2008年度 京都女子大学HP過去問題解説 化学 今回の化学の問題は2008年度前期A方式(1月29日)Ⅳを取り上げました。この問題は有機化合物の構造 を決定する標準的な問題です。「○○反応を起こした」,「○○異性体が存在」…などの問題を提示 されて,「暗記していない」,「どうしよう」と困惑してしまう受験生も少なくはないようです。有 機化合物の構造決定の問題というのは,“問題文の一行一行から得られる情報を読みとることができ るか?”ということが大切なのです。 【設問及び解答方法】 有機化合物の構造決定問題で,最も大切なことは「問題文を正確に読みとる」ということです。 [問題文] 「分子式C5H8O2で表され,環状構造を含まないカルボン酸エステル…」 = = 分子式から異性体を描いてしまいたくなる思いもわかりますが,ここで大切なことは“エステル結 合には向きに注意する”ということです。 ーCーOーH ーCーOーX エステル結合が に示される場合,-X=-Hであると, となって O O しまい,エステル結合とは呼べずにカルボキシル基となってしまいます。 分子式から異性体を記すことができたらありがたいのですが,分子式C5H8O2では,エステル結合の C原子を除いても,C4の骨格を考えねばなりません。問題文には「環状構造を含まない」と記される ことから,直鎖状構造を考えるべきですが,C4の骨格では,次の2つの骨格が存在することになりま す。 CーCーC ー CーCーCーC ーCーOー C = エステル結合の向きを考えて, とし,↑の右側にH原子が配置されな O いようにエステル結合を配置させると,考えられるパターンは次の通りとなります。 ⑧ CーCーCーC CーCーC ー ④ ② ⑩ ⑨ C⑦ ⑥ ⑤ ③ ① 以上のように,10箇所配置できることになり,構造異性体は10種類出来ることになるので,「決め られた時間で解答をする」という入試問題では,非常に手間がかかる作業となってしまいます。「限 られた時間で有機化合物の構造決定をする」となると,「自分で描くことができる構造異性体の限界 数」を決めておくとよいでしょう。 今回は,(ア)~(オ)の問題の情報を頼りに,エステルA~Eの構造を決定します。 RーCーOーR′ = 分子式C5H8O2で表されるカルボン酸エステルを とします。 O エステル結合でC原子を1個用いているので,R-とR’-に含まれるC原子数の総和は4となります。 (ア) A+H2→A’とすると,A’ R-COOH+R’-OHという反応では,得られるアルコール“R’-OH” に光学異性体が存在します。C1~C4のアルコールで光学異性 加水分解 ー 体をもつものは で, CH 3 ーCHーCH 2 ーCH 3 OH ー CH 3 ーCHーCH 2 ーCH 3 A’のアルコール側は (2-ブタノール)で,カルボン酸側は = OH (ギ酸)であることがわかります。 HーCーOH O A’はAに水素付加させたものなので,考えられるAの構造は次の通りです。 …① = ー HーC−OーC=CH ーCH3 O CH3 …② = ー HーC−OーCHーCH=CH2 O CH3 …③ = = HーC−OーCーCH2 ーCH3 O CH2 このAには光学異性体,幾何異性体も存在しないことから,考えられるAは③であることがわかります。 (イ) Bを加水分解すると,幾何異性体をもつカルボン酸が得られることから,C1~C4のカルボン酸で幾何 異性体が存在するものは CH3 ーCH=CHーCOOH です。つまり,Bのアルコール側はCH3OHとなります。 構成するカルボン酸とアルコールが明確になったので,Bの構造は次のように表されます。 = CH3 ーCH=CHーCーOーCH3 O (ウ) 光学異性体が存在する分子式C5H8O2で表されるカルボン酸エステルは,C=Cの位置を考えると, 次の構造が成立します。 O ー = HーCーOーCHーCH=CH2 CH3 光学異性体が存在することは,不斉炭素原子が存在することを示しますので,1つのC原子に配置さ れる4つの原子または原子団が全て異なるような炭素原子を考えればよいのです。 (エ) D+H2→D’とすると,D’ R-COOH+R’-OHという反応では,得られるアルコール“R’-OH” はヨードホルム反応を示します。