プロローグ:〈定常〉と“ダイナミズムの間”で

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プロローグ:〈定 常 〉と“ダイナミズムの間 ”で
私 たちは、経 済 変 数 に思 いを寄 せすぎてはいないだろうか。
GDP よ、上 がれ、
株 価 よ、上 がれ、
物 価 よ、上 がれ、
賃 金 よ、上 がれ、
とコメントした。とても、知 的 な言 葉 遣 いである。
“static”は、「時 間 面 を 落 として 動 かない状 態 」を、“stable”は、「時 間
を通 じて安 定 している状 態 」を指 している。ヤッコ委 員 長 のコメントは、「今
だけみると、大 丈 夫 にみえるけど、これから先 も大 丈 夫 とはいえない」とい
う意 味 合 いになる。
経 済 学 で 「 定 常 状 態 」 と 訳 さ れ て い る “steady state” や “stationary
state” も 、 “stable” と 同 じ よ う に 時 間 面 を 伴 っ て い て 、 「 時 間 を 通 じ て 動 か
ない状 態 」を意 味 している。しかし、日 本 語 で「定 常 」というと、「時 間 を
通 じて」が抜 け落 ち、「動 かない」だけが残 って、「停 止 」のイメージが独 り
歩 きしてしまう。
といったかと思 うと、
円 よ、下 がれ、
金 利 よ、下 がれ、
税 金 よ、下 がれ、
電 気 代 よ、下 がれ、
と逆 方 向 にも思 いを寄 せる。
私 たちの発 声 の方 向 の先 には、もちろん、政 府 や日 本 銀 行 がある。
日 本 経 済 という「マシーン」のレバーを上 げ下 げする感 覚 で、日 本 経 済
の「運 転 員 」に指 示 を与 えているようにも聞 こえてしまう。
そこには、「さまざまな経 済 変 数 が、時 間 を通 じて絡 み合 いながら、今
の経 済 の均 衡 が現 れている」という意 識 が微 塵 もみられない。
ところで、2011 年 4 月 初 め、グレゴリー・ヤッコ米 原 子 力 委 員 会 委 員
長 は、福 島 第 一 原 発 の状 況 について、
“We describe the situation as static but not yet stable.”
私 たちは、この「定 常 状 態 」をひどく誤 解 しているのでないだろうか。
定 常 状 態 にダイナミズムが内 包 されている可 能 性 もある。「定 常 状 態 」
は、いくつかの経 済 変 数 が動 かない定 常 状 態 は、あらゆる経 済 変 数 が
止 まってしまっている状 態 ではけっしてない。じっとしているようにみえて、その
背 後 では、相 反 する力 がぶつかり合 ってバランスがとれているような可 能
性 もある。
成 長 が止 まったかのようにみえる GDP の背 後 には、GDP を引 き下 げよう
とする、社 会 のもろもろの力 に抗 して、GDP を引 き上 げようと必 死 で踏 ん張
っている人 々もいる。わずかな失 業 数 の変 化 の背 後 には、きわめて活 発
な労 働 力 の移 動 があるのかもしれない。
逆 に、ダイナミズムの中 に定 常 状 態 を見 出 す可 能 性 もある。
“stationary” の 意 味 で の 「 定 常 」 に は 、 「 動 か ず に 静 か に し て い る」 だ け で
なく、「ある場 所 から遠 く離 れない」というニュアンスもある。錨 を下 ろした船
のように、錨 が下 りた海 底 からのびたロープの長 さの範 囲 で船 が漂 うよう
なイメージである。
個 々の経 済 変 数 をみれば、激 しく動 いているようにみえて(非 定 常 にみ
えて)、複 数 の経 済 変 数 を組 み合 わせると、長 い目 でみて落 ち着 いた
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動 きになる(実 は、定 常 になる)ようなケースも、けっして少 なくない。
日 々乱 高 下 する株 価 だけをみれば、「ある場 所 から遠 くに離 れない」と
いうような側 面 など探 し出 すことなどできないが、収 益 動 向 に比 べた株
価 をみれば、風 景 もずいぶんと変 わって、長 期 的 に定 常 状 態 を見 出 すこ
とができる。日 々、円 高 だ、円 安 だと大 騒 ぎしている為 替 レートも、為 替
相 場 、日 本 の物 価 、相 手 国 の物 価 の三 者 関 係 に置 いてみると、そこに
長 期 的 な定 常 状 態 を見 出 すこともできる。
ダイナミックな経 済 社 会 に定 常 的 な状 態 を発 見 することは、過 去 の経
済 に照 らして、現 在 の経 済 を相 対 化 する契 機 ともなる。
私 は、何 も高 級 なことをいっているわけではない。
「日 々の静 けさの中 の弛 みのない営 為 」を見 出 し、「日 々の激 しさの
中 の永 々とした秩 序 」を発 見 することの大 切 さを述 べているにすぎない。
日 々の〈定 常 〉に“ダイナミズム”を見 出 し、日 々の“ダイナミズム”の中 に
〈定 常 〉を発 見 しても、なおかつ、私 たちは、
GDP よ、上 がれ、
株 価 よ、上 がれ、
物 価 よ、上 がれ、
賃 金 よ、上 がれ、
とか、
円 よ、下 がれ、
金 利 よ、下 がれ、
税 金 よ、下 がれ、
電 気 代 よ、下 がれ、
と、政 府 や日 本 銀 行 に向 けて主 張 するのであろうか。私 は、そうしたことを、
自 問 自 答 したいだけなのである。
私 は、〈定 常 〉と“ダイナミズム”の間 で視 点 を自 在 に移 動 することによ
って、私 たちの経 済 社 会 に、あるいは、私 たちの日 常 生 活 に、大 きくない
かもしれないが、とても大 切 な豊 かさを発 見 する契 機 になると信 じている。