「全労済・労働金庫の現状と課題」

山形大学人文学部「連合山形寄付講座」
2014年度後期 「労働と生活」
第 11 回(2015.1.15)
協同組合とは何か、協同組合の取り組み
「全労済・労働金庫の現状と課題」
三 澤
裕(全労済山形県本部 本部長、山形県労福協 副理事長)
佐 藤 久 志(東北労金山形県本部 副本部長、山形県労福協 理事)
全労済山形県本部 本部長
三 澤
裕
はじめに
皆さんこんにちは。ただいまご紹介を賜りました本日の1人目のスピーカーであります全労済山形県本部の
・・
三澤でございます。昨年までは 2 名で講座を進めてきたわけですが、今回は前回までの12月と違って 1 月に回
・ ・ ・ ・
った関係上、職員の方がどうしても都合がつかずじゆうにならなかったということで私だけの参加をご了解を
いただきたいと思います。
はじめに毎年恒例にしております広告・宣伝について皆さんにお聞きをしたいと思います。全労済はイメー
ジキャラクターが向井理で、あき竹城の県民共済とは違いますのでお間違えならないようにお願いします。ま
ず全労済の①テレビCMを見たことがある人手をあげてください(30 名位)
。はいありがとうございます。続
いて②銀行、労働金庫、信用金庫、コンビニなどでCMを聞いたり、チラシを見たりしたことがある人。いな
い。③新聞(コミュニティ新聞もありますが)チラシあるいは紙面広告を見たことがある人(2 名)
。はいあり
がとうございます。全労済の宣伝もまだ足りないのかと感じました。
さて、皆さんが身近に共済や保険について接する機会が多くないと思いますので、実際に全労済で扱った例
を2つほどご紹介したいと思います。
一つ目は、皆さんもよく乗る自転車事故の賠償の例です。駅付近の混雑した歩道で自転車に乗った男子高校
生が主婦とすれ違った時に、自転車のハンドルが主婦のショルダーバックの肩紐に引っ掛かり主婦が転倒して
怪我をしました。主婦が治るまでに要した損害の賠償額 1,743 万円が支払われております。二つ目は県内では
特に庄内地方に多いわけですが、雷が落ちましてパソコンやテレビ等に 100 万円の損害が出ました。これには
100 万円の共済金が支払われたということです。
このように予測できない危険、万一のリスクと言いますけれどもこれに対して一定の金額を毎月あるいは年
間を通じて納めて不測の事態に対して備えるのが共済や保険です。特に共済については前回の労福協でもお聞
きのとおり協同組合組織であります。この協同組合組織である全労済の歴史について今からDVDを流させて
いただきます。これは火災共済が昨年 12 月で 60 年を迎えたことから作成したものです。まずはご覧になって
いただきたいと思います。
■DVD観賞(ナレーション)
1950 年頃、労働者の間では自らの暮らしの安定・安心を求める「労働者福祉運動」の一つとして共済事業実
施への気運が高まりをみせていました。そして 1954 年に大阪で労働組合を中心とした労働者共済運動が始ま
ったのです。その発足時は火災共済の実施からスタートしました。火災共済の歴史、それはすなわち全労済の
歴史と言い換えることもできるでしょう。
1954 年 12 月大阪の地で労働者の手による火災共済事業が始まりました。当時、住宅の保障は高い料率設定
で、労働者を中心に無保障状態の人々が多い一方、労働者の居住地域では火災が度々発生していました。彼ら
はひとたび火災の被害に遭うとその生活は土台から崩れてしまいます。生活再建には労働者の団結と組織づく
1
りが必要でした。
「自分たちの暮らしは自分自身の力で守ろうじゃないか」
そこで労働者が自らの手で生活防衛を行う労済運動の一環として火災共済事業が始まったのです。
翌 1955 年 5 月には新潟でも火災共済事業が始まりましたが、制度開始以降わずか5カ月で新潟大火が発生
しました。新潟大火は 1955 年 10 月 1 日未明に新潟県新潟市の中心部で発生し、焼失 892 棟、罹災者 5,901
名と言われ大きな被害をもたらした火災です。この時、新潟では被災組合員 40 名に支払う共済金額が 1,400
万円であるのに対して掛金収入は 260 万円しかありませんでした。いきなり掛金収入を上回る共済金の支払い
という困難な事態を迎えることとなりました。
「何がなんでも全額一括支払いしかない。共済は組合員のための制度なんだから。労働組合に協力要請だ。組
合を通じてなら労金に融資を頼むこともできるはずだ。
」
こうして労働組合や労働金庫の協力を受けることで共済金の全額一括支払いを実現。まさに助け合いによりこ
の危機を乗り越えることができ、共済事業の歴史に残る一歩をしるすことになりました。
これを契機に全国レベルで共済事業が広がっていきました。いずれも発足時にはまず最初に火災共済を実施
しています。
そして……、
「県だけでは大きな災害に立ち向かえない」
「助け合いの輪を全国に広げ、組合員の生活を守っていくことが必要だ」
1957 年、18 都道府県の労済はその中央組織として「全国労働者共済生活協同組合連合会」当時の略称である
労済連を結成しました。さらに 1964 年 6 月に甚大な被害をもたらした新潟地震が発生しました。本来、地震
での被害は火災共済の保障の範囲外でしたがこの時もまず第一に考えたのは被災組合員の生活再建です。
「負債はいつか返せる。しかし労働者の信頼は一度失ってしまうと取り返せない」
