共同研究と知財 * - 大学技術移転協議会

UNITT Annual Conference 2015
2015 年 9 月 4 日 13:00 - 15:00 D1 ケースメソッド
ケース・メソッドによるマネジメント・トレーニング(ミニ・ケース)
共同研究と知財
*
背景:A 大学
荏原は,A 大学の産学官連携・知財マネジメント推進部門の責任者だ。2014 年 4 月
に着任したばかりで,以前は大手メーカー知財部門のトップを務めていた。
A 大学は,教員数 900 名,職員数 1500 名の中規模総合大学である。歴史は比較的
長く,所在する地方都市では一定の知名度を保っている。これまで,地方の大学として
は産業界との連携に力を入れてきた方だが,研究成果の実用化が強く求められる昨今,
大学執行部は,更なる梃入れが必要だと認識している。
荏原がリーダーを務める産学官連携・知財マネジメント推進部門は,2012 年に設置
された。大学改革の一環として,研究の出口強化の意味合いで組織が再編された形だ。
これまで,学外組織である A 大学 TLO,大学本部事務局の産学連携課と連携し,研究
成果の社会還元と産学官の連携推進を担ってきた。知的財産,成果有体物に関する諸規
定を整備するとともに,ライセンス価値のある特許の確保を進めてきた。また,知的財
産の活用を通じて把握した市場情報を研究の現場に還元し,発明の質の向上と産学官連
携強化に繋げるための活動も行ってきている。昨年業務を引き継いだ際に,荏原は,3
名(中堅 1 名, 若手 2 名)という限られた人員で,よく業務をこなしてきていると感
じたが,組織長である研究担当理事の評価は厳しいものだった。
理事からは,TLO との連携を更に強化し海外マーケットへの働きかけを強めること,
特許出願や知的財産活用の実績およびライセンス収入等を増やすこと,共同研究数・共
同研究受入額を伸ばすことなどが求められている。荏原は,特に知財マネジメントはそ
もそもが高コスト体質なのだということ,産官との連携も含めて全て相手のあることで
あり,目に見える成果が出るまでに時間を要するということを,理事に理解してもらう
必要があると感じている。
案件:工学研究科・佐藤教授からの相談
先日,工学研究科の佐藤教授から相談を受けた。材料工学が専門で,最近 O 大学か
ら A 大学に異動してきた教員だ。ベンチャー企業の V 社と,新たに共同研究を始めた
*
本ケースは,金沢大学先端科学・イノベーション推進機構リサーチ・アドミニストレーターの米田洋恵,同准教授の目片強司が共
同で作成した(作成日:2015 年 7 月 31 日)。作成に当たっては,平成 26 年度 文部科学省「リサーチ・アドミニストレーター
を育成・確保するシステムの整備」
(リサーチ・アドミニストレーションシステムの整備)
「中・上級者向け研究マネジメント人材
養成プログラムの開発」報告書 p.30∼45 を参照した。実際の事例から内容をとっているが,研究分野,技術開発内容,組織名,
人名等,すべて架空のものに変更している。
© Hiroe Yoneda, Tsuyoshi Mekata / Kanazawa University, July 2015 1
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いと考えているが,少し問題があるのだという。
佐藤教授は O 大学にいるときに,業界最大手の総合電機メーカーP 社と共同で,液
体有機半導体材料の開発に成功した。そして,P 社と共同で日米中に出願し,特許権を
取得している。現在は,大気中で成膜できるインクジェット技術を開発中で,これも P
社の研究所である P 技術開発研究所の伊東研究員と共に進めている。佐藤教授は,自分
が開発した材料と,いま開発中の技術を用いることで,成膜プロセスに要するコストを
1/10 にカットできると考えている。これは,有機 EL パネルの本格的な量産化に道を
拓く技術開発だ。
有機 EL パネルは,超薄型・軽量化が可能で,優れた曲面性と視認性を有するその特
徴から,中型以上のタブレット端末やノート PC,サイネージ他,さまざまな製品での
利用が期待されている。その用途には他に,長年に亘り難航し,先頃ついに多くの企業
で開発が凍結されることになった,大型テレビ向けのディスプレイも含まれる。佐藤教
授は,自分たちが開発を進めているのは,裾野が広く影響力が非常に大きい技術だと自
負している。
ところが先頃,P 技術開発研究所から,今年度いっぱいで共同研究を打ち切るとい
う通知が来た。伊東研究員に確認したところ,P 社で経営の大きな方向転換があり,有
機半導体を用いたデバイスの開発に投じるリソースを大幅に縮小することとなったた
め,ということだった。取締役会を経た経営方針転換であり,当面変更はないという。
伊東研究員は,「何度も開発の継続を社内で提案したがどうしようもなかった」という
ことだった。共同研究を打ち切られて伊東研究員の協力が得られなくなれば,インク
ジェット技術の開発は非常に難しくなる。また,P 社から提供されてきた共同研究費が
なくなるのも痛い。このままではこの研究は頓挫してしまう。
悩んでいたところ,5 日ほど前とある学会で,ベンチャー企業 V 社の執行役員から
声をかけられた。佐藤教授が今後の研究開発をどのように進めようと考えているのか,
話を聞きたいということだった。
後日,佐藤教授は,V 社の執行役員を研究室に招き,P 社との守秘義務に注意を払い
つつ,現状,および,現在進めている技術開発を継続したいという希望を説明した。す
ると,もし佐藤教授が望むなら,V 社は資金を準備して佐藤教授と共同研究を始める用
意があるという話になったという。
佐藤教授は,疑問を覚えた。P 社ほどの大企業が手を引いたプロジェクトを V 社は
どのように事業化しようと考えているのか。事業化に必要となるのは,自分が開発を進
めている技術だけではない。それをどのような形でクリアする計画なのだろうか?
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佐藤教授が V 社の執行役員に確認すると,その点はご安心ください,という答えが
かえってきた。詳細は説明できないが,複数の優秀な製造委託先とコンタクトを始めて
おり,有機半導体材料と,低コストの製膜技術に目途がつけば,有機 EL パネルの本格
的な量産化が可能になるという。
佐藤教授は,V 社と組みたいと考えるようになった。そうした背景があるなら,あ
る程度の実現性は望めるだろう。なにより,一刻も早く研究継続の目処をつけたい。だ
が,基本となる液体有機半導体材料に係る特許は,P 社との共同出願である。V 社の執
行役員にも,液体有機半導体材料の出願について「将来 V 社が使えるように何とか P
社に働きかけてほしい」と言われている。
佐藤教授はまず,V 社の件は伏せて P 技術開発研究所の伊東研究員に問い合わせを
した。当該特許の扱いをどのように考えているかについて,P 社知財部に確認してもら
うためだ。それに対して昨日,回答が来た。P 社は防衛特許として保持する方針,とい
うことだった。
佐藤教授は,困難は承知だが是非 V 社と組んで研究開発を進めたいと考えていると
いう。そのためになんとか手助けしてもらえないだろうか,そう相談を受け,荏原は本
件の課題整理をはじめた。
設問
1. V 社と佐藤教授の共同研究の,下記関係者にとってのメリット,デメリットは
何ですか?
①佐藤教授および A 大学
②V 社
③P 社(会社の方針,共同開発していた担当者の思いに分けて整理してもよい)
④O 大学
2. あなたは,V 社の佐藤教授に対する,「液体有機半導体材料の出願について,将
来 V 社が使えるように何とか P 社に働きかけてほしい」という申し入れについ
て,A 大学としてどのように対応すべきだと考えますか?
© Hiroe Yoneda, Tsuyoshi Mekata / Kanazawa University, July 2015 3