ルーントルーパーズ ∼DDG180

ルーントルーパーズ ∼DDG180∼
佐藤和馬
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︻小説タイトル︼
∼自衛隊漂流戦記∼﹄浜松春日
ルーントルーパーズ ∼DDG180∼
︻Nコード︼
N0252BL
︻作者名︼
佐藤和馬
︻あらすじ︼
原作:﹃ルーントルーパーズ
※原作者から許可をいただいている番外編です。
1
いぶき型イージス護衛艦
︻︿いぶき﹀性能諸元︼
艦 種:ミサイル搭載護衛艦
艦 番 号:DDG−180
艦 名:いぶき
前 級:あたご型護衛艦
次 級:最新型
造 船 所:三菱重工業長崎造船所
所 属:地方護衛隊第15護衛隊
基準排水量:7,800t
満載排水量:10,150t
全 長:170.0m
全 幅:21.0m
深 さ:12.0m
吃 水:6.2m
船 型:平甲板型
3
主 機:COGAG方式GE製LM2500ガスタービン4基,
2軸
出 力:100,000PS
速 力:30kt以上
燃 料:約1,845t
航続 距離:約6,200海里
乗 員:約320名
mod20
RIM−66M−5
61セル、Mk159
兵 装:54口径127mm単装速射砲
Mk41
垂直発射装置Mk158
7セル VLS
・艦対空誘導弾スタンダード
2
SM−2MR
Block?A
SM−3
SAM
Block?A
SBM
・弾道ミサイル防衛用誘導弾スタンダード
161C
ES
RIM−
mod25
Bl
TTPV
VL−AS
・艦対空誘導弾シースパローRIM−162M
SM
・対潜魚雷アスロックRUM−139C
ROC︵Mk54対潜魚雷︶
・艦対地巡航
誘導弾タクティカル・トマホークRGM−109E/H
Mk15
4連装90式艦対艦誘導弾SSM−1B発射筒
CIWS
高性能20mm機関砲
ock1B
50口径12.7mm単装機銃M2用銃架
C2T−
3連装短魚雷発射管HOS−302︵Mk54対潜魚
雷︶
艦 載 機:対潜哨戒ヘリSH−60Kシーホーク
いぶき
:MOFシステム︵OYQ−31−6
同 型 艦:DDG180
C4I SATCOM︶
CDLM+リ
mod19+SQQ−89︵V︶
NTDS︵UYQ−86︵V︶8
NORA−1/NORQ−1
ンク11/14/16︶
AWS
Mk7
Mk37
:AN/SPY−1D︵V︶多機能レーダー
15J+TWS
レーダー
OPS−28E対水上レーダー
OPS−20B航海レーダー
ソナー :SQS−53C艦首ソナー
mod8
TWS
:Mk99
ミサイルFCS
OQR−2D−1曳航式ソナー
FCS Mk37
3
Mk116水中FCS
Mk160砲FCS改
6連装チャフ/フレア発射機Mk36
電 子 戦:ECM/ECCM:NOLQ−2B
SRBOC
対抗 手段 Mk137
mod6
︻概要︼
本級は、あたご型護衛艦に次ぐ、第三世代のイージス護衛艦とな
る。はたかぜ型の耐用年数が近く、退役が間近に迫ったことで、建
造が認められ、予算が承認された。本級建造までは、あたご型がイ
ージスシステムを搭載する護衛艦として、世界最大レベルの排水量
だったが、その座は譲ることとなった。
本級の位置づけは、海上自衛隊イージス艦の最新鋭艦。弾道ミサ
イル防衛︵BMD︶や朝鮮半島有事・尖閣諸島での周辺事態を想定
し、これまでの自衛艦には存在しなかった対地攻撃用トマホーク巡
航ミサイル︵その中でも最新型であるタクティカル・トマホーク︶
といった﹁攻撃型兵器﹂を初めて搭載した︵ただし、トマホークの
存在は政治的配慮により非公開とされているが、搭載される54口
径127mm単装速射砲に疑問を感じ、対地兵装搭載説を唱えた専
搭
弾道ミサイル迎撃
門家がいた︶。また、米軍供与の最新のイージス・システムを
載し、﹁ミサイル防衛最後の切り札﹂として、
艦の能力を保有している。改修ではなく、核ミサイル迎撃を主任務
として建造された自衛隊初のイージス艦として、日本を守る最強の
盾となることを期待されていた。しかし、新要素を詰め込むあまり
に価格が上昇し、3隻分の調達が困難になったことから、建造中止
分の費用が上乗せされ︵約1800億円︶、政治決定により同型艦
の建造は凍結。本来姉妹艦と共に日本全土をカバーするはずだった
計画は頓挫している。そのため、作中の海外派遣に派遣が真っ先に
4
決定するなど、存在意義が曖昧な高性能艦となっている。現在のイ
ージスシステムは、受注分をもって生産を終了する為、新たに調達
を要求した場合は、調達が不可能となると思われる。その為、日本
各社の電子関係企業による日本版イージスシステム生産と、ライセ
ンス取得を検討しているが、防衛省と米国防総省は、興味を示して
いいない。
建造途中に巡洋艦から空母へ改造することにな
り、
艦名の由来は第二次大戦中に建造途中であった日本海軍の重巡洋
艦﹁伊吹﹂。
更には完成前に戦争が終わって無用の長物と化した経緯なども含め
て﹁哀れな船﹂として﹁いぶき﹂の不幸さを表していると言われる。
あたご型の追加建造も合わせての計画だったが、3隻どころか、2
隻目の建造さえ叶わなかった︵ただし、不幸艦は他にもいた︶。
弾道ミサイル防衛に関しては、SM−3シリーズで最新のものが
採用されている。いぶき型自体は、SM−6の運用能力を持つが、
採用されていない。だが、試験用に、SM−6の購入が、予算で承
認されていたのは事実である。
︻船体・機関︼
︿船体﹀
設計は、ほぼあたご型に準じているが、運用方針から、長さの延
長、ヘリ飛行甲板の多少の拡張が主な変更点である。また、SH−
60Kを固有の艦載ヘリとすることと、一時的にヘリを載せたあた
ご型から寄せられた意見により、格納庫の設備をより充実させるべ
く、後部構造物の一部延長の変更が出た。
︿機関﹀
機関の配置はあたご型と同様である。ゼネトリック・エンジン社
5
製のLM2500ガスタービンを搭載するなど、従来艦とは違い、
輸入品を使用しており、米国の関与は、F−16をベースとしたF
−2支援戦闘機以来である。なお、若干ではあるが、出力向上が図
られている。
︻装備︼
︿イージス武器システム︵AWS︶﹀
本級の対空戦闘システムであり、武器管制の中核。ベースライは
7.1J。システムは既に改修を受け、イージスBMD5.2とな
っており、SM−3の運用を可能にしている。
︿SPY−1D︵V︶﹀
いぶき型に搭載されるフェーズド・アレイ・レーダー。前級のあ
たご型と同じものを搭載している為、探知・追尾能力は同じである。
︿ミサイル垂直発射システム Mk41﹀ 本級が搭載する垂直発射装置はMk159が37セル、Mk15
SUM、トマホークである。な
SAM、SM
8が61セルとなっており、全体的に、ミサイルの搭載量が少し増
ABM、ESSM、VLA
やされている。いぶき型が運用するのは、SM−2
−3
お、搭載していないものの、密かにSM−6の試射に成功している。
ただし、試射のみで、導入には至っていない。
また、運用方針からこんごう型のみにとどまっていた内臓クレー
ンが再度採用されている。その為、セル数を増やした意味が無くな
ると批判されている。
6
︿射撃指揮システム Mk99﹀
イージスシステムの対空戦闘で、攻撃の最終段階を担う。イルミ
ネーターAN/SPG−62が、前に1基、後ろに2基搭載し、約
12目標に対し、同時攻撃が可能。なお、SM−6の運用が決まれ
ば、同時に約20目標の追尾・攻撃が可能になると言われていた。
︿対潜戦闘システム﹀
前級のあたご型と同じものを装備する。よって、システムはあた
ご型をなんら変わらないものである。構成は、
・AN/SQS−53C船底装備ソナー
・OQR−2D−1曳航式ソナー
・Mk116対潜攻撃指揮装置
・ORQ−1Bソノブイ・データ・リンク装置
となっている。
主な使用兵装はアスロック対潜魚雷と3連装短魚雷発射管。なお、
3連装短魚雷発射管は、CICからの遠隔操作による発射も可能で
ある。
︿対水上戦闘システム﹀
対艦兵装として、90式艦対艦誘導弾SSM−1Bを搭載する。
ハープーンも搭載可能である。米国製対艦誘導弾ハープーンよりも
破壊力、命中精度が高いと言われている。
︿砲熕兵器システム﹀
7
ここが、前級との分かりやすい相違点である。あたご型は対地・
だったのに対し、いぶき型の主砲は、対空重視のイ
対艦に特化した、BAEシステム社の62口径5インチ単装砲Mk
45mod4
タリアのオットメラーラ社製54口径127mm単装速射砲に変更
されている。これは、極秘で搭載された、トマホーク武器システム
OSS光学照準システム、イージスシステ
︵TWS︶によって対地攻撃はトマホークで事足りると判断された
ためである。Mk42
ムと連動させ、こんごう型よりもさらに、命中精度が増したと言わ
れている︵こんごう型は射撃レーダーの照射が必要だった︶。なお、
主砲を従来型に戻したがために、ステルス性を犠牲にしたのも事実
であり、世界の流れに逆行する形となった。
8
登場人物
登場人物紹介︵変更の可能性あり・一部でしか登場しない人物も含
む︶
︻日本政府︼
蕪木芳郎
性別:男性
年齢:54歳
身長:161cm
身分:国会議員
蕪木紀夫の兄。国会議員をしており、自由民主党所属。イージス
護衛艦︿いぶき﹀計画に全力を注ぎ込む。神奈川県横須賀市。
野川弘樹
性別:男性
年齢:58歳
身長:161cm
身分:国会議員
内閣総理大臣
事件発生に伴い、緊急で対処チームを立ち上げ、対処する。その
前からも、独自で特別部署を開き、情報収集・対策を行ってきた。
9
自衛隊出動には慎重になっている。
︻海上自衛隊︼
加藤修二
性別:男性
年齢:27歳
身長:171cm
身分:自衛官
階級:1等海尉
。趣味がオタクじみており、
第3護衛隊群所属護衛艦︿あたご﹀の砲雷長。メガネをかけた知
的でのほほんとした男にしか見えない
だが、判断力は非常に高く、外見
オカルト雑誌を定期購読し、漫画やライトノベルなどを航海に合わ
せて大量購入して持っていく。
一見するとごく普通
と普段の性格に反して冷酷とも言える作戦や判断を下すことができ
る。愛知県名古屋市。
蕪木紀夫
性別:男性
年齢:49歳
身長:166?
身分:自衛官
階級:1等海佐
第3護衛隊群所属護衛艦︿あたご﹀艦長。
10
の初老の男性で、基地内を私服で歩いていると誰も佐官であると気
付かずに敬礼してくれないほど。現場第一主義で、上層部と対立す
ることも多く、万が一の事件が起きた際に現場に責任をなすりつけ
るための上層部の人柱にされた背景がある。その苦労ゆえか、冷静
で寡黙、時としてシニカルな面も見せる。だが、内面的には古き日
本海軍の伝統を引き継ぐ熱い思いを持っている。神奈川県横須賀市。
︻防衛大学校︼
久世啓幸
性別:男性
年齢:19歳
身長:170cm
身分:自衛隊生徒
階級:防衛大学1年
防衛大学校在学中の若手自衛隊員︵自衛官ではない︶。性格的に
自衛官のイメージらしくない極めて温厚で真面目な青年。他の生徒
に頼りないと不評な面も。また、指揮者としての能力は十分に高く、
冷静な判断力と素早い決断力を併せ持つ。外見的にはスラリとした
印象の好青年。至って普通の青年だが、民間企業への就職を勧める
恋人と別れてまで自衛隊への道を選択した過去を持つ。愛媛県松山
市。
︻陸上自衛隊︼
横田元也
11
性別:男性
年齢:35
身長:169cm
身分:自衛官
階級:2等陸尉
南アフリカ派遣隊の幹部。防衛大学出身で、久世の先輩にあたる。
仕事が終わっては、知り合いとよく酒を飲み、休日は釣りに出掛け
ることがある。判断力などが高く、部下からも信頼されている。神
奈川県横浜市。
梅本翼
性別:男性
年齢:27歳
身長:173cm
身分:自衛官
階級:3等陸尉
防衛大学校を卒業してまだ間もない。が、課程終了後、幹部レン
ジャー課程に進み、レンジャー徽章持ちとなった。教官にたっぷり
シゴかれ、何もないときは温厚の彼だが、いざという時は心を鬼に
する。普通科所属。横田と同じく、PKF派遣された。北海道旭川
市。
︻航空自衛隊︼
12
佐仲明宏
性別:男性
年齢:41
身長:165cm
身分:自衛官
階級:3等空佐
航空自衛隊の最新鋭機F−35Jのパイロット。F−4EJ改の
代替機として百里基地に配備。コードネームは﹃ライモン﹄。飛行
隊名は﹃マリースア﹄。北海道千歳市。
︻一般人︼
市之瀬竜治
性別:男性
年齢:13
身長:162cm
身分:中学校2年生
せ
高校を卒業後に広報官の口車に乗せられて自衛隊へ入隊する運命
にある少年。性格的には国防へ対する意識などは全く持ち合わ
ただし、家族への愛情は強く、美奈という妹
また、シューティングゲーム好きで、狙撃手としての才
ていない現代っ子。
がいる。
能があり、とある上官を助けることになる。静岡県浜松市。
有村美姫奈
13
性別:女性
年齢:22
身長:164cm
身分:﹃ハニーソックス﹄取材班
同じ雑誌出版社の高野と取材を仕事にする。あまり載せることの
なかった自衛隊についてはあまり好きではない。東京都大田区。
14
序章 始まりの楯
南国を思わせる街並みがあった。まるで観光地と思える空間であ
る。近くに、この街を一望できる城が立っていることにより、古代
遺産として残っているようにも見える。
だが、城下町にいる人々の暮らし振りは、現代社会からはずいぶ
んとかけ離れたものだった。舗装されていない大通り。水道を見か
けない代わりに、多数存在する井戸。
衛生的に、あまりいい環境とはいえなかった。服装も今では見か
けないものばかり。
だが、それらは現代人にとっての常識だった。
黒煙がところどころで上がり、なおかつ殺戮が行われていた。こ
れを見れば、この街が戦争状態にあることが分かる。
生物の王者とでもいうべきドラゴンが飛び交い、城壁にいた兵士
に炎を吹き掛けていた。火だるまとなり、苦しみながら絶命する兵
士。
矢が飛び交い、魔法が炸裂し、そして、剣で倒れていく。
ここ、?マリースア南海連合王国?は壊滅状態に陥っていた。す
でに多くの兵が死に追いやられ、あちこちに屍の山が築かれていた。
領土拡大を目指している?フィルボルク継承帝国?は勝利を確信
していた。この国も1日か、数日で堕ちるだろう⋮⋮と。
だが、状況は一変した。それは、1匹の黒竜が爆散したことが始
まりだった。
﹁責任取れぇっ!﹂
その男が叫び、黒竜は爆発した。明らかにこな場所にはミスマッ
チな人間。側に転がり、無惨な姿を晒す回転翼機?UH−60JA
15
?。重傷の隊員と、残された部下たち。
彼らは﹃陸上自衛隊﹄。憲法によって縛られ、軍隊ではない軍隊
という矛盾を抱えた組織だった。
自分たちが何故、この場所にいるのか説明できる者はいない。そ
れを探すためにも、今は護る為に戦うしかなかった。それが、彼ら
の存在意義なのだから。
◇
矛盾を抱え、なおかつ周囲の光景に合わない存在がいた。その異
形な物体を取り囲むようにして飛ぶ帝国竜騎士団。その数、およそ
50。一斉にかかれば何のことはない。そのはずだった。
﹁対空戦闘、CIC指示の目標、撃ちー方始めぇ﹂
CIC︱、現代の軍艦にある戦闘情報指揮センターである。紛れ
もなく、この世界の産物ではない高性能電算機は、敵の脅威を計算
し、さらにはその優先度まで決定した。
艦隊司令として乗艦する海将補、蕪木紀夫は、艦橋での操艦を艦
長に任せ、自身自らここに立った。本来なら司令としての身を、後
方のDDH︵ヘリ搭載護衛艦︶を置いても良かったのだが、このD
DG︵ミサイル搭載護衛艦︶には及ばない能力があった。
イージス︱、ギリシャ神話で無敵の楯とされる。
高度な防空システムであることから、この名称で呼ばれ、なおか
つ、空からの脅威を排除する。
﹁トラックナンバー、0608。主砲、撃ちー方始めぇ!﹂
16
見た目はまるでゲームのコントラーラーだが、そのトリガーこそ
が、毎分45発という速射性能を持つ54口径127mm単装速射
砲だった。それが火を吹き、空薬莢が排出される。ゴロン、ゴロン
と甲板に転がり、ある薬莢は海中に消えた。
竜騎士団にとっては正確すぎる射撃。早すぎる次弾装填。
1門しかないのを見れば、すぐに分散という方法が思い付く。そ
んな彼らに、さらなる恐怖が襲い掛かった。
﹁ESSM︵発展型シースパロー︶、発射用意!主砲対応範囲外の
目標に指向!﹂
管制オペレーターがコンソールを操作。キーボードを叩く音もそ
れに合わせて激しくなる。
﹁火器管制システム、オールグリーン!﹂
﹁ESSM、発射用意。イルミネーター・リンク︵誘導電波照射装
置配分︶。ESSM、発射用意よし!﹂
コンソールのランプが点灯し、発射可能であることを示していた。
﹁VLS︵ミサイル垂直発射機︶セイフティー解除!発射命令発令
!﹂
﹁サルヴォー︵一斉射撃︶!﹂
安全装置が解除された兵器はもう躊躇わない。自爆するかのうよ
うにして、後部甲板に埋め込まれたVLSの蓋が開放された。炎が
真上に吹き出し、白い飛翔物が露になる。
﹁何あれ、勝手に爆発した!?﹂
17
そう見えた。ESSMは光る矢の如く、次々と竜騎士に喰らいつ
き、地獄へと案内していた。直撃弾を受けて絶命した者はまだマシ
だったかもしれない。レーダーによる近接信管により、爆風で竜を
失い、身を宙に放り投げられた者は、重力に従い、コンクリート並
みの堅さと化した海面に叩きつけられ、絶命した。また、ある者は
海中に沈みながら、ガスタービンエンジンによって高速回転するス
クリューに捲き込まれて四散した。
﹁次弾発射用意﹂
﹁配分完了!﹂
﹁斉射!﹂
360度の捜索が可能なレーダーが、近距離目標を見逃すはずが
なかった。また1騎、また1騎と落とされていく。
﹁残敵、距離を取ります!撤退する模様!﹂
﹁VLSにセイフティー・ロック。管制モード、手動に変更﹂
﹁火器管制モード、手動に変更!﹂
この世界に在ってはならない戦闘。この存在こそが、どこかでで
は不幸艦と揶揄されていた神の楯︿いぶき﹀だった。
圧倒的戦闘能力。従来のこんごう型やあたご型をも超える攻撃。
存在が分からない闇への巡航ミサイル。流星の目により接近した
巨大隕石の、弾道ミサイル防衛用スタンダードミサイル。
艦内にまで、今まで味わったことない臭いが漂う。火薬の臭い⋮
⋮。
それでも、ここにいる意味は?この世界を救う為?否。救われた
者からすれば救世主だが、この世界から見たら排除すべき存在。元
の場所でも嫌な目で見られ、そして世間から見離された。
高度な防空システムをもつ︿いぶき﹀。
18
そして、彼らはこう呼ばれた
?ルーントルーパーズ?
