創意工夫してよりよい表現をする子どもが育つ音楽科の授業

音 楽科
創意工夫してよりよい表現をする子どもが育つ音楽科の授業
Ⅰ
主題設定の理由
音楽は歌唱や演奏を再現できるという一つの特徴をもっている。しかし,同じ楽譜を基に再現され
た歌唱や演奏でも,時や場所,演奏者の違いなどによって表現が少しずつ異なってくる。楽譜にある
制約を守りながらも,演奏者の創意工夫によって何通りもの表現が可能となるところに,音楽の面白
さがあるといえる。
音楽科学習指導要領では,表現の目標として,第1学年は「多様な音楽表現の豊かさや美しさを感
1)
じ取り,基礎的な表現の技能を身に付け,創意工夫して表現する能力を育てる」 ,第2,3学年は
「多様な音楽表現の豊かさや美しさを感じ取り,表現の技能を伸ばし,創意工夫して表現する能力を
高める」
1)
ことが設定されている。「創意工夫する」とは,音や音楽に対するイメージを膨らませ自
分なりの意図をもち試行錯誤することであり,本校音楽科では,自己の表現意図をもち,表現の仕方
を試行錯誤していくこととする。これにより,演奏者はよりよい表現をすることができるようになっ
ていくと考える。
前研究では,「音楽を聴き感じ取る力を高め,表現を構築する力を育む音楽科の授業」を研究主題
とし,音楽で聴き感じ取ったことを基に表現をさせていくことが,よりよい表現をすることにつなが
ると考え,実践に取り組んできた。その結果,子どもたちは,ただ表現(歌唱や器楽,創作)をする
のではなく,音楽の要素や要素同士の関連を知覚し,それらの働きが生み出す特質や雰囲気を感受し
ながら自己の表現意図をもつことができた。しかし,演奏を聴いて「表現のめあて注 1 )」の見直しを
させる際に,どこをどのように見直しをするとよいのかを明らかにすることができなかったり,それ
を明らかにすることができても,よりよい表現をするために必要な技能の習得が十分にできなかった
りする姿が見られ,子どもたちがよりよい表現をすることが十分にできないことがあった。それは,
演奏を聴いて伝え合った意見をどのように「表現のめあて」の見直しに取り入れるとよいのかや「表
現のめあて」を基にした演奏をする際にどのようなことを試行錯誤させるとよいかが明らかになって
いなかったためであると考えられる。
そこで,本研究では,創意工夫する活動の過程において,子どもたちが自己の表現や他者の表現に
ついて,どこをどのように見直しをするとよいのかを明らかにし,必要な技能を習得して表現をする
ことができるような手だてを探っていく。なお,創意工夫して表現をすることは,教科の目標とする
音楽に対する感性を豊かにしたり,音楽活動の基礎的な能力を伸ばしたりすることにつながり,ひい
ては,豊かな情操を養うことにもつながると考えた。以上のことから,研究主題を「創意工夫してよ
りよい表現をする子どもが育つ音楽科の授業」と設定した。
音 楽科
Ⅱ
1
研究の概要
「音楽科の目指す子ども像」及び「育みたい資質や能力」
創意工夫してよりよい表現をすることができる子ども
ここでいう「よりよい表現をすることができる子ども」の姿とは,自分がどのような表現をして
いきたいのかという意図(自己の表現意図)を音楽表現で実現させることができる状態を指す。自
己の表現意図をもたせる際には,曲想を感じ取ったり音や音楽に対するイメージを膨らませたりす
ることで,自己の表現意図が曲にふさわしい表現につながるようにさせることが大切となる。その
際に,音楽の要素や要素同士の関連とそれらの働きから感受した特質や雰囲気,歌詞の内容,楽器
の特徴などを子どもたちに捉えさせることが必要である。
下の図は,創意工夫することがよりよい表現をすることにつながっていく過程を示したものであ
る。「表現の分析」の場面では,表現をどのように見直せば,よりよい表現をすることにつながる
のかについて,明らかにしていく。そして,音楽の要素をどのように働かせればよいのかや,どの
ような奏法を用いればよいのかということについて,試行錯誤していく中で「表現のめあて」の見
直しをする。また,「技能の習得」の場面では,見直された「表現のめあて」を基に,よりよい表
現をすることにつなげていく上で必要な技能を習得する。ここで必要な技能を習得することにより
