タイトル:21世紀のホモ・サピエンス ( 原 始 のホモ・サピエンスに、ヒトのあるべき姿 を視 る) 右 側 が ネ ア ン デ ル タ ー ル 人 の 像 、左 側 が 現 代 の ホ モ ・ サ ピ エ ン ス( ド イツ、ネアンデルタールにて) 目次 はじめに 第1章 食欲―――飽食と飢餓の時代 p.6 第2章 性欲―――愛を無くした性、性を無くした愛の時代 p.15 第3章 協力欲―――帰属集団を見失った時代 p.27 第4章 家族の絆―――人々は昔のような温かい一家団らんを取り戻せるのか p.36 第5章 階層化―――貧富の差に悩まされる社会 p.47 第6章 貨幣の功罪―――マネーに翻弄される経済 p.58 第7章 グローバリゼーション―――効率化の波に洗われる世界 p.69 第8章 人々の不満と不安―――ヒトの本性と社会の狭間で悩む人々 p.78 第9章 宇宙開発―――新たなフロンティアを目指す火星探査機 p.90 第10章 学問の融合―――社会生物学による人間の再復興 p.95 第11章 幸せ―――人と社会の幸せを目指して p.107 結語 p . 11 4 地球の歴史と生物進化の概略表 p . 11 7 本対談の要約―――さらなる勉強のために p.120 主な参考文献 p.125 あとがき p.126 執筆者略歴 1 はじめに(現代の人間疎外) 19 世 紀 産 業 革 命 が 実 り を も た ら し 、先 進 各 国 で 資 本 主 義( 競 争 主 義 )に 基 づ く 産 業 の 興 隆、富の蓄積、海外進出が盛んになった。国内では、貧富による階層化/格差社会に多く の人々は悲惨な生活を余儀なくされた。その階層化がそのまま植民地として、国の間に格 差を生み、植民地の人々は、虐げられた生活を送った。経済についても、アダム・スミス の“見えざる手”を信じて、自由競争に任され、敗者はやはり悲惨な運命を甘受せざるを 得ず、かつ国内外の経済活動の好不況の波が制御されないまま人々を翻弄していた。そう した状況を憂い、人々が幸福を享受できる世界(人類)の社会組織体制を求めて、多くの 思想家が提案をした。その最たるものがマルクスの共産主義であろう。第一次世界大戦時 のロシア崩壊、ソビエト連邦誕生に結実したのである。しかし、あまり知られていないか もしれないが、この時期共産主義の全体主義的傾向を指摘し、対案として原価償却する貨 幣 と い う 意 味 で 、 自 由 貨 幣 と い う 考 え 方 を 提 案 し た ゲ ゼ ル ( Gesell, Silvio 1862-1930. 彼 の 思想の詳細は主に「第 6 章 貨幣の功罪」で述べる)のような人もいたのである。いずれ に し て も 、各 国 の 自 由 競 争 主 義( 帝 国 主 義 )の 結 果 が 、 20 世 紀 に 入 っ て か ら の 第 一 次 世 界 大戦、さらには世界恐慌の後の第二次世界大戦に現れたと見られている。世界恐慌に対処 するため、経済活動の理論がケインズの修正資本主義として提案され、政府の経済活動へ の 参 加 / コ ン ト ロ ー ル の 重 要 性 が 認 識 さ れ る よ う に な っ た 。戦 後 、戦 争 行 為 へ の 反 省 の 下 、 特に日本やドイツの復興努力、経済発展が注目された。科学技術の重要性が認識され、世 界 の 経 済 発 展 に 大 き く 貢 献 し た 。相 対 性 理 論 、量 子 力 学 の 確 立 は 画 期 的 な 出 来 事 で あ っ た 。 20 世 紀 が 物 理 の 時 代 と 言 わ れ る 素 を 作 っ た と 言 え る だ ろ う 。 そ の 後 1953 年 の ワ ト ソ ン / ク リ ッ ク に よ る DNAの 二 重 ら せ ん 構 造 の 発 見 に よ り 、 分 子 生 物 学 が 興 り 、 生 命 現 象 を 分 子 の レ ベ ル で 理 解 す る 学 問 分 野 が 大 き な 発 展 を し つ つ あ る 。そ れ が 故 に 、2 1 世 紀 は 生 命 科 学 の 時 代 と 期 待 さ れ て い る 。