研究題目 越高『授業力向上』協働プロジェクトの実際 ∼新発想で挑戦した授業改革への取り組み∼ 目 次 1 はじめに∼研究の意図∼ 2 教科・科目を超えた授業研究 3 授業者を傷つけない振り返り会 4 活性化した授業研究週間 5 その他の取り組みと研究の成果 6 今後の課題 埼玉県立越ヶ谷高等学校 29 校長 宮田 明 30 概要:本稿では「学力向上」を目的とした「授業研究委員会」の活動について述べる。 この活動の特徴は「流派に偏らない活動方針の策定」「教科・科目を超えた研究授業」 「授業者を傷つけない振り返り会」 「『見に来てくださいカード』で活性化した授業研究 週間」「ワークショップ型にこだわった研修会」等々、新発想を積み重ねて着実な成果 を上げてきたことである。 キーワード:授業研究委員会、教科・科目を超えた研究授業、授業者を傷つけない振り 返り会 1 はじめに∼研究の意図∼ 本校は創立 86 年目となる地元の伝統校である。自主自立の気風に満ちた校風は「自 由な学校」として知られている。 そのことが一時期誤解され、学習・生活両面で伸び悩む時期があったが、この 10 年 間に本校独自の「単位制」「65 分授業」「2学期制」を導入し、生徒指導にも力を注い できた。 新制度の導入期の混乱も落ち着き、生徒指導の効果もあがり服装・頭髪も整ってきた 現在、本校の大きな課題は学力向上である。 この課題解決に向けて、「授業研究委員会」が発足し活動してきた。本研究はその成 果を分析し、今後の課題を検討することにある。 1-1 委員会発足の経過 平成 19 年度途中に「学力向上連絡協議会」が発足し、平成 20 年度には「授業改善研 究委員会」と格上げされ、平成 21 年度からは「授業研究委員会」と改称して現在に至っ ている。 1-2 委員会の活動方針 その発足当初から委員会は次の3つの方針を維持してきた。 (1)「生徒の学習意欲向上」に重点を置く (2)流派・セクトにこだわらない (3)無理をしない (4)委員自らが授業改善を実践する (1)は「テストや補習の増加で生徒を叱咤激励する」のではなく、本校の良さを活か して学力向上を目指そうとしたものである。(2)は授業改善に様々な理論・手法がある が委員会としてどれかを採用することはしないということである。教員がどの理論・ス キルを取り入れるかではなく、どんな形態の授業であっても学習意欲向上できる授業な ら承認・評価しようという精神である。 (3)は校内の様々な抵抗に対して無理強いや、強行突破をすれば、しこりが残ること を恐れたからである。ゆっくりでも少しずつ協働する人たちを増やしていこうとしたも のである。また、委員に過重な負担を負わせない、も大きな方針だった。その上で(4) 31 の委員個々が授業改善に取り組んできた。 2 教科・科目を超えた授業研究 一般的に授業改善の具体的な活動は「他者の授業を見る」「他者に見てもらう」こと であろう。その多くは「教科・科目別」に行われているのが普通である。授業研究委員 会では最初からこの壁を乗り越えようとした。 当初、その理由は「多くの授業を見た方がためになるだろう」「他教科の人を入れる と斬新なアイデアをもらえるだろう」であった。 しかし、実践していく中で更に大きな効果があることがわかった。それは、「コンテ ンツ(授業内容)にこだわらないで、プロセス(授業過程)に注目できる」というメリット である。 具体的には、英語のペアワーク の進め方をヒントに古典の授業で 実践する教員が現れたり、生物の 授業のグループワークの方法を数 学の教員が取り入れたり、物理で 用いたパワーポイント&プロジェ クターの使い方が、理科や保健の 授業のヒントになったりしたこと などである。 このような成果の故に、本校で は「研究授業と振り返り会」 「授業 研究週間の相互見学」の全てが教 科・科目を超えて行われるのが常 識化している。 右図は「研究授業」を呼びかけ る 「 授 業 研究 委 員 会 」の 広 報紙 「Open Sesame」からの抜粋である。 3 授業者を傷つけない振り返り会 最も自負できる工夫がこの「授業者を傷つけない振り返り会」の創出である。これは 「振り返り会」の企画を始めたときに委員会内で出てきた2つの問題点がきっかけとなっ た。 3-1 「振り返り会」の2つの問題点 第1の問題点は以下のような意見が多いことであった。「研究授業のあとの反省会は こわい」 「みんなイヤだから若い先生が押しつけられる」 「反省会は授業者のミスや不足 を指摘する会になりがちだ」 「要するにつるし上げになりやすい」 「それが苦痛で教壇に 32 立てなくなった人もいるらしい」「逆に傷つけあうのがイヤなので当たり障りのないこ とを発言するだけの反省会になることもあるらしい」…。 第2の問題点はその解決策が見つからないことであった。第1の問題点を確認して、 委員会では他の「振り返り会」方式を探した。かなり調べてみたものの、残念ながら教 育学や授業研究に関する情報・書籍の中には我々が探し求めるものを見いだせなかった。 