再び表現をする際には,その技能を発揮することができ,よりよい表現をすることにつながる。前
研究の課題を踏まえ,目指す子ども像を実現するために,本研究では,下の図の中でも「『表現の
めあて』の見直し」と「技能の習得」の場面に着目し,研究を進めることにした。
創意工夫してよりよい表現をする
この過程を繰り返すことでよりよい表現につながっていく
このことから,上記のような目指す子ども像を実現するために,以下の資質や能力を育む必要が
あると考えた。
○
○
「表現のめあて」の見直しをする力
必要な技能を習得し,表現をする力
なお,表現をしようとする態度を喚起させながら,上記の能力を育んでいく必要があることは言
うまでもない。
音 楽科
2
資質や能力を育むための手だて
(1) 場の設定
資質や能力を育むために,題材を「つかむ場」「つくる場」「ふりかえる場」の三つの場で構
成し,授業を進める。
「つかむ場」は,創意工夫して表現をする活動を通して,題材の学習内容について捉えていく
場である。ここでは,表現教材をどのように創意工夫して表現をするのかを学級全体又はグルー
プで追究させていく。そのために,まず,鑑賞教材から作曲者の工夫や演奏者の工夫を探ったり
表現教材のアナリーゼ(楽曲分析)を行い作曲者の工夫を探ったりさせる。そうすることで,音
楽の要素や要素同士の関連とそれらの働きから感受した特質や雰囲気,歌詞の内容,楽器の特徴
などを子どもたちに捉えさせるとともに,「つかむ場」で取り組ませる教材に対して曲想を感じ
取ったり音や音楽に対するイメージを膨らませたりして,自己の表現意図をもたせていく。その
後,教師がその教材に対する「表現の課題」と,それを達成するために必要となる「試行錯誤す
るポイント」を提示する。「表現の課題」とは,例えば,「歌詞の内容が伝わるように『夏の思
い出』を表現しよう」「壮大な『大地』を表現しよう」というように,教材として取り扱う曲で
創意工夫して表現をしていくに当たって,子どもたちに達成させたい課題である。また,「試行
錯誤するポイント」とは,例えば,「強弱の変化をいかした演奏の仕方」といった,子どもたち
が行った鑑賞活動やアナリーゼによって明らかになった音楽の要素の働かせ方に関するものや,
「タンギングの仕方」といった奏法に関するもので,題材における「表現の課題」に応じて教師
が身に付けさせたいと考えるポイントである。「つかむ場」で取り上げる鑑賞教材や表現教材に
ついては,知覚される音楽の要素や,それらの働きから生み出されて感受される特質や雰囲気に
おいて,「つくる場」の表現教材と共通する部分が多いものを設定する。そうすることで,「試
行錯誤するポイント」にも共通するものが多くなり,子どもたちが,「つかむ場」において捉え
た学習内容を「つくる場」でいかすことができる。なお,表現教材に取り組むに当たって必要な
技能を習得させるために,機会を捉えて技能を習得するトレーニングを行わせたり,創意工夫し
て表現をしていく活動の中で部分練習をさせたりしていく。
「つくる場」は,「つかむ場」での学習内容をいかして,子どもたち自身が「試行錯誤するポ
イント」を観点とした音楽の要素の働かせ方や奏法を具体的に挙げ,創意工夫してよりよい表現
をつくっていく場である。ここでは,表現教材をどのように創意工夫すればよりよい表現をする
ことにつなげられるのか,グループ又は個人で追究させていく。そのために,個人でアナリーゼ
を行わせたり,「つかむ場」と同様に「表現の課題」と「試行錯誤するポイント」を教師が設定
した上で,自己の表現意図をもたせたりして,どの「試行錯誤するポイント」をどのように試行
錯誤させるかについて,「表現のめあて」を設定させる。そして,創意工夫してよりよい表現を
させていくために,批判的思考を用いる場面を設定する。この点については後述する。なお,ト
レーニングや部分練習については「つかむ場」と同様に行っていく。「つくる場」の最後に,こ
れまでに学習したことをいかして表現を発表し合う場を設ける。
「ふりかえる場」では,題材全体を通して,表現活動の成果と課題についてまとめていく場で
ある。ここでは,題材で学習した内容をいかしながら1曲を通して演奏したり,演奏を発表し合
ったりしたことを基に,「試行錯誤するポイント」を観点として自分たちの演奏に対する反省を