当時の規約では地震は免責としていましたが、新潟では資金 4,000 万円というなかで借入れやカンパ等によっ
て被災組合員に総額 1 億 800 万円を給付しました。この被災者に対する助け合いの行動がその後の労済運動の
飛躍に大きく貢献したのです。
そして、1976 年には全労済として全国統合が実現しました。これを機に全国一律の加入基準設定や保障額の
引き上げ、掛金の引き下げなど制度の改善や保障の拡大が進んでいくこととなりました。
1995 年 1 月 17 日に発生した阪神・淡路大震災。6,400 余人の死者、4 万人を超える負傷者、損害家屋は 39
万棟以上という未曾有の大災害でした。
「一刻も早く見舞金を給付できるように総動員で被害状況の調査を進めるんだ」
全労済は、地震発生後ただちに特別非常体制を敷き、全国総力をあげて被災者・被災組合員の一日も早い復興
のための共済金・見舞金の迅速な支払いに努めました。その総額は約 185 億円という全労済創立以来の大きな
金額となり、
「助け合い」の力が遺憾なく発揮されました。
阪神・淡路大震災は全労済としても未体験の大震災であり、さまざまな経験によって公的支援の仕組みや全
労済の共済制度等において取り組むべき課題が明らかになりました。
「公的な支援の仕組みの構築と全労済の共済制度における保障の強化を急がなければならない」
そこで、全労済は連合や兵庫県などと共に「自然災害に対する国民的保障制度を求める国民会議」を発足さ
せ署名活動を展開。1998 年 5 月の被災者生活再建支援法実現に大きく貢献しました。また、私的保障として
は 2000 年 5 月に震災を機に高まった地震被害への保障のニーズに応えて火災共済にセットで加入する自然災
害共済をスタート。自然災害への備えに寄与することとなりました。
2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災は、東北・関東地方を中心に1都1道 20 県の広い範囲に、死者
約 1 万 5,900 人、行方不明者約 3,300 人、建物被害は全半壊 37 万戸超など甚大な被害をもたらしました。全
労済では阪神・淡路大震災での経験を元に全国総動員で対応するとともに、助け合いの力を発揮し約 1,255 億
円の共済金・見舞金をお支払いすることができました。
「なんという大災害なんだ。人間は大自然の力の前にはこんなにも無力なのか」
この東日本大震災とその調査活動を通じて全労済は防災・減災や適正な保障など、組合員の皆さまにしっか
り備えていただくことの大切さ・必要性を痛感しました。そこで皆さまの住まいと暮らしを守るため、
「備える」
2
「守る」
「再建する」の3つの視点による「住まいと暮らしの防災・保障点検運動」を全国的に取り組みました。
また、さらなる保障の改善に向けて制度改定への思いを強くしました。
1954 年にスタートした火災共済は、2014 年で事業開始 60 周年を迎えました。加入者が増えることで共済
制度の理念である「助け合い」の輪は大きな広がりを見せています。
「火災共済は加入者が増えて助け合いの輪も大きくなった。この助け合いの力を制度改善へ」
組合員の生活再建を第一に考えている火災共済は時代に合わせて加入基準や掛金などの見直し、改善を行って
きました。その結果、多くの加入者の皆さまに支持されて助け合いの輪も大きく広がっています。
そして、事業開始から 60 年。2015 年 2 月火災共済は大きくパワーアップします。組合員の方からのご要望
にお応えし、建物構造区分の変更や特約の新設、掛金一部引き下げなどの制度改定を実施。60 年の歴史と実績
が結晶として形になります。
「今までも、そして、これからも」
全労済の火災共済、自然災害共済は組合員の皆さまの暮らしを守り続けます。 (DVD観賞:終わり)
今のDVDに、連動して説明してあるのはこの冊子ですので、記載内容について再度ご確認をいただければ
と思います。
それでは、皆さんのお手元のレジュメに移ってまいります。時間的に私の時間が 15 時 20 分まででございま
すので端折る部分もあろうかと思います。その部分は後ほどお読み取りいただくことでよろしくお願いをした
いと思います。
1.全労済とは
(1)はじめに
DVD でもございましたが全労済は正式名称を「全国労働者共済生活協同組合連合会」と申しまして、消費
生活協同組合法に基づいた厚生労働省の認可を受けた共済事業を行う協同組合であります。そして全国 47 都
道府県に単位都道府県本部があり、それぞれの都道府県で運営をしております。
P.4 は分野ごとの協同組合の例をあげたものです。これは前回の労福協の時間でも説明されていますので再
確認をお願いします。P.5 に移ります。共済とは万一のできごとに協同組合の組合員がお互いに助け合って備
え、支える仕組みを言います。この共済活動を保険の仕組みを使って確立した保障事業が共済事業です。した
がって組合員があらかじめ一定の金額を拠出して共同の財産を準備し、万一の場合に他の組合員全体で助け合
う仕組みということです。さらに共済事業の概念は、経済的な保障だけではなく組合員がより豊かな生活を送
るための総合的な生活保障へと拡大しております。
(2)共済掛金の構成
さて、協同組合は営利を目的としないということですが、営利を目的としないならばどうやって職員の方々
