紹介されている表現
【住民参加はなぜ当たり前ではなかったのか】
ここでの鴨川公園整備事業を例に取れば、
「住民が主人公である」というのは単純明快な
結論であり、したがってそのプロセスにおいて「住民が主体となる」ことが重要であるこ
とも明快なものである。しかし逆に考えてみると、これまでなぜ「住民参加が当たり前」
ではなかったのだろうか。考え方の整理のために、これまでの公共事業を巡る「商い習慣」
がどうであったかを振り返ることにより、改めて「今なぜ住民参加なのか」を考えること
とする。
当時の習慣としてまず挙げられるのは、公共事業を行うための予算執行の権限が行政に
委ねられ、その専決事項とされてきたことである。ここで重要なポイントは、行政による
予算執行とは、さまざまな「民主的手続き」を経て「公平・公正」に行われているという
のが、その建て前になっていることである。つまり公金を支出するその行為に誤りはない、
あってはならないという「無謬主義」がその前提にあるわけである。そして個々の事業決
定の場において、的確にまた定量的に住民の意思を集約するような有効な手法がない中で、
下手に住民の意見を受け入れることは、
「特定の個人・団体の利益に組みする」こととなり、
公平性・公正性を欠く恐れがある、という発想があったと考えられる。そしてものづくり
に参加するといった質の住民運動も未成熟であったこともあり、住民側としてもさしたる
異論はなかったのがこの時代の慣習であったろうと推測される。
次に挙げられるのは、ものづくりに関する専門性が行政に独占されており、これに対し
て住民一般は「素人」であるという両者の関係があったと考えられる。専門的なことは行
政にお任せで、住民側としても面倒なことには関わりたくないということも実態であった
と考えられる。この構図は、設計業務のコンサルタントへの委託や請負施工が一般的とな
っていることを考慮しても基本的に変わるものではない。
3
さてこうした「古き良き時代」が過去のものとなったわけであるが、このような時代の
変化とは何を意味するのであろうか。端的な現象としては、全国的に「ムダな公共事業批
判」が吹き荒れたことに見られるように、行政の「無謬性・公平性・公正性」といった建
て前が揺らぎだしているのが、今の時代の特徴と見ることができるだろう。その結果、予
算執行権限の独占が許されなくなっているのが、今日の公共事業をめぐる局面である。ま
た技術的専門性の独占という側面についても、
「技術」の意味合いが、従来のシンプルな土
木技術から、環境や景観をも包括した技術系へと多様化しているのが今日の特徴である。
そのため場合によっては住民の方がより専門的であったりすることも珍しいことではなく、
行政が技術を独占するという構図が崩れてきていることも認識する必要がある。
このように時代を認識するということは、別な表現をすれば、公共事業の進め方をめぐ
って行政と住民の間で信頼関係が失われているということである。つまり「もう行政だけ
には任せられない」となっているのが今日の風潮で、そうした不信感を払拭するためには、
「住民参加」が必須の課題となっていると理解する必要があるわけである。これを公共事
業を進める上での単なる流行スタイルなどと捉えるのは、認識違いと言うべきものであろ
う。
【住民主体による公共事業の進め方と行政技術者の役割】
さてこのように「住民参加の意義」を理解したとして、どのように実践するのか。
公共事業の実施主体は住民であるという認識に立てば、その場の構図はどのようなもの
であろうか。上座から計画等を説明するというよりは、住民が検討作業のテーブルに着く
その外側で、裏方としてお世話をする役回りを果たすことになるのであろう。ただここで
難しいのは、いくら「お世話しましょう」と言われても、住民としてはそれを全面的には
信頼できていないことで、また行政側も「何を言い出すか分からない住民」というものを
警戒しているという構図になってしまうことである。お互いに裃を脱いだ関係になれば何
でもないことなのだが、そのための手法は確立しているとは言い難く、私自身も手慣れて
いるわけでもない。出町ワークショップでは、冒頭に記したように参加者の熱意に支えら
