内山一雄 (講演要旨) - おおさか識字・日本語センター

識字教育の新たな展開に向けて
—その課題と展望—
内山 一雄
(平成 13 年 7 月 2 日「大阪府識字教育担当者連絡会議」における講演要旨)
1.識字の両義性
(1)識字の意味
「国際識字年」が「インターナショナル・リテラシー」と言われているように、「リテラシー」
は、本来読み書き能力のことです。しかし「読み書き能力年」と表現するのは、言葉としてまとま
りがないので、適当な訳語かどうかはともかく、「識字」という言葉を使ったのです。「識字」は、
日本で1960年代、福岡を中心に始まった学習を指し、本来は中国で使われた言葉ですけれども、
それがリテラシーの訳語になったということです。日本の識字運動を抜きにして国際識字年はあり
得ないし、また現在の日本語を含めた学習活動もあり得ないのではないかということを表現と言葉
の問題からまず考えたいと思っています。
識字に通っておられる方が、「友達の笑いて通る制服に唇かみしときもありたり」という短歌
によって、自分が学校教育の機会を奪われたという思いを歌っておられます。その同じ方が識字学
級に通う中で、今度は「この年になりて字を知る喜びをいかにしてぞ人に伝えん」と、この年にな
って初めて文字を身につけることができた喜びを体いっぱいで表現したい、これを人にも伝えてい
きたいという喜びを歌っておられます。この二つの歌が象徴的に示していますとおり、本来、識字
というのは文字を奪われているという言葉に表現されているように、あってはならない存在なので
すが、同時になくてはならない存在であると言われているわけです。
文字を学ぶということは、一つは学校教育で学ぶような意味とは全く違って、これまでの自分が
歩んできた道があって初めて現在の識字があるわけです。そういう意味で、「差別の生き証人」の
意味を改めて問い直すこととともに、識字学級という一つの集団の中での学習を通して、初めて私
たちの新しい読み書きの力を含めた人間としてのあり方を追求することの、両方求められているわ
けです。
結論めいたことを最初に申し上げてしまうようですが、識字というのは何かを身につけるとい
うよりも、何かになるというか、人間が何かになると、こういう場だろうと当初からみなされてい
るわけです。つまり、haben(所有)ではなく sein(存在)の問題ということでしょう。
(2)「非識字」と識字の相対性
たしか徳島県の方だったと思いますが、「識字は文字を知る、非識字はそうでないという意味で使
われているが、非識字という言い方をしてほしくない」とおっしゃいました。非識字というのは本
来否定語ですから決してプラスのイメージではありません。国際識字年までは文部省も「文盲率」
という言葉を使っていたのですが、非識字という言葉にかえるようになったという経過があります。
けれども、いくら「文盲」を「非識字」にしても、それはマイナスイメージであることは間違いあ
りません。
ですから、識字というのは非識字という状況を乗り越えて、あるいは解消して識字になるのだ
と、もっといえば、文字を知らない人をなくするのが識字教育であり識字学習であると、こういう
理解になってしまいます。私はその理解というのは、一般的に識字学級の内容を伝える場合よく使
われているのですが、正確ではないと思います。社会教育の目標として非識字率何%、これをでき
るだけ少なくしていく、解消する、これは大事ですし、意味のあることだと思います。しかし、識
字の本来のあり方からいえば、識字は人間解放の拠点である、とりでであるというような言い方が
なされてきましたし、今日では自立であるとか自己解放という言い方をされておりますが、そうい
う意味からいえばそれは正しくないのではないかと思います。
なぜなら、一つは非識字という状況は文字がないという状況ですけれども、実は日本のみなら
ず国際的に文字がない状況というのは一般的に広く存在するわけです。インドネシア等を例にすれ
ば、インドネシアでは言葉が約250あるそうです。私がいました天理大学でインドネシア語をや