に給料を支払ったり、CMを流したりすることができるのかということでは皆さんも素朴な疑問がおこるかと
思います。共済掛金というのは皆さんからお預かりする金額のことですが、ここには「純掛金」と「付加掛金」
という部分があります。
「純掛金」は、予定の危険率や死亡率に応じて決める金額のことで、最近では平均寿命
がどんどん上がっておりますので生命保障の純掛金は下がっています。通常では想定されない異常災害に備え
るための異常危険準備金も純掛金の約 3%になっています。また、損害の規模が大きい場合に備えて、共済責
任の一部または全部を他の団体に転化する仕組みがございまして、こちらは再共済という制度ですが、これも
純掛金に入っています。そして純掛金は年単位で剰余が生じたときは割り戻し金で還元しています。
一方で「付加掛金」は事業運営費に充てるもので、人件費あるいは物件費、さきほど申し上げたCM料等も
入っています。双方の合計が共済掛金なのです。
(3)全労済がめざす保障の考え方
そのうえで、全労済が目指す保障は、まず現行の公的保障、国や地方公共団体の保障を確認し、勤務先ある
いは労働組合の「企業・団体内保障」の仕組みや保障内容を知って、それでも足りない部分を必要保障額とし
て備えるという考えです。したがって自分のライフスタイルに合ったライフプラン実現のお手伝いとして全労
済は無理・無駄のない保障を組合員の皆さまと考えおすすめしております。
3
(4)総合的な暮らしの保障制度
これが全労済の扱っている6つの保障領域です。
2.生協法の概要
生協法については、前回の労福協の説明でも基本的な部分のお話がありました。1948 年に法が制定され、
2008 年 4 月 1 日に新生協法が施行されました。新たに法制化された部分は、契約者の保護、あるいは経営の
健全性の確保と、組合員のニーズに応える円滑な事業実施を強いることで、加入者の皆さんが安心して加入で
きるよう定められたものです。また根幹をなす条文の1条、2条、9条についてはお読み取りください。
3.共済と保険
続きまして、
「共済と保険の仕組み」で何が違うのかですが、共済も保険もリスクに対する経済的保障を行う
という意味では全く同じです。違う点は、次の P.16 に一覧にしています。まず事業展開のあり方です。共済の
場合は、
特定の地域やあるいは職域で繋がる組合員という限定された方を対象に共済を提供する。
一方保険は、
不特定多数の方々を対象にしているということになります。
次に資金の運用方法です。共済では公社債を中心に安定した対応をしております。一方保険は、大企業株式
取得、貸付金などが中心です。今各生命保険や損保会社は順調な収益状況ですがアベノミクスの影響による株
高が大きく反映しております。
また遵守すべき法については、共済は生協法・保険業法です。保険は保険業法です。もちろん用語も違って
おりまして、P.17 のとおり私たちは共済を用いた名称を使用し、保険会社は何々保険と呼んでいます。
4.全労済の概要
続いて全労済の概要については記載の通りでございますのでご覧になっていただきたいと思います。P.20 は
2007 年 9 月 27 日に創立 50 周年を契機に制定されました理念と信条でございます。
5.全労済のあゆみ
「全労済のあゆみ」につきましては先ほどの DVD で大部分を説明してありますので、再確認として後ほど
ご覧になっていただきたいと思います。
6.労働者福祉運動の力
最後に「労働者福祉運動の力」ということで、全労済が設立された 1957 年頃の労働団体と労働者福祉事業
団体を記載しました。全労済ができた背景には、それぞれの団体の大きな力添えがあったのです。
そして、重要なことが P.34 に記載してあります。労働者福祉事業団体と労働組合が共に運動する組織体であ
るということです。既に労働組合の取り組み等については 10 月からの講義の中で多くのスピーカーから話が
ありました。これまでも長きにわたり労働組合は様々な取り組みをして、労働金庫や全労済の発展を支えてき
たのです。一方、労働組合も労働金庫や全労済があったからこそ組織拡大ができたのです。よって、労働者福
祉運動は労働運動の一環であることを理解してほしいと思います。今時このことが忘れられているのではない
かと原点に戻る運動を推し進めています。そして、全労済は労働金庫、生活協同組合とも事業の提携をしなが
ら各種取り組みを進めており協同組合の仲間としてともに歩んでいるのです。
7.最後に
時間的な制約もあり、皆さんにわかりやすく説明できなかったところはご容赦ください。少しでも全労済に
興味を持っていただければ幸いです。最後になりますが平成 26 年度の山形大学合同企業説明会が3年生を対
象に 3 月 9 日から 10 日にビッグウィングで行われます。全労済は今年初めて 3 月 9 日の一日だけですがこの
説明会に出展することになりました。ぜひ皆さまからは知り合いの3年生にお勧め願うと共に、来年は本日参
加された多くの方々にこの説明会にご来場をいただきたい。そして、全労済の職員として私達と共に活動でき
る同志が数多く誕生することを期待しながら私の時間を終わらせていただきたいと思います。ご静聴大変あり
がとうございました。
4
東北労働金庫山形県本部 副本部長
佐藤 久志
はじめに
皆さんこんにちは。スピーカー替わりまして後半の部分、東北労働金庫山形県本部の佐藤と申します。私の