ヨードホルム反応を示す 加水分解 , ー = CH3 ーCHー CH3 ーCー O 官能基は, で,アルコールの構造は後者です。そこで,考えられるC ~ OH 1 C4のアルコールは,次の通りとなります。 ー 2 CH3 ーCH ー OH 3 CH3 ーCHーCH OH 3 CH3 ーCHーCH2 ーCH ー OH これらのアルコールに対するカルボン酸で構成されるエステルは,次の通りに示すことができます。 = = ー 2 + CH3 ーCH2 −CーOH 3 + H2O CH3 ーCH 2 ーCーO−CH2 ーCH CH3 ーCH OH O O OH O O ー = = ー + CH3 −CーOH CH3 CH3 ー CH3 ーCHー CーO−CHーCH 3 + H2 O CH3 O ー O OH = = ー + Hー CーO−CHーCH2 ーCH 3 + H2 O CH2 ーCH3 HーC−OH CH3 ーCHー CH3 = ー これらのエステルはDに水素付加したものと考えられるので,水素を取り除いて,幾何異性体を生ず るものは となります。 Hー CーO−C=CHーCH 3 O CH3 加水分解 (オ)E+H2→Xとすると,X R-COOH+R’-OHという反応では,得られるアルコール “R’-OH”は,酸化するとケトンが得られることから第2級アルコールであることがわかります。 C1~C4の第2級アルコールは,次の通りに示されます。 ー CH3 −CH−CH3 OH ー CH3 ー CHーCH2 ーCH 3 OH これらのアルコールに対するカルボン酸で構成されるエステルは,次の通りに示すことができます。 OH O O ー = = ー + 3 −CーOH 3 + H2O CH3 ーCH3 CH CH3 ーCH ーCーO−CHーCH CH3 O O ー OH = = ー + CH2 Hー CH3 ーCHー CーO−CHーCH2 ーCH ー CH3 H−CーOH 3 + H2O CH3 これらのエステルXはEに水素付加したものと考えられるので,水素を取り除いて,光学異性体と幾 何異性体が存在しないものは,次の通りになります。 O ー = CH3 ー CーO−C=CH 2 CH3 このXの加水分解で得られるアルコールを酸化したケトンとはアセトンで,構造式は次に示す通りで す。 = CH3 ー CーCH 3 O ①カルボン酸エステルとは,カルボン酸を用いているエステルのことである。エステルとは,「カルボン ① 酸とアルコールの脱水縮合物のみ」と誤解している人が多いようですが,「酸とヒドロキシ基をもつ有機 化合物の脱水縮合物」のことを示します。 このカルボン酸エステルができる化学反応は次のように示されます。 O R−C−O−R′+ H 2 O = = RーC−OH + RーOH ′ O 【勉強方法のアドバイス】 有機化学は「暗記するものである」という考えが先立ってしまいますが,暗記だけでは太刀打ちできな い分野なのです。一問一答的な問題であれば,暗記で十分でしょうけれども,「有機化合物の構造決定問 題」となると,そうはいきません。問題文をしっかりと読んで,「どんな化学反応が起こっているのか」, 「この反応が起こるような官能基は」などができないと,「限られた時間の大学入試」を乗り越えること は非常に難しいのではないでしょうか。化学の勉強を始める早い段階で,「有機化合物の反応系統図」を 必死に覚えた人もいるかもしれませんが,意外と忘れてしまって,疎かにしてしまっている人もいるので はないでしょうか? 有機化合物の基本的な反応は,教科書や資料集などに記載されていますので,それ に目を通すだけでなく,ノートや小さなカードに色別にまとめて,しっかりと理解することを心がけま しょう。曖昧な記憶では,入試問題には太刀打ちできませんので,必ず何度も類似問題に触れるようにし てください。 この時期の勉強は,頻出の問題が必ず解答できるようにしなければならないという段階でしょうから, 有機化学など,理解していなければいけない基本知識重視型の分野に関して,知識の定着を図らねばなり ません。問題集などの基本例題にある一問一答形式の問題を短時間で数多く解答するなどの工夫をしてみ ることをお勧めします。問題を覚えるくらい繰り返し演習することが,今後の学習に効果的といえます。
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