っている人にお聞きしても、約250から300。パプアニューギニアというところがありますけ
ども、そこも記録を見ると人口300万人であって言語が約700種類もあります。ちょっと想像
できませんが、それが実態です。南半球だけで5,000ぐらいの種類の言語があります。それら
の言語一つ一つに対応する文字があるはずはありません。ですから文字のない言語は、驚くほどた
くさんあるということですね。それは現在の状況でそうなのですが、歴史的に見ても人類は長い間
文字のない社会をずっとたどってきているわけであって、そういうときには音声だとか身振りだと
か踊りだとか音楽だとかいうことがコミュニケーションの手段として使われていたわけです。後か
ら文字ができたわけですから、それは人間がつくり上げてきたわけで、そういう意味では、人間が
自然に働きかけ環境に働きかけてつくっていくものを技術と考えれば、文字は「技術の文化」なの
です。
もう一つ、文字のない社会では文字をつくらないかわりにさまざまな表現活動、音楽だとか踊
りだとか、そういうもので私たちのあるべき姿を伝えていきます。これはある意味では人間はどう
あるべきかという意味の価値を伝えていくという、「価値の文化」とも言えるわけで、そういう点
では私たちの地球上には「技術の文化」と「価値の文化」の両方があるといえます。技術というの
は積み重ねによって発展していくわけですが、一方価値の文化というのは、これは発展というより
も絶えず私たちがそのことを進化させていくというか、例えば宗教なんかその例ですね、宗教とか
学術とかそういったものは現在も古代も驚くほど共通性があるという意味で、価値の文化がある。
だからこの両方を私たちは絶えず追求してきているわけで、どちらが上だとかいうのではありませ
ん。
しかし今日、ご存じのとおり情報化時代と言われている中で圧倒的に技術と文化、情報、これ
がある意味では私たちを動かしています。そうなると、いわゆる文字のない世界は結局現在の体制
の中でどうなってきているかというと、文字がないというところからもともとマジョリティー側
(多数派)の文字世界の中に吸収されていきます。その過程が国際識字年の中で当初から問題にさ
れていました。
「文字のない社会」と「文字のある社会」があって、両方が共存している。それはどちらの価
値が上でどちらが下であるというように見るべきではないし、それぞれがそれぞれの文化、生き方
を持っているのだという考え方です。そういう意味でいいますと、識字についても、識字と非識字
という区分で、非識字をなくしていくことが、または識字社会に近づくことがプラスであるという
考えは、無意識のうちに非識字社会をマイナスと見る見方、そしてそれが文字を知らないのは恥ず
かしいという考え方につながります。文字を知らないのは恥ずかしいというのは、文字をあまり持
つという世界に生きることができなかった、つまり学校教育も含めて学習する機会を奪われていた
人たち自身の存在をマイナスと見るという考えにつながります。そういう点で、全員で非識字解消
を言えば言うほど、非識字をマイナスと見るという見方や考え方を無意識のうちに広げていきなが
ら、そして識字の、ある意味ではマジョリティー(多数派)の社会に吸収していくようなことにな
ってしまう危険があります。
(3)識字のバリアフリーと識字運動
もう一つは、識字のバリアフリーの考え方です。これも最近言われていますが、障害者運動で
明らかになったのは、障害をできるだけ、体の不自由をできるだけなくしていくことによって、そ
して人間らしさをつくっていくというのが障害者の運動ではないわけです。障害者であるというこ
とを前提にした上で、にもかかわらず障害者と健常者とのそういう関係をどういう形で変えていく
かというのが障害者の運動であり、ノーマライゼーションです。ですから例えば車いすなり、歩行
に不便である人たちがエスカレーター、エレベーターの設置運動を進めていくというのは、あくま
でも社会の側が障害者を生み出してきたのだと。つまり障害者の方が社会に、世の中に出ることに