方で受け持たせて頂きたいと思います。毎年労金にもこういったお話をさせていただく機会をいただきまして
本当にありがとうございます。また、皆さん方も大変お疲れだと思いますけれども4時ぐらいまで私の方から
お話をさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
それではお手元に労金の資料もお渡しさせていただいていると思いますのでご参照いただく中でよろしくお
願いしたします。
話の前に自己紹介をさせていただきます。私は労金の職員でございまして、1980 年(昭和 55 年)に旧山形
県労働金庫に採用されました。従いまして今年の 3 月で 35 年労金に勤務をしております。県内外の支店勤務
及び山形労金時代の本部、そして東北労金仙台本部という勤務経歴でありまして、一昨年から山形県本部に参
りまして現在の仕事をしているという人間でございます。どうぞよろしくお願いしたいと思います。
1.協同組合の歴史
それではこれから3つくらいの大きなテーマでお話をさせて頂きたいと思います。前段の全労済の本部長か
らもお話がありましたし、前回の講義で山形県労福協からの話もあったと承っておりますので、極力ダブらな
いようにお話をさせていただきたいと思います。
まず1つ目のテーマ「協同組合の歴史」です。こちらは既に皆さんも大学の講義の中ででもお話を伺ってい
る部分が多いと思いますし、前回の講義の中でもお話を受けていると思いますのでサラッとお話をさせていた
だきたいと思います。いつでも協同組合のこういったテーマの時に出てくるのが「ロッチデール先駆者組合」
がキーワードになっております。1844 年設立となっていますが、それ以前にもいろいろな協同組合が発足して
いましたが残念ながらうまくいきませんでした。現在の協同組合の原形がロッチデール先駆者組合と言われて
おります。なぜロッチデール先駆者組合以前の協同組合がうまくいかなくて、ロッチデールがうまくいったの
かというところですが、7つのロッチデール原則と言われている所がポイントだろうと思います。これからず
っとお話させていただく中でもここの原則のお話がいっぱい出てまいります。特に後半の4、5、6、7が非
常に大事な所です。労金もこの精神を非常に大事にして運営を行っておりますので、ここの部分は是非ご記憶
に留めていただければ大変有り難いと思います。
ロッチデール先駆者組合は短期間で非常に急拡大しました。僅か 10 年で組合員数が 50 倍、総額で 400 倍と
いう形でこのロッチデール原則に基づいて運営していったロッチデール先駆者組合が成功していきました。ヨ
ーロッパに広がり、全世界に広まっていきました。更に国際機関ということで 1895 年にはICAという組織
が出来まして、現在では赤十字に次いで組合数が全世界で 10 億人という非常に大きな勢力を有しているとい
うことを認識していただければ大変幸いだと思います。
わが日本ではと申しますと、
日本の歴史を辿っていきますと江戸末期がどうも発足地点のようでございます。
大きく2つ今回ご紹介しておりますが、大原幽学による「先祖株組合」
。有名な二宮尊徳が起こしました「報徳
社」です。先駆者組合は、現在の農協の原形を作られた組織と言われております。労金も含みますが報徳社が
日本の特に金融を司る協同組合にとってはここが元祖と言われている組織のようでございます。二宮尊徳は神
奈川県の小田原の出身で、今現在も小田原に二宮尊徳を祀った神社があり、立札が書いてありまして有名な言
葉でご承知の方もいらっしゃるかもしれませんけれども「経済なき道徳は戯言であるが、道徳なき経済は犯罪
である」という立て札があるそうです。もし小田原の方に行く機会があれば二宮尊徳の神社に参拝していただ
いて、その立札を見ていただきたいなと思います。
当時はほとんど農民ですのでここには農民と書いてありますが、これを労働者に置き換えれば労金になりま
す。なんと無利息で貸出しをしたんです。例えば 100 万円を借りましたということで、農民ですから毎月、毎
月賃金は入ってきません。農家ですと米代金が年1回だけ入ってきますので農民の場合は普通年払いで借金を
返していくというやり方です。100 万円借りました。5年で返済しますとなれば毎年 20 万円の返済ですよね。
5
20 万円で無利息ですから借金は完済です。返済終わり。ただし、ということでそれですと運営資金が出てきま
せんので「報徳冥加金」というのを課したみたいです。5年で借金は終わったんですが、借りた農民の皆さん
もう1回分報徳冥加金を添えて下さいということでもう 20 万。合計でいきますと 120 万円の返済義務を農民
に課したそうでございます。これがそもそもの報徳社の原則ということで、土木や水利、開墾をやっていった。
これがまさに労金の原点です。
「五常講」という組織を二宮尊徳は作ったそうですけれども、その五常というの
が5つの言葉。ご紹介しますと「仁・義・礼・智・信」ということで、仁が思いやり、義が道理・義理、礼が
感謝、智が能力、借りたお金を有効に使う、信が信頼。双方にお約束を守り合いましょうということで、まさ
に五常講というのは困った時にお互い様、連帯、友愛といった協同組合の思想が貫かれているという機構であ
ったようでございます。これが非常に大きな力になり、協同組織金融の源流はまさに江戸時代末期の二宮尊徳
に遡ることが出来ると言われている組織でございます。