異世界から召喚されし戦士たち
﹃何故、お前は生まれた?﹄
19
第1章 プロジェクトA 1
終戦を迎えた1945年8月15日、物資調達の影響により、建
造が中止状態だった大日本帝国海軍の航空母艦︿伊吹﹀は、ついに
再建することなく、1946年3月16日に解体開始。1947年
8月1日に解体は完了した。
戦闘に加わることも無く解体された為、世間からは不幸艦と呼ば
れた。
﹃伊吹﹄という名は2代目であり、初代は鞍馬型装甲巡洋艦だっ
た︵後に巡洋戦艦に艦種変更、ワシントン海軍軍縮条約により解体
された︶。
かつては艦長だった蕪木も、それを見届けた一人だった。
自身の駆逐艦も戦果が挙げていたが、終戦により帰投。標的艦と
なることが決まった。
他艦では、前線から戻ってくる兵士の為の輸送任務を帯びて日本
から離れるのもあったが、蕪木は上陸を命じられた。
蕪木にとっては久し振りの本土だ。本土⋮⋮だった。
東京大空襲によって、辺り一面が焼け野原と化した大地。行く先
々で人が倒れ、焼死体が未だに残っていた。人はこんなにも炭化し
てしまうのか?
戦争の終結は、2発の原子爆弾によって決定づけられていた。実
は東京も、その標的だったのだが、それが実行されなかったことを、
今の蕪木に知る手段はない。
もちろん調印は戦艦︿ミズーリ﹀の甲板で行われた。これは、米
海軍が口を出した為で、昔も仲が悪かった。
戦争に敗れた日本に追い討ちをかけるかのようにして、日本代表
が降艦時に、米軍機の大編隊が頭上を過ぎていった。
日本はそこで、?恥?という文化を奪われた。蕪木は、そう思っ
た。そして、日本人としての?誇り?。これは、次の世代に託すし
20
かない。自分たちが守りきれなかった、?誇り?を⋮⋮。
そして時が経ち、高層ビルが並ぶ21世紀。蕪木の思いは、護衛
艦艦長に引き継がれた。
◇
何やら世間が騒がしく、自衛隊の存在が大きく取り上げられる中、
久世の意識は別のところに向かっていた。目の前には笑顔で久世を
出迎える女性。笑顔だが、目が笑っていない。そして彼らは、ある
特別な身分にあった。
防衛大学校︱、神奈川県の横須賀にある、幹部を育成する為の施
設。それも、?自衛隊?の幹部である。
時折、反自衛隊の団体が現れては何やら抗議活動を行っているが、
久世の知ることではない。それよりも、目の前の女性︱板井香織が
怖かった。
久世は防大の1年生だが、板井はその上3年生。しかも、同期や
さらに上の4年生も彼女を恐れているという謎に包まれた人物なの
である。
さて、呼び出された時間帯は夜の7時を過ぎたぐらい。久世は靴
磨きと制服のプレスに力を注いでいた時だった。
﹁何でしょう?﹂
久世は舎側にいた板井に、恐る恐る質問した。
﹁限定スイーツ。これ、もう日が無くてね⋮⋮﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
﹁週末の外出にはもう終わり。だから買ってきて欲しいの。今すぐ﹂
21
﹁ですが、今は⋮⋮﹂
﹁手ぶらで帰ってきたら脱柵したってバラすから﹂
﹁は、はい!﹂
板井には、防衛大学校に入校してから数日後に目をつけられた。
別に何かをやらかしたわけではないのだが、今となってはそれを気
にする暇はない。
友人には隠れて私服に着替え、警戒センサーの?穴?を抜け、近
くのスーパーに向かった。学生とはいえ、自衛隊の一員である。無
断外出だけでも処分は厳しいのに、こともあろうか脱柵という領域
に、久世は1年生で突入していた。
﹁な、無い!?﹂
﹁えぇ、すみません。ちょうど、本日の分は売り切れてしまって⋮
⋮﹂
近くで一番大きなダイエー。ヴェルニー公園もあり、軍港として
の観光地としても有名な場所である。第7艦隊や自衛艦といった、
さまざまな艦艇を見ることができる。もちろん、今の久世の眼中に
は入っていないのだが。
﹁マジか⋮⋮どうする⋮⋮﹂
頼みの綱であったダイエーに無かったのだ。他をまわるしかない。
タクシーで乗り継ぎ、限定スイーツを発見したのは隣町まで出て
からだった。しかも、店頭に並ぶ最後の一品だった。そこからは防
衛大学校まで飛ばしてもらった。正面で降りるわけにもいかないの
で、裏で降ろしてもらい、とにかくダッシュ。ようやく久世の休息
が訪れたのは、夜の点呼5分前だった。
22
﹁番号、始め!﹂
この号令により、人員が揃っているのか確認するのだが、最後の
﹁欠﹂︵隊列を組んだ時に一人不足する場合の、番号時の最後の呼
唱︶が、他の区隊よりも疲れているように聞こえたのは気のせいか。
﹁久世、大丈夫か?﹂
﹁また板井先輩に呼ばれたのか?大変だな⋮⋮﹂
同じ区隊の友人は、久世の安否を心配していた。だからこその気
遣いである。
何を察したのか、友人達は久世がいないのを確認するや、久世の
靴磨きやプレスを共同で終わらせてい。これも同期としてなのか何
なのか分からないが、脱柵がバレなかったのは奇跡だろう。
﹁久世⋮⋮案外気に入られているんじゃないか?﹂
﹁変なこと言うな。本当に今日はヤバかったんだ﹂
﹁ホント、お疲れ﹂
﹁ども﹂
うむ、目が若干死んでるな。周囲の判断はそれだった。
◇
﹁それ、どうにもならんか?﹂
﹁駄目ですよ。これは航海中の息抜き用なんです。気分転換できる
ものがなければ、多くの隊員が発狂しますよ﹂
﹁⋮⋮﹂
23
このような力説をかましているのは、1等海尉であり、CICで
火器管制を専門とする砲雷長、加藤修二だった。
しかし、彼の趣味を除けば、この力説はあながち間違いではない。
彼の職場は、北の弾道ミサイル防衛任務を主とするミサイル護衛艦
の乗員なのである。
?第3護衛隊群?が、加藤の職場︿あたご﹀の母港であった。
︿あたご﹀はアーレイ・バーク級駆逐艦をベースに設計されたこ
んごう型の改良発展型である。一目見ただけで、その違いに多くの
人が気づくことができる。ひとつは62口径の5インチ単装砲︵M
k45mod4︶。もうひとつはヘリ格納庫だ。
﹁もう少し減らせんのか?﹂
﹁自分の計算では、これでちょうど、次の航海の日数分あるんです﹂
加藤の本棚。そこにはオカルト系の雑誌や何やらが綺麗に並べら
れていた。
﹁大丈夫です。仕事と趣味の切り換えはしっかりしてますよ﹂
︿あたご﹀艦長である蕪木紀夫に浮かぶ加藤の姿。あれは、前の
RIMPAC︵環太平洋海軍合同演習︶の時だ。
︿あたご﹀は就役したての︿いずも﹀、︿ふゆづき﹀、補給艦︿
ましゅう﹀と参加していた。
洋上に浮かぶ廃艦は標的艦として漂い、ひたすら撃沈の時を待っ
ていた。
イージス艦とはいえ、何も全てが完璧ではない。米海軍もやはり、
数発外した。過去のこんごう型でも数回に一回程度、着弾がずれる
というのだが、どういうわけか︿あたご﹀は加藤が砲雷長になって
から1発も外さなくなっていた。
24
武器が進歩したのか、あるいは指揮が良かったのか。
そういえば、と加藤は話題を変えた。
﹁遂にあたご型が追加されるみたいですね﹂
﹁それは知っている﹂
きっかけは、日本周辺の事情と、ミサイル護衛艦はたかぜ型の老
朽化にある。
領土問題は世代がいくら移り変わろうと解決せず、領空侵犯によ
る空自のスクランブルも少なくない。次期主力戦闘機F−Xに、ロ
ッキード・マーティング社のF−35Aが採用され、ようやく実戦
配備にいたっているが、数は少ない。配備先は、退役の進むF−4
EJ改がある基地だ。
また、以前はむらさめ型護衛艦が、火器管制レーダーを照射され
ており、中国側はこれを否定。さらには、北朝鮮による短距離ミサ
イル発射。拉致問題も解決していないことから、日本政府は新たな
方針を防衛大綱に組み込んだのである。
現在としては、いくつかの案があり、そのうちの一つが、あたご
型2隻+改あたご型3隻というものだ。これが採用しつつあり、あ
たご型2隻分の建造はすでに決定。あとは改あたご型のみとなって
いる。
﹁次の航海まで少し整理しておけよ。後悔しても知らんぞ﹂
蕪木はそう言うと、艦長室に戻った。
同時刻︱、百里基地にスクランブルがかかった。待機室にいたパ
イロットは部屋を飛び出した。
アラートハンガーには、実弾のミサイルを搭載したF−35Jが
駐機しており、F−4EJ改とは違う雰囲気が出ていた。
JはJapanの頭文字であり、ソフトウェアも日本仕様にして
25
ある。例えば、AIM−120Cよりも大型なAAM−4︵99式
空対空誘導弾︶はその大きさからF−35Aのウェポンベイに搭載
することができず、改修を型を提案。これは日本の独自仕様となる。
デジタル化されたコックピットに、アナログ計器盤は無い。そし
て、戦術情報はHMDに表示される。
エンジンも始動し、機体を滑走路まで走らせると、すぐに離陸許
可が出た。
﹃マリースア1、離陸を許可する﹄
﹃了解、離陸する﹄
単発エンジンとは思えない加速力。そして推力。操縦桿の反応も
良く、少しの動きで機体の向きが変わる。
管制塔からの指示では、領空侵犯と思われる航空機は竹島付近だ
という。
﹃また奴らか⋮⋮﹄
佐仲明宏3等空佐は、胸の中でそう思い留めた。こんなことは一
度や二度だけではない。これは最近になって増えたことだ。
現場となる海域に、海上保安庁の巡視船がいた。いたのだが、そ
の上空を飛ぶ物体が、巡視船を威嚇していた。
わざと、巡視船のクルーに見せつけるかのようにして、F−15
Kは対艦ミサイルをぶら下げて飛んでいた。
﹁空自のアラート機到着まで、あと10分程度です﹂
﹁なめた真似を﹂
韓国機から警告が発せられた。挑発のような行為だが、巡視船も
同じく引き返すよう警告した。
26
恐らくは韓国政府による日本への圧力だ。大きな確率で、日本の
イージス艦の増強を阻止しようとしているのだろう。
ちなみにロシアはすごく大人しい。こちらは最近になって、北方
領土返還を検討しているという。尖閣諸島は相変わらずであった。
﹁なっ!﹂
近くの海面が跳ねた。あと少しずれていれば、この巡視船は蜂の
巣になっていたところだ。
﹁今の威嚇射撃のつもりか!?﹂
﹁船長、このままでは危険です。自衛隊に任せましょう!﹂
﹁野郎は日本の上を飛んでるんだ!なのにここで引き返しては、こ
こは韓国領と認めたようなものだ。また調子に乗るぞ﹂
だが、思ったよりも早く、自衛隊機は到着した。目視で確認でき
るも、レーダーには映らない。韓国機も自機のレーダーで捉えるこ
とができないらしい。F−35Jからの警告を受けると、渋々引き
返していった。
﹁あれが⋮⋮ステルス戦闘機⋮⋮﹂
巡視船の様子は、F−35Jの佐仲からも確認できた。
﹃韓国機は引き返した。繰り返す、韓国機は引き返した﹄
﹃了解、任務完了。RTB﹄
﹃了解、帰投する﹄
巡視船に向かって翼を振って見せると、佐仲は操縦桿を握り直し、
百里基地へと進路を取った。
27
プロジェクトA
2
黒塗りの車がいくつも並ぶそこは、日本の主要部﹃国会議事堂﹄
であることが分かる。すでに官僚らは議事堂内の席に座っており、
議会の開始を待っていた。
若干私語が聞こえるものの、私的な話題をしている者は一人もい
ない。やはり、囁かれているのは﹃改あたご型﹄についてだった。
議長が入ると、ざわめきは無くなり、緊張が堂内を支配する。
﹁これより、衆議院会議を始めます。議題としましては、昨年より
計画された﹃3個方面防衛計画﹄であります﹂
3個方面防衛計画とは、北方領土方面、竹島方面、沖縄方面を防
衛する護衛艦建造計画のことだ。将来的には、これが政治的切り札
になりうると期待される一方、その運用方針に疑問を抱く者もいる。
﹁さっそくですが、防衛大臣。もう一度説明を頼めるかな?﹂
﹁喜んで﹂
防衛大臣︱酒本栄里は立ち上がり、マイクの前に立つ。
﹁酒本です。では改めまして、3個方面防衛計画についてご説明し
ます﹂
議事堂内には大きなモニターが備えられており、その大画面にパ
ワーポイントで作成されたスライドが映し出される。
﹁まず、新規で建造予定のイージス艦ですが⋮⋮﹂
28
スライドに︿あたご﹀が映る。
﹁このあたご型2隻は発注済みで、建造も開始されています﹂
んなことは分かっていると野次が飛ぶが、酒本は気にしない。
﹁これで、1個護衛隊群にイージス艦2隻体制が確立できるように
なります。BMDに関しても予算計上済みです。問題とされている
のはこの次になります﹂
ようやくか。一人の議員は、弟のことを思い浮かべていた。あい
つは確か、︿あたご﹀の艦長だったな。
﹁本題の3個方面防衛計画ですが、これは護衛艦として、また、我
が国の最大の防御となるべくして計画されました。こちらが、その
改あたご型の案です﹂
CGで再現された改あたご型。一見普通のあたご型に見える。恐
らく、この議事堂内のほとんどの議員はそう思ったはずだ。
﹁まず主砲ですが、Mk45は採用しません﹂
﹁おいおい⋮⋮、何の為のステルス性の砲採用だったんだ?これじ
ゃあ、まるで意味が無いじゃないか!﹂
﹁火器管制に関して、改あたご型の特徴はこれだけではありません。
注目すべき点はこのVLSになります﹂
スライドが変わり、多くの議員が驚きを隠せなかった。そこに記
されていたのは、VLSに搭載される各種ミサイル。そこにあって
はいけないもの。
29
﹁酒本大臣⋮⋮隣国に喧嘩を売るつもりか?﹂
﹁時によっては、攻撃が最大の防御。それが、我々防衛省の方針で
す﹂
﹁だからって⋮⋮、戦略兵器と思われる﹃トマホーク﹄を!﹂
トマホーク︱、多用途巡航ミサイル。ものによっては射程がハー
プーンや90式艦対艦誘導弾よりも長く、破壊力も絶大である。し
かも、防衛省が検討しているのが、最新モデルのタクティカル・ト
マホークだというのだ。
﹁今までの防衛省は、過去の海上自衛隊の要求には応じなかったが
⋮⋮﹂
﹁方針はいつかは変わるもの。確かに、迎撃の為のスタンダードミ
サイルを積んだイージス艦といえども、何発も来たらたまったもん
じゃない。だから⋮⋮﹂
﹁発射源を潰すというのか?それこそ、我が国の専守防衛に反する
というものではないか!﹂
﹁何も先制攻撃をかけるとは言っていません。いざそうなったら、
その攻撃の元を絶つ。そういう運用です﹂
確かに、北朝鮮なら何発もミサイルを撃たないとも限らない。数
が多ければ防ぎきれない。
冷戦時代、アメリカが恐れたミサイル飽和攻撃と同じなのだ。
予算の獲得はどうにかなった。だが、問題はやはり、トマホーク
の運用だった。防衛省が質問したトマホーク武器システムだが、米
国の関与は絶対的なものになる。システム運用にも米国が関与し、
次いで、機動性に重要なガスタービンエンジンも、米国製が決定さ
れた。
﹁管制システム関係にだけ関与というわけには?﹂
30
﹁防衛省は5隻分のイージスシステムを要求しているんです。多少
の関与を否定するなら、システム供給をストップさせてもいいんで
すよ﹂
さらに防衛省が求めたのは、個艦防御兵装。すなわち、ESSM
の搭載。
単艦任務も想定され、対艦ミサイルに対するハードキルとしてオ
ットメララ社製の127mm速射砲。それ以外の設計のコンセプト
は、まさにアーレイ・バーク級駆逐艦だった。
﹁こんごう型はアーレイ・バーク級をベースにしているが、この改
あたご型は、武器管制システムがアーレイ・バークそのものだな﹂
防衛省の関係者は、そう漏らしたという。
トマホーク武器システムは、なかなか前に進まなかった。周辺国
への配慮の影響と、米国の出し渋りが原因だった。
いくら日本といえども、またイージスシステムについての情報漏
洩が再発するのではないかという不安の声が今となって出たのであ
る。
﹁ことが上手く進みすぎているんじゃないかね?﹂
﹁俺はいいと思うんだが?﹂
国会議事堂では、今日も3個方面防衛計画について話し合われた。
どうもこれをよく思わない政党がいるようで、戦略兵器と捉えられ
ているトマホークの搭載中止が訴えられている。
﹁すでに発注済みのものに言っても無駄なだけだがな﹂
蕪木芳郎は煙草をふかすと、灰皿に灰を落とすのだった。
31
◇
﹁どんな感じ?﹂
﹁うん、やっぱり政府は決定したみたい﹂
新聞にはイージス艦5隻増強の文字が踊っていた。どの新聞社も
この話題が主であるらしく、中には﹃よく考えよう。税金の使い道﹄
という内容もあった。
雑誌出版社﹃ハニー・ソックス﹄でも、若者向けのファッション
雑誌に、イージス艦についての記述があり、注目との話題とも言え
た。
﹁有村、ここの文章、修正な?﹂
﹁えぇ!酷いです、編集長!﹂
﹁3隻じゃない。5隻だ﹂
﹁あ﹂
どうやら、政府がまたイージス艦をつくるという認識しかなく、
その詳細まで知ろうとする人はあまりいないようだ。
だが、どうせすぐに関心が無くなる記事だ。今のうちに失敗して
おこう。
有村美姫奈は心のうちで頷き、記事の修正をした。
﹁今の人はこういうことには無関心だからな。自分達のことなのに、
他人事のようだ﹂
﹁案外続くかも知れませんよ?﹂
﹁別の記事は?﹂
32
﹁えーとですね⋮⋮﹂
探すのはネタになりそうなものだ。ネタにならないものでは意味
が無い。
﹁これなんかどうでしょう?﹂
たまたま見つけた記事。何でも、大平洋側で漁をする漁業からで、
どうも魚がとれないらしい。
﹁よくあることじゃないか?﹂
﹁それが、まるで生態系がガラリと変わったかのように、別の魚が
とれるそうで﹂
有村はドキッとした。編集長の目付きが変わっていたからだ。
﹁よし、有村。高野と二人で取材してこい﹂