し か し 、2 0 世 紀 の 間 に 修 正 資 本 主 義 に よ る 経 済 発 展 が あ っ た も の の 、 ソ 連 崩 壊 、 イ ス ラ ム の 台 頭 、 南 北 問 題 、 さ ら に は 環 境 汚 染 、 CO 2 問 題 な ど 、 世 界 の そして人類の将来に対する不安、脅威が日増しに顕れている。日本では、皆さんご存じの ように、戦後の所得倍増、追いつけ追い越せの経済活動、世界の中での生産工場化、バブ ル経済、そしてバブル崩壊後の長い経済停滞を経験している。そして今、中国がその日本 に取って代わろうとしている。未だに世界の各国内や各国間の競争主義のお陰で、アメリ カのグローバリゼーションの波に洗われ、国内の格差社会化、各国間の格差拡大という世 界人類にとって厳しい状況が続いている。 2 1 世 紀 に な っ て か ら も 、 9 . 11 事 件 、 イ ラ ク 侵 攻 、 リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク 、 日 本 で は 東 日 本 大震災などがあり、つい最近でも世界同時株安、欧米の経済破綻間近など世界人類が破綻 に瀕しているように見受けられる。一億総中流と言われ、国民皆が豊かになったと自負し て い た 日 本 で も 、小 泉 純 一 郎 政 権( 2001-2006)下 で 行 わ れ た 一 連 の 政 治 ・ 経 済 構 造 改 革 以 来、人々は大きな格差に悩み、不特定多数の中で孤立感を深め、自立した自己を見失いつ つある。そんなとき、各個人は、ヒト(自分)はどうして生まれ、どういう生き方をする のが幸せなのか、ヒト(自分)は生きる価値があるのだろうか、と心に不安を抱くように なっている。生きにくい世の中、なぜ生きているのか分からなくなってくる世の中になり 2 つつあるように思える。 ( 居 心 地 の 悪 い 思 い で 生 き て い る よ う に 見 受 け ら れ る 。つ ま り 、こ の 自 由 競 争 社 会 と い う 制 度 に ど こ か 違 和 感 を 持 ち つ つ 生 き て い る の で は な い だ ろ う か 。)そ ういう世の中で、生きる意味を模索しようという試みがいくつかの本になっている。以前 は哲学や宗教にその種の答えを期待していたが、最近では、万人に認められる答えが提案 できないように見受けられる。そして、今の世の中の価値観が問い直されており、本当の 幸 せ と は 何 か 、こ こ で 一 度 確 立 し 直 さ な け れ ば な ら な い と 、テ レ ビ の コ メ ン テ ー タ ー も 度 々 指摘する。そこまでは誰しも感じていることだろう。しかし、その本当の幸せに至るべき 手がかり、原理原則についてはほとんど聴いたことがない。また、ある著者らは欲望の解 放を提唱している。ダマシオという大脳生理学者は外部・内部環境からのすべての情報を 統合した感情に素直に従った、ある意味で欲望に従った行動を幸せだと提唱している。し かし、どんな欲望なのか、どんな感情が素直な感情なのか、ということが触れられていな い。筆者は浅学にして、これまでのところ、動物であるヒトを自然科学の知識を土台にし て理解し、その理解を基にして社会を営む人間のあり方を問い直し、なぜ生きているのか という問いに対する答えを模索しようとする試み(つまり、ヒトの本性に従った人々の素 直な感情を、どんな社会組織体制が解放できるのかという提案)にほとんど出会ったこと がなく、不思議に思っている。 生命科学が発展し、進化の様子も明らかになりつつある昨今、社会科学をもその自然科 学的知識を基に解析し直すことにより、ヒトの本性やあり方が見えてきつつあると思う。 その見えてきたあり方を是非紹介したい。まずは、ヒトの本性に従った素直な感情、また は欲望とはどんなものだと考えられるかを検討してみたい。これは動物の進化、ヒトの進 化 を 学 ぶ こ と に よ り 、今 や 海 外 の 研 究 者 に よ り い く つ か の 本 で 提 案 さ れ て い る 。ヒ ト と は 、 端的には動物であり、その直近の祖先がチンパンジーであったうえに、ヒトに進化する段 階で協調性を獲得したと考えてよさそうである。