先ほど全労済でも話が出てきましたが、日本の部分での協同組合の父と言われているのが賀川豊彦さんとい
う方です。神戸出身の方で日本で最大の生協「灘神戸生協」
、現在は「コープこうべ」と名称を変えていますけ
れども灘神戸生協を作った協同組合の父と言われている方です。ここにも記載していますけれども労金や信用
金庫、信用組合の設立にも非常に大きく携わっていただいておりまして、県内的には医療生協や住宅生協、さ
まざまな生協、全労済も一緒に立ち上がってきているというのが歴史でございます。残念ながら上段の「共立
商社」は当時のエリート達がつくったものでうまくいかなかったようでございます。現在の生協の基礎を作っ
たのが賀川豊彦さんという方です。この方のお名前もこれからずっとご記憶いただければ大変有り難いと思い
ます。
2.労金の生い立ち
2つ目の部分に入ります。労金の生い立ちです。労金が作られたのがだいたい 1950 年頃です。当時、第二
次世界大戦終了後で世の中は非常に混乱していました。世相は混乱、しかも物が無い。全労済のDVDにもあ
ったように食糧も無い、住宅も無い、物も無い、物資も無い。今ではとても想像出来ない世界です。おそらく
皆様方のおじいちゃま、おばあちゃま世代がこういった時代をお過ごしになった方ではないかと思います。お
父さん・お母さんは私よりちょっと下かだいたい同世代だと思いますので、私が育った時代はこういった時代
ではなかったんです。当時銀行はありましたが、勤労者にはなかなかお金を貸してくれませんでした。当時の
労働者のメインバンクと言われているのがここです。質屋さんって分かる方いらっしゃいますか? 聞いたこ
とありますか? 山形にも何件かあります。有名な七日町のラーメン屋さんの角にも質屋さんがあります。こ
こが当時の勤労者のメインバンクだったんです。質屋さんってどういうふうに利用するか分かりますか? は
い、どうぞ。
学生「覚えている限りですが。まず物を出して、それの価値を見てもらってお金に換える。もしそのお金を返
せなければ質屋に入れた物はその人の物になって、誰かにそれを売ってお金にされてしまうという感じです」
はい、ありがとうございます。まさにそのおっしゃる通りです。質屋さんに行ってお金を借りるには質草と
いう担保が必要なんです。例えばヴィトンのバック、高価な時計、パソコン等を質屋さんに持ち込みます。質
屋さんがその価値を鑑定して「この質草であれば 10 万円ですね。10 万円以内だったら御用立てしますよ。金
利は○○ですよ」ということで、だいたい貸付期間は3カ月です。3カ月後には貸した元本+利息を添えて返
して下さいねというお約束でお客様にお金をお貸しします。そのお約束を守らない場合には、今おっしゃって
いただいたように入れた質草が質流れということで中古市場に流れていきます。ただし金利はものすごく高い
んです。今、日本には出資法と利息制限法という2つの法律で規制されていますが、現在でもその法律の適用
の外にある所です。高利貸というのはもっと高い。こういった所からお金を調達すれば生活は困窮を極めると
いうのが当時の姿だったわけです。それでは困ると立ち上がった労働界の方々がいらっしゃいまして、自分達
で銀行を作ろうということで生まれたのが労働金庫です。
資料に書いてありますが、特に金融部門を受け持っているのが労金です。全労済の部分は共済という形で保
険部門を受け持っている。様々な福祉事業団体の中でも各団体が沢山あるんですけれども、今日こうやって全
労済と労金が来ているというのも一番密接な関係性がある労金と全労済の関係でございます。当時は非常に労
働運動も活発で労働組合の組織化といって組合を作る動きも非常に活発でした。生活は困窮を極めているとい
6
う背景で作っていただいたのが労働金庫であります。
山形大学さん設立と同じ頃に出来上がりました。何とたった5年間の中で 46 都道府県全部に労金が出来上
がってしまいました。そのぐらい非常に大きな社会のうねりが当時起きたということでございます。一番先陣
を切って行ったのが岡山県、兵庫県で昭和 25 年に出来上がりました。皆さんも大学の生協さんや消費生協で
目にしたことがあると思いますがこれがキャッチフレーズです。
「一人は万人のために 万人は一人のために」
ということで労金は生まれました。沖縄県は残念ながらアメリカに占領されていまして開設が遅れました。ち
ょうど私が中学校ぐらいの時に返還されました。1972 年に沖縄が日本に復帰しましたが、その前に沖縄労金も
出来上がっておりまして、
他の県より約 10 年ぐらい遅れて沖縄県が出来まして 47 都道府県に全部できました。
例外が一部ありまして、山陰地方の島根と鳥取は小さい県なものですからそこは2つで1つの山陰労金という
労金でした。大阪には2つの労金がありました。関西労金と大阪労金と2つあったというのが例外です。あと
は各県1件ずつ。東北にも6県それぞれ県別の労金が生まれた。東北で一番早かったのは福島県です。
わが山形県の流れを紹介しています。山形労金は、昭和 27 年(1952 年)に準備会が出来まして、11 月に設
立総会を行っています。12 月 1 日から営業を開始したというのが歴史です。一番の元となったのが米沢に出来
た「置賜勤労者信用組合」が母体であります。したがいまして山形労金時代から私達は先輩から「山形労金の