よって初めて自分に障害があるということに気がつくわけです。気づかされるわけです。
自分の行動の自由がどこに行っても阻まれるし、他人の視線を痛いほど感じる、と。そういう意
味で外へ出ることによって社会を変えていくというのが障害者のあり方です。健常者の側にこそ障
害者を障害者たらしめている仕組みがある。同じ言い方をすれば、識字社会と言われている読み書
きを十分知っている側が、いわゆる非識字者を生み出しているのではないか。つまり圧倒的に情報
量が多い側が自分らの情報量を当然だということで、それが少ない側はいかに痛い思いをしている
か、絶えず自分たち自身をみじめな思いで暮らさざるを得ないということをしているかということ
にあまり気がつきません。よく言われますが、役所へ行って「住所、氏名」と言われたら、「いや、
手けがしてますねん」と。自分の住所、氏名を書けと言われるのではないかなと思って、初めから
右手に包帯巻いていくとか、そういう公の場へ出た途端にもう心臓がどきどきして、体が震えて、
識字学級で練習したときはちゃんと書けたのに、そこに行ったら途端に鉛筆が震えて書けなくなっ
たということがあります。そういう怖い思いなり惨めな思いなりをさせるのは、一体どうしてなの
かと。それは私が字知らんからだと、私が悪いのだと、こうなっていたわけです。
非識字というのは、障害者と同じように一つのバリアを現在の社会が持っているというような見
方、考え方はあまりにもまだ弱いのではないか。例えば、文字にルビをつけ平仮名を打つというの
は、これは漢字が読みにくい方のために読みやすくするためにあるのだ、親切でやるのだというよ
うな思いで行われる場合が多いですが、そうじゃなくてこれは識字社会の義務なのです。そうしな
くちゃいけないのです。そういう人々を私たちの社会がつくってきたのですから。マイノリティー
(少数派)を排除することによって日本の豊かさをつくってきたというのは、大きくいえば日本の
近代社会の大きな問題点であると言うことができます。ですから、私たちの社会がそういうバリア
をつくっているのだと自覚することを抜きにして、識字に私たちは取り組んではいけないのではな
いかなというのを思うわけです。
識字学級の文集を見ると全部漢字には振り仮名がつけられています。解放新聞も1面には振り
仮名をつけ、それから2面の社説にも振り仮名がついています。しかし、他の出版物においては、
識字作品が載っているときはそれに振り仮名をつけますね。そうすると、その振り仮名は私たちが
いわゆる非識字者の存在を忘れていませんよという免罪符にしか使われていないのではないだろう
か、こう思わざるを得ません。最近幾つか出版されてきた本は全部振り仮名がありますね。例えば
障害者の問題を訴えた『五体不満足』は振り仮名を打っていますし、あるいは最近の『それでも私
は生きてきた』という弁護士さんの本は、だれもが読んでほしいということで、子供たちも読むこ
とができるよう、全部振り仮名をつけています。私はそういうような本をどんどんできるだけ識字
学級等でも備えていって読んでいただきたいと思います。
それは戦前をご存じの方もおありでしょうけども、新聞等は全部振り仮名を打っている場合が大多
数でしたね。日本の新聞ですね。だから出版物も振り仮名を打っているものが多数派でした。だか
ら子供たちまで大人の読み物をどんどん読んだのですね。時代と社会が変わりましたから、日本が
それを全部できるかどうかということはともかくも、日本の識字率と言われているものはそれによ
って非常に前進したのは言うまでもないと思います。
2.識字運動と識字学習
識字運動は、現在の社会のあり方を識字に取り組むことを通して、あるいは一人一人の生き方
を通してどう社会を変えていくか。自ら変わるということは同時に自分の身の回りを変えるという
ことと同義語のはずです。そういうような取り組みが識字だとすれば、それが識字運動という名前
に値するのだと思います。だから識字学習という意味と識字運動というのをあえて対峙したのは、
識字学級にもそういう意味は込められているはずですけども、もう少しそのことをはっきりしたい