問題点が山積みであるのにもかかわらず、解決策が見あたらない現状に驚きながら、 委員会は独自の方法を創ることとした。 3-2「学習」「質問と気づき」に重点を置く 《目的》 1 参加者全員が「自分の授業の改善の ヒント」を得る。 2 授業者が「授業をやって良かった」 と感じるようにする。 3 メンバーが「次は自分が研究授業を やりたい」と感じる 《特徴》 1 指導助言者がいない。 (全員平等、対等が原則です) 2 教科・科目を超えて行う。 (他教科の授業は大きなヒント) 3 進行役が進行し必要な介入をする。 (進行役の指示に従ってください) 4 意見の対立・対決がない。 (安全・安心の場が「気づき」(リフ レクション)を生みます) 5 「ほめる」活動があります。 (他者の良い点を見つけるトレーニ ングです) 6 「建設的( critical )な質問」が最 も重要です。 (質問力は「授業力」の1つです) 7 「ラブレター」を授業者に書いて渡 します。(意見、アドバイスや情報提 供はここで伝えます。 「愛と勇気を伝 える精神」をお忘れなく) 8 「リフレクションカード」を書きます。 (自分の気づきの意識化・定着化を狙 っています。更に事後に共有できる ように、まとめの資料を配付します。 カードも返却します) たどり着いたのは「学習する組織(ピー ター・センゲ)」理論(注1)である。ビジ ネス界では有名なこの理論が大切にする のは「学習」である。「学習」とは「目的 遂行に必要な様々な能力(知識の記憶だけ でなく)の向上」であり、そのプロセスは 「体験→振り返り→気づき」によるもので ある。(注2) この考えを基盤に、「アクションラーニ ング(質問会議)」(注3)や「大切な友だち (Critical Friend)」(注4)などのスキル をアレンジして「振り返り会」の手順を作 成した。 3-3 越ヶ谷高校方式「振り返り会」 以下、本校独自の「振り返り会」の目的・ 特徴・手順について述べる。まず《目的・ 特徴》を左図のように設定して、出席者に 理解と協力を求めた。また、具体的なプロ セスはスクリプトの形にまとめた。(→「資 料A」) 3-4 評価と成果 「振り返り会」のあとには毎回「Open Sesame」を発行して参加者の感想などを報 告している。以下はその抜粋である。 「一連の授業の流れの中で、私自身の気づ かない視点、不用意になっている点が先生 方の質問によってわかり、今後の授業改善 に役立ちそうです」 「(振り返り会は)面白くて有意義な時間 33 でした。こんな時間がもっと余裕ある中で参加できればなあ、と思った」 「(「振り返り会」で)端的に発言することの大切さを知りました」 平成 20 年度からこの方法で始めたが、平成 22 年度には「学校公開授業」などで他校 の先生たち(小中学校の先生たちを含む)を交えてこの方式の振り返り会を実施した。初 めて体験する人たちにも大変好評で委員会としては大いに自信を高めた。 4 活性化した授業研究週間 授業研究委員会が発足する以前は教務部が担当していた「授業研究週間」は年に1回、 1週間実施されていたが、ほとんど誰も見学をしてはいなかった。これを活性化するに はどうするか?が委員会の課題だった。問題点は以下のようなことだった。 「いつでも見に行っていいと言われても、いきなりドアを開けて見学に行くのは度胸が いるよね」 「授業やる側もいつ誰が見に来るかわからないというのは緊張するね」 「相手がそう思っていると思うと、ますます見学しに行きにくいよね」 「じゃ、授業者がウェルカムだったら行きやすいわけだよね」… 4-1 「見に来てくださいカード」 その結果編み出されたのが「見に来て下さいカード」だった。まず、全員に呼びかけ て「授業研究週間」中の「見に来て欲しい授業」について「見に来てくださいカード」 を提出してもらう。カードに書いてもらう内容は「担当氏名、授業の日時、授業内容の 簡単な紹介」である。委員会はこのカードをまとめて、一覧表を作成した。この一覧表 によって、 「見に行きやすくなった」と好評だった。(→資料B) 4-2 ワークシートとクリップボード また、見学をスマートにし、授業者と見学した人との間のコミュニケーションがとれ るように「見学用ワークシート」を作成した。 更に、このワークシートをクリップボードに挟んで職員室出入り口に並べることにした。 見学に行く教員はこのクリップボードを持って行く。こうすれば、授業を見学しなが ら簡単にメモをとることができる。ワークシートには授業者に対する感想や質問を書く 欄も用意してある。(→資料C) 見学者は書き込んだワークシート&クリップボードを持って職員室に戻り、同じく出 入り口に設置した「回収箱」にクリップボードごと投げ込んで見学終了となる。 このあと委員会がワークシートをクリップボードから外して、コピーを取り、1部は 書いた本人へ、1部は授業者へ配布する。