ルーツは米沢だよ」と教えられてきています。お蔭様で 2014 年度は米沢支店が出来てから 60 周年という記念
の年になっております。翌年に労金法が出来ました。労働金庫が出来た時は法的には信用組合だった訳です。
労働金庫という組織がありませんでしたので信用組合として立ち上げました。翌々年に法律で出来まして、名
実共に労働金庫に移行したというのが山形の歴史でございます。
労金法ということでご紹介をさせていただきたいのですが、第1条に目的が出ています。是非六法でご確認
いただければありがたいと思います。
「第一条 この法律は、労働組合、消費生活協同組合その他労働者の団体
が……」
「団体が」というのがミソです。
「団体が協同して組織する労働金庫の制度を確立して(途中略)労働
者の経済的地位の向上に資することを目的とする」
ということで参考まで労働組合法も引っ張ってきましたが、
全く同じなんですね。ですから労金の場合は労働組合員を会員としていますので、労働組合と目的一致となっ
ております。
この「団体が」というところを後で説明させていただきますが、労働金庫は団体主義という原則で運営をし
ております。最近の部分を一つだけご紹介させていただいております。2011 年にILOが来日調査に来ました。
これが現物のペーパーですが、こういったものを纏めまして、タイトルが資料のこの赤字の部分です。
「労働金
庫:ファイナンシャル・インクルージョンを推進し成功を収めている労働者の物語」という報告書を纏めてい
ただきました。
60 年に渡りまして、金融機関のマーケットというのは大変厳しい環境のなかで、生き残った。メガバンクさ
んから地元の信用金庫や信用組合、農協まで非常に大きな業態がひしめいているなかで、労金がよくぞ潰れず
に持ち堪えたということが国際的に評価をしていただきました。労金の課題にもなるんですが「そういった相
応しい認知度や賞賛を得ていないということは驚くべきことだ」と纏められていまして、私どもがまだまだ努
力が足りないということで課題として認識をしております。労金みたいな金融機関は世界的にはあまり無いそ
うです。後で労金の規模などもお話をさせていただきたいと思いますが、非常に大きな賞賛をいただいたこと
もご紹介をさせていただいております。好事例として全世界、特にアジア、太平洋地域、若干中後進国が多い
わけですので日本の労金の例を参考として、勤労者の経済的地位の向上に資することを紹介しますよというこ
とを書いていただいております。
3.東北労金と全国労金の現状
3つ目の話になります。労金の現状と組織の部分をお話させていただきます。労金も一金融機関でございま
すので、日常やっていることは銀行さん達とあまり変わりないです。預金をお預かりしご融資をする。その鞘
で私達職員給与を頂き、店を作ったり、または営業用の車を買ったりということをやっております。こちらは
東北労金となっていまして、私が冒頭ご挨拶させていただいた山形労金から東北労金と名称が変わりました。
2003 年に東北6県の労金が合併し、旧山形労金を始め、青森から福島までの東北の労金が合併して、今は本店
所在地を仙台市に置いています。預金額から支店数までこういった形でご紹介をさせていただいております。
7
東北では8番目の資金量になります。1つ上位が地元の山形銀行さん。職員数でも 1,200 人の規模になってい
ます。会員数というのは先ほどお話しました団体を1つの会員としてカウントしています。ですから例えば山
形市役所労働組合で1会員。間接構成員というのは初めて皆さんも見たと思いますけれども、これが一人一人
の組合員さん、お客様一人一人の数です。これで 74 万人がお取り引きをいただいている。出資金というのは
株式会社でいえば資本金に該当しますが、64 億円の出資金をお預かりしている。自己資本比率、これは高いほ
ど安全性が高い数字です。不良債権比率、これは低いほど良いという数字で、これも非常に不良債権が労金の
場合は他の銀行に比べて少ないです。ですから健全な運営をしているということになります。当期純利益は最
終利益です。直近の利益で 2013 年度が 24 億円計上しております。非営利の原則に違反するんじゃないかとい
う話は先程三澤本部長さんの方でしていただきましたが、これからこの純利益が上がった部分を協同組合の原
則に則って、例のロッチデールの原則を思い起こしていただきたいのですが、出資配当金、利用配当金という
形で会員にお返しをしています。それが直近では出資配当金 2 億 5,900 万円、利用配当金 1 億 5,000 万円、足
し算しますと約 4 億 1,000 万をお返しています。これが他の銀行さんと労金の違いを一番実感していただける
部分だと考えております。これがまさに協同組合原則に従って運営しているところです。上がった利益は還元
しますよという形でやっております。したがって東北労金になってからずっと配当率を変えておりませんので
掛け算していただければ 45 億、50 億近いお金を組合員にお返しをしている。山形労金時代も利用配当金を1
億円以上を毎年還元しておりましたので経営的には長期間安定しております。上がった利益は組合員・会員さ
んにお返しをするということで株式会社の銀行さんとは運営が違う。株式会社であれば、この上がった利益は
株主に配当しますので利用者であるお客様の方には行きません。これが協同組合。ですから大学生協さんや他