という意味で、自らを変えるとともに身の回りの社会を変えていく、無文字社会を含めた対等の社
会として私たちは生き抜いてきたのだという意味で識字運動という言葉を使っていきたいと思って
います。
そのことを私たちに最初に気づかせたのは「夕やけがうつくしい」です。ここにある文章は、
実際に書かれた文章です。だからこれはまた識字で教材にしていただいてもいいのではないかと思
っておりますけれども、北代さんは70歳のときにこれをお書きになりました。そのときに北代さ
んにお会いしていろいろお話を聞きましたが、北代さんは残念ながら亡くなられました。
「わたくしはうちがびんぼうであったのでがっこうへいっておりません」という2行には彼女の
無念な思いが込められています。ご存じの方もあると思いますが、北代さんに恋人ができたけど、
自分は恋文を書けないので友達に頼んで代筆してもらっていたら、いつの間にかその代筆している
方が自分の相手と仲良くなってしまった。文字を知らないということは、自分の恋人を奪われるこ
ともあるのですね、ということを直接お聞きし、そこからいろいろな生い立ちをお聞きするという
ことがありました。
彼女は、部落差別や戦争によって、2回夫を奪われています。第1回目の結婚のときは、彼女が
夫に自分が同和地区出身だということを隠して結婚した。それで陰に陽にそのことを責められたり、
自分もひた隠しに隠すつらさと、最後には暴力まで振るわれるということで夫と別れます。2回目
は戦争です。この方は非常に優しい夫だったのですが、高知沖で船に乗って素もぐり漁という貝を
取る漁をやっているときに、アメリカ軍の艦載機によって銃弾で胸板を貫かれて亡くなります。あ
る意味では差別と戦争の両方がこの北代さんの文章に、実は隠されています。そういう思いがこの
文章になっているということは、学習の場合ぜひ伝えていただきたいと思っています。
「夕やけを見てもあまりうつくしいと思はなかったけれど字をおぼえてほんとうにうつくしいと
思うようになりました。」というのは、その当時のことをおっしゃっていました。識字学級で「識
字」という漢字を習ったそうですが、家でノートに復習していたときに、たまたま夕陽が沈もうと
しており、障子に映る赤い光に気づいて西の空を見て、夕陽がこんなに美しいのかと思ったそうで
す。ただ、初めて夕陽が美しいと思ったかというとそうではなくて、それまでの野良仕事やさまざ
まなところで夕陽をしみじみと見つめる機会はあったのですが、自分の暮らしや仕事などにかまけ
て夕陽と自分と対面してみるという落ち着いた時間がほとんどなかったそうです。文字を覚えてな
かったら美しさはわからなかったが、文字を覚えたから美しさがまたひとたびによくなったという
ようによく言われますが、それは少し違うのではないかなということをお話から感じました。しか
しそういう思いの中で、先ほどのような語りの中で、初めて机の前に座って落ち着いた気分で文字
などという今まで見たこともないようなことを自分が鉛筆を持って書く、そういう一つの感動が夕
陽と結びついたということは、話の隅々にうかがえました。
3.国際識字年と識字運動
(1)国際識字年のもたらしたもの
国際識字の10年(国際識字年)について振り返ってみますと、一つは識字という言葉も含めて
社会的市民権を得たということです。これは文部省が決めた施策に識字問題も取り上げられはじめ
たということですから、日本語読み書き教室の問題も、国際識字年を通して初めて社会的市民権を
得たと言えます。社会的に見ると市民権を得たという一つの大きな意味を国際識字年はもっていま
す。
二つ目には、それが同時にネットワークとして、国際識字年は「国際化」ですが、私はあえて
「民際化」という言葉、つまり国内において国際化と同時に民際化が始まっている。さまざまな識
字にかかわる取り組みが、夜間中学校もそうでしょうし、あるいは日本語教室、もちろん識字学級、
いろいろな取り組みがみんなネットワークとして一つずつ認知されて、一つの共通の問題意識を持
てるようになったのは、国際識字年からです。
