近世長崎貿易における商慣行 ─享保期の「五ヶ所商人」新規加入手続過程を中心に─ 五味玲子 1.概要 本報告の目的は、近世長崎貿易での入札商人「五ヶ所商人」新規参入手続の過程を検証 し、そこから長崎貿易の商慣行、長崎商人と国内(京都)大店との関係性を考察すること である。調査対象としては京都三井越後屋長崎方と、その入札名義となった長崎商人中野 用助を取りあげる。時期は享保期をみる。また長崎貿易の商慣行として「根証文」に注目 し、根証文の取り扱いに対する人々の意識についても言及する。 2.先行研究 三井越後屋長崎方に関する研究は山脇悌二郎氏[1]、森岡美子氏[2]、賀川隆行氏[3]のもの がある。大店の貿易経営、国内貿易品流通構造の把握に焦点が当てられ長崎貿易が描かれて きた。これら従来の研究では「貿易商人」「入札商人」を「=三井越後屋長崎方」として捉 えている。そしてその名義に長崎商人「中野用助」が存在するのみで、長崎商人側への関心 は薄い。また両者の関係性を、長崎商人「中野用助」が京都大店に従属する関係、「主従関 係」と位置づけている。しかしこの評価は大店を中心とした一方的なものに過ぎず、長崎商 人の側に焦点をおいて関係性を再検討する必要がある。大店には大店の経営理念があるよ うに、長崎商人もまた自身の経営理念に基づいて関係を築いたはずである。両者には商人同 士の相互の関係性が存在すると考える。よって本報告では根証文の申請、 「五ヶ所商人」新 規加入手続過程を通して従来一方的に主従関係とも評価されてきた関係性の再検証を行う。 他方、 「根証文」に関しては経営分析の素材として以前より存在は確認されていたが、貿 易での代銀抵当との認識[4]に留まってきた。近年ようやく商慣行として注目され、幡新大 美氏[5]は根証文と近代以降の「根抵当」とのつながりを明らかにしている。また深瀬公一郎 氏、矢田純子氏 [6]により貿易以外での根証文取引事例も報告されている。本報告では商慣 行として貿易での根証文に注目し、手続過程を復元する。そしてそこから根証文に対する 人々の意識を考察する。 3.研究方法 本報告で用いる主な史料は三井文庫所蔵の長崎貿易関係史料である。本報告ではその中 から長崎商人中野用助が新たに三井越後屋の入札名義となる享保期の史料に着目する。三 井越後屋の記録「諸用留」 、長崎・京都間の書状や証文類から長崎貿易での「根証文」の 申請、新規入札名義取得手続過程を観察する。そしてそれら手続過程の内実から長崎商人 と国内(京都)大店との関係性を検討し直す。 [1] 山脇悌二郎『近世日中貿易史の研究』 (吉川弘文館、1960) 、同『長崎の唐人貿易』 (吉川弘文館、1964) [2] 森岡美子「三井越後屋の長崎貿易経営(1) (2)」 『史学雑誌』 72(6・7) (1963) [3] 賀川隆行「化政期の越後屋長崎方の流通構造」 『三井文庫論叢』12 (1978)[4] 山脇『長崎の唐人貿易』 、武野要子『藩貿易史の研究』 (ミネルヴァ書房、 1979)等 [5] 幡新大美『根証文から根抵当へ』(東信堂、2013) [6] 深瀬公一郎「唐人屋 敷の維持管理と長崎の大工職人」 『研究紀要』6(長崎歴史文化博物館、2011)、矢田純子 「近世長崎における家質根証文」 『研究紀要』8(長崎歴史文化博物館、2013) 14
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