記述させる。子どもたちが題材において「表現のめあて」が適切だったかや,どのようなことが
身に付いたのかを振り返らせ,今後にいかせるようにする。
音 楽科
学級全体又はグループで創意工夫して表現をする活動を通して,題材の学習内
容について捉えていく。
題材のねらいに応じて以下の活動から組み合わせて行わせる。
つかむ場
・鑑賞教材から,作曲者の工夫や演奏者の工夫を探り,楽曲のよさや美しさを味わう。
・表現教材のアナリーゼ(楽曲分析)を行い,作曲者の工夫を探る。
・表現教材の,教師が提示する「表現の課題」とそれを達成するために必要となる「試行錯誤するポイ
ント」について知る。
・必要な技能の習得に向けてトレーニングを行う。
・「試行錯誤するポイント」を踏まえて,どのような表現をすることができるのかを捉える。
「つかむ場」での学習内容をいかして,グループ又は個人で創意工夫してよ
りよい表現をすることにつなげていく。
題材のねらいに応じて以下の活動から組み合わせて行わせる。
つくる場
・表現教材のアナリーゼを行い,作曲者の工夫を探る。
・表現教材の,教師が提示する「表現の課題」とそれを達成するために必要となる「試行錯誤するポイ
ント」について知る。
・「表現のめあて」を設定する。
・必要な技能の習得に向けてトレーニングを行う。
・「試行錯誤するポイント」を踏まえて,どのような表現をすることができるのかを捉える。
・表現を発表し合う。
批判的思考を用いる場面
ふりかえる場
表現活動の成果と課題についてまとめる。
・「試行錯誤するポイント」を観点として,本題材における表現活動の成果と課題についてまとめる。
(2) 批判的思考を用いる場面
「つくる場」において批判的思考を用いる場面を設定する。(図参照)
情報である「自分の表現」から「①表現の把握」を行わせる場面では,自分の表現を分析し,
「表現のめあて」や「試行錯誤するポイント」を観点とした表現の改善点を把握する。「②改
善方法を見いだす」の場面では,改善点の改善方法が,「つかむ場」で捉えた「試行錯誤する
ポイント」と表現意図との関わりに基づいているかについて,想起したり,試しに演奏してみ
たりして判断し,改善方法を見いだす。その後,見いだした改善方法を基に「③『表現のめあ
て』の見直し」を行わせる。そして,見直された「表現のめあて」を基に,必要な技能を習得
するために「④よりよい表現」で練習を行わせ,発表し合わせる。このように,①~④のプロ
セスを踏ませることで,よりよい表現をするために表現の改善方法を把握し,必要な技能を習
得していく子どもの姿が期待でき,資質や能力を育むことにつながると考える。
音 楽科
批判的思考を用いる場面
情報の明確化
情報
①表現の把握
・自分の
・自分の表現を分析し,
表現
推論の土台の検討
②改善方法を見いだす
推論
行動決定
④よりよい表現
・改善点の改善方法が,
③「表現のめあて」
の見直し
「表現のめあて」や
「つかむ場」で捉えた
・見いだした改善
を基に必要な技能
「試行錯誤するポイン
「試行錯誤するポイン
方法を基に「表
を習得し,よりよ
ト」を取り入れていた
ト」と表現意図との関
現のめあて」を
い表現をし,発表
のかを捉え,自分の表
わりに基づいているか
整理してまとめ
し合う
現を正確に把握する
について,想起したり
る
・「表現のめあて」
試しに演奏してみたり
して判断し,改善方法
を見いだす
3
資質や能力が育まれたかについての評価
批判的思考を用いて創意工夫して表現させていくことで,育みたい資質や能力である「『表現の
めあて』の見直しをする力」「必要な技能を習得し,表現する力」が子どもたちにどの程度身に付
いたかを評価し,手だての有効性を検証する。そのために「『表現のめあて』の見直しをする力」
については,「つくる場」で取り組ませる学習プリントの記述内容から見取る。具体的には,より
よい表現をするために,見直しをした「表現のめあて」においてどの「試行錯誤するポイント」に
着目してどのように試行錯誤するのかについて,子どもたちが明確にすることができたかどうかを
評価指標を基に見取っていく。
また,「必要な技能を習得し,表現する力」については,「つくる場」における発表時の表現か
ら見取る。具体的には「つくる場」におけるはじめの演奏から「つくる場」における最後の演奏が
