3 プロローグ:〈定 常 〉と“ダイナミズムの間 ”で 私 たちは、経 済 変 数 に思 いを寄 せすぎてはいないだろうか。 GDP よ、上 がれ、 株 価 よ、上 がれ、 物 価 よ、上 がれ、 賃 金 よ、上 がれ、 とコメントした。とても、知 的 な言 葉 遣 いである。 “static”は、「時 間 面 を 落 として 動 かない状 態 」を、“stable”は、「時 間 を通 じて安 定 している状 態 」を指 している。ヤッコ委 員 長 のコメントは、「今 だけみると、大 丈 夫 にみえるけど、これから先 も大 丈 夫 とはいえない」とい う意 味 合 いになる。 経 済 学 で 「 定 常 状 態 」 と 訳 さ れ て い る “steady state” や “stationary state” も 、 “stable” と 同 じ よ う に 時 間 面 を 伴 っ て い て 、 「 時 間 を 通 じ て 動 か ない状 態 」を意 味 している。しかし、日 本 語 で「定 常 」というと、「時 間 を 通 じて」が抜 け落 ち、「動 かない」だけが残 って、「停 止 」のイメージが独 り 歩 きしてしまう。 といったかと思 うと、 円 よ、下 がれ、 金 利 よ、下 がれ、 税 金 よ、下 がれ、 電 気 代 よ、下 がれ、 と逆 方 向 にも思 いを寄 せる。 私 たちの発 声 の方 向 の先 には、もちろん、政 府 や日 本 銀 行 がある。 日 本 経 済 という「マシーン」のレバーを上 げ下 げする感 覚 で、日 本 経 済 の「運 転 員 」に指 示 を与 えているようにも聞 こえてしまう。 そこには、「さまざまな経 済 変 数 が、時 間 を通 じて絡 み合 いながら、今 の経 済 の均 衡 が現 れている」という意 識 が微 塵 もみられない。 ところで、2011 年 4 月 初 め、グレゴリー・ヤッコ米 原 子 力 委 員 会 委 員 長 は、福 島 第 一 原 発 の状 況 について、 “We describe the situation as static but not yet stable.” 私 たちは、この「定 常 状 態 」をひどく誤 解 しているのでないだろうか。 定 常 状 態 にダイナミズムが内 包 されている可 能 性 もある。「定 常 状 態 」 は、いくつかの経 済 変 数 が動 かない定 常 状 態 は、あらゆる経 済 変 数 が 止 まってしまっている状 態 ではけっしてない。じっとしているようにみえて、その 背 後 では、相 反 する力 がぶつかり合 ってバランスがとれているような可 能 性 もある。 成 長 が止 まったかのようにみえる GDP の背 後 には、GDP を引 き下 げよう とする、社 会 のもろもろの力 に抗 して、GDP を引 き上 げようと必 死 で踏 ん張 っている人 々もいる。わずかな失 業 数 の変 化 の背 後 には、きわめて活 発 な労 働 力 の移 動 があるのかもしれない。 逆 に、ダイナミズムの中 に定 常 状 態 を見 出 す可 能 性 もある。 “stationary” の 意 味 で の 「 定 常 」 に は 、 「 動 か ず に 静 か に し て い る」 だ け で なく、「ある場 所 から遠 く離 れない」というニュアンスもある。錨 を下 ろした船 のように、錨 が下 りた海 底 からのびたロープの長 さの範 囲 で船 が漂 うよう なイメージである。 個 々の経 済 変 数 をみれば、激 しく動 いているようにみえて(非 定 常 にみ えて)、複 数 の経 済 変 数 を組 み合 わせると、長 い目 でみて落 ち着 いた 4 動 きになる(実 は、定 常 になる)ようなケースも、けっして少 なくない。 日 々乱 高 下 する株 価 だけをみれば、「ある場 所 から遠 くに離 れない」と いうような側 面 など探 し出 すことなどできないが、収 益 動 向 に比 べた株 価 をみれば、風 景 もずいぶんと変 わって、長 期 的 に定 常 状 態 を見 出 すこ とができる。日 々、円 高 だ、円 安 だと大 騒 ぎしている為 替 レートも、為 替 相 場 、日 本 の物 価 、相 手 国 の物 価 の三 者 関 係 に置 いてみると、そこに 長 期 的 な定 常 状 態 を見 出 すこともできる。 ダイナミックな経 済 社 会 に定 常 的 な状 態 を発 見 することは、過 去 の経 済 に照 らして、現 在 の経 済 を相 対 化 する契 機 ともなる。 私 は、何 も高 級 なことをいっているわけではない。 「日 々の静 けさの中 の弛 みのない営 為 」を見 出 し、「日 々の激 しさの 中 の永 々とした秩 序 」を発 見 することの大 切 さを述 べているにすぎない。 日 々の〈定 常 〉に“ダイナミズム”を見 出 し、日 々の“ダイナミズム”の中 に 〈定 常 〉を発 見 しても、なおかつ、私 たちは、 GDP よ、上 がれ、 株 価 よ、上 がれ、 物 価 よ、上 がれ、 賃 金 よ、上 がれ、 とか、 円 よ、下 がれ、 金 利 よ、下 がれ、 税 金 よ、下 がれ、 電 気 代 よ、下 がれ、 と、政 府 や日 本 銀 行 に向 けて主 張 するのであろうか。私 は、そうしたことを、 自 問 自 答 したいだけなのである。 私 は、〈定 常 〉と“ダイナミズム”の間 で視 点 を自 在 に移 動 することによ って、私 たちの経 済 社 会 に、あるいは、私 たちの日 常 生 活 に、大 きくない かもしれないが、とても大 切 な豊 かさを発 見 する契 機 になると信 じている。
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