﹁お、俺もですか!?﹂
﹁当然だ。こいつはいいネタになりそうだ。月刊誌で良かったな。
締め切りまでは随分あるからな﹂
編集長は前から変わり者だと有名だった。だからこその決定なの
かもしれない。いっそ、ハニーソックスの名前を変えたらどうかと、
有村は思った。
33
第2章 南の海 1
編成を完了させた艦隊が港を離れていく。
南アフリカ派遣隊である。対岸の火事に過ぎなかった日本だが、
その戦火が拡大。石油の輸入にも影響を及ぼしかねない事態にまで
発展した。ソマリアの二の舞を恐れた米国の交渉もあり、日本政府
は渋々承諾。最初の派遣隊が輸送艦に乗り込んだのである。
﹁今までのPKOでも、こんなに装備が充実したことはありません
よ﹂
その隊員が言うことはもっともであった。装甲化された車輛が多
数を占め、96式装輪装甲車も混ざっていた。国内の批判は相次い
だが、隣国からの圧力も酷かった。
騒がれたのが、日本の軍国主義の復活。アジアの侵略を諦め、離
れた大陸支配を目論んでいるとした。だが、今回の任務にあたる自
衛隊には、そんな戦力はなかった。輸送艦︿おおすみ﹀に、それを
護衛する︿たかなみ﹀と︿いせ﹀。
﹁小説みたいになんねぇかな?﹂
﹁映画の見すぎだ。少しは自重しろ。仮にも戦場なんだぞ﹂
﹁冗談です。それに、息抜きは今だけですから﹂
カバーがかけられ、公にはされていないが、機動戦闘車も派遣の
仲間入りを果たしていた。
﹁次がどうなるか知らんが、第2次派遣隊がもう検討されているら
しい﹂
﹁横田2尉﹂
34
3等陸尉梅本翼。防大出身者であり、レンジャー持ち。防大出身
の点では、横田も同じだった。
﹁よろしくお願いします﹂
﹁珍しいだろうよ。新型装備に二人して乗るんだからな﹂
航海は1週間程。自衛艦隊を出迎えたのは、米艦隊だった。
﹁話が違う!治安維持じゃなかったのか!﹂
﹁上が何と話したかは知りませんが、自衛隊にも参加していただく﹂
到着早々の口論。暴徒化した人々の沈静化だった。しかも、武器
を持つ人々だ。
﹁納得できません。治安維持に、現地人を射殺せよという状況は⋮
⋮﹂
﹁では、何の為に銃を携行している?駆逐艦︿たかなみ﹀の意味は
?﹂
﹁あくまで自衛の為の手段。殺戮をするものじゃない﹂
﹁同盟国として言っておく。軍隊じゃないと自己暗示しているのは
日本人だけだ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
初のPKFということもあり、部隊指揮官は頭を抱えた。
◇
35
静岡県浜松市︱、特産物としてウナギが全国的に有名である。
有村と高野がここを選んだ理由は特に無い。何となくで選んだの
である。
﹁で?﹂
﹁でって言われてもな⋮⋮﹂
とりあえず来てみたものの、港には人気がなかった。失敗だった
と思った時、偶然、漁船の中に人影が見えた。
﹁すみませーん!﹂
有村と高野は逃すまいと、その漁船に近寄る。
﹁何だね?﹂
﹁すみませんが、ここの漁師さんですよね?﹂
﹁だからどうした?俺は随分前からやっとるよ。何十年もな﹂
﹁今日は⋮⋮盛んじゃないんですね?﹂
﹁おめぇ知らねぇのか?最近じゃ、何故かとれたものがとれねぇん
だ﹂
﹁チラッとなら⋮⋮﹂
﹁見たところ、どっかの記者だろ?乗せてってやるよ﹂
﹁いいんですか?﹂
雑誌出版社として、この機会に乗らないわけにはいかない。
﹁お願いします﹂
ウナギも有名だが、何もそれだけが浜松市ではなき。第一次産業
では、漁業以外にも農業が盛んだし、工業都市としても発展してい
36
る。
なら何故、港はこんなにも寂しくなっているのだろう。
﹁あれ?﹂
海面に時々浮かぶ物体。漁船を止めてもらうと、それは魚である
ことが分かる。だが、漁師が言うには、この辺では絶対に見かけな
い種類だという。
﹁これ、何て言う魚何でしょう?﹂
﹁調べたが、何処にも載ってない新種だよ﹂
﹁それって新発見じゃないですか?﹂
﹁そんなもん発見しても嬉しくねぇよ。仕事が成り立たなきゃな⋮
⋮﹂
漁船が大きく揺れたのはその時だった。そして、周囲には靄みた
いなものがかかる。
﹁あ、悪魔の霧だ!﹂
﹁悪魔?﹂
﹁最近になって出るんだ⋮⋮。でもまさか、晴れてても出るなんて
⋮⋮!﹂
﹁と、とにかく引き返しましょ!ね?情報も一応得られたし!﹂
有村は高野の方を振り返った。しかし、そこに高野はいなかった。
それどころか、漁師の姿も消えていた。
﹁え、ちょっと⋮⋮高野さん?﹂
思わず海面を覗き込む。そこには高野の持ち物らしきメモ帳が虚
37
しく漂っていた。
﹁いや⋮⋮いや⋮⋮﹂
有村は漁船の操舵室に飛び込むと、そこで丸くなった。いや、確
か何処かに救難信号を出せる機械があるはず⋮⋮。手探りで、ある
かも分からないものを探す。
漁船にも一応レーダーはついている。この漁船は海中の魚群を捉
える為の機材が搭載されているが、救難信号を発信する機材はまだ
見つからない。
背後で、ポチャンという音がした。視界が失われ、頼れる人が自
分以外にいないこの状況で不安にさせるには十分だった。
﹁いや⋮いや⋮﹂
焦って鞄から取り出した携帯は圏外を示していた。
焦りに焦って何かを押したが、それを意識が使える冷静さは、彼
女にはなかった。
﹁誰か⋮⋮誰か⋮⋮﹂
ピチャッと、縁に謎の物体が見えた。
﹁手えぇぇぇぇぇ!﹂
﹁た、助けて⋮⋮!﹂
恐怖が浮かぶ有村。その耳に、助けを求める声が聞こえてきた。
﹁お願い⋮⋮私を⋮⋮助けて⋮⋮﹂
﹁こ、来ないで!﹂
38
まるで駄目だった。直後である。靄が少し動いた。続く爆音。近
づくターボシャフトエンジン音。
あぁ、そうか。浜松市には自衛隊の基地があったっけ。
急速に薄れる意識の中、彼女はその手の先の悲しそうな顔を見た。
私もついに幻覚が見えるようになったか⋮⋮。
有村の意識はそこで途絶えた。
次に目を開けた時は上空だった。資料で見たことがある。救難ヘ
リのUH−60Jだ。隣を見ると、あの漁師や高野もいた。が、ど
うも青っぽく、死んでいるようにしか見えなかった。
﹁目が覚めたんですね?大丈夫ですか?﹂
﹁あ、あの⋮⋮私は⋮⋮﹂
﹁あのお二人さんは体温低下の為危険な状態です。海に落ちてまし
たので⋮⋮﹂
﹁海に⋮⋮?﹂
有村はここで思い出した。
﹁ねぇ!もう一人いなかった?私の他にもいたはずなんだけど⋮⋮
!﹂
すると、何故か隊員は黙ってしまった。
﹁⋮⋮何かの見ま違いではありませんか?﹂
﹁そんなはず⋮⋮﹂
見えた。もう1機、UH−60Jがいる。
﹁教えて下さい。私、雑誌出版社﹃ハニーソックス﹄の有村美姫奈
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という者です﹂
﹁すみません﹂
隊員は頭を下げた。どうやら、有村は見てはいけないものを見た
ようだった。
40
南の海 2
漁船が?何か?の被害に遭うのは、有村達の船で3度目だった。
ついには海洋調査派遣団による調査が開始となり、漁港は閉鎖と
なった。漁師達にとっては痛手となり、急遽、国からの援助が行わ
れることとなった。
体調が一番先に回復した有村は入院した高野のことを想いつつ、
浜松基地へと入った。
パイロットを育成する機関もある為、F−15DJがアフターバ
ーナーを全開にして離陸していくのが見えた。
有村自身、自衛隊基地に仕事として入るのは初めてだった。
﹁有村美姫奈さんですね?案内の松島といいます﹂
﹁雑誌出版社﹃ハニーソックス﹄の有村です﹂
﹁では早速、ご案内いたします﹂
見たところ、階級は3等空曹のようだった。だが、有村は不安に
させる存在を見た。そもそもここは航空自衛隊の基地である。何故、
そこに﹃陸上自衛隊﹄がいる?
﹁有村さんはすでに目撃しているからいいんです。ですが、人とは
違う⋮⋮自分も何と言っていいのか⋮⋮﹂
案内された部屋は薄暗くちょっとした会議室のような場所。そし
て聞こえる泣き声。
﹁誰か泣いてるの?﹂
﹁まぁ、そうなります﹂
41
雨漏りでもしたのか、床が濡れていた。だが、誰も気にしてない。
﹁それは?彼女?に聞いてください﹂
﹁彼女?﹂
﹁あれです﹂
有村はそれを見てギョッとした。視界に入るそれは、上半身は人。
下半身は鱗のようなものが見えていた。研究の為でもあったのだろ
う。少し広く、比較的浅めの水槽に入れられ、周囲には防水処置を
した機材。彼女が暴れたときに、あの水溜まりはできたのかもしれ
ない。
﹁えっと⋮⋮﹂
﹁言葉に困るかも知れませんが、彼女は?人魚?に該当する﹂
﹁それって大航海時代に、船乗りがジュゴンだか何だかを見ま違え
たんじゃなかったですか?﹂
﹁それを裏切る存在が目の前にはいる﹂
よく見れば、推定年齢10代といったところか。髪は金髪に近く、
恐らく腰と思われる部位にまで伸びており、顔には幼さがある。
そこへ、研究員らしき人が、図版を持って報告する。
﹁だいぶ弱ってるみたいです。言葉も通じず食事も拒否。長くはも
たないでしょう﹂
そこへ、3等空佐の階級章をつけた自衛官が入ってきた。
﹁松島3曹、案内ご苦労﹂
﹁中野3佐、こちらが雑誌出版社﹃ハニーソックス﹄の有村美姫奈
です﹂
42
彼は救難隊の指揮官だという。出動を命じたのも彼だった。
﹁早速ですが、彼女を見かけた時、何か言っていましたか?﹂
﹁確か、﹃助けて﹄⋮⋮でした﹂
﹁自分の身のことを言ったわけではなさそうだが⋮⋮、どうやって
言葉を?﹂
﹁私にも分かりません。ですが、中野3佐。一体日本の海はどうな
ってしまったんですか?﹂
﹁有村さん、これを記事にするつもりかね?﹂
﹁そりゃ雑誌出版社ですから⋮⋮﹂
﹁このことは、できれば伏せておきたいと、上から通達が来ている﹂
﹁そんなに隠したいことなら、何故私を?﹂
﹁あなたもその当事者⋮⋮現場にいたからです。三度被害が出て無
事だったのはあなた方3人だけ。たまたま生きてた人なんです﹂
一回目は無人となった漁船を海上保安庁が発見。二回目は救難信
号を拾った救難隊が出動するも、漁船の姿は見つからなかった。
行方不明者の捜索は行われているが、世間では報道されず、生存
も絶望的となっていた。
﹁太平洋での異変⋮⋮これは、我々自衛官に出せる問題じゃない。
むしろ、この超常現象は秘匿するべきだと思う。今は﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁国からの措置によって漁港は閉鎖。それによる日本の水産業にも
少なからず影響は出る﹂
﹁値段の上昇⋮⋮ですか?﹂
﹁ありうる。ただでさえ、消費税増税で圧迫されているのに、そこ
に物価の高騰﹂
43
未知なる存在に目を向けつつ、中野は言った。
﹁日本は⋮⋮別の意味で危険にさらされているのかもしれん﹂
有村は、複雑な感情に包まれていた。
数日後、?彼女?は死亡し、遺体は海に戻すという異例の葬儀が
行われた。護衛艦︿こんごう﹀の乗員達は、何故こんなことに︿こ
んごう﹀が引っ張られるのか不思議でならなかったが、それを気に
する前に、︿こんごう﹀の役割は終わった。
﹁本当ですか!?﹂
かかってきた携帯を耳にあてつつ、有村は叫んでいた。高野の意
識が戻ったらしい。
﹁高野さん!﹂
﹁有村さん⋮⋮どうも﹂
疲れている表情だが、意識を取り戻したのはいいことだ。
﹁大丈夫?何か思い出せる?﹂
﹁いっぺんに聞かないでくれ。それにまだ起きたばかりだ。もう少
し休ませてくれよ﹂
高野の顔を見て、安心する有村だった。
◇
44
﹁で?﹂
﹁いやぁ、また自衛隊機が⋮⋮﹂
どうも彼は、また珍しいものを見たようだった。
﹁竜治、ご飯冷めるよ?﹂
﹁あぁ、悪いな⋮⋮いただきます﹂
市之瀬竜治、現在中学2年生。下は妹の美奈が一人だ。この
中学2年なら、少しは卒業後の進路を考えるべきなのだが、彼には
その自覚がまだないようだった。
彼の特技は射撃︱シューティングゲーム。ゲームセンターでも人
気だったザ・ハウス・オブ・ザ・デッド︵今は無い︶では、通い続
けたせいで、最高記録を更新。ラスボスを100円玉1枚で倒すほ
どの実力者になってしまった。
実は、夏祭りの屋台の射撃でも優秀︵?︶な戦績を納めており、
町内会からは密かに射撃の天才と崇められていた。
﹁そういえば竜治、次の試験は大丈夫なの?﹂
﹁多分いける﹂
﹁お兄ちゃんの大丈夫じゃない発言出たー⋮⋮﹂
﹁何だよ、美奈まで冷たい視線向けて﹂
﹁この前の小テストは残念な結果だったよね?﹂
﹁う⋮﹂
爽やかだった気分が、急速に萎む市之瀬竜治だった。
45
南の海 3
ついに海上封鎖が行われた。常に海上保安庁の巡視船が巡回する
ようになった。
気象庁の観測したデータも照らし合わされ、ランダムで霧が発生
する海域は完全に立ち入り禁止となった。
東京湾から小笠原諸島を繋ぐ定期フェリーは航路を変更せざるを
えなくなり、それに伴い料金も一部変更となった。
だが、一部はこれを演習材料にした組織がいた。在日米海軍であ
る。
日本側の警告を無視したわけではない。わざわざ艦艇を進入させ、
安全化を図るというのだ。
﹁まもなく危険ポイントに入ります﹂
﹁前方700に霧。日本側の情報通りです﹂
第7艦隊CG−67︿シャイロー﹀は、︿ロナルド・レーガン
﹁進路そのまま、機関低速﹂
﹀から連絡してもらい、日本政府、海上保安庁、静岡県浜松市に許
可をもらい、その巨体をはしらせている。
すでに被害報告が3件。そのうち生存者がいたのが1件のみ。
﹁MH−60、発艦用意よし﹂
﹁離艦を許可する﹂
︿シャイロー﹀からの誘導電波は受け取っている。あらかじめ定
められたコースを飛行し、また着艦すれば良い。
一時的な電波放射も認めてられている為、これのテストも行う予
定だ。
46
﹁艦長、こんなことやって意味があるのでしょうか?﹂
﹁さあな。そんなことより、ヘリの信号を追わないと見失うぞ﹂
LAMPSは、SH−60Bの後継となるべくし
﹁イエッサー⋮⋮﹂
MH−60P
て開発された機体である。機種がMH︵特殊・多用途︶なのは、こ
れまでの対潜哨戒任務や救助を合わせた機体に統一する計画から始
まり、それらの要素を詰め込んだ機体になっている。
機長を務めるラミー中尉は、飛行経路を確認しつつ、見える限り
の視界に目を凝らしていた。
﹁特に何も無いことを祈りますよ﹂
﹁ラミー中尉、︿シャイロー﹀からの誘導電波は依然として受信中。
問題なし。計器良好!﹂
﹁早く終わらせて酒でも飲みましょうよ?﹂
﹁まだ仕事中だ。後にしろよ﹂
ラミー中尉は部下達を一喝し、再び操縦に集中する。
﹁うん?﹂
ほんの一瞬だが、海面に何かが見えた。
﹁洋上に浮遊物あり!﹂
﹁機長、確認の為の接近の許可を﹂
︿シャイロー﹀はこれを認め、ヘリは浮遊物に近づいた。
﹁人の⋮⋮死体だと?﹂
47
﹁まさか⋮⋮3.11︵東日本大震災︶のでは⋮⋮?﹂
﹁いや⋮⋮﹂
衣類はボロボロだが、時間的な経過のわりには、そこまで原型が
崩れているわけではなかった。むしろ、比較的新しい方だ。東日本
大震災にしても、何年も前なので、水の上に浮くような死体は見つ
からないのだ。
﹁これは⋮⋮﹂
海軍司令部はすぐさま帰投を命じ、︿シャイロー﹀は横須賀へと
引き返した。
帰投した︿シャイロー﹀を出迎えた海軍関係者は、顔をしかめた。
﹁自殺志願者かな。にしては⋮⋮身なりがおかしい⋮⋮﹂
﹁外傷があることから、何かの殺人事件か事故にあったのでは?﹂
﹁じゃあ、これは?﹂
携行品ではないものの、いっしょだったからと、救助要員が引き
揚げたもの。
﹁?矢?ですか?﹂
﹁まさか⋮⋮どこぞの民族に襲われて⋮⋮﹂
﹁今時の主力は銃だ。山中ならありそうだが、こんなことはありえ
ない﹂
結局、確かな情報は得られず、防衛省も隠蔽するよう働きかけて
きた。どちらにせよ、安全化は出来なかったのである。
48
◇
﹁元気になってなによりです﹂
﹁心配をかけてすみません﹂
あれから数日、高野の体調は良くなり、無事退院となった。
あの漁師も回復したらしく、安心のため息を吐く。
﹁漁船の方は海上保安庁が港まで曳航したそうです。沖に出ること
はもう出来ないようで、海上封鎖が行われています﹂
﹁じゃぁ、これ以上の情報収集は厳しいっすね⋮⋮﹂
高野には黙っておくべきか。あの浜松基地でのことを。
﹁それにしても、一体何があったの?﹂
﹁分からないけど、誰かに助けを呼ばれた気がして⋮⋮でも、何て
言うか⋮⋮いつの間にか海に﹂
何も分からないうちに海の中。それではまるで超常現象が起きた
みたいじゃないか。
﹁でも微かなことは覚えてるんです。確か、女の子みたいな⋮⋮で
も違うような⋮⋮﹂
﹁高野さん。それ、人魚では?﹂
﹁いや、多分見間違い。まさか心霊現象!?﹂
有村は、高野が違う解釈を始めたので色々諦めることにした。
﹁もういいわ。ここであーだこーだしても始まらないし、一度得ら
49
れた情報をまとめて本社に戻りましょう﹂
東京の本社に戻る途中、ネットの掲示板をスマートフォンで閲覧
していたが、やはり、情報というものは簡単に転がっているようで、
また何やら騒がれていた。
A1jgMK08z
1:名無しさん:20XX/06/22︵日︶18:38:12
ID:
なんか港が騒がしい
oesB34tGkh
2:名無しさん:20XX/06/22︵金︶18:42:27
ID:
アメリカらしいぜ!︵︵︵︵;゜Д゜︶︶︶
dXocHMfuE
3:名無しさん:20XX/06/22︵金︶18:50:28
ID:
どこで仕入れた?