三つ目には、日本語読み書きの中では言葉の問題、つまり言語の問題として日本語学習が言わ
れるとともに、もう一つは読み書きの問題です。だから識字・日本語教室というのは、単に日本語
を言語としてと、読み書きと両方の意味で識字と日本語というだけじゃなくて、識字のこれまでの
あり方と現在の識字の位置づけ、もっと言うならば日本社会も含めた識字のあり方を識字のバリア
フリーも含めて考えていこうということです。識字と日本語という言葉を同時に使っているという
意味は、国際識字年があったからこそと言えると思うのです。「識字の共有化」と言えるかも知れ
ません。
(2)P・フレイレと識字年
−ユネスコと識字の思想
今日の日本語も含めた識字の取り組みには、パウロ・フレイレの考え方が原点になると思います。
これは次のユネスコの識字の思想とともに一応共通の認識として押さえておいてもいいと思います。
例えば、国際的に識字というものの考え方については、時間を追って三つの段階に分けることがで
きるのではないでしょうか。一つは、最初はユネスコで提唱、ユネスコは国連で提唱したわけです
けども、いわゆる非識字の状態を解消するという意味で知識獲得型の識字が、1950年代に始ま
りました。これはその言葉のとおり、できるだけ文字や言葉、日本でいえば漢字等を習得していこ
う、それを習得していないことによっていろいろな不便を感じる、「字知らんかったらいろいろ困
ることあるから識字学級へ行きませんか」というものです。国際的にもそうだったのです。これを
一般的に知識獲得型、物知り型識字というわけです。それはそれで大事ですけれども、よく言われ
ているように、何のための知識なのかということが第1点、差別落書き、あれも知識のある者がや
っているわけですから、差別文字という文字も知識ですから、そういう意味で何のための知識かが
大切になります。
二つ目は、1960年代でユネスコ中心に提唱された、経済発展適応型の識字です。これは現
在もありますが、例えば、ヘルパーの資格を取りましょう、運転免許を取りましょう、あるいは転
職するためのさまざまな栄養士の資格を取りましょうとか、そういった資格型の識字です。これは
国際的には社会の発展に個人がどう貢献するか、そういう貢献する能力を身につけていきましょう
という形でそう言われました。それによっていわゆる経済発展を成し遂げるということです。一般
的に今言われているのは機能的識字という言葉ですが、現在の社会をいわゆる経済発展だけじゃな
く社会的文化的な、そういう変革をしていくためのさまざまな機能を身につけていくという意味で
使われています。
しかしそれだけじゃおかしいのではないかということで、三つ目に人間解放思考型と言われて
いる識字が国際的に提唱されました。イランのペルセポリスというところで、1970年代にいわ
ゆるペルセポリス宣言がなされました。その中で、単に読み書き算の技能習得をするだけではなく
て、人間の解放とその全面的な発達を目指すことが、識字の一番重要なことであるということが言
われました。「個体発生は系統発生を繰り返す」という生物学の定理がございます。つまり人間の
赤ちゃんがおなかの中で人間にだんだんなってくる、それはちょうど命がこの地球上に芽生えたと
きの進化の過程を繰り返しているわけです。識字についても、いわゆる系統発生的に言うと、今申
し上げた知識獲得型の1950年代の識字なのか、60年代の識字なのか、いや70年以後の識字
に達しているのかという、段階があるのではないでしょうか。私たちの識字が、どの段階かという
ことを絶えず検証するという意味では、識字に対する国際的な見方や考え方の発展ということも、
ある意味で参考になると思います。
国際識字年の前年の1989年、大阪にパウロ・フレイレさんが来られました。フレイレさんを
日の出識字学級に案内したとき、そこでフレイレさんがある意味では一番日本の識字に感動された
というか、インパクトを受けられたのは、学習者が自分の生い立ちをフレイレさんの前でお読みに
なったことではないかと思います。その生い立ちを聞いてフレイレさんが、世界の各地を回ったけ