こうして見学者と授業者のコミュニケーショ ンを取ろうとしたのである。 この結果、しばしば教員同士で「見学用ワークシート」を見ながら質疑応答をし、授 業について語り合う場面が見られるようになった。 4-3 成果と「授業研究週間」の増設 このような工夫と研究週間を2週間に延長した結果、平均見学回数は 1.06 回となった。 34 平均すれば全員が1回は見学に行ったことになり、それ以前に比べ大きな変化となった。 それを受けて、平成 21 年度からは夏季(6 月)と秋季(10 月)の年2回実施して、1人 年間2回の見学を目標とした。 更に平成 23 年度当初には新たに「春季授業研究週間」を設置した。この目的は①新 転任者に本校独特の「65 分授業・単位制」に慣れてもらうと共に生徒の様子も知って もらう、②授業を通して新しく一緒になった教員同士のコミュニケーションを図る、た めである。 本年度、最初の取り組みは準備不足もあってもたついたが、それでも転任者からは「他 の先生の 65 分授業が参考になった。生徒の様子もわかった。とてもよかった」と好評 だった。 5 その他の取り組みと研究の成果 上述以外の委員会の工夫を簡単に列挙する。 5-1 授業評価・研究紀要 (1) 授業評価 授業評価は年に2回(7月、12 月)、講座ごとに生徒にアンケート調査をし、これ を集計して生徒にフィードバックすると共に、HP にも掲載している。この中で次の 点を工夫改善した。 (→質問内容は資料D) ①自由記述欄の設定 教師を傷つける記述が多かったために一時停止した自由記述欄を、 「建設的な質問」 を挿入することで解決した。 ②満足度を質問する 「この授業に満足していますか?」と直接質問して変化を見やすくした。 ③新学習指導要領を取り込んだ 「思考力・判断力・表現力」に関する質問を導入して全体での意識化を図った。 ④約 16 万円のコスト削減に成功した 「マークシート」用紙をやめ、普通紙を利用して大幅なコスト削減を実現した。 (2) 研究紀要 記録と分析のため「研究紀要」を作成した際に用いた「普通紙マークシート採用」 で浮いた予算を活用した。更に CD-ROM のみでの発行として、低コスト化に成功した。 5-2 外部との連携 外部との交流が良い学びになると信じて、委員会は積極的に外部との連携を重ねてきた。 (1) 先進研究の取材 平成 21 年3月、「協同学習」の安永悟教授(久留米大学)、 「学びの共同体」の佐藤 学教授(東京大学)、 「学び合い」の西川純教授への取材を行った。また、 「堀川の奇跡」 で有名な京都市立堀川高校にも訪問した。 35 (2) 大学等との連携 東京大学大学院に招かれて委員会活動の発表をした。これを契機に院生との継続的 交流を続けてきた。また、早稲田大学教職大学院の院生、日本教育大学院大学の院生 との交流も続けている。 (3) 高校との交流 県内の県立八潮高校からの初任者研修の一環としての訪問を受けた。それ以外に、 都内・神奈川県・千葉県・京都府・栃木県・三重県などの先生方の訪問を受けたり、 我々が訪問して意見交換をしたりしている。 (4) マスコミに取り上げられた 日本経済新聞、河合塾機関誌「ガイドライン」 、東海地方の進路情報誌「サクラス」 などに委員会の活動が紹介された。 これら外部との交流は委員会の見識を広げ、活力を高めるのに役だった。 6 今後の課題 委員会として発足してから4年目を迎えた今年度、ようやく委員会としてやるべき業 務が確定してきた感がある。逆に言えば、この委員会はそれほど臨機応変に、悪く言え ば「泥縄式に」活動してきたということである。 今年度、この曖昧になってきていた委員会の業務内容を見直し整理して明文化した。 それを「越高『授業力向上』協働プロジェクト」と名付けた。これにより委員会の基礎 固めはようやく完成したと言えよう。 一方で、新学習指導要領が「思考力・判断力・表現力の育成」「言語活動の重視」を 提示したことで益々委員会活動の必要性が高まっていると思われる。 今後は組織体制を固めつつ、本校の学力向上に向けて、「授業改善」を進めるべく委 員会としての活動を強化していきたい。 (注1)「学習する組織」(ピーター・センゲ著/英治出版)などに代表されるビジネス界で最も知られて いる理論の1つ。 (注2)広義のアクションラーニング。アクション・リフレクション・ラーニングとも呼ばれている。学 習理論の1つ。 (注3)狭義のアクションラーニング。Dr.マーコードによるシステマティックなセッションの方法。 (注4)「効果 10 倍の教える方法」 (吉田新一郎著/PHP 新書)などに紹介されている話し合いの方法。 36 資料A(「授業者を傷つけない振り返り会スクリプト」部分) 37 資料B「授業研究週間用『見に来て下さいカード』一覧表」 38 資料C「授業研究週間用ワークシート」 39 資料D「授業評価質問項目」(部分) 40
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