kRIp0h40uv
4:名無しさん:20XX/06/22︵金︶19:03:42
ID:
物騒な世の中だよな⋮⋮
9rtfDhms5
5:名無しさん:20XX/06/23︵土︶07:26:11
ID:
50
どっかの人で、人魚みたとか、頭おかしい奴いるらしいぜwww
6:名無しさん:20XX/06/23︵土︶07:29:47
ID:56wmlkg4x
はいはい、そういうのいいからwww
7:名無しさん:20XX/06/23︵土︶07:47:58
ID:8jwmkk04p
5、精神科行けよwww
投稿内容自体は少ないが、見てる人は見てるのだろうか?
また、別のところでは、出港し、立ち入り禁止海域に向かうイー
ジス艦の画像もUPされており、何らかの調査が行われたと思われ
る。
﹁病室の新聞をちらりと見たんだけど⋮⋮﹂
﹁何?﹂
﹁海洋調査団が調査するらしい。時期はまだ先みたいだけど﹂
﹁色々あるわね⋮⋮﹂
世間の関心は、日本周辺におかる生態系の変化と、イージス艦の
建造にあった。
特に建造中のあたご型2隻については、艦名の議論が行われてお
り、ネットでもその話題で盛り上がりを見せていた。
﹃3番艦は、まさかの︿たかお﹀!?﹄
﹃ひとつの可能性。今度こその︿いぶき﹀﹄
51
﹃︿あたご﹀︿あしがら﹀と来ている。ここは︿あづま﹀?﹄
﹃むしろ、︿ひえい﹀と︿はるな﹀?﹄
﹁︿ひえい﹀と︿はるな﹀だったら、帝国海軍の姉妹艦が揃うわけ
で⋮⋮﹂
﹁高野さん、艦これの影響ですか?﹂
かなり人気があると聞くが、こんな身近でやっている人がいると
は思っていなかった有村だった。
﹁とりあえずは何も無かったということで﹂
東京駅までの道のりはJR東海道線を使う。
品川駅から田町駅間の線路入れ替えはすっかり終わっており、古
くなったレールや錆び付いた支柱は撤去されていた。それだけで、
かなり広く見えた。
﹁高野さん、戻る前にどこか寄って行かない?﹂
﹁え?﹂
﹁退院祝いに。私の奢りでいいから﹂
52
第3章 不穏 1
梅雨前線が日本列島を覆う中、佐仲はうんざりした気持ちで訓練
に挑んでいた。
このF−35Jは全天候型という肩書きを手にしてはいるが、全
て完璧というわけではない。
浜松基地での出来事は、全国の航空自衛隊基地に通知が行き届い
ており、今後の防衛省の方針が不安定になりつつあった。
今までに無かった超常現象。これが当たり前になる日が来てしま
うのか?
﹃さあて、今日もバッチリ決めますよ﹄
僚機がアフターバーナーを全開にして離陸していく。単発エンジ
ンなので、停止すると飛行が双発機のように継続することが出来な
いのが欠点だが、それ以外は良好であった。F−15Jよりも多く
の兵装を搭載することができ、なおかつ、最大搭載時の離陸距離を
抑えていた。
﹃全機に達する。相手は旧きF−15だが、あのアグレッサーチー
ムだ。機体の性能を最大限引き出し、勝利を掴み取れ。以上﹄
数は5対5。しかし、ただの5対5ではない。百里基地から東に
向かえば太平洋があり、護衛艦︿やしま﹀が待機していた。他、訓
練支援艦︿てんりゅう﹀や練習艦︿かしま﹀も参加しており、直前
に与えられた任務は制空権を握るF−15Jを掻い潜り、︿かしま
﹀や︿やしま﹀に対艦攻撃を行うというものだった。
いかにして、そのステルス性を活かせるかが、政治の切り札に関
わってくる。
53
敵役であるF−15DJは、良好なフライトを見せていた。ロシ
アを意識したペイントを施した背面を、︿やしま﹀や︿かしま﹀の
練習艦隊に見せつけていた。
︿やしま﹀はいずも型の2番艦であり、2代目となる。実は初代
︿八島﹀は、富士型戦艦の2番艦であり、ちょっとした縁があると
されている。明治時代の戦艦であり、日露戦争で沈没した為、周囲
から批判されることはなかった。
﹁見事な陣形だな﹂
﹁一応練習機らしいですが、しっかり模擬弾積んでますよ?﹂
先程まではFICにいた松本は、CICに身を移し、モニター越
しに、航空自衛隊の動きを眺めていた。
わざわざ、佐世保から出張ってきたのだ。それなりの対処はさせ
てもらう。そういった意味で、電子戦はひゅうが型を凌駕する。
︿くらま﹀の代替艦ではあるが、なかなかの能力の持ち主となる。
﹁米沢の奴も気合い入れてやがるな﹂
米沢は、︿かしま﹀の艦長だ。今は彼も、CICにいるはずだ。
武装は76mm単装速射砲のみだが、各種戦闘シミュレーションが
可能となっている。︿てんりゅう﹀の支援を受けて、その内容は濃
くなるはずだ。
﹁よし、時間だ。教練対空戦闘用意﹂
﹃教練対空ー戦闘よーい!﹄
訓練とはいえ、気を抜くことは一切許されない。CICにキーボ
ードを激しく叩く音が舞う。
54
﹃状況!先行艦隊より敵航空機5を確認。なお、レーダーはクリア
!﹄
﹁ステルス⋮⋮﹂
F−35Jか。松本は唸った。
厄介な相手だった。
﹁F−15、エンゲージ!﹂
﹁1機ロスト!F−15撃墜!敵戦闘機、依然としてレーダーに映
らず!﹂
ここまでして映らないとは、F−35Jのステルス性の高さがう
かがえる。
﹁F−15Jロスト!全滅です!﹂
﹁対艦攻撃にはハードキル、ソフトキル!両方にて対処!電子戦防
御、ECMかけろ!﹂
﹁ECM起動!電子戦開始!﹂
一方の佐仲率いるマリースアチームは、低空飛行による接近を試
みていた。撃墜判定を受けたF−15DJは先に基地に帰投してお
り、悔し涙を見せていた。一方的な先制攻撃だったが。何しろレー
ダーに映らないのだ。しかも次世代型のHMDは、AAM5︵04
式空対空誘導弾︶との相性が良く、例え相手が真上にいようが背後
にいようが攻撃できる。
接近戦になっても、F−15DJはレーダーではF−35Jを捕
捉できず、機関砲のみしか使えなかった。結果、F−35Jに軍配
があがった。
また、搭載する高性能カメラは、パイロットの全周確認を可能に
する。
55
﹃電子戦防御!﹄
今のところ、F−35Jに対艦誘導弾は無い。あるのは爆弾だ。
しかも、無誘導という設定なので、実質電子戦防御は意味をなさな
い。
その時である。佐仲の機体に電子音が鳴り響いた。それはすなわ
ち、レーダーに捕捉されたことを意味する。
︵電波を一ヶ所に集中させたか⋮⋮︶
そのわずかな反射を捉えるとは。
戦術データリンクシステムにより、この情報は︿かしま﹀に転送
された。
練習艦︿かしま﹀
﹁︿やしま﹀より戦闘情報!敵機3、捕捉!﹂
﹁対空戦闘、シースパロー攻撃始め!﹂
﹁了解、イルミネーターリンク!VLS、1から3、発射用意よし
!﹂
﹁攻撃始め!﹂
擬似目標なる架空のシースパローがレーダー上に映る。
﹁インターセプト5秒前!スタンバイ⋮⋮﹂
﹁マーク・インターセプト!﹂
光点が入り交じる。が、目標は消えなかった。
56
﹁まだ消えぬか⋮⋮﹂
﹁あ!目標、レーダーからロスト!低空飛行による接近です!﹂
﹁CIWS、AAWオート!ならびに砲雷撃戦用意!﹂
﹁51番砲、撃ち︱方始め!﹂
米沢と松本の努力は虚しく、︿やしま﹀と︿かしま﹀に撃沈判定
が下った。
◇
﹁改あたご型﹂につけられる艦名。そこに、反自衛隊の思いが少
しばかり介入したのは事実だった。それに合わせての周辺国への配
慮。ゆえに、名前は命名基準に乗っ取るも、あまり活躍しなかった
名前が挙げられた。
︿いぶき﹀︱、改鈴谷型重巡洋艦として設計、建造され、途中で
空母に改装し、戦争に間に合わなかった艦。結局、途中まで建造さ
れていた船体は解体となった。
つまり、反自衛隊は進水しなければいい。すぐに駄目になれとい
う想いを込めたのである。
もちろん、これが全てではない。だからこそという、前向きな意
味も込められていたりした。
﹁︿いぶき﹀ねぇ⋮﹂
﹁大丈夫だと思います。確かに設計変更はありましたが、そこまで
深刻なものではありません﹂
﹁これで本当に建造中止になるような事態でも起きたら大変だな⋮
⋮﹂
57
だが、神の悪戯か、それとも誰かが意図したことなのか。造船所
では別の動きがあった。
どうやって侵入したのだろうか。見るからに怪しい集団がやって
くる。彼らが通った道に、人影は全くなかった。警備はどうしたの
か?いや、警備員はいた。ただ、彼は集団に気づく前に、生命活動
を停止させられていた。
真夜中に侵入したこともあり、人が全くない。彼らが向かう先に
あるのは、建造中の船体。
﹁これが新しい船?﹂
﹁そうだな。場所も、事前に得た情報と一致している﹂
これは今後、我が国の脅威となる存在。そう、我々にとっては邪
魔な異物。ならば、これは今のうちに排除せねばならない。
﹁だが、まだ早い。我々は時期を見て、こいつを消す﹂
男の言葉に、周囲が頷く。我らは工作員。通常に非ず。
58
不穏 2
南アフリカPKF派遣隊基地
軽く整備された飛行場には、多くの米軍機が占領していた。他国
機もあるのだか、数が違いすぎる。それと同じようにして、陸上自
衛隊の航空機は隅に追いやられていた。
﹁全く⋮⋮扱いが酷すぎる﹂
﹁ヘリの方がよっぽど刺激を与えると思うんですがね﹂
横田と梅本は突然小隊指揮を任せられた。しかも、与えられたの
は装輪車ではなくUH−60JAだった。派遣隊の持つ唯一のヘリ
だ。米軍からの要請だった。
任務は、哨戒だという。どうせ、米軍が上空から威圧するのだろ
うが、これに自衛隊まで加わるとなると、国際問題にもなりかねな
い気がしてしょうがない。その為、米軍のMH−60のスライドド
アが開放状態で飛ぶ中、自衛隊ヘリは高度を高めにとり、窓から地
上を監視した。時折、搭載する電子機器の更新が行われており、い
くつかのアップデートが施されている。
とはいあ、派遣仕様にしただけのものなので、全機に普及はしな
い。ただ、予定される第二次派遣隊機用のテストベッド的役割にな
るのは事実だった。
﹁テレビで見ていたよりも悲惨だな﹂
立ち上る黒煙。燃え盛る車。人の焼ける臭い。そこはまさに戦場
だった。
59
﹁2尉!米軍機が!﹂
﹁何!?﹂
見ると、1機のMH−60が地上付近で揺れていた。情報収集も
兼ねていた機だが、近すぎたようだ。
﹁まずい!回避!﹂
叫んだのは梅本だった。急降下という動きに体が一瞬浮いた。そ
の次に右旋回だ。何も掴まってない者はキャビンを転げ回り、掴ま
っていた者も、飛ばされそうになった。直後、機体があった場所を
ひとつの物体が通過していく。
﹁た、対空弾!?﹂
﹁米軍機に続いて、戦闘地域に入った模様!回避します!﹂
パイロットによって不規則な動きをする機体。だが、さっきまで
はなかった恐怖の音が機内にこだました。
﹁馬鹿な⋮⋮ミサイル照準警報!?﹂
﹁こんなのは聞いてません!﹂
﹁駄目だ!避けきれない!﹂
ここでは、何処に、どんな武器が流れているのか分からない。そ
して、自分達は実際に戦闘をしたことがなかった。ただこれは、自
衛官達を恐怖させるに十分だった。
これは意図的な攻撃だった。しかし、現地には地対空ミサイルま
ではなかった。つまり、他国軍に、自衛隊は嵌められたのである。
嫌なことに、ミサイルはテールローターを弾き飛ばし、機体の安
定力を奪った。横に回るメインのローターと、その回転力で機体が
60
回らないようにする後部のテールローター。それが失われた今、機
体は回転を始めた。
まるで、目的が達成したかのように、攻撃が止んだ。UH−60
は、急速に地面に近づいていく。
﹁機体が⋮⋮安定しない!﹂
﹁不時着する!衝撃に備えろ!﹂
ライディングギアが地面と接触する。建物にぶつからなかっただ
け奇跡といえる。だが、接触した後、ライディングギアは吹っ飛び、
機体を地面に擦り付けた。スライドドアの窓が割れ、ローターブレ
ードが地面に叩きつけられた。
◇
﹃哨戒任務機、何者かによる撃墜﹄
翌日の新聞の見出しに、そう書かれていた。原因は調査中。死者
はまだ出ていないそうだが、重傷者は治療中だという。重体者が多
く、いっそう、シリアの情勢が悪いことがうかがえる。
被害が何処の国のものかは知らされていない為、いざという時の
為の準備を、日本政府は進めていた。
﹁蕪木議員、ちょっと事態は深刻になりつつあります﹂
﹁何か影響が出るようなことでも?﹂
蕪木の耳に入ったのは、長崎造船所での出来事だった。
警備員1人が謎の死亡を遂げていることが、交代要員が見つけて
61
通報したという。場所が場所であり、敷地内にいた予備員を動員し
て遺体は一度、臨時死体置き場に移され、警備員の数を増やした。
少人数の調査班が到着したのは翌日のことだった。
﹁それをどうして俺に?﹂
﹁護衛艦建造に関与しているからです。我々は警察とは別で調査を
行っている防衛省の者です﹂
﹁影の組織か?﹂
﹁我々には光も影もありません。ただ、存在するだけです﹂
﹁まるで、特殊工作員を相手するような感じだな?﹂
﹁仰る通りです﹂
﹁⋮⋮﹂
この時期に警備員死亡。しかも、護衛艦が建造中の造船所。
﹁このままでは、隣と喧嘩する事態になりかねます﹂
﹁本気でそれを?﹂
﹁えぇ。特に、舞鶴と佐世保は忙しくなるかと。今回の彼らはかな
り本気です。危機管理センターに、総理を向かわせることになりそ
うです。これは連絡先です﹂
男が渡す紙には、電話番号のみが記されていた。
﹁では失礼します﹂
男が去る姿は、ただの要員ではない。恐らく、
﹁自衛官もいる組織か⋮⋮﹂
何も思いあたるものは無い。自分は政治家であり、自衛官ではな
62
い。ましてや、あのような組織はもっての他。ただ、今言えるのは
ひとつ。
﹁紀夫が危ない﹂
隣とは恐らく中国のことだ。北朝鮮や韓国なら、他にも言いよう
があるが、韓国は世宗大王級で精一杯で、北朝鮮は日本との関係を
いい方向に持っていこうしつつある。
舞鶴と佐世保は主に日本海側を担当海域として、今は早期警戒機
や対潜哨戒機が目を光らせているはずだ。
尖閣での出来事は、忘れられようもないが、今度は﹃撃つ﹄かも
しれない。
蕪木は携帯を取り出し、連絡先を確認する。すると、その連絡先
は⋮⋮、
﹁総理ご自身?﹂
おかしい。だが、先程の電話番号は総理の番号と一致する。何故
?だが、ボタンを押さずにはいられない。日本は、とてつもない崖
っぷちにいるのだ。
◇
﹃最近、赤に動きあり﹄
衛星から送られてくる映像。それは、中国の艦艇を映していた。
﹁俺は有事だけは避けたいと思ってきた﹂
63
総理大臣の野川弘樹は言った。
﹁だからこそ、今はまだ動くべきじゃない﹂
﹁造船所での殺人は偶然だと思われるのですか?﹂
﹁可能性はある。だが、今動けば、それこそ奴等のツボだ﹂
野川と蕪木だ。だが、他にも議員はいる。緊急で召集をかけ、集
まってもらったのだ。
﹁なんのことだかさっぱり分からんぞ!﹂
﹁早く説明しろよ!﹂
﹁静粛に!﹂
議長がこの場を静める。蕪木は改めて周囲を見ると、やはり、あ
の自衛官はいた。本来、自衛官はこのような政治の場に来ることは
ない。が、出頭を命じられた時は来ることがある。彼の場合は違う
だろうが。
﹁先日起きた造船所での殺人事件⋮⋮あれは、世間一般には公表さ
れていません﹂
﹁それはどういうことだ!?﹂
説明する野川は手を挙げて制した。
﹁では説明を﹂
野川はここで身を引き、後ろに下がる。そこに、あの自衛官が立
った。
64
﹁造船所での殺人は明らかに意図的な犯行であり、侵入にあたり、
邪魔な異物の排除という目的で殺害しています﹂
なかなか酷い言い方だと思われた。実際、罵声が飛び交う。が、
犯人からしたら、それは正解だろう。邪魔だから排除するのだ。
﹁しかしながら、犯人は中では何もしていませんし、出てもいませ
ん﹂
議事堂内にあった罵声が、ざわめきに変わる。
﹁つまり、犯人は造船所にいると?﹂
﹁そうです。彼らが乗っていたと思われる車輌も発見されています﹂
﹁待ってください。彼らとはどういうことです?﹂
﹁簡単です。敵は複数であり、多数であります。恐らく、特殊工作
員と我々は判断しています﹂
﹁それじゃ何だ?造船所を戦場にしようってのか?えぇ!?﹂
戦場は言い過ぎだと思う。だが、否定できない。自衛官はそれを
受け入れている。
﹁可能性はあります。できれば警察を動員したいところですが、大
規模となると、警察では対処しきれませんし、何より、地域住民が
うるさいでしょう﹂
﹁一体誰なんですか?﹂
﹁あるグループがこの地域に潜んでいたということは掴んでいまし
議事堂内の画面に、ある画像が出される。ざわめきが止まった。
たが、恐らくは不法入国者です﹂
65
﹁これは、ある建物の強制調査を行ったときに出てきたものです。
幸いにして、抵抗する者はいませんでした﹂
蕪木は後から聞いたが、実際はここを隠れ家と断定できる証拠を
つかんでの突入だったという。サイレンサー付きの9mm拳銃とナ
イフによる制圧。それぞれが私服だったこともあり、特殊作戦群と
推測されている。
﹁物騒なものを⋮⋮﹂
AK−47アサルトライフルにRPG−7ロケットランチャー。
暴れるには十分過ぎる。
﹁彼らはありとあらゆる手を使って、武器を搬入していたようです。
その為、この調査を受け、場所を変え、改めて戦力を整えて向かっ
たと思われます。そして、彼らもまた、時期を見ています。我が国
の隙を見て、行動を起こすでしょう。﹃自分達は正当防衛をしただ
けだ﹄と言い切れるように﹂
66
不穏 3
﹁で、乗員は?﹂
﹁米軍が何とか収容しました。ですが、少なくとも3名の死亡が確
認されています﹂
﹁まきこまれた形になったな⋮⋮。これは、誰かの思惑通りか?﹂
﹁分かりません。しかし、場所が場所ですので、国内では大きな反
響が出ると思われます﹂
すなわち、国内における市民団体による戦争反対運動のことだ。
実のところ、この派遣隊も出港準備を邪魔されており、港周辺に
は民間の船が現れては﹁戦争の準備をするな!﹂と、拡声器を使っ
て叫んでいる。出港時には、海上保安庁が近寄らせないようにして
いたのだが、それを振りきろうとする人たちもいた。
海上保安庁が近寄らせないのは、活動するのは構わないが、事故
が起こるのだけは避けたいという思いがあったからだ。これで死な
れて、自衛艦から突っ込んできたと言われては困るからだ。
そういった陰ながらの努力を踏みにじるようにして起きたヘリ撃
墜。被撃墜は、航空自衛隊のF−15J以来だ。
﹁本土に連絡を。それと、誰の仕業かの調査を要請する﹂
﹁現地住民ではないのですか?﹂
﹁あってもロケットランチャーぐらいだ。携行ミサイルだと、話は
また変わってくる﹂
これは、自衛隊がここにいることの警告なのか。だとすると、一
体誰が?