れど、自分が今まで歩んできた道をその本人が自分で語る、そしていろんな思いで書き抜いた文章
をみんなの前で読む、こういう取り組みというのは日本だけではないか。それは日本の識字の非常
に大きな特徴だということを私はここに来て初めてわかったと。これは日本が誇りにすべき識字の
取り組みだということをおっしゃいました。一番後に、彼は「Against lack of Justice, Please go
ahead!」と言いました。今でも覚えているのです。それが非常に印象深かったからです。ジャス
ティスというのは正義、正義が奪われることに対して闘えと。ゴーアヘッド、前へ進むのみという、
解放という名で抑圧と闘ってきた彼の思想を、まさにその言葉で言い表していると私は思いまして、
フレイレさんの思想を本人の言葉で確かめたような思いでした。
文化庁の委嘱で3年間にわたって大阪市内の識字日本語学習の調査研究活動に私も委員の一人
として参加しました。それは「多文化・多民族共生社会における地域識字・日本語学習活動−大阪
市地域日本語教育事業報告書」(2000 年 3 月 31 日)という形でまとまっています。その報告書の
中で、結局識字学習と日本語学習とのあるべき方向性として三つ挙げています。一つは批判的識字
という言葉、二つ目は多文化共生、それから三つ目は共同学習です。批判的識字というのは先ほど
言ったフレイレさんの思想、みずからも変わるとともに現在の社会を変えていくこと。自分を通し
て自分の周りの世界を見詰め、世界がどう変わっているかを絶えず考えていくこと。「文字を読む
ということは世界を読むことである」という有名な言葉がありますが、そういう意味での批判的識
字です。
多文化共生は、まず、非識字そのものを一つの文化と見なし、非識字者に一方的に読み書きを
強要することは、異なる文化を認めないという意味で、真に人権を尊重する社会とは言えないとい
う見方です。更に、さまざまな文化を識字の中で創造していく。これは多文化共生というほかにも
う一つ、多文化多民族共生です。日本列島に住んでいるのは日本民族だけでいいというような考え
方はまだ一般社会に残っています。そういう意味で、多文化と同時に多文化多民族共生という考え
方が重要ではないかと思います。
共同学習は、支援者である講師と受講者であるパートナーとが共同で、ある意味では一つの文化
や識字を通して一つの物の見方、考え方や、人間としてのあり方をつくり上げていくという意味で
す。つまり、多数の人が共同でという意味での共同では必ずしもなくて、講師と受講生、支援者と
パートナーが共同で一つの識字という文化をつくり上げていく。その文化は恐らく最近言われてい
る人権文化です。人権を守り育てていく文化を生み出していくのだということです。
それと識字は、識字教育という意味では教育ですけど、言うならば識字文化と言ってもいいの
ではないか。教育は広い意味の文化の中に含まれるわけですから、識字は教育活動であるという表
現がありますが、むしろそのもとにある文化活動と考えた方がいいのではないかと思っています。
そういう意味では、多様な識字の中の文化活動があるのですが、言葉は思想を決定しますので、読
み書き教室というと何か読み書きにかかわってしまうという意味合いがどうしても出てきますから、
識字というのは識字文化活動と言ってもいいのではないかと思っています。そういう意味で共同学
習を考えたいと思います。したがって、パートナーと支援者とのあり方について、識字学級もいろ
んなボランティアの方も参加されているし、積極的にボランティアに参加していただこうという方
針になっている、その方向は正しいと思います。
4.識字運動の現状と課題
1998年に大阪府教育委員会が、学級や学習者の状況についての実態調査結果を報告いたし
ました。それによると、大阪府における特徴は、一つ目は、学習者の高齢化と多様化です。大阪府
教育委員会の調査では48.1%が60歳以上です。二つ目は、これは以前からですが、8割以上
が女性だということです。三つ目に、先ほど言いましたことと重なりますが、講師の大部分が学校
