ニホンザルの利他行動:毛づくろいは何のため?

ニホンザルの利他行動:毛づくろいは何のため?
上野 将敬(大阪大学)
ヒトの特異的な利他性の進化的起源を知る上
は、相手に毛づくろいをすることは少なく、他
で、進化的にヒトと近縁な霊長類との比較は必
の個体と毛づくろい交渉を行うことが多かった。
須である。ヒトとヒト以外の霊長類の類似点が
以上のように、親密でない相手から毛づくろい
あれば、その類似点こそがまさに、ヒトの進化
を受けられないときに、時間やエネルギーの損
的起源である可能性が高いためである。発表者
失が少なくなるよう行動していることが示唆さ
は、ヒトの利他行動の進化的起源を探るために、
れた。
集団で暮らす自然下のニホンザルを対象に 8 年
これまでの研究より、ニホンザルは、短期的
間研究を行ってきた。毛づくろいは、行い手に
には返報のない状況でも親密な相手に毛づくろ
エネルギーや時間のコストが生じる一方で、受
いを行っていた。親密な相手に毛づくろいを行
け手は体の衛生状態が向上し、ストレスが減少
うこと自体に利益が生じ、毛づくろいを動機づ
するため、利他行動だと考えられる。発表者は
けているのかもしれない。本研究では、スクラ
これまでに、岡山県真庭市神庭の滝自然公園に
ッチをストレス指標とし、毛づくろいの行い手
生息する勝山ニホンザル集団を観察し、毛づく
のストレスが減少するか検討した。親密な相手
ろいの生起要因を詳細に調べてきた。
に毛づくろいを行った後は、毛づくろいを行っ
ニホンザルは、相手の前に座ったり、横たわ
ていない場面に比べて、スクラッチの生起頻度
ったりすることがある。親密な相手 (普段一緒
が低くなっていた。しかし、親密でない相手の
にいることが多い相手) に身体提示行動をする
場合には、2 つの場面のスクラッチ生起頻度に
と、事前に毛づくろいを行っていたかどうかに
違いは見られなかった。この結果は、親密な相
かかわらず、高い割合で毛づくろいを受けてい
手に毛づくろいを行うこと自体がストレス減少
た。一方、親密でない相手 (普段一緒にいるこ
という利益になっていることを示している。
とが少ない相手) に、あらかじめ毛づくろいを
一連の研究によって明らかとなった知見の 1
することなく身体提示行動を行った時は、毛づ
つは、利他行動における親密な社会関係の重要
くろい後に身体提示行動を行った時に比べて、
性である。相手と親密な関係にある場合には、
毛づくろいを受けることが少なく、事前に行わ
相手から毛づくろいを受けられるかどうかにか
れた毛づくろいを手がかりとして、相手の要求
かわらず、奉仕的に毛づくろいを行える。一方、
に応じて毛づくろいするかどうかの意思決定を
相手と親密な関係にない場合には、相手から毛
行っていた。
づくろいを受けられたかどうかを考慮して、毛
毛づくろいを要求しても、相手から毛づくろ
づくろいの意思決定を行っている。ヒトを含む
いを受けられるとは限らず、お互いの意図が対
霊長類の進化過程において、他者と親密な関係
立することがある。次の研究では、身体提示行
になることが利他行動を引き出す重要な要因と
動を行っても毛づくろいを受けられない時の対
なってきた可能性がある。
処戦術を、相手と親密な関係であるか否かに応
じて検討した。親密な相手が毛づくろいをして
くれなかった場合には、相手に毛づくろいを行
い、利益を与える傾向があった。しかし、親密
でない相手に毛づくろいをしてもらえない時に