の生協さん、全労済と同じように純利益が上がれば還元をしますよという運営をしております。
資料の全国日本地図です。現在は北海道から沖縄まで 13 の労働金庫が存在しております。東北のようにブ
ロックで統合した金庫が8つあります。県独自で残っているのが5つあります。地勢的に見れば分かると思う
んですけれども端っこの北海道と沖縄は単独。あとは真ん中なんですね。新潟、長野、静岡は県労金で頑張っ
ている金庫です。それぞれ歴史性や運動性があってここは単金で頑張っている。ブロックは中央ろうきん、東
海、四国、九州、中国、近畿、北陸という形で東北と同じように地域統合が進みました。ですからかつての 47
労金が今は 13 金庫に変化をしております。東北以外から山形大学に入っている方もいると思います。もし帰
省されましたらお近くに必ず労金があります。イメージカラーはこの労金ブルーです。CIしていまして全店
同じマークを使っていますので、ちょっと分かりにくい所や、駅前などにはあまり無いと思いますが、支店数
は 639 もありますのでメガバンク並の支店数を誇っております。
これが東北労金の組織図になっておりまして、総会を頂点にしまして各営業店それぞれあります。この組織
図が仙台本部の組織です。12 の部室がありましてそれぞれ部室長がいます。次に県本部です。私どもはここの
組織に属しております。旧単金の本部がそれぞれありましたので、今は県本部という名前に変え、青森から福
島まで県の営業店をそれぞれ取りまとめをしています。山形県は県内に 13 店舗あります。東北では 78 店舗。
一番店舗数が多いのは福島県で 18 あります。一番小さいのが青森県で 8 店舗。それぞれ県本部が県内の支店
を統括しているという状態です。
東北労金として、または全国労金として行っている現在の取り組みを少しご紹介したいと思います。
「生活応援運動」を展開しております。お客様である勤労者の皆様の生活のうち「お金」に関わる部分が労
金の分野ですので、お金にまつわるご相談を承る。大きくは3つの柱を立てましてそれぞれ会員さんと一緒に
こうした活動をしています。
「返済計画の見直し」と書いていますけれども、ちょっと金利のイメージを掴んで
いただきたいのでご紹介をさせていただきたいと思います。金利でどの位の返済が変わるかというお話であり
ます。例えば 100 万円を 3%5 年で借りましたとなりますと、月々の返済金が約 18,000 円です。これがさっき
出てきた江戸時代の金利 20%で借りましたとなりますと、月々の返済金が約 26,500 円ぐらいです。その差額
で毎月ですけれども 8,500 円も違うということで、だったらなるべく安い金利で借換えした方がいいんじゃな
いですか。今なかなか賃金が上がりません。私達が労金に入った頃みたいに毎年 10,000 円とか 20,000 円とか
ベースアップがあった時代はあまり金利に無頓着に借りてしまったケースもよくありました。今はなかなか給
料が上がりませんので、こういった見直しを行うご提案をしております。もし労金で提供する金利が安ければ
借換えた方がお得になるわけですから、そういった提案を組合さんと一緒にやっております。
8
「生涯設計」これが非常に大事です。皆様方もこれから就職して社会人になっていくと思います。一番最後
の部分でお話させていただきますけれども、人生設計、生活設計を若いうちに確立していくというスタイルが
非常に大事だと思っております。
「ろうきんの社会的役割」ということで資料に書いています。他の銀行さんでは絶対にやれないことがいっ
ぱいあります。
「多重債務の予防活動」は銀行ではなかなかやりづらいのです。なぜかと言うと「サラ金」と言
うと怒られるのですが、消費者金融さんのメインバンクは全部銀行です。ですから自分の取引先を攻撃するよ
うなお話は絶対銀行は出来ないのです。労金はそういった金融の系列枠の外にいますのでそれが出来る。
「離職
者の就労支援」ということで、これは厚生労働省と全国労金で今2つの制度で大きく取り組みを行っておりま
す。今はリストラ等も入りますので、勤労者にとっては緊急事態ですね。こういった失業者対策として職を失
った方々への融資なども行っております。次に、山形県が東北でもトップレベルで進んでいる分野ですが、市
町村と提携の「生活応援ローン」という非常に低利なフリーローンを提供させていただいております。
山形県本部独自の取り組みとしまして、旧山形労金時代から続けている活動をご紹介させていただきます。
2つ目にある「ふれ愛預金」は、今は東北労金の制度となって全東北で取り組ませていただいております。こ
ちらの方もお蔭様で 21 年続けている制度です。お客様からお預かりした定期預金の 30%に相当する部分を拠
出いただいて、
NPOや財政的に厳しい福祉施設等に寄付をさせていただいている取り組みを行っております。
これはなんと 21 年の積算では、
山形県内の 519 団体に今まで 7,518 万円を贈呈をさせていただいております。
最初に記載している「ふるさと奨学ローン」は皆さん方が一番関心があるかもしれません。お父さん・お母さ
ん達が今仕送りを頑張ってやっていると思います。こうした利子補給制度が付いているローンを提供しており
ます。こちらの方も利用はこれまでで 1 万人を超えておりまして、戻した利子補給が 3 億円以上になっている
という活動をしております。次が小学生を対象にした「ろうきん杯学童野球県大会」を行っておりまして、こ