の教師等で占められているけれど、次第に地域のボランティア講師が増加しているという傾向です。
それから四つ目は識字学級に外国出身者が11.8%おられることです。それから五つ目は、同和
地区の識字学級学習者は 1,336 人(1996 年 3 月)で、これは 90 年調査での「読み」に不自由して
いる人の 15.8%、「書き」に不自由している人の 11.7%にすぎません。いわゆる「非識字」の 80
〜90%、10,000 人以上が依然として識字学級に集まれていないという冷厳な実態があります。全
国的にはもっと、夜間中学校の調査等では120万とか、あるいは別の人は180万とか言ってい
るわけですが、そういう義務教育未修了者が存在している。要するに圧倒的な数の人たちはまだ社
会に放置されていると言っていいのではないかという問題点があります。
(1)生涯学習と識字
−高齢者の学習
私たちの社会がどういう社会であるかということを見たとき、高齢者の問題が一つ出てきてお
りますので、それについてちょっと申し上げてみたいと思います。一般に、「高齢者は年だからな」
という、そういう見方、考え方があります。識字についても、「わしはこの年やから物覚えが悪く
て」というような言い方がよくされるわけです。それが私たちの一般的な見方になっています。高
齢者差別のことをエイジズムと言いますが、このような見方は、エイジズムの一つだろうと思いま
す。
大阪市内の生江識字学級に、95歳の方が来られています。自分の20代のことは、今でも聞
き取りするともう滑らかに話されますし、またほかの活動もどんどんやっておられます。民謡や生
花など、いろいろやっておられます。人間の活動というのは一つの活動が活性化すると他を刺激す
るといいますから、そういう意味では90代の方の能力もすごいと思います。
識字については、何ものかを教えるという取り組みではなくて、つまり学校教育の取り組みの
反対の取り組みがあるはずです。例えば、「教育」と「学習」と「発達」が最近の生涯学習につい
て言われていますが、「教育」というと知識や技術を伝達することと取られやすいし、「学習」も
知識や技術を学ぶことですし、「発達」は、要するに言葉のとおりに伸びていくことであり、成長
することであるととらえられます。「教育」は人間の可能性を引き出すことであり、「学習」は経
験によって自分の行動がどう変わるかということなのです。「発達」は、隠されていた能力、ある
いは考え方や感じ方がどんどんあらわれていくようになることだととらえ直していくようになりま
した。
これは生涯学習の考え方ですから、識字学習では一層意図的にそのことをやっていく必要があ
ると思います。現実にはテキストを与えて、それを一生懸命勉強しましょう、覚えましょうという
活動になっているとすると、それは少し違うのではないかということです。そういう意味では、識
字学級に参加している方はたくさんの豊かな引き出しを持っていて、それをどのように開けるか開
けないか、あるいはどこまで開けることができたかというのが、パートナーの能力だと言われてい
ます。そのことによって今まで考えられてなかったような新しいものの見方、考え方や感じ方を識
字学習なり日本語学習の中でどのようにつくり上げていくかということが、目指すものではないか
と言うことができます。
(2)共同学習
日本語学習をしている中で、「日本語は覚えたけれども、ひとりも日本人の友達ができない」
という声を聞くことがあります。識字学習と共通ですが、コミュニケーションというものは単に言
葉を学ぶことによってできるのではありません。そのことを通してお互い同士がどういう関係であ
るとか、共通な話題を含め、自分の持っているものや自分も気づかなかったものを学習の場でつく
れるかということなのです。私はこんな歌を詠めたのだ、こういう文章をつくれたのだということ
によって本当のコミュニケーションができるわけです。
いつもは大体 1 対 1 で学習をやっておられますが、共同学習と言っていいか、全体学習と言っ