どの程度よりよい表現となったのかを,評価指標を基に比較して見取っていく。
4
研究の経緯
前研究シリーズの反省を踏まえ,1年次は,「表現のめあて」の見直しをする力を育み,よりよ
い表現をさせていくため,「つくる場」において批判的思考を用いる場面を設定し,実践に取り組
んだ。表現の改善点を把握し,その改善方法を見いだす際には,「試行錯誤するポイント」を観点
とさせたり,「つかむ場」での学習内容に基づいた改善方法になっているのかを想起させたり,試
しに演奏させたりした。それにより,見直した後の「表現のめあて」は,自己の表現意図や,音楽
の要素の働かせ方や奏法について,明確に記述されたものが多くなってきた。また,批判的思考を
用いる場面で見直した「表現のめあて」を基に練習を重ねさせた。「つくる場」の最後の演奏を評
価指標を基に見取ったところ,「必要な技能を習得し,表現する力」が高まっている子どもが多く
なってきたことが分かった。このことから,批判的思考を音楽科の授業に取り入れることで,育み
たい資質や能力を高められる可能性を見いだすことができた。
しかし,自分の表現が「表現のめあて」を達成していないことや「試行錯誤するポイント」に基
づいていない部分があることに気付くことはできたが,どこをどのように改善していけばよいかが
分からず,「表現のめあて」の見直しがうまくできない子どもの姿も見られた。それは,「情報の
明確化」と「推論の土台の検討」の学習活動で,どこを見直せばよいかが明確になっていなかった
ことが原因だと考えられる。
そこで,2年次は,次のようなねらいを掲げ,研究を進めていく。
音 楽科
5
2年次のねらい
○
批判的思考を用いる場面の「情報の明確化」と「推論の土台の検討」の学習活動を見直す。
その上で,「表現のめあて」の見直しをする力や必要な技能を習得し,表現をする力が育まれ
たかどうかを学習プリントや演奏から検証する。
1年次の研究の成果と課題から,2年次では,批判的思考のプロセス「情報の明確化」「推論の
土台の検討」において,「表現のめあて」や実際の表現の改善方法を考える際,どこを見直せばよ
いかを明確にする活動を工夫する。そうすることで「『表現のめあて』の見直しをする力」や「必
要な技能を習得し,表現をする力」がどの程度育むことができるか,可能性を探っていく。
注1)
自己の表現意図と,それを実現させるための表現の仕方(音楽の要素の働かせ方や奏法)について文章で書き表したもの
を指す。
引用文献
1)文部科学省『中学校学習指導要領(平成20年9月)解説-音楽編-』教育芸術社,2008年,10ページ
参考文献
公益財団法人音楽鑑賞振興財団『音楽鑑賞教育』vol.9-16,公益財団法人音楽鑑賞振興財団,2012年,2013年
公益財団法人音楽鑑賞振興財団『よくわかる!鑑賞領域の指導と評価
体験してみよう!実践してみよう!これからの鑑賞の授
業』公益財団法人音楽鑑賞振興財団,2011年
国立教育政策研究所教育課程研究センター『評価規準の作成,評価方法等の工夫改善のための参考資料【中学校 音楽】』教育出
版,2011年
新山王政和『新しい視点で音楽科授業を創る!-新学習指導要領を先取りした実践方法』スタイルノート,2010年
須藤貢明・杵鞭宏美『音楽表現の科学 認知心理学からのアプローチ』アルステルパブリッシング,2010年
田畑八郎『音楽表現の教育学 ~音で思考する音楽教育~』kmp,2007年
ドロシィ・ミール他編『音楽的コミュニケーション―心理・教育・文化・脳と臨床からのアプローチ』誠信書房,2012年
中等科音楽教育研究会編『中等科音楽教育法[改訂版]』音楽之友社,2011年
西園芳信,伊野義博編『平成20年度改訂 中学校教育課程講座 音楽』ぎょうせい,2008年
原田徹編『中学校新学習指導要領の展開 音楽科編』明治図書,2009年
ボブ・スナイダー『音楽と記憶 認知心理学と情報理論からのアプローチ』音楽の友社,2003年
文部科学省『中学校学習指導要領(平成20年9月)解説-音楽編-』教育芸術社,2008年
文部科学省『中等教育資料』ぎょうせい,2013年
山本文茂監修,大槻秀一・佐野靖・山下薫子編『新編 これからの中学校音楽ここがポイント』音楽之友社,2011年
リタ・アイエロ編『音楽の認知心理学』誠信書房,1998年