ちらも 27 回を数えております。最後にお車がある方は西蔵王の方に是非行ってみていただきたいんですけれ
ども、
「ふれ愛の森ロッキー」という森を持っておりまして、水と緑を守る活動をやっております。他県でも下
段に記載のこういった活動を行っておりますので参考まで紹介させていただきました。
次のページに「課題と将来に向けて」ということで記載をさせていただいております。私共を取り巻く環境
も年々厳しくなっており、頼りにしていた労働組合の組織率が雇用の多様化で年々低下をしております。今
20%を切ってしまっているという組合組織率になっております。非常に金融マーケットの競争も一段と厳しく
なっております。協同組織としての労金としてどういったことが出来るのか、前にも申し上げた社会的な取り
組みを今一生懸命力を入れてやっています。
未来に向けてということで、リーマンショック以降社会が大きく変化をしてきております。新自由主義が行
き過ぎたレベルまで来ているのではないか、雇用も非正規雇用が増えたり非常に劣化をしてきております。社
会的弱者の救済ということで、前にお話させていただいた労福協さんを中心としまして、労金や労済や医療生
協や住宅生協など様々な福祉事業団体と連携をとっていこうと力を入れております。全労済の方でも話があり
ましたけれども、原点回帰ということでロッチデール原則に戻ってもう一回会員の皆さんと教育活動に力を入
れております。労金の生い立ちや、先程の二宮尊徳の話などをさせていただきながら、なぜ労金が生まれてき
たのか、また先人達が作っていただいたのかという話を若い組合員さんの方にもさせていただいております。
4.学生の皆さんへ
いよいよ本当の最後になりましたけれども、皆さんにご提案というか、ちょっと偉そうなお話を最後にさせ
ていただきたいと思います。皆さん達はまだお若いですし、希望にあふれて山形大学に入学され非常に充実し
た学生生活を送られていると思います。いわば幸福感の絶頂にある方々かもしれません。これはやはりこれま
でお父さん、お母さんを中心として学校の先生達から非常に皆さん達は守られて育ってきております。これか
らは社会に行きますと、私ぐらいの年齢になってきますと、この幸福感はだんだん低下してくるんですね。日
本人は特に低下すると言われています。日本人は真面目ですからついつい自分よりも上の人を見てしまう。欧
米人は逆だそうで自分より下の人を見るのだそうです。それで自分の幸福感を保つというふうな民族性がある
ようです。これから社会に出られるわけですから、是非長期展望を持っていただきたいなと思います。先程の
ライフプランニングの考え方にも通じていきます。就職してからの様々な学習も大事だろうと思います。私達
9
も金融機関ですので、労金に入ってからの自己学習も課せられます。組織も 1000 人を超えていますし、資格
取得も奨励されています。ですからどんな資格を持っているか、どういう能力を持っているかということで人
事考課上の評価も変わってきます。就職して大きい組織に入られた方ほど、入ってからの競争も学習も厳しい
だろうと思います。是非、貯蓄先行するライフスタイルを作っていただきたいなと思います。給料もらってか
ら心配すればいいのですが、
出来れば手取りの 20%~30%は貯蓄に回るようなライフスタイルを築いていただ
きたいと思います。あと何といっても健康です。これがないと全て崩れますので健康を維持するための自分な
りの工夫を、本やネットでも自分で求めていけば得られますので、健康維持についても是非気を付けていただ
きたいなと思います。今いらっしゃる同級生、あるいは社会に出てから、または地元の高校や中学校の同級生
との人脈づくりも大事です。社会に出ればいろんな上下の関係が出てきます。おそらく 60 代から 20 代、10
代までの幅広い層と付き合いが出てきます。人脈づくりも是非頑張っていただきたいなと思います。興味があ
れば資産運用ということで長期の投資スタンス等も持っていただくといいのではないかなと思います。
次に「利他的行動を心がけよう」ということで、これは対義語が利己的行為だそうです。自分と同じくらい
に他人の幸福を願っていっていただければなというのが私の願いです。社会に出た時にこういった志を持った
方の行動はやはり違うと思います。今の若い方はボランティア活動も非常に盛んでして、私達が若い頃とはか
なり意識も変わっていると思います。是非今の若い方々の良い所を、利他的行動は私達世代よりも非常に高い
と思いますので社会に出てからも持ち続けていただきたいなと思います。ハミルトンが行動四分類しているよ
うです。人と比べない生き方、自分なりの生き方を早く若いうちに確立していただいた方は素晴らしい人生に
なるのではないかなと思います。上の2つの行動は取らないようにしていただいて、是非下の2つの行動を目
指していただきたいと思います。
最後に労金からも是非私達の協同組合のセクターの仲間に、山形大学卒業の皆さんからも入っていただきた
いと考えています。皆様も来年度あたりから就活活動も本格化されていくと思います。こういった私達のよう
なセクターもあるということで、職業の選択肢の一つに入れていただければ有り難いと思いますのでよろしく
お願いしたします。以上で私の方で頂戴した時間全て終了させていただきました。ご静聴ありがとうございま
した。
10