つまりヒトらしいとは、各構成員を認識 で き る 範 囲 で あ る 5 0 人 規 模 の 協 調 性 と 言 え る こ と を 示 し た い 。そ し て 、そ の ヒ ト ら し い 欲 望=素直な感情を解放するための社会組織体制を提案できればと思う。先に問題提起した 格 差 社 会 な ど の 克 服 を 目 指 し た 集 団 の あ り 方・組 織 体 制 を 考 え る 上 で 、経 済 理 論 や 生 態 学 ・ 進化理論などでも用いられる「囚人のジレンマ」というゲーム理論を道具として頻繁に用 いた。その中でも特に、現地球資源の枯渇環境を念頭において、制限環境下と無制限環境 下 の 行 動 様 式 を 比 較 利 用 し た 。そ し て 、提 案 し た い 社 会 組 織 体 制 の 基 本 は 、50 人 規 模 の 直 接民主制であろうと予想した。昔の村社会がそれに当たるのかもしれない。当然、現代社 会 は 、分 業 の 確 立 に よ り 効 率 の よ い 社 会 に な っ て い る 以 上 、5 0 人 規 模 程 度 の 直 接 民 主 体 制 などはあり得ないのかもしれない。つまり、ヒトの本性に従った社会組織体制の理想につ いては、筆者の能力不足のため、確固たる具体的な提案ができないでいる。具体的な提案 の た め に は 、 社 会 ・ 人 文 科 学 者 の ご 協 力 を 仰 ぎ た い 。 ま ず は 、 5,000 人 規 模 の 地 方 分 権 の 自治村が基本ではなかろうかと仮に考えてはいる。いずれにしても、地方分権、自由の保 障( 博 愛 行 動 に つ い て も 自 由 で あ る )、そ し て 機 会 の 平 等 が 原 則 で あ る 。で き れ ば 、自 由 競 争 を い く ら か 制 限 で き る 、部 分 的 な 自 給 自 足 体 制 を 整 え る べ き だ と 考 え て い る 。そ の た め 、 集 団 は 5 0 人 規 模 以 下 に 抑 え 、ゲ ゼ ル の 提 案 の よ う に 自 由 地 ・ 自 由 貨 幣 を 導 入 、む し ろ 逆 金 利にする。情報の共有のため、ネットワークの充実・保障、そして社会組織としては実は 3 インターネットのシステムをまねた政治システムの構築を提案できないかと思ったりして いた。 このようなことを、定年後、生命科学者から人類への提言としてまとめようと考えてい た 矢 先 、 最 近 (2012 年 )の 中 東 の 動 揺 、 北 ア フ リ カ 諸 国 の 市 民 革 命 的 な 政 権 交 代 、 ギ リ シ ャ 危 機 、ア メ リ カ で の ネ ッ ト 呼 び か け に よ る 格 差 社 会 是 正 へ の 市 民 デ モ の ニ ュ ー ス に 出 逢 い 、 できるだけ早い機会に、生命科学からの見方・情報として提案したくなった。日頃このよ うな議題(生物の進化、ヒトの進化、幸せ、本性など)で議論し、教えを受けている本学 薬学部の増保さんにご協力頂き、対談形式でできるだけ早めにまとめ上げようと考えた。 山 登 は ず っ と 大 学 の 教 員 で き た が 、 増 保 さ ん は 大 学 院 の あ と 企 業 に 長 く 勤 め ら れ 、 約 10 年前に東京理科大学薬学部の教員になられたので、産業界その他広い経験をお持ちで、本 対談のネタもほとんど増保さんに教えて頂いたことに由来している。練られていない部分 もあるかもしれないが、二人が同意する基本は貫いたつもりである。ただ、二人の生命科 学研究者が、大胆にも進化や経済、社会、歴史までも対象として議論したため、思い違い や誤りも多々あると思われ、その点ご容赦願いたい。専門家諸氏のご指摘を請い願う。そ して、今後の人類を考えるうえで、またご自身の人生を考える上で、参考にして頂けると 大変嬉しく思う。 