2012 11/10 #1 中原浩大について調べている。 大学四年の後期の初め

2012 11/10 #1
中原浩大について調べている。
大学四年の後期の初めのチュートリのとき、青い絵が描きたい、連作で、青い花のような、
(青い花ってのはブランキーだ。すごくメロディーが美しい曲で、短さもちょうどいい。
僕たちの世代っていう歌詞がすごいと思った。命の尊さを歌っている)、それぞれの特徴
が身体的差異に見えるような、手形とかベッドのシーツのしわのような僕の身体のそのと
きの記録にも見えるもの、絵を植物や花のように見せる、一つの命の尊さ、ということを
先生方に発表したら、中岡先生に青い絵を描くなら中原浩大の海の絵を超えなきゃと言わ
れた。渡辺先生はイヴクライン。クラインは意識して調べて臨んでいたが海の絵は知らな
かった。そのときはへえそういうのあるんかと思ってそのままにしていた。
それから一ヶ月後の合評で、また中岡先生に中原浩大の絵を見なさいと言われた。ちょう
どそのころ伊丹市立美術館で中原浩大の個展「コーチャンはゴギガ」が開催されていた。
先生曰く「お絵描き」の展示らしい。僕はその展示がやってることを知っていたがどんな
展示かよくわからなかったから気に留めていなかった。タイトルだけ変なので覚えていた
が。これは「絵画」じゃなく「お絵描き」では?展示の仕方を見てこい、ということだっ
た。
その合評には、A4 コピー用紙にポーターの黒ボールペン、それか青マッキーで少年漫画の
主人公っぽい顔の描きかけっぽいものを軽い荒いタッチで描いたものを 200 枚くらいベニ
ヤに貼って出した。500 くらい描いていたと思うが、スペースの都合で 200 にして時系列
に並べた。ほとんど全部が同じような顔だけど、言葉が顔と共に描かれたり、言葉だけ、
記号が描かれたものもあった。これを自分のための愛情表現と言い発表した。あんま評判
は良くなかった。
鶴田先生からは、造形的進展がない、創造の喜び、つまり意義がなく、数あってもやるだ
け無駄でドローイングと呼べるものですらないという辛辣なコメントもありました。確か
に造形的な成長はなかった。限定や諦めが大事だった。
そのあと造形的進展って何かと考えた。必然的に制作の今までのことについて考えること
になった。
僕はあるときから絵がコンポジションになっていくのをすごく嫌に思うようになった。構
図や色のこと、詳しく言えばレイヤーの奥まって行く感じとか、端まで画面を張らせな
きゃとか、色の浸透性など、自分がこれまで絵画というものを画像で見て、実際に描き、
感覚的に把握しているルールみたいなものを意識してやると、つまらない絵になることに
気付いたんだ。かわいいけど誰にとっても無意味だった。とてもインテリアっぽいものに
なっていく気がしたんだ。ここには僕の感情がないなって思った。それはつまり普遍性み
たいなものに対する抵抗感だった。(例えばシューティングスター、あれはあの時点での
絵画の空間についてのことを子供の振りをしてわかりやすく見せたものだ。)
振り返ると、それからの絵はそういう意識で徐々に変わってる。僕の手癖の顔をためらわ
ずど真ん中に入れたり、言葉を描いたり、絵具の偶然に任せたりするようになる。次第に
聖なるものに惹かれていく。ニューマンを参照したような作品もあったな。(ニューマン
は最高)。色の均衡ってのを無視して、1色か2色で作品を作った。何か特別な意味があ
るんじゃないか、ハッタリかます感じ。
それもだんだん疲れてきた。いい機会を頂いて、島で個展をやらせてもらって、それまで
の絵を並べてみたんだ。小学校のころの絵からできるだけね。ああ全部おんなじじゃんっ
てそのとき思った。いろいろなパターンに過ぎなかった。コンポジションに見えてしまっ
た。つまり僕はいったい本当に何を伝えたいのか?って途方に暮れてしまった。