﹁ヘリ生存者は直ちに帰国。とてもではないが、一度国内で落ち着
67
かせることにする
﹂
﹁すぐに手配します﹂
時期的に、護衛機と共に、補給物資を輸送するC−130Hが到
着する予定だ。生存者は、それで帰すつもりだった。
防衛省からは案の定、帰国命令が出され、C−130Hと一緒に
帰国となった。
◇
﹁現地からの情報ですが、いまいちはっきりしません﹂
接近するミサイルを自動的に画像にし、それを他の味方に転送す
る。転送された情報の中には、どの方向からか、弾道等が添付され
る。そのシステムを搭載していたのが、あのUH−60JAだった。
これにより、敵情報の一部でも味方に伝え、事に対処するというも
のだ。
﹁カメラにまだ難があるようで、はっきりとはしていません﹂
﹁専門の画像処理班に頼む。まさかとは思うが、多国籍軍の誤射じ
ゃないよな?﹂
﹁さすがにないと思われますね﹂
だが、日本に衝撃を与える事実が発覚した。
﹁馬鹿な⋮⋮!?﹂
﹁ことによっては、戦争にもなりかねません!﹂
68
﹁くそ⋮⋮。それで、タイプは?﹂
報告する立場でありながら、その声は震えていた。
﹁QW−1⋮⋮赤外線ホーミング⋮⋮﹂
間をおき、何とか声を絞り出す。
﹁中国です﹂
これは、国際問題に発展しかねない事態だ。輸出型ではないこと
も後の調査で分かり、中国による攻撃という見方が強まってきた。
警戒せざるを得ない日本だが、むやみに自衛隊を動かせば、隣が
どういう反応をするのか。下手すれば、撃ち合うこともありえた。
その最初の犠牲を払うのは、日本海を主とする第3護衛隊群だ。
﹁緊急事態です﹂
総理への電話が、全ての開始となった。
◇
緊急と言われ、野川は危機管理センターに出向いていた。事態は
まだ深刻ではないものの、周辺国の動向は、あまり好ましいもので
はなかった。
﹁まだ戦争が起こると決まったわけじゃない。それよりも⋮⋮﹂
﹁長崎ですね﹂
69
防衛大臣である酒本の言葉に、野川は頷く。
﹁護衛艦は?﹂
﹁基となる架台が設置され、準備段階にあるだけです。あたご型2
隻は、別の造船所なので多分問題はありませんが、念のため、警備
を強化しています﹂
﹁例がない厳戒体制だな﹂
﹁警視庁に協力を要請することになりましたが、出動の際の建て前
が必要です﹂
﹁住宅街があまりにも近過ぎるか⋮⋮﹂
﹁ある意味で、地域住民は人質のようなものです﹂
野川は悩む。そもそも、相手の狙いが何なのか掴めないことには
手の打ちようがないように思えてくる。
﹁で、何か要求とかあったか?﹂
﹁いえ。侵入した思われる日から特に何も⋮⋮。ただ⋮⋮﹂
﹁ただ?﹂
防衛大臣の酒本は、ある可能性を指摘した。
﹁もしかすると、改あたご型の建造中止を要求するかもしれません﹂
﹁まさか!﹂
﹁現在、艦名に有力な候補として︿いぶき﹀が挙げられていますが、
この︿いぶき﹀は大戦中、巡洋艦から空母に変更され、作業が進ま
ず、建造途中で終戦を迎えています﹂
﹁それが何か関係があるとでも?﹂
﹁工期を遅らせて、値段が跳ね上がったら?日本は調達をやめるか
もしれない。これ以上、日本の周辺にイージス護衛艦を増やさない
70
為に﹂
﹁⋮⋮﹂
自衛隊を出すべきか?いや、まだ早すぎる。だが、事態は一刻を
争う。
﹁しかし、総理。自衛隊を出すとなると、あらゆる法の壁がござい
ます﹂
こういう時に、法にうるさい者は厄介だ。しかし、法自体が厄介
なのも事実だった。国内で実弾1発撃つだけでも大変なのだ。
﹁出すのにも口実がいる⋮⋮﹂
﹁それは、何かしらの犠牲者を出すことを求めているのですか?﹂
野川自身、こんなことは正直したくない。
﹁政権交代のきっかけにもなりましょう。野党も確実に、内閣不信
任案を提出します﹂
﹁前政権から上手く繋げることはできると思っていたが⋮⋮﹂
﹁思い上がりでした。敵があらぬところから現れました﹂
﹁⋮⋮仕方あるまい。周辺地域に避難指示を頼む﹂
﹁総理!?理由はどうするのです?住民が知れば⋮⋮!﹂
住民の安全と混乱。その対処にまず警察があたる。自衛隊はその
後だ。知る前にまず、安全な後方に下がらせるのが先決だ。
﹁万が一住民に被害が出た場合、君らはそれはそれで批判するだろ
うが!﹂
71
野川は少しキレ気味だった。
現地住民が混乱する前に、判断を出すべき日本政府が混乱気味だ
った。
﹁警官を配置してくれ。怪しい不審物があったと﹂
﹁分かりました。警視庁に連絡します﹂
憂鬱は、始まったばかりだ。
72
第4章
自衛隊
1
警官が配置され、工場周辺は完全に封鎖されていた。時折警察の
ヘリが飛び、様子を窺っていた。
﹁配置完了です﹂
﹁これで、ある程度は稼げるかな・・・﹂
上層部からの命令により、火器の使用は禁止となっていた。相手
がテロリストと確定しているとはいえ、周囲の反応を気にする受け
身の態勢は、何十年と変わっていない。
﹁ありえないが、奴らから要求は?﹂
﹁ありません。もっとも、彼らが要求をしてくるとも思えません﹂
ここは全国でも有名な造船所の一つで、あらゆる船舶を生み出
﹁何かの妨害だと思うが、まぁ検討はつくな﹂
している。民間船だけではなく、海上自衛隊にも自衛艦建造で携わ
っており、今まさに、新造艦を建造しようという段階だった。
﹁いや待て。ここで建造だなんて、民間に出回るのはかなり後なは
ずだと思うんだが?﹂
まさか、内通者がいるというのか。防衛産業に主に関わるのは
﹁そういえば、今回の護衛艦は、発表がまだ・・・﹂
防衛省だ。一般には知られてはいない新武器システムは一部での関
係者しか知っておらず、造船所も公表していなかった。
﹁自衛隊さんが出て来なけりゃ、こりゃ解決せんぞ・・・﹂
73
予想は的中した。接近しすぎた警察ヘリに向かって飛ぶ光弾。
後に、それがRPG−7の弾頭であることが判明した。
リアルタイムで報告を受けた野川は頭を抱えた。機動戦闘車の
﹁RPG?﹂
装甲試験にRPGを購入した話は知っている。だから、RPGがど
ういうものかはだいたい想像できる。問題は、それがついに使用さ
れたことだ。だが犠牲者は出ていない。これではまだ、国のトップ
として、射撃を許可など到底出来ない。
﹁ですが総理!事態は一刻も争う!このままでは、今度こそ命中し
て死人が出る!﹂
﹁テロリストと確定している以上、自衛隊を出すべきだ!﹂
﹁それで、周りからは虐殺だと訴えられるのか・・・﹂
どんな状況にしろ、いつの時代でも批判されるのが自衛隊だっ
﹁・・・・・・﹂
た。準備しても戦争の準備だと批判され、しなかったらしなかった
自衛隊を理解しようとしない人も多く、偏見は一生消えること
らで、いるだけで何もしない税金泥棒と言われる。
は無いだろう。だが、状況的には“攻撃”を受けたのだ。
﹁総理?﹂
﹁私は・・・いつまでも中途半端ではいけないと感じている。動け
その場の空気がグッと重くなるのが感じられた。
ないのは周りを気にし過ぎたからかもしれん﹂
74
﹁今までの発言を撤回する。私、野川は内閣総理大臣として、自衛
隊の出動を命じる﹂
陸上自衛隊は対応が早く、九州の各駐屯地は非常呼集を掛けて
﹁すぐに﹂
おり、物資の積載も完了させていた。改めて、出動命令が下された
長崎造船所の上空を観測ヘリOH−6Dが飛ぶようになり、そ
部隊には弾薬が配布され、偵察任務に航空科が先発として出た。
の様子を捉えようと多くの報道陣が中継カメラをまわす。だが、こ
報道陣を警官が整理し、車両が通行できるほどのスペースが確
れはあくまで先発である。
保される。
﹁見えました!今、有事の任務を遂行すべく、自衛隊の車両が来ま
一列で走る車列。先導するのは小型トラック。後に、軽装甲機
した!﹂
自衛隊が陣取るのは造船所よりある程度離れた場所だ。テロリ
動車、大型トラックが続く。
ストの前までのこのこ出て行くような組織は無いだろう。
﹁あ、あれはさすがに過剰な防衛力ではないでしょうか!今、私達
派遣されたもう1機のヘリ。AHー1Sコブラだ。確かに、ス
の上を、対戦車ヘリが飛んで行きました!﹂
ペック上の兵装なら過剰な防衛力になるだろう。だが、相手にする
のは装甲車や戦車ではないのだ。そもそも許可が下りるはずがなく、
それでも相手を牽制するには大きく役立つだろう。もともとU
使用できるのは機関砲のみ。ロケット弾やミサイルは発射機のみだ。
H−1をベースにしたヘリだが、機体はOH−6Dよりも大型であ
75
り、AH−1Sは監視できる位置についた。OH−6Dは敵情把握
と弾着観測の任務に就いた。
﹁実戦を積んでいない自衛隊ですが、今後の動きに注意が必要です﹂
護衛艦︿やしま﹀は、練習艦と別れた後、佐世保を目指してい
◇◇◇
た。付近にいた汎用護衛艦とも合流している。︿やしま﹀は、海上
自衛隊として、テロ対策部隊で動くことになったのである。情報に
よれば、既に陸自のヘリ2機が現場で活動中だという。が、この︿
やしま﹀も、陸自のヘリを載せる予定だった。しかし、それは突然
だった。手続きも急遽行われ、手配も何とか間に合った。
﹁艦長。予定のヘリ、間もなく着艦します﹂
﹁乗員に伝言。ヘリを収容後、ブリーフィングルームに来るように、
と﹂
﹁了解です﹂
松本は甲板にそびえ立つ艦橋から、そのヘリを見た。4枚のブレ
ードに、双発エンジン。重要区画を重装甲にした設計はまさしく世
界最強といわれるAH−64Dアパッチロングボウだった。
自衛隊のアパッチはローターに折り畳み機構は無く、そのままエ
レベーターで収容されることになる。もっとも、︿やしま﹀は護衛
艦の中でも最大級のいずも型であり、そのままでもかなり余裕があ
った。そして、ブリーフィングルームに現れた2人のうち、機長は
“小山”と名乗った。
76
︿やしま﹀と艦隊を組む護衛艦はむらさめ型護衛艦であることが、
VL
艦首付近の76mm速射砲から分かる。全体を見て、作戦用ではな
いことを兵装が語っていた。前後の煙突に挟まれたMk48
Sには赤く塗装された蓋が3つ。それ以外は空だ。SSMは発射筒
が6つしかない。
﹁見た目なら、自分は不満であります﹂
﹁人相手ならCIWSでさえ過剰な火力だ。そもそも、あの護衛艦
はあくまで︿やしま﹀の護衛だ﹂
悪戯にミサイルや速射砲を撃って、造船所を破壊しては意味がな
い。そもそも、やる意味がないのだ。
﹁米軍からは何かあるか?﹂
﹁第7艦隊ですか?それでしたら何も・・・﹂
米軍にしても、今回の件に関しては大きく動けないはずだ。付近
には第7艦隊の強襲揚陸艦もおり、対処には日本政府があたるしか
ない。
﹁他に動きは?﹂
﹁日本海においては、第3護衛隊群の︿あたご﹀が警戒任務に就く
とのことです。場合によっては、テロ対策部隊に編入されます﹂
報道される自衛隊の動きは、九州の陸上自衛隊のみで、それ以外
は一切報道されていなかった。航空自衛隊にしても、時折領空侵犯
する不明機に対してスクランブルで対処する他に動きは無く、︿あ
たご﹀にしても、単艦による訓練として、普段の光景として見られ
ていた。︿やしま﹀に至っては報道陣の視界の中にすらいない。
しかし、首都・東京では、電気街やビルに埋め込まれた画面には、
77
出動する陸上自衛隊が物々しい様子で映し出されており、その様子
は映画﹃宣戦布告﹄を思わせた。
﹁あれ、ただの立てこもり事件じゃなかったのか?﹂
﹁警察のヘリに、ロケット弾が飛んできたんだと﹂
﹁マジかよ・・・﹂
同時刻、帰国を命じられた横田と梅本は、航空自衛隊の輸送機C
−130Hの帰国便で日本本土を目指していた。正直、帰国を命じ
られる理由は不明だが、日本でも事件が起きたらしい。
派遣隊司令室に、生存者である2人は呼ばれた。
﹁横田2尉他1名の者は・・・﹂
﹁入室要領はこの際、省略する﹂
﹁は、はあ?﹂
﹁いや、本土の方から連絡が来たんだ﹂
部隊長が差し出したのは、FAXで届いた防衛省からの辞令だっ
た。
﹁先のUH−60JAの墜落。あれは攻撃だと断定できる徹底的証
拠が入手できている。それともう一つ﹂
﹁これは・・・﹂
情報漏洩を危惧する文書。それは、かつてイージスシステムの情
報漏洩を連想させるに十分な内容だった。
﹁誰かが情報を?﹂
﹁詳しくは不明だが、恐らくアフリカに目を向けさせようとしたん
だろうが、結果は誰も気になどしていない﹂
78
﹁ですが、事態はあまり思わしくないようですね・・・﹂
﹁すでに、裏の方でも我々は活動を開始している﹂
﹁・・・Sではないのですか?﹂
横田のいうSは、陸上自衛隊の特殊部隊“特殊作戦群”のことで
ある。
﹁特殊作戦群は動いていない。もっと別の組織らしい﹂
﹁そ、そうですか・・・﹂
﹁九州での事態には2人にもあたってもらう。帰国便となる輸送機
で送り返す﹂
﹁で、では!国際派遣の活動は・・・!﹂
﹁残念だが・・・﹂
継続は不可能だった。米軍は陸軍を動員し、﹃犯人を拘束﹄しよ
うとしたが、結局、犯人の自爆により、兵士数名が負傷して終わっ
た。例のUH−60JAはことが治り次第回収するという。
﹁では、日本に戻ります﹂
﹁向こうも戦場だ。気を抜くな﹂
﹁・・・心得ております﹂
2人以外の乗員は死亡。それがまだ現実味がないのが実情だが、
目の前ということが考慮されて帰国なのだろうが、なら何故、また
仲間が死ぬような場所に行かされるのか。この理由に関しては不明
だった。
翌日、2人を出迎えるC−130Hは米軍機に護衛された状態で
滑走路に駐機されていた。途中の空域までは米軍が護衛することに
なっている。
79
﹁また何かされるんじゃないですか?﹂
﹁怖いこと言うな。乗れなくなる﹂
輸送機の護衛に、対地攻撃専門のA−10Cが2機いるのはどう
いうことだろうか。話では、このA−10Cは2機のみとのことだ
が、自衛用の対空ミサイルの他に対地兵装が満載だった。
﹁戦闘機で護衛という考えはないのか?﹂
﹁さ、さぁ・・・﹂
こうして、C−130Hは日本を目指して、アフリカの大陸を後
にした。
80
﹁機関長、どうだ?﹂
﹁何の問題もありません。良好です﹂
自衛隊
2
単艦での訓練と称した警戒任務。それが本格的になる前に、蕪木
は自分で機関を確かめたかった。機関長の言葉通り、ガスタービン
エンジンは軽快なエンジン音で動いており、艦を動かしていた。
確認が終わると、蕪木はCICに向かった。CICでは各種火器
管制システムや電子戦システムのチェックが行われていた。
﹁艦長。今最終チェックが完了したところです。現時点で異常はあ
りません﹂
﹁よし。甲板乗員が退避したことを確認した後、最低出力で索敵を
開始﹂
﹁OPS、対水上索敵開始﹂
舞鶴港を出るまでは航海用レーダーのみだったが、OPS−28
Dが捜索モードでレーダー波の照射を開始した。
﹁防衛省からはある程度のルートを以ってして、佐世保に向かうよ
うに来ている﹂
﹁イージス艦なら佐世保や呉にもいるはずですが、何故本艦なので
しょう?イージス艦じゃなくても、汎用護衛艦でも十分なはずです﹂
﹁砲雷長。本艦には通常の護衛艦の倍の計算処理能力がある。それ
を使うべき時が来る可能性があるということだろう。それに、呉か
ら向かえば目立つだろうし、佐世保では大騒ぎになりかねん。だか
ら舞鶴なんだろう﹂
81
活動する護衛艦は、日本海の︿あたご﹀と太平洋の︿やしま﹀と
むらさめ型護衛艦。
﹁空自からです!﹂
﹁どうした?﹂
﹁AWACS︵E−767︶が日本領海に近づく船舶を確認。空自
が、中国海軍と断定!﹂
﹁言い切ったか・・・﹂
﹁どうします?動けるのは、向かっている最中の本艦のみ。しかし、
現速力ではかなりかかります﹂
﹁独断では動けん。その海域に向けて航行。それ以外の行動につい
ては指示を受けてからだ﹂
﹁分かりました﹂
﹁51番砲には装填﹂
﹁・・・!?・・・了解です﹂
︿あたご﹀は、現場へと急いだ。
一方で、造船所に立て籠もる男達は時期を探っていた。もともと
ここで籠城戦などできようがない。横田と梅本を急いで本土に戻し
たところで、男達には関係無い。
﹁もう、引き延ばすのは無理だな﹂
﹁時間的にも、そろそろ海軍がやってくれるはずだ﹂
﹁なら・・・もう、いいな﹂
自衛隊は指揮所を開設し、態勢が整ってきた頃だ。任務はこの造
船所の確保。その為には、戦闘は避けられない。戦闘になることが
分かっているからこそ、行動が開始された。
﹁!?﹂
82
戦端を開いたのは、自衛隊の陣地に撃ち込まれたRPG−7だっ
た。着弾地点がずれていたことにより、周囲への被害はなかった。
しかし、爆発音は辺りに響き渡り、報道陣も混乱状態に陥り掛けて
いた。
﹁今、爆発が起きたようです!爆発によるものと思われる黒煙がこ
ちらから見えます!﹂
観測の為だろうか。OH−6Dが飛び回り、指揮所に情報を送る。
同時に、危機管理センターの野川の耳にも入り、決断が迫られた。
﹁いくら何でも、動くには早過ぎる。何を奴等は焦っているんだ?﹂
﹁酒本防衛大臣﹂
﹁はい。すぐに対処してご覧にいれます。統幕議長﹂
﹁直ちに﹂
反撃開始である。
思ったよりも敵の数が少ないということは分かっていた。上空か
らの偵察や実際に現地にいる自衛隊の情報を合わせた結果だった。
﹁長引けば長引く程、不利になるのは我々だ。ただでさえ火器の使
用が制限されている﹂
﹁普通科連隊を周囲に配置。突入は、装甲車で行う。火器は、89
式小銃のみ﹂
﹁待って下さい!小銃だけですか?﹂
﹁もちろんだ。50口径︵12.7mm重機関銃︶など論外だ﹂
ただでさえ、民間にとっても自衛隊にとっても重要な施設である。
重火器を簡単に使用することはできない。
83
﹁重火器の使用については上が判断する。なお、こちらからの発砲
は禁止。敵を確認した場合のみに限る!﹂
﹁はい!﹂
OH−6Dが後方に下がる。燃料を補給する為だ。空からの目は
AH−1Sのみ。地上を移動する普通科連隊は、まるでアリの行列
のようだった。刹那、下からの力により、大型トラックが横転。荷
台にいた隊員達が車外に投げ出される。地雷!