1-4 章 は ヒ ト 個 々 人 の 欲 望 ( 食 、 性 、 協 調 性 ) と 家 族 に つ い て 、 5-7 章 は 社 会 の 問 題 と し て貧富、マネー、グローバル化を取り上げ、8 章では競争社会の中で生きる個人の心の問 題 を 、そ し て そ の 解 決 の た め の 取 り 組 み と し て 9 章 宇 宙 開 発 の 可 能 性 、1 0 章 将 来 求 め ら れ る 学 問 像 、11 章 ヒ ト の 幸 せ を 達 成 す る た め の 提 案 と い う 構 成 に し た 。11 章 の 提 案 で は 、具 体的な社会組織体制として部分的な自給自足圏の確立を提案した。また、そうした理解を 助けるために、理系人間が好きな数式化の一種、幸せ関数なるものを考案し、8 章図3に 提案した。各章では、はじめに現代の問題点を取り上げ、次にそれらの由来をヒト誕生の 頃からの進化や歴史に温ね、最後にその知識を基に将来あるべき姿を提案するというスタ イルをとった。 注:対 談 中 、 「 ヒ ト 」は 一 つ の 動 物 種 と し て の 人 類 を 意 味 し 、そ の 中 で 現 代 の 人 類 と 同 じ 種 で あ る ヒ ト を 「 ホ モ ・ サ ピ エ ン ス 」 と 呼 ぶ こ と に し て い る 。( 山 登 ) 今 2014 年 10 月 、 初 版 か ら 1 年 が 経 過 し た 。 こ の 間 い ろ い ろ あ っ た 。 最 近 の 御 嶽 山 噴 火 、エ ボ ラ 出 血 熱 な ど 。ま す ま す 地 球 が 軋 み だ し て い る よ う で あ る 。 最 た る も の が 「 イ ス ラ ム 国 」、 8 章 で 議 論 す る 加 藤 智 大 に 通 じ る と 感 じ て い る 。 若 者 は 、 自 ら を 、 周りから見て特別な恵まれた環境に置くより、地球上で苦 しんでいる多くの人々に共感し、彼らと対等の立場に(フェアに)身を置き、ある意味寄 り添いたいと無意識に願っているように思える。だから、巷でよく言われるように、上昇 志向を潔しとせず、下流志向を選択するのだと解釈してみたい。さらに今年 3 月、初版を 読んで下さった方から生命科学に依拠した人文科学の論考、例えば『生と権力の哲学』檜 垣 立 哉 、ち く ま 新 書 、筑 摩 書 房( 2 0 0 6 年 出 版 )な ど を 紹 介 し て 頂 い た 。フ ー コ ー の 生 権 力 、 生政治学が出発であり、権力構造や政治に関し目を開かれた思いである。二人で権力構造 についても対談したいと話し合っていたが、その方面に見識も無く、結局対談しないまま 4 終わっていた。本来追加の章を設けるべきであろうが、時間も見識も乏しく、今回は初版 の簡単な改訂で済ませることにした。ただ、従来の権力は人々の「外」に存在し、その明 確な敵に対する「抵抗」も明確であったのに対し、今や権力が「内」に取り込まれ、お互 いが監視し合う管理=コントロール社会になったと捉えている点、 「 イ ス ラ ム 国 」出 現 を う まく説明すると認識を新たにした。つまり、従来は国の間での戦争や紛争であり、権力構 造が明確で国家間交渉が意味を持ったのに対し、 「 イ ス ラ ム 国 」は 国 家 と は 呼 べ ず 、交 渉 の 術が無くなっている初めてのケースであろう。このような権力構造は、本対談でもよく議 論したように、個が消え、お互いで締め付け合うような束縛社会の中で孤立し、しあわせ を減衰させてしまうことに繋がるはずである。そして多くの人々が、協調性の代替指標で ある金銭・名誉・権力の獲得に積極的に努力できないのは、薄々または無意識に、結局こ の社会で協調的な「正義」を目的とする活動をしたとしても、それがこの体制を補強して しまうだけであり、抵抗になり得ないことを感じているからかもしれない。しかし、逆に 今や、少し前のような「外部」権力はあり得ず、すべてが「内部」に取り込まれた状態に なってしまった、素晴らしい時代と把握してもいいのではないか。そんな<生政治>状況 では、やはり本対談にあるように、もう一度「内部」を構成する個々人がホモ・サピエン スの本性に戻り、ヒトらしい生活をすることから、現逼塞状況打破の糸口が見えてくるの ではないだろうか。 5
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