その展示のとき公開制作をやったんだけど、それはちょっとある意味お絵描き的だったな。
自分の中の曖昧なルールと絵具っていう自然とか、衝動的な手の運動、イメージ、風景、
そういうものがぐちゃぐちゃによくわからなくなったり、とても冷静に拮抗したりしてい
た。楽しかったが、もっと楽しめたはずだった。もっとめちゃくちゃにしてやるべきだっ
たと思う。それかほとんど描かない方が良かった。
まあそういうわけで、作品としての絵を描いてみんなに発表するモチベーションが維持で
きなくなった。他にも言うべき要因はたぶんあるけど。
このように、僕には造形的進展ってのはどうもないみたいだった。というよりも、僕はそ
ういうことに興味がないってことがわかってきた。
そもそも造形的進展というのは普遍的美の前提がある。それは個人の否定であり、物質の
神を信じることであり、コントロールすべき自然、つまりコンポジションなんだ。個人の
否定ってのがひっかかる。作家性って何なんだろう、と。まあそれは置いとく。
とにかくこれからは個人的なことがやりたい。人とコミュニケーションをとりたくなかっ
た。作品を人に見せる、見てください、見た、評価を下す、感想を言う、このやりとりが
嫌になってきた。なぜ自分を曲げて人に媚びなきゃいけないんだ、なぜ自分を消しコンポ
ジションにする?なぜ作品より、つまり僕より他人が上なんだ、なぜお前らと共通の言葉
で話さなきゃならない?話したくもねー。俺とお前らは違う人間だから。俺が話したいの
はいつも俺と同じ人間だけだ。こういう癇癪が抑えられなくなってきた。美を共有なんて
出来ない、したくもない、俺だけの美を作ろう。美とは?
それであの合評の絵に繋がる。
話が下手くそだが、中原浩大の話に戻ろう。自分のことはまた改めて書く。おいおい成長
していきたい。
とにかくコーチャンはゴギガに行ってきたんだ。まったくわけがわからなかったね。何も
わからなかった。何がしたいのかも、何についてのものなのか。肩すかしを食らった感じ。
コレに関しては何か言うことが出来ないからこれで終わり。
仕方ないから売ってた図録を買おうと思ったけど、なんか高めでどうかなと思ったから、
横にあった変生態っていう展示の図録買った。作家インタビューあるかなと思ったけど、
ほとんどなくてクソと思ったが、その代わり中原浩大についてみんながどう思っているの
かをちょっと知ることができた。すごく特別な存在って感じがした。それぞれが言ってる
ことは理解できたりできなかったりだったけど。それでまたむくむくと中原浩大への興味
が出てきた。最初の海の絵の話にやっと戻るけど、そこで海の絵をやっと思い出し、ネッ
トでその絵を見た。
なんだこれっていう驚きがあったな。サイズを見れば巨大だから、絵画って感じだろ。で
も画用紙に子供が描く感じがする。それってあり得ないことだろ!本物が見たいなあと
思った。こんなお絵描きが絵画になるのか、と。
すごく救われる気がする。こんなの描いてもいいんだって。画家じゃないのに。すごいん
じゃないか?と思ったんだ。誰の何がすごいのかはわからないけど。
村上隆との関係も気になるな。togetter で読んだけどすごく尊敬しつつも恐れてるみたい
だった。日本社会の虚無の彫刻化って言っていたけれど、そういうことなのか?とまた興
味がわく。でも変生態の作家が言っていた、日用品がどうたらとかあまり重要じゃない気
がした。まだよく読んでいないけど。レゴはショッキングじゃなかったし。
ということで、この中原浩大って人はなんか一筋縄じゃいかない、人を す力がある、マ
ジックを感じた。あんまり喋りたがらない人らしいけど、興味があるなあ。僕も人にマ
ジックをかけたい。素直な心だそれさえあればいい、ってことか。マジな目をして歌うべ
きなんだ。