﹃こちらa10!敵の地雷を確認!繰り返す!地雷を確認!﹄
﹃発砲を確認!火器の使用許可を!﹄
火器の使用要請は、直ちに危機管理センターに送られた。
﹁犠牲者が・・・こちらが血を流したのか?﹂
﹁確認中でありますが、移動中のトラックが地雷によって攻撃を受
けました﹂
﹁総理。報告では、死者が出たとは一言も言っておりません。もう
少し、様子を見ては?﹂
﹁うーむ・・・﹂
だが、現場は常に変化している。
﹁田辺が撃たれた!直ぐに手当てする!﹂
﹁援護射撃!﹂
﹁長沼士長、頭部被弾・・・即死!﹂
﹁敵の位置は!?﹂
手が空いている隊員が身を隠しつつ、周囲を探る。大破炎上する
84
大型トラック。操縦手と車長は即死だろう。後続も、同じく被害を
出さぬよう下車し、別の遮蔽物に身を隠している。
﹁敵、この方向!﹂
﹁1班射撃準備!2、3班前進準備!重火器の使用要請を!﹂
﹁了解!﹂
﹃00、了﹄
同じ頃、今度は危機管理センターで怒鳴り声。
﹁総理?総理!﹂
﹁あぁ、分かっている﹂
被害を見てからと思ったのが間違っていた。被害報告が表示され
た後に一気に出た名前は、全て死亡した隊員の名前だった。
﹁どうしてこんな簡単に殺られるんだ!自衛隊とはそんなものなの
か!﹂
﹁普段からやっているのは軍隊ごっこか?﹂
﹁何が邪魔してると思う?君らのような人間と法律だよ!﹂
言い争ううちに、新たな申請が入った。
︽12.7mm重機関銃の使用許可申請︾
﹁これの威力は?﹂
﹁人間がまともに受ければ、身体が引きちぎられるかと・・・﹂
﹁これが、ヘリのバルカン砲だったら?﹂
﹁重機関銃が単銃身なのに対して、バルカン砲は多銃身。サイズも
20mmなので、人がまともに受ければ・・・﹂
85
﹁はぁ・・・。マスコミは何か?﹂
﹁特には。しかし、周辺国家は日本を非常に警戒しています。同盟
国アメリカでさえ、世界中の基地に警戒態勢をとらせたとのことで
す﹂
﹁それだけじゃない。太平洋では第3艦隊が動き始めているそうだ﹂
一体何をしているというのか。
﹁事態はアメリカで起こっているんじゃない。日本で起こっている
んだ!﹂
◇◇◇
﹁長崎は今大変みたいね﹂
﹁何が大変なの?﹂
学校から帰ったばかりの市ノ瀬は、自室へは戻らずリビングのテ
レビに向かっていた。画面に映るのはある造船所での立て篭り事件。
だが、何か様子がおかしい。映る警官の中に、迷彩服が混ざってい
るではないか。
﹁これって・・・﹂
﹁どう見ても自衛隊﹂
カメラが切り替わり、ヘリがアップで出される。日の丸をペイン
トしたそれは、対戦車ヘリコプターだ。
﹁・・・﹂
86
家族が無言になってテレビを見る。市ノ瀬一家だけではない。全
国の学校や企業、家庭で話題になっている。造船所周辺の学校は一
時休校の処置がとられていた。
﹁野川は慎重な人だと思っていたけれども、案外やっちゃう人なの
ね﹂
﹁俺にはよく分かんないけどねー﹂
﹁それよりも竜治。ちゃんと宿題はやりなさい﹂
﹁はーい﹂
◇◇◇
﹃スクランブル!方位3−1−0!﹄
緊急放送がかかって数十秒後、佐仲はスクランブル用の機体に乗
り込んでいた。
﹁ウェポン・・・飛行システム・・・オールグリーン!﹂
﹃エンジン良好。舵・・・感度良し﹄
﹃マリーナ00よりマリースア01、02へ。滑走路へ進入。直ち
に離陸せよ﹄
﹁了解﹂
F−35は単発でありながら、満載の状態でもかなり飛行速度だ。
ウェポンベイに格納する形でステルス性や空気抵抗を少なくし、他
の戦闘機にも劣らない性能を持つ。
ここで佐仲は、改めて九州での事態の重さが分かった。スクラン
87
ブル用の機体に搭載される誘導弾は、2発が普通だ。しかし、この
F−35はまともに戦闘が行える状態、つまり空対空誘導弾が満載
されていたのだ。
﹁マリースア01、離陸する﹂
﹃02、離陸する﹄
単発エンジンでありながら強い推力で離陸するF−35。だが、
マリースア隊がただのスクランブル任務だけで終わらないことを管
制官や佐仲も含め、誰も分かってなどいなかった。
公表されない戦闘。それが、今の自衛隊に待ち受ける実情だった。
きっかけは蕪木や加藤が乗艦する護衛艦︿あたご﹀だった。
﹁水上レーダーに微弱ながら感あり﹂
﹁例の船舶か?﹂
﹁いえ、これは航空機のものかと。ですが水上レーダーでは捕捉で
きません。蕪木艦長、SPYレーダーを照射させて下さい﹂
﹁許可する﹂
﹁SPYレーダー、照射始め!対空警戒を厳となせ!﹂
︿あたご﹀が持つ目は、汎用護衛艦の倍の距離を360度、常時
監視できるSPY−1D︵V︶対空レーダーだ。200以上の目標
を探知し、イージス武器システムと連動させれば、12目標まで同
時に攻撃できる。
﹁艦長、これを﹂
対空画面で時折点滅して表示される光点。それは明らかに日本を
目指しており、同時に、水上レーダーにも反応が出た。間違いない。
中国だ。
88
﹁百里からも来ます。機体コードから、百里所属のF−35です﹂
﹁対空、対水上戦闘用意!ただし!射撃レーダーはまだだ!﹂
﹁了!﹂
使用許可要請︾
再送︾
機関砲使用許可申請︾
火器管制システム起動︾
3曹・重体︾
Mk45
SAM
使用許可要請
百里F−35
︽護衛艦あたご
︽航空自衛隊
勉
︽12.7mm重機関銃
︽松永
︽護衛艦あたご
連続で出される表示に、野川は頭が痛くなりかけていた。
﹁空自は警告射撃用と思われます。海自の︿あたご﹀も同様かと﹂
﹁警告にミサイルを撃つというのか?だが、ミサイルだって満載じ
ゃない!﹂
﹁だが、空自はスクランブル用の機体に誘導弾をより多く積んでる
そうじゃないか﹂
﹁空自の警告射撃は許可する。だが、絶対当てるな!﹂
﹁伝えます﹂
﹁・・・空幕長も大変だな﹂
﹁陸自もな﹂
重機関銃の使用許可も下りた。しかし、直接当てるのは禁止され
た。当然といえば当然かもしれないが。
造船所では、重火器の使用が許可されたことにより、重機関銃を
搭載した軽装甲機動車が弾幕を張る役割を負った。重い発砲音は辺
りにも響き渡り、施設の壁が一部崩れた。
89
終章
収束
﹁反応が悪い﹂
なかなか表示がはっきりしない航空目標に、蕪木は若干の焦りを
覚えた。
﹁これがステルスというやつですか。ですが、レーダーの解析度を
あげれば・・・﹂
﹁小さくても見逃すな。米軍の最新鋭機は正面のレーダー反射面積
は小鳥程度らしいからな﹂
﹁お任せを﹂
﹁データリンクシステム、情報共有システム起動。F−35と連動
します﹂
﹁よし﹂
蕪木の予想通り、Mk45単装砲やSAMの許可は出なかった。
SAMは鑑対空誘導弾のことであり、短SAMやESSM、スタン
ダードミサイルのことを差す。
﹁責任・・・ですか?﹂
﹁加藤。俺はかつてのRIMPAC︵環太平洋合同演習︶はお前の
立案した作戦で米太平洋艦隊には勝利している。だが、それもあっ
てか、どうもな・・・﹂
よくある現場任せ。それが所々で目立っていた。今回もそうかも
しれない。射撃を許可しないのは自衛隊だからだろうが、全自衛隊
としてはすでに被害が出ている。
90
﹁捕捉完了!IFF応答無し!﹂
﹁F機種は分かるか?﹂
﹁さすがにそこまでは・・・。ですが、空自が間もなく・・・﹂
その直後だった。警報音が、艦内に鳴り響いた。射撃レーダーを
照射された!