れて望外の成果を得たわけであるが、こうした取り組みはそれぞれが「一品生産」的なも
ので、常にうまくいくとは限らないものである。住民参加にかける行政の姿勢もさること
ながら、肝心の住民側に熱意が無ければ行政の必死さばかりが空回りし、うまくいかない
のは言うまでもない。特に実利主義が先行する関西地方の風土では、こういういわば抽象
的な作業は難しいところでもある。
本稿では、こうした作業のハウツー論議は本旨ではないのでおくこととするが、そのポ
イントは、如何に住民の信頼を獲得するかにあると私は考えている。
医療の世界では「インフォーム・ド・コンセント」という考え方が必須となっているが、
これをキーワードで表現すれば、
「的確な情報提供、確かな医療技術、信頼関係」となるで
あろう。公共事業の場合でも同様に「情報公開、技術力」が信頼関係確立のためのキーワ
ードとなるであろう。ここで、情報公開には「包み隠さず」という意味合いが含まれるが、
単に羅列的に生データを提供すれば良いというものではない。必要な情報を住民の目線で
4
整理分類し、専門的事項を住民用語に翻訳し分かりやすく説明するなどが必要である。そ
してより高い水準で住民合意が形成されるよう、技術的に的確なアドバイスを加える役回
りを果たすことが求められる。出町WSでは、合流堤となっている剣先広場も切り下げて
一体的な河原広場とする提案が出されたことがあったが、
「合流堤には洪水時に合流河川の
双方に逆流したりすることを防ぐ重要な役割がある」ことを説明したところ、
「なるほど勉
強になった」とあっさりと理解を得たようなことがあった。これを単に「技術基準に合わ
ない」とか、
「公園事業の範囲外」などと説明していたのでは、おそらくなにがしかの不満
が残っていたと考えられる。何でもないような話題であるが、お互いが理解し合えるよう
な用法の例だと言えよう。これらを通じて、住民から信頼できる技術スタッフとして受け
入れられ、ようやく「協働」のテーブルが準備されることになるのではないだろうか。
ところで、以上は行政と住民側の利害・要求がよくかみ合った中での議論であるが、多
くの場合「行政の都合」と「住民の都合」は完全に一致するものではない。公共事業のジ
ャンルによっては明らかに住民参加の馴染まないジャンルもあり、ここでの議論がそのま
ま通じるものでもないであろう。また通常「住民との付き合い」には相当の時間と労力を
必要とし、想定外のリアクションもあったりするなど、こうした業務を得手とする技術者
は多くないのも実態である。しかしそれら多彩な見知らぬ人たちの中で、専門的力量を持
った技術者として信頼され、その専門性を生かせるという局面は技術者冥利に尽きるもの
である。自分が技術者として社会のお役に立っているのを実感できる瞬間であり、それら
を通じて技術者としての厚みが増すことも期待される。ここにも住民参加の意義と醍醐味
があるのかもしれない。
【おわりに】
今にして思えば恥ずかしいような話であるが、ワークショップを仕掛けた当時、
「住民」
のみなさんが熱心なことに奇異な想いを抱いていたのである。私よりも幾分年嵩さを召し
た方が多い中で、ちょっとしたゲームのような取り組みにも熱心なのである。我々は仕事
なのだから「熱心で当たり前」だが、
「無報酬の彼らが何故」というのが正直なところの疑
問であった。しかし実は、彼らの方が熱心というよりは、必死と言ってもいいほどの熱意
を持っておられたのだ。それに気づいたのは実にこの原稿を書きながら、という程に住民
参加方式に「おぼこい」ものだったわけである。
こうした疑問を感じていたという私の発想の裏側には、
「鴨川は京都府が管理者である」
ことを通じて、行政担当者である「オレのもの」という意識があったと思われる。ところ
が何のことはない、住民の「オレのもの」意識の方がはるかに大きかったというわけであ
る。もちろん、行政担当者がそのような「オレのもの」意識を持つことは、熱意と愛着を
もって現場に接するという意味では重要である。そして地域住民の持つ熱意と愛着がうま
くかみ合うことが良いものづくりにつながるという、得難い経験となった「出町 de ワーク
ショップ」であった。
2006.3
5
ワークショップの様子を伝えるニュース(周辺地域に配布)
6