ていいかわかりませんが、みんなの前で発表する場を設けていることです。これは個人の語りと言
っていいか、あるいは共通体験を語り合うというような共同学習と考えていいかわかりませんが、
外国人が多いですから通訳の方も含めて前に立って自分の思いを語る集会を、必ず年に一度やって
おられるそうです。表現活動を通して、全体のコミュニケーションをみんなでつくっていこうとい
うことです。識字学習は個人学習のようであっても、実は共同で学習するという意味で、個人では
得られない一つの能力なり力なりをつくり上げていく場だと思います。自分が訴えたいことや語り
たいことをちゃんと受け止める人がいて、そしてその受け止められたことによって自分もまたさら
に訴えることが豊かになっていくという、こういう相互関係で識字学習があるわけです。
最近の、パソコン学習、ワープロ学習についても、絶えず全体学習や共同学習に返されている
かどうかが課題です。パソコン学習はパソコン学習でずっとやって、はい、きょうはここまでやり
ましたから終わります、と。そうじゃなくて、例えば終わりなり初めなりに、みんなで集まって、
そしてきょうはこういう学習やりましたとか、あるいは一緒にみんなで識字の歌なり歌ってきょう
の結果を話し合って次の予定を言って帰るとか、そういう共同的な学習を積極的に組み入れていく
ことが非常に大事だと思います。1 対1の学習は、初めての人とか、あるいは言語の習得という意
味では効率のいい方法であっても、逆にいうとそれはパートナーの能力によってある意味では限界
があります。本来のあり方でないようなやり方をパートナーがやっていたとしてもわかりません。
そういう点で閉じられた関係です。識字は絶えず開かれた環境にしなくてはならない、そういう意
味で共同学習とか全体学習を重視すべきだと思います。
今申し上げている共同学習は、パートナーと支援者とのいわゆる閉じられた学習をもっと開か
れた学習にすべきではないかという意味の共同学習です。そういう点で、日本語学習においても、
日本語を習得してもらうだけでなく、全体の場で自分の母語で語っている方の生き生きした顔と動
作を発表することが大事だと思います。そういう場を共同学習や全体学習で保障していくというこ
とが、同時に日本語学習を活性化する一つの土台をつくっていくのではないでしょうか。相互関係
です。まさに多文化共生なのです。
(3)「語り」の文化−表現と綴る活動
今までの識字で言えば、できるだけ一人ひとりの持っている「語り」というか、生い立ちを大
切にしてきました。「オーラルヒストリー」と言った方が、もう少し日本語学習にも通じますね。
そういうものを日本人も、日本語学習している外国人も含めて学習の中で大事にしていくことです。
それが表現活動に結びつきます。それは識字活動を活性化するためには非常に大きな方法、また共
同学習を活性化するための方法になるのではないかと思います。大阪の識字では昔からそれを「オ
ガリ」と言ってきました。「オガる」というのはご存じのとおり自分の思いのたけをぱっと外に出
すという意味です。もともとはわめいたりどなったりという、あまりいい意味ではなかったのです
が、識字で取り上げられてから、これは非常にプラスイメージになりまして、オガリという名詞化
された言葉にまでなって、オガリの大切さということが表現活動の柱にされてきました。これは日
本語学習の柱にしてもいいのではないかと思います。
その次に、文章化する、いわゆる綴る活動です。これは表現ですから平仮名で十分だと思いま
す。漢字社会ですから漢字が読めた方が便利ですが、識字社会はできるだけ難しい漢字を学習しな
ければならないというのはどうかという問題があります。むしろ、漢字に振り仮名をつける、ある
いはできたら文字表現でないさまざまな表現法を加えてコミュニケーションを図るということが、
私たちの社会の責任だと思います。文字表現する場合には、日本の場合であればかつてはローマ字
運動というのもあったように、平仮名、片仮名で十分だろうと思います。それでどんどん表現して
いった方がいい。もともと識字学級はそのように始まったわけです。