﹁︿ゆうだち﹀と同じか、あるいは・・・﹂
同時刻、日本海上空にて、F−35。
﹁新しい訪問だな!﹂
対空ミサイルだ。回避する佐仲。僚機も同じく回避した。運動性
能は悪くない。かつてF−35の技術を盗んで、母国に情報を流し
た中国人が逮捕された事案があった。それの完成体だろうか。殲−
31は非常にF−35に酷似しており、唯一の違いは双発エンジン
なことぐらい。それ以外は未知数だった。
﹃マリーナ00!マリースアは攻撃を受けた!迎撃する!﹄
﹃マリースア隊、待て﹄
撃墜する気満々である。遂には︿あたご﹀にも、その矛が向けら
れた。
﹁対空目標1、高速接近!﹂
﹁ESM探知!対艦ミサイル!﹂
﹁対空戦闘!スタンダード攻撃始め!﹂
﹁了解!イージス武器システム起動!イルミネーターリンク!全部
VLS1番から5番、諸元入力!﹂
91
CICに緊張が走る。
﹁1番から3番、斉射!並びにSSM射撃準備!﹂
﹁サルヴォー!﹂
平時から装填されているセルは少ない。その内の3基に点火され、
蓋を突き破って噴煙が辺りに広がる。計3発が撃ち上げられ、迫る
対艦ミサイルに向かう。
﹁続いて4番から5番!敵性の航空目標に指向!Mk45、対空迎
撃用意!﹂
﹁インターセプト、今!﹂
光点が消滅。一つだけが残り、︿あたご﹀に向かう。
﹁主砲攻撃始め!﹂
5インチ砲は対地攻撃に特化している為、対空迎撃に
﹁撃ちー方始め!用意、撃てぇ!﹂
Mk45
は満足いかない連射速度だ。だが、高性能対空レーダーと連動する
イージス武器システムはその未来位置を的確に割り出し、射撃可ラ
ンプが点灯した。トリガーが引かれ、5インチ砲が火を噴いた。発
射弾数1発からの初弾命中。本艦に対する脅威は無くなった。
﹁空自は?﹂
﹁回避のみです。恐らくは使用許可を求めているかと﹂
﹁そんな時間は無い!下手すれば、さらに死者が出る!﹂
﹁珍しいですよ。蕪木艦長がわざわざ命令に反するような行為に走
るなど﹂
92
﹁こちらはすでに攻撃を受けた。それで十分だ。4番から5番、発
射!﹂
ほぼ間を空けずの発射。艦橋内には、発射したスタンダードミサ
イルの匂いが立ち込め、視界も噴煙で悪くなっていた。ミサイルの
推進音が離れていくや、後はCICからの報告待ちだ。
﹁敵艦より高速飛行物体!﹂
﹁敵性航空目標は?﹂
丁度レーダーから消えたところだった。恐らく撃墜だろう。
﹁1対1か。残弾は?﹂
﹁SM−3は平時用3発。SM−2はのこり11発﹂
迎撃任務付与︾
﹁前部VLS6番から7番攻撃始め!﹂
その時だった。
︽護衛艦あたご、撃沈不許可
一瞬、CICが止まった。だが、すぐに理解できた。
﹁本艦はこのまま、迎撃に専念する!﹂
﹁了解!﹂
F−35も迎撃に加わるようだ。だが、相手を戦闘不能にしない
方針にしたのには理由があった。南西より接近する2隻編成の艦隊。
識別は、
﹁U.S.S.マスティンとアンティータム・・・﹂
93
F−35が対艦ミサイルを迎撃すべく、AAMを発射。マスティ
ンやアンティータム、そして︿あたご﹀からも対空誘導弾が発射さ
れ、対艦ミサイルは迎撃された。そして、
﹁中国艦、反転!北上します!﹂
﹁対空、対水上戦闘用具収め﹂
日本海の戦闘は、第7艦隊の登場で収束した。だが、これで終わ
りではない。
﹁またですよ。アフリカの件も中国です﹂
﹁だが、狙いが分からんな。このままじゃ、世界大戦に・・・﹂
﹁いえ、それはありません﹂
﹁何故?﹂
その男が口にした言葉で、危機管理センターの時は止まった。
◇◇◇
﹁確保!﹂
全面的に、あらゆる火器の使用が許可されたことにより、まるで
今までの縛りが嘘だったかのように隊員達は制圧に動いた。
AH−1Sに出番はなかった。その代わり、護衛艦︿やしま﹀か
ら飛来したAH−64Dが威嚇射撃を実施。実弾と同様のペイント
を施したヘルファイヤやハイドラを満載した状態だったが、かなり
の効果があったらしい。携帯型SAMが見えることがなかったのが
94
救いだった。
気がついたら終わっていた。造船所の立て篭りは、予想外の呆気
なさで幕を閉じた。
﹁でだ﹂
横田は89式小銃を携行し、他の各隊員も装備を確かめていた。
正直気分が悪くなってきたが、やるしかない。目標は同じ自衛官だ
という。
﹁突入!﹂
装填された空砲がうるさい。いや、わざとだ。
﹁現行犯逮捕!﹂
イージスシステムの情報漏洩は、自ら情報を発信し、報酬を得て
いた自衛官だった。
再び危機管理センター。報告を聞いた野川は力が抜けたようだっ
た。やっと終わったのだ。
﹁よく場所を特定したな﹂
﹁元々は総理が設立した部署ですよ?特殊な訓練も受け、裏仕事も
してきた。調査も﹂
﹁まぁSと同じように、名前は出せんがな﹂
◇◇◇
95
﹁お疲れ様です﹂
﹁お疲れ。有村、会社辞めるって?﹂
﹁うん。何かね・・・﹂
色々あり過ぎた。疲れ過ぎて、結局仕事に専念することはできな
かった。
﹁辞めてどうすんのさ?新しい職探しなんて・・・﹂
﹁職は探さない。だけど、行きたい場所が出来たの﹂
﹁どこ?﹂
﹁南アフリカ﹂
現在危険地帯に指定され、さらに、自衛隊の第二次派遣が大きく
公表された時期に。何を思っているのか誰も分からない。ただその
中に、平和に繋がる何かを見つけて、それを伝えたいのだろう。
96
序章
いぶき
燃え盛る海。砲撃によって火災が発生した木製の船が次々と、火
の勢いを増しているのだ。それらのマストに掲げられるのは、通常
ではあり得ない海賊旗だった。だが、それは“元の世界”での話だ。
彼らにとって、それが普通なのだ。では逆に、普通でないものは何
なのか。その答えを示す存在が、多種にわたる種族を乗せた艦であ
った。
迫る光弾。古代より蓄えられた魔力による攻撃。それをCIWS
︵高性能20mm機関砲︶という物理攻撃で迎撃していた。撃墜す
れば光弾は爆ぜ、次の目標に移る。航空機を相手にするのとは異な
り、撃墜した瞬間、その場所で光弾が消滅する為、無駄弾を撃つこ
とがない。だが、少しばかりの影響もあった。撃墜が少しでも遅れ
ると、光弾が爆発した際に、レーダーに一瞬の乱れが生じる。が、
護衛艦︿いぶき﹀をはじめとする艦隊は互いに補い合う形で迎撃し
ている。
それを可能にしたのが、LINK16+というものだった。これ
は、従来の護衛艦が情報共有やデータ通信だけだったのに対し、護
衛艦︿いぶき﹀にのみ搭載された、画期的な遠隔型艦隊防御システ
ムなのである。共有する護衛艦の主砲、誘導弾、機関砲に至るまで
が︿いぶき﹀の火器管制システムの制御下に置かれ、緊迫する脅威
を優先的に排除するシステムだ。CIWSだけは、独自の火器管制
システムを持っている為、設定を変更する必要がある。
﹃︿しもきた﹀への直撃コース!﹄
それは、悲鳴にも近い叫び声。光弾が、多くの難民を乗せた輸送
艦︿しもきた﹀に向かっているではないか。
だが、終わりではない。発揮できる火力を最大限に活かし、光弾
97
は撃墜された。
﹁よし・・・﹂
戦いは終わらない。海賊相手にイージス艦が動く。その海に聞こ
えるガスタービンエンジンは奇怪なものでしかなかった。いや、“
自衛隊”そのものが異物であるこの世界に、彼らは連れてこられた
のだ。
98
第1章
始動
舞鶴港に寂しく停泊する護衛艦がいた。高性能な対空レーダーと
火器管制システムを備えたネームシップの︿あたご﹀だ。だが、ろ
くに訓練にも参加せず、ただドック入りを待つ護衛艦となっていた。
何処かに異常があるからか。いや、違う。過去に戦闘行動に独断で
とったからだ。システム自体に異常がないものの、許可がない状態
で勝手に引き金を引いたのだ。
﹁処分の対象は、残念ながら艦の乗員全員だ﹂
﹁しかし司令。命令を下したのは自分です。責任は、自分が負うべ
きです﹂
﹁蕪木・・・考えてみろ。中国の戦闘機を2機撃墜している。向こ
うもこちらと考えていることは同じなようで、このことは一切公表
しないとしている。だが!﹂
パイロット2名を殺害したことには変わりはない。
﹁どうしますか?今いる加藤1尉も含めて、殺人容疑で警察に引き
渡しますか?﹂
﹁か、蕪木1佐!﹂
舞鶴司令として、然るべき処置をとれ。これは海幕から言われた
ことだ。世間に知られているのは造船所事件のみ。それ以外の出来
事は、まるでなかったかのようになっている。
﹁2人の処分についてだが・・・﹂
﹁はい。なんなりと﹂
﹁まず加藤修二1等海尉﹂
99
﹁何でしょう?﹂
蕪木の額には汗が流れていた。一方の加藤は、気分でも悪いのか、
すでに顔色が悪い。
﹁2等海佐への2階級特進、並びに首席幕僚を命じる﹂
﹁た、隊司令!?﹂
﹁蕪木紀夫1等海佐は海将補へ昇任だ﹂
﹁自分が・・・いいのですか?﹂
﹁上層部からの達しもあってだな。日中間での和解と今後の処置を
踏まえ、なおかつ今回の判断もな。上が現場任せに近かったんだろ
う。本来なら評価してはいけない行為なんだがな﹂
﹁感謝します﹂
﹁それこら何だが・・・﹂
安心したような2人の表情が一変した。どう聞いても、2人が完
全に厄介者になっていたのだ。
﹁これだけは俺でもどうしようもできないことなんだ。これだけは
申し訳ない!﹂
﹁いえ。責任は︿あたご﹀に戦闘行為をさせた自分にあります。言
い訳はできません﹂
﹁だが、わずかに期待もされていることは間違いない﹂
﹁新鋭艦の運用・・・ですね?﹂
﹁艦長や副長を補佐してやってくれ。運用する装備も決まってきて
いる﹂
南アフリカへの自衛隊第二次派遣。自衛隊が国際貢献するならP
KO︵国際平和維持活動︶だが、第一次派遣隊をPKF︵国際平和
維持軍︶として初めて派遣したのだ。その為、派遣の話は自衛隊の
100
各基地、各駐屯地でも知られていた。
﹁新造艦が動くまでまだ長い。今のうちに、準備しておくんだな﹂
﹁分かりました﹂
あの事件が終わってから、新造艦の建造は急ピッチで進められて
いた。そのペースは早く、人員や装備が固まってきた頃には、大方
形はできていた。
PKFに行く為の訓練はとある場所にて行われる。この時点で数
年前となった造船所事件を忘れる者は多い。防衛大学校を卒業した
ばかりの久世も、このことは覚えてはいなかった。どちらかという
と、恋人と先輩のことで精一杯だった。まさか、部隊で一緒になり、
PKFでもその指揮下に入るとは。
そんな久世も3等陸尉であり、部下もいた。その中には、市ノ瀬
もいた。地本に声をかけられ、一般で入隊した2士だが、射撃はか
なりの上級者だった。
﹁指揮所の設営、終わりました!﹂
﹁お疲れ様、久世3尉。小隊指揮には慣れたかしら?﹂
﹁だいぶ・・・ですね﹂
﹁そう?普通科は特に大変て言うからね﹂
﹁・・・先輩は慣れてそうですね?﹂
﹁せめて中隊長にしなさい﹂
その時天幕が揺れた。ローター音だ。
外に出ると、派遣が決まったヘリ隊が飛んで行くところだった。
輸送ヘリに多用途ヘリ。対戦車部隊もいた。
﹃車両隊、入ります!﹄
101
装輪車が列をなしていた。演習場での行進訓練を終えたのだろう。
82式指揮通信車をはじめ、96式装輪装甲車が続く。小型車両や
トラックは別で行進しており、同時には戻ってこない。しかし、隊
員達の目を引きつけたのは殿の車両だった。
﹁あ、あれ・・・﹂
﹁もう海外で貢献するのか・・・早いな・・・﹂
機動戦闘車。105mm砲や最新の技術を駆使して開発された戦
闘車だ。火力による基地防衛なら、10式戦車や89式装甲戦闘車
で十分だが、装軌車が困難な場所やゲリラに対処すべく、また87
式偵察警戒車の代替として参加することになったのだ。
とはいえ、砲口カバーがつけられており、砲弾も給弾されていな
い為、その能力を見ることはできない。
﹁まさか・・・また行くことになるとはね﹂
﹁横田2尉、こればかりは仕方ありませんよ﹂
一度は帰国を命じられた2人。だが、これもなかったことにされ、
世間にはエンジントラブルと公表されていた。UH−60JAの機
体回収はすでに済んでおり、第二次派遣隊の輸送艦で送り返すこと
になっている。
﹁本部、こちら歩哨。車両隊B並びにA01、入ります﹂
﹃本部、了﹄
ここでの訓練ももうすぐ終わる。装備は一旦整備に出され、隊員
達は横須賀に移動となる。
﹁もうすぐ・・・か﹂
102
◇◇◇
この場所は安全か?危険か?それは米軍や第二次派遣隊の方針で
分かる。ここ︵南アフリカ︶は危険だ。前にも増して、攻撃的な装
備が増えてきている。他国の軍が次々と増強されるのをただ見てい
るしかない政府にも同情するが、それでも自衛隊はまだ中途半端と
思えた。他のPKFとは違い、やはり専守防衛が前提のものばかり
だ。第二次派遣隊で覆されるが。
少し苛立っているのか、米軍のヘリがやや低空で飛んで行く。当
然砂埃が舞い上がるが、それの犠牲者は自衛隊だった。
﹁今日もやりやがったな!大事な部分が砂でおかしくなったら請求
するからな!﹂
﹁班長、多分﹃部品がないなら、別から盗ればいい﹄なんてことを
言い出すに決まってますよ!﹂
﹁奴等のマリー・アントワネットはかなりのデブに違いない!﹂
それを、まるで聞いていたかのように、3機のAH−64Eが飛
んで行った。
﹁わざとだろ?﹂
﹁さぁ・・・﹂
贅沢な装備だった。最新ブロックのAH−64Eアパッチガーデ
ィアンからAC−130Uスペクターまで。
﹁ま、予算や憲法の都合上、俺ら自衛隊には無理ってもんだ﹂
103
﹁あの!﹂
﹁何だ?﹂
記者だろうか。1人の若い女性がカメラを抱え、手にメモ帳とシ
ャーペンを握り締めていた。
﹁お話を伺っても?﹂
﹁あー、俺らは駄目だ。他を当たってくれ。そもそも許可は?﹂
すると、女性は書類を出してみせた。
﹁私、有村美姫奈という者です。取材は制限付きですが許可が下り
てます﹂
﹁さすがだな﹂
﹁班長。ここじゃあれですし、休憩用の業務用天幕でどうですか?
冷房はありませんが、確かにクーラーボックスに飲み物があったは
ずです﹂
﹁ありがとうございます!﹂
天幕で安心した。3人が天幕に入った後、米軍のMH−60が通
過していくところだった。
◇◇◇
﹁対空戦闘用意!﹂
︿やしま﹀から戦闘命令が出された。だが、︿やしま﹀の防御能
力は自艦の防衛のみ。
104
﹁デーテリンクシステム接続!︿ちょうかい﹀、クリア!﹂
﹁︿おおすみ﹀、︿しもきた﹀良好!﹂
﹁︿おうみ﹀、接続良し!﹂
画面に映る目標は、疑似信号による架空の敵だ。攻撃や被害状況
をシュミレートし、評価するのが、信号を発する訓練支援艦︿てん
りゅう﹀の役目だった。
︿ちょうかい﹀は派遣艦ではない。だが、一部乗員の練度向上や
指揮の練成から、一時的に借りてる状況なのだ。その為、兵装操作
や機関操作の補佐に︿ちょうかい﹀の乗員が就き、実際に操作、指
揮するのは新造艦に乗るための乗員達なのだ。
﹁落ち着いてやれ。︿あたご﹀と違うのは主砲だけだ﹂
﹁はっ!﹂
しかも、新造艦の見た目はあたご型でありながら、︿ちょうかい
﹀と同様の54口径速射砲だという。むしろこれは、乗ることにな
った蕪木や加藤にとっては好都合だった。
﹁水上レーダー、並びに対空レーダーに感あり!IFF、応答なし
!﹂
﹁艦長・・・頼むぞ。迎撃を許可する﹂
﹁はい!対水上戦闘、ハープーン1、2!発射準備!﹂
﹁了解!﹂
訓練とはいえ、架空の敵も本気で来る。だが、先制攻撃をしなか
ったのはいい判断だ。味方ではないことが判明した今、出方を見る
のが一番だ。下手に手を出し、喧嘩を売らない方がいい・・・。
105
﹁航空目標2・・・ロスト!﹂
﹁方位0−9−3、右舷対空レーダー低空捜索!見張り、対空見張
りを厳に!﹂
﹁高度200以下!距離・・・不明!﹂
﹁後部VLS1番から5番!方位0−9−3に向け発射!電子戦、
防御開始!﹂
読み通りだった。発射準備が終わるや警告音がなった。
﹁1から5、斉射!﹂
何が残念かというと、甲板上では何も起こっていないことだ。ミ
サイルも架空のものが飛んでいるので、仕方ないのだが。
106
第2章 米軍1
﹁良く捌けたな・・・﹂
︿ちょうかい﹀はいまだ戦闘態勢にあった。仮想の敵艦役も健在
だ。
﹁だが、航空機による被弾は防げなかった・・・。この時点で、︿
ちょうかい﹀は追い詰められたことになる。
スタンダードミサイルを発射したのは良かった。しかし、あまり
に低空過ぎたのか、対空レーダーはF−35を捕捉しきれず、近接
信管が作動することもなく、スタンダードミサイルは自爆判定を受
けた。
﹁残弾は?﹂
﹁迎撃用対空誘導弾16発。SSM4発﹂
﹁僚艦、退避完了・・・!﹂
SM−2はあと一斉射分のみ。SSMもよくて一回水上戦闘がで
きるかできないかぐらいだ。
﹁レーダー照準警報!﹂
﹁対艦ミサイル、来ます!﹂
﹁25番から31番、発射!SSM攻撃始め!﹂
光点がいくつも入り乱れる。
﹁駄目だ。イルミネーターが1基ダウン!﹂
107
﹁ハープーン5番、6番発射用意よし!﹂
﹁面舵一杯!32番から35番、対艦モード!﹂
﹁た、対艦モード!?﹂
SSMは全て撃墜された。今度のSSMはこちらからだ。
﹁ハープーン、攻撃始め!﹂
◇◇◇
百里の大地に降り立った佐仲は、相方と共に機体のチェックをし
ていた。︿ちょうかい﹀に対し攻撃はした。が、それはギリギリで
防がれた。ミサイルが向けられたのは分かっていた。だが、F−3
5に撃墜判定を出したのは、近接防御システムだった。
﹁空自の派遣は無いな﹂
﹁話が来たとしても、基地や滑走路専門だな。あちらはもう輸送機
に役目を譲る﹂
陸上自衛隊だけだ。あんな火力が許されるのは。
﹁方針もだいぶ固まってきている。今さら空自がー何て言えん﹂
﹁だな﹂
自衛隊PKF第二次派遣に、新たな方針が加わった。﹃新装備の
実戦による試験﹄
PKF部隊でありながら、運用される装備品の評価を行う試験評
価隊も派遣されることになり、評価用の監視システムや評価システ
108
ムを搭載する為、独自の改修を受けた車両がある。評価対象は小火
器から戦車、ヘリ、海自の護衛艦に至るまで。この評価部隊には海
上自衛隊の者もいた。
﹁どうだい?新しい艦は?﹂
﹁順調なようです。このまま行けば、予定通り、派遣されるでしょ
う﹂
蕪木芳朗は、長崎に足を運び、新造艦の様子を見ていた。痛々し
い傷がところどころにあるものの、新造艦はまさしく、日本のイー
ジス艦の形だった。
﹁うちの弟が乗る予定なんだ。・・・派遣でな﹂
﹁自衛官なんですね﹂
﹁もうだいぶ長いし、良い話は聞かない。職場では厄介者扱いだ﹂
部下の作戦に、あるRIMPACでは暴れっぷりに怒り、あるR
IMPACでは評価していた。今では、海将補となり、艦隊の指揮
官となるようだ。
﹁護衛艦︿いぶき﹀・・・今度は完成するぞ﹂
対空レーダー未搭載の︿いぶき﹀が、その素顔を晒していた。
◇◇◇
﹃攻撃隊、発艦﹄
109
アメリカ太平洋第3艦隊所属の原子力航空母艦︿エイブラハム・
リンカーン﹀は訓練の為、駆逐艦数隻、巡洋艦1隻の編成でハワイ
沖を航行していた。第3艦隊といっても正式ではない。日本が新造
艦を建造しているのと同じように、アメリカ海軍でも、誕生した空
母の公試運転、空母打撃群再編が行われているのだ。よって、別の
区域に配備もあり得るのだ。︿ロナルド・レーガン﹀の横須賀配備
は決定済みだが。
﹃偵察、出ました﹄
﹁よろしい。針路そのまま﹂
﹁速力15kt、赤黒なし。針路0−0−0、ヨーソロー﹂
本来は訓練だ。だが、ある現象が、海軍を本気にさせていた。
SH−60Bが消息不明なのだ。艦載機を行方不明にして駆逐艦
は、西海岸の基地を母港とする︿サンプソン﹀で、艦隊編成にも加
わっていた。
﹁間も無く、不明になった海域です﹂
﹁見落とすなよ。破片でもいい。何か見つけるんだ﹂
関係ない話だが、第7艦隊所属のイージス艦が、日本の周辺で奇
妙な漂流物を発見したというのは、一応全艦隊に伝えられてはいた。
しかし、テロに繋がるものではないとして、ほとんどがその報告書
を破棄している。それは、第3艦隊も同じで、気にする者はいなか
った。
﹁提督!﹂
﹁何だ?﹂
﹁︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀からです、サー﹂
﹁繋げ﹂
110
手がかりが見つかった。駆逐艦︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀
は艦隊の右翼であり、右舷ウィングの見張りが発見したという。し
かも、レーダーに若干の乱れが生じており、怪しいと睨んだのだ。
﹃妙に空間が歪んで見えるんです﹄
﹁分かった。すぐに偵察機を向かわせる﹂
通信を切ると、別の回線に繋ぐ。艦隊通信とはまた別の周波数で、
戦闘機と通信するのだ。艦隊通信ではより、混雑する恐れがあった
からだ。
﹃了解、ホーネット01﹄
﹃位置情報転送する﹄
ジョン・ポール・ジョーンズ
﹃02、受領﹄
﹁JPJ艦長、貴艦から偵察要員出せるか?﹂
﹃用意させます﹄
歪み。それは見てるだけで目眩がするものだった。︿ジョン・ポ
ール・ジョーンズ﹀を含め、駆逐艦には臨検などに使用されるボー
トがあり、それには多銃身の機関銃が搭載されていた。電源は入っ
ており、弾も給弾されていた。
﹁JPJ、現場に到着した﹂
﹃了解。大尉、調査を開始し報告しろ﹄
﹁イエッサー﹂
目を擦り、改めて見る。一見、空間が揺らいでいるように見える。
が、その奥は何か、ドス黒い感じがした。
111
﹁おい﹂
﹁何です?サー﹂
﹁初弾装填。何時でも撃てるようにしとけ﹂
何がなんだか分からなかった。だが、やらないわけにはいかない。
初弾が装填され、大尉は拳銃を抜いた。
﹁た、大尉!?﹂
﹁何か聞こえないか?﹂
﹁ホーネットとは違うんですか?﹂
爆音を響かせ、︿エイブラハム・リンカーン﹀の艦載機F/A−
18Fスーパーホーネットがパスしていく。
﹁!?﹂
爆音とは違う音。いや、声が・・・。
﹁JPJ!声だ!声が聞こえる!﹂
﹃声だと?確かか?﹄
﹁念の為、後方に下がります!﹂
﹃援護する﹄
しばらくして、︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀の主砲がこちら
を向いた。提督に進言したのだろう。
﹁全速で下がるぞ!﹂
﹁イエッサー!﹂
ボートのエンジン音が大きくなった直後だった。歪みが一層強く
112
なり、物体らしきものが見えた。
﹁撃つなよ!﹂
﹁さ、サー!﹂
大きな水飛沫。飛び散る破片。砕け散るローター。消息不明だっ
たSH−60Bだ。
﹁し、シーホーク!?﹂
﹁ば、馬鹿な!?﹂
刹那、触手のような軟体がSH−60に絡みつき、再び歪みの中
に引きずり込んでいく。コックピットは・・・血で赤かった。
﹁射撃命名を、サー!﹂
﹃チームα、下がれ﹄
︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀のMk45単装砲による艦砲射
撃。事態を重くみた提督も、戦闘機を向かわせていた。今度の戦闘
機は爆装済みだ。
﹃ファイヤ!﹄
︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀が舵を取り、目標と距離を詰め
る。
﹁弾着確認、急げ!﹂
﹁サー!効果無しであります!﹂
﹁何?座標入力!水上戦闘用意!﹂
﹁は、ハープーンですか!?﹂
113
﹁トマホークだ。急げ!﹂
﹁イエッサー!﹂
退避したチームによると、あの異空間のようなものは、場所を動
いていないらしい。データ入力が完了するや、JPJ艦長は発射を
命じた。搭載するトマホークは対艦用ではない。だが、使い方次第
では水上戦闘でも使用できないことはない。
1発のトマホークが飛翔し、異空間に突入する。命中!
