多様な VR 術野構築のための漿膜および結合組織

立命館大学修士論文予稿集(2015 年 2 月)
多様な VR 術野構築のための漿膜および結合組織モデリング
立命館大学大学院 情報理工学研究科 近江 奈帆子(指導教員:田中弘美,田川和義)
我々は,脈管の走行異常等の異形も考慮可能なシナ
1.はじめに
リオ可変型手術シミュレータの構築を行っている.各
腹腔鏡下胆嚢摘出術では脈管(胆嚢管や血管等)の
脈管の異形の組み合わせや管の厚み等のバリエーショ
走行異常がしばしば見られ,手術リスクの一因となっ
ンは多岐に渡り,モデリングに要するコストが問題と
ている.図1に示すように,胆嚢管・総肝管・肝臓下
なる.そこで,脈管の各種異形バリエーションをモ
部で囲まれる三角形はCalot三角と呼ばれ,この領域
ジュール化して保持しておき,シナリオに応じて任意
に走行異常が出現することが多い.胆嚢管と総肝管の
の異形を組み合わせた術野構築を行うための手法を開
合流部だけでも,走行異常の出現率は35%程度である
発している[3].しかしながら,動脈の異形への対応
といわれている[1].この三角形内には,胆嚢管,総
化および脈管を覆っている漿膜および結合組織の生成
肝管,胆嚢動脈が走っているが,それぞれの管ごとに
への対応化が行われていない問題点があった.
実際の手術では,この脈管および漿膜・結合組織に
多種多様な走行パターンが報告されている(図2).
脈管の走行異常は,術前のCT・MRIによる撮影で
対する処置が多くの時間を占め,高度な技術を要する.
事前に検知されることが多いが,実際の術野映像で見
このため,これらのシミュレータでの再現は必須であ
ると迅速に手術をすすめることは難しい.こうした特
ると考えられる.そこで本論文では,胆嚢管や胆嚢動
殊症例に対する訓練が可能であることは,VR技術を
脈の走行異常バリエーションを考慮可能な,多様な
用いたシミュレータの利点のうちの1つである.しか
VR術野の半自動構築を実現するための手法を提案す
しながら,現在市販されている手術シミュレータでは
る.
上記の多様な異形バリエーションに対応していない.
2.提案手法
本章では,脈管の走行異常のような複雑形状の臓器
に対応した,漿膜・結合組織のモデル生成方法を提案
する.
図 3(左)に示すように,胆嚢管および胆嚢動脈が
図1
Calot 三角 [1]
どのような異形であっても,周辺の漿膜・結合組織は
T 字型の膜形状となっている.そこで,本手法では,
脈管モデルの周りに T 字型の弾性膜モデルを配置し,
収束条件を満たすまで弾性膜モデルを収縮させるアプ
ローチを取る.
以下では,まずは初期モデルの生成方法について述
べ,続けて初期モデルの収縮変形について述べる.
図 3 胆嚢管および胆嚢動脈を覆う漿膜・結合組織
図 2 異形(脈管の走行異常)の例 [2]
1
立命館大学修士論文予稿集(2015 年 2 月)
2.1 初期モデルの生成方法
管モデル,図 5(b)右はその脈管に対する収縮後の漿
まず,図 3(右)に示す,胆嚢管および胆嚢動脈周
膜・結合組織モデルを示す.各走行パターンに応じた
辺の漿膜・結合組織を模擬した T 字型プリミティブ
漿膜・結合組織モデルの生成が可能であることがわか
モデル(Altair 社製 HyperMesh を使用して作成)を用
る.
意する.
次に,この T 字型プリミティブモデルを,脈管の
形 状 に 沿 っ た 形 状 に 変 形 さ せ る . ま ず , Vascular
Modeling Toolkit (http://www.vmtk.org)を用いて各脈管
の中心線および外接球の半径を求める.そして,これ
らの平均中心線を求めるとともに,各脈管の外接球を
(a) 管・漿膜のモデル
(b) 管・漿膜モデル
さらに外接する球の半径を求める.最後に,T 字型プ
(標準)
(前方螺旋形)
図 5 漿膜・結合組織モデルの生成結果
リミティブモデルの中心線を,上記の平均中心線に合
うように局所的に回転させ,T 字型プリミティブモデ
4.おわりに
ルの半径を上記の半径に設定することで,初期モデル
本論文では,胆嚢管や胆嚢動脈の走行異常のような
の作成が完了する.
2.2 初期モデルの収縮変形
複雑形状の臓器に対応した,漿膜・結合組織モデルの
漿膜・結合組織等の生体膜の表面形状は滑らか,か
半自動生成手法を提案した.
つ膜内部の応力は小さいという仮定に基づき,配置し
今後は,手術訓練システムに組み込むことで,多様
た T 字型プリミティブモデル(図 4(a))を次第に収縮
な術野での腹腔鏡下胆嚢摘出術の訓練が可能なシステ
させながら,弾性エネルギーおよび曲げエネルギーの
ムを実現し,外科医の評価によりその有効性を明らか
和が最小となる変形を逐次求めていく.胆嚢管・胆嚢
にしていく.
動脈モデルに接触したノードについては,以降変形計
参考文献
算を行わない.同時に,内部の応力を常時監視し,あ
らかじめ設定された閾値を超えたノードについても収
[1] 松本純夫(編):動画でわかる腹腔鏡下胆嚢摘出
術,中山書店,2008.
[2] 松野正紀 (監修), 畠山勝義 (編), 佐々木巖 (編),
兼松隆之 (編):消化器外科手術のための解剖学
-小腸・大腸,肛門部疾患,肝臓・胆嚢・胆道系,
膵臓・脾臓,2007.
[3] 田川和義,田中弘美,来見良誠,小森優,森川
茂廣:臓器異型バリエーションの構成的多重解
像度モデリング,電子情報通信学会論文誌,
Vol.J96-D, No.5, pp.1365-1373, 2013.
縮変形を終了する.全てのノードの計算が完了するま
で上記の処理を繰り返すことで,モデル生成が完了す
る(図 4(b)).
(a) 初期モデル
(b) 収縮後のモデル
図 4 初期モデルの収縮変形(断面)
3.実験
提案手法を用いて漿膜・結合組織モデルの生成を
行った.図 5(a)左は一般的な走行の脈管モデル,図
5(a)右はその脈管に対する収縮後の漿膜・結合組織モ
デルを示す.図 5(b)左は走行異常(前方螺旋形)の脈
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