﹁大尉、確認せよ﹂
﹃目標は・・・消えました、サー﹄
正体不明の何かは、︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀のトマホー
クで消滅した。だが、あれが太平洋に出現したことは事実だ。
﹁空間の歪み・・・か﹂
戦闘機に帰艦命令を出した提督は、︿サンプソン﹀のSH−60
搭乗員の全員死亡で悩む。一瞬その機体が見えたが、あの触手は一
体なんだというのか。
﹁JPJ艦長か?報告書をまとめてくれ。私が、国防総省に直接連
絡する﹂
第3艦隊の奇妙な戦闘が終わった。
114
﹁回収作業、終了しました﹂
﹁これだけか?﹂
﹁これだけです、サー﹂
米軍
2
何か遺品、もしくは少しでもSH−60の部品が拾えればと回収
作業が行われていた。しかし、︿ジョン・ポール・ジョーンズ﹀に
揚げられたのは、1人分のヘルメットのみだった。
﹁対艦攻撃を行ったんです。トマホークでこれが残っていただけあ
りがたいというものです﹂
﹁国防総省はこれを重要国家機密レベルに指定した﹂
﹁提督は、もう報告されたのですね?﹂
﹁報告書は出した。提督からは、︿ホッパー﹀とサンディエゴに行
けと﹂
︿エイブラハム・リンカーン﹀をはじめとする空母打撃群は真珠
湾に帰投が決定。寄港していた自衛艦も、すぐさま日本に戻る措置
をとらされたという。
﹁それで、長官は何と?﹂
﹁直接言われたわけじゃないが、国防総省としては調査を行うそう
だ。それも極秘でな﹂
﹁日本には言わないのですか?﹂
﹁防衛省か?言う意味あるか?﹂
﹁もうすぐPKFが派遣されるというじゃないですか?その艦隊が
偶然、その現象に遭遇したら・・・﹂
﹁大尉。俺らが口出しできるレベルじゃない。今は上に任せておけ﹂
115
﹁イエッサー﹂
サンディエゴへの帰投を命じられた︿ジョン・ポール・ジョーン
ズ﹀は、大尉から見ても寂しそうだ。時間帯的に、船体が赤で染ま
る。必要最低限のレーダーのみ使用の為、運動する兵士は多い。
﹁せっかく戦果上げたっぽいのに、お前も残念だな﹂
後部甲板で駆け足しつつ、大尉は話しかける。
﹁?﹂
大尉は目を擦った。アーレイ・バーク級駆逐艦はステルスマスト
が採用されている。この角張ったシルエットに一瞬だが、人のよう
な影が見えた気がした。もう一度擦る。
﹁降りてこい!﹂
間違いなかった。何か見える。子供がいる!
﹁この艦は一般人お断りだ!すぐに降りろ!﹂
叫ぶ大尉に、周りの兵士は何事かと見る。
﹁おい。さっきから何叫んでる?﹂
﹁何って・・・マストに人がいるのが見えないのか?﹂
﹁マスト?﹂
イルミネーターやCIWS、アンテナが塞ぎ、マストは少し見え
辛い。だが、大尉は確かに見たのだ。だが、今の段階ではマストに
116
人はおらず、簡易チェックを行う試験員がいるだけだった。
﹁疲れているんだ。初めて戦闘行動をとったんだから﹂
﹁大尉。今日は運動なさらない方が・・・﹂
﹁放っておいてくれ﹂
大尉は今のことを忘れる為、走ることに集中した。
◇◇◇
﹃合格﹄
︿ちょうかい﹀の試験員が評価した結果だ。練度は十分というこ
とだ。
﹁新しい護衛艦の運用、頑張って下さい﹂
﹁はい。自衛隊の様々な活動に貢献できるよう、日々努力したいと
思います﹂
各種練度判定が終わり、訓練が終了した。突発的でもあったが、
任務は完遂された。評価も高く、問題なしとされた。
﹁新しい護衛艦なんだが﹂
﹁はぁ?﹂
﹁お前は司令になる身だ。進水式に招かれてるぞ﹂
時が経ち、そして、時は来た。護衛艦はその姿を現した。あっと
いう間だったかもしれない。
117
﹁一時は米軍からの供与がどうなるかと思ったが・・・﹂
﹁システムは提供された。信頼はガタ落ちだとおもうがな﹂
﹁同じ自衛官として恥ずかしい﹂
﹁で、艦名は?﹂
﹁︿いぶき﹀。今度はしっかり建造されたよ﹂
﹁また無難な名前がついたな・・・﹂
今はまだ乗らない。乗るのは、派遣に出る時。それが、蕪木紀夫
や加藤修二が乗艦する時であった。
﹁やはり米軍は・・・﹂
︿いぶき﹀は監視下にあったのだ。第7艦隊の。近年交代したば
かりの︿ロナルド・レーガン﹀は、わざわざ戦闘機を発艦させ、下
の様子を見ていた。武装はないが、監視役だろう。
﹃ホーネット01、02へ。帰投せよ﹄
﹃了解﹄
もちろん、︿ロナルド・レーガン﹀を港から見える位置で発艦作
業などはしない。造船所から見えない距離から、︿いぶき﹀を監視
していた。
﹁国防長官は何と?﹂
﹁太平洋の潜水艦隊で、調査を行うと﹂
﹁潜水艦?何を調べるというんだ﹂
﹁さあな。怪獣でも見つけたいじゃないのか?﹂
︿マスティン﹀はレーダー照射自体はしていないものの、いざと
118
いう時に備えていた。何も起きないだろうが。
進水する護衛艦は日本が誇る最新鋭のイージスシステム搭載艦。
遠隔火器管制機能が付与されたLINK16+は、従来のLINK
16で共有する護衛艦の火器管制が行えるようになっている。LI
NK16に、そのような機能はない。
BMD能力が初めから付与されており、弾道ミサイルの追跡、迎
撃が可能だ。そして何より、一部の関係者と米軍しか知らない機密
事項。それが、対地攻撃兵装であるタクティカル・トマホークの存
在だ。
専守防衛に自衛隊が縛られているのは、誰もが知っている。その
為、迎撃しかできないが、何発も撃ち続けられては、対処がしづら
くなる。そこで、攻撃を受けたと確定した時点で、発射地点を叩き、
次弾の発射を防ぐことが考えられたのである。
当然、自衛隊は上に許可を求める必要がある為、これこそ現場に
任せる風潮が、︿いぶき﹀にあった。
最新の兵装。延長された船体。増設されたVLS。ステルス性を
考慮した船体だが、それらを無意味にしているのが、主砲である5
4口径127mm速射砲で、世間の評判はイマイチだ。
いや、世界的に見ても、主砲で全ての評価を下げていると言われ
た。
﹁だが・・・﹂
︿ロナルド・レーガン﹀の艦長は、日本人を馬鹿にはできないと
確信していた。確かにステルス性を失わせる兵装だが、それは対地
任務はトマホークで十分だという認識があったからだ。無駄に重装
備にして、少しの波で動けず、ろくにミサイルを誘導できずに自爆
させる南の駆逐艦よりかは、︿いぶき﹀の方がはるかにマシであっ
た。
119
﹁戦略兵器と見られるとして、日本人はトマホークを拒否していた
はずだが・・・﹂
﹁時代は変わった。やはり、いつまでもアメリカに頼るわけにはい
かないということか﹂
日本が抱える問題。一つとして、北朝鮮による日本人拉致がある。
拉致被害者の日本へ帰国させる為の交渉は難航しており、それに加
えて弾道ミサイルが海外に輸出されたとの情報もあった。前々から
対策が練られてきたものの、どれも実行には移されなかった。
︿いぶき﹀はその点も踏まえ、外交上の切り札とも言えた。弾道
ミサイルは南アフリカに輸出されたという。そして、自衛隊初のP
KF活動も南アフリカ。これほど、好条件が揃うことはあるまい。
日本政府は、実力行使に間接的に出たのである。
﹁だが、また情報を流出させたそうだな?﹂
﹁過去から学ばなかったのか、日本人は・・・﹂
米海軍で、自衛隊に対する目が冷たくなったのは言うまでもない。
イージスシステムはそれほど高価であり、高性能な対空システムな
のだから。
120
第3章
出航1
﹁座標入力、修正。B−1−9、捕捉﹂
﹁発射!﹂
実弾を用いた演習。米軍より与えられたハープーンは、専用の発
射機から蓋を突き破り、空高く上昇した。
ハープーンだからといって、こんごう型やあさぎり型、はたかぜ
型ではない。最新鋭の防空システムを搭載する︿いぶき﹀だ。主は
90式艦対艦誘導弾だが、ハープーンも運用可能なソフトウェアで、
射撃用に受領したハープーンで射撃を行っているのだ。
﹃弾着まで20秒﹄
﹃探知、最終フェーズ入ります﹄
選択されたモードに従い、ハープーンは急上昇。目標を見つける
や否や、それを喰わんとして突っ込んでいく。着弾。
﹁・・・・・・﹂
モニターに、記録映像として映し出される標的艦の残骸が映る。
﹁︿くらま﹀・・・﹂
いずも型が2隻就役し、それぞれの護衛隊群に配備されると、し
らね型は退役した。中の電子機器類は全て取り除かれているとはい
え、ミサイルの的にするには惜しい。
︿しらね﹀は既に標的艦としての任務を終え、太平洋の底に沈ん
でいる。ハープーンにより大破した︿くらま﹀も、同じ道をたどる
121
だろう。
﹃目標炎上。ハープーンの命中を確認﹄
﹃セカンドフェーズ、対空戦闘。SM2、用意﹄
﹃諸元入力。目標群α、迎撃用意﹄
米軍が用意した標的機を墜とすことが、今の︿いぶき﹀に与えら
れた任務だった。だが、
﹁目標ロストコンタクト!﹂
﹁レーダー照射範囲を限定!角度修正!﹂
本気すぎる。米軍は普通の支援艦の他、ミサイル駆逐艦や巡洋艦、
フリゲート。挙句、新鋭空母︿ジェラルド・R・フォード﹀まで繰
り出し、模擬戦闘で徹底的に叩きのめすつもりのようである。海上
自衛隊内でも、︿あたご﹀時代のことを根に持っているのか、仕返
しをしてやりたいとのこと。
﹁何も、母機をライトニングにしなくとも・・・﹂
標的機を機内に搭載してはいないとはいえ、レーダーに映りづら
いのを見ると、ステルス機を使用していることは明らかだった。
﹁本気だな・・・多分、リベンジだ﹂
配備が開始されてまだ間もない。それでも出すにしても、︿ロナ
ルド・レーガン﹀が母艦ではないだろう。
電子音。カーソル表示が変化する。システムが、目標を捉えた。
﹁スタンダード、1から2発射用意﹂
122
﹁向こうも攻撃態勢だ。警戒を厳に﹂
﹁SM−2、発射用意良し!﹂
﹁攻撃始め!﹂
今度の攻撃は実際には発射しない。システム内に架空のミサイル
を映し出して戦闘を行う。さすがに、演習相手に実弾を撃つわけに
はいかない。
﹃サンダース01、RTB﹄
﹃了解﹄
F−35は撃墜判定をもらい、母艦へと戻る針路をとった。
﹁またやったか・・・﹂
空母︿ロナルド・レーガン﹀で報告を受けたミラン少佐は、艦隊
に戻る︿いぶき﹀を眺めつつ呟く。これで何度目の敗北だろうか?
実際に会ったことはないが、蕪木とは演習で何回もやりあっている。
その度に、ミラン少佐は撃沈ぬらこくははあ判定を受けていた。
﹁ミラン少佐。彼らは海上自衛隊内でもかなり練度。我が太平洋艦
隊も、幾度の演習で敗北しています﹂
﹁そうだな。練度はすでに完成している。いや、もはや我々が学ぶ
側かもしれん﹂
護衛艦︿いぶき﹀も戦闘システムを切り、演習の撤収にかかって
いた。
密かに対潜任務を受けていたSH−60Kも戻ってくる。このS
H−60Kは別の護衛艦や基地のものではない。DDGとしては珍
しい︿いぶき﹀固有の艦載ヘリだ。
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そもそも︿いぶき﹀に︵建前上︶求められる任務は対潜水艦、対
弾道ミサイル、対航空機に加え、対地と幅広く、その能力と兵装の
充実さから単艦での作戦行動も想定。結果、前級型であるあたご型
とは異なり、固有の艦載ヘリを載せることにしたのだ。
﹁戦闘用具、収めよし。各システムに異常ありません﹂
﹁よろしい﹂
加藤は安全解除用の鍵を回した。これで、火器管制システムに安
全装置がかけられた状態だ。
﹁いいものですね。準あたご型である︿いぶき﹀は﹂
﹁能力的にはあたご型と同様かそれ以上。裏では、本家であるタイ
コンデロガ級をも凌ぐシステムだとか﹂
使用する民生品が、あたご型と比べて多くなっているのも特徴の
一つだ。跳ね上がった調達価格を抑える為の手段でもあったのだが。
﹁練度判定は概ね良好。いいぞ。基地に帰投し、派遣への準備期間
とする﹂
﹁了解﹂
﹁進路を横須賀基地へ﹂
︿いぶき﹀に対する世間の目は、存在目的とは裏腹に冷たい。本
来は同型艦や姉妹艦と共に、空を睨むはずだった。
対地攻撃兵装の搭載は、従来の自衛隊のあり方を変えた。
専守防衛を守ってきた自衛隊だが、攻撃こそ最大の防御という構
想を練り始めたのだ。その最初の一歩が、護衛艦︿いぶき﹀のタク
ティカル・トマホークというわけだ。
東京湾に入る際、1隻の護衛艦とすれ違う。
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あたご型だった。一時的な寄港だろう。見た目がほぼ同じである
はずなのに大きな違和感があるのは、主砲が異なることもあるのだ
ろう。
﹁︿いぶき﹀だな。確か、あの艦隊編成上の司令は・・・﹂
﹁前の艦長ですよ。で、砲雷長が主席幕僚だとか﹂
米軍からしたら、︿いぶき﹀はアーレイ・バーク級と同等の駆逐
艦という見方をしている。主砲を除き、ミサイルシステム、搭載す
る誘導弾は自国のミサイル駆逐艦と同じであり、最新型のフライト
?A型をも凌駕するとさえ噂されている。
﹁軽快な音を出してるな﹂
﹁ガスタービンもコイツの一部だからな。多分、動き回れることを
喜んでだろ﹂
︿いぶき﹀は、あたご型よりも少し強力なガスタービンエンジン
を採用している。船体の延長や装備の増設に伴い、それに合わせて
改良型を搭載した。
﹁2500ガスタービンはいずれも良好!4基とも正常だ﹂
良好なのは海だけでは無い。陸でも、派遣に向けた訓練が必要行
われており、上空を何度も往復するヘリの編隊を拝むことができる。
﹁ロックオン﹂
ピーと鳴る電子音。スタブウィング両端の91携SAMが目標を
捕捉した音だ。
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﹁発射!﹂
実際に発射するわけではない。が、目標となるUH−60JAは
撃墜判定を・・・受けなかった。
﹁チャフ、フレア放出。回避されました﹂
﹁ガン、アイリンク確認!目視で落とす﹂
﹁了・・・!﹂
結果、UH−60JAには撃墜判定が下され、ヘリ部隊は帰投し
た。
着々と進められる準備。その品揃えは豊富であり、採用されたば
かりの新装備の姿もあった。
世間がどう見ようが、自衛官からしたらどうでもよかった。自衛
官は自衛官。ただそれだけだった。命令があれば、それに従わなけ
ればならない。それはほぼ絶対だった。
﹁よぉ、お疲れ﹂
﹁いやぁ、かわせると思ったんですけどね・・・﹂
﹁アパッチを舐めるんやないで?﹂
﹁そうそう。結局ウチらを全部かわしきる奴はなかなかおらんで﹂
﹁いや、いつかはかわしますよ?人を乗せて運ぶのがロクマルの仕
事ですからね﹂
派遣の日は・・・近い
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0252bl/
ルーントルーパーズ ∼DDG180∼
2016年2月11日10時52分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
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